隠された幼い皇帝
私が皇族でない、と筆頭魔法使いハズスが告げあられてから、あっという間に一年が経った。たった一年の間に、色々とあった。
筆頭魔法使いハズスは亡くなり、見習い魔法使いヒズムが筆頭魔法使いとなった。
元孤児の皇族リオネットが、女帝となった。
何百年かぶりに敵国との戦争となったが、一か月もしないうちに、敵国は負けて、帝国有利の停戦協定を結ぶこととなった。
一年で、色々なことが起こりすぎて、女帝リオネットは大変そうだった。何せ、リオネットは、偽物の皇族だというのに、私のために、女帝にされたのだ。
私は一年前、筆頭魔法使いハズスの嘘によって、家族に捨てられた。ハズスは私を皇族ではない、と嘘をついたのだ。本当は、私は皇族で、しかも、かなり強い血筋を持っているという。ハズスは、私が育つにふさわしいか、私の家族を試したのだ。もし、私を捨てなかったら、私の家族は次期皇帝の家族として相応しい、となっていした。
しかし、現実は、私は捨てられ、私の家族は次期皇帝の家族として不合格となった。
この事実に、意外にも、リオネットは一年間、私の家族に交渉してくれた。
私はというと、様々なことが目の前で起きたため、家族どころではなくなっていた。最初の一か月は、本当に、大変だった。
家族に捨てられた私は、筆頭魔法使いの屋敷に閉じ込められた。出入りは、筆頭魔法使いの許可がないと出来ない。私は、本当の意味で閉じ込められた。
この屋敷、本当におかしい。使用人がドアを開けた隙に飛び出そうとしても、私は見えない何かにぶつかって、部屋から出られなかった。試しに、使用人に手を引いてもらっても、私だけは、部屋から出られない。
結果、私は部屋で大人しくするしかなかった。
部屋に来るのは、見習い魔法使いヒズムと、筆頭魔法使いハズス、あとは屋敷で働いている使用人たちだ。
ヒズムは毎日のように、部屋に来てくれた。皇族教育の内容を確認したり、他愛無い話をしたり、外はどうなっているかと教えてくれたりしてくれた。
ハズスは、だいたい、ヒズムがいる時に部屋にやってきた。だけど、ハズスは、私とヒズムのやり取りを見ているだけっぽい。
見ているのかどうか、わからない。だって、ハズスはいつも、目隠ししている。実は寝ているかもしれない。
閉じ込められてから一週間して、外が騒がしくなった。何があったんだろう、と勉強の手を休めて、聞き耳をたてた。
すると、激しい音をたてて、ドアがあけ放たれ、ぐったりとしたヒズムが連れ込まれた。私が使っているベッドにヒズムはうつ伏せに寝かされた。
後から、ハズスがやってきて、私をヒズムの元へと連れていく。
ヒズムは服を破られ、背中だけを晒していた。その背中に、皇族教育で習った、筆頭魔法使いの儀式で行われる焼き鏝の火傷があった。血が溢れ、肉が焦げているような見た目に、私は吐きそうになった。
「これで、ヒズムはあなただけの魔法使いですよ」
後ろから、私に囁くようにいうハズス。私の両肩を掴み、さらに、ヒズムに近づける。
「ヒズム、ほら、あなたの皇帝です。わかりますか?」
ぐったりしているヒズムは、苦痛で顔を歪ませていた。それでも、私が近くにいるのを目にすると、恍惚に笑う。
「はい、わかります。レオンこそ、僕の皇帝です」
ヒズムは震えながらも、私に手を伸ばしてきた。
どうすればいいかわからない僕の手をハズスがつかんで、ヒズムの手に触れさせる。すると、ヒズムは私の手を握り、そのまま、眠ってしまった。
呆然としていると、ハズスがベッド脇に椅子を持ってきて、私を座らせた。
「筆頭魔法使いが、真の皇帝に出会えるのは、奇跡に等しいです。一生涯、出会えないことがあります。私は、長く生きて、やっと見つけたのが、カイサルです。ヒズムは運がいい。一人目の皇帝が、ヒズムの真の皇帝だ」
「………」
どう、いえばいいのか、わからなかった。だって、私は妖精憑きでも、筆頭魔法使いでもない。言われても、わからない。感覚も理解出来ない。
戸惑っていると、ハズスは私から離れ、勉強机に広げた本を手にとる。
「随分、進みましたね」
「やることが、ないから」
外に出られない。出られたとしても、もう家族は私を受け入れてくれない。
真実を語れば、受け入れてくれるかもしれない。だけど、それは、違うような気がした。
冷静になれば、色々とわかる。皇族でない、と告げられて、私を受け入れたのは、元孤児の皇族リオネットただ一人だ。リオネットは、てっきり、私が皇族だと知っていて受け入れたと思っていたら、そうではなかった。受け入れた後で、真実を告げられて、筆頭魔法使いハズスと元皇帝カイサルを責めたという。私のために、私を捨てた家族を説得しようと頑張ってもくれた。
だから、わかる。真実を言って、家族に受け入れられても、空しいことだということを。
だけど、無条件で受け入れてくれたリオネットの元を私は離された。リオネットは女帝となったり、戦争の準備をしたり、と忙しくなったため、僕に手をかけられなくなった、とヒズムに言われた。そして、筆頭魔法使いの屋敷に軟禁だ。
ヒズムもハズスも、僕が最高の皇族の血筋だから受け入れてくれた。だから、捨てられないために、頑張るしかない。そう考えて、やることといったら、皇族教育を進めることだ。
私は、家族の元に居たころは、それほど、勉強はしなかった。両親も、兄も、勉強なんていい加減でいいんだ、なんて言っていた。私は、その通りにした。
結果、ヒズムの試験を受けて、最低点数をとった。ヒズムは、物凄く難しい顔をして、ハズスと話し合っていた光景は、恐怖だった。
名誉挽回したくて、頑張っていた。私はさりげなくいうが、必死だ。
「これまでの皇族教育は忘れていいですよ。一年で、ヒズムが皇族教育を全て教えます」
「そんな、たった一年で」
「出来ないのではなく、やるのです。大丈夫です、あなたには、それだけの能力があります。今は、ヒズムのことを見てあげてください」
そう言って、ハズスは僕が使っていた勉強道具一式を持って、部屋を出ていってしまった。
こうして、私のやる事はなくなった。私はただ、苦痛で苦しんでいるヒズムの傍らで座っているだけだ。ヒズムは私の手を離さないまま、意識を失っている。ずっと苦痛で顔を歪ませ、時々、夢うつつみたいにうっすらと目を開いては、私を見て、微笑んで、意識を失う、ということを繰り返した。
外が暗くなって、部屋にはうっすらと明りが灯される。空腹を自覚する頃に、ハズスが私の食事を持ってやってきた。
「後で、レオン用のベッドを運ばせます」
「ぼく………私が別の部屋で眠ればいいことだろう」
まだ、私は、”僕”といってしまうことがある。皇帝となる者は、”僕”と言ってはいけないわけではない。ただ、ヒズムもハズスも”私”と言うことを好み、強要してきた。捨てられたくないので、私と必死に直したが、まだ一週間程度なので、どうしても出てくる。
ハズスは私の手からヒズムの手を離す。そして、私を食事が並ぶ席に座らせる。
「ここ、ヒズムの部屋なんです」
「猶更、私は別の部屋に行くべきでは」
「私にも経験があります。カイサルを独り占めしたくて、私室で育てました。中身も外身も私に染め上げたくて、私だけのものだ、と匂い付けして、ずっと独占です。力の強い妖精憑きは、感性が妖精に近い。きっと、生まれ持った妖精も、こういう宿主である人に、こういう独占を持っているのでしょう。ヒズムは私の足元程度の実力ですが、やはり、力の強い妖精憑きです。この部屋にあなたを置いたのは、独占したいからです」
「だけど、ここに連れて来られた頃は、ヒズム、契約紋持ってなかったよね。あれがあるから、私が皇族だとわかるんだよね?」
矛盾を感じる。皇族を見分けるには、筆頭魔法使いの儀式で行われる、焼き鏝だ。あの焼き鏝で、背中に契約紋を火傷の痕という形で残し、皇族に絶対服従させるという。
ヒズムは、ハズスに私が皇族だと告げられただけで、何かを感じているわけではない。
「皇族の血筋には、謎が多いところがあります。この、契約紋で、皇族の基準とされているのは、リーシャという人です。リーシャがどうして選ばれたのか、大昔の書物は焚書されてしまったため、謎のままです。ですが、妖精憑きは、契約紋なしでも、皇族に何かを感じることがあります。カイサルがそうです。妖精憑きは、カイサルに強く惹かれます。それは、ヒズムも例外なく、カイサルに強く惹かれます。皇族の血筋については、レオンにも言えることです。皇族の血筋の発現具合は、実は、個人差があります。カイサルは、母親のお腹の中にいた頃には、強く発現していました。レオンは、つい最近でしょうね。それでも、十歳越える頃には、だいたいの皇族は発現します。だから、皇族の儀式は、十歳以上と決められています。契約紋は、ただ、帝国一の妖精憑きを皇族の血筋で縛るためのものです。血筋の濃さについては、契約紋の第二条件に出ています。第二条件では、皇族の血筋の濃さにより、従属具合が決められています。ですが、第一条件であるリーシャの血筋が優先されます。ここに、何かあるのでしょう」
「わからないんだけど」
バカだからかもしれない。ハズスの話がこれっぽっちも理解出来ないのだ。
「気にしなくていいですよ。カイサルだって、聞き流しているのですから。契約紋の謎など、知らなくても、生きていけます。ただ、最強の妖精憑きを従えさせられるもの、とわかっていればいいだけですよ。あと、皇族の血筋は、妖精憑きにとっては、何か特別に感じることを頭の隅にでも覚えておいてください。ヒズムは、契約紋を持つ前から、レオンのことを特別と感じています」
「わかった」
よくわからないことは省いて、都合の良いところだけを私は受け入れた。
ヒズムは筆頭魔法使いの儀式を受けてからしばらくは、意識を失ったり、戻したり、と繰り返していた。ヒズムは私を見ると嬉しそうに笑う。だから、私はヒズムの側にいるようにした。
熱があるようだから、濡れた布をこまめに濡らしなおしてあげた。けど、すぐに熱くなる。意識を取り戻すと、私の手を握りたがる。
「私の手、そんなに冷たくないよ」
ヒズムの手は物凄く熱い。
「はやく治るように祈ってください。それだけでいいです」
「わかった」
ヒズムがいうので、私はヒズムの手を握って、祈る。はやく痛いのがなくなればいい、と。
私の祈りが届いたのか、一週間で、ヒズムの熱は下がり、ベッドから立ち上がれるようになった。
「無理はしないように」
ハズスはヒズムの背中の火傷具合を見て、注意する。
「早く、レオンの魔法使いになりたい。離れていると、盗られてしまいそうで、心配になる」
「ずっと、ここにいるから」
私はヒズムの手を握っていう。ヒズムはそういうが、僕は行く所がもうないので、縋るしかない。ヒズムの手を離したら、きっと、僕のほうがダメなんだ。
そんな僕の内面が読めるのだろう。ハズスは口元に笑みを浮かべる。
「二人で、信頼関係をしっかり築きなさい。私は、リオネットと関係を深めてくる」
「良かったですね、ハズス様」
「どうだかな」
ハズスはリオネットを独り占めしているというのに、反応は微妙だ。もっと喜ぶべきなのに、そうではない。
「いいな」
でも、私は羨ましい。ついつい、口に出してしまう。それを耳ざとく聞いたヒズムが私の手を握って、引き寄せる。
「リオネットのこと、欲しいですな?」
「え、あ、意味、わからないけど」
正直にいう。ヒズムが言っている意味が、理解出来ない。
「レオンは、リオネットのことが好きなんでしょう」
「どうだろう。わからない」
それどころではないからだ。リオネットのことよりも、私自身のことで手一杯で、人への好意はどうでもよかった。
どう、ここから捨てられないようにするか、そこだけが重要だった。
だけど、やっぱり、俺のことを見返りもなく受け入れてくれたリオネットは、特別なんだろう。ついつい、リオネットが閉じ込められている部屋のほうを見てしまう。その部屋に入れるのは、ハズスだけだという。リオネットは、その部屋に閉じ込められ、ハズスだけのリオネットになっているという。
「もう少し待てば、リオネットをレオンが手に入れられますよ」
「だから、よくわからないって」
「もうすぐ、ハズス様は死にます」
「っ!?」
とんでもない話だ。あの力の強い妖精憑きだというハズスが死ぬなど、誰も想像すらしていない。百五十年以上生きているという化け物だ。死なないと思っていた。
「ハズス様が死にましたら、リオネットの後ろ盾はなくなります。リオネットは、偽物の皇族です」
「………そうなの? だって、皇族の儀式は通ったって」
「ハズス様は、リオネットを手に入れるためだけに、偽物の皇族にしたんです。リオネットを皇族にして、女帝にして、堂々と皇帝の儀式で閨事をして、今は筆頭魔法使いだけが使えるという、執着がある者を閉じ込める部屋で逢瀬ですよ。あの部屋に閉じ込められた者は、歪みます。筆頭魔法使いが望む通りになる者もいれば、ただ外に出ようという欲求だけを無くすだけで終わる者もいます。その時にならないとわからない事ですが、リオネットは、ハズス様の望む通りに歪んだと聞いていますよ」
「その割には、ハズスは喜んでいないな」
「そこが、僕もわからない。僕も、異性をそういうふうに好きになったことがないですから」
「ええ!?」
驚いた。いい年齢の大人のヒズムは、そういう経験がないという。
「おや、もしかして、レオンはもう、異性への恋愛感は経験済みですか?」
何故が、目が怖くなる。あれ、もしかして、大変なこと言っちゃった? でも、初恋とか、今更だろう。
「そりゃ、あるさ。ヒズムがないほうが驚きだ。こんなに見た目がかっこいいのに、女のほうが放っておかないよね」
「そういうのは、よくわかりません。物心ついた頃から、見習い魔法使いですから」
「遊んだことは?」
「僕は筆頭魔法使いとなるべく育てられたのです。未来は決まっています。遊びなんて、必要ないことです。むしろ、邪魔です」
「………」
心底、そう思っている顔だ。それが、普通なのだろう。
リオネットのことをついつい思い出す。リオネットはどうだろうか。私は、ヒズムの手を握っているのに、頭の中はリオネットのことばかり考えてしまう。
もっと、目の前に集中しないといけない。もう、私には行く場所がない。私はヒズムの手を握る。ヒズム、魔法使いなのに、手は剣とか握っていたのか、硬い。
「あなたの願いは、僕が叶えてさしあげます」
ヒズムは子どもの私でも、妙な気分にさせられるほど、色香のある笑顔を浮かべ、意識を失った。
ヒズムは筆頭魔法使いの儀式をしてから一か月後に、戦争に行ってしまった。最強の妖精憑きハズスが死んだというのに、これっぽっちも、悲観がない。
いや、リオネットだけは、悲しんでいる。
リオネットは、ハズスが死ぬまで、部屋に閉じ込められていたという。ハズスは、リオネットを道連れにして死のうとしていたが、最後まで、リオネットを殺せなかった。
そして、リオネットが女帝となってから、私はリオネットが眠るベッドで就寝することとなった。
ものすごく、緊張した。私は子どもといったって、それなりの年齢だ。親兄弟と寝ることだってない。もういい年齢なんだから、と私は一人寝を出来るようにされていた。
だから、リオネットと眠るのは、本当に緊張しかなかった。ガチガチだ。なのに、リオネットはそうではない。
「子どもは柔らかくて、いいですね」
異性ではなく、子ども扱いだ!! 私を抱きしめて、すぐにリオネットは眠ってしまった。緊張している私は、ガチガチでも、リオネットにとっては柔らかいんだって!!!
そういうけど、リオネットだって、柔らかい。こう、その、胸とか。あと、なんだか、いい匂いがする。つい、子どもという理由を心に言い聞かせて、私はリオネットに思い切ってくっついてみれば。
「うわっ」
リオネットがさらに抱きしめてきた!! もう、無意識でも、私のことは、完全に子ども扱いだ。
だから、バカバカしくなって、私は大人しく、寝た。その一緒の就寝は、でも、すぐに一人寝になる。
リオネットは女帝であるのに、戦争に出ることとなった。
それを聞いて、私はリオネットを止めに行く。
「女は戦場に立たなくていいと聞いた。リオネット、行くな!!」
もう、戦争に行く直前だった。リオネットが戦争に行くと聞いたのは、今日の朝だ。隠されていたわけではない。私に話す必要がないから、話されていなかっただけだ。
ヒズムも酷い奴だ。昨日まで、普通に過ごしていたというのに、今日の食事の時に、世間話でもするみたいに、普通に話すのだ。
「リオネットが、そんな危ない場所に行く必要なんかない!!」
「もう、心配いりませんよ。前線に立つのは、カイサルですから」
元皇帝で、一度は皇位簒奪により、教皇長という閑職に追いやられた皇族カイサルが着いて行くという。
カイサルは、亡くなった最強の妖精憑きハズスが育てた皇帝だ。目的のために、両腕を失うことも厭わない。その両腕も、大昔の失われた技術である義体の義手を装着することで、普通に過ごしているという。一見すると、何の障害もないように見える。
何より、カイサルは文武両道だ。頭もよく、腕っぷしもあるという。年齢差はあるが、男だ。
「だったら、私も一緒に行く!!」
私はリオネットの腕にしがみついた。
「私が一緒なら、リオネットが怪我をすることはない!!!」
言っていて、いい案だと思った。リオネットは、偽物の皇族だ。ヒズムの妖精が付いていないので、守りがない。
「そんな、一人寝は寂しいからって、戦場にまで来なくても」
しかし、リオネットは勘違いした。私の思いなんて、全然、届いてもいない。仕方がない。私は子どもなんだ。
微笑ましい、みたいに見下ろしてくるリオネット。
「大丈夫ですよ。わたくしの側にはヒズムがいますから。どうせ、最後はヒズムが敵国の兵士を燃やしてしまうのですよね」
「筆頭魔法使いとしてのお披露目としては、いい場所です。お任せください、リオネット様」
どこか色香のある微笑みを浮かべるヒズム。見ていると、勘違いしてしまう。ヒズム、本当にリオネットのこと、これっぽっちも異性として見てないよな!?
結局、私が我儘を言って離れないような扱いをされた。ヒズムに抱き上げられ、部屋に戻されてしまう。
「心配いりません。リオネット様に、不埒な男が近づかないように、きちんと目を光らせておきますから」
「ヒズムは、リオネットのこと、どう思ってるんだ?」
「………そんな、僕にまで嫉妬するなんて、悲しいです」
最初、呆然となったヒズムは、僕の内面を知って、悲しいとばかりに顔を歪める。仕方がないだろう、お前、いい男なんだから。
私が物凄く不機嫌になっているからか、それとも、そうしたいのか、ヒズムは私を力強く抱きしめる。
「失格紋がなくなっていなければ、カイサル様を暗殺してさしあげたのに」
「ちょ、そんなこと、これっぽっちも願ってないよ!!」
とんでもないことを言うな、この男!? 笑顔で人を暗殺することを言うんだから、迂闊なこと言えないよ!!
ヒズムは穏やかに笑って、私を離した。
「カイサル様はもう、孫までいる年寄です。若い分、レオンのほうに軍配があります。僕が必ず、レオンの想いを叶えてみせます」
「い、いや、叶えなくていいから。ほら、こういうのって、ちょっとした熱病みたいなものだって、聞くし」
「皇族は病気をしませんよ」
「例えだよ、例え!!」
この生真面目な男は、妙な所で、生真面目に返してくるんだよね。本当に、迂闊なことが言えない。
でも、リオネットをそのまま、戦争に連れて行かれるわけにはいかない。私は往生際悪く、部屋を出ていこうとしたのだけど、出れない。
「ヒズム!!」
「すぐに戻りますから、待っていてください。お願いします」
ヒズムの魔法で、私は部屋から出れなくされてしまった。
結論からいうと、筆頭魔法使いがいる帝国が、戦争で負けるはずがないのだ。最初の数日は、人対人で戦う。敵国は科学の力、とやらを使って戦争をする。遠くからでも人を殺せる武器を使う、と勉強した。帝国は、剣を使った接近戦だ。分が悪い。だけど、遠くからの攻撃は、帝国所有の魔法使いが全て防いでしまうのだ。結果、敵国も接近戦をしなければならない。
そうして、人対人で消耗戦をするけど、帝国は、敵国の戦力を確認すると、魔法使いが前線に立つのだ。
今回は、筆頭魔法使いのお披露目、ということもあって、ヒズム一人が前線に立ったと聞いている。
ヒズムは百年に一人生まれるか生まれないかの妖精憑きである。現在、帝国が所有する妖精憑き全てが攻撃しても、ヒズムには勝てないというほどだ。それでも、亡くなった最強の妖精憑きハズスの半分も実力がないと聞いた。
だけど、現在、最強の魔法使いヒズムは、見渡す限りの敵陣を、業火で燃やし尽くしたという。荒地だから、水なんてない。人はどんどんと燃やされ、助けてくれ、と叫び、帝国の陣に向かってくるも、途中で息だえて、という光景は、壮絶だったと、語り継がれた。
そんな壮絶なことをやらかしたヒズムに、私は聞いてみた。
「僕の妖精憑きの力が弱くて、一瞬で消し炭に出来なかっただけです。恥ずかしいから、聞かないでください」
壮絶な光景で、戦争に参加した者たちは、ヒズムの攻撃は、武勇伝にされるほどだというのに、当のヒズムにとっては、恥だという。
「ハズス様でしたら、一瞬で消し炭だったのですけどね。火力が足りなくて、すみません」
ヒズムのことも、気を付けよう。この男、力はハズスに比べれば弱いというが、考え方は、ハズスと同じなんだろう。力ある妖精憑きは、扱いを間違えると、大変になる。
「次の戦争では、レオンと一緒に行けますね。レオンの雄姿が見れるのが、楽しみです」
物凄く目をキラキラさせていうヒズム。
「停戦って、そんなに短いの?」
以前の停戦は、物凄く長かった。何せ、停戦期間は、あの最悪の妖精憑きの寿命だ。あまりに長かったので、次もそれなりに長いと思い込んでいた。
「今の帝国は、隙だらけです。もっと、気を引き締めてもらわないといけません。帝国民同士で足の引っ張り合いなんかされたって、迷惑なだけです」
怖い笑顔を浮かべていうヒズム。この綺麗な男の頭の中は、一体、何を考えているのやら。だけど、この男に縋っていくしかないんだよな、私は。
久しぶりに側に来たヒズムに私は抱きつく。
「おかえり、ヒズム」
「ただいま戻りました。あなたが皇帝のとなるまで、離れません」
ヒズムは力強く、私を抱きしめてくれた。




