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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第1章:革命後の現実

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第56話 揺れる決意①

 レイナーとユリウス、信頼する二人の仲間との衝突を経て、パルメリアは一人で執務室へ戻った。


 激しい言葉の応酬が続いた直後の空気は張り詰めたままで、廊下へ通じる扉を閉じると同時に、まるで世界から切り離されたかのように息苦しい静寂だけがそこに残される。


 先ほどの会合では、ユリウスが「革命の理念」を再三主張し、レイナーが「外交と民衆の不安」を訴え、そしてパルメリアはどうにもならない現実と衝突した。


 いずれも大切な仲間であり、誰もが国を思う気持ちは同じなのに――なぜこんなに心がすれ違うのか。胸の奥が(えぐ)られるような痛みに襲われ、パルメリアは強く唇を噛む。


(私が国を守るためにやっていることが、二人を傷つけている。わかってはいるけれど……時間がない。王政を倒した後も、こんな苦しみがあるなんて思わなかったわ)


 重い足取りで机に近づき、山積みの書類の前に立ち尽くす。革張りの椅子の上には薄い羽織がかけられたままで、部屋の中には誰もいない。


 夜の(とばり)が下りるまでにはまだ少し早いはずだが、室内にはその暗ささえ感じられるほどの重苦しい気配が漂っていた。灯されたランプの光でさえ、その陰鬱さを拭い去れない。


「……どうして、こんなことになってしまったの?」


 部屋には誰もいないのに、声はあまりにも小さい。まるで自分自身に問いかけるような、震える独白だ。


 テーブルの上には、新たな反乱の報告、外交がうまく進まないというレイナーの嘆き、市民からの苦情、さらには餓えに苦しむ農民の叫びが文字となって散らばっている。


(革命を成し遂げ、王政を倒したら、もう少し「自由」や「希望」に近づけると思った。だけど、そう簡単にいかなかったのね)


 深いため息をつき、パルメリアは一つの書類に目を移す。そこには、地方の鎮圧に参加した兵士からの報告があり、「民を力づくで抑えつけるのは革命の本意ではない」といった声が書かれていた。


 革命前、彼らは王政の圧制に苦しむ民を助けるために剣を取ったというのに、今や自らがその立場になっているかもしれない――。その事実に胸を刺されるような感覚がこみ上げる。


(ユリウスが言うように、私が「力」に頼れば頼るほど、革命の理念はどこかへ消えていく。それでも混乱を放置すれば、多くの民が理不尽に死んでいくかもしれない。私は……国を捨てるわけにはいかないの)


 その時、ノックの音がして、「大統領閣下、よろしいですか」と若い声が聞こえた。


 扉を開けると秘書の女性が心配そうに顔をのぞかせる。


「よろしければお茶をお持ちしましたので……少し休まれませんか? 先ほどユリウス様とレイナー様が出て行かれて、お疲れかと」


 パルメリアはほんの少しだけ笑みらしきものを浮かべるが、すぐにかき消すように首を振った。


「ありがとう。でも大丈夫。少しだけ一人にしてちょうだい。……今日は気が抜けなくて」


 秘書は申し訳なさそうに軽く頭を下げ、静かに去っていく。残されたマグカップには香り高いハーブティーが注がれているが、パルメリアの指はその取っ手に届かない。


 あまりにも心が乱れていて、香りを楽しむ余裕すらないのだ。


(レイナーもユリウスも、私を見捨てたいわけじゃない。国を思うからこそ、私の方法に苦言を呈している。それがわかっているからこそ、辛いのよ。私だって好きで民衆を制圧したいわけじゃない。こんな形で強権を行使するなんて、革命前の私には想像すらなかった)


 机の端に山積みになった文書の一角に、見覚えのある古びた書類が混じっている。そこには革命の初期に書き留めた計画案――「王政を倒した後の未来像」がびっしりと書き込まれていた。


 平等な選挙制度、義務教育の普及、重税の廃止、そして民衆主体の議会……今の状況はどうだろう? ほんの一部しか実現されていない。むしろ戦後処理と暴動鎮圧ばかりに追われ、理想に手を付ける余裕などなかった。


「王政の圧政に苦しんできた皆を救いたかった。私自身が前世で得た知識を使えば、この国をもっと良くできると信じていた……。なのに、どうしてこうなるの?」


 思わずつぶやき、拳を握りしめたままうつむく。


 ふいに脳裏をよぎるのは、革命直後に仲間たちと杯を交わした夜の光景。王都を解放した瞬間、レイナーやユリウス、さらには他の同志たちと歓喜の輪を作り、「これで皆を救えるんだ」と胸を熱くした記憶がある。


 その時、誰もが笑っていた。


「あの時は最高の達成感に包まれていたのに……今の私は何? 信じ合った仲間と対立して、民には恐怖で従わせるような政府と思われているかもしれない」


 椅子にもたれて瞳を閉じると、あの祝賀の夜の光景がくっきりとよみがえり、胸が苦しくなる。


 しかし、だからといって後戻りはできない。彼女は執務室の窓の外を眺め、曇り空の下に広がる首都の街並みを見つめた。


 夕暮れが近づくころ、パルメリアは少し疲れを感じ、窓辺に寄った。


 外には王政時代の名残がある風景――壊れかけた石造りの建物、まだ完全に修理されていない城壁、そして復旧作業をする人々の姿が見える。しかし、どこか沈鬱で、人々の動きも活気に乏しい。


(レイナーの苦悩とユリウスの理想、どちらも私の大切な仲間の思い。だけど、現実は私に妥協を許してくれない。国を守るためには、時に強硬策も取らなきゃならない)


 少し前まで周囲に響いていた会話や足音が、今は遠ざかっている。執務室の扉の外を人々は走り回っているが、ここでは一人きり。


 独りでいると、どこまでも不安が膨れ上がる。革命後すぐに仲間と肩を並べていたはずなのに、今は皆それぞれの道を模索しており、意見が衝突している。


「……きっと、誰も私を責めたいわけじゃない。どうすれば国を救えるか、必死に考えてるだけ。だけど、私の方法が彼らにとっては受け入れられないほど苦しいってことなのよね」


 ぽつりと漏れた言葉が、窓ガラスに反射して宙に消える。


 彼女は反論もできないまま、苦悩を抱いている。だが一方で、今の混乱を止めるには力を使わずにいられない。


 そのあまりにも大きな矛盾が、パルメリアの決意を揺さぶり続ける。

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