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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-皇族の中の皇族姫-
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皇族の儀式

 わたくしが出した手紙から、わたくしの部屋に押しかけた女たちは皇帝の前に無理矢理、連れ出された。皇族に手を出せるのは、皇族だけである。つまり、身内である皇族たちが、間違いを犯した若い皇族たちを晒し物にしたのだ。

「随分と、わきまえない女性が多いですね。ですが、皇族であれば、許されます。ほら、私を跪かせない」

 嫣然と微笑むハガル。この美貌と美声に、女は全て、魅了される。メフィルですら、虜となる。

「父上、その役目は私が行いましょう」

 ところが、そこに影皇帝が割り込んだ。でも、この男だって美しいので、やっぱり、女は魅了される。

 どちらでもいいじゃない。そう思うのだけど、影皇帝がわたくしから離れてくれるので、これはこれで大賛成だ。

「そうですね。愛する息子に譲りましょう」

 ハガルはそう言って、皇帝ライオネルの隣りに移動した。

「私の皇族姫に随分なことをしてくれた。さて、どこまでが、皇族となるかな?」

「わたくしは、絶対に皇族です」

 自信満々に前に出るメフィル。

 皇族教育をしっかり終了していれば、皇族の儀式に何をすればいいかは、なんとなくわかる。最初は、跪けと命令するだけだ。

「跪きなさい」

 メフィルがそう命じる。

 ところが、影皇帝は跪かない。

「跪くのよ!!」

 大きな声で命じても、影皇帝はぴくりとも動かない。

「残念。お前は皇族ではない」

「嘘よ!! だいたい、あなたは何者よ!!! ハガルの子ども? だからといって、筆頭魔法使いではないでしょう!!!」

「煩い女だ。ただでさえ、調子が悪いというのに、頭が痛くなる」

 面倒臭そうな顔をして、影皇帝は上の服を脱いで、背中を見せた。

 そこには、筆頭魔法使いの儀式でされる契約紋の火傷の痕がしっかりとついていた。

 それには、見ている者全てが息を飲む。

「私の息子を疑うくせに、皇族ではない女が偉そうに。私の息子は、私に憧れるあまり、筆頭魔法使いの儀式をやりたい、というから、愛するステラが亡くなった年に、ライオネル様にお願いして、儀式を行ったのだよ。この契約紋は、妖精憑きでなくても効果があることは、私の愛する皇帝が身をもって実証してくれた。

 では、一人脱落だ」

 ハガルがそう言った途端、メフィルは見えない何かで吹き飛ばされた。

「これで証明済みだ。私の妖精は、お前を攻撃出来る。次だ」

「い、いや!!」

「ごめんなさい!!」

「許してください!!!」

 泣きながら謝る若い皇族たち。謝る先がわたくしではないのが、笑える。どこまでいっても、わたくしは下なんだ。

「ハガルを怒らせて、ただで済むはずがないだろう。言っただろう、ハガルには絶対に逆らうな、と。我々、皇族は、皆、ハガルの下僕だ」

 泣いて謝る若い皇族たちは、立派な皇族たちの手によって、無理矢理、影皇帝の前に引きずり出された。

「助けて!」

「悪かった!!」

 そうして、どんどんと皇族でなくなる者が増えていくと、わたくしに縋ってくる。でも、わたくしに触れる前に、サラムとガラムが前に立つ。

「わたくしは、機会を与えました。なのに、誰に唆されたのか知りませんが、集団で夜這いなんかかけるなんて。もう、男性が怖くてたまりません」

 皇族の大事なお役目、跡継ぎを作る、は自信がない。サラムとガラムがすぐに来て、混乱を起こしてくれて、ちょっと怖い思いをした程度だけど、縋ってくる若い男を見ると、ぞっとする。

 そうして、唆されただろう男たちは、唆した相手に向かっていく。

 唆したのは、メフィルだ。

 皇族でなくなったメフィルを守る者はいない。

「お父様! お母様!!」

 皇族の両親は、メフィルを助けない。結果、メフィルは酷い目にあっている。

「絶対に許さないんだから!!」

 メフィルはそれでも、わたくしを罵ってくる。酷い暴力を受けているというのに、すごいな。

 そうして、半数以上が皇族でなくなった。

「なるようにして、なったことですね」

 この結果に、ハガルは笑顔だ。最初からわかっていたのだ、こうなることを。

「どうして、こんなに皇族でなくなる人が出たのですか?」

 事情を知らないわたくしは、ハガルに質問する。

 儀式が終わると、影皇帝はさっさとわたくしを抱きしめてくる。この男の抱擁は、安心感がある。皇族となってからずっと、この男に守られていたかだろう。そう思う。

 ハガルは、息子がわたくしを手放さない様子に苦笑するも、咎めない。

「ライオネル様の前の皇帝の時代では、皇族の血筋を薄める方向に動いていました。何せ、少しでも血が濃いと思われると、皇帝に殺されてしまいますから。結果、貴族から妻や夫をとったため、それなりに血筋が薄くなってしまったのです。その後は、血を元に戻す働きをしましたが、どうしても、足りない者は出てくるだろう、と思っていました」

「全部、ハガルのせいだな。この美貌で皇族狂いを起こさせて、皇帝を狂わせたんだ」

 とてもわかりやすくライオネルが説明を補足してくれた。

 前皇帝は狂皇帝と呼ばれる理由は、筆頭魔法使いの美貌に狂ったからだ。見ればわかる。ハガルは美しい。この美貌の虜となった狂皇帝は、ハガルを取られないために、血筋の濃い皇族を殺したという。殺されたくない皇族たちは、仕方がないので、血筋を薄めるしかなったのだ。

 その弊害が、今、目の前にある。

 わたくしは貴族の中に皇族として発現して、生き残った。

 皇族の中で生まれ育ったというのに、血の濃さが足りなくて、皇族でなくなった者たちは、どうなるのだろうか?

「父上、ぜひ、この者たちを私にください」

 影皇帝は、とんでもないことをお願いする。

 ハガルは、愛する息子と皇族でなくなった者たち、そして、皇帝ライオネルを見る。

「ライオネル様、愛する息子が欲しがっています。いいですよね」

「え、あ、うん、好きにして」

 ライオネル、ハガルには絶対服従だ。おかしい、皇帝なのに、契約紋のせいで皇族の犬となっているハガルに勝てないって、どういうことなんだろう。

 影皇帝の持ち物となった元皇族たちは、縋るように影皇帝を見上げる。影皇帝の美貌に魅了されて、いい気持ちなのかもしれない。

「せっかく手に入れた元皇族だ。皇族でも発現させてみよう」

 どういう方法をとるのか、絶対に聞かない。わたくしは影皇帝の腕から、頑張って、距離をとった。





 それから、皇族として助かった若い皇族たちをスイーズは集めた。わたくしも一緒だ。

「お前たちの親世代にも話しておいたのに、平和ボケしたんだな。

 私には、年の近い弟がいた。皇族の儀式をしてすぐ病気で亡くなったんだ。いいか、病気で亡くなったんだ」

 病気、を協調されても、わたくしはわからない。実は、この無事、皇族となった若者たちもわからない様子だ。それじゃあ、わたくしがわからなくても仕方がない。

 皇族教育以前に、色々と抜けていることに気づいたスイーズは椅子に座って、長話の姿勢をとった。

「皇族には、筆頭魔法使いの妖精がつく。妖精は、怪我や病気から守ってくれるんだ。そうして、皇族は皇族同士で戦わなければ、基本、神が定めた寿命で死ぬ。

 ところが、私の弟は病気で死んだ。

 私の弟は気狂いだった。ともかく、人を傷つけるのが大好きで、生き物も殺して、とてもではないが、まともではなかった。かといって、両親も私も弟を殺そうなんて思わない。どうにかまともにしようとした。

 そうして、皇族の儀式まで生き残った弟は、初めて、ハガルと出会い、ハガルに狂った。ハガルを殺そうとしたんだ。そこは、狂皇帝が止めて、未遂となった。

 その夜から、私の弟は病に倒れた。酷く苦しんでいたよ。動けない、眠れない、でも苦しんでいた。そうして、一カ月後、死んだ。

 その姿は、壮絶だった。肌が真っ黒に変色していたんだ。苦しむ弟は、どんどんと肌を黒くして、全身が真っ黒になってしばらくして、死んだ。

 皇族教育では習わないから、わからないだろう。弟は病気で死んだんじゃない。聖域に蓄積された穢れを身に受けて死んだんだ。では、この穢れを誰が弟に与えたと思う。

 聖域の管理は、筆頭魔法使いの仕事だ。聖域にたまった穢れをその身に受けて浄化させるのは、妖精憑きしか出来ない。筆頭魔法使いは、その力が強い。お陰で、ちょっとした穢れだったら、すぐ、筆頭魔法使いが浄化してしまう。

 だが、その穢れはただの人には耐えられないものだ。それどころか、死に至る。ハガルは、不必要な皇族を殺せる方法を知っている。簡単だ、穢れを皇族に与えればいい。その行為は、契約紋に触れないことも知っていたんだろう。きっと、もっと過去に、そういうことをして殺したんだ。

 さて、お前たちは、必要な皇族か? それとも、不必要な皇族か? 言っておくが、それを判断するのは、ハガルだけではない。私もだ。不必要だと判断したら、私が殺してやる。皇族を殺せるのは皇族だ。忘れるな」

 血の繋がりのある孫すら見捨てた男は非情だ。

「それでも、ハガルを手に入れたいのですか?」

 ハガルがスイーズの弟を殺したことをスイーズ自身は知っている。言葉の上では、弟を大事にしていたのだろう。

「弟は殺された。だが、仕方がない。このまま生かしておいても、無駄な血税がかかるだけだ。メフィルと同じだ」

 皇族の考え方だ。親兄弟は、帝国の平和の前にはないも同然だ。

「私はな、ハガルを手に入れるために死ぬ覚悟もあった。しかし、ハガルがそれを拒絶した。使える皇族は一人でも多く必要だ、と。結局、皇位簒奪は、ライオネルがやり遂げた。私はハガルの言葉に踊らされ、今も、ここにいる。酷い男だ」

 ハガルはいつの間にか、姿を消していた。スイーズは家族まで作った妻にはこれっぽっちも目を向けない。ただ、ハガルの姿を探した。

 そして、まだ残っている影皇帝をスイーズは見つける。

「ハガルに子がいるとはな。名を教えてほしい」

「知らないほうがいい。私の名は、父上を不機嫌にさせる」

「ハガルが不機嫌になる名前というと、二つしかない。一つは、ハイムントだが、こちらは大したことがないようだな。ということは、ラインハルトか」

「さすが、父上を熱愛する男だ。当たりだ」

 驚いた。影皇帝の本名もだが、表向きで使っているハイムントという名前も、ハガルにとっては禁忌だという。

「よく、その名を許してくれたな。ライオネルは幼少の頃はラインハルトと名乗っていたが、ハガルによって改名されたんだぞ」

「母上に惚れこんでいたから、許された。母上は、私の名前に賢帝ラインハルトと名づけることを許さないというなら、父上に別れると言ったんだ。途端、父上が泣き落としをしたが、母上は別れるの一点張りで、結局、父上のほうから折れた」

「それはすごい! あのハガルを負かすのか!? 亡くなる前に会いたかったな」

「会おうと思えば会える。今も、母上の骨は父上が持っている」

「さすが、恐ろしい情の持ち主だ。骨まで愛するか。私もそのようにハガルに愛されたかった」

 聞いていて、ぞっとする。そんな、骨になってまで執着されるって、わたくしはイヤだ。

 恐ろしい皇族の儀式が終わると、すっかり、皆、静かになっていた。あれほど、わたくしを元貴族、なんてバカにしていた、無事、儀式を乗り越えた皇族たちは、いつ、わたくしに告げ口されるか、戦々恐々だ。すでに、先日の件でわたくしに告げ口された者は、無事、皇族の儀式を乗り越えても、身内から冷たい叱責を受けている。その後、家族とどうなったのか、わたくしが知るのは、成人後の話である。

「ラスティ様、おもしろいものが見れますよ」

 影皇帝がわたくしの手をとる。どこに連れて行かれるのかわからず、わたくしは、ただ、連れて行かれる。何か気になるのか、スイーズもついてくる。

 しばらく歩いて出たところは、どこかの修練場だ。わたくしは閲覧席から、修練場を見渡すと、皇帝ライオネルと、あの美しい姿をした賢者ハガルがいる。

「何をやっているのですか?」

「ライオネル様が父上に勝負を挑んでいるのですよ。どうせ、勝てないのに」

 どっちが勝てないのだろうか? なんて見ていて、驚く。何故って、ハガルが持つのは短剣だ。ライオネルが持つのは一振りの立派な剣だ。どうあがいても、ハガルが勝てるはずがない。わたくしでもわかることだ。

 ところが、ハガルは見ていて、美しいという動きで、ライオネルの持つ剣を上手にあしらい、短剣だというのに、剣をライオネルの手から落としてしまう。そして、ライオネルからハガルは距離をとった。

「聞いたことがあるが、あれが技のみを極めた男か。恐ろしいな」

「技のみ、ですか?」

「ハガルは、力がない。あまりにも才能がありすぎたため、体を鍛えることを禁じられたんだ。だが、その前に技だけを身に着けてしまった。体の使い方をよくわかっているから、技術だけで勝ててしまうんだ。

 だが、ハガルに勝てないわけではない。ハガルを捕まえてしまえばいい」

「それが一番、難しいですよ。父上はもう、捕まりません」

 そうして、ライオネルは幾度かハガルに負けて、降参とばかりに両手をあげる。ハガルは、少し疲れた顔をして、わたくしたちがいる観覧席にやってきた。

「もう、私も若くないのですから、こういうことはやめてほしい」

「勝てたら、一晩、好きにさせてくれるんだろう」

「何だと!?」

 ハガルとライオネルの談笑を聞いて、スイーズは叫んだ。あまりの大きな声に、わたくしは驚いて、少しよろめく。そこを影皇帝が支えてくれて、倒れずにすんだ。

 スイーズは孫までいるというのに、軽い身のこなしで観覧席の壁を乗り越え、ハガルの元に駆け寄る。

「どういうことだ!! ライオネル、まさか、ハガルに勝てたら、その、狂皇帝がハガルにしたようなことが出来るというのか!?」

「大昔の話だ。皇位簒奪をしろ、とハガルに唆された時に、そういう条件をどさくさでつけてやっただけだ。結局、最後まで勝てなかったがな。今日だったら勝てるかと挑戦してみたが、勝てなかった」

「ハガル、私にも、ぜひ、その挑戦をさせてほしい」

 ものすごい熱い目でスイーズはハガルを見つめて、願う。

「ライオネル様だけ、というのは、確かに不公平ですね。ですが、今日はここまでです。私の体力は限界です。明日、お相手しましょう」

「そうだな。万全な状態で、そなたを堂々と手に入れてみせよう」

 スイーズはハガルの手をとり、そういう。

 ハガルがあの美しい姿で出てくる前までは、わたくしがスイーズに口説かれていた。それも、ハガルの出現で、放置だ。わたくしは、メフィルみたいに、いい気にならないように気を付けよう。この光景は、そう、わたくしを戒めるものだった。





 無事、三回目の食事会が終われば、わたくしはやっと帰れる。そう思っていたのだが、ハイムントがハガルに呼ばれたという。

「わたくしもご一緒しても良いですか?」

「見ていても、面白いものではありませんよ」

 苦笑するも、拒絶はされなかったので、わたくしはハイムントについていく。

 行った先は、魔法使い数人が集まっていた。そこに、ハイムントは普通に入っていく。服装が違うけど、皆、ハイムントと親し気に話している。

「お久しぶりですね、ラスティ様」

「あの時の、えっと、名前が」

「名乗っていませんから。僕は、ハガル様の補佐をしています、マクルスと申します。以後、お見知りおきを」

 魔法使いマクルスは、わたくしの誘拐で、魔法使いとして、ハイムントと対峙した人だ。あの時は、顔見知りなんだな、程度の認識しかなかった。

 ハイムントが他の魔法使いと仲良くしている姿をマクルスは普通に眺めている。仲が悪いわけではない。

「実は、ハイムントとは仲良しなんですね」

「僕とハイムント、そして、あそこにいる魔法使いたちが揃って、筆頭魔法使いになれます」

「どういうことですか?」

「ハイムントは、ハガル様の手によって作られた、人工の魔法使いです。本来ならば、妖精憑きでなければなれない魔法使いですが、ハイムントは妖精の目と、われわれ妖精憑きが生まれ持つ妖精を操ることで、筆頭魔法使い並の魔法が使えます」

「それは凄いですね! ハイムントは、魔法使いになればいいのに!!」

「なれません。実際に、ハイムントに妖精の目を与えてしばらくして、どうしても乗り越えられない事がわかりました」

 ハイムントは妖精憑きになりたい、と願って、妖精憑きの力を手に入れたという。願いは叶ったのだけど、何かが足りないのだ。

 普段は、わたくし全てを覆い隠すような大人の大らかさを見せているというのに、魔法使いの中では、肩の力が抜けているのか、子どもっぽい。

「妖精憑きは、実は、ものすごく長生きします。だけど、ハイムントの寿命は短い。ハイムントに妖精憑きの力を与えても、寿命までは伸ばせませんでした」

「たかが寿命ではありませんか。ハイムントは、妖精憑きになれたのですよね。願ったってなれないものに、ハイムントはなれたのですよ。それだけで、奇跡です。それ以上を望むのは、思い上がりです」

「………さすが、貴族の中に発現した皇族は違いますね。その言葉に、僕も救われます。ありがとうございます」

 そう言って、マクルスはハイムントの元に行ってしまう。

 男だけの集まりだ。妖精憑きでない、ただの女は入れない。確かに、見ていて、おもしろいものではない。

「ラスティ様、お暇ですか?」

 いつもの老人の姿のハガルが声をかけてきた。

「暇ですね。そういえば、スイーズとの勝負はどうなりましたか?」

 食事会の後、すぐ、スイーズはハガルとの勝負のために、さっさと退出していった。結果が気になる。

「生きて来た年数が違います。スイーズは私をどうにか捕まえようとしてきましたが、まだまだ若造ですよ」

「………」

 スイーズよりもはるかに年上だというハガルにいわせれば、わたくしなんて、小娘以下だな。一生、ハガルには誰も勝てないだろう。

「あの、スイーズから聞いたのですが、ハイムントも、ラインハルトも、禁忌な名前なんですね。何故ですか?」

 賢王ラインハルトなんて、子どもにつけたくなる。戦争を永遠になくさせた賢王のようになってほしい、なんて親だったら願って名づけるだろう。

 ハイムントは、どうだろうか? この名前には聞き覚えがない。

「ラインハルトという名は、私が最初にお仕えした皇帝です。私を上手に筆頭魔法使いにして、今も、帝国の安寧に縛り付ける、酷い男です。だから、皇族には私が生きている間、使うことを禁じました。

 ハイムントは、狂皇帝が捨てた名前です。皆、狂皇帝と呼ぶのは、名を捨てたからです。狂皇帝は、その名を嫌いました。血の繋がりのある祖母がつけた名前というのもあります。死んだ祖父の名前に似ているからです。私は、物凄く情が怖い男です。狂皇帝の祖父がやった所業が許せず、血筋を根絶やしにしました。狂皇帝は、私を愛するあまり、私が嫌う祖父に似た名を捨て、記録にも残しませんでした。

 なのに、私のステラは、子にはラインハルトと名づけ、私の愛する息子は、平民となる時、ハイムントと申請しました。結局、彼らに私は一生、勝てません」

「そうですね。妖精憑きになりたい、なんて願いを叶えてしまうのですからね。ハイムントはいつも、偉大な父、と言っていますよ」

「偉大な父は、息子を実験体になんてしません」

「………」

 そう言われて、気づく。先ほど、マクルスは言っていた。あそこに集まる全てで、筆頭魔法使いだと。

 最初はわからない。ただ、息子にせがまれて、妖精の目を与えたのだろう。そこから、父親として、ハイムントのことを心配だったのかもしれない。だって、妖精の目は、才能のない者が使うと廃人になる、とマクルスは言っていた。

 ハガルなりに、ハイムントを廃人にしないような妖精の目を与えたはずだ。でも、妖精憑きというものは、神が与える奇跡である。それを人の身が作り出して、何も起きないわけがない。

「ハイムントの寿命って、そんなに短いのですか? もしかして、わたくしよりも短い?」

「どちらが長いか、というと微妙ですね。寿命とは、移り変わるものですよ」

「なら良かった。妖精の目のせいで、寿命が短くなるわけではないのですね」

「………息子のこと、よろしくお願いします」

「いえいえ、わたくしこそ、よろしくお願いします、ですよ。まだまだ、皇族としては、半人前ですから」

 深く頭を下げるハガルは、父親の顔をしていた。

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