全ての真実
皇族全てが、皇帝イーシャの名のもとに、集められた。
そこは、皇族の儀式を行ったり、年に一回の食事会を行ったりする部屋だという。そこに、机と椅子を並べられ、皇族の儀式を通過した皇族だけを集められた。
「エウトって、皇族の儀式、通ったんだ」
弟リウと同い年だから、名ばかり皇族だと思っていた。
「僕は特別だ。絶対に皇族となることが、神によって定められている」
「どうして?」
「僕の母と父は、神が定めた組み合わせだ。この組み合わせで生まれた子は、特別な皇族だと決まっているんだ」
「エウトは、父親のことを知っているの?」
「公に出来ないんだよ」
苦笑するエウト。皇族間では、エウトの父親はどこの誰かもわからないこととなっている。そのため、エウトは皇族から蔑まれていた。
でも、皇族って、アタシも蔑んでるんだよね。蛮族の娘のくせに、と。結局、皇族だと証明出来ても、血筋やら生まれやらで、蔑むんだよね。それは、城の使用人たちもそうだ。今だに、アタシは辺境出身と、バカにされてるんだよね。いいけど。
そういう蔑まれている同士、アタシとエウトが固まっていると、立派な生まれと育ちの皇族の皆さんはヒソヒソとなにか言っている。
「暇なんだね、皆」
「お前、それ、前も言って、大変なことになっただろう」
「覚えていない、バカだから」
笑顔で言い切ってやる。ほら、教育も受けていない野蛮人だから、すぐ、言っちゃうんだよ。
だけど、アタシに手を出すと大変なことになった過去があるので、同じ皇族といえども、手を出さない。もう、弟リウの妖精はアタシにつけられていないけど、あえて、黙っている。
教育を受けた、立派な生まれ育ちの皇族の皆さんは黙り込む。アタシが余計なことを言ってしまうようなネタを投下しないように気を付ける。黙っててよね。
「それで、今日は何するの?」
「見ていればわかる」
エウトは知っているのに、教えてくれない。知りたいから聞いたのに。
そうして、ざわざわしている所に、皇族イズレンが最後にやってきた。そして、イズレンの後ろから、顔を布で隠したアイシャール、アイシャールに手を引かれて歩くイーシャが部屋に入ってきた。
イーシャの顔に、両目が刃物で斬られたような傷痕があった。その傷跡の下にある目は光を失った色をしていた。
アイシャールの手に助けられ、イーシャは皇帝が座る席に座った。
「見苦しい姿を見せてしまったね。この通り、私は両目を失明し、皇帝としての仕事が出来なくなった」
「まさか、妖精憑きの一族にやられたのか!?」
つい最近まで、妖精憑きの小国だけが帝国の軍門に下らず、アイシャールに怪我まで負わせた事実がある。イーシャの両目を奪ったのは、妖精憑きの一族の仕業だと疑われた。
「私は、禁忌を犯したため、その償いのために、両目を傷つけた」
そうではない。イーシャ自身が行ったことだ。
イーシャは、清廉潔白な皇帝というイメージが強い。誰も、イーシャを悪く言わない。帝国でも、イーシャは立派な皇帝とされていた。
とても、イーシャが禁忌を犯したとは、誰も想像出来ない。アタシだって、わからない。
「エウト、来なさい」
「はい」
イーシャに呼ばれ、エウトは前に出る。
イーシャは、実の息子であるイズレンがいるというのに、エウトの手をとり、アイシャールの導きで抱きしめた。
「私が皇帝として力をつけるために、君には随分と辛い思いをさせた。それも、今日で終わりだ。エウトは、私と妹ラーシャの間に生まれた子どもだ」
とんでもない事実だった。血のつながりのある兄妹が子をなすなど、禁忌でしかない。
「父上、どうしてですか!?」
イズレンは、この禁忌に納得がいかない。イズレンだけではない。その場にいる誰もが、こんな禁忌を犯したイーシャを理解出来ない。
批難の目まで向けられるが、目が見えなくなったイーシャはわからないので、気にしない。ただただ笑っている。
「皇帝となると、ある聖域に連れて行かれる。そこで、運命の相手を見れるかどうか、確かめるんだ。何故か、私は見えた。私の運命の相手は、妹だった。皇帝だけでなく、皇族は、この運命の相手と子を為さなければならないんだ」
「欺瞞だ。ただ単に、お前が妹と獣の行為をしたかっただけだろう!!」
「勝手に言えばいい。私は帝国のために、妹相手に子を為した。そして、エウトという特別な皇族を誕生させた。エウトは、お前たち皇族全てよりも価値のある存在だ。神が定めた支配者だ。それは、絶対だ」
「ふざけるな!! まさか、その子どもを皇帝にするのか!? 禁忌によって生まれた子どもを」
「神が定めたことだ。禁忌といえども、神の導きだ。そして、エウトは、支配者であると証明した」
アイシャールがテーブルに、大きな地図を広げる。それは、中心近くが帝国となっている上下に長い地図だ。
「これは、古から伝わる、支配域がわかる道具です」
アイシャールは中心の部分を指さす。
「ここは、今、あなた方がいる王都です。色が白ですよね。これより上は、敵国の支配域となっていますから、色が真っ黒となります。帝国は、これまで、この中心のみが支配域となっていました。つまり、地図は真ん中だけが真っ白でした。それが、今では、下半分は真っ白になっています。これは、多くの小国の支配域が、帝国に塗り替えられたことを意味します」
「こんなもの、作ったに決まっている!!」
「見たことがないこれが、本物と言い切れるのか!?」
「勝手に言っていてください。これが、現実です。そして、この支配域の塗り替えが出来るのは、エウト様のみです。エウト様は、聖域の支配を帝国に塗り替えられる、唯一の皇族です」
皇族も知らない事実だ。
ただ、戦争をして勝ったからといって、帝国領土になるわけではない。それぞれの小国が保有する聖域を帝国のものにしなければならないという。それが出来るのは、エウトのように、神が定めた組み合わせにより生み出された皇族のみだという。
それは、皇族教育で習うことはない。皇帝のみが知る事実だ。
「私の役目は、大昔に切り離された小国を帝国領に戻すことで終わった。これからは、残り少ない余生をアイシャールと過ごす」
「貴様もまた、筆頭魔法使いに狂ったか!?」
歴代の皇帝は、アイシャールの美貌に狂ったのだろう。その事実を知る皇族が蔑むように叫んだ。
アイシャールは、これまで隠していた素顔を晒した。それは、とんでもない素顔だった。あの美しい素顔は、醜い傷と火傷により、崩されていた。
「好きなように言えばいい。だいたいの皇族の男どもは皆、初恋はアイシャールだろう。私もそうだ。悪いか。アイシャールは傷ついた素顔を見てほしくない、と泣いた。だから、私は両目をつぶした。今、どのような顔をしているか、私は知らない。皇帝であった頃は、私はアイシャールの愛を拒んだ。皇帝だからだ。しかし、もう、皇帝は出来ない。これで、やっと、アイシャールの愛を受け入れられる」
「私のイーシャ、愛しています」
この二人の間を誰も割り込むことは出来ない。
イーシャはアイシャールの醜い傷や火傷に触れて、その素顔が思い出の中とは違うことに気づいている。傍から見れば、欺瞞だ。醜くなった素顔を見ないままに、失明したのだ。
だけど、アイシャールのために失明したのだ。そんなこと、普通の人は出来ない。
もう、人目なんて気にしない。アイシャールは目の見えないイーシャに口づけする。イーシャは、アイシャールを受け止め、幸福の笑みを浮かべる。
こんなもの見て、もう、誰も文句なんて言えない。
「それで、僕はこれから、伯父上のことを父上と呼べばいいですか?」
だけど、エウトにとって、アイシャールとイーシャがどうなろうと、どうだっていい。それよりも、エウト自身の立ち位置をどうするか、それが重要だった。
「そう呼んでもらってかまわない。アイシャールのことは、義母上と呼ぶかい?」
「アイシャールが望むなら、そうします」
「どちらでもかまいませんよ」
「じゃあ、アイシャールで。今更、父親母親なんてバカバカしい。イズレンもイズレンのままだ。家族がほしいなら、自力でどうにかする」
エウトにとって、今更のことだった。今更、家族だと言われても、遅いのだろう。
エウトの返事に、イーシャは苦笑し、イズレンは気まずいみたいに顔を背ける。イズレンは、真実を知っていたのかわからないが、エウトには冷たい所はあったが、ふとした瞬間、優しい所もあった。何か、感じていたのだろう。
こうして、終わりかな、なんて他人事のように眺めていた。
「そこで、皇帝は、聖域を帝国領に塗り替えられるエウトを指名する」
「そんな、父上!?」
皇帝になりたいイズレンは、裏切られたようなほど、驚いて、表情を歪める。
イズレンもエウトも父親は同じだ。どちらが父親の愛情を受けているか、と言われると、アタシにはどっちも受けていないように見える。だからといって、父親の愛情が、皇帝の選定に繋がるとは思えない。
イーシャは血筋のみで皇帝を選ぶような人ではない。血筋だったら、たぶん、アタシが一番だ。だけど、アタシが皇帝となると、帝国は滅ぶ。だから、血筋だけでイーシャは皇帝を選ばない。
イーシャは、血筋と実力で次の皇帝を選ぶ。そして、イーシャはエウトを選んだ。
だけど、エウトは幼い。皇帝となるには、若すぎる。
「こんな子どもに皇帝が勤まるわけがないでしょう!! 気でも狂ったとしか思えない!!!」
「エウトは、口先三寸で、妖精憑きの小国を落としてくれた。イズレンは出来たかな?」
「そ、それは………」
筆頭魔法使いアイシャールさえ退けた妖精憑きの小国は、エウトの口先だけで帝国に負けたのだ。
イズレンは、エウトがどうやったのか、聞いているはずだ。エウトは、咄嗟の判断で、アタシの弟リウを言いくるめ、味方につけ、妖精憑きの小国を陥落させたのだ。しかも、無傷でだ。
同じようなことをイズレンが出来るか、というと出来ないだろう。エウトとは違う方向で妖精憑きの小国を攻略するしかないが、どうすればいいか、アタシでもわからない。
「伯父上、あれは、たまたまですよ。僕が子どもで、妖精憑きは驕りまくっていて、僕がリーシャのお気に入りだったから、可能だっただけです」
「結果が出ている」
「どれか一つでも欠けていれば、僕は今だに捕虜でした」
「どうかな。エウト、自らを低く見せることは、時には怒りを買うことだ。どうせ、君のことだから、他にも考えていたんだろう」
「あの城、作りがここに似てたから、隠し通路とか、普通にあったんだろうな、とは思ってみてたけど」
エウト、どこまでいっても、余裕なんだ。大人しく捕虜になっていない。一人でどうにかしちゃったのだろう。
「でも、皇帝になるなら、イズレンの後かな、と考えてました。こんな子どもにやらせることないでしょう。こんな立派な大人の皇族がいっぱいいるんだから」
「その大人の皇族は、子どもの君に戦争を押し付けたんだ。立派なんかじゃない。最低最悪な皇族だ。こんな奴らには、皇帝となる資格なんかない」
「イズレンは立候補してたでしょう」
「イズレンには、皇帝となる器がない。いくら息子といども、そこは容赦しない。イズレン、諦めなさい。お前に皇帝は無理だ」
「そんなっ」
エウトがどうにかイズレンを皇帝にしようとしているのに、イーシャは容赦ない。実の父に才能がない、なんて言われたイズレンはショックで泣きそうだ。
「どうしても皇帝となりたい、という者は、戦争でそれなりの手柄を立てろ。帝国は弱肉強食だ。エウトは手柄をたてた。お前たちは、何をしていた? エウトが人質となっている時、アイシャールが傷ついて倒れている時、お前たち皇族どもは、何をしていた!!」
とうとう、イーシャは怒りを爆発させた。
イーシャは常に穏やかな空気を纏っていた。どんな相手でも、イーシャの物腰は柔らかかった。
「私は前の戦争で先帝が死んだことで、戦争の指揮をとらされたんだ。あの戦争に参加した皇族は片手で数える程度だ。しかも、ほとんどが後方でふんぞり返っていた。そんな中、私は前線に出て戦ったんだ。戦い、きちんと勝利に導いた。だから、皇帝となれた。皆、腰抜けばかりだからな。私に向かって皇位簒奪すら出来なかったものな。それも出来ないくせに、口先ばかり煩いお前たちは、大人しくしていろ。これから、新しい契約紋で、皇族の儀式のやり直しだ。私はもう引退したから、関係ない。アイシャールに期待しないように。アイシャールの契約紋はすでに取り除いた。もう、お前たちには、筆頭魔法使いの妖精は付いていない」
一気にざわめいた。妖精の絶対的な守護を失ったのだ。これから、この場にいる皇族たちは、もしかしたら、皇族でなくなり、城から追い出されるかもしれない。それどころか、守護を失ってしまったので、この先、恐れながら生きていかなければならない。
イーシャには関係ない。イーシャはこれから、アイシャールのもとに余生を過ごすのだ。アイシャールはどうせ、イーシャに妖精をつけている。だから、誰もイーシャに攻撃なんて出来ない。
「エウトが皇族でなくなることはない。エウトは、神が定めた絶対的な支配者だ。だから、エウトを次の皇帝に指名した。エウト、とりあえず、仮として、皇帝となってほしい。これから、皇族の儀式のやり直しから、戦後処理から、色々とやるべきことがたくさんある」
「僕は、いつになったら、子どもらしい生活が出来るようになるのやら」
エウトは、遠いどこかを見て、溜息をついた。
その日、何故か、アタシと弟リウ、父カンダラは、妖精憑きの王族が捕らえられたままの地下に呼び出された。
実は、まだ、王族の処罰はされていない。王族はもう、妖精を失い、地下の、妖精を封じる牢に閉じ込められ、無力化していたので、後回しにされたのだ。
そう、アタシは思っていた。
何故か、父はアタシとリウを抱きしめた。
「もう、私が必要ないほど、お前たちは立派になった」
「まだ、親孝行が残っているよ」
アタシはまだ父さんが必要だ。だけど、リウは無言だ。
父は何か決意した顔をしていた。
「お待たせしました」
仮の皇帝となったエウトが、イズレンを伴ってやってきた。イズレン、結局、エウトの補佐となった。蟠りはあるだろうけど、アタシが見ている限り、特に何もなさそうだ。
「いえ、十分時間をいただきました。では、始めてください」
父はアタシとリウから離れ、イズレンの前に立ち、両手を出す。イズレンは、無言で、父の両手両足、首にまで、あの妖精を封じる枷を装着した。
何をしようとしているのか、アタシはわからない。ただ、あれだけの妖精封じの上、この地下自体にも強力な妖精封じを施されているのだ。きっと、父は無力に近くなっているだろう。
「お姉ちゃん、離れて」
アタシが父に近寄ろうとすると、リウが逆に引っ張って離した。
「何をするの!?」
イズレンが切れ味が良さそうな剣を抜き放った。その前に、父は跪き、頭を下げる。
「これで、子どもたちを許してほしい」
父がそういうと、イズレンは剣をふるう。
イズレンの腕前はそうとう良いのだろう。父の首は、綺麗に落ちた。ごとん、という音が地下牢い響きわたる。
ただ、無言で見ていた妖精憑きの王族たち。憎い裏切者といっていい父カンダラが帝国によって首を落とされて、笑った。
「ほら見ろ、簡単に裏切られた!!」
「裏切者は、どこに行っても裏切者だ!!」
「ざまあみろ!!!」
大笑いだ。
「ど、どうして!!」
父が死ぬなんて、アタシは想像すらしていなかった。戦争が終わったのだ。イヤな終わり方だったけど、もう、父の復讐は終わったも同然だ。
アタシはリウの手を払って、イズレンにつかみかかった。
「どうして、父さんが処刑されるの!?」
「僕が命じました」
答えたのは、エウトだ。エウトは、笑顔もない、無表情で、アタシを見上げている。
「どうして?」
「誰かは、処刑されなければいけません。本当は、王族にしたかったんです。だけど、カンダラが名乗り上げてきました。どうしても、処刑してほしい、と」
「聞いてない!!」
「説得しました。ですが、カンダラの中での復讐では、自らの死がどうしても必要だったんです。そのための交換条件をアイシャールに突きつけました」
エウトは死んだ父の上の服を剥ぎ、背中を晒した。その背中には、見覚えのある契約紋があった。
「アイシャールの契約紋をカンダラが引き受けました。アイシャールを皇族から解放する代わりに、処刑を要求しました」
「意味、わからない」
本当に、わからない。父カンダラが死ななければならない理由なんてない。もう、復讐は終わったはずなのに!!
「カンダラは、王族たちの妖精を奪い、自らの妖精としました。この状態で、カンダラが死んだ場合、奪った妖精はどうなると思いますか?」
「元は王族のものだもん、王族に戻っちゃうじゃない!!」
これじゃあ、父の復讐は失敗だ。そう思った。
「カンダラの所有物として塗り替えられた妖精は、二度と、王族の元には戻りません。宿主である妖精憑きが死ぬと、妖精は、解放されます。王族のものだった妖精たちは、カンダラの死によって、二度と、王族の元に戻ることはありません。こうして、王族は真の意味で、妖精を失うのです」
父カンダラの復讐は、王族を生きたまま苦しませることだ。
わざわざ、王族たちの目の前で処刑されたカンダラ。そうすることで、二度と、妖精が王族の元に戻らないことを見せつけたのだ。
リウを見てみれば、静かに笑っている。王族を見れば、絶望で顔を歪めている。これだけでわかる。父カンダラの復讐は、これで終わったのだ。




