女帝誕生
皇族からの承認を得られると、内輪でさっさとわたくしは女帝にされました。何か儀式めいたことなんて、何一つしません。それどころではないからです。
わたくしは、さっさと女帝にされますと、カイサルはわたくしの補佐に回りました。これまで、カイサルがしていた皇帝の仕事が目の前にどーんと積み上げられます。
「多いっ!!」
あまりの量に胃が痛くなる。皇族の仕事、教皇長の側仕えの時に見てはいましたが、かなり難しかったです。それが目の前に山積みです。
一枚、手にとっては、うっと呻いてしまう。うわっ、これ全部終わらせるのは大変ですね。カイサルは、こう、頭がいいから、ぱぱっと終わらせていましたが、わたくしは平凡なので、一枚一枚、ものすごく時間がかかります。
もう、死んだような顔になっているのでしょう。宰相が、憐みをこめてわたくしを見ています。
「さて、仕事の割り振りをしてもらおう」
「これ、全て、皇帝の仕事ではないのですか?」
「皇帝の仕事は、もっと別だ。これは、皇族であれば、誰だっていい仕事だ。皇帝でないと困る決済は、俺のほうで済ませた」
カイサルは、わたくしの印を勝手に使って決裁印を押してくれた束を見せてくれます。あっれー、わたくし、いらなくない?
「割り振りは、皇帝の仕事だ。適当でいいぞ。責任は決裁印押した皇族がとるから」
「そんな無責任な。割り振ったわたくしが悪く言われるではないですか」
「孤児出身の女帝だから、許される」
あ、悪い顔していますね、カイサル。わたくしの名前を使って、酷いことをしよう、なんて企んでいます。
まず、最初は、この山積みの書類です。これだけの書類です。得意苦手があるでしょう。それ以前に、出来ない、なんていう人だっています。だって、皇族教育終わったといったって、帝国は生きているので、教科書通りにいくわけではなりません。何より、領地運営とかは、積み重ねです。古い情報だって、大事な経験です。そういうものを頭にいれていないと、失敗します。
わたくしは、教皇長の側仕え時代に、カイサルとハズスに随分と教えてもらいました。まずは、恥を忍んで聞くことからですが、自尊心だけは高い人ほど、それが出来ないのですよ。
まずは、仕分けをしよう、と一枚一枚を見ようとしたのですが、横から、ハズスが適当に書類をわけていきます。
「そんな、面倒なことをするな。リオネット様と私が過ごす時間が減る」
えー、そういうものですかー?? ハズスにとって、わたくしの人生なんて、瞬きですよ瞬き。もう、ここの一日なんて、誤差みたいなものです。
だけど、ハズスの言葉は絶対、とばかりに、宰相とカイサルが、適当に仕分けてしまう。
「きちんと、我々も確認しますから」
いい年齢の宰相が優しい笑顔で言ってくれる。ちょっと、王都の教皇ズームのことを懐かしく感じてしまう方ですね。
そうして、書類仕事は放り投げて、次だそうです。
「えっと、次は、皇帝の儀式ですか?」
いつでも覚悟の上のわたくしとしては、さっさと済ませたい。興味がありますし。
「残念ながら、お預けとなりました」
ハズスが悔しそうに言います。そんな、誰が決めたのやら。
決めたのは、皇帝の補佐となったカイサルと宰相のようです。ハズスの肩を両方からぽんぽんと慰めるように叩きます。だったら、皇帝の儀式、やらせてあげればいいのに。
「もうすぐ、敵国との年に一度の交渉だ。仕方がない」
「そうなのですか。いつですか?」
「明日だ」
「………聞いてない!!」
いつもは心の中で叫んでいますが、さすがにこれは口に出ます。聞いていませんよ、それ!!
わたくしは、というより、帝国民はほとんど知らないことですが、年に一度、帝国と敵国は話し合いをすることとなっている。帝国は別に話し合いはいらないのですが、敵国としては、帝国の領土とか色々と諦めていないので、話し合いを継続させているのです。
「そういうのは、カイサルが出るべきでしょう!!」
「カイサル様は、ほら、失格紋をされてしまっていますから、危険なんです」
「………」
いやいや、わたくしだって危険ですよ!! だって、偽物の皇族なのですから!?
恨みをこめてカイサルのことを見てやります。カイサルはというと、もう、満面の笑みですよ。
「大丈夫だ、俺も同行する」
「でしたら、皇帝代理続けさせればいいではないですか!?」
「皇帝代理が会談の場で殺されたなんてなったら、即、戦争だぞ」
「戦争したいのですよね? だったら、命ささげてください!!」
「命ささげるなら、戦場だ。ここではない」
どっちにしても、命をささげるつもりなのね、カイサルは!!
でも、会談の場で、万が一、わたくしが殺された場合はどうするのですか? そこの所を声を大にして聞きたいけど、聞けない。だって、宰相がどこまで知っているのか、わたくしは知らない。
宰相へと訴えるように見る。きっと、この人はカイサルと同じ、孫までいる人だ。でも、カイサルみたいに、子や孫を切り捨てるような人ではない、と信じたい。
「リオネット様、ただ座っているだけで大丈夫ですよ。交渉は、我々が行いますから」
わたくしが会談の場に行くことは、宰相の中でも決定事項となっています。あれです、皇族であれば、筆頭魔法使いの妖精が絶対防御してくれるから、心配とかないのでしょうね。それよりも、迂闊なことを口にして、会談が滅茶苦茶にされることのほうを恐れています。
宰相は、わたくしが偽物皇族だと知らないようです。確かめたくないけど、話しぶりから、そう予想しました。もう、わたくしは大人しくしたほうがいい。そして、私室に戻ったら、カイサルとハズスに問い詰めてやる。
夜のことは決まったので、わたくしは、明日のことを覚悟するためにも、話を進めます。
「明日ということは、移動は魔法ですか?」
今日で明日なんていわれたら、移動手段はそれしかない。
「そうですね。ハズス様と魔法使い数名を連れて行くこととなっています。ハズス様、我慢してくださいね」
「我慢かー、難しいな」
「何もしないでくださいね」
「それも難しいな。ほら、妖精の悪戯は、私でも、どうしようもない」
「おさえてくださいね。大事な会談ですから」
「自慢ではないが、私は我慢したことがない」
「………」
宰相、笑顔のまま、真っ青になる。筆頭魔法使いハズスを抑え込むことが、相当、大変そうだ。
「ハズスは、毎年、敵国との会談では、どうしていたのですか?」
毎年のことなので、先帝シズムの時も同行したはずです。宰相が注意するくらいなので、何かしでかしていそうです。
「シズムの頃は、同行していない。私の皇帝はカイサルだけだ」
「なるほど」
問題以前に、ハズスは会談に参加もしていなかったということか。
それが、今回、わたくしが会談に参加するということで、ハズスは呼んでもいないのに付いてくるので、宰相としては、注意していたわけである。
「ハズス、わたくしと一緒に、黙って参加しましょうね」
「リオネット様が口づけしてくれれば、黙っている」
「会談の場で?」
「そうだ。どうせ、私もリオネット様も黙っていればいいのだろう。だったら、皇帝の儀式の練習をしよう」
人前ですることではないですよ、それ。わたくしは引きつった笑顔となる。それを見て、ハズスはわたくしの頬を引っ張る。
「痛い痛い痛い痛い!!」
「気持ち悪い笑顔を作るな。無表情にしていろ。気持ち悪い」
「酷い!! この笑顔、評判が良いのですよ!!」
「私には最悪だ。色々と詰まっているから、気持ち悪いんだ。無理して笑うな。普通にしていても、色々と詰まっていて、見ごたえがある」
「なんですか、それ!?」
褒められていない。作り笑いは貶されて、無表情も貶されているように聞こえる。
明日の会談の準備は宰相たちと魔法使い、騎士団が行うこととなっているので、わたくしの女帝としての初仕事は終了となった。書類、適当に仕分けただけって、わたくし、いらないですよね。
私室に戻れば、次の皇帝に選ばれたレオンが、次期筆頭魔法使いヒズムとお勉強中です。
「お早いお帰りですね」
「明日は敵国との会談ということで、はやく帰されました」
「ゆっくり休もう」
部屋に入るなり、ハズスがわたくしを後ろから抱きしめて、部屋にいるヒズムとレオンを睨んでいるようです。目隠ししていても、ヒズムはわかるのでしょうね。守るようにレオンを抱きしめます。
「ハズス様、この子は僕のものです」
そっちですか!? ヒズムは、レオンを盗られると勘違いしているのですね。ヒズムって、ハズスよりは妖精憑きの力が弱いといっても、やっぱり、力のある妖精憑きなのですね。ヒズムも妖精寄りの感性の持ち主です。
ヒズムに抱きしめられるレオンは戸惑っています。家族に手ひどい別れをさせられたレオンですが、わたくしが過ごす私室に戻れば、真実をヒズムから語られて、困惑しています。
レオンは、家族にいらない、と言い放たれて、泣いてわたくしの私室に戻ってきました。それから落ち着いたところで、ヒズムは真実を語ったのです。
レオンは恨みの言葉をわたくしやヒズム、部屋に戻ってきたハズスに吐き出しました。わたくしは静かに受け止めるしかないのですが、ヒズムは違います。ものすごく傷ついて、泣いてしまったのです!! これには、レオンも黙り込んでしまいました。まさか、わたくしではなく、ヒズムが泣くなんて、思ってもいなかったのです。
それから、レオンはヒズムと部屋で一晩過ごしました。次の日には、レオンは色々と悟った顔をして、ヒズムは笑顔で出てきました。一体、何をしていたのやら、聞きたいような、聞きたくないような。
ヒズムの警戒に、ハズスはわたくしを抱きしめる力を強めます。
「わかっている。その子はお前のものだ。立派な皇帝となるように、育てなさい」
「お任せください。カイサル様に負けない、立派な皇帝にしてみせます。ねえ、レオン」
「う、うん」
レオンはヒズムの全てを傾けられる愛情やら何やらを上手に受け止められず、意味もわからずに頷いています。こういう言質をとられると、後々、大変なことになるのですが、わたくしは黙っています。レオンが落ち着いているので、そちらのほうを優先しました。
ヒズムはどうしてもハズスのことを警戒しているようで、レオンを部屋に閉じ込めて戻ってきます。
「明日は、僕も同行ですか?」
次期筆頭魔法使いであるヒズムとしては、明日の会談のことが気がかりなのでしょう。そういえば、魔法使い数名、同行ですよね。
「いや、今回は私と、魔法具を使いこなせる魔法使いに行かせることとなった」
「え、ハズス様、行くのですか!? シズムの時には、見習いの僕に行かせておいて」
「シズムの時は、見習いで十分だろう」
ひどっ!! 先帝シズムの時は、あえて、見習い魔法使いヒズムを同行させるなんて!! ヒズムだって、今はそれなりに大人に見えますが、十年前は、わたくしとそう変わらないお子様ですよ。そんな頃からヒズムを行かせていたということですか。
「幼い僕が行かされて、敵国なんて、舐めまくりでしたよ」
「それでも戦争を仕掛けてこなかったんだからな。とんだ腰抜けだ」
あ、これ、わざとだ。子どものヒズムを行かせて、あえて、敵国から戦争を吹っ掛けさせようとしたんだ。戦争は、絶対、帝国からはしないのは鉄則なのです。
呆れて、あいた口がふさがりません。シズムの頃に戦争を起こさせようとするなんて、どれだけ、戦争万歳なのですか、この人たちは。
それでも、最悪妖精憑きハルトの生存の確認をしなければ、敵国はどうしても動けない。そんな慎重な敵国をどうやって動かすのやら。わたくしには、想像もつかない話である。
「明日ははやい。今日はゆっくりと休もう」
「そうですね」
もう、口づけだけは平気となったハズスは、ヒズムが目の前にいても、容赦なくわたくしに口づけする。ついでに、舌まで入れてくる。
「そういうことは、レオンの前ではしないでくださいね。子どもには目に毒なことです」
「だったら、閉じ込めておけ」
「喜んで、そうします」
妖精憑きって、お気に入りの人を閉じ込めたりするのが普通なのかしら? ヒズムって、見た目は普通の人だと思っていたけど、やっぱり、妖精憑きだ。笑顔でレオン連れて、一晩過ごした部屋に戻っていった。
魔法って、すごい。城にいたというのに、一瞬で、殺風景な砦の前に到着です。すでに、敵国側も兵力つれて、到着しています。敵国と帝国では、武装も服装も違いますね。確かに、文化の違いを感じます。
「おや、皇族はどちらですか?」
敵国の代表が、わたくしたち集団を一通り見ていいます。昨年とは顔ぶれが全て変わってしまったので、わからないのですよね。
「今回は、女帝を連れてきました」
「女帝? 女を連れてきたのですか!?」
敵国の代表は、唯一の女であるわたくしを上から下までじろじろと見ている。
「女をこのような場に連れて来るとは、野蛮人だな」
そう言った途端、ハズスが魔法で、敵国の代表の前に、敵国が放った密偵の死体を山積みする。
「お前たちの密偵だ。高尚に話し合いを、と言いながら、随分多くの密偵を短時間で放ってくれたな。話し合いはどうした? お前たちは野蛮ではないというが、これはどうなんだ?」
「我々は、そのようなことはしない!!」
「そちらの国から国境を越えてきた所を捕らえたのだがな。身なりもそちらのものなのだがな。我が国は野蛮だから、まず、服装自体が違う」
密偵の遺体が身に着けている服は、確かに、敵国のものに似通っている。
「だったら、何故、遺体なんだ!? きちんと、生きたまま、連れて来るものだろう!!」
「証言自体、必要ない。我々はただ、平和に生きていたいだけだ。戦争をしたいのは、お前たちだ。さて、今回は、どうなるのか、楽しみだな」
目隠ししたハズスは口元だけに笑みを浮かべて嘲笑う。
これまで通りにはいかないことは、敵国だってわかっているはずだ。密偵は、きっと、先帝シズムの時代からいるはずだ。皇位簒奪の情報も、城の上層部の総入れ替えも、皇族との繋がりも切れたことも、敵国は情報として知っているはずだ。
一筋縄ではいかないとは思っているが、集まった面々の中に、わたくしという存在がいるので、何か考えたのだろう。とても軽くわたくしを見て笑っている。
そうして、略式ですが、会談の席を設けられました。遮る物が何一つない場所で、机と椅子だけ並べての会談です。こう、もっと何か豪華なもの一つくらいあってもいいのではないか、なんて見ていれば、茶器とお菓子はまあまあいい感じでした。
お互い、後ろ暗いことはないですよ、と相手国に茶器とお菓子を提供です。帝国はしっかり礼儀を重んじて、きちんとしたものを用意します。魔法で移動なので、新鮮な果物まで出しましたよ。敵国は、まあ、ちょっと茶器が欠けてるじゃないですか、という失礼ぶりです。元はいい茶器ですが、移動が大変だったのですよね。茶葉もまあ、移動時間とかですかね。お菓子も、あれです、移動時間ですよね。
一口、口にして、わたくしは、残念なものでも見るように、敵国の代表を見てしまう。こういう礼儀くらいは、しっかりしたほうがいいですよ。あからさますぎな嫌がらせです。
「信仰を捨てた結果が、これなのですか。勉強になります。長旅で大変だったでしょう。魔法使いによって保存されていました、なかなか希少な果物です。ご賞味ください」
「必要ない。我々はすでに、食べてきた」
「そうですか」
会談の場についた者たちは拒絶しているが、護衛に立っている者たちは、生唾なんか飲み込んでいる。やせ我慢しなくていいのに。
どうせ、帝国が出したものには毒か薬でも盛られているのだろう、なんて思っているのだ。帝国側は、妖精憑きが側にいるので、毒や薬を盛ってあったとしても無害化されてしまうので、普通に食べて飲むけど。
「リオネット様、無理してこんな泥水を飲む必要はない。淹れなおしてこよう」
「失礼だぞ!! 我々が、この時のために運んだものを」
「私のリオネット様の一部に、このようなものが含まれるなど、我慢ならん。それでも、礼儀として口にしたのだ。礼儀もわきまえず、こちらが用意したものを口にしないお前たちには、文句をいう資格はない」
「お前たち野蛮な国が出したものなど」
「下げろ」
筆頭魔法使いハズスの命令は絶対です。敵国に出された帝国の茶も菓子も下げられます。
「もう、風味が悪くなっている。新しいのを準備しよう。その間に、話を済ませろ」
ハズスはもう、会談の場から離れてしまう。あれです、そこにいれば、黙っていられないから、離れたのでしょうね。わたくしも、離れたい!!
離れる口実もなく、宰相とカイサルが両側で見張っているので、わたくしは大人しく座った。口を貝のように閉じよう。頑張ろう。
一応、礼儀は通したので、会談の開始です。
「一年前と同じです。我々としては、停戦の条項の変更を要求します。こちら、草案です」
宰相は早速、停戦協定の変更を要求します。密偵とかが入ってきて、帝国内部を滅茶苦茶にされて、大変なのでしょうね。
敵国の代表は、宰相や大臣、有力貴族が頑張って作った草案を一瞥するだけで、手にもしない。
「そうしたいのは山々ですが、あなたがたお抱えの妖精憑きの生死がはっきりしていません。そこの問題を解決していただきたい」
「もう、その妖精憑きは死亡しました。ここまで生きているような人はいませんよ」
「あの停戦協定は、神を介した契約だという話ですよね。人の寿命を越えた年数を待って、戦争をしかけた我々は、とんだ天罰を受けました!!」
「あの時は、まだ生きていました。そう、こちらも訴えたというのに、あなたがたが戦争をしかけたのです。我々は悪くない」
「人を越えた寿命を持つ妖精憑きの死を確認出来なければ、我々は、この要求を受け入れられない!!」
敵国の代表は、草案をつかみ、握りつぶした。
こういうことを毎年、繰り返していたのでしょうね。先帝の頃からでしたら、わたくしの代でも、同じこととなるのは明白です。
「あの停戦協定の厄介な所を、お前たちはわかっているのか?」
カイサルが口を挟んできた。
敵国の代表は、カイサルの姿を一瞥する。
「皇位簒奪された脱落者をまた、この場に立たせるとはな。帝国も、随分と腑抜けとなったな」
この代表、カイサルのことを知っていた。皇位簒奪されて以来、カイサルはこの会談には関わっていない。ということは、カイサルが皇帝時代に、この代表は、この場にいたということだ。
カイサルは、呆れたように溜息をつく。
「お前も相変わらず、喧嘩腰だな。偉くなったんだから、もっと、歩み寄ってだな」
「女帝なんて立てる腑抜けた国に、どうして、こちらが歩み寄る必要がある?」
「あの停戦協定な、帝国から戦争を吹っ掛けても、天罰を受けるのはお前たちとなっていること、わかっているのか?」
「っ!?」
敵国側が真っ青になる。その事実を指摘されてしまっては、強く出れない。
そうなのです、最悪妖精憑きハルトは、化け物じみた力を見せつけ、敵国に不利な停戦協定を結ばせたのです。当時、ハルトを目の前にして、敵国側は不利な条項を全て飲むしかありませんでした。ハルトは、向かってくる敵国の兵士全てを骨まで燃やし尽くしたのです。あまりのことに、敵国の騎士も兵士も逃げ出したのです。そんな化け物を目の前にして、不利だとわかっている停戦協定を敵国は結ぶしかありませんでした。
戦争を帝国から仕掛ければ、ハルトが生きていた場合、敵国は天罰を受けるのです。だけど、帝国側からは絶対に戦争を仕掛けることはしません。だって、帝国はこれ以上、戦争で領土を増やす必要がありません。むしろ、広すぎる領土に、大変な目にあっているのです。だから、帝国は戦争をする理由がありません。
カイサルは綺麗な紙の草案をまた、机の上に出しました。
「我々からは、戦争は仕掛けない。何故なら、我々には戦争をする理由がない。だから、新たな停戦協定を結びなおしたいんだ」
カイサルは戦争をやりたい、と言っているのだけど、どうなんだろう? 敵国の前では、戦争を避けたいみたいに見える。
このまま、平和な会談で終わりたいな、と見ていると、敵国の代表は草案をびりびりに破り捨てます。
「このままでも構わない。もう、あの停戦協定に触れない方法を我々は見つけたからな」
にやりと笑う敵国の代表。戦争というわかりやすい方法ではなく、時間がかかるけど、帝国の貴族と手を結んで、内乱を起こさせようとしているのでしょう。
時間をかけて、帝国内部を腐らせようと企む敵国。それを遠まわしに言われた帝国側としては、もう、呆れるしかない。
「そういう内部干渉をやめてほしいから、こうやって、停戦協定の新しい草案を作りたいのだよ」
「我々がやったという証拠はあるのかな? 生きて証言をとったとしても、我々は認めない。言わられている、と言ってやる」
「そうなるよな。野蛮な国だから、汚い手を使って、言わせている、なんて言ってくれるんだよな」
「そう、野蛮な国だ。しかも、政治に女を置くなど、信じられん」
敵国は全て男で固められている。帝国は、女はわたくしだけだ。それが問題だというのだ。
「帝国では、皇帝は男でも女でもなれるものだ」
「だからといって、戦場となるこの場所に連れてくるのか? 紳士であれば、女をこのような場所には連れてこない」
「情報が古いようですね。わたくしは元は孤児です」
「孤児が、女帝だと? なるほど、我々をバカにするために、わざわざ孤児を女帝にして、連れてきたのか!?」
「わたくしは孤児から教会のシスターとなりました。教会では、男であろうと、女であろうと、まかされる仕事は平等です。男女を区別することはありますが、男女というもので侮蔑することはありません。神の元に、人は平等です。男女だからと侮蔑されるものではありませんよ」
「女は弱い。男に守られるしかない」
「女がいないと、子孫だって作れないのにですか? あなたは一人で育ったのですか? 女の母乳で育っておいて、男が守っているといいますか。女が守ったから、今のあなたがあるのですよ」
「男が働いて」
「子育てしている女は皆いいます。女が家を守ってやっているから、安心して男が外で働けるのだ、と。男ばかりが偉いわけではありませんよ」
「………」
ちょっと口を挟んでやれば、敵国側が黙り込む。女をバカにしすぎです。こういう男に限って、家に帰れば、妻や娘に逆らえないものです。
ちょうど、喉が乾いた、という頃合いで、ハズスが美味しいお茶を持ってきてくれました。
「私のリオネット様に、言い負かされたか。やはり、リオネット様は素晴らしい女性だ」
「女のことを随分と下に見ているから、言ってやっただけです」
「なんだ、野蛮だ野蛮だ、と言いながら、お前たちは、いまだに女を下に見ているのか。人は平等だ、と口では言っているが、男女は平等ではないのだな」
「いや、平等だ!!」
「だったら、女帝でも構わないだろう。男女も平等なのだから。女だから、と悪くいうのは、交渉としては下策だ。十年前から、変わらないな、お前は」
「十年、前、だと? 貴様は、誰だ?」
ハズスは無言で目隠しを外した。ハズスの素顔はその場にいる全ての人々を魅了するほどの美しさだ。それを知っている帝国側はすぐに目を閉じる。
敵国側は知らないので、ハズスの素顔を見てしまう。
「貴様、化け物かっ」
「この私を見て、お前は口説いてきたな。この場で男である私を口説いて、恥をかいたことを忘れたのか?」
「っ!!」
それは大変な過去ですね。わたくしは同情の目を向けてしまう。この敵国の代表は悪くない。ハズスの素顔は、男女関係なく、狂わせるのだ。
敵国側はハズスの素顔に狂いそうだ。それも、ハズスが目隠しをすれば、少しだけ、収まる。だけど、ハズスへの熱い視線は向けられる。
少し、正気に戻った敵国の代表は屈辱で、表情を歪ませる。
「十年前と、少しも変わらないとは、貴様、何者だ!?」
「悔しかったら、調べてみるがいい。密偵はこれからも、魔法使いの力で全て排除してやる。国内に生き残っている密偵も、これから、じわじわと捕縛して、処刑だ。それもこれも、この停戦協定の草案を作り変えないお前たちが悪い。これには、捕虜の処遇についても、しっかりと書かれている。だが、以前の停戦協定には、何も書いていない。お前たちは、密偵で内部攪乱をし放題だったが、帝国では、その密偵を生かすも殺すも自由だ」
ハズスは山積みとなった密偵の遺体を一瞥する。途端、ものすごい炎があがり、見る間に、骨すら消えてなくなった。
敵国は真っ青になった。言い伝えでは、最悪妖精憑きハルトは、敵国の騎士や兵士を骨まで燃やし尽くしたといわれていた。それを実際に目の当たりにして、言い伝えが真実であることを敵国の代表たちは知ってしまった。




