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皇族姫  作者: 春香秋灯
教皇長の皇族姫-波乱万丈な食事会-
65/353

挨拶

 皇族となってしばらくは、落ち着かない部屋の隅っこにいました。わたくしの後見人となりました皇族カイサルは、忙しい身の上です。夜は同じ部屋で過ごしていますが、朝になれば、さっさと私室から出ていって、皇帝の仕事、教皇長の仕事、と大忙しです。失った両腕の代わりに装着している義体の両腕は、もう、魔法使いの魔法なんて必要とせず、カイサル自身で動かせるようになってしまいましたので、側仕えも必要ありません。

「さあ、練習しよう。ほら、私の名前を呼んでみなさい」

 だから、早朝から、筆頭魔法使いハズスが、わたくしの元から離れません。

「もう、出来るようになりました! ハズス!!」

「そう、敬称をつけてはいけない」

 早朝から、敬称なしで呼ぶ練習をさせられているわたくし。長年、底辺で生きていたわたくしには、この敬称なしで人を呼ぶのは、かなり大変でした。

 だけど、頑張らないといけません。敬称つきで名を呼ぼうものなら。

「そのような他人行儀をされてしまうとは、まだまだ、私の気持ちが通じないのか」

 なんて言って、ハズスが迫ってきます!!

 外では知りませんが、わたくしの前では、ハズスは素顔を晒したままです。べったりとくっついてくるので、もう、必死で押しはがしているというのに、なんつうバカ力なのよ!! 才能の化け物は、腕っぷしもすごいと言ってました、カイサルが!!

「私が外で敬称をつけるのは、カイサルと、リオネットだけだ」

「わたくしは呼び捨てでお願いします」

「将来は女帝のなるのだ。今から、練習しておかないと、大変だ。何せ、偽の皇族だからな」

「………」

 好きで嘘をついているわけではない。もう、完全に、完璧に、騙されたのですよ。

 わたくしは、元は孤児、そこからシスター見習いとなって、シスターになって、と行く先々で底辺でした。孤児では弱者で底辺で、教会では上は皆さん妖精憑きなので、ただの人のわたくしは底辺で、と底辺です。それなのに、筆頭魔法使いハズスに一目惚れなんかされて、騙されるように、偽の皇族にされたのです。

 わたくしは、一度は皇族でなくなった教皇長カイサルの元で十年近く側仕えをしつつ、ハズスによって、かなり高度な教育をされました。元皇族のカイサルの側仕えなので、色々と教え込まれているのね、なんて一生懸命、身に着けてみれば、実はわたくしを偽の皇族にするためだったのですよ!!!

 立ち居振る舞いから、皇族教育、貴族の教育、勉学、ついでに、自死の練習までさせられて、立派な淑女にされました。だけど、偽の皇族なので、うかつに外には出られません。万が一、他の皇族の方々と争いになりましたら、わたくしが偽の皇族だって、ばれちゃいます。だって、皇族には、筆頭魔法使いハズスの加護があります。わたくしが万が一にも、本物の皇族を傷つけようものなら、わたくしのほうが危ないのですよ。

 だから、うかつに外に行かないで、引きこもっているのですが、こうしていると、ハズスに囲われちゃうのです。

「今日の食事は、軽くしよう。デザートは、フルーツだ」

 才能が化け物の妖精憑きは、万能です。ちょっと目をそらしている間に、今のわたくしの胃に優しい昼食が机に並べられます。

「外に行かなくても、全てそろえてやろう。さあ、食べなさい」

「自分で食べられます」

「私の楽しみを奪うな」

 フォークやナイフ、スプーンはハズスの手の中です。わたくしに食べさせたいハズス。

「私は上手だろう。カイサルの時を思い出す」

「では、今からカイサルの所に行って、食べさせてあげればいいではないですか」

「他の妖精憑きがやってる」

「………」

 うわ、カイサルも、今、大変なことになっているのですね。笑ってられない。

 皇族、というか皇帝代理となったカイサルは、何故か、妖精憑きに好かれる体質です。これまでは、最強の妖精憑きハズスがべったりと執着して、カイサルに妖精憑きを近づけさせなかった。それも、ハズスが執着をカイサルからわたくしに代えてしまったので、妖精憑きは、カイサルに近づけるようになったという。今頃、次期筆頭魔法使いヒズムが、一生懸命、カイサルの世話をしているのでしょうね。

 諦めず、わたくしに給餌しようと、美味しそうな料理をフォークにぶっさして、わたくしの口元に持ってくるハズス。ハズスの料理は、確かに美味しい。

 というか、知らなかったのだけど、わたくし、教会に来てずっと、ハズスが作った料理を食べてた!? 改めて、口にして、気づいた。教会のごはんは美味しいですね、なんて、ハズスの前でもほめちぎっていた。ついでに、これがいい、あれは好物です、なんてハズスにも話していました。

 結果、目の前は、わたくしがほめちぎったり、好物だったりする料理が並んでいます。嫌いです、なんて言えない!!

「一人で食べるのは、物悲しいです。ハズスも一緒に食べてください」

「そうかそうか、わかった」

 喜んで、もう一人分の料理が出てきました。一緒に食べるので、給餌行動はなくなります。

 最初から、こうすれば良かったのですよ。やっとハズスの給餌行動から解放されて、わたくしは、人らしく、道具を使って食べました。

「もうそろそろ、他の皇族どもと顔見せをしないといけないな」

「そうですよね。ご挨拶、わたくしからしないといけないですよね」

「いや、皇族どもからだ。リオネットは、女帝と決まっている。お前から行ってはいけない」

「元は孤児ですよ。底辺ですよ。身分からいけば、わたくしは皇族でも底辺ですよ」

 と失格紋の焼き鏝されちゃった皇族リズが言ってました。まだ、夢にまで見ます、皇位簒奪に負けた者たちの儀式。負けたのは、皇族シズムだけど、リズは夫であるシズムの味方なので、道連れですよ。そりゃ、十年前に仲間だった皇族たちは、逃げますよね。負けたら、道連れなんですから。

 十年前の皇位簒奪の敗者は皇族カイサルでした。カイサルは当時、皇帝でしたので、皇位簒奪された側です。仲間なんていません。だから、敗者の儀式はカイサル一人でした。

 でも、思い返すと、敗者の儀式って、カイサルの時は、本当に酷いですよね。両腕を斬りおとして、背中に失格紋の焼き鏝をして筆頭魔法使いの加護を奪ったのですから。それに比べて、シズムとリズは背中に失格紋しただけです。もう少し、罰を………いかんいかん、カイサルとハズスに毒されてきました。慈悲の心は大事です。

 悶々と余計なことを考えていると、何か勘違いしたようで、ハズス様は音をたててフォークを置きます。

「もう、音をたててはいけない、とハズスが教えたのではないですか」

「リオネット、心配するな。私が強制的に、皇族どもの挨拶をやらせてやる」

「これっぽっちも望んでいません。むしろ、来なくていいです。怖いじゃないですか」

 何をされるかわかったものではない。皇族たちに挨拶に行くにしろ、挨拶にされるにしろ、恐怖でしかない。偽の皇族であるわたくしは、ものすごく不利なのだ。

「そんなことよりも、これからです。ずっと、わたくしが部屋で大人しくしていられるわけではないですよね。カイサルは、戦争を勃発させたいのですよね。それには、どうしても、わたくしも動かないといけないです。どうするのですか?」

 やっと敬称なしで呼べるようになったので、次の段階です。

「もう少し、私と二人、蜜月を味わおうと考えないのか?」

「ハズス、過去の所業を許したわけではありません」

「あれだ、好きな子をいじめたい、というやつだ」

「それ、子どもの話ですよね!? ハズスは今、いくつですか?」

「百五十から数えていないな。私は、子どもの心で、そのまま大きくなったようなものだからな」

「………」

 気狂いしているから、もう、どうしようも出来ない。カイサルがいうには、長く生き過ぎて、気狂い起こしているとか。だから、皇族も皇帝も、この男を上手にご機嫌とりをしないといけない、と言います。

 このご機嫌とりの役割をわたくしが担っています。担っているけど、これっぽっちも愛情とか、そういうものが持てない!!

「手が止まっているぞ。ほら、食べさせてやろう」

 ハズスはあっという間に食べ終わって、また、わたくしの給餌行動に戻ってきました。そうですよね、男は皆さん、食べるのがはやいのですよね。

 ハズスは、わたくしの口にちょうどよい大きさのものを持ってきてくれます。食べづらい、ということはありません。むしろ、食べやすいです。

 見てみれば、愛情をこめて見つめてくるハズス。家族とか、恋人とか、そういうものを夢見たことはありません。何せ、底辺です。教会に引き取られても、シスターを辞める時は口封じ、なんて言われていました。お先真っ暗なんですよ。

 だから、疑ってしまいます。ハズスの愛情、実は、罠なんじゃないかな、と。女帝やめたら、色々と秘密を知っているわたくしは、口封じされちゃうのですよ、きっと。

 でも、わたくしの好物とか詰め込まれている昼食には罪はないので、食べます。





 ハズスとそういう話をしていたからか、それとも、もうそろですよね、なんて相手が時を読んでいたのか、血筋のしっかりした皇族側からやってきました。

 私室でドアをノックされるなんて、わたくしの経験の中には、これっぽっちもなかったので、ついつい、側仕えの癖で、ドアのところに行こうとしてしまいます。ほら、側仕えのお仕事は、カイサル様のお客様のお出迎えですよ。ドアだって、わたくしが開けないと、お客様は部屋に入れないのです。

「私がいく」

 だけど、今は筆頭魔法使いハズスの役目です。わたくしを上座のソファに座らせて、ドアを開ける。

 やだ、よりにもよって、一番手は、カイサルの奥方ですよ。若いころは美人で、見た目も体型も、きっと、カイサルのお好みの女性です。

 そんな彼女たちを出迎えるのは、常にカイサルの身柄を奪っていったハズス。ここに、妙な戦いが始まりそうです。カイサルの奥方は、忌々しい、みたいにハズスを睨んでいます。

 ハズスはというと、これっぽちも興味がないようです。他の人たちには、素顔見せたくないみたいで、目隠ししてますよ。もう、永遠に、その目隠し、とらなくていいから!!

「初めまして、カイサルの妻リサと申します」

「わざわざ、足を運ばせてしまって、すみません。リオネットと申します。右も左もわからないことばかりです。色々と、教えてください」

「私が教えてあげます」

 お客様とわたくしにお茶とお菓子を出して、そのまま会話に割り込んでくるハズス。こらこら、社交辞令ですよ。本気にしないでください。

 わかってしまう。わたくしの笑顔も引きつってしまいますよ。ついでに、皇族リサの笑顔も引きつっています。

「ハズスはまだ、カイサルとの関係は続いているのかしら」

 ずばっと聞いてくるよ、リサ。あれですか、リサはカイサルのこと、まだまだ愛しているのですか!!

「カイサル様とは遊びですよ。私は、リオネット一筋です」

 やめてぇええー---!!!

「そ、そうなの。へえ、そうなのですね。でも、皇帝の頃は、皇帝の儀式、随分としていましたよね」

「カイサル様は私にとっては子どもですよ。皇帝の儀式を建前に、権威を高めていただけです。妻なのに、知らなかったのですか?」

 両目を目隠ししているから、ハズスがどんな表情をしているか、読めない。声も感情がこもっていないので、なんともいえない。

 でも、皇族リサの感情は読める。悔しそうに顔を歪め、忌々しいとばかりにハズスを睨んでいる。

 あっれー、これ、皇族同士のご挨拶ではなかったですか? なんて口を開く愚か者ではないわたくし。ハズスが出したお茶をありがたく飲みます。

「ハズス、美味しいです!!」

 ついつい、言ってしまう。味といい、温度といい、完璧です。どうすれば、こんなふうに淹れられるのやら、なんて考えてしまう。まだまだ、側仕え根性が抜けません。

「あなたの口にするもの全て、私が作ります。もう、他の者が作ったものは口にしてはいけませんよ」

「ハズスが作る物は、病みつきになりますね。ほら、飲んでみてください。美味しいですよ」

 食べ物とかには罪はないです。そう思って、お勧めするのですが、リサはカップにも触れません。

「リズは、どうしていますか?」

 皇位簒奪の敗者の儀式後、皇族リズはどうなったのか、わたくしは知らない。なので、母親であるリサに尋ねました。

「カイサルからは、特に指示もありませんでしたので、わたくしが面倒をみています」

「酷い罰をしてしまって、すみません。体の一部を欠けさせるよりは、と思ったのですが、難しいですね」

「わたくしを責めたりしないのですね」

「どうしてですか? 母親が、娘を保護するのは、悪いことはありませんよ」

「夫は見捨てました」

「………そうなのですか。知りませんでした」

 カイサルの側仕えをしていても、確かに、奥方である皇族リサに会ったことがない。カイサルの子が孫の顔見せのために、一度だけは来ることはある。それも、ただの報告程度です。そこに、家族愛は見えませんでしたね。

 十年前の敗者の儀式後のことをわたくしは知らない。十年前のことなんて、聞くことすら、わたくしは考えてもいなかった。目の前のことで精一杯なのだから、仕方がない。

「わたくしは、カイサルの側仕えだったことは、ご存知ですか?」

「あなたが皇族の仲間入りをしてから、聞きました」

「右も左もわからない元孤児のわたくしに、優しく教えてくださいました。側仕えとして、最初は本当に何もわからなくて、出来ないことばかりでしたが、怒ったりせず、一つずつ、出来るように、と指導してくださいましたよ」

「そうなのですか。知りませんでした。カイサルは、子が出来ても、皇帝でしたから」

「そうですね。教会でも、教皇長でした。家族がいることは、噂話で聞いていましたが、カイサルの口からは、質問しない限りは、出てきませんでした。きっと、カイサルのお子様が面談に来なければ、家族がいたことすら、わたくしは気づかなかったでしょうね」

「………」

「すみません。元孤児なので、家族を話題にする、ということが出来ませんでした。家族が、よくわからなくて」

「わたくしとカイサルは、家族、ではありません。家族になれる機会はありました。でも、わたくしは、カイサルを裏切りました」

 十年前の皇位簒奪の時のことでしょう。

 リズは助けました。でも、カイサルは見捨てました。

「十年前は、どうして見捨てたのですか? そう、皇帝であったシズムに命じられたのではないですか?」

「命じられましたとも。でも、こっそり、囲うことも出来たでしょう。敗者の儀式だって、もっと、軽いものに出来たはずです。今回のように、失格紋だけにすればいい、とリズを通して願えばよかった」

「皇族教育というものは、普通とは違います。また、皆さん皇族は、こう言っては失礼ですが、世間知らずです。この囲まれた世界で、最善の答えを出すというのは、実は、とても難しいことなのです。当時は、きっと、それが最善だったのでしょう。仕方がない、これでいい、と皇族の皆さまは思ったのです。だから、間違っていません。命が助かったのですから、それが、最善だったのです」

 それを聞いたリサは泣き出した。

 ハズスは、わたくしに甘えるようにもたれかかってきた。

「甘いな」

 わたくしにだけ聞こえるように呟く。

 仕方がない。わたくしはシスターだったのです。慈悲の心は大事で、そういうものを伝えることを頑張ってきました。帝国民の相談にも乗って、最善の言葉を返して、笑顔で帰ってもらう。そうしてきたのです。

 十年前の出来事は、今更、取返しのつかないことです。今になって、最善策を知って、リサは後悔したのでしょう。だから、リズを助けたのです。

 リサには二通りの選択肢がありました。リズを見捨てるか、助けるか。十年前はカイサルを見捨てたので、リズを見捨てても、誰も責めません。だって、リズは自業自得なのです。だけど、リサは娘を助けました。

 でも、これ、実は娘リズだからなのです。十年前、皇族シズムが皇位簒奪を失敗した場合、リズだってただでは済みません。きっと、リサは娘の命乞いをして、さらに、保護したでしょうね。リサにとって、リズは家族です。

 カイサルは、残念ながら、家族ではないのでしょう。それどころか、ハズスと浮気する夫です。ざまあみろ、と思ったはずです。

 実際は、ハズスとカイサルの関係は、ただの同衾でした、という話を後から聞いたわたくしは、リサのことを気の毒に思いました。どうして話さなかったのかな? 夫婦なのにね。

 泣いているリサを慰めるように肩をたたいたり、撫でたりしているのは、リサとカイサルの子どもたちです。皆さん、わたくしのことをカイサルの浮気相手なんて見てたのでしょうね。気まずい、みたいな顔をしています。だって、いまだに自己紹介していません。

「辛気臭いな。さっさと帰れ。私のリオネットの気分が下がる」

「ついでに、ハズスも出てってください。ほら、仕事、しないと」

「リオネットの身の回りの世話が、私の仕事だ。他は、優秀な魔法使いたちがやってくれる。何せ、皆、カイサル様が皇帝代理となって、喜んでいるからな。正しい形に、やっと戻ったんだ」

「良かったですね。もう、そのまま、永遠に皇帝でいてください。わたくしは、一皇族で終生、お支えしますから」

「失格紋がついた皇帝は許されないから、不可能だ」

 背中にべったりついた失格紋の問題、まだ解決していませんね。

 妖精憑きハルトのせいで、一度、帝国は滅びそうになりました。その頃、大事な文献も焚書してしまい、失格紋を消す方法も失われてしまったのでした。

 だから、カイサルは、皇帝には戻れません。失格紋をされても、皇位簒奪をすれば、皇帝になれるというのに、失格紋がそれを許さないのです。

 失格紋の儀式は、実は、かなり重い刑罰なのです。





 どんどんと皇族の皆さまが挨拶に来てくれます。今日一日で終わらせたいのですね。ハズスが淹れてくれたお茶は美味しいですが、もう、いらない、みたいに一杯飲まされました。

 そうしていると、とうとう、皇位簒奪されちゃいましたシズムのご家族が、シズムと一緒にやってきます。

 リズは挨拶には来ませんでしたが、シズムは来るのね。ちょっと怖いので、わたくしはハズスによってしまいます。だって、シズム、もう一度、皇位簒奪の機会を与えられちゃっています。利き手はなくなったけど、ほら、もう片方は残っているし。

「この度は、おめでとうございます」

 笑顔でお祝いのお言葉をくれるシズムのご両親。めでたくないですけどね、わたくしは。ほら、偽物の皇族ですから。

 わたくしは、頑張って笑顔を顔にはりつけて、「ありがとうございます」と返事をする。

「シズムのことは、お慈悲いただき、ありがとうございました」

「右も左もわからず、ハズスに言われるままでした。これが最善だったのかどうか、実は、わかりません」

 シズムを見れば、すっかりやせ細ってしまい、生気もない。失格紋を背中につけられてしまい、筆頭魔法使いの加護を失ってしまったが、それ以上のものを失った衝撃は大きい。

 つい最近まで、皇族の、帝国の頂点だった。それを貴族がそろう会場で、皇位簒奪されてしまったのだ。色々と失ったのは、見てわかる。

「カイサルに斬られた腕はどうですか? カイサルが昔、言っていました。失った腕の痛みが時々、襲ってきたそうです。それも、あの偽物の腕をつけてから、なくなったと言っていました。シズムも、相当、痛いのではないですか?」

「そうなのですか。痛がるので、医者にもみせたのですが、そういうことなのですか」

「リオネット様のお陰だ」

 ずっとだんまりしていたハズスが、突然、割り込んできた。

 何の話なのかわからず、わたくしとシズムのご両親は、ハズスを見返してしまう。

「リオネット様が、カイサル様に言ったのだ。偽物の腕をつければ、きっと、勘違いして、痛くなくなるだろう、と。それを私が聞いて、実行したんだ。お陰で、カイサル様は亡くした腕を義体の腕で取り戻し、あのどうしようもない苦痛もなくなった。リオネット様のお陰だ」

 口元に笑みを浮かべるハズス。

「子どもの戯言ですよ。大袈裟です」

「その戯言で、カイサル様は痛みから解放された。私のリオネット様は、素晴らしい女性だ」

「それでは、せっかくなので、シズムの手を作ってあげてください」

「それは断る。シズムは、身の程をわきまえないことをしでかしたのだ。痛みは罰として、受け入れるんだな」

 ハズスは厳しい。きっと、皇族が命じたところで、血の濃さが足りないとかで、ハズスに実行させられないのだろう。

 わたくしだって、出来ない。だって、偽物の皇族ですから。今のだって、命令というよりも、お願いです。本物の皇族でも、ハズスは拒否するでしょう。

 落胆するシズムのご両親。

「カイサルほどのものではなく、木で作った、とか、そういうものを試してみたらどうですか? まずは、そこからです。痛いのは、ものすごく辛いものです。そこを解放されましたら、シズムも、次へと進めますよ」

「そうします」

 一つ、前進したようで、シズムのご両親は穏やかに笑います。

 だけど、シズムは暗い目で、わたくしをじっと見ています。大人しくしてくれそうになさそうですね、シズムは。

「どうか、シズムとリズの接触はさせないでください」

 だから、わたくしは一応、注意する。

「でも、二人は夫婦ですし」

「忘れてはいけません。リズは、わたくしのことを下と見ています。敗者の儀式では、わたくしを最後まで下と見ていました。この挨拶にも、リズは来ませんでした。きっと、わたくしと対面させられないぐらい、リズは良くないのでしょう。いいですか、わたくしは、シスターであったので、慈悲の心があります。世の辛酸も経験しています。しかし、あなたがたは、城の中で、皇族としての常識に囚われています。今は、あの儀式でわたくしを受け入れよう、と考えてはいますが、きっと、一年後、二年後には、そうではありません。リズは、わたくしにとって、起爆剤です。あと一度、シズムとリズは皇位簒奪が出来る、ということを忘れないでください」

 でも、わたくしの注意は、城で過ごすだけの皇族たちには、理解出来ないでしょうね。

 見ていればわかります。シズムのご両親は、呆けた顔をしていました。

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