皇族と皇族もどき
あっという間に城に行くこととなった。ただ、城に行くだけだというのに、随分と大荷物となった。滞在期間はたったの一週間だというのに、なんと、食器まで持っていくという。
「ないと思うが、ラスティ様を軽く見て、何も用意されていない、なんてことがあっては困る。僕の目が届く所では、ラスティ様に隙一つ作らせない」
ハイムントは、暗い笑みを浮かべていう。物凄い気合だ。怖い方向だけど。
ハイムントは、わたくし自身がどう扱われるか予想して準備していた。
本来ならば、皇族専用の馬車で移動なのだが、今回は、ハイムントが乗る男爵家の馬車で移動である。ちなみに、皇族専用の馬車には、荷物が満載されていた。
過去、酷い扱いをされ続けていたので、男爵家の馬車でもそう、気分が悪くなることはない。むしろ、乗り心地がよい。子爵時の馬車は酷かったな、なんて思ってしまう。
「この馬車、高いでしょうね」
「妖精を使っている。ラスティ様が馬車酔いで酷いことになったら、隙が出来る」
「………」
どこまで完璧にしようとしてるんだろう、この男は。わたくしは、なんとも言えなかった。
しばらく走らせていると、何故か、皇族専用の馬車の前に邪魔が入る。男爵家の馬車は素通りである。
ちなみに、皇族専用の馬車の御者をしているのは、ハイムントの護衛兼秘書のサラムだ。男爵家の馬車の御者は、同じくハイムントの護衛兼秘書のガラムである。
「あの、止まらなくていいのですか?」
「遅れたら、ラスティ様の隙が出来る。どうせ、荷物しか乗っていない。サラムには殺さない程度に好きにしろ、と命じている。手足がなくなっても、生きることは出来る」
「………」
わたくしは、皇族専用の馬車を見ないようにした。前方を見ることが大事だ。後ろを振り返っちゃダメ!!
遠くで、物凄い悲鳴が聞こえるけど、きっと気のせいだ、と暗示をかける。
「煩いな。やはり、殺せと命じれば良かったな」
ハイムントは影皇帝の顔で舌打ちした。
そうして、ちょっとした妨害みたいなことはあったけど、そういうものを通り抜けて、城門に到着する。そこで、ハイムントが一度、馬車を降りた。
門番は、馬車が爵位が低い貴族のものだとわかると、態度が悪くなる。
「たかが貴族が、馬車ごと入城は出来ないぞ」
無言でハイラントは何かを見せる。すると、門番は真っ青になる。そして、すぐに、門を通してくれた。
ハイムントは不機嫌な顔を隠そうもせず、馬車に乗り込む。
「何があったのですか?」
「くだらない妨害だ。僕がお傍にいる限り、その妨害も無意味だがな。しかし、ここまでされるなら、ライオネル様に報告だ。一度、ライオネル様にしめてもらう」
「妨害って、何かありましたか?」
「皇族の馬車の行く手を邪魔するのは、すでに犯罪だ。門番もそうだ。今回、僕は男爵家の馬車で入城する許可もライオネル様からとっている。それすら、門番に届いていないという。こういう妨害をするのは、貴族か皇族だ。どちらにしても、私の皇族姫を貶めようとするとは、万死に値する。見つけ次第、生きていることを後悔させてやる」
「やめてください!! だいたい、たまたまかもしれないじゃないですか。それに、無事、入城出来ました。問題はありません」
「………」
影皇帝の顔を隠そうともしないハイムント。態度も横柄だ。さすが、皇帝を名乗るだけある。ハイムントは黙っていれば、皇族の一人だ、と言っても、信じるだろう。それに、あの美しい相貌だ。見る者全てを魅了し、言いなりにしてしまえる。
今のところ、わたくしはどうにか耐えている。ハイムントは、わたくしをその相貌で魅了しようなんて考えていない。ただ、隠すのをやめたのだ。
でも、わたくしのために怒ったり、機嫌を悪くしたりすると、勘違いしてしまう。
皇族の生活域は城でも最奥だ。わたくしは、そこに近い所で、馬車から降ろされた。
「おい、貧乏貴族が来たぞ」
わたくしを悪くいう者がいた。わたくしがそちらを見れば、わたくしとそう年のころが変わらない者たちがいた。皇族の生活域にいるのだから、皇族か、もしくは皇族に仕える使用人たちだろうが、わたくしの呼び名から、皇族ですね。
ハイムントは皇族たちなど無視して、わたくしの手をとり、さっさと進んでいく。
「おい、ハイムント! 僕たちを無視か!!!」
呼ばれても、ハイムントは聞こえてない体でさっさと歩いていく。
さすがに皇族の一人がハイムントの行く手を阻んだ。
「元貧民の分際で、皇族を無視か!」
「僕はライオネル様のご命令で動いている。行く手を阻むということは、ライオネル様のご命令を無視するということだ。まだ、皇族の儀式すら終わっていない皇族かどうかわからないお前たちと、皇族の儀式によって賢者ハガル様に皇帝として選ばれたライオネル様、さて、どちらが偉いかな?」
「あんなヨボヨボのジジイなんかに選ばれるなんて、簡単なんだよ!!」
「ラスティ様はハガル様の皇族の儀式が終わっている。お前たちとは立場が違う。どけ!」
ものすごく悔しそうに歯がみする皇族たち。わたくしと、この生まれながらにして皇族として生活してきた彼らとは、実は、立場が違う。
わたくしは、貴族から発現した皇族ということで、賢者ハガルが皇族の儀式を行ったのだ。きちんと、皇帝ライオネルと宰相の前でだ。だけど、目の前にいる皇族と呼ばれる者たちは、まだ、皇族とは認められていないという。
賢者ハガルは、皇帝ライオネルを最後に、筆頭魔法使いを引退したため、二十年もの間、皇族の儀式をしていない。皇族の儀式は、本来、筆頭魔法使いがするものだが、いまだに、それだけの力を持つ妖精憑きが誕生していないという。そのため、若い世代は、皇族かもしれない、と言われているだけで、正式には皇族ではないのだ。
「ハイムント、ごめんなさい、邪魔をして」
その中で、随分とハイムントに馴れ馴れしくする女の皇族が、行く手を阻む皇族を引っ張る。
「メフィル様、お久しぶりですね。皇族教育は優秀な成績だったと、報告を受けています。無事、終了、おめでとうございます」
途端、ハイムントは態度を柔らかくする。笑顔まで向ける。相手が女だからだね、きっと。
メフィルは美人だ。ハイムントのこと、きっと、好きなんだ。ちょっと頬を染めている。ハイムントのことをどう見えるのか、ちょっと知ってみたい。
「ラスティ様、こちら、ライオネル様の遠い親戚になります、メフィル様です。同じ年頃の中で、大変、優秀な成績で皇族教育を終了しました」
「よろしくね、ラスティ」
「よろしくお願いします、メフィル」
わたくしは笑顔で頭を下げる。すると、ハイムントはちょっと顔をしかめる。
「ラスティ様とメフィル様は同じ立場です。頭を下げてはいけません」
「え、はい」
細かい!! ちょっとした失敗を指摘されるわたくしは返事をするだけだ。きっと、また、同じ間違いをするだろうな。
「むしろ、メフィル様が頭を下げなければいけません。あなたはまだ、正式な皇族の儀式を終わらせていません」
「もう、いいじゃないの! わたくしは、その、たまたま、そういう儀式をしただけです。筆頭魔法使いがいないところで、そういう上下はおかしいです。だったら、賢者ハガルに皇族の儀式をやってもらえばいいんです。わたくしで出来たことですから、ここにいる皇族の皆さんにも出来ることでしょう。それが出来ないというのなら、上下をつけてはいけません」
「よく出来ました」
途端、ハイムントは笑顔を見せる。しまった、また、腐ってるかどうか、試されたんだ。
油断も隙もあったものじゃない。この男、どこまでわたくしを試すのよ!?
メフィルは驚いて、わたくしを見た。
「貴族は、そういう考え方をするのが普通なのね」
「違います。わたくしは、不平等が許せないだけです。間違ったことも許せません。ただ、それだけです」
「さすが、ラスティ様。素晴らしい」
ハイムントはわたくしを誉める。もう、やめてほしい。わたくしは顔が真っ赤になるので、両手で顔を覆った。もう、恥ずかしい!!
ハイムントがわたくしをべた誉めするのも、メフィルには驚くことなんだろう。
「ハイムントは随分と、その貴族にご執心なのね」
「ラスティ様は貴族ではありません。皇族です」
途端、ハイムントは不機嫌な顔を見せる。メフィルは失言だったことに気づいたが、遅い。
「メフィル様ともあろう者が、そのような考え方をするとは、皇族教育の教師共も腐っていますね。ライオネル様に報告します。行きましょう、ラスティ様」
「ハイムント、待って!!」
メフィルはハイラントを止めようとするが、ハイムントは止まらない。わたくしの手を引っ張って、さっさと先へと進む。
わたくしは気になって振り返ってみれば、メフィルは憎々し気にわたくしを睨み見ていた。
ハイムントは本当に出来た人だ。ハイムントの予想通りに、わたくしに用意された部屋は何も準備されていなかった。
後からやってきたサラムとガラムは、必要となる荷物をさっさと運び込む。そうしていると、何故か、皇帝ライオネルが見に来た。
「ライオネル様、見てください。ラスティ様の部屋、何も準備が出来ていませんよ。どういうことですか!?」
「使えない皇妃だな」
部屋の状況に、声に怒りをこめるライオネル。こわっ!!
「皇帝陛下、皇族の馬車の行く手を阻んだ者どもは、生きたまま、外に放置しています。両手両足を斬ったので、逃げられませんよ」
「拷問すればいいですか?」
「ハガルにやらせよう。相手も最後は天国みたいな気持ちになりたいだろう」
恐ろしい会話をするサラムとガラムに、ライオネルは平然としている。賢者ハガルにやらせるって、一体、どんな方法をとるのか、想像がつかない。
わたくしは皇族なので、手伝ってはいけない、とソファに座らされた。その間、手持無沙汰である。そこに、ライオネルが向かいに座った。そうすると、ハイムントが茶と菓子を給仕する。
「すまないな、皇族になって早々、こんなことになっていて。こういうことをするのは、だいたい、皇族でも若い者たちだろう。厳しく注意はしておくが、困ったことがあったら、私かハガルに言いなさい。といっても、ハイムントが全て、解決してしまうだろうな」
「僕が出なくても、優秀なラスティ様が解決してしまいますよ。先ほども、よい話をしてくれました。皇族にも貴族の学校に行かせたほうがいいのでしょうね」
「ラスティは、そうではないだろう。生きて、身に着けたものだ。貴族の学校に行ったからといって、身につくわけではない。実際、私はハガルに振り回されて、身に着けたようなものだ」
「役に立たない皇帝は、筆頭魔法使いと宰相の操り人形にすればいいんですよ」
「お前もいうな。父親そっくりだ」
ライオネルはハイムントの父親を知っているようだ。
「あの、ハイムントのお父様とは、どなたですか?」
「………」
途端、ライオネルは気まずそうに黙り込む。あ、聞いてはいけないことなんだ。
「そのうち、わかりますよ。今は、ラスティ様が知る時ではないだけです。知るべき時は、妖精が導いてくれます。
ライオネル様、ラスティ様の菓子には手を出してはいけません。ハガル様に叱られますよ」
「ラスティはすっかり、ハガルのお気に入りだな。私でさえ、その菓子を作ってもらえないぞ」
「そうなのですか!? いつも、普通にいただいているので、知りませんでした」
「ハガルの最初の皇帝ラインハルトが好んで食べたという。大きなパーティでは出されることもあるが、二度と食べる者はいない。甘さが、かなり控え目で不評なんだ。ハガルは、ラスティのことをラインハルトの生まれ変わりか何かと思っているのかもな。良かったら、ずっと食べてやってくれ」
「はい、喜んで」
甘さ控えめなのもあるが、この菓子は、わたくしを救ってくれたものだ。わたくしは、他の菓子には手をつけない。ずっと、ハガル手製の菓子だけを食べ続けている。
「それで、皇帝御自ら、何か御用ですか? 報告でしたら、後から行きましたが」
「この状態だと、夜の食事会の案内も来ていないのだろう。だから、皇帝自らが迎えに来た。私が出れば、少しはバカなことをしなくなるだろう」
「………」
ハイムントは見るからに不機嫌になる。気に入らないのだ、この待遇が。
わたくしは貧乏貴族で、ともかく、酷い目にあってばかりだ。だから、気にしない。でも、ハイムントは、教育係りとして、わたくしを蔑ろにされるのがイヤそうだ。
「その父親に似た顔で怒るな」
「おっと、失礼しました。城の中では、妖精を使うのは難しいですね」
「そういう魔法を施されているからな。私は大丈夫だ。もっと強烈なものを見ているからな。だが、城にいる皇族どもには見せるな。その顔を見て、大変なことになるぞ。お前の父親を覚えている者はまだ多い」
「え、今、ハイムントの顔は普通に見えるのですか?」
「この部屋ではです。大丈夫、先ほどの皇族もどきには、偽装した僕ですから」
まだ、怒っている。皇族もどき、なんて呼んでる。その呼び方に、ライオネルは苦笑する。
「気を付けることだ」
「そこは、経験値です。ハガル様のように完璧には出来ません」
「あの化け物と比較する者は誰もいない。お前の妖精使いは、魔法使いの中でも完璧だ。どうだ、いっそのこと、魔法使いになるか?」
「………」
せっかくのライオネルのお誘いに、ハイムントは顔を俯かせて黙り込む。
わたくしは、皇族のことも、妖精憑きのことも、何も知らない。皇族教育を受けていても、妖精憑きのことが詳しくなるわけではない。そこは、実物に接してわかることだろう。
実際、皇族教育を受けた城にいる皇族たちは、賢者ハガルのことを随分と下に見ていた。そういうふうに見てしまうのは、筆頭魔法使いの契約紋のせいだ。筆頭魔法使いの儀式で、背中に契約紋の焼き鏝をされて、皇族に絶対服従の契約をする。そのため、筆頭魔法使いは皇族の犬、皇帝の番犬と呼ばれる。皇族たちは、絶対に逆らえない筆頭魔法使いを支配することで、優位に立っていると感じている。
でも、そこには何か、裏があるようにわたくしは感じていた。皇帝ライオネルは、随分と賢者ハガルの顔色を伺っている。それは、年老いた皇族であればあるほど、ハガルの顔色を見ているように感じた。
わたくしの運命を変えた十年に一度の舞踏会で、わたくしを連れ歩くハガルに、皇族の儀式を終えた年老いた皇族たちは、ハガルのことを畏敬の目で見ていた。こんなみすぼらしい小娘を連れて来たというのに、何も言わなかったのだ。
今では、だいぶまともに見えるが、舞踏会でのわたくしは、貴族には見えなかったはずだ。やせ細って、着ているドレスだって随分と古いものだ。それでも、皇族たちは、ハガルのいうことに従った。
ライオネルでさえ認めるハイムントは、本当は、すごい存在なのだろう。妖精憑きではないというが、魔法が使える。
だけど、ハイムントは魔法使いとなると、どこか、自信なさげに瞳を揺らす。
「お前の父親も、魔法使いになると喜ぶと思うがな」
「その時は、父上が声をかけてきます。それがないということは、そうではないのでしょう。ライオネル様、お気遣いありがとうございます」
「………はやく偽装しろ。間違いが起きそうだ」
儚く笑うハイムントに、ライオネルは顔を真っ赤にして、かたく目を閉じた。わたくしも気を付けよう。
そうして、部屋の準備はサラムとガラムにまかせ、わたくしはライオネルの手をとって、夜の食事会に参加することとなった。一応、ハイムントは教育係りとして、同じ席を用意されているという。
そうして行ってみれば、皇族全てが揃っているという。そこで、空いた席は一つだ。あ、また、わたくしのだけないな。
ところが、ハイムントがわたくしの手をとって、その席に座らせる。
「そこは、ハイムントの席です!」
メフィルが口出しする。こういう所では、絶対に言ってはいけないってのに、この皇族のお嬢様は、わかっていないですね。
ハイムントは冷たい目をメフィル以下、皇族の儀式が終わっていない皇族たちに向ける。
「ハイムント、悪いな。こちらの手違いで、お前の席が準備出来ていない」
「せっかくなので、ラスティ様には、賢者ハガル様の手料理をご賞味いただきます。ハガル様から聞いています」
ハイムントがそういうと、上座に座る、皇族の儀式が終わった立派な皇族の皆さまが騒がしくなる。
「え、私の分は?」
「皇族専属の料理人が手をふるっていますよ。使用人の仕事をとってはいけません」
ライオネルの訴えをハイムントは笑顔でばっかりと切り捨てる。食べたかったんだ。
「羨ましいですね、ハガルの手料理なんて」
「そうなのですか?」
「ハガルの料理は、宮廷料理人をも唸らせるほど、と言われています」
隣りの立派な皇族の女性が、物凄く羨ましそうに見てきた。そうなんだ、知らなかった。
そうして、粛々と食事会が進行する。
そして、気づく。なんと、わたくしの食器類まで、違う。でも、食事はものすごく美味しいし。どこか、優しい感じもする。食べる人のことを考えて作られたものだ。
食事中だというのに、ライオネルが席を立って、わたくしに出された料理を見に来る。
「確かに、ハガルの料理だな。私は、こういう豪華なものではないが、食べたことはある。力の強い妖精憑きは、料理もうまいんだ。パンが温かくて柔らかいだろう。時の魔法が使われているんだ。時魔法を使えるのは、ハガルとハイムントぐらいだ。今度、ハイムントにも料理をさせてみろ。あいつも、まあまあ、うまい」
「そんなにすごいのですか!?」
ハガルが、というよりも、ハイムントがすごいことに驚く。ハイムントを見てみれば、無表情だ。ハイムントは、あまり、自慢したりしない。聞けば答えてくれるが、それだけだ。聞かなければ、永遠に教えてくれなかっただろう。
ライオネルが食べたそうにしているので、わたくしはパンを半分に割って、皿ごとライオネルに向ける。
「量が多すぎます。良かったら、手伝ってください。残したら、ハガルが悲しみます」
「いくらだって手伝うぞ」
「ラスティ様、もっと食べないといけません!」
「………それほど、食べる生活をしていませんから、こんなに食べられないのです」
そこは、本当だ。残すのは目に見えていた。
「残していいですよ。次からは、ハガル様が量を調節しますから。これは、一般的な量を出して、ラスティ様の食事量を見るためのものです」
「勿体ないではないですか」
「残ったものは、僕がいただきますから、大丈夫です。主の下げ渡しですよ」
「だったら、私が食べよう」
「ライオネル様!!」
「後でハガルに言っておくから、大丈夫だ」
「………」
ライオネルは結局、わたくしが残したものを全て、平らげてしまった。
最後はやはり、いつもの焼き菓子だ。わたくしとしては、これだけは食べきりたかったので、お腹に余裕を残した。
「貧乏舌だから、そんなみすぼらしい菓子を食べても喜ぶんだな」
皇族ではない皇族から、嫌味が届く。わたくしは無視してやる。確かに、貧乏舌だ。
わたくしが無視するのが気に食わないようで、豪華なデザートを見せてくる。
「お前みたいな貧乏貴族では、このデザートは口にあわないんだろうな」
「賢帝ラインハルトが好んで食べた菓子に、随分とした口をきくな」
途端、皇族として認められた皇族たちが、蔑むような視線が、皇族ではない皇族たちに集中する。
わたくしを挟んで上座は、皇族の儀式を終えた皇族たちだ。そして、わたくしより下座は、わたくしよりも年上といえども、皇族の儀式を終えてない皇族たちとなっている。この差は、皇族間での順位をはっきりさせている。
そして、最上に座る皇帝ライオネルは、最も濃い血筋の皇族である。そんなライオネルを怒らせたのだ。
「え、そんな、知らなくて」
「パーティでも、そう紹介されている菓子だ。賢帝ラインハルトは、当時、筆頭魔法使いだったハガルによく作らせていたそうだ。ハガルは、賢帝ラインハルトのために作り、その後は、あの狂皇帝が願っても、作ってもらえなかった。大きなパーティでのみ作られる菓子に、随分な口を叩いたな」
とんでもない話だ。わたくしが毎日、美味しい美味しい、と普通に食べている菓子は、実は、特別な菓子だ。
「ハガルはすごいのですね。料理も美味しかったです。わたくし、料理もしてみましたが、いつも焦がしてばかりでした。生で食べたこともあります。魔法を使ってといいますが、それだって、加減が難しいでしょう。わかります。ぜひ、この菓子の作り方を教わりたいですね」
わたくしは場を誤魔化すために、口を挟む。もう、険悪な空気はうんざりだ。せっかく美味しい料理を食べているのだから、気分よく終わりたい。
「ラスティ様は皇族です。そういうことは、してはいけませんよ」
「子どもが出来たら、作ってあげたいじゃないですか。わたくしの母も、作ってくれましたよ」
「教育係りの間は、僕が作ってあげましょう。ハガル様に聞いておきます」
「ハガルの楽しみを奪ってはいけませんよ。ハガルは、わたくしに食べさせたくて作ってくれるのですから。この菓子は、ハガルにずっと作ってもらいます」
「でしたら、作るのは諦めてください」
「そうね」
どうにか、その場を誤魔化した。
ライオネルは、わたくしの気持ちを汲んで、それ以上、何も言わなかった。