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皇族姫  作者: 春香秋灯
教皇長の皇族姫-失格紋の皇族-
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家族

 わたくしは、元は孤児院にいました。よくある、捨てられた子でした。どこかの家の前なのか、そこのところはわかりません。ぽんと捨てられていたわたくしは、運良く、孤児院に引き取られました。本当に運が良かっただけです。孤児院にいてわかることがあります。

 孤児院の近くには、貧民街があります。教育も、何もされていないような人たちの吹き溜まりです。帝国は人が多すぎます。だから、人の管理が生き届かないことがあります。そうなると、身分証のない帝国民、犯罪者が溢れかえってしまいます。そういう人たちを集められたのが貧民街です。

 捨て子は拾われた先によって、運命が決まります。わたくしが拾ったのは、帝国民だったのでしょう。だから、普通に孤児院に引き取られました。でも、貧民が拾った場合は、わたくしは貧民となって、苦しい一生を生きることとなったでしょう。

 孤児院で、そのように教えられるのは、孤児院こそ、帝国民として底辺だからです。孤児院では生きていくために、最低限の援助と教育をされます。孤児院の生活は、決して恵まれているわけではありません。孤児たちは、その底辺のさらに底辺があることを教えられ、まだ恵まれている、と思い込まされるのです。

 目端がきく者は、そういう誤魔化しに気づいています。大きくなれば、それなりに腕っぷしがあれば、ずる賢いと、わかります。そうして、孤児院の中でも、底辺が出てきます。

 残念ながら、わたくしは、孤児院の中では搾取される側でした。腕っぷしもなくて、ずる賢くなくて、体も小さくて、だから、やせ細っていました。

 そんな所に、教会の下働きとなる孤児を引き取ろうと、教皇や神官、シスターがやってきました。

 孤児院は底辺です。教会の下働きといえども、ここよりはましな生活になるでしょう。だから、孤児院で上のほうの子たちや、もうすぐ孤児院を卒業する者たちが前に出ました。

 わたくしは、当時、まだ八歳です。孤児院では下っ端のように、いろいろと押し付けられていました。その時は、乳幼児の面倒をみさせられていました。

 暴力を受けるわけでもないし、小さい子どもたちは可愛かった。きっと、わたくしは、育児方面のほうがむいていたのだ。大きい子みたいに暴力も振るわれたりしないし。

 そうして、教会関係者には関わらないようにして、わたくしよりも小さい子たちの面倒をみていた。

「楽しいかな?」

 とても身なりのよい大人の男の人が話しかけてきました。ちょうど、おしめを替えている所でした。

 手を止めると、後々、悲惨なことも起こるので、わたくしは、手を止めないで、だけど、頷くだけですます。まだ、わたくしは人を怒らせない返事が出来なかったので、下手に口を開かないようにしていた。

「そうか、楽しいか」

 よく見れば、両腕がない。袖がひらひらと揺れていた。

「腕がなくて、大変ではないですか?」

「時々、痛いと感じるくらいかな」

「どうしてですか?」

「まだ、腕があると勘違いしてるんだ。そのせいで、腕をなくした時の痛みを思い出すんだ」

「………では、偽物の腕をつけてみたらどうですか? もしかしたら、勘違いして、痛いのはどこかにいってしまうかもしれませんよ」

 男の人は、驚いたようにわたくしを見返した。

 ただの思い付きでした。ちょうど、やることも終わったので、わたくしは、男の人を見上げました。

「身分が高い人でも、そんな風になるのですね」

「どうして、そういうのかな?」

「大人は皆さん、言います。貧民は体のどこかが欠けている、と。わたくしたちは、孤児だけど、守られていますので、体を欠けることはありません。だから、貧民にならないように、力をつけなさい、と教えられます」

「そうか、力がないから、俺はこうなったのか」

「どうでしょうか。わたくしはきっと、力がないので、体が欠けた人生を送るかもしれませんね。でも、あなたを見て、安心します。体が欠けても、貧民になるわけではないのですね」

 相手は高貴な方だ。かなり失礼なことを言ってしまっていることはわかる。だけど、気にしない。もう、永遠に、この大人とは関わることはないと思っていました。

 それに、一日一日、生きるのは大変なのです。大人を相手にしているほど、わたくしは暇ではありません。小さい子どもの世話って、本当に大変なんです。

 そうして、おかしな面談も終わって、わたくしはいつもの日常を送るものと思っていた。ところが、孤児院の院長先生に呼び出されました。

 院長室に行けば、あの両腕のない高貴な大人がいました。

「今日から、君は教会のシスター見習いとなって、この方の側仕えだ」

「え、お断りします」

 即、わたくしは断った。何言ってるの、院長先生は。

「もっと大きい人がいるではないですか。わたくしはまだ、子どもです。ここで学ぶこともたくさんあります。何より、ここにいる小さい子たちは、誰が面倒をみるのですか?」

「それは、我々、孤児院の職員と、孤児たちが」

「やっていないではないですか。昨日も、今日も、わたくしたち孤児数人でやっていました。わたくしが一人抜けたら、面倒をみる子が減ります」

「職員が」

「やっていません。だから、ほかの方にしてください」

 言ってやる。わたくしは思い切って、告発してやる。相手は、院長先生よりも上の高貴な方だ。

「王都の孤児院がこうなっているとはな。それなりの予算の割り振りを十二分にやって、まだ足りない、と訴えてきているが、そうか、足りないのか」

「そうなのですか? そういうことは、わかりません。でも、大人の方たちは、とても暇そうにしていますけどね」

「職員の人数、どれほどかな?」

「子どもはいっぱいです。子育てって、小さい子のほうが手がかかりますよね。だって、夫婦で一人の子どもを育てるのですよ。きっと、足りないのですよ」

「そうか、知らなかったな。だけど、君は随分とたくさんの子どもの面倒をみていたな」

「慣れです。そのうち、手がかからなくなるのですよ。大きくなれば、楽になります」

 大きくなれば、手がかからなくなるけど、孤児は増えているから、終わりが見えないけど。

「こんな小さい子が出来ることが、大人に出来ないはずがない。予算はそのままでいいだろう。まずは、仕事をしているかどうか、抜き打ちで見てみよう」

 大変だな。心の底からそう思うけど、わたくしは同情しない。告発したので、この後、わたくし自身が大変なことになるなー、と頭の隅っこで思っている。

 高貴な大人の前では、愛想笑いをする院長先生も、見えないところで、わたくしを睨んでくる。わたくしもダメね。近い未来は貧民かもしれない。

「では、猶更、君はシスター見習いになってもらおう。この孤児院だけではなく、他の孤児院も、抜き打ちで見てもらおう。俺たちのように知らない者よりも、君のように、しっかりと体験し、知識を持っている者こそ、相応しい」

「えっと、お断り、したいのですが」

 高貴な大人は、わたくしに顔を近づけてきました。

「このまま、ここに残ると、君は殺されるよ」

「………」

 ものすごい笑顔で怖いことを言ってきます。怖い怖い怖い怖い。

 きっと、残るのも、行くのも、怖い所です。院長先生は睨んできて、後々、どうしようか、なんて考えています。きっと、この高貴な大人がいう通り、わたくしは無事ではないでしょう。

 でも、この両腕がない高貴な大人の元に行くのも、きっと、大変なのでしょう。孤児に選択肢なんてないようなものです。長いものには巻かれろです。

「わかりました。シスター見習いになります」

 生存確率の高いほうに行くことにしました。


 こうして、わたくしは高貴な大人に引き取られ、シスター見習いとなりました。この高貴な大人が、元は皇帝であったカイサル様でした。皇位簒奪をされ、両腕を斬りおとされ、皇族でなくなりましたが、筆頭魔法使いや妖精憑きたちの求心力が強すぎて、カイサル様を貴族や平民に出来ず、皇族でも閑職といわれる教皇長とすることで、飼い殺しされたのです。

 両腕を失ったカイサル様の身の回りをぜひみたい、という妖精憑きは多かったといいます。しかし、妖精憑きをつけることで、カイサル様に力を与えることとなります。それを避けるために、皇帝は、孤児をカイサル様の側仕えとすることにしたのです。

 実際にシスター見習いになって、これはこれで大変だということをわたくしも知りました。

 教会に所属する者たちはほとんど、妖精憑きです。妖精憑きは基本、帝国の所有物です。妖精憑きは将来、魔法使いとなるのですが、全てではありません。力が足りなくて魔法使いになれない妖精憑きは、そのまま野放しにするわけにもいかないので、閑職に追いやられます。女の妖精憑きは、魔法使いになれないので、問答無用です。

 妖精憑きの閑職というと、幼い妖精憑きの育児や、魔法使いの館の管理、多少力がある者は、教会の神官やシスターとなります。つまり、教会の職員のほとんどは妖精憑きなのです。

 その中で、わたくしは、ただの人です。いくら、教皇長の側仕えといえども、立場は最下位と言っていいでしょう。妖精憑きは、生まれつき、神の使いである妖精を持っているので、自尊心がとても高いのです。

 だけど、わたくしに面と向かっていう人は、たった一人です。

「貴様がカイサル様の側仕えか」

 引き取られて即日、わたくしは筆頭魔法使いハズス様の洗礼を受けることとなりました。

「ハズス、優しくしてやってくれ。右も左も知らない子どもなんだからな」

 一応、カイサル様はハズス様を宥めてくれました。

 ハズス様は、わたくしを上から下まで、前も後ろも、さらに口の中に手を突っ込んだり、髪を引っ張り、と色々としてくれました。

「服を脱がすのはやめろ!!」

 さすがに途中で、カイサル様がハズス様を止めてくれました。

「武器を持っているかもしれません」

「ついさっきまで孤児院にいた子だぞ!!」

「あなたの好みの子を使って、篭絡しようとしているかもしれません。孤児院だからと、侮ってはいけませんよ」

「えー、俺の好みは、ハズスがよく知ってるだろう」

「………確かに。こう、胸が大きい女性が好みですよね」

 将来的に、わたくしの胸は育たないな、みたいに見られました。妖精憑きって、容赦ないですね!!

 子ども心に、かなり傷つくことを言われてしまいました。だけど、気にしません。ここは笑って、沈黙することが正しい。

「気持ち悪いガキですね。楽しくもないのに、笑ってばかりだ」

 沈黙沈黙。黙っていよう。相手は、かなり上の人だ。筆頭魔法使いなんて、雲の上の人だ。

 そして、これから側仕えとしてお仕えする人は、本当に雲の上の人だ。口答えしたって、いい事は何一つない。

「もう、いいですか? 気に入らないのでしたら、このまま孤児院に戻ればいいですか?」

「ハズス、やめなさい。この子は俺が選んだ子だ」

「………いいでしょう」

 もっと洗礼を受けるかと予想していたけど、ハズス様はわたくしにこれ以上、何もしなかった。

 カイサル様が驚いていた。ハズス様が簡単に引き下がったのだ。

「あなたが選んだ人です。確かな方でしょう。あなたは、見る目もあります」

「そ、そうなんだ」

「カイサル様の側仕えになる以上、色々と、覚えてもらうことがある」

 しかし、そこからが、違う意味での洗礼でした。カイサル様の好みやら、何やら、ハズス様はわたくしに教え込んでくれたのでした。

 さらに、立ち居振る舞いまで仕込まれました。出来ないなんて許してくれません。出来るまでやらせるのが、ハズス様です。

 でも、孤児院では殴られたりするけど、ハズス様はそうしません。出来なくても、根気よく教えてくれました。だから、大変でしたが、楽しかったです。




 血のつながりのある娘である皇族リズ様に会っても、教皇長カイサル様はいつも通りでした。あんな綺麗な娘です。きっと、奥方もすごい美人でしょうね。

 手もつけられていない茶やお菓子を片付けました。カイサル様は両手が動かないので、手はつけられません。リズ様は、お口にあわないでしょうから、手をつけなかったのでしょうね。

「食べさせてくれ」

「ハズス様に叱られますよ」

 カイサル様が口にするものは、全て、ハズス様お手製と決まっています。お茶もお菓子もです。

 今回、お客様に出したものは、普通に市井で売っているものです。皇族が口にするようなものではありません。

「食べたい」

「わかりました」

 長いものには巻かれろ、です。わたくしはお菓子を一口大に割って、カイサル様の口にいれる。

「うまいな」

「お口にあいましたか」

「ガキの頃には、よく、城を抜け出しては、こういうものを食べたものだ。ハズスの奴、俺を皇帝にするために、随分と色々、教え込んでくれたんだ。経験も与えられた。お陰で、立派な皇帝にはなったが、子育ては失敗したな」

「わたくしは、家族というものはわかりませんが、そういうものには、成功も失敗もないと思います。子育ては、成功失敗ではありません。結果を求めていいものではありませんよ」

「………」

「家族を持ったことがないくせに、生意気を言いました」

「いや、かまわない。茶も飲みたい」

「はい」

 孤児院での子育てを思い出す。こうして、小さい子に食事を与えたものです。その経験は、今、生きている。

 何か思いつめた顔をしているカイサル様。先ほど、リズ様に言われた、舞踏会の話が気がかりでした。

「あの、舞踏会では、わたくしは留守番ですか?」

 正直、参加したくない。だけど、側仕えですので、そういう場にも行かなければならないでしょう。

 実際、これまで、カイサル様の側仕えとして、様々な場所に連れて行かれました。幸い、シスターの服装は正装のようなものでしたので、いつもの恰好での参加でしたが、場所によっては、中身を磨かれることもありました。高貴な女性って、大変ですね。

「いや、今回は絶対に参加だ」

「そうですか。では、服も新調しましょう」

「今回は、ドレスだ。いいのを作ってやろう」

「ハズス様に殺されます」

「ハズスのこと、どう思ってるの?」

「ハズス様とカイサル様はその、恋人同士かなにかと」

「違うっ!!」

 あんな風に毎日、べたべたしてて、否定されて、何を言っているのやら。わたくしはついつい、呆れたように見てしまう。

「いいか、ハズスはなかなか難しい存在なんだ。皇帝はな、筆頭魔法使いのご機嫌とりが上手でないといけないんだ」

「皇帝の儀式ですか? 閨事の強要ですよね」

「あいつ、どこまで教えてるの!?」

 ハズス様、色々なことをわたくしに教えてくれました。皇帝の儀式というものがどういうことかまで、教えてくれましたよ。

 それは、娘も父親を軽蔑しますよ。奥方だって、狂いますよ。父親を、夫を、間男に堂々と盗られているのですから。きっと、今のわたくしも軽蔑するようにカイサル様を見ているでしょう。

 気まずい、みたいな顔をするカイサル様。

「言っておくが、皇帝の儀式と言ってるが、想像しているようなことはしていない。俺とハズスは、こう、親子なんだよ。ハズスにとって、俺は子みたいなものだ。何せ、俺はハズスに育てられたようなものだからな。閨事じゃなくて、ただ、一緒に寝てただけだ」

「………」

「本当だって。力のある妖精憑きは、長く生きるあまり、狂うんだ。俺が出会った頃には、ハズスは狂っていた。ただ、俺に執着している、というか、身代わりにしているだけだ」

「別に、どうでもいいです。万が一の時は、わたくしを助けてください。せっかく、ここまで生きたのです。平民として、普通に家庭を持って、普通に生きていきたいと思っています」

「ん? 平民に、なるの?」

「カイサル様、ハズス様と同じようなことをわたくしにしないようにしてください。わたくしはわたくしです」

 カイサル様は、わたくしを育てているような感じがあります。将来は、養女にされそうです。でも、皇族というものは、血筋ですので、養女はないですよね。

 それに、カイサル様には、立派な子も孫もいます。皇族には、子も孫もありませんが、カイサル様にはあるのでしょう。だって、人質となったリズ様のために、皇帝位を譲ったのですから。

 カイサル様が口を開けば、菓子やらお茶やらを運ぶわたくし。

「これなら、年老いた方の元にも嫁げますね」

「もっと夢のあることを言いなさい。まだまだ、先の話だろう」

「この年頃でも結婚している娘はいますよ。子持ちだっています」

「俺の側仕えが、そんな所に嫁に行くなんて許さんからな」

「シスター辞めましたら、縁も切れます」

「簡単に辞めさせるわけないだろう。わかっているのか? リオネットがシスターを辞める時は、死ぬ時だ」

「もう、余計なことは口にしません。沈黙の魔法でもして、野に放ってください」

「あれは、なかなか難しい契約魔法だ。きちんと枠組みを作ればいいが、そうでないと、契約漏れが起こる。だったら、殺したほうが楽だ」

 さすが皇族教育を受けた方です。十年も身の回りのお世話をしたわたくしに、情の欠片も見せません。

 結局、いつかは殺されるのですね。ため息しか出ません。将来が決まってしまっていますから、夢見ることなんかありません。


 元々、側仕えの教育をハズス様から受けた時に、最初に告げられましたけど。


 気まずくなるカイサル様。言ってしまった後で、わたくしの顔色なんか見てくる。気にしなくてもいいのに。

「舞踏会のドレスは、楽しみにしています。エスコートはカイサル様がしてくださるのですか?」

 とりあえず、話を元に戻しました。もう、暗い話はしたくありません。

「ハズスがすると言っていたが?」

「え、わたくし、死ぬのですか?」

「どうして、そう、ハズスに殺される、なんていうわけ。ハズスはああ見えて、リオネットのことは、気に入っているぞ」

「いつ殺そうか、と考えているだけですよ。いつもわたくしがカイサル様の傍についているから、物凄く嫉妬しています。シスター辞めさせられるのが先か、ハズス様に殺されるのが先か」

「させないから!」

「リズ様が残した分も味わってくださいね」

 もう、これ以上、話したくないので、わたくしはリズ様の分もカイサル様の口にどんどんと運んでいった。




 十年に一度、皇族主催の舞踏会があります。この舞踏会には、帝国全土、全ての貴族が集まります。絶対です。十歳以上の貴族子息令嬢も全て、集められるのです。

 表向きは、顔見せです。十年に一度という集まりなので、ここで縁談なんか進められたりします。情報交換もされます。ついでに、昔懐かしい友達とお話なんかしたりします。

 ですが、裏では、筆頭魔法使いが、貴族に発現した皇族を探しているのです。

 皇族とは、ある血筋のことを呼びます。この血筋、ある程度の濃さが必要となってきます。それも、世代交代をしていくと、自然と、皇族の血筋が薄くなってしまうことがあります。そうなると、皇族から落ちるのです。だいたいは、皇族から貴族になるのですが、その時の皇帝の気分で、平民、貧民になることだってあります。そういう血筋が貴族や市井に混ざると、稀に、皇族が発現することがあります。

 だったら、平民や貧民も集めて調べればいいじゃない、なんて思われますよね。でも、平民や貧民から皇族が発現することは、ほぼ、ありません。何せ、皇族は世間知らずです。何も準備されていない市井に落とされて、無事、生き残ることは、ほぼ、ありません。ですので、平民や貧民で皇族が発現することはない、と切り捨てられます。

 貴族であれば、結婚で、どうにか血筋が残る可能性があります。そうすると、何代か先に、神様の悪戯か、貴族に発現した皇族が誕生することがあります。それを調べるために、十年に一度、王都に貴族が集められるのです。

 筆頭魔法使いは、背中にある契約紋の焼き鏝の痕により、必ず、皇族に従います。その契約紋のお陰で、貴族に発現した皇族を見つけ出すことが出来るのです。

 このような目的で行われる舞踏会で、皇帝シズム様は、皇位簒奪をわざわざ宣言するようです。そんな、大袈裟なことを、と言われてしまいますが、仕方がありません。シズム様、いまだに筆頭魔法使いハズス様を従えていないのです。

 ハズス様、公の場でもシズム様のことを認めていない宣言をしています。ついでに、帝国中の妖精憑きたちは、カイサル様を皇帝と崇めています。





 夜になっても、筆頭魔法使いハズス様は教皇長カイサル様の元に来ませんでした。カイサル様の義体の両腕は、ハズス様の魔法で動くようになっています。その魔法も皇帝シズム様の命令で解かれてしまっていますので、カイサル様は両腕が不自由な状態です。

 こうなると、側仕えのわたくしが、カイサル様のお世話をすることとなります。もう、大変です。食事を食べさせるのは、まあ、慣れています。ほら、口が開いたら、突っ込めばいいだけですから。残さず、きっかり食べさせます。

 でも、その後は、沐浴です。お風呂です。

 まだ、十歳未満の頃から、わたくしはカイサル様のお世話をしています。勿論、お風呂、お世話するどころか、一緒に入りましたとも!! 子どもでしたからね。

「久しぶりに、一緒に入ろう」

「断固、お断りします」

 カイサル様は、わたくしを、小さい子と勘違いしているところがあります。服を脱がせていると、そんなことを言ってきます。

「ほら、濡れるから」

「カイサル様が就寝しましたら、ゆっくり入らせていただきますね」

「それだと、冷めてしまっているだろう」

「慣れております。むしろ、冷めているほうが良いのです」

「俺だけ素っ裸というのも、恥ずかしいんだが」

「お陰様で、わたくし、男性の体を見慣れました。もう、介助は完璧ですので、ご高齢の後妻になれます」

「それはやめなさい」

 笑顔で冗談を言ってやっているのに、真面目な顔で叱るカイサル様。どうせ、シスターやめる時には殺されるのだから、何言ったって、自由なのに。

 カイサル様の服は、上が大変なのよね。腕が動かないから、カイサル様の腕を上手にわたくしが動かして、後ろから脱がせます。

 そして、カイサル様の背中にある焼き鏝の火傷を見ることになります。

 わたくしは、ハズス様に、皇族教育までされています。一見すると、カイサル様の背中の焼き鏝の火傷は、筆頭魔法使いの背中にされる契約紋のようです。

 ですが、カイサル様の背中にされた焼き鏝は、失格紋と呼ばれるものです。

 筆頭魔法使いは、背中にされる契約紋の焼き鏝によって、皇族に絶対服従をさせられます。カイサル様は立派な皇族の血筋ですので、血の濃さから、筆頭魔法使いの支配を皇帝が奪われてしまいます。それを防ぐために作られたのが失格紋です。これは、皇族でありながら、筆頭魔法使いの絶対服従を除外される紋だと言われています。実際、カイサル様がハズス様に命じても、ハズス様は契約紋の支配を受けないといいます。

 カイサル様はあまりにも皇族の血が濃いため、両腕を斬り落とすだけでなく、この失格紋の儀式までされました。こうして、カイサル様は皇族でなくなったのです。

 わたくしがシスターを辞める時は死ぬこととなるのは、この失格紋を見ているからです。

 忌々しいな、この失格紋。わたくしはわざと力をこめて洗ってやる。

「痛い痛い痛い!」

「しっかり洗わないと、ハズス様に叱られてしまいます」

「やめてぇ!!!」

 本当に憎らしい、この背中!!

 カイサル様の体を上から足の先までしっかり洗って、さっさと湯舟に落としてやる。

「もっと優しくして!?」

「昨日はそのまま、ハズス様と外で飲みに行ってしまって、わたくしがズーム様に責められたのですよ。大変だったんですから」

「悪かった悪かった。もうしない」

「もう、聞き飽きました!! 夜のお世話は、わたくしがしっかりとこなしてあげます」

「嫁入り前の娘さんに毎日されたら、間違いおこしちゃうよ」

「その動かせない両腕で何が出来るというのですか。今日は大人しくしてくださいね。明日こそは、ズーム様とお話合いしてください」

「そうだな。胸、育たなかったものな」

 お湯を頭からかけてやった。

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