真の皇族
少しでもはやく、キオンの元に行ってあげたかった。だけど、色々と知らなければならない。
全てを知っているのだろう。エウトが同席するついでに、色々とアタシの前に出してきた。
いつもの通り、アイシャールが美味しいお茶とお菓子を出してくれる。全て、皇帝イーシャの好みで揃えられたものだ。アイシャールにとって、イーシャを愛してならない、と体全体で訴えている。それに対して、イーシャは真面目な顔して、答えない。態度も普通だ。
「これが、最終段階の契約紋になります」
エウトが紙を一枚、アタシとイーシャの前に出した。それが契約紋なんだろうけど、何を書いてあるのか、文字が崩されすぎて、よくわからない。
「こんなの見せられても、アタシ、困る」
「契約紋の焼き鏝は、皇帝が代わる度に作り直されていたんだ。ここに、皇帝の名が彫られる」
「アタシ、目が悪くなったかな? アタシの名前が彫られているんだけど」
皇帝はイーシャだ。だけど、エウトが指さすところには、”リーシャ”と彫られている。いくら文字が崩されていても、自分の名前は読めるよ。
恐る恐ると、イーシャを見る。
「まさか、アタシ、皇帝にされちゃうの!?」
「さすがに、帝国が滅ぶかな」
イーシャ、アタシの能力をよくわかっている。人によっては失礼なことだが、そこはアタシも受け入れる。そう、アタシが皇帝になったら、帝国が滅んじゃうよ。
「これまで、皇帝を基準に焼き鏝を作っていたのは、皇族の基準が存在しなかったからだ。本来は、真の皇族に近い者にあわせて作るものなんだ。しかし、契約紋は、真の皇族が生まれなくなってから、百年以上経ってから出来たものだ。契約紋の基準となる人が存在しない以上、とりあえずは、皇帝に基準を置くしかない」
「そんな、無茶苦茶な」
「そう、無茶苦茶だ。だけど、皇帝を選ぶのは筆頭魔法使いだ。筆頭魔法使いは、皇族の血筋が濃く、それなりに能力のある者を選ぶ。間違いはない。だから、皇帝基準で契約紋を作ったとしても、これまでは問題はなかった。しかし、ナーシャのようなことが起こってしまった」
「母さんは、皇族の血が発現してなかったから、と聞きました。その、子どもすぎたから」
「ここからは、私の推測なんだけど、血筋の混ざり具合が、原因だったと思われるんだ。たぶん、ナーシャは大人になっても、皇族の儀式は通らない」
「じゃあ、母さんは皇族にはなれなかったということ!?」
結局、生きて、帝国に戻っても、母さんは皇族ではなかったのだ。それは、戦争自体、意味がなかったということになる。
「ナーシャは、皇族の血が濃すぎたんだ。そのため、第二の血筋で弾かれた」
「第二の血筋って?」
「皇族だって、いつも一族で交わっているわけにはいかない。それなりに血を薄めないと、大変なことになるから、外から血を入れるんだよ。それが第二の血筋だ。ナーシャは、皇族の血筋が濃すぎて、第二の血筋が薄すぎたんだ。そこで、弾かれてしまったんだろう」
「何故、そう思うのですか? 証明出来ないではないですか」
「簡単だ。君のように、色々とドアや扉を開けさせればいい」
そこがよくわからない。アタシは、どこまで行っても、鍵がかかっていないものと思って見ているのだ。詐欺にあったような気がする。
「ナーシャは頭が良かった。良すぎたんだ。親が準備する本では物足りなくなって、勝手に皇帝しか許されない書庫にも入り込んでいたんだ」
「もう、しっかり鍵をしないから」
「その書庫には、魔法がかかっているんだ。皇帝の許可なく入れない。ナーシャは子どもだ。危なくて許されるはずがないんだ。なのに、ナーシャは入って、皇帝に叱られた」
「う、嘘、ですよね」
「本当のことだ。その事実で、大騒ぎとなった。これまで探していた真の皇族が誕生したのではないか、と言われたんだ。だから、皇族の儀式も通るものと、皆、信じていた。ところが、皇族の儀式は通過出来なかった。この事実に、筆頭魔法使いは否定的だった。筆頭魔法使いは妖精憑きとして、ナーシャのことを気づいていた。だから、ナーシャがその日の内にいなくなって、筆頭魔法使いは発狂したんじゃないか、と思われるほど怒り狂った。そして、私の両親は処刑だ」
「意味、わからない」
「こういうのは、理屈ではない。本能の領域だ。神の定めだよ。だから、理解しなくていい」
逃げているのだ。だけど、イーシャは優しく、それを許さない。
「これから、大変なことになる。契約紋が新しくされた。これまでの契約紋で皇族として認められた者たちも、これからは、そうではない。だから、君は命を狙われた」
「あれ、悪戯じゃ」
アタシの毒殺は、悪戯でもなんでもなく、完全な悪意からだ。
「ナーシャのことを知る者はまだまだいる。真の皇族の誕生は、帝国の念願だが、ナーシャが皇族の儀式を通過出来なくて喜んだ者は多い」
「そんな」
母は、この安全に見える城でも、安全ではなかった。
大人が本気になれば、子どもなんて簡単に殺せる。母がここに残っていても、皇族の悪意によって、殺されていたかもしれない。
アタシには、たまたま、弟である妖精憑きリウの妖精がついている。その格はアイシャールの上だから、皇族といえども、アタシに手が出せなくなったのだ。
「これから、君を懐柔しようとする皇族が増えてくるだろう。契約紋の実験は成功している。彼らは勝手に、君を次の皇帝だと思い込む」
「でも、今の皇族を除外するのは不可能ですよね。だって、アイシャールの契約紋は、残ったままです」
そう、あんな火傷、簡単に消せない、とアイシャールは言っていた。
「アイシャールは出来る。だから、可哀想なことになったんだ」
イーシャは哀れみをこめてアイシャールを見る。アイシャールはただ、微笑んでいるだけだ。キオンでさえ、発狂するんじゃないか、というほど苦痛で苦しんだ筆頭魔法使いの儀式をアイシャールはしたのだ。アイシャールの背中には、イーシャの血筋に従うような契約紋が刻まれているのだろう。
「また、あの儀式をアイシャールが受けるのですか!?」
「そうですよ。今の契約紋を消して、新しい契約紋の焼き鏝を背中につけます。そうすることで、古い皇族だった者たちを排除出来ます」
何でもないような顔でいう。
「ご心配なく。今すぐではありません。あの儀式を受けると、その間、わたくしは使い物になりません。ですから、わたくしの代わりになる者が必要になります。今、それの選別をしています」
「魔法使いの中から、選ぶんだ」
「そうなりますね」
どこか、引っかかる言い方だ。アイシャールも、何か、アタシに隠している。
「さて、話せることは話しましたので、あの妖精憑きの元に行きましょう。契約紋がしっかりと生きているか、確認しませんと」
「どうすれば、わかるの?」
「もう、彼はリーシャ様に依存していたではないですか」
「あれは、怪我して弱っているからだよ」
アイシャールは成功しているっぽいこと言うけど、アタシはそう思わない。弱っているのだから、ちょっと優しくしてもらえば、誰だって、あんな感じだよ。
「どうでしょうか。契約紋に縛られた時、色々と変化しますよ」
「アイシャールは、だから、イーシャのことが好きなの?」
「いえ、イーシャ様の好意は、そんなものではありません!! 契約紋がなくても、わたくしのイーシャ様への思いは変わりません!!」
アイシャールが声高に宣言すると、珍しく、イーシャが照れたように頬を染める。あ、なんだかんだいって、イーシャだって、アイシャールのこと好きなんだ。そうだよね、こんな美人に迫られたら、簡単に好きになっちゃうよね。
もう、くっついちゃえばいいのに。本当に、そう思うほど、アイシャールのイーシャへの熱い視線は、すごいの。だから、二人は恋人同士だと思ったんだけど。
いつでもエウトは一緒。エウトの案内で、アタシは筆頭魔法使いの屋敷に行く。
「ほら、開けろ」
「エウトが開けて」
仕方なく、エウトは扉に手をかける。だけど、開かない。
「わざとだ!!」
「開かないんだ。僕は皇族だけど、真の皇族としての血が弱いんだ」
「エウトの母さんは出来たの?」
そこが疑問だ。母とエウトの母は双子だという。双子って、色々と同じだ。だから、エウトの母も出来たはずだ。
「微妙な差なんだろうな。母は出来なかったと聞いてる」
「聞いてるって、エウトの母さんのことでしょ」
「僕の母さんは、僕が五歳の頃に亡くなったんだ。母さんの元にいた時は、僕はおかしかったんだ。今みたいじゃない」
「会ってみたかったな。きっと、可愛い感じだったんだろうね」
「………」
違うようだ。人にはそれぞれ、隠したいことがある。エウトはまだ子どもだってのに、もう、隠したいことがあるんだ。
仕方なく、アタシが扉に手をかけると、あっけなく開いた。
「イーシャ、怒ってなかったね」
中に入ると、アタシはそんなことを呟く。
エウトは、首を傾げる。アタシがイーシャに怒られるようなことをしている、なんて思ってもいないんだ。ほら、アタシ、無害っぽいから。
「ほら、妖精憑きの小国に入るための木札、黙っていたから」
キオンが地下牢に閉じ込められていた頃に、妖精が支配する森の話をした。その時に、アイシャールは、妖精憑きの小国に入るための木札を出してきた。
アタシは、木札の話をしていない。あれがないと、入れないと知っていて、黙っていたのだ。
「あれのことか。バカバカしい。アイシャールにかかれば、あんな木札なくても、こじ開けられるぞ」
「嘘だぁ」
「アイシャールは千年に一人誕生する妖精憑きだ。そこら辺の妖精憑きが束になっても勝てない。たぶん、妖精が支配する森だって、アイシャールは簡単に蹂躙してしまえる。それほど、力の強い妖精憑きなんだ」
「し、知らなかった」
あんなに優し気で、アタシに対しては慈愛すらこもっているように感じるほど、アイシャールは怖くない。
「契約紋で縛られているが、それすらも消す力をアイシャールは持っている」
「どうして、アイシャールは自由にならないの? そんな力があるなら、ここに縛られる必要なんてないよね」
「僕もアイシャールも、他の生き方を知らない」
とても悲しい話だった。アイシャールだけではない。まだ子どものエウトまで、生き方を変えられないという。
思わず、アタシはエウトを抱きしめる。エウト、もう慣れっこだから、抵抗しない。
「もう、子どもなんだから、今からでも、他の生き方を見つければいいんだよ。アイシャールだって、イーシャのことが好きなら、そういう生き方をすればいいじゃない」
「だから、アイシャールは好きなようにイーシャの側にいる。今が、一番、幸福なんだ」
そうか、アイシャールは、イーシャの側にいることがいいんだ。
頃合いをしっかりわかるようになったエウトは、軽く押して、アタシを離す。
「エウトは、もっといい生き方を探そう。頭がいいんだから、すごいこと出来るよ」
「はいはい。ほら、そこの部屋のドアを開けろ」
「もう、口が悪いな」
もう、エウトは、丁寧な言葉を使わない。
日当たりのよい部屋だ。すごく大きく、寝心地のよい感じのベッドに、キオンはうつ伏せにされて寝ていた。キオンを囲むようにして、複数の魔法使いが様子を見ながら、メモをとっている。キオンの背中は晒されたままだ。とても痛々しい。
近づいていいものかどうか、迷った。何か大事な作業をしているのだ。邪魔してはいけない空気だ。なのに、エウトはアタシの手を握って、引っ張っていくのだ。
「ほら、座って」
「いいのかな」
「お前がいて変わるなら、それも大事なことだ」
無理矢理座らされ、アタシはキオンを見る。キオン、苦痛か何かで意識を失っていた。顔がとっても苦しそうだ。
近くに汗を拭いたりするための布と水が用意されていた。アタシは、布を水で濡らして、キオンの顔とかを拭いてあげる。でも、妖精憑きって、こういうこと、やらなくてもいいはずなんだよね。憑いている妖精が、常に妖精憑きを綺麗にしてくれるから。
でも、タオルの冷たさが気持ち良いらしく、表情が緩くなる。
その間に、観察が終わったのか、傷に薬とか塗られて、綺麗な布で見えなくされる。その作業は痛いんだろうね。また苦しそうな顔になる。
アタシはキオンの手を握った。さっきも、これで穏やかになったな。
ただ、手を握っているだけだ。それだけで、キオンは意識を戻した。
「リーシャ、リーシャ、ここにいたんだ。俺のリーシャ」
「熱あるんだね」
ものすごく熱のこもった声でいうのだけど、あれだ、相手がキオンだから、これっぽっちも何も感じない。
わざと、しっかりしぼれてない布をキオンの顔に落としてやる。
「もう、ふざけたこと言わないの。背中、痛いよね。何か欲しいものない?」
「リーシャが欲しい」
「そういうのはいいから。食べたいものとか、飲みたいものとか、そういう話」
「リーシャ」
握っているアタシの手を引っ張って、指に軽く口づけする。思わず、アタシはキオンの手から離れる。
「そういうのはやめて」
母さんに言われて、妖精が支配する森にまで同行した、なんて聞いてから、アタシの中でのキオンはただの幼馴染みだ。
アタシが離れると、絶望した顔になるキオン。その顔に甘いことしちゃいけない。アタシはしっかりと心を持つのよ。
側でアタシとキオンのやり取りを見ていた魔法使いたちは、ものすごい形相でアタシを見ている。まるで、アタシが悪いことしてるみたいじゃない!!
そして、エウトはというと、キオンを嘲笑うように見ている。本当に、この二人、何があったの!? アタシの見てない所で、物凄く仲が悪くなってる。
熱さましの薬とか、火傷によく効く塗り薬とか、そういうものをアタシも手伝ってキオンに飲ませたり、塗ってやったりしていると、キオン、疲れたのか、寝てしまった。
もうやることがないので、アタシはキオンの側で見ているだけ。看病って、アタシじゃなくても出来ることだ。
「気の毒にな」
あんなに仲悪そうなのに、エウトがキオンに同情的なことをいう。
「こんな痛い目にあったら、可哀想だよね、確かに」
「戦争に出る前は、この男のこと、どう思ってた?」
また、随分なことを質問されてしまった。子どものくせに、エウトは鋭い。
「結婚話はたくさんあったけど、みんな、いつの間にかなくなっていた。皆、子どもの頃、アタシをいじめてた奴ら。なくなったと聞いて、ものすごく安堵した。結婚話が来る度に、子どもの頃を思い出すの。結婚したら、子どもの頃みたいなことされるんだ、なんて、考えた」
母さんが生きている頃、本当に酷かった。アタシは妖精憑きの子どもたちの玩具だ。アタシがいじめられると、父さんがその子どもの家に行っては苦情を訴える。だけど、やめてくれない。
ところが、母さんが行くと、しばらく、ピタリと止んだな。
「あの妖精憑きも、ガキの頃にお前をいじめてたんだよな」
「そう。でも、あの妖精の森の出来事から後は、いじめなくなった。それどころか、守ってくれた。他の妖精憑きの子どもたちは、ひどい目にあっても、懲りないで、アタシをいじめたんだ。それを体を張って守ってくれたのはキオンだけだった。母さんのことを言わなかったら、キオンとの結婚、ちょっとだけ悩んでたと思う」
「こいつのバカだな。バカ正直にいうなんてな。言わなきゃ良かったのに」
「本当に、そう!! 言わなかったら、アタシ、もう騙されやすいから、簡単にキオンに転がったと思う」
断言に近い。だって、キオンとは幼馴染みとしては長い。いじめられなくなってからは、むしろ、花をくれたり、優しくしてくれたり、色々とあった。
それも、母さんに言われたから、なんてことをバカ正直にいうから、思い出が全て台無しになるのだ。
「お前には、嘘、つきたくなかったんだろう。ただ、言い方が良くないな。そこはバカだ」
「エウトはキオンの味方なんだ」
「同じ男だからな。同情はする。ガキの頃のことは、もう取返しがつかないからな。今更、惚れた腫れたしたって、遅いんだよ。だいたい、男は皆、そういうバカなことするんだ」
「意味、わからない」
逃げとかではない。本当にわからないのだ。この弟と同じ年頃のエウトは、アタシよりも年上のような言い方をする。
「お前は僕より年上だけど、お子様だってことだ。僕は、この妖精憑きのことは気に食わないから、これ以上は何も言わない。言ってやらない。せいぜい、苦しめ」
本当に、わけがわからにこというエウト。くっそ、男だけしかわからない話なんだ。
「知ってるか? お前と結婚する男が、次の皇帝になる、なんて噂が流れてるぞ。これから大変だ」
「し、知らない!! どうして、そうなったの!?」
「こういうことも、大事な謀略だよ。お前を口説いて、いい立場になろう、というやつな」
「そんな噂流れてると聞いたら、警戒しちゃうよ」
「だから、今、言った。気をつけろよ」
「わかった」
「………簡単」
「?」
エウトは心底呆れたようにアタシを見た。でも、悪意っぽいものは見られない。目があうと、エウトは優しく笑ってくれる。
年下で、弟とそう歳が変わらないというのに、ちょっと顔が赤くなってしまう。くそ、エウトって、経験値高そうだ。そういえば、大衆小説読んでそうな話があったな。きっと、そういうトコで知識を培ってるんだ。
キオンの傷のことなんて、これっぽっちも気にならなくなった。
次の章のタイトルがなかなか決まりません。話の流れは決まっているけど、ここで外伝を入れて息抜きしたい感じです。




