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皇族姫  作者: 春香秋灯
教皇長の皇族姫-波乱万丈な食事会-
67/353

責任の行方

 一年に一度集まるという食事会は一週間の内、三回、集まることとなっている。こういう食事会の席で、大切な発表とかするのですって。妊娠しました、とか、無事に赤ちゃんが生まれました、とか、結婚します、とか、そういう報告をすることもあるとか。

 でも、明るい話ばかりではないそうです。時には、真っ暗な話もしますよ。寿命で亡くなりました、とか、悲しい話もあります。

 大々的に皇族の死は公表されません。さすがに皇帝は公表されますが、一皇族の死は、同じ皇族でも知らないことが多いそうです。ほら、血筋であって、家族ではないので。だから、そういう報告も、この食事会ですよ。

 食事会の会場に行けば、ちらほらと皇族の皆さまが席についていました。わたくしは、相変わらずハズスにべったりと付き添われて入ります。

「カイサルは、まだ来ていませんね」

「教皇長の会議が長引いているのだろう。こちらの予定と外の予定はうまく調整出来ないことがあるからな」

「そうですよね。各地の教皇が集まるので、食事会を理由に延期、なんて出来ませんからね」

 というか、真面目にやっているのね、教皇長。

 教皇長カイサル、わたくしが側仕えの時は、随分とさぼろうとしていたので、大変でした。幸い、ハズスは静観だけでしたので、カイサルを強制的に会議に参加させましたが。

「カイサルの側仕え? みたいなものはいるのですか?」

「なんだ、嫉妬か?」

「いえいえ、心配なだけです。カイサル、すぐにさぼるので」

「根は真面目な男だ。教皇長である時は、ちょっとふざけていただけだ。今は皇帝代理もしているから、しっかりと仕事をしている」

「なるほど、教皇長としての十年間は、カイサルの息抜きだったのですね」

 腐れ教皇長の姿しか見ていないわたくしは、そう見てしまう。だけど、両方を見ているハズスは、カイサルという人となりをしっかりと理解している。

 さて、と席に座ろうと名前を探す。別に席順は前もって知っているので、探す必要はない。リサが間違えるはずもないですし、心配はしていませんでした。

 ところが、間違いが起きてしまいました。なんと、前年の席順となっています。皇帝の席に、シズムの名がありました。そして、わたくしが座る席には、リズとなっています。

 席順で間違っているのは、わたくしとカイサルだけ。それを除く席順は前年そのままです。変える必要のない席順だけに、皇族たちは気づいていない。

 だけど、使用人たちは気づくはずだ。皇帝は代理とはいえ、カイサルだ。そして、将来は女帝となることが決まっているのはわたくしだ。間違っている、とカイサルに報告するはずだ。だって、最終確認は、皇帝代理のカイサルです。

 ハズスは、静観の構えです。これをどうするのか、とわたくしを見ています。口だしするつもりがないのでしょう。

 わたくしは食事会の会場から出て、準備をしている使用人の一人を呼び止めました。

「食事会の準備の責任者を呼んでください」

「すみません、手が空いていないのです。皆、この日は忙しいので」

 目がわたくしを見下している。見ていればわかる。わたくしが元孤児だと、知っているのだ。

 わたくしが口を開く前に、ハズスが使用人の胸倉をつかむ。

「私のリオネット様に、随分な態度だな。消し炭にしてやろうか」

「も、申し訳ございません!!!」

 最強の妖精憑きは、ちょっと脅すだけで、相手を支配出来ます。乱暴に離すと、使用人は腰をぬかして、動けなくなってしまう。結局、口も手もハズスは出してしまうのですね。

「さっさと呼んでこい。すぐにだ。次は、お前にしてやろう」

 通りかかった使用人が、何かとんでもないことが起きていると察して、腰が抜けた使用人を手助けしながら去っていく。

 しばらくして、責任者がやってきた。また、こちらも、わたくしのことを下に見ていますね。

「席順なのですが、リサが指示したのですか?」

「もちろんです」

「皇帝代理カイサルも確認済みなのですよね」

「あなたが確認した、と聞いていますが」

 やられた。わたくしに責任を押し付けようとしている。

 現在、皇帝代理のカイサルと、将来は女帝にと指名されているわたくしでは、立ち位置がはっきりしていない。どちらが最上位なのか、わかりにくくなっているのだ。

 なにせ、カイサルは皇族とはいえ、失格紋持ちです。これまで、席順も最下位扱いであったため、下に見られてしまうのでしょう。そして、わたくしは皇族とはいえ、元は孤児です。使用人たちだって、それなりの身分を持っている者たちです。わたくしのことを随分と下に見ている者は多いはずです。

 そして、リサは、何か気持ちの切り替えをしたのでしょう。わたくしを陥れたい、何かがあったようです。

「わかりました。では、席順はこのままでいいでしょう。どうせ、わたくしの席もないようですし」

「ございますよ。まだ、立ち位置がはっきりされていないということで、末席となります」

「わたくしが確認したということですよね」

「そう聞いております」

「ハズス、わたくし、皇族の儀式もしていないそうです。わたくしは、皇族ではないようなので、城を出ます」

「それは許さん」

 途端、ハズスは怒りに震える。

「誰が私のリオネット様を追い出そうとしている? さあ、話せ」

「城を出て、ハズスが暮らす筆頭魔法使いの屋敷に行きます」

「そうか」

 すぐにご機嫌になるハズス。もう、こんな所にいたくない。だったら、ハズスの元で、操り人形になってやる。戦争なんて知らない。

 使用人たちは、わたくしとハズスのやり取りを見て、嘲笑っている。好きなだけ笑っていてください。お前ら全員、どうなったって知らないんだから。

 こうして、城を出て、ハズスが暮らしているという屋敷に行ってみる。ものすごい豪邸で驚きました。中に入れば、皇帝の息がかかりまくりの使用人たちが、もう慌てています。だって、ハズス、わたくしが城に入ってからずっと、わたくしにべったりくっついて離れないのですもの。さすがに、夜は離れていますけどね。でも、朝には城にいるの。

「今日は、食事会と聞いていますが」

 使用人の一人が勇気をもって、ハズスに声をかけてきた。

「私のリオネットが城を追い出されてしまったんだ。だから、例の部屋に閉じ込める」

「皇帝陛下をお呼びします! それまでは、お待ちください!!」

 どうやら、あの例の部屋の使用は、皇帝に報告しないといけない縛りがあるようです。

 わたくしはハズスの案内されるままに、豪華な部屋に入れられ、お茶をいただいた。

「これで満足か、リオネット」

「閉じ込めたいのではないのですか?」

 力の強い妖精憑きは、そういう衝動が強いという。だから、ハズスは喜んで、わたくしを例の部屋に閉じ込めると思っていた。

 ハズスはわたくしの横に跪き、手をとり、口づけをする。

「最初は、一目惚れから始まった。それも、リオネットのことを知ると、どんどんと好きになっていった。私は、リオネットの外見も中身も、過去も、現在も、全て、愛している。あの部屋は、愛するリオネットを歪めてしまう。だったら、こうして、自由にして、愛でたい」

 とんでもない、愛の告白です。目隠しをされたままだけど、わたくしの心は揺れます。

「わたくしも」

「早まるな!! リオネット!!」

 残念!! 筆頭魔法使いの屋敷の使用人たちは、かなり優秀すぎました。いい雰囲気、ぶち壊しです!!!

 全身から汗という汗を流して、もう神官長服なんて乱れまくりで、カイサルがやってきたのだ。

 そして、わたくしとハズスがいい感じになっているのを見て、がくっと膝をついて脱力する。

「お前ら、仲深めてるなら、もっとわかりやすくしろ!!」

「いえいえ、そういうのではないのです。こうなったのには、色々と事情がありまして」

 わたくしは、簡単に、先ほどの出来事を説明した。食事会、もう、無茶苦茶になってるのよね。

「どうも、皇族側としては、わたくしを排除する方向に持っていってるのですよ。リサも、何かあったのでしょうね」

「また、皇位簒奪でもやろうとしているのか」

「まずは、わたくしに責任を押し付けたいようですので、そこはわたくしが引き受けましょう」

「そんなこと、する必要はない。だいたい、皇族になって日が浅いお前に責任をとらせるなんて、おかしい話だ。明らかないじめだろう。恥ずかしい話だ」

「そうですね。あの使用人たちも、皇族たちも、本当にいい歳をして、恥ずかしい大人ですね」

 カイサルと話していると、不思議と笑えてしまう。言われてみれば、本当に恥ずかしい話です。

 わたくしが笑っていると、ハズスは口元に笑みを浮かべる。

「いい笑顔だ。そうだ、いつも、そうやって笑えばいい」

 ハズスはそう言って、わたくしに顔を近づけてくる。

 反射的に、わたくしは口元を手で守るが、ハズスの狙いはわたくしの額や頬であった。

「そこはまだ、勇気がいる」

「そ、そうなのですか」

 ハズスは百五十年以上生きているというのに、随分と純情なことを言ってくれるので、わたくしは真っ赤になってしまう。

「今は、そういう場合ではないだろう。これからどうするんだ?」

「戻ります。席順を正しくさせましょう。カイサルが一緒であれば、すぐですよ」

「それでいいのか?」

「カイサルが言ったではないですか。皇族になって日の浅いわたくしが責任をとるのはおかしいって。そうですよ、わたくしの失敗は、責められるものではありません」

 泥水だってすすったことがあるのだもの。世間知らずの皇族に負けてなるものですか。

 そうして、カイサルは神官長服のままだけど、わたくしとハズスと一緒に食事会の会場に到着です。中では、すでに皇族全てがそろっていました。

 席順は、前年のままです。上座に、やせ細っている皇族シズムと、皇族リズが座っています。皇族リサはというと、随分と冷たい顔をしています。無表情ですね。

「遅くなりました。ついでに、わたくしの手違いがあったようです。シズムとリズは、末席にお座りください」

「今更、席がえだと!? 最終確認で、何故、気づかなかった!!」

 皇族の一人が偉そうにふんぞりかえって、わたくしを責めてくる。いくら、わたくしが筆頭魔法使いハズスのお気に入りといえども、筆頭魔法使いの加護を受けている皇族は攻撃されないので、そういう態度をとれるのだ。

「まだ成人前の小娘の間違いに、随分な言い方ですね。恥ずかしい話ですね、カイサル」

「驚いた。リオネットよりも倍は生きている大人が、随分なことをいうのだな。倍ではないな。三倍か。同じ大人として、恥ずかしい限りだ」

「だいたい、席順が間違っていること、これほどの立派な大人の皇族がいるのですから、気づいていますよね。わたくしは、皇族となって日が浅いですので、残念ながら、誰がどこなのか、これっぽっちもわかりませんが。それでも、公に発表されています、皇帝の交代だって、目の前で起こったことです。一緒に、失格紋の焼き鏝だってしたではありませんか。つい最近ですよね。忘れたのですか?」

 本当に、つい最近の出来事である。知らないとは言わせない。だって、その場には、全員参加なのだ。病気で、なんて言い訳は通用しない。筆頭魔法使いの加護があるので、皇族は病気なんてしないのだ。

「そんな所に座らないわ!! どうせ、毒を盛るつもりでしょう!!!!」

 我慢しきれないリズが叫んだ。

「わたくしは、リズやシズムとは違います。毒も薬も盛りませんよ」

 笑顔で言い返してやる。

 それを聞いた皇族たちは、気まずくなる。きっと、カイサルに色々とやったのだ。そういうことをやってしまった皇族はそれなりにいるのだろう。

「まあ、いいんじゃないか、好きにして。ほら、俺には、魔道具や魔法具があったから、毒も薬も問題なかったからな」

 実は、色々と身に着けているカイサル様。一見、ただの装飾品だけど、それらは、身を守るための魔道具です。

 防御方法を持っていることを今更知るリズとシズム。もう、おかしな目でカイサル様を睨むように見ている。

「お父様、その道具をください」

「俺にもよこせ!!」

「だが、この食事会では、こういう装飾品は全て、預かりとなったがな」

 数人、気まずいと、顔を背ける皇族。リズやシズムだけではない。皇族数人で、カイサルを陥れようとしまくったのだ。

「本当に、しぶとい方ですね」

 それをあえて暴露したのは、カイサルの妻リサです。つい最近までは、カイサルのことで反省し、後悔している姿をわたくしの前で見せていたというのに、とんでもない変わりようです。

「久しぶりだな、リサ。とことん、俺を避けていたな。ずっと離婚を申し出ても、拒否するし。また皇妃になりたいのか?」

「離婚したら、その小娘と再婚するのでしょう。許しません」

 ギラギラとした目でわたくしを睨んでくるリサ。

「どうして、そういう話になるのですか。わたくしとカイサルは、もともと、そういう関係ではありません」

「言い方を変えましょう。実の娘と公表するのでしょう」

「そんなバカな話、あり得ません!!」

 リサの妄想だ。わたくしがカイサルの娘であるはずがない。だいたい、孤児院にいたのだ。そこら辺で捨てられたところを運よく孤児院に引き取られただけだ。その事実は変わらない。孤児院に保護される時に、きちんと、報告書が書かれている。

 実は、貴族の隠し子、ということまで書かれることが普通にある。帝国の信仰の関係だと思われます。孤児院から出る時、身の上を見せてもらえます。わたくしは、カイサル様に引き取られる時に、その書類を見せてもらいました。

 だいたい、わたくしは偽物皇族です。もし、カイサルの隠し子だというのなら、皇族になる可能性が高いはずです。

 わたくしは、カイサルを睨みます。リサがこのような話をするということは、過去に、そういうことがあったということです。

「それはない。親子ともども、死んだ。お前が暗殺者を使って、殺しただろう」

「見た目もよく似ています」

「目が曇っているな。だいたい、こう、胸がな」

 思いっきり、カイサルの足を踏んずけてやる。こんな空気で、ふざけたことを言わないでほしい。

 なかなか、血なまぐさい夫婦喧嘩です。何故、今更、このような話を蒸し返されたのか? ちらっとリズに目を向ければ、あの気持ち悪い笑顔を浮かべています。

 過去の話を思い出せば、リサはまともでない事実に気づきます。あまりにも接していない上、ちょっと優しい所を見てしまったので、わたくしは勘違いをしていました。

 リサは、カイサルと筆頭魔法使いハズスの関係が、閨事に及ぶものと思い、狂ったと言われています。たぶん、カイサルと距離をとり、カイサルに色々と復讐めいたことをしたことで、リサは落ち着いたのでしょう。

 それを元に戻すようなことをしたのは、リズです。わたくしをカイサルの隠し子だろう、なんて話したのでしょう。

「どちらにしても、席順を正しくしましょう。夫婦喧嘩も、親子喧嘩も、食事会の後で、好きなだ行ってください。迷惑です」

「あなたも、関係あることです!!」

「ありません。わたくしは、正真正銘、捨て子です。だいたい、カイサルの好みは、こう、胸が」

「お前も言ってるじゃないか!?」

「そうでしょう!! 入浴の介助で、わたくしが裸になることありましたが、カイサルはこれっぽっちも欲情しませんでした!!!」

「年頃の娘が、そんなこと口にするんじゃない!?」

「事実です!! この男は、リサのように、こう、美人で、お胸が大きい女性が好みなんです。わたくしは、その、残念ながら、そ、育ち、ませんでした、から」

 言っていて、泣きたくなってくる。こんなたくさんの異性と同性がいる所で、胸がないという事実を告白するなんて。

 もう、顔を両手で覆って、座り込むしかない。

「そうか、カイサル様はリオネット様の全裸を見ているのか」

 怒りなんかにじませて呟くハズス。もう、こんな時に嫉妬しないで!? あなたの相手まで出来るほど、わたくしは器用ではありません!!!

 なかなか、気まずい空気となりましたが、わたくしは元孤児の図太さを頑張って出して、立ち上がった。いつまでも、胸がないこととか、よくわからない夫婦喧嘩で、食事会が始まりもしないというのは、我慢ならない。

 わたくしは、さっさとカイサルを席に座らせる。

「時は金なり、といいます。無駄な時間を過ごすことは、無駄に金を浪費することと同じです。食事会を遅らせるということは、どんどんと無駄な金の浪費です。さっさと進めなさい!!」

 わたくしが叫ぶようにいうと、使用人たちが動き出す。なにせ、わたくしの後ろには、まだ、嫉妬やら何やらで怒りに震えているハズスが立っているのだ。

「さっさと動け!!」

 さらに、わたくしのために、ハズスが叫ぶように命じてくれた。




 一回目の食事会は無理矢理、終わらせました。余計なことを言えない空気に、誰も、おめでたい報告なんてしません。ないのかもしれませんね。

 そして、わたくしは事後処理として、無理矢理、皇族リサを私室に引っ張って行きました。リサの身内が随分と、邪魔らしいことを言ってきましたが、無視です。それに、ハズスが前に出て、黙らせてくれました。

 そして、いい加減な態度をとり続けるカイサルも私室に放り込みます。

「良かったですね、浮気相手を暗殺してしまうほど、愛されて」

 嫌味を言ってやります。浮気、してたんだ。軽蔑です、軽蔑。

「浮気じゃない、側室だ。皇帝となると、子を作ることは絶対だ。だから、側室を何人か持つこととなっている」

「女帝はどうなるのですか?」

「女帝はほら、子作りは不利なことが多いから、絶対ではないがな」

 それ以前に、筆頭魔法使いハズスが、睨むように見てくる。この男が、わたくしに夫を持たせるはずがない。きっと、あらゆる手段を使って、妨害するでしょう。

 空気最悪な中、リサはわたくしも、カイサルも、ハズスをも睨みます。リサにとって、全て、敵なのです。

「カイサルは離婚、したかったのですか?」

「お気に入りの側室を暗殺した女ですものね。離婚したいでしょうね!!」

 リサはここぞとばかりに、思っていることを叫ぶようにカイサルにぶつけていく。元は綺麗な女性です。歳を経ても、美しい方なので、迫力があります。

「リサもリオネットも、勘違いしているようだが、俺は皇帝だ。皇帝の生き方しか知らない。悪いが、側室も、妻も、平等に相手にしていた、という記憶しかない」

「側室が生んだ娘には、随分と愛情を向けていたではないですか!?」

「愛情ではない。憐憫だ。あれはな、皇族ではないとわかっていたから、市井で生きていくための教育を施していんだ」

「………え?」

「俺の側には常にハズスがついている。別に、皇族の儀式をしなくても、誰が皇族でそうでないか、俺は前もって知っている。哀れになって、手をかけただけだ。リサの子は全て、皇族だとわかっていた。だから、逆に手をかけなかった。必要がなかったんだ。正直に言えば、リオネットが身代わりだと言われれば、そうだ。よく似ていた。

 リサが側室の親子を暗殺したのは、随分と昔の話だ。あの娘が生きていたら、リズたちとそう変わらない年頃だろうに」

 暗殺者に殺された側室の親子。よくよく考えれば、その親子は、皇族でないことは、わたくしでもわかる。

 側室は皇族がなるとは限らない。ともかく、子をたくさん作らなければならないので、貴族や平民からも側室とするのだろう。皇族で固めてしまうと、血が近くなりすぎて、おかしな子が生まれやすくなってしまうからだ。そういうことを長い歴史で学び、上手に皇族の血筋を繋いできたのだ。

「ハズスとは、随分と皇帝の儀式を行っていましたよね。ハズスに願われれば、わたくしの閨の日でも、ハズスの元に行っていました」

 わたくしは、軽蔑の目をハズスに向ける。この男も、本当に最悪なことをしてくれる。夫婦の間に割り込んで、亀裂を作ってくれるのだから。

「リオネットもよく聞け。ハズスは、ぱっと見はまともだが、気狂いを起こしている。皇帝はな、気狂いを起こしている妖精憑きを上手に宥めなければならないんだ。その方法は、簡単だ。妖精憑きの願いを叶えればいい。ハズスの望みは、ただ、昔のように、俺を育てることだ。閨事なんかしていない。ただ、俺は、ハズスに育てられているように、大人しく従っていただけだ」

「そうです。私の望みは、カイサルを立派な皇帝に育て上げることです。まだ、終わっていない」

 百五十年以上生きるハズスは、時の流れがおかしい。ハズスにとって、カイサルはまだまだ子どもだ。カイサルには子も孫もいるけど、そんなの、関係がない。ハズスはまだまだ、カイサルを育てているのだ。

「話して、くれれば」

「皇帝としては、話せないことだ。俺はハズスに皇帝となるべく育てられた。親子とか、家族とか、最初からない。ハズスは、完璧に仕上げるために、そういうものを俺から奪ったんだ。最悪な妖精憑きハルトの過去話を知っているのはハズスだ。ハズスにとって、最悪な妖精憑きハルトすら出来なかった完璧な皇帝を育て上げることこそが目標であり、喜びなんだ。俺は、妖精憑きハルトが育てた皇族の身代わりだ」

 最悪な妖精憑きハルトの話はハズスから聞きました。ハズスのことを知りたくて、そうなってしまいました。その話を聞いて、カイサルは微妙な顔を見せました。

 生まれる前、お腹に宿った頃に、カイサルはハズスに見つかってしまいました。そのせいで、カイサルは、親子の愛情も、家族の愛情も、ハズスによって奪われてしまいました。その事に、子を持つ親となってから、カイサルは感じるようになったのでしょう。

 完璧な人なんていません。誰だって、失敗はします。ハズスがどれほどカイサルに手をかけたって、完璧な皇帝なんて出来るはずがないのです。だから、カイサルは側室の親子に憐憫から、教育を施しました。そこから、皇族リサが狂ったのでしょう。

 狭い世界で生きている皇族だからではありません。帝国中、くまなく探せば、同じようなことなんて、いっぱいあります。珍しいことではありません。だけど、心の弱いリサは、簡単に壊れてしまいました。

 まあ、勢いで暗殺なんてしちゃうリサは、決して、弱い部類ではないですよね。やっぱり、リサも皇族です、権力者です。

「それで、次はわたくしが側室か隠し子か、なんて話をリズにされたのですか?」

「本当のことでしょう!!」

「やめろ、俺がハズスに殺される」

 リサはリズの話を信じ切っていますが、カイサルは必死になって否定します。何せ、ハズスが殺気をたぎらせていますから。

「カイサル、昔、リオネットの服を私が脱がそうとした時、止めましたね。なのに、お前はリオネットの裸体を見ているとは、どういうことですか!?」

「やっぱり、カイサルはその娘のことが!!」

「リオネットが子どもの頃の話だろう!! それも、入浴の介助で仕方なくだ。寒い時期で、リオネットが濡れて、寒そうだったから、仕方なくだ!!!」

 ありましたありました!! 引き取られたばかりの頃は、お風呂の使い方がわからなくて、いっぱい、失敗しました。しばらくは、全身、ずぶぬれでしたね。

 それよりも、ハズスがわたくしの服を脱がそうとした頃の話を持ち出すのは、なんともいえません。あれって、わたくしがカイサルに引き取られた日のことですよね。武器とか何か持っていないか、と身体検査が目的だったのではないのですか!? 服を脱がす段階で、カイサルが止めてくれましたが、止められなかったら、ハズスは何をしようとしていたのか、知りたくない過去です。

 気狂い起こしているリサとハズスに、まともな思考を求めてはいけない。理路整然と話しても、きっと、通じません。

 というわけではありませんが、わたくしはハズスの側にいきます。

「ハズスは、わたくしのことを愛しているのですよね」

「ええ、愛しています。こうして、自由に動いている姿も愛らしい」

「では、わたくしのことは信じてください。わたくしはカイサルとは、男女の関係ではありません」

「知っています。そうならないように、常に、カイサルの側で見張っていましたから。ですが、あなたの心は自由です。カイサルへの好意は止められません」

「心配ありません。カイサルとは、主従です。それ以前に、底辺で生きていたわたくしには、愛情とか、そういうものは、よくわかりません。リサ、残念ながら、あなたの嫉妬とか、そういうものも、わたくしは理解できません」

 常に、死と隣り合わせで生きていました。リサのように、他人を嫉妬したり、というものを持つのは、きっと、心に余裕がある、環境がある人が抱けるのです。

 教育を受けて、言葉の上では、色恋とか、男女のことを理解しているようでいて、実は、わたくしの中は空っぽです。まず、そういう感情がわからない。

 首を傾げるリサ。生きた環境が違います。リサは、この城という狭い世界で生きています。経験も、この狭い世界です。そこより外に出ないリサは、世間知らずです。だから、わたくしの言っていることが理解できない。

「簡単です。わたくしは、カイサルのことは、男女として好きではありません」

「そうなのですか?」

「リサ、安心してください。わたくしは、今、ハズスのことが気になっています。ハズスも、わたくしのことが気になっています。あなたの心を煩わせているわたくしとハズスは、今、男女の仲になりつつあります。邪魔者は、仲良くいなくなりますよ」

「でも、離婚を」

「カイサルは、背中に失格紋をされたままですので、リサの立場を悪くしないために、離婚を申し出ただけです。リサが気にしないのでしたら、応じなくていいのですよ。そうですね、カイサル」

「ああ、リサが、皇族失格となった俺の妻のままでいいのなら、離婚しなくていい」

 リサは、安心したように泣き笑いした。

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