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皇族姫  作者: 春香秋灯
教皇長の皇族姫-戦争万歳-
73/353

筆頭魔法使いの役割

 最後に、筆頭魔法使いハズスの魔法を見せられ、敵国側は一か月後に会談をし直すことを要求した。帝国側から提示した草案をその場で受け入れるわけにはいない、というもっともな理由からだ。

 このまま、戦争ではなく、新しい停戦協定の結びなおしになりそうです。帝国上層部の思惑とは別の方向に向かっているので、わたくしはカイサルに尋ねました。

「このまま停戦協定で終わりそうですが、いいのですか?」

 戦争を始めたくても、敵国はどうしても戦争を仕掛けてこない。ちょっと会談で話していればわかる。最悪妖精憑きハルトの生死は、敵国には脅威なのだ。

 さらに、言い伝えというよりも、すでに伝説ではないか、と言われる妖精憑きの力を目の前にで披露され、敵国側は及び腰となっている。

 皇帝の私室に戻ると、カイサルはだらけたようにソファに座った。わたくしの問いに、面倒くさそうな顔をする。

「戦争は絶対ではない。出来るといいな、程度だ」

「そのために、両腕を失ったというのに?」

「両腕は失ったが、リオネットのお陰で、こうして、義体の両腕として戻った。良いこともある」

「貧民では、五体満足は珍しいのです。両腕を失ったことを良いこと、と言ってはいけません」

「こういうのは、神の導きだ。両腕を失ったことで、リオネットと出会えた。何かあったんだろう。それを悪い方向に見てはいけない」

「………」

 こんな時ばかり、教会の教えを口にするカイサル。そうして、両腕を失った現実に折り合いをつけたのだろう。

 カイサルの目論みがわからない。どうにかして、戦争を敵国から起こさせようとしているけど、このままでは、停戦協定の作り直しで終わる。

 でも、見方によっては、それもいいのかもしれない。敵国であっても、同じ人だ。シスターだったわくたしとしては、争いで人が死ぬよりも、話し合いで人が生きるほうがいい。

 そう考えると、良い方向に向かっているという事実が嬉しくなる。

「いい顔だ」

 いつの間にか、ハズスがわたくしの後ろに立っていた。もう、そこがハズスの定位置のようになっていて、わたくしは抵抗がない。後ろから抱きしめられる。

「いつも思うのですが、どうして、後ろに立つのですか? 最初は、恐怖でしかありませんでしたよ」

「獣は、背中を見せられると安心するといいます。私はリオネットにとって、獣なのですよ」

 そう言って、強く抱きしめるハズス。それから先は、何もしない。わたくしは抵抗すらしないというのに、ハズスは百五十年以上生きているというのに、随分と奥手だ。

「会談は無事、終わりましたね」

「もう、疲れました。相手が出す飲み物や食べ物に手をつける時なんて、恐怖ですよ」

「私や魔法使いがいる前で、毒や薬は意味がないですよ。今頃、妖精の復讐を敵国は受けているでしょうね」

 敵国側では、会談の裏側は、大変なこととなっているのでしょう。妖精の復讐なんて、話でしか知らない言葉だ。

「ということは、何かされていたのですか!? 本当に、どっちが野蛮ですか!!」

「少し判断力を狂わせる程度の薬ですよ。ちょっと眠くなったりするのでしょうね」

 とんでもないな、敵国!! 敵国が帝国の食べ物や飲み物に手をつけないわけだ。だって、敵国が出した食べ物や飲み物には何かされていたのだから。本当に酷い。

「先帝の頃は、どうしていたのですか?」

「その頃は、何もしていませんでした、と報告を受けています。お互い、良い関係でしたからね」

 貴族が敵国と手を結んでいたのだ。その貴族と先帝は仲良しだった。だったら、会談の場では仲良くして、内乱を起こさせるほうがいいに決まっている。先帝は、敵国にとって、都合の良い皇帝だったのだろう。

 そして、現在の皇帝陣は、読めないので、敵国はとりあえず、薬で操作しようとしたわけだ。皇位簒奪されたカイサルがいたのも、警戒心を高めたのだろう。

 そういうことも読んでのカイサルである。戦争の火種をせっせとまき散らしている。どこまでも、皇帝なのだ。

 もう、すっかり、ハズスの抱擁に慣れてしまった。むしろ、安心感がある。こう、絶対安全、みたいな。そこに、残念ながら、愛情がかけらほどもない。

 このまま、皇帝の儀式までやれば、ちょっとは愛情みたいなものを芽生えるのだろうか、なんて投げやりに考えていると、ハズスが首を舐めてくる。

「な、なんてところをっ!!」

「私のものだと、ここに印をつけたい」

「だ、だめです!!」

 それは恥ずかしい事だと、わたくしだってわかる。そんな目立つところにつけられたら、はしたない、なんて言われてしまう。

「いいだろう。今夜は皇帝の儀式だ」

「聞いてない!!」

 もう、なんで、こう、わたくしが知らない所で、どんどんと決められてしまうのかな!!

 わたくしはぎっとカイサルを睨む。カイサルは申し訳ない、みたいに顔を背ける。

「もう、ハズスを止める口実がなくなった」

「だから、今日でなくてもいいではないですか!? 疲れました」

「横になっているだけでいい。全て、私がしよう」

「これ、やらなくていいですよね。だって、皇帝の儀式って、筆頭魔法使いに嫌がらせすることですよね。閨事の強要って、ハズスにってはご褒美ではないですか!?」

「カイサルの時は、完全に強要だったがな」

「いうな!?」

 カイサルにとっては、ハズスとの皇帝の儀式は消したい過去のようだ。頭抱えて叫んだ。

「ハズスはカイサルとの皇帝の儀式はいやだったのですか?」

 てっきり、喜んでやっている、なんて想像していた。

「育てた子に閨事をするのですよ。しかも、男です。嫌に決まっているではないですか。私は女が好きなのですよ」

「ハズスは、男も女も好きになれば、どっちでもいい人ではないのですね。たまたま、わたくしのことを一目惚れしたから、と思っていました」

「私は女のほうが好きです。ただ、そういう女に出会えなかっただけです。今になって、リオネットという至宝に出会えたことは、神からのご褒美です」

「そ、そうなの」

 もう、わたくしが恥ずかしくなることを平然というハズス。そう油断していると、ハズスはわたくしの首筋を強く吸った。

「痛いっ!!」

 想像していたのとは違う。これ、痛いやつだ!!

「そうか、痛いか」

 物凄く嬉しそうにいうハズス。痛い目にあっているわたくしを喜ぶなんて、ハズスは本当に酷い男だ。

「もう、皇帝の儀式は延期しましょう!!」

「今日だ。私が決めた」

「もう、止まらないんだ。諦めろ」

 ハズスの決定は絶対だ。わたくしは抵抗するも、ハズスは離れてくれない。

「せっかくだから、洗うのも、私がしよう。大丈夫、初めてはベッドだ」

「自分で洗えます!!」

「洗いたい」

「いや!!」

 拒否してやれば、やっとハズスは諦めてくれた。

「儀式をしてしまえば、リオネットは私のものだ」

 だけど、ちょっと延命されただけだ。今日、強制的に皇帝の儀式をさせられるのは決定だ。

 ハズスにも準備があるのだろう。ハズスは出て行った。それと入れ替わりに、女性の使用人が入ってくる。

「お手伝いに来ました」

 女の準備は、色々と大変なのですよ。わたくしは、色々と覚悟を決めるしかなかった。





 そうして、わたくしは、しばらく、意識があやふやとなった。




 気づいた時には、全裸でベッドに転がっていた。頭が鮮明となっている。あのあやふやで、夢心地で、ハズスのことばかり考えていたのが、夢のようだ。

 だけど、ベッドから出れば、夢ではないことがわかる。ハズスは、所有物であることを主張するために、あちこちに情痕をつけてくる。わたくしから見えないところまで、いっぱいでしょうね。ついでに、次の日には動けないほどに、激しい閨事です。ハズスと皇帝の儀式をしてからずっと、わたくしはベッドから出られなくなっていた。

 記憶の中では、確かに皇帝の儀式を行った。きちんとした部屋に連れて行かれ、ハズスは手練手管に、言葉巧みにわたくしを説き伏せ、最後までしたのだ。

 なのに、気づいたら、豪華な広い部屋である。人一人が暮らすには、広すぎる部屋だ。全てがそろっているが、わたくしは、ベッドから動くことはなかった。気づけば、ハズスがいて、身の回りの世話をして、ベッドから離れる時は、トイレかお風呂くらいだ。それを除く全ての時間をハズスはベッドに拘束した。

 だけど、わたくしはそれを嫌だとは感じていなかった。そうされて当然、と受け入れていた。

 それも、今はそうではない。意識がはっきりすると、もう、ここにはいたくない。だから、ベッドから離れ、着る物を探す。

 広い部屋を彷徨い歩いて、どうにか、わたくしの服を見つける。だけど、これ、女帝として人前に出る時に着る服だ。ちょっと嫌な感じがするけど、これしかないので、わたくしは袖を通した。

 服はかっちりしているので、ハズスがつけてくれた情痕はどうにか隠せた。首がね、ちょっと際どいとこにあるけど、気づかれることはないと祈っている。

 そうして、わたくしが部屋を出ると、外に、次期筆頭魔法使いヒズムと皇帝補佐のカイサルが待ち構えていた。

「お待ちしていました、リオネット様」

 ヒズムが跪く。

「ヒズム、怪我でもしましたか?」

 ヒズムの様子がおかしい。どこから、体の動きが悪いような気がする。

 顔をあげたヒズムは、怪しい笑みを浮かべる。

「やっと、筆頭魔法使いの儀式を終わらせました」

「っ!?」

 もう、ヒズムは見習い魔法使いではなくなっていた。筆頭魔法使いの儀式はかなりの苦痛がともなう。それを乗り越えて、ヒズムは何かを悟ったのだろう。

 もう、わたくしが知っているヒズムではなくなっていた。ヒズムはすっかり、筆頭魔法使いだ。

「大丈夫ですよ、僕は、ハズス様の味方です。あなたのことは、隠し通してみせます」

 ヒズムは筆頭魔法使いとなったことで、わたくしが偽物皇族であることを知りました。だけど、ハズスのために、また、カイサルの企みのために、ヒズムもこの目論みに参加するといいます。

「まさか、わたくしはヒズムとも皇帝の儀式を行うのですか?」

「もう、ハズス様が行いました。必要がありません。ハズス様と閨事まで出来たのです。あなたの立場は完璧です」

「そうですか。良かったです」

 体のあちこちに、まだ、ハズスの感触が残っている。それをヒズムに上書きされることがないことに、安堵した。ヒズム相手は、ちょっと嫌な感じだ。

「さて、行こう」

 カイサルはわたくしの手を引く。

「どこに行くのですか?」

 まだ、現実味が足りないので、わたくしはわけがわからないままだ。

「これから、敵国との会談ですよ」

「は? 会談? ですが、それは、一か月後だと」

「決まったことです。行きましょう」

 どうせ、わたくしの存在なんて、飾りなんです。ただ、座っていればいいから、何でも勝手に進められます。わたくしの意思とか考えなんて、必要ないのですよ。

 わたくしは諦めの境地で、ついて行きます。

「今回は、ヒズムが行くのですね」

「筆頭魔法使いとなりましたからね。皇帝の側に立つのは、他の魔法使いであってはいけません。それを許さないのが、筆頭魔法使いです」

「では、よろしくお願いします」

 ハズスは許可したのだろう。軽く考えていた。

 筆頭魔法使いは基本一人だ。二人以上となった時、一人は引退して、賢者に格上げとなる。ハズスは賢者となったのだろう。賢者は、表立っては動かない名誉職みたいなものです。筆頭魔法使いの相談役となって、ただ、静観しています。だから、身分的には、表立って動く筆頭魔法使いのほうが上となります。賢者は皇族よりは上ですが、筆頭魔法使いよりは下の扱いとなるそうです。

 魔法使いであれば、守ってもらえるので、わたくしは気にしない。帰ったら、ハズスに色々と言ってやろう、なんて考えていた。

 会談の場なんて、魔法使いを使えば一瞬です。敵国は、相変わらず、汚れた姿ですが、帝国側は身ぎれいです。

 同じ場所に机と椅子を並べられ、向かい合うようにして座ります。

 敵国側は、筆頭魔法使いヒズムに気づきます。

「久しぶりだな」

「無事で良かったですね」

「っ!?」

 ヒズムの嫌味に、敵国側は真っ青になった。前回の会談の後、敵国側の裏側では、色々とあったのでしょう。

 何せ、今回は、まともな茶器で、まともなお茶とお菓子です。帝国側は、前回と同じく、相手に敬意を示して、最高級のものを提供しています。

 今回は、敵国も帝国が用意したお茶やお菓子、果物に口をつけました。帝国側は、魔法使いがいますので、普通に口をつけます。前回よりはましになりましたね。

「前回いただいた停戦協定の草案だが、少し、直していただきたい」

 早速、敵国から、草案の作り直しを要求してきた。そこは、宰相とカイサルが上手に対応してくれます。

 前回は、女帝だから、とわたくしのことを随分と蔑んでくれましたが、今回はそうではありません。さすが、ハズス。彼がちょっと妖精憑きの力を発揮すれば、女が一人会談の場に居ても、問題でなくしてくれます。

 そうして、話を詰めて、次の会談の予定を決めた所に、カイサルは、曰くありそうな箱を持ち出してきました。

「停戦協定の作り直しを一方的に言われて、そちらも、面目がたたないだろう」

「仕方がありません。最悪妖精憑きの生死がはっきりしないのですから」

「だから、証拠を見せよう」

 カイサルは箱をあける。

 中には、生首が一つ入っていた。会談の場は外だとはいえ、生首なんて、死臭をまき散らしているものだ。そんなものが入っていたというのに、花の香りなんか漂わせていたので、現実味がなかった。


 何より、その生首がハズスだという事実に、わたくしは眩暈を覚えた。


 記憶がおかしい。まず、時間の流れがあやふやだ。ハズスとの閨事は、どれほどの期間行われていたのか、わからない。思い返してみると、随分と長い期間、あの部屋に閉じ込められていたことに、今更、気づいた。

 ハズスの生首に、敵国の代表は物凄く嬉しそうに笑う。

「そうか、あの男が、最悪妖精憑きだったのか!! 死んだのか」

「そうだ。この通り、首だけ持ってきた。触ってみるがいい」

 恐る恐ると敵国の代表がハズスの生首を触れる。生首となっても、ハズスの人を狂わせる美しさは健在だ。首だけでも、敵国を魅入らせた。

「確認は終わったか?」

「ぜひ、持ち帰りたいのだが」

「ダメだ。この後、その首は燃やすこととなっている」

「こちらで、防腐処理をしよう」

「そういう問題ではない。力ある妖精憑きの体は、妖精のものだ。燃やして、妖精に帰さなければ、とんだ災いとなる。取り返すために、妖精が呪うぞ」

「持って帰れば、はっきりする」

「返してください!!」

 敵国とカイサルのやり取りに、わたくしは我慢ならなかった。手を出して、ハズスの生首を取り返した。

「こんな、こんな扱い、冒涜です!! あなたがたは、我が国のことを野蛮だといいますが、この首を持ち帰るなんて、野蛮ではないのですか!?」

「我々としては、証拠として、持ち帰りたいだけだ」

「もう、いいではないですか!? 人が一人死んだというのに、まだ、疑うのですか!!」

「だが、これ一つで、最悪妖精憑きの死が確定する」

「死んでいない、と言った時は信じなくて、死んだと言っては信じない。結局、あなたがたは、我々のいうことなど、信じないのですよ!! 最初から、話し合いなんて、成り立っていません。あなたがたは、戦争がしたくて、侵略がしたくて、強奪がしたくて、それを正当化するために、我々のことを信じない!!! それでは、話し合いなんて成立しません。こんなこと、無駄です」

 わたくしはハズスの生首を抱きしめる。遠くで見ていた時は、偽物だと思った。だけど、触れればわかる。ハズスだ。

 わたくしは、カイサルと睨む。何も説明せず、どさくさにまぎれて、わたくしをこの場に立たせたのは、ハズスの死を隠すためだ。

 カイサルは、どうしても戦争をしたい。どうすればいいか? 簡単だ。最悪魔法使いの死の証拠を敵国に見せればいい。

 だけど、最悪魔法使いの死体は見つけられない。だったら、それに近い存在を使えばいい。

 最悪魔法使いと同じ、千年に一人生まれるという最強の妖精憑きハズスだ。敵国でも、最悪魔法使いの外見は言い伝えで残っているだろう。男女問わず美しい容姿に、人離れした妖精憑きの力だ。

 ハズスは前回の会談で、わざと敵国の前で素顔を晒した。十年前から変わっていない容姿に、敵国だって疑っただろう。ついでに、妖精憑きの力で密偵の痛いを一瞬で消し炭にしたのだ。その力は、まさに、言い伝えで残る最悪魔法使いの所業と同じだ。

 カイサルは、ハズスをどうにか殺して、ハズスの生首を会談の場に持ってきたのだ。

 わたくしだけが知らなかった。宰相も、大臣たちも、ヒズムだって知っていた。怒りで泣いているのはわたくしだけだ。それも、女だから、と敵国は呆れて見ている。

「あの妖精憑きが死んだのなら、もう、こんな停戦協定なんて、必要がない」

 敵国は強気に出た。目の前で草案を破り捨てる。

「戦争だ」

 一方的に宣言して、敵国は去っていった。




 会談が終わってすぐ、城に戻り、わたくしはハズスの遺体を見せられた。

 一見すると、外傷なんてない。疑って、服の下なんか見てみた。腐敗臭もなく、綺麗だ。

「処刑、したのでは、ないのですか?」

 綺麗すぎた。わたくしは、カイサルが殺した、という疑いをすぐになくした。これは、殺されたもののようには見えない。

 カイサルはハズスの生首を元の位置に戻した。

「寿命だ」

「………は?」

「もう、ハズスは寿命だったんだ。ハズスは、自らの死を利用して、戦争を起こせ、と言い残して死んだ」

「知って、いたのですか? ハズスは死ぬことを」

「力のある妖精憑きは、自らの寿命がわかる。ハズスはもう死ぬことを知っていた。俺も、ヒズムも、宰相たちも、ハズスがもうすぐ死ぬことを知っていた」

「わたくしだけ、知らない?」

「ハズスは最初、リオネットを道連れにして死ぬ計画をたてていた。だから、教えなかった」

「………あっ」

 言われて、どんどんと記憶がはっきりしてきた。

 ハズスは酷いのです。わたくしを殺そうと、何度も首を絞めてきました。だけど、わたくしは抵抗しません。それでいい、なんて思っているのです。

 だけど、ハズスはわたくしを殺せません。

『置いていきたくないっ!』

 そう言って、泣くのです。苦しい目にあっているのはわたくしだというのに、ハズスは泣いているのです。

 次の会談の日程が変わったのではない。わたくしはハズスに閉じ込められ、時の流れを狂わされている間に、会談の日程となっていたのだ。

「わたくしがいた、あの部屋はもしかして」

「筆頭魔法使いが執着のあるものを閉じ込める部屋だ。あの部屋に入ると、出る意思をなくさせ、歪むんだ。皇帝の儀式の後、意識を失ったリオネットをハズスは、部屋に閉じ込めたんだ。あんなに閉じ込めたくない、と言っていたのに、いざ、寿命が近づくと、ハズスは狂って、リオネットを閉じ込めたんだ。もう、誰もハズスを制御出来なくなった」

「酷い目にあっていました。本当に、酷いのですよ。首を絞めて、手首を切って、とわたくしを殺そうとしていました。だけど、結局、出来なくて、傷も治して、と」

「止められなくて、すまない」

「………殺してくれて、良かったのに」

 立ち尽くしたまま、泣いた。

 わたくしにとって、生きることは大変だ。孤児院にいた頃から、死とは解放なのだ。だから、ハズスに殺されることは、喜びだろう。

 わたくしは、首に触れる。目覚めて、鏡を見ても、首にあるのは情痕のみ。絞められた痕は、ハズスが治したのだ。

「何度も、何度も、首を絞めておいて、生かしておくなんて、なんて、酷い男ですか!!」

 結局、置いていかれた。愛している、と言っておいて、独占欲を散々、人前でも晒して、弄んで捨てられたようなものだ。

 つい昨日まで、確かに、ハズスは側にいた。わたくしを抱きしめて、愛を囁いて、昨日は、ただ、それだけだった。

 ただ、一緒に眠っただけだった。

「ハズスは、どこで死んだのですか?」

 想像がつかない。ハズスは死ぬことはない、と思っていた。だから、死に場所も想像がつかない。

「リオネットの隣りだ」

「最後まで、気持ち悪い男ですね」

「リオネットは、最後まで、ハズスに愛情を持てなかったな」

「持つ要素が欠片ほどもありません。だって、ハズス、最初から最後まで、酷くて、気持ち悪くて、最悪な男なのですから」

「百五十年以上生きて、やっとの初恋だ。初恋というものは、そういう失敗をいっぱいするものだ。リオネットも、いつか、わかるだろう」

「………初恋?」

 そういえば、そんなことをハズスは言っていた。

「それでは、仕方がありませんね。あんなに生きているのに、随分と奥手で、でも、先に進んだら、貪欲で」

 仕方がないので、これまでの気持ち悪い行為は、許してあげることにしました。もう、死んでしまいましたし。

 どうせ、何を言ったって、ハズスは右に左に聞き流します。死んだ後だって、同じでしょう。

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