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皇族姫  作者: 春香秋灯
教皇長の皇族姫-戦争万歳-
74/353

偽物の役割

 ハズスの葬儀などない。さっさと筆頭魔法使いヒズムによって燃やされて終了だった。本当に、呆気ない別れでした。

「もっと、こう、何かやらないのですか? 百五十年以上、帝国のために働いたのですよ」

「そのために、権利がある。ハズスは随分と、我儘し放題だった。俺を皇帝にするのも、ハズスの我儘だ。俺が皇帝となった時なんか、先帝が抵抗して、大変だったんだ。仕方なく、皇位簒奪で、皇帝となったんだ」

「皇位簒奪って、巡るのですね」

 燃やされるハズスは、あっという間に消えてなくなった。骨も残らない。燃える時は花の香りまで放っていた。そういうものを見て、感じていると、これからのことが、どうでもよくなってきた。

「それで、いつ、わたくしを殺すのですか?」

 いくら、ハズスがわたくしを道連れに殺せなかったからといって、このままで終わるはずがない。

 わたくしは色々と知りすぎている。なにより、偽物の皇族だ。このまま生き残らせるのは、危険なことだ。だったら、理由をつけて殺して、口封じしたほうがいい。

「こんな時に、そんな話をしなくていいだろう」

「もう、わたくしの庇護者であるハズスが死んだのです。だいたい、女帝にしたのだって、ハズスの我儘です。ハズスがいなくなったら、わたくしが女帝でいる必要はありません。わたくしを殺して、カイサルが皇帝に返り咲けばいいことです」

「そうだが、俺の失格紋の問題が解決していない」

 そういう話だった。カイサルは一度、皇位簒奪をされた時、両腕を斬りおとされるだけでなく、筆頭魔法使いの加護を失わせる失格紋の焼き鏝を背中に押し当てられたのだ。そのため、筆頭魔法使いの妖精の守りを失ってしまった。

「背中、見せてください」

「こらこら、年頃の娘が、こんな所で、何をいうんだ」

「見せてください」

 わたくしはカイサルを睨んだ。

 カイサルは苦笑して、上の服を脱いで、背中を見せてくれた。

「やはり」

 カイサルの背中にあった、失格紋は綺麗になくなっていた。

「いつ、気づいた?」

「ハズスなら、綺麗に治せるのではないか、と疑っていました。ヒズムでしたら、不可能だと思いましたが」

「ヒズムでは出来なかった。ハズスも実は出来なかったんだ。ところが、寿命が尽きる直前に、ハズスは俺の失格紋を持っていったんだ」

「治したのでは?」

「魔法使いは、寿命が尽きる頃に、聖域の穢れを持てるだけ持って死ぬんだ。そのついでに、ハズスは、俺の失格紋を持っていったんだ。燃えてしまって、証明はしようがないが、ハズスの背中には、契約紋に重なるようにして、俺の失格紋が刻まれているのを俺とヒズムは確認した。消すことは不可能だったが、移し替えることは出来たんだ。そういう方法を口伝でハズスは知っていたが、隠していたんだ」

「何故ですか?」

「本当は、治す方法もあったが、妖精の格が足りなくて出来ないことが、恥ずかしかったんだと」

 妖精憑きは自尊心が高い。ハズスもそうです。だから、出来ない、という事を隠したかったのだ。

 聞いてしまうと、呆れるしかない。本当に、ハズスは百五十年以上生きているというのに、妙なところで子どもだ。

「良かったですね。これで、あなたは皇帝に戻れます」

 失格紋があるから、皇帝に戻れなかった。だけど、それも綺麗になくなれば、立派な皇族です。

「ひと思いに、苦しくないように、殺してくださいね」

 これで、カイサルがわたくしを殺せば、完璧だ。

 カイサルから失格紋を奪ったハズスの考えは、手に取るようにわかる。ハズス自身の手ではわたくしを殺せないから、カイサルに殺させようとしたのだ。失格紋がなくなれば、皇帝として育てられたカイサルは、皇帝に戻るしかない。そう、ハズスに教育されている。皇帝に戻るためには、女帝となったわたくしを殺すしかない。

 ハズス、どこまでも気持ち悪い男だ。心底、そう思う。

「もう、ハズスに振り回されるのはやめた」

「どういうことですか?」

「もう、皇帝にはならない。両腕まで斬りおとして、片目をえぐって妖精の目という魔道具にいれかえて、何もいいことがない。皇帝、皇族としては、正しいことだが、それだけだ。うんざりだ」

「そんな、無責任ですよ!! わたくしはどうなるのですか!? わたくしは、偽物の皇族なのですよ」

「そこのところをヒズムと改めて、話し合おう。俺はこの件から降りた。大丈夫だ、きちんと後ろ盾にはなってやる」

 孫までいる年頃だ。カイサルは疲れたのだ。

 激情のままに動いていた若い頃とは違う。側で支えていたハズスがいなくなり、何か抜けてしまったのだろう。

 だからって、わたくしに全部丸投げみたいなことはやめてほしい。

 お陰で、ハズスの死を悼んでられなかった。




 秘密裡のハズスの火葬が終われば、宰相や大臣たちは大忙しだ。これから、戦争準備です。敵国は戦争したいばかりだから、帝国も忙しい。何百年ぶりかの戦争だから、帝国でもやり方を忘れてしまっている。

 古い記録を持ち出したり、これまで続けられた訓練を見直したり、やることがいっぱいだ。とても、偽物の皇族問題なんか、構っていられないだろう。

 そして、わたくしを偽物の皇族だと証明できる唯一の人である筆頭魔法使いヒズムと話すこととなった。

 ヒズムが話し合いの場に選んだのは、皇帝の私室だった。そこに、次の皇帝として選ばれた皇族レオンも同席させられた。

「こんな子どもに聞かせる話ではないでしょう」

「すでに、レオンにはあなたのことも話してあります」

「まだ、十も満たない子どもに、そんなことして、可哀想です」

 ハズスの嘘によって、家族に捨てられたレオンに、随分なことをするヒズム。いくら、将来は皇帝に、とハズスとヒズムが考えてのことだ、と言ったって、レオンはまだまだ幼い。

 だけど、一か月、わたくしがハズスに閉じ込められている間、レオンの顔つきはすっかりかわっていた。記憶の中では、何かに頼っていないと生きていけなかったような子どもだったというのに、目の前にいるレオンは、色々と経験した顔立ちだ。幼いのに、精神が成長してしまっている。

「それで、今後はどうするのですか? あなたは、カイサルにも随分となついていましたよね。もちろん、カイサルを皇帝にするのですよね?」

 カイサルは妖精憑き誑しだ。妖精憑きを引き寄せるなにかがあるという。だから、教会でも、カイサルは一目置かれる存在だ。

 あまりに妖精憑きに好かれるため、皇位簒奪された時、処刑が出来なかったのだ。カイサルを処刑すれば、帝国は滅んだだろう、といわれるほど、帝国中の妖精憑きが反乱を起こしたのだ。

「カイサル様は、ハズス様の皇帝です。僕の皇帝は、レオンです。だから、カイサル様を皇帝位にはつけさせません」

「もしかして、寿命の問題ですか? カイサルは、孫までいるほど、高齢ですものね。レオンが皇帝となる適齢期まで、生きていないかもしれませんね」

 妖精憑きなので、ヒズムもカイサルの寿命がわかるはずだ。レオンがまだ幼いうちに、カイサルが寿命を迎えてしまっては、レオンを皇帝にするのは難しくなる。

「そういう問題ではありません。カイサル様を僕の皇帝にするのをハズス様は許しませんし、僕も嫌です」

「そんな子どもっぽいこと言わないでください。カイサルは皇帝となるべくして育てられた人ですよ。仕事が出来ます。何より、失格紋の問題も解決されています。これから戦争なのですから、そんな、子どもじみた理由でカイサルを拒絶しないでください」

「仕方ありません。そういうところは、妖精に引っ張られてしまいます。見えている世界が違うのですから、仕方がありません」

「だからって、カイサルを皇帝にするのは嫌だなんて。カイサルは立派な皇帝だったのですよね。周りはカイサルが皇帝であったほうがいい、と考えているでしょう。だから、十年も、辛酸を舐めたのですよ」

 皇位簒奪されたカイサルを慕った貴族たちは、カイサルが皇帝となることを望んでいるはずだ。こんな、元孤児の女を女帝にしたいはずがない。

「そこのところ、すでに話はついています。貴族たちは、あたが一時的な女帝でかまわない、と」

「それは、戦争が終わるまでですか?」

「いえ、長くて十年は女帝でいてもらいます。レオンが立派な皇帝となるまで、あなたは女帝です」

「長すぎます!! そんなのに付き合ってられません。もう、わたくしを解放するなり、口封じするなり、してください!!!」

 皇族となって、約二か月、生きた心地がしなかった。それを十年も続けろなんて、とんでもない話です。そこまで、わたくしは図太くない!!

「しかし、レオンはまだ幼い。皇帝となるには、まだ早すぎます」

「だから、立派な皇族がいっぱいいるではないですか!? 仮の皇帝を立ててください」

「皇帝位の移譲を拒否されたらどうするのですか?」

「皇位簒奪させればいいではないですか。カイサルだってしたと言ってましたよ!!」

「教会でシスターをしていたあなたから、そんな悍ましい話を聞くこととなるとは」

「毒されたのです!!」

 皇族の世界に入って、色々とあり過ぎました。教会での十年間は、本当に平穏でした。まあ、時々、カイサルを狙う暗殺に巻き込まれましたけどね。

「外では、もっと助けが必要な人たちが大勢います。それなのに、ここでは、貴族や皇族が安穏と生活しながら、人を手足にして殺し合いをさせています。こんなの、自業自得です!! 戦争だって、帝国の不満を外に向けさせるための方法です。そんなこと、知りませんでした」

 皇族となって、知りたくもない真実を知って、うんざりする。これを十年続けることなど、わたくしには無理だ。

「そんな、僕は、どうすればっ」

 わたくしの拒絶に、泣き出したのはレオンでした。まだ幼いレオンには、味方といえば、わたくしとカイサル、筆頭魔法使いヒズムです。最強の妖精憑きハズスも味方といえば味方でしたが、もうこの世にはいません。

「どうしよう、ヒズム!!」

「リオネット様、こんな小さい子の前で、随分と酷いことを言って」

 うわっ、嵌められた!!

 ヒズムはわざと、レオンをこの場に置いたのだ。皇帝となるための勉強、なんて表向きです。わたくしの情に訴える道具として、レオンを使ったのです。ヒズムもすっかり腹黒すね!!

 孤児院時代から、わたくしは弱者の味方です。孤児院でも、乳幼児の面倒をみて、守っていました。教会に引き取られてからも、わたくしは孤児院の監視役となって、弱者救済をしてきました。

 だから、泣いているレオンを見捨てられません。

「もう、レオンは席を外してください!!」

「そうしたら、僕は見捨てられるんだ!?」

「っ!?」

 まさしくそうだから、言い返せない。レオンが見ていない所で、わたくしは逃げたい。

 レオンはわたくしの横に移動して、わたくしに縋りつきます。

「怖くて、寂しくて、一人で眠ることも出来ない!! 家族に捨てられた僕は、皇帝になるしかないのに、そんな自信なんかない!!!」

「大丈夫です。ヒズムがしっかり、あなたを皇帝になれるように、教育してくれます。体術だって、剣術だって、ヒズムが教えてくれますよ」

「だけど、頑張っているのに、いつまでも、点数が悪いんだ。きっと、僕はヒズムにも見捨てられる!?」

「皇帝となる器をハズスにも認められています。百五十年以上生きたハズスが、ぜひ皇帝に、と選んだのです。あんなに長生きしていて、たった二人ですよ。自信を持ってください。やっていけます」

「でも、これっぽっちもわからないんだ!! 次も悪い点数だったら、ヒズムに嫌われる!?」

 すっかり、レオンはヒズムに依存しています。ヒズムを見れば、とっても嬉しそうに笑って見ています。

「ヒズム、卑怯ですよ」

「何のことですか?」

「わざと、レオンにまだ早い教育をしていますね」

「そうなの!?」

「そうです。そうして、あなたがヒズムに依存するように、誘導しているのですよ」

 ヒズムを見ていれば、企みがわかります。出来ない、とわからせ、心を折って、レオンをヒズムに依存させようとしています。わたくしがハズスによって一か月監禁されている間に、とんでもないことをしていますね。

「さすがハズス様が愛するリオネット様です」

 あっさりと認めるものだから、レオンの中でのヒズムの認識は変わる。レオンはわたくしに縋りついた。やっぱり、こうなってしまうのね!!

 ヒズムにとって、真実を暴露されようと、隠されようと、どちらでもいいのだ。どちらに転んだって、わたくしはレオンを見捨てられない。わたくしに必死にしがみつくレオンを振り払えないのだ。

「ヒズム、十年です。十年経ったら、わたくしを解放してください」

「ええ、もちろん、新しい身分を用意して、解放してあげますよ」

「期待しないで待っています」

 生きて解放なんてあり得ない。わたくしは十年後、殺されることを覚悟して、受け入れるしかなかった。




 その日から、わたくしはレオンと眠ることとなった。一人で眠るのは怖い、と言っていますし、わたくしにだって役得があります。

 レオンは、顔を真っ赤にして嫌がりました。

「そんな、もう、僕は一人で寝る年頃だ!!」

「いいですか、わたくしは偽物の皇族です。一人で眠っていたら、暗殺とか成功してしまうのですよ。それも、あなたと一緒に眠っていれば、ヒズムの妖精がついでに守ってくれます」

「まさか、これまでは、誰か皇族と一緒に寝てたのか!?」

「いつ死んでもいい立場でしたので、そんなことしません。ですが、わたくしは十年、生きなければいけません。だったら、本物の皇族の側で過ごすのが一番です。日中は、カイサルがいます。ですが、さすがに就寝では、カイサルと一緒というのは、わたくしが嫌です。就寝だけ、レオンが守ってください」

「僕が、守る?」

「そうです。あなたがわたくしを守るのです。わたくしは皇帝位を守りますから、あなたはわたくしの眠りを守ってください」

 相手はまだまだ子どもだ。十年という年齢差だってある。わたくしから間違いを侵すことはない。レオンだって子どもだから、変なことなんてしないだろう。

 そうして、わたくしとレオンは、妙な共生関係を結ぶこととなった。

 レオンは、わたくしの前で言った泣き言は本当だったみたいだ。一人は怖いらしく、わたくしが抱きしめてあげれば、すっと眠った。

 わたくしもすぐ眠れるかというと、そうではない。レオンは、眠ったが、泣いていた。家族に捨てられて、一か月は経っている。

 家族だけではない。少し前まで、仲間だと思われていた皇族の子どもたちにも見捨てられたという。調べてみれば、レオンは、家族の部屋だけでなく、知り合いの部屋を転々としていた。そして、全て、拒絶されたのだ。

 そうして、暖かく受け入れたのは、わたくしだけだった。

 まだ幼い子どもに、とんだ試練です。そんなことを平気な顔をしてやってしまえるのが、妖精憑きです。怖い怖い怖い!!

 しばらくして、レオンは落ち着いて、深い眠りに入りました。それを確認してから、いったん、部屋を出ました。

 カイサルは相変わらず、教皇長の肩書を持ったままです。皇帝の補佐となって、戦争の準備をして、と大忙しです。だから、私室では、ぐったりとソファに倒れこむようにして座っています。

「ハズスが抜けて、大変ですね」

「リオネットがいう通り、俺たちは、随分と、ハズスに頼り過ぎたんだな。反省してる」

「お手伝いすることはありますか?」

 わたくしは教皇長の側仕えの頃からしている癖が出て、お茶を出した。カイサルは、当然のように飲む。

「ほら、大丈夫だ」

「そういうつもりでお出ししたわけではないのですが」

 カイサルが口をつけたお茶が、わたくしへと戻ってくる。カイサルは失格紋がなくなったので、ヒズムの妖精によって、口にするもの全てが無害となります。これ、毒見させているようなものです。

「何か聞きたいことでもあるのだろう」

 さすが皇帝として育てられた男です。わたくしはわざわざ、起きてカイサルを待っていました。子どもの体温は、良い睡眠誘導です。眠らないようにするのは大変でした。

「カイサルは、家族には会ったことがあるのですよね?」

 ハズスの話では、カイサルは家族とそれなりに会っているようだった。しかも、産みの母親は、真実を知って、大変そうなことを言っていた。

 わたくしはもう一つ、お茶をカイサルの前に置いた。カイサルは、それには手をつけないで、見下ろした。

「大したことではない。俺はな、五歳になるまで、ハズスに隠されるように育てられたんだ。ハズスがいうには、俺が一歳になるまで、家族に機会を与えていたんだ。それを拒絶したのが、産みの母だ。父は情のある人で、俺を引き取ろうとしたんだが、母が激しく拒絶したため、出来なかった、と後で言われた。そのことは、ハズスも言っていたから、信じた。だが、五歳で家族に戻るか、と言われると、そんなことは不可能だった。俺は五歳までに、ハズスから、それなりの教育を受けていた。別に家族を恨むとか、そういうことは教えられなかった。ただ、真実を教えられただけだ。

 だが、産みの母にとっては、そうではない。真実を知って、母は俺を取り戻そうとした。祖父母や、父が止めても、母は狂ったように俺に手を伸ばしてきたんだ。当時は恐怖でしかなかった」

「大変な目にあったのですね」

 想像できないけど、カイサルが恐怖に引きつったような顔をしているので、相当なものだったのがわかる。

 そして、一年後、カイサルと同じ経験をレオンはするのですよね。レオンの真実は、一年後の皇族が集められる食事会で暴露することが決まっています。

「今は、どうしていますか?」

 実は、誰がカイサルの家族なのか、見当もつかない。顔立ちが似ているとかいっても、皇族は遡れば血縁です。見分けはつきにくいと思います。

「母はもうこの世にいない。父は完全に他人という態度だから、わからないだろう。兄弟姉妹も同じだ」

「よく、産みの母は引き下がりましたね」

「下がらなかったから、当時の皇帝が殺したんだ」

「っ!?」

 恐ろしい真実に、わたくしは言葉も出ない。

「当時の皇帝は、ハズスに狂っていた。ハズスがちょっと願えば、俺の産みの母くらい殺すだろうな。産みの母はハズスにつかみかかってきたから、殺されたんだ」

 元は妖精の悪戯だ。ハズスはカイサルの家族を試すためだけに嘘をついた。その嘘のせいで、カイサルの産みの母が死ぬこととなった。

「俺は、ハズスに育てられたからな。目の前で産みの母が殺されても、情なんて湧かない。むしろ、恐怖しかなかった。あの恐ろしい形相で、俺を取り返そうと向かってきたんだ。母親とは恐ろしいものだ、なんて認識してしまったよ」

「そ、そうなりますよね」

 カイサルのことを気の毒に、なんて思ってはいけない。カイサルはまず、家族というものを知らない。知っているといっても、情報としてだけだ。

「来年の食事会も、大変だろうな。俺の時と同じようなことが起こるのは必至だ。今度は、誰が止めるのやら」

「レオンが戻りたい、と言ったら、どうすればよいですか?」

「言わない。ヒズムが言わせないように教育する。一年もあれば、十分だ」

「そんなの、レオンが可哀想です! レオンの選択肢を奪っているではないですか!?」

 帝国のため、というよりも、妖精憑きのためだ。レオン自身のことなど、誰も考えていない。

 一年後、カイサルはレオンの家族に問題を起こさせて、処刑するつもりだ。そうすれば、やっと、ヒズムはレオンを取り返される心配をしなくてすむ。

「皇帝はもうやめる、と言っていましたよね」

「俺はやめたい。が、リオネットを見捨てるわけにはいかない」

「わたくしの、ため?」

「そうだ。ヒズムはよくわかっている。リオネットを女帝にすれば、俺がついてくる。いくら家族を捨て石にした俺でも、十年も側仕えとして側にいたリオネットを見捨てられない。それほどの情を俺はリオネットに持っているんだ。一年後、レオンの家族を始末するのは、俺だ。リオネットは、俺が守ろう」

 そう言って、カイサルはわたくしを力いっぱい、抱きしめた。

 わたくしはただ、抱擁を受けていたかった。ハズスの時だって、そうだ。なのに、カイサルの背中にわたくしは手を伸ばした。

「知っていますか? わたくしの初恋は、カイサルですよ」

「知らなかった」

「でも、その前は父親です。両親が大好きな子どもは、将来は両親と結婚する、というそうです。わたくしも、そうでした」

「そうか」

「十年後、わたくしを殺してくださいね」

「………」

 どうやら、カイサルもまた、ハズスと同じで、わたくしを殺してくれないようです。

 わたくしを殺すことなど、ヒズムだって簡単です。妖精憑きですから、楽に殺してくれるでしょう。その内、お願いしよう、なんて頭の片隅で考えていました。




 魔法使いは幼い皇帝を守るため、孤児に発現した皇族姫を女帝に立てました。

 皇族姫は女帝として、幼い皇帝を守りました。

 そして、大きくなった皇帝に、皇族姫は皇帝位を譲りました。

 皇族姫は、女帝として慕う者が多かったため、失格紋の儀式を受けようとしました。

 ところが、皇帝はそれを許しませんでした。

 皇帝は皇族姫の前に跪きました。


 どうか、私の妻となり、一緒に帝国を支えてください。


 皇族姫は断りましたが、皇帝は諦めません。

 皇族姫を閉じ込めてしまい、一生、外に出しませんでした。

ここで、教皇長の皇族姫は終了です。最後まで、酷い話でした。救いないですよね、本当に。

この後、外伝を一つ書ければいいな、という感じです。流れは決まっていますが、書けるかどうかは、その日の気分です。

良かったら、応援、よろしくお願いします。励みになります。

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