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皇族姫  作者: 春香秋灯
教皇長の皇族姫-失格紋の皇族-
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失格紋

 ドレスを作るために、わざわざ教会に呼ばれる職人たち。もう、既製品でいいと思うのですよ、わたくしは。

「色はどうしようか」

「私の目の色にあわせよう。リオネットの目の色は地味だ」

 筆頭魔法使いハズス様に、酷いこと言われました。どうせ、あなたの美貌の前には、わたくしなんて地味な女ですよ!!

 といっても、実は、ハズス様の素顔、わたくしは見たことがありません。いつも、目隠しされていますので、目の色だって知りません。

 職人の皆さんは、教皇長カイサル様に指示されて、青色の生地を持ってきました。

「地味にしてくだい、地味に」

 わたくしは注文をつける。下手に派手にされて、目立つと、後々、痛くなる。ドレスに着せられている、なんて陰口叩かれようものなら、泣いちゃう。

「せっかくだから、派手にしよう。きちんと、リオネットに似合うデザインにするから」

「地味でお願いします。もう、寡婦が着るような地味なデザインで。あと、顔も隠しましょう。ほら、ハズス様とご一緒にするなら、目隠しは必須ですよ」

「この日は、目隠しなしだ」

「えー、ご尊顔、もっと隠しましょうよ」

「たまには、目で世界を見たいものだ」

「だったら、もっといいものを見ましょうよ。世界に行けば、もっと綺麗なもの、いっぱいありますよ。舞踏会なんて、あれです、色々とイヤなものがいっぱい集まっていますよ」

「綺麗なものは、見飽きた。気持ち悪いものが見たいな」

「そうですか」

 もう、こう言われてしまったら、わたくしも説得は出来ない。

 筆頭魔法使いハズス様が見飽きたというのだから、たくさんの綺麗なものを見たのでしょう。なにせ、百年以上生きている方です。なんと、伝説の皇族である血のマリィがご存命中から筆頭魔法使いをしているとか。伝説を生で見てきた人です。綺麗なものも、穢れたものも、いっぱい、見たでしょうね。

「では、リオネットの素顔も晒すということで。生地はこれにしよう。金糸がいい感じだ」

「単色で!?」

「同じ布で揃えよう」

 無視された!! もう、わたくしの意見なんて聞いちゃいない。カイサル様とハズス様でどんどんと生地からデザインまで、決められていきます。

 採寸が終わったので、わたくしはただ、横から口を出すだけです。

「こう、足とか腕とか出さないのがいいですね。寡婦みたいにしてください」

「よし、足とか腕とか出すのにしよう」

「わたくしの希望は!?」

「お前の希望通りにしたら、私が道化になってしまうではないか」

 逆ですよ、逆。わたくしがまともな恰好をして、ハズス様の隣りに立ったら、わたくしが道化ですよ。

 十年以上、頑張って培った笑顔を引き攣らないようにして顔に貼り付けてやりました。わたくし、頑張ってます。

 そうして、わたくしの意見など全て無視されて、わたくしのドレスは決定となりました。

「よし、記念に、絵師に描かせよう」

「何の記念ですか!?」

「お前が死ぬ時は、一緒に燃やしてやる」

「いりません!!」

 もうすぐ、わたくし、シスター辞めさせられるようですね。不吉なことばかり言ってくれるハズス様。それを聞いているカイサル様は呆れたようにハズス様を見ている。

「若い子を揶揄ってはいけない」

「冗談が通じないな」

 冗談に聞こえないのですけどね。ハズス様は目を隠しているので、そこがわからない。声だって、冗談を言っているような感じではない。

 そうして、ドレスの注文が終わったところで、次は王都の教皇ズーム様とのご歓談です。今日は、ハズス様がしっかりと魔法をかけてくださいましたので、カイサル様の両腕はしっかり動いています。ドアの開け閉めも、書類をめくったりするのも、完璧です。

「そちらではありませんよ」

 足はしっかりとした自前だってのに、どうしてそう、逆の方に行くのでしょうね。わたくしはしっかりと教皇ズーム様の執務室の前までカイサル様を連れて行きます。ノック二回をして、返事をいただけたら、カイサル様だけ部屋に押し込み、さっさとドアを閉めました。今日は密談の類なので、側仕えは入れません。

 手持無沙汰で外で待機していますと、見習い魔法使いがやってきました。

「交代します、ハズス様」

 筆頭魔法使いハズス様の前に跪く見習い魔法使いヒズム様。

「ほら、交代だそうですよ」

 聞こえないふりをするハズス様に、わたくしが言ってやります。離れたくないのですよね、カイサル様から。

「城には、ヒズムが行けばいいだろう。将来の筆頭魔法使いなんだから」

 そう、この見習い魔法使いヒズム様は、数年後には、筆頭魔法使いとなる方です。

 実力でいうと、ハズス様曰く、百年に一人生まれるかどうかの才能の持ち主だとか。見た目は、とてもかっこいいですよ。千年に一人の化け物は、これを超えるという。ヒズム様のご尊顔でも相当だというのに、ハズス様はこれ以上というのは、想像出来ない。

 ヒズム様は睨むようにハズス様を見ています。交代してほしいのよね。

「わかったわかった。交代しよう。カイサル様に、妙なことをするなよ」

「出来るわけないでしょう。あれだけべったりと、ハズス様が匂い付けされて、卑怯です」

「格の違いだ、格の」

 ハズス様は口元に笑みを浮かべて去っていく。なんだか、会話の内容が卑猥な感じがします。匂い付けなんて、どんな方法をとられているのやら。

「お久しぶりです、ヒズム様」

「まだ生きてたんだな」

「………」

 もう、死ぬ死ぬと言われると、わたくしも、泣きたくなってきます。酷い挨拶です。

 それでも、笑顔をしっかりと貼り付けて、余計なことは言いません。笑顔、大事です。

「いやいや、悪いことを言ってしまったな。カイサル様の傍に近いから、間違って、暗殺の被害にあっているのではないか、なんて勘ぐっただけだ」

「あ、そちらですか」

 そういうのも、ありますね、実際。

 カイサル様、失格紋を背中につけられてしまったので、筆頭魔法使いの加護を受けられなくなってしまいました。お陰で、暗殺し放題です。就寝時から、平時まで、ありましたよ、いっぱい。わたくしも巻き添えになったことがあります。

 しかし、カイサル様、筆頭魔法使いハズス様に色々と鍛えられた方です。強いのです。義体の両腕が動きさえすれば、わたくしを片腕に抱えていても、暗殺者を撃退しちゃいます。本当に、強いのですよ。

 カイサル様の両腕、別に、ハズス様でなくても、動かせるように出来ます。見習い魔法使いヒズム様でも出来ます。むしろ、筆頭魔法使いでない魔法使いにやってもらえば、皇帝や皇族の命令で解除、なんてされないのですよ。

 それをさせないのが、筆頭魔法使いハズス様です。カイサル様の身の回りから、魔法まで、全て、支配したいのですって。本当に、カイサル様大好きですよね。でも、それ、一歩間違えれば、カイサル様殺されちゃうってのに。

 そういうことがあるといけないので、ハズス様は、こうやって、ヒズム様とか、他の魔法使いに交代して、カイサル様の魔法を維持させているのです。

「カイサル様がご健在の内は、わたくしは大丈夫です。わたくしが人質にされても、カイサル様、見捨ててくれますから」

「それは、また、なんとも」

「いいのですよ。そう、ハズス様に教育されました」

 いざとなったら自死しろ、なんてハズス様はいうのよ。出来るか!? と叫んだら、まずは腕を切るところから、なんて訓練させられました。見た目、綺麗に傷がないのは、ハズス様の魔法ですよ。もう、腕やら足やら、自分で斬る訓練させられたの。本当に容赦ないですね、ハズス様は!!

 教育の内容は頭の中で叫んで、口には絶対に出しません。ヒズム様、きっと、想像すらしていませんよね。わたくしの笑顔は完璧ですから。

「今度の舞踏会では、リオネットも参加するとか」

「もう、どこまで話が広がっているのですか。ハズス様がエスコートも広がっていますか?」

「そうなの!?」

「あらやだ、知らなかったのですか。内緒にしてくださいね」

 迂闊に言ってはいけない。何が起こるかわかったものではないわ。

「僕も参加することになっています。ハズス様の隣りに座るのですよ」

「そうなのですか。わたくしはきっと、カイサル様の後ろに立っているのでしょうね。いつものことです」

「カイサル様は、皇族席に座るのに? あの席は、皇族しか行けないようになっていますよ」

「でも、カイサル様、皇族ではなくなったと聞いていますから、大臣席辺りでしょうね」

 ハズス様から受けた皇族教育を思い出していう。

「詳しいですね」

「ハズス様に随分と教育されました。元皇族といえども、カイサル様の側仕えとなるんだからー、なんて、言われて、皇族教育までされたのですよ。時々、仕事の手伝いまでさせられています」

「あの方も、何を考えているのやら」

「カイサル様のことだけですよ」

「いいですよね、それ」

「妖精憑きの皆さまは、カイサル様、大好きですよね」

 カイサル様を処刑出来ないのは、妖精憑きがカイサル様によくわからない執着をしているからです。

 このものすごい美形なヒズム様も、カイサル様大好きなのです。

「妖精憑きは妖精に近い感性があります。カイサル様は、そういうものに好かれやすい体質なのでしょうね。傍にいたくなります」

「その気持ちは、これっぽっちも理解できませんが」

「幸福を感じます。この距離でも、そうです。ハズス様はあんなに密着しているのですから、相当、気持ちよいでしょうね。そして、あの密着具合が、匂い付けですよ。あれのせいで、力の弱い妖精憑きは、カイサル様に近づけないのです」

「本当の意味での、匂い付けなんですね」

 うわ、獣みたいなことしているのね。でも、洗っても落ちるようなものではないので、もっとタチの悪いものなのだわ。

 毎日、カイサル様は念入りに洗っています。背中なんか、とくに頑張ってますよ。ハズス様は毎日、カイサル様にべったりですが、寝る時までは毎日、というわけにはいきません。

 人外のやり取りは、ただの人であるわたくしには、よくわからないことです。

 そうして、軽い雑談で時間を潰していると、カイサル様がやっと出てきました。きちんと、両手は動いていますね。

「リオネット、いつもすまないね」

 一緒に出てきた王都の教皇ズーム様がねぎらってくれます。ついでに、飴玉なんてくれます。ご褒美、ありがとうございます。

「こらこら、リオネットを子ども扱いするんじゃない」

「いいのです。甘味はなかなか食べられないので、嬉しいです」

 飴玉なんて、そうそう、食べられるものではない。わたくしは大喜びだ。

「もしかして、甘い物、好きなのか?」

「カイサル様、知らなかったのですか!? 十年も、側仕えさせておいて、知らないとは」

 カイサル様が知らないことに、ズーム様は呆れている。

「だって、リオネットに欲しいものを聞いても、いつも、いらないというから」

「察してあげるものですよ。下の者は、そう聞かれても、断るように教育されています」

「そうなのか」

 珍しく落ち込むカイサル様。

「カイサル様、そんな、気にしなくていいですよ。たまーに食べるから、良いのです。いっぱいあったら、飽きます」

「飽きるくらい、あげたい」

「やめてください。甘い物が嫌いになったら、楽しみがなくなります」

 こうなるとわかっているので、わたくしは固辞するのだ。たまに、まれに、食べられるから有難いというものです。

 密談が終われば、今日の教皇長のお仕事は終了です。平和だな、なんてカイサル様の横を歩いていると、突然、カイサル様に押されました。

 尻もちをついて見上げると、カイサル様に誰かが襲い掛かっています。それをカイサル様が上手にさばいて、相手を一刺しです。傍にいる見習い魔法使いヒズムが魔法を使う暇すらありません。

「久しぶりに来たな。殺してない。吐かせなさい」

 簡潔な命令にヒズム様は従います。まだ息のある暗殺者を上手に拘束して、妖精を使って呼び出した衛兵たちに運ばせました。

 その間、わたくしはしたたかお尻をうって痛かったので、なかなか立ち上がれませんでした。あっという間に処理が終わった所で、やっとわたくしは立てるようになりました。

「すまないね、押してしまって」

「いえいえ、お尻が痛かっただけです」

 笑顔で言いますが、小刻みに体は震えてしまいます。何度、この現場に居合わせても、やはり、怖いものです。

 それに気づいたカイサル様が優しく抱きしめてくれます。そういうことをされると泣きたくなります。

「あ、血の汚れが」

 でも、それよりも、服に落ちにくい血の汚れが移ったことに、わたくしはカイサル様を押し離しました。これ、落とすの大変なのに!!

「もう、血なんか浴びないでください。汚れ、落ちないと、新しいのに買い替えなんですから」

「そんな無茶苦茶な!?」

「大丈夫ですよ。魔法でとってあげます」

 わたくしの苦情に、見習い魔法使いヒズムが、わたくしとカイサル様の衣服についた血を綺麗にとってくれました。

「良かった、とれて」

「服なんて、一杯、買ってあげるよ」

「そんなことよりも、こういう怖い目に遭わないようにしてください。そうすれば、服の心配はしなくてすみます」

 命がけで、シスターの服の心配までしないといけないなんて、なんて大変な職場ですか。しかも、シスター辞める時は死ぬ時だなんて。

 十年、生き延びましたが、それも、もうそろそろ、危なくなってきたようです。

 カイサル様は汚れがとれたので、また、わたくしを抱きしめてきました。

「もう、親父臭いから、やめてください」

「そんな!?」

 筆頭魔法使いハズスの匂い付けはよくわからないけど、年齢にどうしても出てしまうものは、若い娘には、悪臭でしかなかった。





 教会のシスター見習いになってしばらくして、教皇長カイサル様が、突然、妙な質問をしてきました。

「リオネットは、随分と丁寧な言葉遣いをしているな。孤児院だと、そういうのが普通、ではないよな?」

 側仕えを探していたカイサル様は、多くの孤児を見たり聞いたり話したりしたでしょうから、言葉遣いや態度、接し方とか、貴族や皇族にとっては、見苦しいと感じたこともあるのでしょう。

 かくいうわたくしも、孤児院にいて、どうかな、なんて感じてしまう毎日でした。口に出すと、暴力なので、黙っていましたが。さらに、口を開くと、こう、孤児らしくない話し方なので、やっぱり暴力です。沈黙は金、という言葉を心に何度、刻んだことか。

 小難しい本を読まされている最中な上、目の前には、筆頭魔法使いハズス様の指導中です。どれを優先すべきか、と一瞬、考えこみました。

「週に一度ですが、元皇族の女性が、行儀を教えに来てくださいました」

 優先は、やはりカイサル様です。質問に答えても、ハズス様は黙っています。

「元皇族? 誰だ?」

「ラン様です」

「あの、変わり者か。元皇族といったって、勝手に出ていっただけだ。血筋はしっかりした皇族だぞ」

「そうなのですか。知りませんでした」

 元皇族と名乗っていたので、てっきり、血筋で失格となったものと思っていました。

 元皇族ラン様は、子育ても孫可愛がりも終わったような、高齢の女性でした。孤児に対しても気さくな方ではありましたが、目端がよくきいて、さぼっている職員を密告し、さぼっている孤児をしかりつけ、とやりたい放題やっていました。元皇族、と名乗っていましたが、立派な貴族でもありましたので、孤児院の院長先生ですら逆らえなかったのですよね。

「孤児にも色々と物事を知っていたほうがいいだろう、と行儀や勉強を教えてくださいました。ですが、かなりご高齢な方でしたから、わたくしが五歳の頃に亡くなったと聞いています」

「確かに、それくらいに亡くなったな。出来る皇族だっただけに、残念だが、仕方がない。かなり高齢だったからな」

「こうやって、ラン様の教育が生きたのも、助かっています。ラン様はいつか、孤児たちの中から、皇族や貴族にお仕えすると予見していたのでしょうね」

「どうだかな。あの人は、教師になりたかったんだ」

「それはまた、どうして」

 皇族として生まれて、教育を受けて、生きているのだ。それが当然、となるはずだ。

「あの人は、貴族の学校にも通っていた。皇族教育と貴族の学校、両方を学んで、色々と考えたんだろう。教師になりたかった、とよくこぼしていた」

「子育ても教師みたいなものではないですか?」

「子育てと教師は別だ。子育てというものは、難しいものなんだろうな。教師みたいなことをして、反発されたそうだ」

「そうなのですか。子育て、難しいですね」

 親兄弟がいない身の上なので、想像できない。孤児院では、年下の子たちの面倒をみていただけだ。それは、子育てではない。

「リオネットは、良い母親になりそうだな」

 孤児院でのわたくしを思い出してか、カイサル様は、そんなことをいう。

「どうでしょうか。わたくしがやっていたのは、面倒をみていただけです。子育ては、命を育てるようなものです。違いますよ」

「どんどんと、小難しいことをいうようになったな。ハズス、あまり難しいことを教えるな」

「ハズス様のせいではありません。わたくしは、ただ、黙っていただけです。孤児院では、こういう小難しいことを口にしますと、暴力で黙らされていましたから。ただ、黙っていただけですよ。ハズス様は関係ありません」

 わたくしは正直に言っただけだ。確かに、小難しい本を読まされ、なぜか皇族教育なんて受けさせられているが、それはそれである。

 ラン様もわたくしのこの小賢しい部分がわかっていたようで、色々と助言してもらいました。その助言で、一番、役に立ったのは、沈黙と笑顔です。

 黙って笑っていれば大丈夫。

 そして、このよくわからない教育も、わたくしは黙って、笑って受けています。

 ハズス様はというと、目隠しをしているので、どこを見ているのやら、全くわかりません。頬杖をついて、わたくしを見ているように、顔を向けています。

「その気持ち悪い顔はやめなさい」

「気持ち悪いって、淑女に言ってはいけないですよ」

「楽しくないのに笑っているのが、気持ち悪い。ここでは、笑わなくていい」

 ハズス様はわたくしの頬を痛いほど引っ張ってくれる。

「痛い!」

「こら、ハズス!!」

「気持ち悪いんだ。笑うな」

「痛い痛い痛い」

 涙が出るほど引っ張られました。実際、痛くて、頬が真っ赤になりました。

 痛くて泣いていると、ハズス様は口元に満足げな笑みを浮かべます。

「それでいい。もう、笑うな」

「もう、百年以上生きているくせに、随分と子どもっぽいことをしますね」

 ついつい、怒りで本音が炸裂してしまう。もう、不敬罪だ、と言われて殺されたってかまいません。

「世の中を悟ったような、生意気な顔をしているからだ」

「目隠ししているくせに、わかるというのですか!?」

「見えるぞ。遠くまで見えすぎるから、この目隠しだ。ちょうど、目の前の不細工なお前の顔がよく見える」

「力のある妖精憑き様のご尊顔に比べれば、みんな、不細工でしょうね」

「気持ち悪い笑顔がなくなって、まあまあ、見えるようになった。もう、無理に笑うな」

「笑います。ラン様はいいました。笑顔は女の武器だと。見てください。わたくしは身分も、後ろ盾も、何もありません。教養だって、中途半端です。勉学だって、孤児のわたくしには、本当に些細なものです。だったら、女の武器を磨くしかありません。妖精憑きとして化け物じみた力があって、身分すら吹き飛ばせて、教養と賢い頭があるあなたとは違うのですよ」

「随分と卑屈に育ったな。もっと自信を持てばいいだろう。せっかく、皇族のお手付きとなるかもしれないというのに」

「え、そうなのですか!?」

「ハズス!!」

 さすがにカイサル様はハズス様を叱りつける。

「俺はそんなことしない!! ハズスも、そういうことはいうんじゃない!!!」

「その両腕の問題が解決しましたら、この娘は用なしではないですか」

 確かに、そうです。カイサル様の両腕はないから、側仕えが必要となっただけです。

 両腕がない大人一人のために、子ども一人が一生懸命、世話をしています。小さい子ども相手に、おしめまで代えていた身としては、カイサル様のお世話は、そう大変ではありません。

 この世話がずっと続くものと思っていましたが、ハズス様の話では、そうではないようです。

 言葉に詰まるカイサル様を見ていると、失った両腕の代わり、どうにか出来るようです。

 こうやって、ハズス様の教育を受けているので、わたくしは、もうそろそろ口封じに殺されるのか、なんて考えていました。カイサル様の背中にある失格紋を見てしまっています。あれを見てしまった以上、わたくしは生きて、教会を出られない、とハズス様に告げられていました。

「側に置くのだから、別の理由が必要だろう」

「試験段階なんだ。せめて、十年は必要だ。途中で失敗して、また、側仕えを探すのか? 教育だってただではないんだ。そう簡単に、リオネットを手放すわけにはいかない。安心しなさい」

 カイサル様は、ハズス様が納得出来るように、上手に言葉を選んでいう。

 両腕の問題をどう解決するのか、ただの孤児であるわたくしにはわからない。だけど、ハズス様はもう、カイサル様の両腕をどうにかする方法を見つけて、わたくしが必要ないくらいの自信があるのでしょう。

 カイサル様の、かなり無駄と思われる言い分に、ハズス様は口元に笑みを浮かべる。

「さすが、私が育てた皇帝です。いいでしょう、十年、様子見としましょう。十年後は、どうするか、楽しみです」

「お手柔らかにお願いします」

 この頃は、わたくしはカイサル様とハズス様の関係をよく知りませんでした。

 見るからに年上のカイサル様が、若い見た目のハズス様に頭を下げる光景は、滑稽に見えました。

 しばらくして、カイサル様は失った両腕の代わりの義体の両腕を装着するようになりました。ほとんど、一体化してしまっている義体の両腕は、元は戦闘妖精の義体に使われていた技術だといいます。義体に妖精を憑け、契約で縛り付けて、戦わせていたという大昔の技術をカイサル様の失われた両腕に使ったのです。

 問題点があるのは、ただの人であるカイサル様では、作り物の両腕は動かすことすら出来ません。結局、側で妖精憑きが魔法を使って、それでやっと、カイサル様は両腕を動かせるようになりました。

 だけど、最初の頃は、ただ、動かせるだけで、コップを持つのも一苦労で、大変でした。それでも、まともに使えるようになるのには、一年もかかりませんでした。

 わたくしなしでも、普通に生活が出来てしまえるカイサル様でしたが、両腕にどのようなことが起こるかわからない、という理由から、わたくしの解雇は見送られました。

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