妖精憑きの小国
アタシが生まれたところは、何もない所だ。住む場所は、神から与えられた聖域だ。食べるものは全て、自然の恵だ。
火も、水も、神の使いである妖精から気まぐれに与えられ、ひっそりと暮らしていた。それ以上の恩恵なんて必要なかった。
生きるのも、死ぬのも、皆、あるがままだ。魔法も必要ない。
だからだろう。アタシが暮らす、この名もなき小国の国民はほとんどが、妖精憑きだった。
「リーシャ、ほら、今日の恵みだ」
「父さん、ありがとう」
だけど、一部だが、ただの人として生まれる国民もいる。それがアタシだ。アタシは、数少ない、妖精憑きでない国民だ。
アタシは、ただ、戦うだけだ。他のことは、妖精憑きたちがやる。だから、アタシは役立たずだ。だけど、皆、アタシのような、ただの人に優しい。食べ物だって、分け隔てなくくれる。神の恵みは気まぐれだから、少ない時だってあるというのに、妖精憑きでないアタシに恵んでくれる。
平等に、というと、妖精憑きたちはいうのだ。
「妖精憑きは、一か月、何も食べなくても生きていける。お前は、毎日、きちんと食べないと、死んでしまう。だったら、お前が食べるべきだ」
そうして、アタシは守られるように生きていた。
妖精憑きは、本当に出来た人だ。アタシみたいな役立たずでも、何か出来るようにしよう、と戦う術を与えてくれた。
いや、アタシには、それしか出来なかったんだ。女なのに、料理も、裁縫も、掃除も、洗濯も、本当に何も出来なかった。出来たことは、剣を握って戦うことだけだ。
妖精憑きの力を使えば、狩りなんて簡単だ。だけど、妖精憑きの力を使わないで、狩りは行われる。妖精は、神の使いだ。ただ、食料を得るための狩りごときに使うわけにはいかない。だから、アタシみたいな腕っぷしだけの奴は役に立つんだ。
妖精憑きでない、ただの人は他にもいる。そういう、ただの人が集まって、狩りをしたり、釣りをしたり、その日その日の生きる糧を得ていた。
もう、それで十分なんだ。それ以上のものを、皆、望んでいない。
だけど、帝国は、貪欲に、どんどんと小国を飲み込んでいた。
「聞いたか、中央が落ちたって」
「あそこを落とされたら、もう、辺境も危ないね」
「あんなに領土を広げて、何がしたいんだか」
不穏な話は、妖精によって集められる。遠くの情報も、僻地の小国であっても、妖精憑きの力を持ってすれば、簡単に集められる。
「しかし、聖域を取り込むことなど、簡単ではないだろうに」
「急に、征服の速度をあげていって、何を手に入れたのやら」
帝国の征服の速度が早いことに、皆、不吉なものを感じていた。
妖精憑きは頭がいい。だから、アタシみたいなただの人には、危機感がわかない。帝国の情報のどこが危ないのか、わからないのだ。
「お姉ちゃん、一緒に寝よう!」
「もう、十歳なんだから、離れろ」
弟リウは、随分と大きくなったというのに、アタシにべったりだ。この弟は妖精憑きだ。何故か、アタシにべったりくっついて、なかなか離れない。
「一緒がいい。一人で寝ると、怖い夢を見るんだ。一人は怖い」
「もう、仕方がないな」
ちょっと泣き言を言われてしまうと、アタシが負ける。弟リウはアタシが育てたようなものだ。母さんは、リウが一歳になってすぐ、神の元へと召されてしまった。アタシは本当に役立たずだ。だけど、何故かリウは、誰にも懐かなかった。アタシにべったりくっついて離れなかったのだ。
妖精憑きには、稀に、こういうことがあるという。気に入った人に執着するという。
リウは姉であるアタシに酷く執着した。あんな幼児の頃から執着って、おかしな話なんだが、それが普通なんだって。だから、アタシは弟リウの面倒を頑張ってみた。食べる物は恵んでもらっているから、問題ない。洗濯も、出来る奴がやっている。妖精憑きは、常に清潔だから、アタシが何かやってやることなんて、何もないんだ。だけど、リウはアタシにべったりくっついた。寝る時、側にいないと大泣きだから、仕方なく、アタシはリウの側にいた。
だけど、さすがにリウも十歳を過ぎたので、アタシは距離をとろうとした。アタシだって、この、小国、というよりも、村のようなこの国で、少しでも役に立ちたい。だから、狩りに行ったりするわけだ。ちょっと遠くに行くと、なかなか帰ってこれなくなることもある。それも、仕方がないことなんだけど、リウにはそうではない。
アタシが帰ってこないと、リウはアタシを探しに森に入るのだ。夜の森は危険だ。妖精憑きといえども、森にいる野良の妖精に惑わされるという。だから、アタシたちは、暗くなると動かないで、朝を待つのだ。
だけど、妖精憑きであるリウには関係ない。よくわからないけど、リウは相当、強い妖精憑きだという。だから、あんな危険な森を通り抜け、アタシの元にやってきてしまうのだ。
そういうことを数度、体験すると、思うんだ。もう、アタシ、リウにはいらないんじゃない?
リウは妖精憑きとしての力が強すぎる。アタシみたいなただの人は、足手まといとなる。だから、距離をとりたいのに、リウは縋ってくる。
「お姉ちゃん!!」
今日も、アタシに縋ってくる弟リウ。そんなリウの首根っこをつかむ幼馴染みのキオン。
「お前、いい加減、離れろ!! お前のせいで、リーシャはいまだに、結婚相手が決まらないんだぞ!!!」
キオンも妖精憑きだ。だから、リウを簡単にアタシから引きはがせてしまう。
「離せ!! お姉ちゃんと僕は、ずっとずっと一緒だ!!! 他の奴らなんかいらない!!!」
「いつもいつも、邪魔しやがって」
「もう、離してくれ!! リウが痛がってる」
アタシはキオンの手からリウを助け出す。リウはアタシの胸に顔を埋めてぐずるように泣いた。
「リウはまだ子どもなんだから、仕方がないだろう!!」
「お前はわかってない!! こいつはな、リーシャの縁談を軒並み潰したんだぞ」
「別にいいじゃないか。アタシみたいなただの人は、結婚なんかしなくても」
アタシには、そういう願望がない。足手まといだし、妖精憑きではない、はぐれ物のような存在だ。そこに、結婚を必要と感じていないのだ。
「だいたい、アタシの母さん、この国の奴じゃないし。きっと、良くないんだよ、アタシは」
アタシがただの人として生まれてしまったのは、混血だから、ということもある。
この国は、本来、妖精憑きの国だ。ただの人が生まれることはない。そこに、ただの人が捨てられたのだ。
アタシの母さんも、五歳くらいで捨てられたという。右も左もわからず、さ迷い歩き、死にかけた先で、救われたのが、この小国だ。本当に、たまたま、ここに至ったという。
そうして、外の血が混ざったからか、ただの人が生まれるようになったのだ。だからといって、この国では、迫害されることはない。あるがままだ。妖精憑きでも、ただの人でも、それは、神が決めたことだ。
妖精憑きである父さんと、ただの人である母さんが結婚したのも、神が決めたことなんだろう。二人は、後悔していない。
だけど、きっと、アタシは後悔する。妖精憑きの楽園のようなこの国で、アタシが子をなすことは、黒いシミを作るようなものだ。
アタシは弟リウを抱きしめる。
「リウはお嫁さんとりなよ。アタシは邪魔しないから」
「だったら、お姉ちゃんと結婚する!!」
「姉弟は結婚出来ないよ」
「ずっと一緒にいるだけでいい。お姉ちゃんの側にいるだけで、僕は幸せだ」
「そこは、神様が準備してくれるよ」
姉弟でべたべたしているのを幼馴染みキオンは呆れたように見てきた。
「リーシャも、弟離れしろ。結婚は、神の教えだ。きっと、リーシャの運命の人は、ち、ち、近く、に、いる、かも」
「そういうキオンも、さっさと結婚決めなよ。アンタ狙ってる女、いっぱいいるんだから」
「そうそう」
アタシだけでなく、リウまでキオンに言い返した。アタシよりもキオンのほうが先だろうに。
途端、キオンは不機嫌になるも、アタシの横に座る。
「俺が、リーシャもリウも守ってやるよ。だから、俺と結婚してくれ」
「だめっ、んーんー--!!」
キオンは暴れるリウの口を塞ぐ。
耳を疑う。キオンがアタシに結婚しようって、冗談だよね? 伺うように見てみると、キオン、真剣な目でアタシを見ている。これは、冗談、と笑い飛ばしていいわけではない。
「で、でも、アタシ、妖精憑きじゃ、ない、し」
「お前の父ちゃんだって、ただの人と結婚しただろう!! いいんだよ。そう、神様が定めたんだ!!!」
キオンはリウをぽいっと放り出すと、アタシを抱きしめた。
妖精憑きは基本、体を鍛えない。魔法があるからだ。だけど、キオンは、妖精憑きなのに、腕っぷしがある。抱きしめられると、わかる。キオンの体はがっしりしている。だって、キオンはアタシと一緒に狩りにだって行くんだ。
「ダメだー---!!!!」
そこに、リウが怒りで妖精憑きの力を暴走させる。アタシがキオンの側にいるというのに、使ったのだ。だけど、アタシは無傷だ。キオンだけが傷だらけだ。
「リウ、やめなさい!!」
アタシはキオンの腕から離れ、リウを抱きしめる。キオンが傷ついたということは、リウのほうが妖精憑きの力が上なんだ。
「人に向かって魔法を使っちゃダメだよ!! 地下牢にいれられちゃう」
「そんなの、どうってことない。僕のお姉ちゃんだ。誰にも渡さない」
アタシの腕の中で怒りに震えるリウは、ちょっと怖かった。
キオンは黙っていてくれたけど、傷だらけだし、魔法を使ったのだから、すぐバレてしまう。アタシが泣いて縋ったけど、リウは、三日間、地下牢にいれられることとなった。
リウが地下牢にいれられて二日が経った頃、辺境にあるいくつかの小国の使いたちがやってきた。
最果ての辺境には、いくつかの小国が集まっている。それらの使いがやってくるのは、切羽詰まっているからだ。
「まさか、あの戦争バカの中央が裏切るとはな」
戦争だけが取柄の小国が、帝国に寝返ったのだ。
これまでは、中央にいる、戦争バカの小国が守っていたことから、帝国の支配はそこより辺境へと進むことはなかった。戦争バカ、というだけあって、戦うことに関してだけは天才の小国だ。戦いがないと、騙されたり、いいように使われたりするのだが、不思議と、この小国は滅びない。妖精憑きがいうには、小国の王族は、とんでもない神の加護を持っているという。妖精憑きでさえ、戦争バカの王族には逆らえないほど、神に溺愛されていた。
そんな戦争バカの小国が、戦いもせずに、帝国の軍門に下ったのだ。
「戦いに疲れたのでしょう」
辺境の地を守るようにある中央の小国である。帝国は、すでに、海、山の小国を支配していた。三方向からの攻撃に、さすがの戦争バカの小国も、嫌気がさしてきたのだ。
こうなると、辺境が危ない。だから、使いを出して、話し合うのだろう、そう思っていた。
「我々は、帝国に下ることにした」
そうではなかった。妖精殺しの小国が離脱を宣言する。
「な、お前たちが抜けたら、誰が妖精を封じるんだ!?」
妖精殺しの小国は特殊だ。神から、妖精を封じる手段を王族が与えられたのだ。その御業は、一子相伝。万が一、狂った妖精憑きが出た時は、妖精殺しの小国が封じる役割を担っていた。
妖精殺しの小国は、蔑むように辺りを見回す。
「はっ! こんな時ばかり、徒党を組んで、我が国を責めるのか!! 汚い仕事は全て、我が国だ!! 貴様らが、影で我が国のことをなんて言っているか、知らないとでも思っているのか!? 神の使いである妖精を殺す、罰当たりな国、と蔑んでいることを知ってるぞ!!! 汚いことは我が国に押し付け、綺麗ごとばかり口にして、反吐がでる。我が国が所有する聖域も、帝国に明け渡す」
「そんなことをしたら、聖域を壊されてしまうぞ!! わかっているのか? 帝国は、支配した国の聖域を壊して、道具を作ってるんだぞ」
「知ったことか。我が国の王は、代替わりが近づいている。身を毒で蝕んで、妖精憑きを封じる力を保有しているんだぞ。それなのに、お前たち妖精憑きは、何もしない。それどころか、我が王を毛嫌いして」
「そ、それは、仕方がない。妖精を狂わせる香の効果を王自らが纏っているんだ。あれは、妖精だけでなく、妖精憑きをも狂わせてしまうんだ!!」
「そういう役目を淡々とこなしていた我が王に対して言うことがそれだけか!! 命をかけて、蔑まれてまで、人なんぞ守っても、何の見返りもない。そんな我々の役割を帝国は解放してくれるという。これで、もう、我が王も苦しむことはないだろう」
そう言って、妖精殺しの小国は去っていった。
「あんたたち妖精憑きも戦ってもらおう」
そして、とうとう、アタシが暮らす小国に戦力を出すように言っていた。
「妖精憑きの力は、人同士の戦争に使うのはご法度だ。教えに反することを出来ない!!」
「ふざけるな!! 俺たちは、皆、妖精憑きの国を守るような配置になってるんだぞ」
「だったら、帝国に下ってもらってかまわん。我々は、どうにかする」
戦力を出さないと言われて、他の小国は怒りに震える。
「アタシが行くよ!! アタシ、妖精憑きじゃないし」
「女子どもを戦争に出すわけにはいかん!!」
「だって、アタシ、それしか、出来ない」
アタシがボロボロと泣き出したから、怒っていた奴らは黙り込む。
「リーシャが行くことないんだ!! 俺が行く」
「アンタは妖精憑きだからダメだ!!」
キオンが名乗り上げた。アタシは止めるが、聞き入れない。
「だったら、アタシも一緒だ。キオンだけに、危ない事、させられない」
「女子どもは家で待ってろ」
「狩りだって行くんだ。戦争にだって行く」
「リウはどうする?」
「アタシがいなくても、リウなら大丈夫だよ。リウは、強い妖精憑きなんだから」
「………無事、戻ったら、結婚しよう」
こんな場だというのに、キオンはまた、結婚を申し込んで、アタシを抱きしめてきた。
力強く抱きしめられて、アタシは、勢いに負けて、頷いてしまった。
結局、いつも狩りに出る、ただの人が戦争に行くこととなった。この事に、申し訳ないばかりで、アタシは頭を下げた。
「ゴメン! アタシ一人ですまなくて」
「それは仕方ない。俺たちのほうが、リーシャよりも強いから」
「そうそう」
「ご、ごめん」
狩りに出ているけど、アタシ、そこまで強くない。足手まといの時だってある。だから、猶更、申し訳なかった。
だけど、そう簡単に進まないこともある。
「リーシャが行くなら、私が代わりに行こう」
父だ。亡くなった母を溺愛していた父は、アタシのことも大事にしてくれた。狩りに行くと、いつも、妖精を付けてくれた。
「父さんはダメだよ。だって、妖精憑きじゃないか」
「そんな危ない所に、リーシャを行かせるわけにはいかない」
「父さん、アタシより弱いのに」
「妖精憑きは頑丈だ。簡単には壊れない。それに、私の力は弱い。魔法を使ったって、大したことにはならない」
「それでも、ダメだよ!! 教えに反することになる。いつもみたいに、妖精を付けるだけでいいから」
「それは無理だ。戦場が遠すぎる。リーシャはリウとここにいるんだ」
「それは許さん」
しかし、さらに上から、父の勝手な行動が止められる。
妖精憑きの小国の王だ。父よりも強い妖精憑きが、父を捕縛する。
「どうか、お慈悲を!! リーシャは大事な娘なんです!!!」
「妖精憑きの息子がいるだろう」
「リウもリーシャも、大事な子です!!!」
「地下牢に連れて行きなさい」
容赦なく、父は地下牢へと連れて行かれる。
アタシは、ただ、父を見送るしかない。仕方ない。閉じ込めなければ、父は本当に戦場に行ってしまう。
「リーシャ、本当にすまない。我々、妖精憑きは、戦争では妖精を使えない。そういう教えだ」
「わかってる。あの、お願いがあるんだけど」
「やはり、戦争に行くのはやめにするか? 女子どもは、それが許される。リーシャ、ここにとどまってもいんだぞ」
「いえ、そうではなくて、リウのことです。アタシが戦場に行った、なんて知ったら、リウは追いかけてきちゃいます。だから、このまま、リウを地下牢に閉じ込めたままにしてほしい」
リウの実力をアタシは知らない。だけど、平気で妖精が支配する森にも入ってくる。妖精憑きでさえ、森を危険視するというのに、リウは平然としている。
それと同じように、リウは、アタシを追いかけて、戦場に来てしまうだろう。そして、アタシのために、リウは、戦争で、妖精だって使う。
少し驚いた妖精憑きの小国の王は、すぐに真剣な面持ちとなる。
「リーシャ、絶対に生きて帰ってくるんだぞ」
「約束は出来ない。戦争と狩りは違うから」
「リウのためだ。リウは、リーシャがいないと、大変なことになる」
「そんな大袈裟な。リウは、アタシがいなくても、大丈夫だよ。むしろ、アタシがいちゃいけない。アタシのせいで、リウはずっと一人だ」
リウはアタシにべったりだ。昼も夜も、ずっとリウはアタシから離れない。
リウぐらいの年頃の子どもはそれなりにいる。皆、親兄弟から離れて、年の近い者同士で遊んだり、話したりしている。なのに、リウだけは、アタシにくっついたまま離れない。ちょっと離れなさい、と言えば、離れるけど、誰とも交流しない。じっと、アタシが呼ぶのを待っている。
きっと、アタシがうんと遠くに行けば、リウは一人で歩いて行ける。そして、いつか、リウだけの運命の人に出会うだろう。そこに、アタシは邪魔だ。
「いってきます」
アタシは、もう、この小国に戻るつもりはなかった。




