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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第1章:革命後の現実

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第52話 理想と現実②

 扉が閉まったあと、一人残されたパルメリアは改めて机の上の書類へ目を移した。急いで対処法を練らなければならない。地方への支援策や予算の再調整、警備隊の動員計画――どれもが差し迫った課題だ。


(ここで何もせず逃げ出したら、私が革命を起こした意味なんてなくなる。民を苦しみから救うと決めたのに、こんな中途半端で終わるわけにはいかない)


 頭ではわかっていても、王政の残党や飢えに喘ぐ農民たちの衝突の報告を読むたび、心が痛む。自分の行動が、あるいはもっと違う形で国を導けていれば、この悲劇は避けられたのではないか――そんな思いが言葉にならず渦を巻く。


(でも、王政を倒した瞬間は確かにみんな笑っていた。少なくとも、あの腐敗のまま続くよりは希望があったはず。だから私は……そう、私の選択は間違いじゃなかった)


 必死に自分を鼓舞しながら、ペンを握り締める。何度か書類をめくり、その端に簡潔なメモを書き加え、すぐに再び地図を広げた。


 国中に散らばる火種を鎮めるには、最低限の軍事力と資金が必要だ。けれど新政府の財源は乏しく、即戦力も限られている。ならば、先手を打って少数精鋭の部隊を派遣し、治安を整えるしかない――そのためのプランを頭の中で急いで組み立てる。


(いくら理想を語っても、人々が飢えていたら納得は得られない。いくら改革を進めても、混乱を止められなければ信用は失われる。……だけど、本当に私はこの国を救えるの?)


 彼女の心を(えぐ)る疑問は尽きない。


 それでもペンを走らせるしかない。大統領という立場は、あまりにも重い責務を彼女に課していた。民衆を鼓舞してきた手前、今さら「やっぱり無理でした」では済まされない。


「――やるしかない、か」


 小さく口にした言葉に、自嘲の色がにじむ。その声を聞く者はいない。


 かつての剣を振るい王政を倒した英雄が、今や紙とペンを武器に悪戦苦闘している様は、前の世界の自分には想像もできなかったことだ。それでも、ここまで来たら後戻りはできない。


(大丈夫。私が諦めなければ、きっと道はある。……そう信じるしかない)


 書類へのサインを終え、地図へ視線を落とす。農村や地方都市の位置関係が細かく示されたその地図上で、パルメリアは複数の拠点に目印をつけていく。可能な限り早く動く必要があるが、ひとたび軍を派遣すれば「強権支配」だと批判されるリスクも大きい。


 それでも「放置すれば死者が増える」という苦渋の事実が、彼女の背中を押す。


(……新政府を支えるのは私の義務。王政を打倒した時、私はそう誓ったじゃない)


 思わず自分の胸を握りしめる。記憶にこびりつくのは、革命直後に見た民衆の希望に満ちた笑顔。あの笑顔を裏切りたくない気持ちが、パルメリアを奮い立たせ続けている。


 苦い思いを噛み締めながらも、目を閉じ、深く息を吸い込んでから書類に印を押した。


(私が掲げた理想は、決して間違いじゃない。あの王政を倒したのは確かに正義だった。あとは、この混乱を乗り越えれば、きっと誰もが報われる……そうでなければ、意味がない)


 ペン先が紙に走るたび、かすかな震えがあったが、彼女は最後まで手を止めなかった。やるしかない、そう決めた以上は迷っている暇などないのだ。



 日が傾き始め、窓の外では雲が朱く染まりかけている。静まり返った執務室に(こも)るパルメリアは、最後の書類に判を押してそっとペンを置いた。重責に追われた長い一日がようやく終わりかけている。


 ただし、実際には休む暇もなく、夜を徹して各地への指示や計画書の整備が待っていた。


「ふう……」


 小さく息を吐き出し、肩を回す。こんなにも苦しい立場に立つことになるとは、前の世界で暮らしていたときには想像すらしていなかった。


 眠気と疲労にじわじわと侵されながらも、パルメリアは決して弱音を口にしない。それは「革命の旗印」としての意地でもあり、王政の圧政から民衆を救うと叫んだ者としての責任でもあった。


 最後に、ちらりとレイナーの報告書が目に入る。そこには民衆の苦しむ声と、「それでもパルメリアを信じたい」という小さな願いが書き込まれていた。


 その文字列を読み返すだけで、彼女の胸に熱い感情がこみ上げてくる。人々が何を望み、どれだけ助けを必要としているか――それを思えば、疲れなどで折れている場合ではない。


「理想と現実……どれだけ違っていても、私は諦めない。もう、後戻りなんてできないんだから」


 そうつぶやいた声は震えていたが、瞳には強い光が宿る。


 どんなに現実が厳しくても、ただ黙って見過ごせば王政の二の舞だ。パルメリアは胸の奥でそう断言し、自身を奮い立たせる。


 やがて暗くなり始めた廊下に、書類を抱えた彼女の足音が静かに響き渡る。


 あちこち壊れた旧王宮のなかで、パルメリアの存在が今は唯一の指針とされている――理想から遠ざかりつつも、彼女は必死にその灯を守ろうとしていた。


(私がどれほど不安でも、ここで(くじ)けるわけにはいかない。いつか理想は現実へと変えられるはず。この道を閉ざすのは、私自身の弱さだけ……)


 そう自分に言い聞かせ、廊下をゆっくりと進む。


 次に訪れる報告がどんなに悲惨でも、どんなに厳しい批判を受けても、立ち止まるわけにはいかないのだ。


 廊下の先にはかすかに灯されたランプの光がにじんでいる。そこへ向かう一歩一歩こそが、革命を“本物”にするための道。


 パルメリアは弱音を押し込めながら、書類を抱え直した。


 ――私は、この国を変えると誓ったのだから。


 その決意は、暗闇を切り裂く小さな光源となって、彼女の背を押し続けていた。理想には程遠く、絶望が付きまとう毎日ではあるが、それでも進むしかない――それこそが、革命の先頭に立った者の宿命なのだ。


 こうして、王政を倒した「英雄」パルメリア・コレットは、理想と現実のはざまで格闘を続ける。朝が来るたび新たな報告が舞い込み、彼女の苦悩は終わらない。


 だが、レイナーの言うように、民衆の暮らしは待ったなしだ。いつか必ず、その溝を埋めて見せる――ただその強い思いだけが、今のパルメリアを支えている。


 ――革命が終わった後も、混乱はまるで終わりが見えない。王政を倒した喜びがかき消え、飢えと不安が蔓延している国。その現実を突きつけられてもなお、パルメリアは立ち止まらない。


 大切な幼馴染レイナーや、信じてくれる仲間たちと共に、革命の理想を諦めずに模索する。たとえどれだけ遠回りしても、そうするしかない――。


 ――こうして、「理想と現実」が大きく乖離したまま日々は過ぎていく。


 しかし、彼女はペンを握り続けることを決してやめなかった。

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