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皇族姫  作者: 春香秋灯
教皇長の皇族姫-失格紋の皇族-
63/353

皇位簒奪

 女性の勝負服と言えば、ドレスです。とうとう、舞踏会ですよ、舞踏会。

 舞踏会に参加することとなると、なんと、わたくしは前日から筆頭魔法使いの屋敷に宿泊です。前日から、磨かれるって、本当に、高貴な女性は、大変ですね。

 筆頭魔法使いの屋敷には、ハズス様だけでなく、教皇長カイサル様も泊まりました。

「まあまあ、見れるようになったな」

「可愛いじゃないか!!」

 ハズス様は相変わらず辛辣で、カイサル様はお世辞ですね。ハズス様の評価が、きっと正しいでしょう。

「俺は、先に席についている」

「あの席も、今日で最後ですね」

「そうだな」

 今日、大々的にカイサル様が皇族でなくなったことを発表される。これまでは、新聞やら伝聞でカイサル様が皇位簒奪され、失格紋により皇族でなくなった、と公表されても、筆頭魔法使いや妖精憑きの抵抗により、なかなか、認められなかった。

 それも、十年に一度のこの舞踏会で、帝国中にいる貴族全てに宣言してしまえば、もう、文句も出ることはないだろう、というのが、皇帝シズム様と皇妃リズ様の考えです。

 この企みで、抜けてしまっていることといったら、筆頭魔法使いと妖精憑きの抵抗、という問題が解決していないことです。これ、どうするのだろう?

 筆頭魔法使いのお仕事がなくて、皇帝のご機嫌とりもしなくても良ければ、ハズス様はカイサル様にべったりだというのに、今日に限っては、別行動です。

 逐一、わたくしの出来を見ては、何やら頷いているハズス様。使用人たちに、色々と注文までつけている。もう、何やったって、元はわたくしだから、これっぽっちも出来は変わらないというのに。

「これをつけよう」

「こういう高価なものを身に着けるのは、危険ですよ。これ持って、わたくしが逃げたらどうするのですか」

「その時は、殺せばいい」

「………」

 そうですよね、力ある妖精憑きにとって、わたくし一人殺すことなんて、簡単ですよね!!

 どうにか、高価な貴金属を避けたいのだけど、ハズス様は容赦なくつけてくれる。

「ほら、さっさと下描きをすませろ」

 本当に、絵師まで呼びましたよ、この人!!

 冗談かと聞き流していたのに、ハズス様、絵師まで呼んで、準備している間、下描きさせています。絵師、もう、真っ青です。相手は筆頭魔法使いという、雲の上の人です。一介の絵師は、これまで関わったこともないでしょう。しかも、力ある妖精憑きは、皇帝ですら制御出来ません。ちょっと失敗しようものなら、命がないですよ。

 ハズス様が見ている前で下描きをさせられる絵師。

「こら、見たままを描け、見たままを。妙な描き方はするな」

「は、はい!」

 ダメなのを描いたんだ。やり直しさせられている絵師。

「ハズス様が描けばいいではないですか。見ましたよ、カイサル様の肖像画。素晴らしかったですよ」

 ハズス様、才能の化け物だけあって、絵だって描けます。若い頃のカイサル様の肖像画を先ほど、見ることとなりました。ハズス様、筆頭魔法使いの屋敷のあちこちに、カイサル様の肖像画を飾っているのです。本当に、大好きですね!!

「お前のは描きたくない」

「そうですかそうですか」

「いつも、気持ち悪い笑顔だ。もっと、こう、気持ち良く笑え」

「そんな、無茶苦茶なこと言わないでください」

 笑顔はわたくしの武器だ。一度身に着けたものをそう簡単に手放せない。ほら、大事なんですよ、この笑顔が!!

 準備中は、笑っているのはダメなので、わたくしは真顔です。色々と、顔に塗りたくったりするのですよね。高貴な女性は、本当に大変です。こんなの塗っていると、顔が苦しい、なんて感じてしまいますよ。

 準備が終わるころに、わたくしは下描きを見せてもらいました。

「こういう顔なのですね」

 真顔だ。ついつい、笑ってしまう。

「いつも、そう笑っていろ」

「えー、難しいこと言わないでください。いいですか、笑顔はわたくしの武器です。この笑顔は評判が良いのですよ」

「私には気持ち悪い。ほら、これでも食べてろ」

 お腹がすいたな、と気づかれたのでしょう。ハズス様が珍しく、わたくしの飴玉をくれる。しかも、手渡しではなく、わたくしの口元に持ってきた。

 さすがにそれは、とわたくしはまずいものを感じて、手を出すのだけど、ハズス様は手渡ししてくれない。

「あの、それなりのお年頃ですから、食べさせられるのは、ちょっと」

「私の歳を考えなさい。百年以上、生きてるんだ。お前なんぞ、小娘以下だ」

「見た目!?」

「ここでの事は、外には漏れない。ほら、口を開きなさい」

「いやです」

 思い通りになってやるものか。この男は、子どもじみた抵抗に対して、怒ったりしない。わたくしは、手を出す。

 だけど、ハズス様は飴玉をわたくしの口元に持っていったままです。無理矢理、奪うことも出来ますが、それはちょっと、負けた感じになります。

 しばらくにらみ合っていると、おもむろに、ハズス様は目隠しを外しました。

 ハズス様の恐ろしく美しい相貌に、わたくしは息すら止まりそうです。ついつい、間抜けにも、口が開いてしまいます。そこに、ハズス様は容赦なく飴玉をいれてくれます。

 飴玉はとても甘い。そこに、ハズス様の甘い笑顔です。わたくしは目が離せなくなりました。これは確かに、人を狂わせる美貌です。胸が高鳴ります。

 ハズス様は立ち上がると、わたくしの頭を軽くなでました。

「良いものが見れた。いつも、そういう顔をしていなさい」

 そう言って、ハズス様は準備のために、部屋を出ていきました。

 しばらく、わたくしは動けなくなりました。あの顔をしたハズス様の隣りをわたくしが歩くのか、なんて考えて、すぐに現実に引き戻されましたが。大変です。





 わたくしと筆頭魔法使いハズス様の入場は最後だという話です。だから、随分と長い時間、筆頭魔法使いの屋敷で待っていました。あまりに待っていて、疲れました。だって、ドレスって、着ているだけで、疲れるのですよ。窮屈で、動くのにも、あ、破れちゃいそう、なんて怖くなってきます。もう、わたくしは一生、一平民でいいです。はやく、教会に戻りたい。

 全ての貴族が入場した、という伝達が届くと、ハズス様がわたくしを迎えに来ました。

 すでに目隠しを外れたハズス様は、服だって立派です。どうしよう、この人の隣りを歩くわたくしは、絶対に、服に着せられた道化ですよ!!

「さあ、戦争を始めよう」

「そうですね」

 この男を手に入れるために、貴族も皇族も戦争しますよ!!

 よくわかっていらっしゃるハズス様の手をとるわたくし。真っ先に殺されるのはわたくしですね。だって、エスコートされていますから。入場したとたん、後ろからバサーと斬られちゃうかも。

 そんなことを考えながら、ハズス様に引っ張られて、舞踏会の会場前に到着です。もう、ハズス様の素顔を見てしまった人たちは、魅了されて、大変でしたよ。歩いてそのまま壁にぶつかるとか、階段から落ちるとか、そういうものを見ても、助けにも行かせてくれません。手放してくれないのですよ、ハズス様。大丈夫でしょうか、あの壁にぶつかったり、階段から落ちたりした人たちは。

 そうして、会場のドアをハズス様が魔法で開けて、入場となります。誰も、わたくしとハズス様が入ってきたことなど気づいていません。何せ、無言での入場ですから。

 それでも、しばらく歩いていれば、ハズス様の美貌に魅了される貴族の皆さまは、どんどんと静かになっていきます。

 そうして、ハズス様はわたくしをエスコートしたまま、なんと、皇族のみが許される、なんて言われている階段を上るのですよ!! まずいです、そこ、わたくしは殺されちゃいますよ!!

 おもに、このエスコートしている筆頭魔法使いハズス様に。

 しばらくは、大臣の席です。そこはまだ、大丈夫なんですよ。大臣が終わると宰相です。そこも大丈夫です。その先が、皇族席です。

 皇族席の手前に広い踊り場があります。そこで、ハズス様は一度、立ち止まりました。

「発現した皇族を連れてきた」

 き、聞いてない!? 嫣然と微笑むハズス様の相貌を見ても、わたくしは陶酔なんてしない!!

 だけど、叫ぶことなんて出来ない。口だって開かない。だって、目の前にいる人たちは遥かに上の身分の人たちだ。貝のように閉じろ、と教育されているのよ、わたくしは!!

 だけど、笑顔なんて浮かべられない。わたくしは教皇長カイサル様を探しました。

 カイサル様、意外にも、皇族でも上座に位置する所に座っていました。笑顔でわたくしの元に歩いて来ます。

「やっと、お披露目だ。長かったな」

「どういうことだ!?」

 皇帝シズム様が叫ぶ。計画通りに事が進められないことに、苛立っているのだ。

 隣りに座る皇妃リズ様は、カイサル様を睨んだ。

「お父様、その娘は貴族ではない、孤児です。そのような者が発現した皇族であるはずがありません!」

 わたくしとリズ様は顔見知りです。シズム様だって何度も会っているというのに、首をかしげています。あれですよね、下賤の者であるわたくしの事なんて、シズム様は覚えていないのでしょうね。

「筆頭魔法使いハズスが認めた皇族だ」

「孤児から、出るはずがありません」

「孤児だからこそ、だろう。どこの誰の子なのかもわからない。もしかすると、貴族のお手付きの子かもしれない。育てられなくて、捨てたんだろう」

「調べましょう」

「必要ない。ハズス、皇族の儀式をここでやってくれ」

「喜んで」

 ハズス様は嫣然と微笑み、わたくしの前に立つ。

「さあ、命じなさい」

 わたくしは、皇族たちと宰相、大臣、静まりかえった貴族たちの視線を一身に受けた。後戻りをするためには、皇族の儀式をしないといけない。

 わたくしは笑ってやる。ハズス様、失敗させてやる。

「わたくしの靴をなめてください」

 絶対に不可能な命令をしてやる。これが出来ると、なんと、皇帝になれちゃうのですよ。ここまで血筋が濃いことなんて、絶対にありえないのですから。

 ところが、ハズス様、嬉しそうに笑って、跪き、わたくしの靴を舐めたのですよ!? 良かった、新品の靴で。普段履いている靴だと、あれはかなり汚れているから、罪悪感が出てしまう。

 そして、嬉しそうに笑うハズス様。

「私の皇帝は、あなただ」

 とんでもない宣言までしてくれましたよ!! 何言ってくれちゃってるの、この男は!!!

 さすがに笑顔なんて浮かべられません。もう、ひきつっちゃいますよ。

 貴族のほうが、ものすごくざわざわしています。大臣だって、宰相と、何やら話していますよ。

「じょ、冗談がすぎます、ハズス様」

「あなたは私の皇帝だ。敬称など必要ない」

 甘えるようにわたくしを抱きしめるハズス様。あの顔が近い近い近い!!

「やっと見つけた、私の皇帝。もう、離さない」

 そうして、わたくしを背中から抱きしめて、ぎっと最上段に座る皇帝シズム様を睨む。

「シズム、その席は私の皇帝ものものだ。譲りなさい」

「断る!!」

「何言ってくれてるの!? シズム様、ハズス様の冗談です」

「冗談なものか。今夜は、私と皇帝の儀式を取り行おう」

「もう、離れてください!!」

「悲しいことをいうな。離したくないというのに、カイサル様、どうすればいい?」

「リオネット、皇族皇帝の仕事は、筆頭魔法使いのご機嫌取りだ」

 カイサル様は、おもいっきり顔をそむけて言ってくれる。そうじゃなくって、この状況を説明してほしいです!! 聞いてない!!!!

 十年近く、わたくしはカイサル様の側仕えをしていました。それなのに、発現した皇族なんて、知りません。

 絶対に裏がある。ハズス様の美貌に狂わされてなるものか。わたくしは歯を食いしばって、カイサル様を睨む。

 カイサル様は皇帝と皇妃に振り返っていう。

「筆頭魔法使いが選ぶ者こそ皇帝だ。お前はいまだに筆頭魔法使いに選ばれていない」

「それがどうした。俺は十年、この席にいた。皇帝としての仕事もした。公的にも皇帝として認められている!!」

「その程度のこと、皇族であれば、誰もが出来ることだ。しかし、筆頭魔法使いを従えられるのは、皇帝のみだ。お前は、筆頭魔法使いを従えられていない」

「皇位簒奪すればいいのだろう」

 そう言って、皇帝シズム様は剣を抜き放ち、降りてくる。

「いけません!!」

「黙れ!!」

 皇妃リズ様は止めますが、シズム様は拒否します。相手が力のない小娘であるわたくしだから、皇位簒奪が簡単だ、と思ったのでしょう。

 わたくしの味方は、教皇長カイサル様と筆頭魔法使いハズス様です。ハズス様は、契約により、皇族に手を出せません。だから、いくらわたくしを守ろうとしても、出来ないのです。

 そして、教皇長カイサル様は、魔法を解かれているようで、両腕が動いていません。

「ハズス、カイサルに魔法を使うな!」

 念入りに命令されてしまったので、カイサル様の両腕は封じられたようなものです。

 もう、ハズス様、ここで秘密いっぱい持っているわたくしを皇帝に殺させて、口封じするつもりですね。本当に、恐ろしい男です。人でなしです!!

 ハズス様はわたくしから離れない。後ろから抱きしめたままです。

「もう、離れてください。わたくし、逃げられないではないですか!!」

 あの綺麗な靴を脱いで、逃げる準備をするわたくし。この動きにくいドレスだって、逃げる途中で破り捨ててやる。ただで死んでなるものか!!

 逃げたいわたくしの前に立ちはだかるのはカイサル様です。

「ちょうどいい、貴様も殺してやる」

 カイサル様は、わたくしの盾のように立っている。ここでシズム様の手にかかれば、過去の皇位簒奪が成功したこととなる。

 シズム様が剣を振るう。その剣は、きっと、すごい業物なのでしょう。

 ところが、カイサル様の腕が動いて、お飾りで帯剣していたと思われた剣を抜き放ち、受け止めたのです。

「ハズス、魔法を」

「いつまでも、妖精憑きに頼るような俺ではない!!」

 腕前が違いすぎる。カイサル様はシズム様の剣をはねのけ、さらに切り込み、どんどんとシズム様を後退させていった。

「ヒズムですね!!」

 皇妃リズ様は、空席である筆頭真能使いの席の隣りに座る見習い魔法使いのヒズム様を睨む。

「いえ、僕ではありませんよ」

 ところが、ヒズム様はそれを否定する。

「ハズス様に命じてみてください。僕の魔法を解くように」

「ハズス、ヒズムの魔法を解きなさい!!」

 ヒズム様に言われて、リズ様は命じるも、カイサル様の両腕は動いている。

 一体、何が起こっているのか、わたくしもわからない。振り返れば、ハズス様は嬉しそうにカイサル様の剣戟を見ている。

「さすが、私が育てた皇帝だ。あなたは最高だ!!」

「どういうことですか? 他の妖精憑きが魔法をかけているのですか?」

「命令ですか?」

 ハズス様は甘く耳元にささやいてくる。この声もまずい。わたくしはついつい、手でハズス様の顔を押し離した。

「教えてください!」

「妖精の目ですよ。カイサル様は、片目をえぐり、妖精の目という魔導具を装着したのですよ。十年かけて、カイサル様は、妖精の目を使いこなせるようになったのです。妖精の目であれば、魔法が使えます」

 興奮しているのか、力いっぱい、わたくしを抱きしめてくる。もう、離してほしいのに!!

 ハズス様の話を聞いて、リズ様は憎々しいとばかりにカイサル様を睨み下ろす。

「どこまでも、わたくしの邪魔をして!」

 そう言って、リズ様まで席を立ってしまう。そして、カイサル様に体当たりして、シズム様の隣りに立つ。

「もう一度、人質となります」

 リズ様はシズム様の前に立っていう。シズム様はその申し出を受けようと手を伸ばした。

 ところが、カイサル様は、背中を向けたリズ様をばっさりと斬りました。

 実の娘を、皇位簒奪のために人質に取られ、一度は助けた娘を、カイサル様は背中から容赦なく斬ったのです。

 あまりのことに、わたくしは息が止まる。十年前の出来事の再現ではない。十年前は、リズ様のために、カイサル様は皇帝位を譲ったのに。

 死んではいない。痛みにのたうち回るリズ様をカイサル様は容赦なく蹴落とした。わたくしの横を転がり、階段を転げ落ちていくリズ様。

 シズム様は、呆然と立ち尽くす。目の前には、遥かに強い腕前のカイサル様が両腕の動きを確認しつつ、シズム様を見ている。

「皇位簒奪、するのだろう」

「そうだ、あの小娘を殺して、皇位簒奪を成功させる」

「いいか、皇族が女の場合、代理戦争が認められている。リオネットの代理として、俺が受けて立とう」

 もう、見るまでもない。この勝者は決まっている。

 シズム様は他の皇族に目を向ける。十年前、シズム様一人で皇位簒奪をしたわけではない。同志というか、仲間というか、そういう者が、皇族の中にいたのでしょう。

 だけど、誰も、シズム様を見ない。十年前とは違う。今は家族がいる。小さいわが子までいるのに、沈むのが決定している泥船になど、誰も乗らない。

「ど、どうして、リズをっ」

 悪あがきするように問いかけるシズム様。だけど、カイサル様は容赦なくシズム様の剣を持つ手ごと切り落としました。

 とんでもない悲鳴があがる。シズム様は座り込み、失った手のほうの腕をつかんだ。

「皇妃になりたいというから、ならせてやっただけだ。お前も、皇帝になってみたかったんだろう。だから、十年、その座に座らせてやった。どうだ、楽しかったか?」

 痛みで、シズム様は話を聞いていないし、返事も出来ない。どんどんと流れる血に、震えている。

「娘だから、助けてやったわけではない。皇帝になりたい、とお前がいうから、ならせてやっただけだ。皇族に、親も子もない。そう教えてやったというのに、わかっていなかったな」

 愛情なんて、かけらほども感じられない。カイサル様は、無様に転げ落ちて、動けないリズ様を見下ろした。その目は、とても冷たい。

「どうして、カイサル様は皇族を攻撃しても、無事なのですか?」

 カイサル様は失格紋によって、皇族ではなくなっている。皇族に攻撃できるのは、皇族のみです。カイサル様は、皇族であるシズム様とリズ様を攻撃すれば、妖精に復讐されるはずです。このような場でも、わたくしはついつい、聞いてしまう。

 カイサル様は無事です。ハズス様の妖精に復讐もされていません。かといって、失格紋の効果がないわけではありません。カイサル様にかけられた魔法は、シズム様の命令で解除されています。

「失格紋は、ただ、筆頭魔法使いの加護を失わせるだけだ。皇族であることは変わりがない。もう一度、皇位簒奪の機会を与えたんだ。それが失敗した時は、今度こそ、処刑だ」

 弱肉強食の帝国は、反骨精神を大事にしたのだろう。失敗しても、生かしておいて、もう一度、這い上がれるようにしたです。

 だけど、普通は不可能なことです。体の一部を斬りおとされて、ただの子作りのための道具とされます。カイサル様だって、両腕を斬りおとされたのですから、再起はありません。

 カイサル様には、筆頭魔法使いと妖精憑きが味方となりました。ハズス様は、古代の失われた技術を使って、カイサル様の失われた両腕を義体の両腕にして、再起を果たしました。

 さらに、本来であれば、妖精憑きの力でないと動かせない義体の両腕をカイサル様は片目を妖精の目という魔導具に代えることで、両腕に魔法を施せるようにしたのです。

「よくやりました、カイサル様」

 皇位簒奪の結果に、満足そうに笑っていうハズス様。いまだに、わたくしから離れてくれない。

「満足か、ハズス」

「ええ、満足です。これで、私の皇帝は、リオネットです。今日にでも、皇帝の儀式を行いましょう」

「ちょっ、変なところ、触らないでください!!」

 わたくしはハズス様の手をおもいっきりつねってやる。

「つれないな。私を手に入れたい者は大勢いるんだぞ」

「知りませんよ!! もう、離してください!!!」

 力一杯、抵抗しているというのに、ハズス様の腕はがっちりとはまって、離れない。本当に、どうなってるのよ、これは!?

 カイサル様は、わたくしとハズス様を一瞥して、そのまま、皇帝の席に座る。

「リオネットはまだまだ若い。しばらくは、俺が皇帝代理となろう。だから、皇帝の儀式はしばらくお預けだ」

「いいでしょう」

 やっと、ハズス様の拘束がゆるくなる。わたくしはささっと、見習い魔法使いヒズムの後ろに逃げ込む。

「やめてください!? 殺されます!!」

「だって、カイサル様は怖いし、ハズス様はおかしいし!!」

「リオネット、そこではない」

 嫣然と微笑んで近づいてくるハズス様。その美貌に騙されないわよ。わたくしはもう、ハズス様の手なんてとらない。

 だけど、ヒズム様が裏切ってくれた。席を離れて、わたくしをハズス様に差し出したのだ。もう、裏切者!!

 ハズス様はわたくしの手をとると、そのまま引っ張って、カイサル様の隣り、皇妃の席に連れて行ってくれる。

「いえ、わたくし、カイサル様の後妻になるつもりはありません」

「カイサル様の奥方は健在ですよ。ほら、あそこに座っています」

 見てみれば、気まずい、みたいな顔をして、おもいっきりわたくしから顔を背けている皇族の女性がいる。若いころは、それはそれは美人でしたよね、という面影がある女性です。胸も大きいですね。

 それを見て、一気に落ち着いた。そうですよね、カイサル様、お胸が大きい女性が好みですものね。

「俺はリオネットの後見人のようなものだ。しばらくは、俺が皇帝の座につこう」

「ここに、座らないといけないのですか?」

「座らないと、終わらない」

 静まり返った会場では、皇位簒奪を失敗したシズム様の苦痛の呻きが響き渡っている。

 十年に一度という、それはそれはおめでたい舞踏会だというのに、無茶苦茶ですね。お葬式みたいな場をどうにかするために、わたくしは大人しく、皇妃の席に座ることとなりました。

 そして、舞踏会らしく、ダンスの音楽が始まりました。

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