勝者
父が処刑によって亡くなってすぐ、弟リウもアタシから離れていった。
「お姉ちゃん、僕、これから、アイシャールの元で色々と学ばないといけないんだ。僕は随分と遅れているから、寝る間もないんだ。だから、筆頭魔法使いの屋敷で暮らすことにしたんだ」
「………そうなんだ」
停滞しているのは、アタシだけだ。リウはもう、未来へ向かって歩いている。
父さんが目の前で処刑された時も、アタシが邪魔をするとわかっていたから、そうさせないように、とずっと腕にしがみ付いていた。もう、泣いてばかりで、アタシや父さんの後ろに隠れていたリウはいない。
「そうだ、アイシャールが、いつでもいいから、会いに来てって言ってた」
「アイシャールが? そうなんだ」
そう言われると、アタシは外に出る理由が出来る。さすが、アイシャール、わかっている。
リウはさっさと筆頭魔法使いの屋敷に移り住んだその日に、アタシはアイシャールに会いに行った。アイシャールがいるのも、筆頭魔法使いの屋敷だ。結局、リウと一緒に行ったのだ。中で別れたけど。
中では、人形についた妖精リンちゃんが出迎えてくれた。リウはもう行先を知っているのか、案内なしで行ってしまう。リンちゃんはアタシおための案内だ。
アイシャール、アタシが来たことがわかっているので、奥の部屋から出てきた。
「リーシャ様、この度は、申し訳ございませんでした。わたくし、カンダラの取引に、逆らえませんでした」
「聞いた。アイシャールの背中の契約紋、父さんに移して、アイシャールを自由にしたって。父さんが選んだことだもん、そこは、父さんとアイシャールの問題。アタシが口出すことじゃないや」
「………」
アイシャールは無言でアタシを抱きしめてくれた。何か言いたそうだけど、アイシャールはそれを飲み込んだ。
アイシャールの案内で、日当たりのよい部屋に入った。
「イーシャはどこにいるの?」
ちょっと気になったので、聞いてみた。他意はない。きっと、この屋敷のどこかだろう、なんて軽く思っていた。
「この屋敷には、特別な部屋があります。筆頭魔法使いが執着を強く持つ者を閉じ込める部屋です。そこに、イーシャはいます」
「閉じ込めるって、どういうこと?」
「特別な魔法がかかった部屋です。そこに入ると、出る意思を失います。それどころか、筆頭魔法使いの願い通りの存在に曲げられてしまうこともあります」
「そ、そうなんだ」
よくわからないけど、怖い感じだ。これ以上、聞いても理解出来ないし、アタシはそれ以上、質問しない。世の中には、知らないほうがいいことがある。これは、知らないほうがいいことだ。
アイシャールが出すお茶は美味しい。同じ茶葉使っているけど、同じにならないよね。
「リウから、アイシャールが呼んでいる、と言われたけど、何か用でもあるのですか?」
「リーシャ様がお元気かどうか、気になっただけです。リーシャ様、部屋に閉じこもったままだ、とリウから聞きました」
「アイシャールは色々な所に目がいくからすごいね。気遣いがこまやかで、いいお嫁さんになるな、といつも思ってたの」
「そういうリーシャ様こそ、良いお嫁さんになりますよ」
「家事全般、出来ないけどね」
「皇族には、そういうのは必要ありませんよ。リーシャ様に必要なのは、リーシャ様を支えられる、立派な皇族の夫です」
「立派じゃないといけない?」
「リーシャ様、皇族教育はどこまで進みましたか?」
「………」
本を読んでも半分も理解できていない。かといって、今更、年下の子どもたちに混ざって、授業に参加するのは恥ずかしい。結果、皇族エウトに教えられた所で止まっていた。
黙り込んでいると、アイシャールはそれ以上、聞いてこなかった。聞かなくても察するものね。
「リウがこちらの屋敷で暮らすようになると、リーシャ様はまた一人になってしまいますね。リーシャ様が一人なのは危ないですから、皇帝の私室に移動しましょう」
「皇帝の私室って、エウトの所?」
「以前は、イーシャの私室でしたよ」
「同じなんだ。もしかして、エウト、あの部屋で一人?」
「そうです。イズレン様、また、元の部屋に戻ってしまいました。あの広くてたくさんの部屋がある私室です。エウト様も寂しいでしょうね」
「いいのかな?」
「従姉弟同士ではありませんか。以前は、そこに伯父のイーシャがいました。家族みたいなものですよ」
「エウトがいいっていうなら、そうしよう」
一人は寂しいので、アイシャールの提案を受け入れた。
「もうそろそろ、帰るね。ほら、イーシャ一人だと大変でしょう」
「そうでもありませんよ。イーシャ、実は、わたくしは必要ないのです。イーシャは、目隠しして戦う訓練もしていました。もう、部屋にある物の位置も覚えてしまっていますから、わたくしの介助は必要ないのですよ」
「すごいね、イーシャ」
「はい、素晴らしい方なのです。わたくしには、本当に勿体ない方です。わたくしは、ただ、イーシャの側でずっと魔法使いで仕えられればいい、そう思っていました。ですから、こうして、イーシャがわたくしだけのものになってくれて、幸せです」
「アイシャールみたいに気立てのいい女性だもの。男だったらほっておかないよ」
「それは、決して、良いことではありません」
急に、アイシャールは声を落とした。
エウトの話を思い出す。アイシャールは契約紋に縛られ、過去の皇帝の言いなりだったという。皇帝の儀式で閨事の強要もされた。女として、それは、辛い過去だ。
「でも、契約紋がなくなっちゃったら、イーシャとの繋がりは心だけになっちゃうね」
「イーシャは、契約紋の焼き鏝を作り直させませんでした」
「そうなの!?」
「焼き鏝を作り直すということは、わたくしは、あの筆頭魔法使いの儀式をしなければなりません。前の契約紋の火傷をどこかに移し、あの苦痛を受けるのです。これまでの皇帝は、皆、それを強要しました。ですが、よりによってイーシャは、契約紋の更新を拒絶しました。ですから、わたくしの契約紋は、先帝のものでした」
イーシャは、アタシが想像している以上に、アイシャールを大事にしていた。
これまでの皇帝は、アイシャールを支配するために、契約紋を作り直して、儀式を強要した。そこには、アイシャールを支配したい、という男としての欲望もあっただろう。だけど、イーシャはアイシャールを大事にしてか、それをしなかった。
「最初、わたくしが一方的にイーシャに恋しました。イーシャには、そんなつもりはなかったのですよ。ただ、たまたま、そうなってしまっただけです」
それは、先帝が亡くなった戦時中の出来事だった。
アイシャールは、四代にわたって、皇帝に好き勝手閨事を強要されていた。女としては辛くて、苦しくて、でも、度重なる強要に、体は勝手に喜ぶ。そんな自らに嫌気をさしていた。
そして、とうとう、四代目皇帝が戦争に参加している最中に、アイシャールは気が触れた。見た目は平静としていたが、内心は皇帝を殺したくてたまらなかった。
契約紋の縛りにより、皇帝に魔法を使うことが出来ない。となると、武器によって皇帝を殺すしかない。
その日も、皇帝に閨事を強要されていた。契約紋の縛りにより、アイシャールは逆らえなかった。そして、皇帝が眠るのを息をひそめて待っていた。
アイシャールが少し離れても、皇帝は起きない。それを確認して、今まさに皇帝を殺そうとした所、当時、一皇族だったイーシャが戦争の話をするためにやってきたのだ。
今まさにアイシャールが皇帝を殺そうと振り上げた武器をイーシャは取り上げた。
イーシャもまた立派な皇族だ。あられもない姿をしているアイシャールに、イーシャもまた、何か命令するのではないか、と警戒する。
ところが、イーシャは溜息をついて、寝ている皇帝の首を斬って殺したのだ。
「何をしているのですか!?」
「悪いが、大事な戦力である筆頭魔法使いを失うわけにはいかない。皇位簒奪したんだ。これで、私が皇帝だ。従ってもらおう」
そう言って、イーシャは出て行った。
そして、次の日には、イーシャが戦争の指揮をとることが決まった。表向きは、皇帝は暗殺されたことにして処理された。
そして、イーシャはアイシャールに閨事を強要することなく、ただ、戦争のための戦力として指示するだけだった。
歴代の皇帝は最低だと思った。心底、そう思った。だから、イーシャが素晴らしい皇帝だと思い知らされる。
「イーシャ、かっこいい!!」
「そうですよね!! それから、イーシャに恋しました。これが、わたくしの初恋です。イーシャのためなら、閨事だってしてあげたいというのに、イーシャったら、たった一度の皇帝の儀式だけをして、それからは指一本、触れてくれませんでした。触れるのは、全て、わたくしからです」
「でも、イーシャ、確か、亡くなったけど、妻がいたよね。その頃は、どうだったの?」
「鋭いです。戦争に出るとわかっていましたので、イーシャはさっさと結婚して、一人目の子どもがいましたよ。わたくしがどんなに誘惑しても、イーシャは揺らがず、奥方の間には、三人の子どもをつくりました」
「あれ、エウトもいますよね」
「エウト様の時は、すでに、奥方が亡くなった後です。浮気ではありませんよ」
そうか、浮気じゃないんだ。だけど、皇帝の役割のために、実の妹の間に子どもを作るというのは、なんとも言えない。
エウトの母も亡くなっていない。ある意味、イーシャは今一人だ。
「イーシャって、亡くなった妻とは好きで結婚したの?」
「いえ、恩あってのことです。イーシャは、ご両親を先帝によって処刑されてしまって、後ろ盾がなくなってしまいました。そこを救ったのが奥方のご両親です。その恩返しのために結婚したのは、有名な話です」
「亡くなった妻のほうは、イーシャのことが好きだったの?」
「そうです。イーシャ、頭が良くて、体術と剣術も出来るので、女性にはとてももてました。だから、奥方のご両親に頼まれたら、イーシャも断ることが出来ませんでした」
「そうなんだ」
「皇族は血筋を残すことが役割です。こういう結婚は、よくある話です」
どうしよう。アタシも誰かと結婚しなきゃいけない。だって、アタシの血筋って、絶対に残さないといけないよね。
「リーシャ様は、そんなに焦らなくていいですよ。イーシャの奥方とは違います。イーシャの奥方は、こう言ってはあれですが、皇族としての最低限の役割しか出来ない方でした。性格にも難がありましたので、結婚相手を見つけられなかったのです。イーシャ様が恩返しのために結婚しなければ、彼女は一生、独り身でしたでしょう。リーシャ様は、気立ては良いですし、一緒にいる人は皆、幸せに感じる魅力があります。引く手あまたですよ。焦らず、選べばいいのですよ」
「そう言って、一生、結婚できなかったらどうしよう」
「そこは、あるがままです。大丈夫です。リーシャ様がいい、という皇族はいます。あとは、リーシャ様が結婚したいと思う皇族を選べばいいだけです」
「でも、アタシ、バカだから、すぐ騙されるの。簡単に騙されちゃいそう」
「そういう時は、リーシャ様を絶対に騙さない人を選べばいいのですよ」
「例えば?」
「そこは、ご自分で考えてください」
肝心なところで、アイシャールは言ってくれない。それがわからないから、アタシは困るの。
アタシはこれまで、父カンダラに相談していた。父はアタシのために、きた結婚話は全てなくしてくれた。だけど、父は処刑されてしまったので、アタシの後ろ盾はいない。
「部屋に戻って、移動のための荷物の整理をしたらどうですか」
「そんなに荷物なんてないよ。着替えとか、それくらいだもん」
「では、もうそろそろ、お部屋に戻ってください。一応、エウト様には伝言を送りましたよ」
「エウトは忙しいんだから、部屋にいるわけないよ」
だけど、このままアイシャールとイーシャの逢瀬を邪魔するのは悪いので、帰ることにした。
でも、まだ道を覚えきれていないので、妖精リンちゃんの案内だ。アイシャールは、全てお見通しだ。
部屋に戻れば、ドアの前にエウトとイズレンがいた。
「あれ、お仕事は?」
「リウが部屋を出て行ったと聞いたから、迎えに来た。お前を一人にしておくと、大変なことになる」
「えー、そんなことないよ」
「ノックされたら、相手を確認する前に、開けちゃうだろう。いつか、大変なことになるぞ」
「う、うん」
「あったんだってな。リウから聞いた」
そうなのだ。リウが部屋にいる時に、アタシ、ノックされて、ドアをあけたのだ。そこは、リウが助けてくれて、未遂だった。相手の男は、リウの妖精に呪われて、大変なことになったけど。その後、どうなったのか、アタシは知らない。リウが呼んだ魔法使いたちが連れて行って、それっきりだ。
「リウとエウトは、仲良しだね。てっきり、エウトは、リウを利用するために、友達のふりしていると思っていた」
「友達になるのに、理由なんてない。知らないうちになっていた。最初は、リウが一方的に言ってただけだ。それが、自然と受け入れていた。そこが、妖精憑きだよな。人の心なんて、力づくで変えてしまう」
「もう、リウはそんなつもりないよ。エウトのこと尊敬してるって言ってた」
「そんな話はどうだっていい。さっさと移動しろ」
「そんな荷物なんてないのに」
アタシ一人で部屋に入って、大きい鞄一つに荷物を詰めて出てきた。
「それだけ?」
「リウがいたから、そんなに着替え必要としなかったし。私物もないから」
「これからは、妖精憑きの力を好き勝手使えないから、着替えはもっと必要になるぞ」
「いいじゃん、リウに綺麗にしてもらえば」
「妖精憑きは、帝国の物だ。私用で使うな」
「はいはい」
大きい鞄をイズレンが持ってくれる。
「女の自覚がないな」
「いいの!!」
イズレンも一言多いな。
そうして、帝国に来て、しばらくお世話になっていた皇帝の私室に到着である。
「この部屋には、誰も入れるなよ。皇帝の私室だからな」
「もう、ドア開けないから、大丈夫。心配なら、リンちゃんを置いてくれればいいのに。一人でいると寂しい」
「ぜひ、わたくしをここに置いてください!!」
「アイシャールの許可が下りたらな。今日は帰れ」
「ぶー」
妖精リンちゃんは部屋から無理矢理出されていった。あー、大事な話し相手が!!
「私も今日から、ここで暮らすことになった」
「イズレンは私室が別にあるって」
「皇帝の補佐をしてるんだ。一緒のほうが便利だ」
もっともな話だ。だけど、エウトがもの言いたげにイズレンを見上げている。何も言わないから、了承済みだよね。
さすがに部屋の中は、アタシ一人で荷物を運ぶ。荷物自体、少ないので、アタシは片づけは後回しにして、エウトとイズレンの元に戻る。
忙しそうなはずなのに、二人とも、優雅にお茶なんか飲んでいる。
「もう荷ほどきは終わったのか?」
「そんな大した荷物じゃないよ。少しずつやっても、三日もかからない。ほら、二人とも仕事に行ったら? 戦後処理とか、まだ残ってるって、聞いた」
「そんなの、ここでも出来る。人と話し合う時は出ないといけないけどな」
「仕事を家に持ち込むのは、嫌われるよ」
「皇帝の私はないよ。あるのは公だ」
「アタシがイヤなの!! アタシだって、皇族の勉強してるから」
「それな、もうしなくていい」
エウトは、アタシがわざわざ持ってきた皇族教育の本を取り上げて、イズレンに渡す。
「このままでいくと、ただのバカになっちゃうよ」
「そういう時は、完璧な男と結婚すればいい。お前はどうせ、真の皇族なんだ。逆に皇族の知識を持っているほうが危ない。もう、勉強するな。ここで大人しくしていろ」
「だいたい、今更やったって、遅いだろう。こういうのは、男に任せろ。女は、最低限の皇族の役割である、血筋を残すほうに集中していればいい」
「あー、それ、差別だ!!」
イズレンまで何もするなと言ってくるので、アタシは逆らった。この二人、父親が同じだから、似たようなこというんだよね。
「女は子を産むから、どうしても、不利だ。出産で死ぬことだってあるんだ。大人しくしてろ」
「それ以前に、アタシ、相手がいないじゃない。大人しくしている必要なんてありません!!」
「お前と結婚すると皇帝になれる、という噂、まだ生きてるぞ」
「そうなの!?」
「だから、大人しくしてろ。噂がおさまったら、教えてやる」
「わかった」
イズレンが何かもの言いたげにアタシを見てるけど、気にしない。エウトは本当に頭がよくて、何でも出来るな。リウがいうように、アタシもエウトのこと、見習おう。
契約紋の元となった皇族姫リーシャは、それはそれは妖精と妖精憑きに愛される皇族でした。
あまりに愛されるので、妖精と妖精憑きに守られるように育てられ、世間知らずな大人となってしまいました。
リーシャは嘘をつかれても信じてしまいます。
結婚を申し込まれると、何も考えずに受けてしまうので、リーシャの父は破断にするため、奔走する毎日でした。
そんなリーシャに、皇帝と先帝の息子が結婚を申し込みました。
リーシャを溺愛する弟は魔法使いでした。
リーシャの幸せのために、弟は、二人の男に試練を与えました。
弟は魔法使いです。
その試練は、とてもただの人では越えられないものでした。
ですが、皇帝は口先三寸で、弟の試練を乗り越えてしまいました。
こうして、皇族姫リーシャは、皇帝の妻となり、末永く、幸せに暮らしました。




