第49話 革命のその先へ①
かつての王都は、今では「共和国」の首都として生まれ変わりつつあった。豪奢な宮殿だった建物は、今や行政庁舎や議会、様々な省庁として使われている。廊下の壁には貴族の紋章や金の装飾品こそ残っているものの、大半は取り除かれ、一部は歴史資料として保管されるにとどまった。そのため、かつての華やかな雰囲気とは大きく異なり、あちらこちらで改修工事の音が響き、人々の声が交錯する忙しない空気が満ちている。
王国が崩壊し、革命によって「共和国」を打ち立ててからすでに幾ばくかの時が流れた。混乱は未だに多く残り、まだ「完全に新しい時代が到来した」と言い切るには遠い。だが、少なくとも絶望に沈んでいた民衆の顔に笑みが戻り、街角では「私たちの国を育てよう」という声が自然に聞かれるようになった。
その中心に立つのが、パルメリア・コレット――革命を導いた英雄であり、共和国初代大統領という重責を担う若き指導者である。かつては「傲慢な貴族令嬢」と呼ばれながらも、今では国民の多くが彼女の熱意と行動力を知り、新体制の舵取りを任せている。
元王太子ロデリックは王位継承を放棄し、現在は「ただの一市民」として新政権を支える一方、外交や国際関係の調整に協力していた。下級貴族出身のレイナー・ブラントは外務担当として周辺諸国との交渉にあたり、旧革命派リーダーのユリウス・ヴァレスは内務・治安維持を引き受けて混乱を抑えようと奔走している。さらにガブリエル・ローウェルは国防軍司令官として、国内の防衛と秩序の安定を図り、今もパルメリアを護り続けていた。
この四人が、それぞれの立場で共和国の基盤を支え、そしてパルメリアに対する様々な想いを胸にしまい込みながら、日々の職務にあたっている。
旧王宮――新政権庁舎は、内装を極力簡素にした新しい執務室や会議室が並び、荷物や書類が山積みになっている。もともと広大な造りだったため、あちこちを区画して事務所や倉庫として再利用する工事も進行中だ。
パルメリアは早朝から視察と会合に追われていた。国民投票や初の自由選挙を経て、大統領に選ばれてから数か月――その間、膨大な量の政務をこなし、一度は体調を崩しかけたほどだったが、今では補佐官や仲間たちの支えを得て、何とか新政府を動かしている。
廊下を歩けば、すれ違う役人や兵士たちが「おはようございます、大統領」「本日の議案は順調です」と声をかけ、パルメリアは笑みを返しながら素早く状況を聞き取る。
かつて王国の貴族社会にいた頃とは比べ物にならないほどの「人間らしい活気」が満ち、みんながこの国の未来を自分たちで作るのだという意識を持って働いていた。お仕着せの命令に従うだけではなく、誰もが自発的に提案し、意見を交わす――パルメリアが夢見た社会に、一歩ずつ近づいているのが感じられる。
「大統領、今日午後の閣議では農業支援の追加予算案を話し合います。地方代議員の要望が多く、それなりの調整が必要です」
秘書がそう告げると、パルメリアは小さくうなずき、手元のメモに走り書きをする。新体制はまだ不安定で、多岐にわたる課題が山積み。けれど、国のあちこちで人々が新しい暮らしを築こうと手を携えている姿を思えば、疲れなどものともしない気力が湧いてくる。
(この世界に転生した当初は、ただ破滅エンドを避けたいと思っていた。でも今は、それを超えて心から国を愛している。私のこの想いを、みんなと共有できるのは本当に嬉しい――)
そう考えながら、彼女は微笑を浮かべて先へ急いだ。
暫定議会が定期的に開かれるようになると、地方からの代表者や市民運動の声が直接政権へ届く仕組みが少しずつ整っていった。会議室には、農民代表や小商人、元貴族、さらには革命派のメンバーなど、多彩な顔ぶれが集まり、それぞれの地域の問題や提案を持ち寄る。
王家と貴族が勝手に決めていた時代からすると、驚くほどオープンな制度だ。初めは「議論がまとまらないのでは?」と不安もあったが、実際に始めてみれば、解決策が見つかるスピードが早い場合も多く、民衆に「自分たちで国を動かしている」という実感を与えていた。
「各地で議会制を取り入れ、一部の旧貴族がまだ大きな影響力を持っている地域にも、徐々に改革の波が広がっている。もっと時間はかかりそうだが、人々があきらめていないことが何よりの証拠だ」
そう報告するのはユリウス。彼は内務担当として、地方自治の推進や旧貴族の権限縮小を監視・指導する役割を担っていた。元々体制打倒に燃えていた男だけに、「壊す」だけでなく「作る」立場を担うことに最初は戸惑っていたが、今ではかなり板につき、パルメリアの最も頼れる片腕の一人となっている。
パルメリアは彼の報告を聞きながら深くうなずき、「ありがとう。引き続き、地方との連携を強化してちょうだい。多少衝突が起きても、議論で解決できる場を作るのが大事だから」と優しく微笑む。
一方、レイナーは外交面で周辺諸国とのつながりを築き、中にはかつて敵対していた国々さえ、革命による社会変化に興味を示して友好関係を検討し始めている。王制ではなく共和国として新たに生まれた国――その先例は少なく、世界から大いなる注目を集めていた。
とはいえ、革命が成功したからといって、全てが円満に進んでいるわけではない。旧貴族の中には亡命や逃亡を図る者もおり、外国で復権を目論む動きが密かに噂されている。さらに国内でも、旧来の身分制度を捨てられず、新政権に反発して小規模な蜂起を起こす者や、偽の情報を流して国民を混乱させる者も後を絶たない。
そうした問題に対処するため、ガブリエルの率いる国防軍と警備隊は各地を巡回し、治安維持に努めていた。彼の騎士道精神と寡黙なリーダーシップは、兵士たちの信頼を集めている。
「司令官、また北のほうで旧派閥の動きがあるとか……」
「ええ、すぐに調査隊を派遣してください。民衆への被害は徹底的に防ぎます」
そんなやりとりが日常的に交わされる一方で、パルメリアはガブリエルにも時折「無理をしないで」と声をかける。公務の合間に顔を合わせた際、言葉数の少ない彼に軽い微笑みを向けると、ガブリエルは欠かさず軽く頭を下げる。その厳かな態度の奥には、「あなたを守る」という静かな誓いが今も熱く脈打っているのだと、パルメリアは知っていた。
こうして、共和国の再建が幾多の困難を伴いつつも進行するなか、パルメリアの周囲には、恋や敬愛の想いが複雑に交錯し続けていた。
ロデリックは、自身の特権を捨て去りながらも、依然として彼女に特別な眼差しを向け続けている。レイナーは幼馴染としての優しさを保ちつつも、今では一人の男性として彼女を支えたいという意志を持ち、ユリウスは炎のような情熱をそっと隠しきれず、そしてガブリエルは寡黙ながらも揺るぎない誓いを胸に秘めている。
パルメリアはその全てを拒まず、同時にまだ完全には受け止めきれていない。何より、国の未来を優先せねばならない立場という自覚が、彼女の心を迷わせていた。革命を成し遂げたのだから、あとは自分の幸せを追いかければいい――などと軽々しく思えるほど、彼女の責任は小さくない。
(私はこの世界に転生してきた時、ただ「破滅エンドを避けたい」と思っていた。だけど、こんなにも多くの仲間に囲まれ、こんなにも多くの人の期待を背負うことになるなんて……人生はわからないわね)
そう心の中でつぶやき、苦笑しながらも、どこか嬉しそうに微笑む。結局のところ、パルメリアは国と恋という二つの大きなテーマを同時に抱えている。
だが、彼女はもう一人ではない。レイナーもユリウスもガブリエルもロデリックも、それぞれがパルメリアを信じ、支え、そして想っている。彼女を取り巻く環境は、かつての「悪役令嬢」という立場では考えられないほど、豊かで温かいものになっていた。




