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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第二部 第1章:革命後の現実

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第51話 共和国の混乱①

 夜明け前、灰色の闇が未だ空を覆う時刻――。


 薄くにじむ朝日が旧王宮の外壁をかすめる中、その一室には重々しい疲労感が漂っていた。そこは、ちょうど一年前に「王政を打倒した革命」の熱気に包まれていたはずの場所。ところが今、その革命によって奪取された王宮は、臨時の政庁として急ぎ使われるうちに、どこか陰鬱な雰囲気をまとっている。


 かつて(きら)びやかな装飾品で満ちていたはずの玉座の間やサロンも、そのほとんどが壊れたり、持ち去られたりしてしまった。壁には剥がれ落ちた漆喰と銃痕、窓ガラスの一部は割れたままの状態で放置され、埃がうっすらと積もっている。


 そんな荒廃した旧王宮の一室を、今は「大統領執務室」と呼んでいた。王政が崩れ、共和国を名乗る新政府が樹立されて一年。世間の熱狂はすでに冷め、代わりに逼迫した現実と混乱だけが残っている。


 執務室の奥――。重たげに積み上げられた書類の向こうに、小柄な女性の姿があった。


 彼女の名はパルメリア・コレット。一年ほど前、腐敗した王政を倒して民衆の喝采を浴びた「革命の英雄」その人である。今や彼女は「大統領」と呼ばれ、新政府のトップとして奔走していた。しかし、その肩には、かつて想像もしなかったほどの重荷がのしかかっている。


「……もう、こんな時間……?」


 パルメリアは、疲れ切った目で部屋の端に置かれた小さな時計を見やった。すでに深夜から一睡もしていない。外の廊下から聞こえる足音や時折響く遠い修繕の槌音(つちおと)が、妙に生々しく耳に残る。一年前の革命時には剣を握り、激しい戦火のなか民衆を鼓舞していたが、今ではペンと大量の書類が彼女の「武器」だった。


 机の上に散らばる報告書はあまりにも多彩だ。


 「地方の徴税困難」「交通・橋の破損」「人材不足による行政停滞」「旧官僚の配置転換」――どれもが切実で、しかも混乱が絶えない。とりわけ未整理のまま山積みになったものは、今にも崩れそうに不安定だ。


(もし、前世での暮らしが続いていたら、こんなに複雑な国政の責任を負うことなんてなかったでしょうに……。革命なんて起こした以上、逃げられないのはわかっていたけど……これほどとは)


 パルメリアは深い息を吐き出し、背もたれに身体を預ける。革命から一年――民衆は王政崩壊の喜びを味わう間もなく、急激な社会変動に翻弄されていた。貴族制度が廃止されたものの、地方の行政は混乱し、農村では新たな税制度が確立されないまま混沌としている。


「大統領閣下、すみません、次の会合のお時間が迫っています……」


 そう声をかけてきたのは、扉の向こうから顔をのぞかせた若い男性官吏。どこか申し訳なさそうで、しかしこちらも切羽詰まった表情をしている。彼は革命時に急ごしらえで官職に就いた一人で、人手不足の今、ほかに代わりは見当たらない状況だ。


「ええ……わかっているわ」


 パルメリアは書類を机上にそっと置くと、急いで身支度を整える。疲労感が抜けきらない身体を引きずるように立ち上がり、「大広間」の会議に向かう。


 立ち去る前に、机の端の鏡で自分の顔をちらりと見た。頬は少しこけ、目の下にはうっすらクマができている。革命当初に燃えていた闘志とは裏腹な、疲れ切った姿がそこに映っていた。


「……大丈夫、私はここで止まるわけにはいかない」


 自分へ言い聞かせるように小さく独りごちる。そうでもしなければ、膨大な現実に押し潰されそうだった。



 廊下を出ると、壁のあちこちに砲撃の跡が生々しく残っている。王政打倒の戦いから一年が過ぎたとはいえ、修繕は追いつかない。所々に木材や資材が積まれ、急ごしらえの足場が見える。薄暗い廊下の奥では、修理担当の若者がこちらに一瞥(いちべつ)をくれつつ、落ち着かない様子で釘打ちをしていた。


(本当なら、あの豪華だった調度品や装飾は不要と割り切れるかもしれないけど……。こうも荒れ果てると、心まで暗くなるわね)


 旧王宮が新政府の中枢になったものの、働き手は圧倒的に足りない。貴族のために仕えていた者や、旧王国軍の兵士たちはバラバラになり、一部は新政府に協力するも、多くは戻ってこない。誰がどこへ消えたのか把握できないまま、真面目に働く官吏にばかり重圧がかかり、彼らも疲労で倒れる者が相次いでいる。


 薄暗い廊下を抜けた先にある「大広間」と呼ばれるホールは、かつての玉座の間を改装したものだ。シャンデリアの大半は革命時の激戦で砕け、瓦礫(がれき)は隅に押しやられている。軍の残滓(ざんし)のような防具や壊れた武器が壁際に立てかけられ、重苦しい空気が漂っていた。


 そこに集まるのは、農村出身の実直な男や、かつて商人として活躍していた老人、革命で指導的役割を担った青年など、背景も性格もバラバラな人材たち。皆、ほこりまみれの椅子に座り、パルメリアが来るのを待っていた。


「皆さん、おはよう。お待たせしてごめんなさい」


 パルメリアが静かに声をかけると、場の視線が一気に彼女へ集中する。「大統領閣下」と呼ばれてはいるものの、彼らにとっては王政を倒した「英雄」であり、その威光を宿したカリスマでもある。半面、今の混乱を背負う当事者でもあるため、畏怖と期待が入り混じった眼差しが注がれる。


「革命から一年たっても、まだ先が見えませんね」

「貴族制度を廃止したのに、なぜ人々の暮らしが悪化するばかりなのか……」


 そんなつぶやきがあちこちから聞こえ、空気が重く沈んだままだ。パルメリアはひそかな胸の痛みをこらえつつ、会議を始める。


「……では、まず財政面の報告をお願いします」


 小さくうなずいたのは、白髪混じりの初老男性。穏やかながら苦しげな表情を浮かべ、すっかりやつれているのが見て取れる。この一年の混乱の中で起用された元商人だが、成り行きで「財政担当」を任されていた。


「申し上げます。先月から続く徴税の混乱が深刻で、一部地域では通貨がほとんど流通せず、物々交換で生活を維持している状況です。徴税役も行方不明のまま、収入がほとんど確保できません。これでは政府運営が立ち行かないでしょう」


 その声は疲労でかすれていた。パルメリアは資料に目を走らせながら、なぜこんなにも混乱が拡大してしまったのかと改めて思い知らされる。


「王政の腐敗に耐えていた農村が、革命後すぐ豊かになるわけではない……それはわかっていた。けれど、現実にこうも厳しいとは」


 誰に向けるでもなくつぶやいたその言葉に、場の空気がいっそう重くなる。


 続いて、別の若い官吏が立ち上がり、声を張り上げた。


「報告いたします。地方を中心に道路や橋の被害が深刻です。輸送ルートが途絶している箇所が多く、飢餓に近い状態の村もあるとのこと。補修に必要な資材や人材がまるで足りません。早急に手を打たなければ、首都への食料供給にも支障が出るかと……」


 聞くほどに逼迫(ひっぱく)感が募る。パルメリアは頬を強張らせながら、机に並ぶ書類を確認する。書面には「疲労する労働者」「逃散する農民」「都合のいい噂を利用して暗躍する旧官僚の一部」など、不穏な報告が所狭しと並んでいる。


(前世から持ち込んだ私の知識だけでどうにかなると思っていたけれど、それも甘かった。こんな広い国で、しかも王政打倒の混乱がまだ収まらない……。どうすればいいの?)


 パルメリアの頭はさらに混乱を極めそうになるが、王座に座っていたあの腐敗した王族を排除し、「民衆を救う」ために始めた革命を、こんな中途半端な段階で止めるわけにはいかない。


(これ以上、誰かに任せて退くなんてできない。私が逃げたら、この国は再び混乱のまま崩れてしまう。覚悟を決めた以上、やるしかないのよ――)


 パルメリアは目を伏せ、深く息を吸い込んでから顔を上げる。


「……まず、道路と橋の復旧に優先的に予算をつけましょう。物流が途絶えたままでは、いずれ首都すら飢えることになるわ。旧貴族の資産や隠し財産を再調査して、流用できるものは速やかに動かす。人材不足は深刻だけど、当面は指揮系統を簡略化してでも、最優先で労働力を確保して」


 会議室からは安堵のような息が漏れる。悲壮な表情を浮かべながらもうなずく人々を見渡し、パルメリアは口を結んだ。革命の「英雄」として盛り上がった熱狂は、もうほとんど消えてしまったが、それでも人々は彼女が国を動かしてくれると信じている。その期待が重い責任としてのしかかる。


 議題は次から次へと積み重なり、王政崩壊後に飛び交った人事異動や行政連絡の混乱、旧官僚の扱い、経済の混乱など多岐にわたる。あまりにも山積する問題の数々に、議論も曖昧(あいまい)なまま次へ移りそうになるが、それを何とか踏みとどめ、議題を一つひとつ整理していくのがやっとだ。

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