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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第1章:革命後の現実

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第54話 苦渋の決断②

 ちょうどその時、執務室の扉がノックされ、パルメリアが声をかけると入ってきたのはレイナーだった。彼は革命前からの幼馴染であり、今は主に外交や外部との調整を担っている。彼の表情は普段より険しかった。


「パルメリア……大丈夫か? さっき鎮圧の話を聞いた。君が自ら命令したんだって?」


 パルメリアは沈黙のまま視線を外そうとしない。書類を握る手がかすかに震えているのを、レイナーは見逃さなかった。


 彼女は机に肘をつき、居心地悪そうに独りごちるように言う。


「必要な最小限の措置だと思っているわ。放っておいたら、火が広がるだけ。被害がもっと増えていたかもしれない……」

「……わかってる。でも、これほど早く強権を行使することになるなんて、僕は想像していなかったよ」


 レイナーは苦い苦悩をにじませながら、そっと近づく。


「民衆の声は混乱している。『新政府も力ずくで黙らせるだけじゃないか』とか、『結局、王政と同じなのか』とか……。もちろん君を理解している人もいるけど、不安や怒りが消えるわけじゃない」


 パルメリアは机に視線を落としたまま、沈痛な声音で応じる。


「私が苦しんでいることなんて、そんなの知ってもらえないでしょうね。だからって何もしなかったら、反乱が拡大して大勢の民が犠牲になる。……わかっているわ、こういう選択肢は王政と変わらないって言われるかもしれない。だけど、今はこうするしかない」


 言葉の端々に、彼女自身も「わかっていても避けられない」という苦しさがこもっていた。


 レイナーはやりきれない表情でうつむくが、ここで強く反論することもできない。その混乱をもっとも身近で見てきたからこそ、彼にも「やむを得ない」部分が痛いほど理解できるのだ。


「僕も、そう考えるしかないと思う……。ただ、民衆の心が離れないよう、何らかのフォローが要るはずだ。力だけが支配を形作るとしたら、私たちが否定した王政と同じ(てつ)を踏むことになる」


 パルメリアは小さく息を吐き、書類の束を机から取り上げると、(ひるがえ)して差し出した。そこには「緊急支援策」や「農村復旧計画」の草案が綴られている。


「一応、こうした手配も進めているわ。食糧や資材を早急に送る方策、義務的に兵を派遣した地域にも人的な支援を持っていく。だけど、財源も人材も圧倒的に不足してる……。レイナー、周辺諸国と協力する道はないのかしら? 孤立した状態では、これ以上無茶はできないし」


 レイナーは書類を手に取り、しばし黙って視線を走らせる。


「正直、王政を倒したばかりの共和国を、周辺諸国は警戒している。交渉次第で物資や資金を引き出すことも可能かもしれないけど、向こうが『危険な政権』だと見なせば、協力は難しくなる。力で国内を押さえつけるほど、外交面ではマイナスだよ」


 パルメリアは唇を結び、胸の中で小さくうめく。


(そう、わかってる。力に頼れば「危険な革命政権」とみなされ、支援を得にくくなる。しかし、力を使わなければ国内の混乱は収まらない。このジレンマをどう解消すればいい?)


 その時、護衛の騎士が控えめにドアをノックし、中に入りかけて言葉を探すように止まる。彼の表情には警戒の色が浮かんでいた。


「失礼します、閣下。先ほどの『強硬策』をめぐり、議会内で反対意見が出ています。『農民たちを一括して武力で抑えるのは革命の理念に反する』と……。一部の議員が、すぐにでも大統領に面会を求めるとか」


 パルメリアは軽く目を伏せ、皮肉な笑みを浮かべる。


「王政時代の圧政に耐えられず革命を起こしたのに、今度は私が武力で抑え込むことに反対する。それは当然ね……でも、反対を受けて手をこまねけば、さらなる暴力が横行するでしょう?」


 レイナーもまた、苦い顔を見せる。


「やはり、この選択肢以外には現状を打開する方法が見当たらないのが事実だ。だけど、議員たちも『武力一辺倒の対策』に警戒している。君が独裁者になるのを恐れているんだよ」


 独裁者――その響きにパルメリアの心は揺れる。


(どうしてこうなったの? 王政を倒したときには、誰よりも自由と平等を求めたのに。今、私は「独裁」なんて言われるような道を進もうとしている……)


 額にうっすら汗が浮かぶのを感じながらも、彼女は肩を震わせて決意を固めるように言った。


「反対意見は受け止めるわ。でも、議員たちにも言うしかない。今、誰が代わりにこの暴動を鎮めるのか。私たちが何もしなければ無辜(むこ)の民衆がさらに被害を受ける。その責任を、誰が取るの?」


 強い言葉に、レイナーは返す言葉を失う。護衛の騎士も同様だ。


 パルメリアが再び椅子に腰を下ろし、意を決してペンを取った。これから命令書を正式に発するのだろう。


 深呼吸をし、手の震えを抑えるように握り締める。その姿は、かつて王政に堂々と刃を向けた「革命の英雄」というよりも、むしろ見えない重圧と戦う孤独な執政者のように見えた。


「国を守るためなら、私は恨まれても構わない。……大きな流血を生む前に、ここで手を打つのが最善だと信じるしかないの。覚悟はできている」


 書類の上をペンが走る。パルメリアはサインをし、封蝋(ふうろう)を押す。宛先は各地の警備隊、軍司令部、そして行政府の主要担当者たちだ。要は「武力を含む鎮圧を許可する大統領令」である。


 その瞬間、部屋の空気が一変したように感じた。レイナーはわずかに目を伏せ、騎士は無言のまま静かに敬礼する。


(これで私は完全に「力」を使う道を選んだ。いずれ批判に晒されるだろう。でも、迷っている時間などない。国を崩壊させるわけにはいかないんだから――)


 サインを終え、パルメリアは力なく背もたれに身体を預ける。心の中でかすかな痛みが走るが、彼女は表情を崩さない。


 インクが乾ききらない命令書を、そっと騎士に手渡す。騎士は深く一礼し、重い足取りで執務室を出て行った。


 その日のうちに、「治安回復部隊」は次々と地方へ向け出発した。迅速な行動のおかげで、規模の大きな反乱に発展する前に複数の拠点を制圧し、主導者を逮捕または追放することに成功する。死者は少数に留まったが、負傷者は相当数出たという報告が入ってきた。


 それを知らせる電文を手に、パルメリアは少しだけ安堵するが、同時に胸の奥に苦い思いが渦巻く。


(一応、最悪の事態は避けられた……それでも私が命じた武力行使で、また血が流れてしまった。これでいいの? でも、他に手段はあった?)


 やりきれない疑問が頭を離れないまま、書類を手にぎゅっと握りしめる。そのとき扉をノックする音がした。


 入ってきたのはレイナーで、どうやら先ほど別の場所で報告を受けてきたらしい。彼は複雑な表情を浮かべ、低い声で話し始める。


「パルメリア、聞いたよ……無事、旧貴族派と過激化した農民たちを鎮圧したみたいだね。死者は少ないそうだ。少なくとも大規模な流血にはならなかった」


 パルメリアは書類を机に置き、静かにうなずく。


「ええ、最悪の結果を避けられたのは良かった。……でも、実際に鎮圧された側からは『大統領が武力で黙らせた』という声も上がっている。もうその噂が広まりつつあるらしい。早速、『恐怖政治の始まり』なんて言われているわ」


 彼女の瞳に宿る影を感じ取り、レイナーは切なそうに視線を落とす。


「君もわかっているだろうけど……これ以上人が死ぬのを放置するよりは、少人数で鎮圧したほうが被害は少なかったはず。結果としては、やむを得ない決断だったんじゃないかな」


 パルメリアは口を開くのに少し時間がかかった。自分の選択を肯定するためなのか、それとも「これでいいのだ」と言い聞かせたいのか。


「ええ、それでも……革命の時に私が掲げた理想とは、あまりにもかけ離れている。あの頃は、血を流さず王政を倒すのは不可能だから、あの戦いは仕方なかったと思った。でも、今また同じように力で抑え込むなんて……」


 レイナーは声を出さず、ただ胸に手をあてて思いにふける。彼もまた、民衆の痛みに寄り添いたい気持ちが強いからこそ、こうした事態が続くことに苦しんでいる。


 しかし、ここでためらっていれば内乱が拡大し、かえって多くの命が失われる。パルメリアはそう理解しているからこそ、自分を責める気持ちを押さえ込んでいるのだ。


「いつか、この決断が間違いだったと糾弾されるかもしれない。それでも、今はやるしかない。見殺しにして国を崩壊させるわけにはいかないんだから」


 パルメリアの声はかすかに震えていたが、その奥には覚悟が見え隠れする。


 レイナーは短く息を吐き、「僕も、君がどれだけ悩んでいるかはわかる。だからこそ、何かあれば言ってほしい」と伝え、そっと部屋をあとにする。

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