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皇族姫  作者: 春香秋灯
契約紋の皇族姫-一族-
90/353

城を離れる皇族

 キオンが契約紋を背中に焼き付けられてすぐ、皇族エウトが城を離れる話が出てきた。

「え、もう!?」

 もっと先かと思っていた。だから、驚いた。

「言っただろう、城を離れると」

「こんなにすぐだと思っていなかったから」

「アイシャールと一緒だから、すぐだよ、すぐ」

「どれくらい?」

「魔道具で飛んでいくから………一週間くらいかな」

「どこまで行くの?」

「あちこち。それ以上は言えない。うまくすれば、お前の弟をここまで連れて来れるかもしれないぞ」

「もう、妖精憑きの小国との話し合いはすんだんだ!!」

「………」

 珍しく黙り込むエウト。嘘でもついたと言えばいいのに、正直者め。

 海、山、中央は、戦争が起こる前から話がついている。残るは辺境だけど、戦争を一度、起こしてしまっているので、そこが難しいのだろう。

 いつものように、弟リウの身代わりに膝に座らされて、後ろから抱きしめられるエウト。もう、ほとんど諦めている感じだ。

「アイシャールが離れちゃうと、イーシャも寂しくなっちゃうよね」

「いつもと変わらないよ」

「アタシも、そうだと思ってた。父さんとリウと離れて、こんなに寂しくなるなんて、思ってもいなかったんだよ。でも、いざ離れると、側にいる時よりも、会いたくなる」

 エウトを抱きしめる腕に力をこめる。エウトはいい子だ。されるがままだ。

「アイシャールは僕と一緒に何回も出兵とかしてるから、伯父上も馴れてるよ。それより、お前は一人で動きまわったりするなよ」

「それで、アタシには誰がつくの?」

 これまでは、エウトがぴったりとアタシの側にいてくれた。でも、エウトが城を出ると、そういうわけにはいかなくなる。

 エウトは子どもだし、母親同士が姉妹だ。そういうこともあって、朝から夜寝た後まで、アタシはエウトから離れていない。でも、これから側に着く人は、全く知らない人だ。同じ皇族といったって、信用出来る人が来るわけではない。裏切られて、殺されそうになったら、大変だ、相手が。

「明日が、来なければいいのに」

「そんなこと言ってると、いつまでもお前の家族をここに連れて来れないだろう!?」

「アタシも一緒に行けば」

「大変なことになるぞ。お前に付けられた妖精はとんでもなく格が高くて狂暴だ。一歩間違えると、街一つが火の海だ。城から出るな」

「城にいたって、命は狙われているだろうし」

「城一つ、筆頭魔法使いの屋敷も、全て魔法具だ。ここにいるだけで、妖精は強力に制御される。城の中では制御されてしまっているから、よほどの悪意を受けない限りは、そんなことは起きない。それに、真の皇族の支配力はお前が思っているよりも大きい。お前はわかっていない。この部屋には、もう、皇族や、悪意のある奴らは近づけない」

「それは、イーシャがしっかりしてるからでしょ。イーシャ、また、怖いことしてるんだ」

「………」

 黙り込むエウト。いつまでたっても、アタシとエウトでは意見が平行線だ。

 真の皇族のこと、アタシはよくわからない。たかが血筋じゃない。それのどこがすごいというのよ。こう言ってはなんだけど、血筋がすごくたって、アタシの頭がバカなのは変わらない。イーシャだって言ってた。アタシが皇帝になったら、帝国は滅びるって。血筋と政治は別だ。

 アタシの説得は疲れるのだろう。エウトはアタシの膝から降りてしまう。だけど、離れるわけではなく、アタシに膝枕をさせる。アタシの膝に、エウトの頭が乗る。

「母さんも、よく、父さんにこういうことしてたな」

 遠い昔の思い出だ。アタシは母さんが父さんにしていたように、エウトの頭を撫でる。

「もう、仕方ないな。大人しく待っててあげる。リウと喧嘩しちゃだめよ。リウ、怒ると、アタシか父さんしか手がつけられないんだから」

「アイシャールが相手をするから問題ない。僕はどうせ、帝国統一したら………」

 何か言いかけて、エウトはそこで黙り込む。

 しばらく、そうしていると、エウトは眠ってしまった。珍しい。エウトがこんな無防備に寝てしまうなんて。寝顔が可愛い。

「おや、お邪魔だったな」

 そこに、皇帝イーシャがアイシャールと一緒に部屋に入ってきた。

「ここは、イーシャの私室ではないですか。むしろ、アタシとエウトがお邪魔虫ですよね」

 アタシは笑顔で言い返してやる。イーシャとアイシャールの二人っきりの邪魔してるのは、アタシたちだ。

 アイシャールは、アタシとエウトの姿を羨ましそうに見ている。イーシャは、ちょっと苦々しい、みたいな顔をして立っている。

 無言でじっとイーシャを見るアイシャール。目で強く訴えられるイーシャは、目をあわせないように、あらぬ方向を向ける。

「アイシャールは、膝枕するほうがいいですか? それとも、されるほうですか?」

 余計なことかもしれないけど、聞いてみる。

「え、膝枕って、女性が男性に与えるものではないのですか!?」

「普段はそうだったのですが、母さんが妊娠中は、父さんが膝枕になっていましたよ。そうすると楽だったんですって」

「そういうことですか」

「こういうのもいい、と母さんは喜んでましたよ。だから、アタシも父さんに膝枕してもらったんです。でも、男の人の膝は堅いでしょ。そかも、高いの。父さん、妖精憑きのくせに、体術と剣術は国一番強かったんです。わざわざ、外の人を呼び寄せて、身に着けてたんですって」

「それは、珍しい話だね」

 イーシャは父の話に興味津々だ。帝国の魔法使いも、妖精憑きだから、そんなに鍛えていないっぽい。アイシャールは、妖精憑きの力が強いから、必要ないよね。

 イーシャはアタシの向かいに座って、話を聞く姿勢に入ってしまう。アイシャールは、ちょっと残念な顔をして、イーシャの後ろに立った。いつも、こうだ。アイシャールは許可がおりないと、イーシャの後ろに立ったままだ。

「アイシャールも座ってください。何か、役に立つかもしれませんよ」

「ありがとうございます」

 立たせたまま、というのは気分が良くないので、アタシはアイシャールに座ってもらった。

「父さんも、最初は、そんな体術と剣術を重要視していませんでした。だけど、母さんに言われたそうです。身体強化をしても、技術が伴っていないから、無駄が多い、と」

「さすがナーシャだな」

 そう、これは母が持ち込んだ話だ。

「最初は、技術を身に着けていました。ほら、妖精憑きは才能がありすぎます。だから、すぐ身に着けてしまったんですって。でも、そこから、大変なことになったの。母さんも同じように技術を身に着けた上、体まで鍛えていたの。父さん、力で母さんに負けちゃったの」

「ナーシャ、何考えてるの?」

「母さんが言ってました。大人になったら、国を出るつもりでいたって。父さんに囲われてしまったけど、それまでは、国を出る準備をしてたの。そのために、体を鍛えて、色々と勉強して、嘘か本当か知らないけど、妖精が支配する森で野宿までしてたんだって」

「………」

 物凄く驚くイーシャ。アタシの母さん、アタシが生まれる前までは、お淑やかではなかったんだよね。

「色々と負けちゃうから、父さん、体も鍛えて、それで、母さんをおさえこんで、囲っちゃったの」

「ち、力づく?」

「そうそう。話を聞いて、びっくりしちゃった。アタシの前では、相思相愛の夫婦なのに、馴れ初めがそんなのなんて、驚いちゃった。しかも、その力づくでアタシが出来たんだって。でも、恨み事じゃないですよ。母さん、とっても嬉しそうに話してたんだから」

「そうだろうね。ナーシャが本気になれば、妖精憑きは絶対服従だ。君の父親は、それを超えたんだろう」

 ちょっと怖い顔をしているイーシャ。怒っているみたいだ。

「君の父親なんだけど、腹が立つな。ナーシャは、帝国に戻ろうとしていたんだな」

「そんな、母さんは記憶がなかったんだから。ただ、国の仕来りとかは、ただの人には大変だから外に行こうとしてた、と言ってたよ」

「そうだったな。君の話を聞いていると、ナーシャが記憶喪失だったことを忘れてしまうよ。あまりにも、私が知るナーシャのように聞こえる」

「そりゃ、記憶がなくなったって、人は変わらないでしょ。それまでの経験とかは、残るはずだから。母さんが言ってました。記憶がなくたって、ごはんの食べ方とか、服の着方とか、そういうことは忘れないって」

「………」

 まだ、何か疑問を持つイーシャ。イーシャにとって、母ナーシャは遠い昔の、子どもだった頃しか知らない人だ。何か納得出来ないことがいっぱいなんだろう。

「もう、煩いな!」

 ちょっと煩すぎたので、寝ていたエウトが不機嫌に起きてしまった。あ、離れちゃった。





 朝、起きたらエウトがいなかった。本当に薄情なんだから!!

 イーシャも、皇族イズレンもいない。アタシはちょっと寝すぎてしまった。アタシの朝ごはんは机にしっかりと準備万端だ。エウトがいないということは、アイシャールもいないんだ。アイシャールがいない間、食事は誰が用意するのかな?

 椅子に座ると、温かいお茶が給仕される。誰かいるとは思ってもいなかったので、驚いて、見てしまう。

「誰?」

 物凄く綺麗な女の人だ。アイシャール並だよ。でも、アタシ並に若いからか、美人だけど、可愛い感じがする。

「わたくしは、アイシャール様の最高位妖精リンちゃんです」

「え? え?」

「わたくし、ラーシャ様のお傍に仕えるために、頑張って、戦いましたよ。ラーシャのお傍にいきたい妖精がいっぱいでした。そこで、この座を勝ち取りました!!」

「意味、わからない」

 見た目は普通の人なのに、妖精だという。まず、最高位妖精って何?

 でも、お腹はすく。大人しく、アタシは食事をとる。

「アイシャール様は、一か月分の食事を準備されました。ですが、万が一の時は、わたくしが食事を作りますね。楽しみにしてくださいね」

「一か月もアイシャールが離れちゃうの!?」

「万が一、ですよ。わたくし、女性体で良かったです。男性体だと、まず、お傍にお仕えする候補になれませんでしたから」

「どうして?」

「皇帝イーシャが、絶対にダメと言ったのですよ。もう、皇帝のくせに、我儘なんだから」

 アイシャールの妖精だけど、皇帝イーシャに敬意がない。もう、驚くばかりだ。

「イーシャのこと、嫌い?」

「アイシャール様にあんなに愛されているのに、つれないのです。もう、アイシャール様の全てを受け止めてほしいのに」

「アタシもそう思う!! アイシャール、あんなにイーシャのこと大好きなのに!!! どこがいけないのかな?」

「リーシャ様、ぜひ、力になってくださいね。リーシャ様が味方でしたら、あのイーシャも受け入れてくれます」

「そこは、二人の問題だから。父さんに言われた、こういう色恋は、迂闊に手出ししちゃダメだって。余計なことになるんだって。だから、しっかりと見極めなきゃ」

「リーシャ様は詳しいのですね。勉強なります」

「あ、いや、受け売り、だから」

 目をきらっきらさせて言われると、アタシは間違っていないか、困ってしまう。ほら、間違うことあるから。

「見ていて、歯がゆいのですよね。アイシャール様も、もっと攻めていけばいいのに」

「アイシャールはとってもお淑やかな女性だから、そういうこと、恥ずかしくて、出来ないのよ」

「………」

 何故か、笑顔のまま黙り込む妖精リンちゃん。えー、そこで黙り込まれると、怖いんだけど。

 食事が終わる頃に、忙しいだろうに、皇族イズレンが部屋に戻ってきた。

「やっと起きたのか」

「いつも遅くてすみません」

「寝てたほうが、平和だ。わかっているだろうが、エウトは日の出前に出立した」

「はやっ!?」

「貴様がいつ起きるかわからないから、絶対に起きないだろう時間帯にしたんだ。起きていたら、いつまで経っても、貴様はエウトを離さないだろう」

「そうだね」

 言われて、確かに、と納得する。絶対に離さない自信がある。

「エウトがいない間は、私と、そこにいる戦闘妖精がつくこととなった」

「戦闘妖精?」

「戦争の時に、義体を見ただろう。あれだ」

 戦闘で見たあの気持ち悪い人形を思い出し、妖精リンちゃんを見る。

「違うっ!! あの人形、目も鼻も口もない、気持ち悪いヤツだった!!!」

「それは、アイシャールが操っていたからだ。本来は、あの義体に、妖精を憑ける自立型だ。ただ、妖精は義体に憑くのを嫌うから、契約紋で縛って、離れないようにしている」

「それじゃあ、リンちゃんは、いやいや、人形に憑いたの!?」

「えへへへ」

 イズレンの説明に、笑うだけのリンちゃん。そうか、人形って、本当にイヤな感じなんだ。

「でも、こうやって、リーシャ様のお傍にいられることは、妖精の喜びですよ。義体は、神の教義に外れていますが、反しているわけではありません。そこは、あるがままです」

「イヤだったら、言ってね」

「アイシャール様が戻るまでは、誠心誠意、お仕えします」

 リンちゃんは、上手に誤魔化した。これ、絶対に本音を語らない奴だ。

 食事は片づけられ、アタシの向かいにイズレンが座る。

「今日から、小国の王族どもと面談だ」

「あ、そうですか。頑張ってください」

「貴様がだ!!」

「………聞いてない!!」

 アタシは叫んでしまう。だって、小国の王族だよ!?

 アタシは皇族だ、と言われても、実はそんなに自覚がない。ほら、皇族って、何やってるかわからないから。それよりも、家族が増えた感じだ。

 小国の王族は、妖精憑きの小国にいた頃から、雲の上の人である。キオンは王族だけど、ほら、幼馴染みだったから、近く感じているけど、他の王族は、もう、偉そうなの。アタシなんて無視だよ、無視!!

 そんな小国の王族と面談なんて、震えてしまう。

「む、無理だよ。アタシ、きちんとした教育も受けてないし、何かあった時の責任だってとれない」

「別に、そんな難しい話ではないだろう。これから皇族として生きていくんだ。色々と知っておいたほうがいい、というエウトの判断だ。皇族教育をゆっくりと受けるよりも、実地のほうがはやいし、わかりやすいだろう」

「え、それって、いいの? 相手は、小国の王族だよ!?」

「そこから話さないといけないな。小国の王族は、元は帝国の貴族だ。今回、帝国領に戻るということで、貴族になることが決まった。貴族だけど、これまで支配していた領地は、元王族の管理下のままとなる。領主となるから、ちょっと立場が低くなった程度だ。その中で、神からの役目を与えられた三つの王族と面談することとなった」

「三つというと、えっと、道具作りの一族と、戦争の一族と、あと、妖精殺しの一族」

 ここは、何度もエウトに教えられたので、覚えている。

「本来は、ここに、妖精憑きの一族が加わるはずなんだが、まだ、話がすんでいない」

「難航しちゃってるんだ」

 エウトは言葉を濁しているから、そうじゃないか、と思っていた。妖精憑きの小国は、なかなか難しい感じだ。

「最終段階に入ったから、妖精憑きの小国は孤立無援だ。これから、物資も止められるし、外交も出来なくなる」

「戦争みたい」

「そうだな。政治の戦争だ。エウトは今、妖精憑きの小国の活路を全て塞いでいる」

 見えない戦いだ。血は流れない。だけど、どんどんと守っていたものは削ぎ落されている。

「大丈夫かな、エウト」

 エウトのことが心配だ。

「そんな、大丈夫だろう」

「相手は妖精憑きだよ。エウトは、皇族といったって、子どもなんだから。妖精憑き同士の戦いは、目に見えないから」

「アイシャールがついてる。よほどのことがない限り、アイシャールに勝てる妖精憑きはいない」

「でも、妖精憑きの小国では、ただの人である母さんは特別だったのかも」

 母さんは外には出なかった。父さんが囲っていたからだ。だけど、アタシは外に出ることは許された。ほら、子どもを囲うのは大変だ。

 だから、色々とひどい目にあう。父さんでも防げない。だけど、一度、母さんが外に出ると、しばらく、ぴたりと止まる。母さんは、「話し合っただけよ」といつもの柔らかい笑顔でいうだけ。どんな話し合いをしたのかわからないけど、母さんはすごかった。

 でも、今ならわかる。妖精憑きの小国では、母さんに逆らえる妖精憑きはいなかったんだ。母さんはあえてそれをアタシに隠していた。そして、妖精憑きたちも、アタシに隠していた。だから、ただの話し合いだと思わされた。

「色々と道具を持って行ってるから、妖精憑きを封じ込められる。そういうことは、私よりも、エウトのほうが詳しい」

 ちょっと悔しそうな顔をするイズレン。子どものエウトに負けるって、確かにイヤだもんね。

「はやく帰ってきてほしいな」

 アタシは、心底、そう思う。離れていても、アタシの教育は、エウト主導だ。まるで、アタシはエウトに囲われているみたいだ。

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