皇帝の成長
私には、自覚がない。家族から捨てられて、筆頭魔法使いヒズムによって教育されてから、どんどんと頭角を表したらしい。だけど、それ以前は、私は皇族未満としては、底辺だった。
一度、私の過去の成績を見せてもらう機会があった。ついでに、優秀な者の成績もだ。私の成績は酷いものだった。だけど、それは私だけではない。私の兄弟姉妹も、酷い成績だった。両親も大人だというのに、使えない皇族だった、と皇族カイサルは言っていた。
親兄弟姉妹が、酷い成績で、使えない皇族だったという。だけど、家族から離されて、ヒズムによって教育された私は、成績優秀な皇族未満よりも、試験の点数は良かった。
「環境だな」
その結果を見て、心底、そう思った。私は別に優秀なわけではない。ただ単に、皇族未満の頃は、環境が悪かっただけだ。
思い返せば、両親の元に帰っても、遊んでばかりだ。教育を担当する貴族は、宿題を忘れても、成績が悪くても、何も言わないで笑っている。そして、言うのだ。
「あなたがた皇族は、血筋が大切なんですよ」
笑顔の裏で、嘲笑ってたんだろうな。皇族未満は、まだ皇族ではない。皇族の儀式で失格となったら、もう、未来はないのだ。そういうことを教育を担当する貴族は教えない。教科書に書いてあっても、読まないのだから、知りようがない。
何より、皇族未満の子どもたちは、皇族のことしか学ばない。だから、世間知らずだ。その中で、優秀な皇族は、外に出て、貴族の学校に通って、世の中を知る努力をする。そういう皇族が、今、女帝リオネットを支えているのだ。
そういうことが、なんとなくわかってきた私は、それなりの年齢になると、貴族の学校に通うことにしたのだが。
「いけません」
筆頭魔法使いヒズムに反対されていた。
「世の中を知らないと、ダメだろう」
過去の皇帝女帝のことを調べればわかる。ほとんどが、貴族の学校に通っていた。これは、必要なことなんだ。
「危険です」
だけど、ヒズムは許さない。私はまだ、一皇族だ。立場的には、ヒズムよりも下なんだよな。
「もうすぐ、皇族の儀式です。時間もありません」
「皇帝さ、もうちょっと先でもいいと思うんだよな」
皇族の儀式で、私を皇帝にすることが決まっている。もう決定だ。
だけど、私はまだ早い、なんて抵抗した。
「貴族の学校、卒業して、それなりに経験を積んでからでいいと思うんだ」
「もう、こんなに立派に皇族の仕事が出来るというのに?」
「………」
仕方なくやっている皇族の仕事は、もう、片手間だ。今、リオネットがやるべき書類仕事は全て、私のところに回されている。リオネットは、完全にお飾り女帝だ。
「人付き合いが、あまり上手じゃないんだよね。同じ皇族とは、これから、仲良くやっていかないといけないのに、ほら、食事会で、私は家族見捨てちゃったから、恐れられちゃってる。距離感、もっと近くしなきゃ」
「使えない皇族に近づく必要はありません。皇族未満も、レオンが受けた苦しみ、やっと思い知ることとなりますね」
ハズスの嘘のせいで、私は皇族のほとんどに見捨てられた。いや、一部は静観だ。だって、一部は、私が妖精の誘拐にあっている、と知っていたのだ。ただ、静観して、成り行きを見ていた。
ヒズムの中では、私の家族だけでなく、私を見捨てた親戚や友達だった者たちは許せないのだろう。皇族の儀式は、容赦なく荒れるな。
「本物か偽物か、よくわかったんだから、いいだろう」
「皇族の儀式が終わった後は、戦争ですよ。もう、敵国から、開戦期日のお伺いの書状が届いています」
「どんだけ戦争したいの、あいつら!? 前の戦争は、悲惨だったと聞いてるぞ」
「喉元過ぎてしまったので、忘れてしまったのでしょうね。戦争、さっさと終わらせてみせます。あれから、私も、随分と力をつけましたから」
笑顔で言ってくるヒズム。開戦と同時に、火あぶりにするんだな。
前回の戦争では、ヒズムが言うには、ちょっと妖精憑きとしての力が足りなくて、とんでもないこととなったという。私は子どもだったので、留守場させられたが、戦場に連れて行かれた女帝リオネットは、戻ってきてしばらく、悪夢にうなされていた。
色々と、覚悟しないとな。想像すら出来ない戦場も近いことを言われて、私はどうにか皇帝になる時期をずらせないか、なんて無駄なことを考えるも、思いつかない。
書類仕事も終わり、私は騎士団の修練場に行く。もう、勉強は全て終わらせてしまったので、私のやることって、体鍛えるしかないんだよね。
途中、同い年の皇族未満にばったり会ったりしてしまう。皇族未満たちは、私を見ると、ささっと通路の端にどいて、頭を下げる。私はまだ、表向きは皇族未満なんだけど、もう皇帝となることは決定事項なので、立場の上下が出来てしまった。
こいつらも、私が助けを求めた時は、蹴ったりしてくれたな。
そんなことを思い出しながらも、無言で通り過ぎる。そして、本を読みながら歩いている皇族未満を見かける。
「久しぶりだな、ランセル」
私よりも少しだけ年上の皇族未満ランセルに声をかける。ランセルは、ちょっと、考えが読めない奴だ。誰に対しても、無言で俯いている。
私に声をかけられて、ランセルは立ち止まり、開いていた本を閉じて抱え、ちょっと頭を下げる。
私はランセルの本を取り上げて見る。
「また、小難しい本を読んでるんだな。楽しいか?」
「………はい」
「そうか。楽しんでいる所、呼び止めて、悪かったな」
「………いいえ」
本を返してやれば、ランセルは力強く抱えた。しまった、ランセルに悪いことをしてしまったな。
「もう、皇族教育もいらないだろう。さっさと終わらせればいいのに」
ランセルは頭がいい。どう見たって、皇族教育は終わっていいはずなのだ。
「………戦争に、行きたくないので」
「そうか。じゃあ、仕方がないな」
弱肉強食の帝国では、腰抜けと言われることを言ってしまうランセル。だけど、私は気にしない。
「逃げるが勝ちだ。それもいいだろう。じゃあな」
私だけが一方的に話して、さっさと離れた。
皇族未満ランセルは、私にとっては特別だ。ランセルがいたから、私はリオネットに助けを求めたのだ。
私がハズスの嘘で、皇族ではないからと、あちこちで見放されていた時、皇族未満のランセルは、こっそりだけど、助けてくれた。それが、リオネットだ。
こんな事になるまで、私は、ランセルの存在自体、知らなった。年齢も近いし、同じ皇族教育を受けていたけど、まず、接点がない。私は、ふざけていて、不真面目で、大人しく座っていない、ダメな皇族未満だった。ランセルは、ただ、真面目に座って、静かに皇族教育を受けていた。だから、ランセルに助けを求めることなど、考えてもいなかった。だって、知らなかったんだ。
そんな、薄情な私にランセルから話しかけてきて、リオネットがいる部屋まで連れて行ってくれた。ランセルのお陰で、今の私があるようなものだろう。だから、見かけると、私はランセルに話しかけた。
恩返しもあるが、ランセルとは、友達になりたかった。
残念ながら、私の願いは叶わないけど。皇帝となる私には、友人は持てない。そう、教育を受けている。
そうして、私は騎士たちがいる修練場に到着する。
「げっ」
私はついつい、イヤそうな声を出してしまう。もう、そんな幼い子どもではないのだから、そういうことは表に出さないようにしなければいけないんだけど。
「お、来た来た」
満面の笑顔でやってくる皇族カイサル。あー、この人を相手にするのはイヤなんだよなー。
まあ、間違ってはいない。皇族なんだから、練習相手は皇族がいいに決まっている。実力のある皇族カイサルに教えを乞うのは、正しいのだ。この男を倒せば、もう、私に勝てる皇族はいない。それほど、カイサルの武力は最強だ。
「もう、いい歳なんだから、大人しくしてろよ」
木剣を渡されるので、構えるしかない私。だって、カイサルはやる気だよ。前、油断していたら、おもいっきり肩を木剣で叩かれたんだよね。あれは痛かった。
ちょっと嫌味を言ってやると、カイサルは容赦なく木剣をふるってくる。仕方ないので、私は受け流す。もう、始め、とかの合図なんてないよ。この男はいつでも本番だ。
軽く打ち合いをして、体を温めていると、視界の端にリオネットが入った。見学しに来たんだな。
私が皇帝としての仕事もやるようになったので、リオネットは随分と暇になったのだろう。興味津々と私とカイサルの打ち合いを見に来た。
「随分と余裕じゃないか!!」
両腕は義手だ。鍛えなくても、その腕力は人を超えている。だから、私はまともに打ち合わない。上手にいなして、木剣をカイサルの手から飛ばしてやる。
呆然となるカイサル。まさか、こんな簡単に木剣を手放されるとは思ってもいなかったようだ。
「いつまでも、打ち負かされる私ではないよ」
私は手近にいる騎士から木剣を貰い、カイサルに投げ渡した。
「戦争バカの一族に、ちょっと、ご指導してもらったんだ」
「ちょっとで、これか」
「カイサルは、実力が知れ渡りすぎだ。対策も立てられてるよ」
軽く打ち合いながら、軽く会話だって出来てしまう。もう、カイサルも若くないんだな、なんて思ってしまう。
カイサルとの訓練は私が皇族教育を受けなおしている頃からずっとだ。戦争時はなかったが、それを除けば、週に一回は、カイサルと打ち合っていた。カイサル、容赦がなかったなー。まだ子どもだってのに、私を吹き飛ばすんだよ。
それを見ていたリオネットが、私を助け起こしにやってきたりもしたな。
今では、カイサルの剣戟を上手に受け止め、リオネットを盗み見るくらいの余裕だ。
リオネットは、気づいているのだろうか。
私が子どもだった頃は、リオネットは私のことを心配して見ていた。だけど、今は、私に負けそうなカイサルを見ている。
そして、私はまた、カイサルの木剣を高く飛ばし、隙あり、とばかりにカイサルの首に木剣の切っ先を突きつける。
「もう、教えることはないな」
「あんたがもっと、若くなれば、教えることがいっぱいだろう。歳をとったんだよ、あんた」
「そんなことはない。レオンは強くなったんだ。騎士の中でも、もう、レオンの実力は、上のほうだろう」
「だったら、まだまだだ。カイサルは、騎士よりも上の実力だった、と聞いてるぞ」
「皇族だからな、手を抜かれていたんだ」
お互い、謙遜しまくりだ。それも仕方がない。皇族に対して、騎士は迂闊なことが出来ない。
皇族には、筆頭魔法使いの妖精の守りがついている。万が一のことがあれば、妖精の復讐を受けることとなるのだ。だから、騎士たちにとって、皇族相手の訓練は命がけだ。
やっぱり、カイサルは疲れたんだろう。酷い汗を流して、休憩しに去っていく。その先に、リオネットが先回りしている。
「気になりますか?」
私の側には、筆頭魔法使いヒズムがやってくる。ヒズムからは冷たい飲み物やら、汗を拭く布やら、甲斐甲斐しい世話を私は受ける。
「あの二人は、いつ、付き合うんだ?」
誰が見ても、リオネットとカイサルは思いあっている。本人たちは、強く否定しているけど、疑いようがないよな、あれじゃあ。
ただ、カイサルは隠してるよね。ほら、カイサルは、娘と思ってる、なんて公言しちゃってるから。
カイサルもよくわからない。実の子は見捨てたくせに、血の繋がりのないリオネットは後ろ盾になってまで守ろうとしている。
そんなこと考えて見ているのだけど、ヒズムは物言いたげに私を見てくる。
「お前、まだ、私が子どもの頃の想いを引きずってる、なんて考えているのか。あのな、成長すれば、そんなもの、変わるんだよ」
「今も、一緒に眠っているのに?」
「やめたいけど、リオネットが一人寝は怖い、というから」
もう、いい年齢だってのに、私はリオネットと一緒に寝ている。何も疚しいことなんてしていない。本当に、ただ、横になっているだけだ。
リオネットは偽の皇族だ。筆頭魔法使いの妖精がついていないので、命の危険がある。だから、リオネットの側には、皇族なり、魔法使いなりが、常について、守っている。そうして、リオネットは女帝として君臨しているのだ。
ヒズムは、いきなり、私の体をぺたぺたと触ったり、軽くたたいたりしてきた。微妙なところも触ろうとするので、そこは止める。
「何やってるの、お前は!?」
「男として、大丈夫か心配になってきました。いくらリオネットはかなり年上といえども、女性ですよ。それなのに、添い寝しているだけだなんて」
「リオネットはもう、姉だな、姉」
最初は、そう誤魔化していたが、今はそれが真実になっている。異性というより、家族だな。
「あなたも随分と歪んでしまいましたね。家族を目の前で失ったことが、精神の健康に、影響が出てしまっているのかもしれませんね」
「お前も、もうちょっと、言い方、考えてくれ」
なんか、ダメな人間に聞こえてくる。ヒズムは心底、私のことを心配しているのだから、仕方のないことなんだけど、言い方が、良くない。
そんな談笑を私とヒズムがしていると、カイサルが倒れた。リオネットは、カイサルを支えようとするも、女では、あの鍛えられた体を持つカイサルは支えられない。
咄嗟に気づいたヒズムが魔法でカイサルを支えるも、それだけだ。私は駆け寄り、カイサルを休める場所に連れて行く。
真っ青な顔で、酷い汗が流すカイサル。皇族は病気をしないから、こうなると、何かあるのでは、なんて思われる。
「妖精の目の行使が、負担となっていますね」
「そういうものなのか?」
「妖精の目は妖精憑きの力を人に与えます。しかし、才能がない者が装着すると、廃人となってしまいます。カイサル様は、もしかすると、才能以上の何かを使っているのかもしれません」
「両腕の義手を動かすだけの行使程度だろう。それって、実は大変なことなのか?」
「我々、魔法使いにとっては、大したものではありません。ですが、カイサル様にとっては、大変なことなのかもしれませんよ」
私の剣術の相手をするために、カイサルは両腕の義手を動かしただけだ。
「ヒズムでは、カイサルの年齢を若返らせることは出来るか?」
「やっています。カイサル様には、まだまだ元気でいてもらわなければいけませんから。ですが、あれが限界です。ハズス様であれば、もっと若返らせられたでしょうね」
「そうか。ありがとう」
言われなくてもやってたんだな。それでも、もう、カイサルは限界なんだろう。
カイサルはもういい年寄だ。見た目は確かに年寄だが、腕っぷしの強い年寄である。そこら辺の若者には負けんぞ、なんて笑って言う豪快な年寄だ。実際、私とそう歳の変わらない皇族未満の若者たちでは、まだ、カイサルの足元にも及ばない。
「私としては、あと十年は生きていてほしいんだがな」
「随分とこき使いますね。皇帝となったら、カイサル様を引退させよう、なんて言ってあげないのですか」
「カイサルから言い出すなら、そうする。私から言うことではないな」
「何故ですか?」
「そういうものだからだ」
ヒズムは不思議そうに聞き返してくる。私から引退を言い出すことが普通、なんてヒズムは思っている。しかし、私はそうではない。
ヒズムがカイサルに触れてしばらくすると、カイサルの顔色も良くなってきた。そして、うっすらと目を開く。
「リオネットは?」
「開口一番に、それか。もう、二人とも、付き合ってしまえ」
私は呆れる。もう、カイサルとリオネットは付き合って、夫婦になってしまえばいい、と心底、そう思う。
カイサルは気まずい、みたいな顔をして、そっぽ向く。無意識に言ってしまったので、恥ずかしいのだ。わかる。私なんて毎日だ。若いから、恥ずかしいこといっぱいだ。
リオネットはというと、大騒ぎとなってしまったので、付いてこれなかった。今頃は、魔法使いと一緒に、女帝の執務室に行っているだろう。
私は手近にある椅子に座って、カイサルを見た。魔法はすごいな。カイサルの疲れとか、一瞬でとっちゃうんだから。
「もう、無理はするな。あんたは十分、やったんだから。だいたい、私がヒズムに保護された頃は、もう、あんたは引退していい頃合いだったんだ。その妖精の目? もう外してしまえ。その義手の魔法も、魔法使いにやってもらえばいいんだ」
妖精の目をカイサルが装着することとなったのは、魔法使いに魔法をかけてもらえないことがあったからだ。カイサルが皇帝だった頃に、皇位簒奪され、両腕を失い、背中に失格紋をつけられ、筆頭魔法使いの保護を失った。そのため、魔法使いに魔法をかけてもらっても、皇族の気分一つで、筆頭魔法使いに魔法を解かれたりしていたという。それを防ぐために、カイサルは片目をえぐり、妖精の目を装着し、自分で魔法をかけられるようにしたのだ。
それも、ハズスがカイサルの失格紋をハズスの体に移し替えることで、再び、筆頭魔法使いの保護を得られるようになったのだ。今更、魔法をカイサル自身が行使する必要なんてない。
カイサルは、私をまっすぐ見つめて、かすかに笑みを浮かべる。
「頼もしくなったな。あんなチビで、泣いてばかりいたのに、もう一人前だ」
「いや、まだ、泣かされてばかりだから。あんたのお陰で、どうにか一人前っぽくなってるだけだ」
「そういうふうに言えるところが、一人前なんだ。剣術だって、もう俺では勝てない。お前はいつでも、皇位簒奪できるな」
「こらこら、譲位だからな。力づくなんてしない。その後は、戦争だから、やらなきゃいけないけどな。本当に、戦争大好きだな。帝国にとっては、ただの息抜きだってのにな。敵も気の毒だ」
「そういう時代だ。油断しないように。今だって、敵国の密偵が、帝国に侵入して、色々と調べているぞ」
「そこは好きにさせればいい。敵国と裏で手を結ぶ貴族のあぶり出しをして、膿を出し切ってやるさ」
「………大きくなったな」
昔は大きいな、と感じたカイサルの手が、私の頭を乱暴に撫でた。
「あんたも年寄になったな。もっとこう、若くい続けようよ」
「まだまだ、やることが残ってる」
「そうだな、リオネットの責任、最後までとるんだぞ」
「あのな、俺にとっては、リオネットは娘だぞ。親は娘より先に死ぬんだ。責任なんてとらない」
「はいはい、わかったわかった」
いつものように、カイサルはリオネットを娘だという。聞き飽きたよ、それ。




