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コンテストに向け、不定期に投稿して行きます。
未熟な作家ですが、よろしくお願いします( ⸝⸝•ᴗ•⸝⸝ )
『親愛なるLへ
前略、この問いの答えが、お分かりになりますか?
トウモロコシ色のウサギのしっぽ。仲良く並んで青空の下。
南の風の温もりを、喜ぶように揺れている。――あなたのCより心を込めて』
セリーヌは、窓から差し込む日の光を頼りに、小さな机に向かう。
北東の角部屋は、朝が過ぎると日が差し込まない。
寒さの残る部屋で、羽織を手繰り寄せ文字を綴った。
昔なら――母と二人、平民として暮らしていた頃なら、こんな上質な紙を手に入れることさえ出来なかっただろう。ペン先の滑りの良さを感じながら、ギシリと鳴るイスの音を聞く。誂えて貰ったのは十年前。その時すでにアンティークだったというのもあり、そろそろ寿命が近いのかもしれない。
書き終えた手紙を封筒に入れ、蝋を垂らし、印の無いただの丸い型を押し付ける。差出人のスペースには、信書管理所で借りているレンタルポストの番号が書いてある。中々の出来栄えに、ラベンダー色の瞳が輝き自然と弧を描く。
そうして、机の上のベルを鳴らすが――誰も来ない。
部屋をそっと出て、暗い廊下から日の光のあたる廊下に差し掛かり、ようやく人影を見つけた。
「……あの、お忙しいところごめんなさい」
一人のメイドに話しかけると、わかっているなら何故声を掛けたと言わんばかりに溜息を零される。「なにか?」という短い返事の後、便箋を手渡す。
「これを……ベルヴェルデの閉店した花屋に届けて欲しいの」
「……お嬢様」
「これでお願い」
断られないように、すかさずブレスレットを一つ渡す。
社交の為にと宛がえられた、美しいルビーの付いたブレスレットだ。
郵便代を差し引いても、彼女の数か月分の給金相当の価値はあるはずだ。
メイドは「んん」と咳ばらいをし、取り上げるように差し出した二つを持っていった。ほっとしていると、周囲からヒソヒソと騒めく声が聞こえる。
「ねえ……またなの? 気味が悪い……」
冷たい言葉に、ビクリと体が震える。
本人に聞こえているとわかるだろうに、囁き合う声は止まらない。
「亡くなった母親に書いていると言っていたけど……本当は、誑かした男達とやり取りしているって聞いたわよ?」
「見た目だけは良いものね……でも、魔法を少しも使えないんでしょう? 貴族家ではお荷物でしかないじゃない」
「『慰み者としては丁度いい』って、奥様も仰っていたわ。見目が多少良ければ、後妻や妾としてくらいなら、それなりに需要はあるでしょうって」
これ見よがしに語られる言葉。
肩に掛けたブランケットの下は、デコルテの大きく空いた薄桃色の薄いドレス。セリーヌの内面がどうであろうと、口さがない彼らの噂こそが真実なのだと、長い年月を掛けて作り上げられてしまった。いくら否定しても、セリーヌの声は誰の耳にも届かない。むしろ、事を荒立てたことを責められ、どんなに酷い罰が待っているかわからない。
セリーヌは、人々の視線を避けるように俯き、元来た道を戻る。
その姿さえ、「貴族令嬢らしくない」と責める声が背中から聞こえて来る。
先程までの晴れやかな気持ちも一転。
部屋に辿り着き、扉を閉めると、その場にずるずると座り込んだ。
床に零れる長いプラチナブロンドの髪――父に似たそれがなければ、今尚、小さな花屋でひっそりと暮らしていることが出来たのだろうか。それとも、人々の言うように、女一人無事に過ごすことは出来なかったのだろうか。
膝を抱え、額を押し付けながら呟く。
「……お母さん」
ぽたぽたと零れる涙が、布地に吸い込まれるように消えていく。
どうしようもない孤独が、肌寒い部屋にこびりつくように居座っていた。
◇◇◇
彼女の名は、セリーヌ・ラヴィーニュ。ラヴィーニュ侯爵家の長女ではあるが、兄と妹とは母親が異なる。彼女の母は、ベルヴェルデの街で小さな花屋を営んでいた。
十八年前の冬。先代を失い、重責に耐え切れず街で慣れない酒を飲み明かしていた侯爵は、遂に道端で倒れた。その彼を介抱した若い娘――それがセリーヌの母リリーだった。リリーは、彼に妻子がいるとは知らず、彼の子を身籠った。
そうして、人知れずセリーヌを生み、懸命に働いて彼女を育てた。
セリーヌは母や街の人々から愛され、幸せな幼少期を過ごしていた。
幼いセリーヌの好きな遊びは、『謎かけ』。
自分の好きなものを答えにして、それを当ててもらう遊びだ。
母や近所の大人達、時には同じ年頃の友人や飼い猫にまで問いを出していた。
「夜のお空に満月二つ。ふわふわ柔らか、ぽっかぽか。つるんと滑らか、なーんだ?」
「あ~、わかった。飼い猫のムーンね?」
「あたり!」
そんなやり取りをしながら、母娘は楽しく暮らしていた。
しかし、セリーヌが七歳になる頃、母が流行り病に伏した。
闘病も虚しく、熱は上がり続け、やがてその鼓動は聞こえなくなった。
セリーヌは、当時七歳。出来ることも無く、途方に暮れている所に父親だと名乗る男が現れた。
プラチナブロンドの美しい容貌を持つ男、アドリアン・ラヴィーニュ侯爵。
彼はセリーヌを侯爵家の長女として迎え入れた。
だが、侯爵夫人も兄妹たちも良い顔はしない。
侯爵は「いずれ、どこかに嫁に出すつもりだ」と、そのたった一言で全てを片付けた。
それ以降、セリーヌはまるで居候のようにひっそりと侯爵邸で暮らすことになった。侯爵は兄妹たちと同じように教育や衣服を与えてくれたが――それがかえって彼らの苛立ちを煽った。
普段、王城での仕事が多く邸宅にいない侯爵よりも、家に残された家族の言葉の方が使用人たちにとっては重みを持つ。
「教育だ」と言われ、明け方まで本を頭の上に乗せて立たされたり、冷たい水で体を洗わされたり、食事を忘れられたりすることもあった。
体調を崩しても誰も部屋に来てくれず、一人で眠っていなければいけない日も沢山あった。母との暮らしとの落差に、心が先に悲鳴をあげた。
寂しくて、悲しくて、母を求めて手紙を書いた。
誰も答えてはくれないとわかっていても、それでも送った直後は返事を待っているような不思議な繋がりを感じられたから。
花屋は、侯爵邸に連れていかれる時に「そのまま維持して欲しい」と侯爵に頼んでいた。侯爵は、「……構わん。大した額でもないからな」と、それを許してくれた。
しかし、誰とバレるには外聞が悪すぎる。
かき集めた知識で、信書管理所という所でレンタルポストが借りられることを知った。そこを送信元の住所にし、名前を伏せ、念のために内容も細かく近況を書くことはやめた。
それでも、母になら自分だとわかるはずだと――『謎かけ』を一つ、書くことにした。
九歳の頃から始め、変化が起きたのは十四歳の頃だった。
驚いたことに、レンタルポストに返信が届いたのだ。
送信元は、ベルヴェルデの花屋。差出人は「L」。
これは、セリーヌが母リリーを思って付けた名だったが、「L」は見事にセリーヌの問いに答えて見せた。時には、答えである『好きなもの』の現物を送ってくることもあった。
「L」の正体が、侯爵や侯爵家の誰かかと疑った事もあったが、その考えはすぐに霧散した。どうしても、彼らと「L」が結びつかなかった。
しかし、セリーヌにとっては正体などどうでもよかった。
亡くなったはずの母が、実は生きていて、会えないけれど遠くから見守ってくれている――そんな錯覚でも自分を慰めることができた。
それが、彼女にとって唯一の支えだった。
◇◇◇
手紙を送ってから数週間後。
信書管理所からセリーヌ宛てに、小さな小包が届いた。
「……ミモザの花」
中を検め、思わず呟く。
(……すごいわ。今回も、大正解)
南の風は、春の兆し。青空の下も、晴れの日が多くなる春先のことを意味している。トウモロコシ色はそのまま黄色。ウサギのしっぽは、ふさふさとしたその見た目。春先に咲き乱れ、春の訪れを告げる黄色い花。
謎解きとも言えない、子どもの悪戯のような問いかけ。
黄色い花に心が照らされ、ぽかぽかと温かくなる。
ミモザの花が連なる枝一房を花瓶に移していると、扉をノックする音が響いた。
セリーヌの私室に、誰かが訪れることは珍しい。
いつもとは違う状況に心を震わせながら「ど、どうぞ」と告げると、ガチャリと戸が開いた。
「――……侯爵様」
「……久しいな」
冷たいアイスブルーの瞳を前に――セリーヌは、足元が崩れていくような途方もない不安を感じていた。
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