第55話 矛盾の中で②
暫くして、ユリウスが苛立たしげに舌打ちをし、語気を荒らげる。
「俺はどうしても納得がいかない。革命の理念を捨てるようなやり方は認められない。それでも、君が大統領として決定するなら、俺たちは従わざるを得ない。でも、いつか限界が来るぞ……!」
ユリウスの声には切実な悲しみが混じっていた。パルメリアは気まずそうに視線をそらす。レイナーはそれを見て、声を落とした。
「彼がこんなにも強く言うのは、君を信じているからだよ。王政と同じ轍を踏んでほしくないんだ。僕だって、僕たち全員がいつか『元の革命仲間』を見限るような事態にはしたくない」
パルメリアはその言葉にかすかに肩を震わせる。
(わかっている……私は仲間に責められたいわけじゃない。だけど、ここで止まればもっと大きな犠牲が出る。どうすればいいの?)
少しの沈黙のあと、パルメリアは意を決して顔を上げる。
「私は……国を崩壊させるわけにはいかない。そのためには、強権を含めた手段を使うしかないと判断してる。もちろん、やりすぎれば革命そのものを否定することになるとわかってるわ。だからこそ、可能な限り人々を説得し、自治を尊重しながらも必要な武力を行使していくしかない」
ユリウスは唇を噛みしめ、顔を背ける。レイナーも苦い表情を浮かべ、言葉を探すが、結局黙ったままうつむいてしまう。
パルメリアは二人の様子を見つめ、深いため息をついた。
「……これ以上、言い争っても平行線よね。ユリウス、あなたの憤りも痛いほどわかる。レイナーの懸念も理解してる。でも、今私は一歩も引けない。……どうか許してほしい」
悲痛な言葉を残し、パルメリアは手元の資料をまとめる。
ユリウスは小さく苦笑しながら席を立つ。そして、重い口調で言う。
「わかったよ。しばらくは内務担当として協力はする。でも忘れないでくれ。俺は理想を諦めていない。もしこの政府が革命の理念を踏みにじるなら、俺は声を上げるからな」
パルメリアは瞬時に言葉を探し、目を伏せながらしぼり出すように応じる。
「……わかってるわ。あなたがそうするなら、それも受け止める。それでも私は……国を潰したくない。――ごめんね、ユリウス」
ユリウスは何も言わず部屋を出て行き、後に続くレイナーはわずかに振り返ってパルメリアを見つめる。
「君の苦しみはわかる。でも、どうか自分を追い詰めないでくれ。僕は僕で、できることを探すから」
そう告げると、レイナーもユリウスのあとを追うように部屋を出る。
室内には、パルメリアだけが取り残されていた。冷えた空気が彼女を包むように沈黙を増していく。
(ユリウスとレイナーは、私を責めたいわけじゃない。国をどう救うか真剣に悩んでいるだけ。それなのに、なぜこんなにも意見が噛み合わないの? どうして現実はこんなにも理想とかけ離れているの?)
彼女は椅子に腰を落とし、テーブルの上で指を組んだままうつむく。さきほどまでの激しい応酬が嘘のように、耳が痛くなるほどの静寂が広がる。
苦々しく感じるのは、自分たちの間に生じた溝だけでなく、「力」によって混乱を抑え込むしかないという結論そのものが、かつての革命理念を否定しているように思えるからだ。
(革命で未来を変えられると信じていた頃は、こんな苦しみとは縁遠いはずだったのに。今や私が王政と同じ扱いを受ける可能性すらある。……こんなはずじゃなかった)
視線を机の一角へ移すと、そこには議会から届いた要望書と批判のメモが幾重にも積まれている。「大統領が軍を使いすぎる」「改革と矛盾している」――そんな言葉がいくつも並んでいるのが見える。
やりきれない思いを抱えながら、彼女は目を閉じる。
「もし、もっと違うやり方があったのなら、私だってそうしたい……。でも、手段がない。国を守るためには、どれだけ矛盾を抱えてでも進まなきゃ」
部屋の隅に置かれた小窓からは、沈みかけた陽光の名残が差し込み、空気を淡く照らしている。しかし、その光はかつてのような希望の象徴にはならない。今のパルメリアには、重くのしかかる責任の闇が鮮明に感じられるだけだ。
さらに扉の外で足音が響き、誰かが駆け抜けていく。どうやら急ぎの報告が入ったらしい。どんどん堆積する問題の山を前に、彼女が悩んでいる暇はないのだろう。
やがて軽く扉がノックされ、また違う官吏が顔を出す。
「大統領閣下、申し訳ありませんが、先ほどのお話に対する反対派の議員が面会を求めております。緊急会合を要請されていて……」
パルメリアは軽く眉をしかめたが、すぐに真顔に戻る。
「わかったわ。すぐ行く。……ああ、ユリウスとレイナーはもう出ちゃったわよね」
官吏は苦い顔でうなずき、「はい、今はお二人とも不在です」とだけ返す。
こうして「革命の同志」だった三人に、初めて本格的な意見対立の火種が生まれた。
パルメリアは「強硬策」を選ぶしかないと信じる一方で、ユリウスは「理念を踏みにじるやり方」を拒否し、レイナーは外交面から「危険な政権」と見なされることを恐れている。
どれもが一理あり、パルメリア自身も理想を捨てたつもりはない。だが、王政崩壊のあとの混乱が、彼女を追い詰めるように刃を突きつける。
会合を催す部屋へ向かいながら、パルメリアは廊下を急ぎ足で進む。真っ白な石壁にはところどころヒビが入り、燃えた跡が残っている。背後からは議員たちのざわめきと、急ぎまわる官吏たちの足音が重なり合い、落ち着かない空気が漂っていた。
(ユリウスとレイナー、二人は国を救いたいという思いに嘘はない。私もそう。なのに、こんなにすれ違うなんて……。きっと私が苦しんでいるのを知っているから、ああして激しく言い合ってくれるんだろう。でも私は、今は守る道を選ばざるを得ないの)
思いを振り払うようにパルメリアは大きく息を吐き、さらに早足になる。
(――それでも仲間が離れていくかもしれない。私が大統領になったときから、いつかこんな日が来るかもしれないと思っていた。でも、いざそうなると……こんなに苦しいのね)
ほどなくして、彼女は面会が予定されている部屋へ到着する。ドアノブに手をかける瞬間、心臓が高鳴るのを意識する。
(この矛盾をどう乗り越える? 私が掲げた理想を、自ら否定しているように見えるかもしれない。でも、私に選択肢は……)
扉を押し開く。視線の先には、緊迫した顔で待ち受ける議員たちの姿があった。後戻りはできない。ここで引き返せば、国が再び火の海になるだけ。
パルメリアは深く息を吸い、毅然とした足取りで部屋の中心へと向かう――その瞳の奥には、揺れる理想と燃える使命感が同時に映されている。
この矛盾と葛藤が、やがて彼女をさらなる試練へ導くことを、まだ誰も予見できてはいない。ただ、革命という偉業を成し遂げた仲間同士が互いの意見をぶつけ合う姿は、崩壊と変革が入り混じる混沌の時代を象徴しているかのようだった。
――「理想を捨てたわけではない」と繰り返す彼女と、「力に頼る政府は王政と同じだ」と憤る仲間たち。大いなる矛盾の渦中で、新たな決断が求められ続けるのだろう。
こうして、パルメリアは仲間との対立を抱えながらも、国を動かすために苦悩し続ける。その結末はまだ見えないまま――革命直後の熱狂は消え失せ、あとは荒々しい現実と葛藤だけが続いていく。
矛盾の中で足掻きながら、彼女はどんな答えを選び取るのか。時間は容赦なく流れ、この国の未来を形作っていくのだ。




