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皇族姫  作者: 春香秋灯
魔法使いの皇族姫-外伝 堕転-
58/353

皇族教育

 あと一年で僕が皇族として公表されるところまできた。年齢的に、閨事まで学ぶようになり、ハルトは容赦なく迫ってくる。これ、皇帝の儀式としては、ダメなやつだよね。失敗確定なので、僕は断固拒否した。

 そうして、ハルトには、皇帝として色々と試されながらも、もうそろそろ、僕が皇族だと知る者たちと面談しよう、なんて話となった。

 提案は、僕からだ。

「一日で終わらせよう」

「では、集まる場所は城ですね。私の執務室でいいでしょう」

「一人ずつ、面談したい。ほら、一人一人、人となりを見て、聞いて、理解したい」

「二人っきりですか」

 途端、ハルトは嫉妬の顔を見せる。

「こらこら、そんな顔をしない」

「男でも、女でも、レンと二人っきりなのが許せない」

「僕と間違いを犯すことはない。絶対にない。ハルトじゃあるまいし」

「私はレンとだったら間違います」

「やめろ」

 冗談ではないのだ。どんどんと成人に近づいてくると、ハルトは僕の執着を強めていった。たぶん、僕が反抗的になったからだろう。従順であれば安心するが、知恵をつけて、逆らってくるようになったので、心配になってきたのだ。わけがわからん。

 そういう、恋人であれば、物凄く面倒臭いハルトは、それでも、僕の中では家族枠である。べったりくっつかれようか、口付けされようが、家族だ。

「まとめてでいいではないですか」

「まとめて行動していると、色々と勘繰られるだろう。一人一人なら、周りから勘ぐられることはない。筆頭魔法使いの執務室だしな。あれだろ、防音とかもしっかりしてるんだろう?」

「だから、間違いが起こった時は」

「ハルトに勝てる俺をどうにか出来る男はいないだろう。兄上が言ってた。ハルトに勝てれば、最強だって」

「勿論です。私は体術も剣術も最強です。私は才能の化け物です。その私が手取り足取り育てたあなたもまた、最強です」

「なら、大丈夫だ」

「もう、あなたには転がされてばかりです。いいでしょう」

 最難関と言われるハルトだが、僕にとってはそうではない。

 そうして、いい感じに宰相や大臣たちの時間が空いている日に、面談となった。僕はまだ一貴族の子息なので、日付や時間を合わせるのは、僕のほうだ。




 そうして、一人一人、面談が終わり、最終的には、皇帝アンツェルンと筆頭魔法使いハルト、そして、僕の父と兄レザクが仲良く入ってきて、凍り付いた。

 ハルトは、即座に全員を部屋に閉じ込め、部屋に誰も入ってこれないようにした。

 それはそうだ。部屋の中は死体の山だ。その中で、僕はハルトが普段使っている執務机に座って、妖精殺しの剣を抜き身で持っている。

「賊の仕業か!?」

 皇帝アンツェルンは常識的に、そう叫んだ。

「レン、どうして、このようなことを」

 しかし、ハルトはその凶行を僕の仕業だと見抜いた。それはそうだ。すっぱりと斬られているのだ。普通の剣では出来ないことだ。僕が持っている妖精殺しの剣は、ハルトお手製の最高級品だ。簡単に人を真っ二つに出来る。

「な、何を?」

 信じられないものでも見るように、父は僕を見る。仕方がない。僕のことを、人を傷つけることが出来ない優しい人だと、父はずっと見ていた。実際、そうなんだ。

 兄レゼクは声も出ない。父と同じだ。僕の凶行を信じられないでいる。

「僕を皇族と発表するという決定がいつまでも覆されないからだ。ハルト、皇帝陛下には、僕の一族の話をしたのか?」

「………」

「だんまりか。やはり、してないのか。だから、僕自ら、手を汚すことにした」

 ハルトは、僕の一族が妖精に命を狙われている事実を黙っていた。

 てっきり、報告されているものと思っていた父も兄も驚いた。この二人は、一貴族の上、戦争バカだ。隠されるなんて想像すらしない。

 だけど、僕は違う。皇族教育を完了して、その間にハルトという人を読み取って、決意するしかなかった。

「皇族の血に、我が一族の血を混ぜることは許されない。それは、皇族でなくても、そう判断するはずだ。なのに、宰相も大臣も反対しない。ということは、ハルトが隠し通していると予想するしかない」

「一体、何を隠しているというのだ!? これほどの立場の者たちを殺すほどのことか!!」

「我が一族は、妖精に命を狙われている」

「な、なんだと?」

「一人しか生き残らないんだ。立派な跡継ぎが成人したら、跡継ぎを除く親兄弟は妖精に寿命を盗られて、死に絶えるんだ。そんな呪われた血筋を皇族にいれてみろ。皇族の血筋は運が悪いと絶えるぞ」

「ハルト、どういうことだ!?」

 皇帝の怒りの方向が、ハルトへと向いた。僕の凶行と告白で、事の重大さに皇帝は気づいたのだ。

 貴族に発現した皇族は、神から皇族の血を浄化するための使命を与えられているという。だから、必ず、子作りをしなければならない。しかし、僕の血筋をいれることは、皇族が妖精に呪われるようなものである。

 僕は、公表される前に、動くしかなかった。

 まず、公表をされないようにするには、僕の血筋を知らしめればいい。だが、その事を知った宰相や大臣たちが、裏切った時、皇族の立場は落ちる。何せ、妖精の呪いを受ける一族から皇族なんかが出てきたのだ。皇族が神に呪われている、なんて言われてしまう。

 だったら、その事実を告白する前に、宰相と大臣たちを口封じする。そして、その事実を知る者を皇帝、筆頭魔法使い、僕の家族にとどめるのだ。秘密を知る者は少なければ少ないほうがいい。さらに、秘密により近く、発覚した時に悪影響を受ける者たちは、口封じする必要がない。

 結果、残ったのが、目の前にいる面々である。

「レン、あなたは皇帝になる人だ。文句が出ても、私が黙らせる」

「諦めなさい。別に、ハルトの側にいるのは、皇帝でなくてもいい。僕はいつまでも、ハルトの家族だ。それだけで十分だ。それ以上のものを僕は望まない」

「私はレンを皇帝にしたい!! 私の皇帝はレンだけだ!!!」

「皇族にすらならない。僕はこのまま、一騎士になる。そこが妥協点だ」

「いやだ!! レン、レン、レン!!!」

 縋りついてくるハルト。子どものように我儘をいう。

 僕が大人になるにつれて、ハルトはどんどんと子どもになっていった。見た目は大人だというのに、その内面は子どもだ。きっと、それがハルトの本性なのだろう。

「ハルト、諦めなさい。僕の皇族として公表を許さない。絶対だ。命じればいいか?」

「レン!!」

「ハルトがそう、僕を教育したんだ。皇族教育の結果が、これだ。ハルト、僕は立派な皇族としての心構えを持った。貴族であれば、僕は人を傷つけることすら出来なかった。だけど、皇族教育は、人を殺すことを出来るようにする」

「………」

 泣くしかない。ただの一貴族であれば、僕は人を殺すことなど出来なかった。まず、僕にはそれが出来ない。

 だけど、皇族教育は、人を殺す必要を説く。皇族、皇帝は、帝国の安寧が重要である。自らの手ではなくても、処刑の許可を下ろすのは皇帝や皇族である。間接的にも、人を殺すのだ。

 僕は縋りつくようにハルトの胸で泣いた。


 落ち着いた所で、僕は皇帝アンツェルンと二人で話すこととなった。僕の凶行に父と兄は衝撃が強すぎて、別室で休むこととなった。ハルトは、皇族教育のせいで僕が凶行に走ったという事実に、側にいるのが辛くて、逃げた。

 僕は、アンツェルンの茶を受ける。毒でも入っていたら死ぬかも、なんて悪い考えが浮かぶが、飲んだ。

「あれほど、上層部を殺してくれて、どうするつもりだ?」

「事実は隠し、穏便に総入れ替えをすればいい。しかるべき時に、病死に持っていけばいいだろう。親族の弱味も調べてある。大人しく、従うさ」

「いつの間に」

「皇族教育も終わって、体術と剣術も終われば、やることがない。時間はいっぱいだ。市井の勉強をしてきます、なんてもっともらしい言い訳が通じるのが、我が一族だ」

「悪い顔をしているな」

「皇族教育だ。皇帝教育も受けた。もう、うんざりだ」

 今、殺されてもいいな、なんて僕は考えてしまうほど、自暴自棄だ。

「つい最近、娘が生まれた」

「おめでとうございます」

 とても目出度い話に、僕は素直にお祝いの言葉を述べる。ついさっきまでの凶行はどこにいったのやら。

「ハルトに見せたら、なんと、君を除けば、最強の血筋だという」

「………」

「君と結婚させる話が決まっていた」

「………すみません」

 皇帝の娘の将来がダメになった事実に、謝るしかなかった。

 僕が皇帝となれば、生まれたばかりの娘は、女帝になることはない。しかし、僕が皇帝とならないなら、まだ赤子の皇帝の娘が、次の女帝だ。血筋が最強なら、文句も出ない。

「一度、見てほしい」

「いや、しかし」

「見てくれ」

「あ、はい」

 ついさっきまで、人を殺していた僕が、綺麗な赤ん坊を見るのは躊躇われたが、それを皇帝は許さなかった。

 部屋を出て、皇族の生活区に入る。何かされているのか、僕は使用人にも、皇族にも会うことなく、皇帝の赤ん坊がいる部屋に導かれた。

 生まれてそう日付が経っていない赤ん坊は、健やかに眠っていた。顔立ちが、とても綺麗だ。将来は、さぞや美人になるだろう、なんて思ってしまう。

 皇帝はそれなりの人数の子どもがいると記憶している。だから、目の前の赤ん坊を平然と抱き上げる。

 まだ、首も座っていない赤ん坊を僕の目の前に連れてくる。

「抱きなさい」

「いや、しかし」

「私も、人殺しだ」

 観念して、赤ん坊を抱いた。

 別に、初めてではない。弟を抱いたことがある。面倒だってみたことがある。だから、慣れている。

 久しぶりの壊れそうな赤ん坊は、僕の腕の中でも眠っている。

「まだ、名前を決めていない」

「決めてあげてください」

「君に決めさせようと、今日まで待っていた」

 とんでもないこと考えていたんだな。責任重大だよ、それ。

 この子の一生を左右するようなものだ。名づけは親の責任だろう。僕はついつい、皇帝を睨んでしまう。

「婚約させるつもりだった。ならば、この頃から、愛情を持ってほしいと思ったんだ。親だから、そう考えてしまう」

「皇帝に親子はないでしょう」

「この子は特別だ。不思議と、この子にだけ、そういう情が湧いてしまう」

「しっかりしなさい」

「名づけてほしい。さあ」

 何かあるのだろう、この赤子には。僕も抱いていて、不思議なものを感じた。そして、ふっと名前が浮かぶ。

「アリエッティ」

 僕がそう呼ぶと、眠っていた赤子が笑ったように見える。反射だ、とわかっていても、僕はついつい、嬉しくなる。

 きっと、ハルトもこんな気持ちだったのだろう。僕の名前を決めたのもハルトだ。ハルトはおかしい。生まれる前、母の腹にいる頃から、僕に最高を与えようとした。母が口にする食事まで手を出していた。そうして、出来上がったのは、僕に執着する化け物だ。

「伴侶にはなれないが、側で、一騎士として、この子を守ろう。大丈夫。僕は、あの才能の化け物と呼ばれるハルトに、体術と剣術で勝っている。最強だ」

 そうして、僕は表向きでは善良な一騎士、裏では皇族として人を殺めるようになった。ようは、影の皇帝だ。




 最難関であるハルトは、筆頭魔法使いの屋敷に引き籠った。仕事はきちんとこなしているという。

 僕は皇族を公表しないと決めてから、王都で騎士見習いとなるために、一人暮らしをしていた。全てハルトに生活を支えられていた僕には、かなり大変なことだったが、ひたすら、頑張るしかない。ただ、生活して、平民に馴染むだけの毎日だ。金に困ることもないので、ただ生きるだけである。日常的なことが大変なだけだ。

 そうしていると、皇帝アンツェルンからの使者が訪れてきた。仕方なく、秘密裡にアンツェルンと面談すれば、ハルトのことだ。

「死なないから大丈夫だ」

 妖精憑きは頑丈だ。ハルトほどの力の強い妖精憑きは、もう、人の理を外れている。そう、冷静な部分で悟っている僕は、かなり冷たく見えたのだろう。

「ハルトが心配ではないのか!?」

「落ち着きなさい。食事をしなくても、ハルトは一カ月でも生きていられる。体の清潔さは、妖精が勝手に保ってくれる。皇族の警護だって、契約で勝手にされている。ハルトに頼りすぎだ。もう少し、ハルトがいない状態を作ったほうがいい」

「筆頭魔法使いはハルト一人だぞ!?」

「才能のある妖精憑きが見つからないのだから、仕方がない。少し落ち着けば、ハルトも顔を出すだろう。ハルトは大人だ」

「私が皇帝となった頃のハルトは、生きる屍だった。生きていると見えるのは、レンの前だけだ」

 泣き落としに入られた。一貴族であれば、僕もそれに応じるのだが、皇族教育が邪魔をする。口では一貴族、と言っているが、心構えが皇族なんだ。

 仕方なく、僕は一貴族として、筆頭魔法使いの屋敷に行くこととなった。

 初めて行く筆頭魔法使いの屋敷は豪邸だ。そこに入るのも、一人で入るには躊躇うが、仕方がない。皇帝から命じられているのだろう。使用人は僕をハルトが閉じこもっている部屋に案内してくれた。

 固く閉ざされたドアを使用人は触れることもしない。あれだ、魔法かなにかで、許可がないと開けることも出来ないのだろう。

 僕でも開かないよな、なんてドアノブを握れば、開いた。振り返れば、使用人が驚愕していた。だけど、一緒に入ってはくれない。僕が入ると、ドアは勝手に閉じられた。

 部屋は酷い状態だった。家具は壊され、布類は引き裂かれ、と滅茶苦茶だ。そんな中をハルトを探せば、部屋の隅でうずくまっていた。

「ハルト、見つけた」

 懐かしくなって、そう言ってしまう。ハルトは拗ねると、部屋の隅でこうしていた。だから、ついつい、抱きついてしまう。

「レン、レン」

 そして、ハルトは僕を縋るように抱きしめる。変わらないな、ハルトは。

「きちんと食べてる?」

「食べなくても、生きていける」

「お風呂は?」

「妖精が勝手にする」

 いつもそういう。だから、僕は心配しない。いつものことだ。

「ほら、一緒にごはんを食べよう。お風呂も、一緒に入ろう」

「ごめん」

 だけど、いつもの通りにはいかない。ハルトは僕を抱きしめて、泣いて震える。

「人殺しにして、ごめん」

「皇族になったら、結局、人殺しだ。一騎士でも、いつかは人殺しになる。同じだ」

「痩せた?」

「一人暮らししているから、大変だ。家事一切、僕がやってるんだぞ。金の心配だけはしなくていいから、楽だけどな」

「ひ、ひとり、くらし? 聞いてない!!」

「ここに引き籠っていれば、報告されないだろう。僕の存在を知っているのは、城では皇帝だけだぞ」

 ハルトは僕の体をべたべたと触り、真正面にある僕の顔を穴があくほど見つめる。

「この服は、どうした?」

「そこら辺で買ったものだ。平民のだから、ちょっと痛いな」

「食事は?」

「外で食べたり、自分で作ったりしている。火をつけてみたら、あやうく、火事になるとこだった」

「ふ、風呂は?」

「体を拭くくらいだな。そこはもう、仕方がない。平民なら、それが普通だ」

「し、死んでしまう!! レンが、死んでしまう!!!」

「平民は普通に生きている。もう、心配しすぎだ。ほら、色々と教えてくれ。教育も体術も剣術も、全て、ハルトから学んだ。これからも、ハルトが教えてくれ」

「私が全てやる!! そうだ、ここに一緒に暮らせば」

「ここでは暮らさない。僕は平民に混ざって、騎士見習いになる。もう決めたことだ」

 ハルトは怒りに震える。僕が思い通りに動かないからか、と見ていれば、そうではない。

「これまでは、全て、私がしてきた。レンが身に着けているもの全て、私が作り、与えたんだ。食事だって、私が作ったものだ。部屋だって、私が掃除をした。この体の汚れだって、私が綺麗にしてきたんだ!! これからもずっと、私がする!!! 外で食事なんて許さない。レンが口にするものは、全て、私が作ったものだ。その体に纏うもの全て、私が揃えるんだ!!!!」

 泣いて、縋って、と滅茶苦茶だ。ハルトは僕自身、中身も外見も全て、支配したいのだ。

「わかったわかった。もう、好きにしなさい。あ、だけど、皇族にはならないからな。皇帝にだってならない。そこは、秘密だ」

「秘密?」

「そう、秘密だ。表立っては、皇族は出来ない。だけど、裏では、それなりに活動しよう。僕が皇族だと知られないことは、色々と役立つ。手伝ってくれ」

 もう、表立って皇帝にはなれない。

「僕も、ハルトと同じ、影の皇帝だ」

 筆頭魔法使いは、影の皇帝と呼ばれている。僕も、ある意味、ハルトと同じ立場だ。

「そうか、影の皇帝か」

 嬉しそうに僕の胸に顔を埋めるハルト。皇帝とつけばいいらしい。もう、表立っての皇帝や皇族でなくていいだろう。

「ならば、色々と揃えねばならないな。身の回りも、しっかりしよう」

「そこは平民仕様で頼む」

「見た目は魔法で誤魔化してやる。こんな、みすぼらしい素材は使わない。食事も、部屋も、全て、私がやる」

「わかった。もう、拗ねて、部屋に閉じこもるな。そうそう、ここには来れないんだからな。僕はもう、一平民と同じだ。城に行くのも、大変だ」

「ああ、もうしない」

 ハルトはご機嫌となり、僕に家族の口付けをする。

「聞いたんだが、僕の年頃だと、家族でも、そう、口付けはしないんだってな。これは、もうやめよう」

 ハルトが激怒した。面倒くさいな。





 夢で体験するのは、なかなか大変だ。何せ、時間がかかる。人の一生を体験するのだ。日中は普通に過ごして、夜は睡眠だ。日中のほうが活動時間が長いので、完全な体験は不可能だ。その日一日でも、きっと、レンの中で一番、残る部分を僕は夢で体験しているのだろう。

 そういう毎日を過ごし、着実に、僕はハルトを迎えに行く機会を伺っていた。何せ、失敗が許されない上、僕自身の立場は、かなり困難だ。

 レンは、妖精憑きハルトに身の回りの世話を全てされていた。だけど、僕の身の回りの世話は誰もしない、というか出来ないのだ。

 何故か? 僕に仕えられるのは、ハルトのみだからだ。

 僕はレンにならなければならない。そうなると、僕自身に妖精の子孫は仕えるわけにはいかない。ハルトの嫉妬は凄まじい。レンに妖精の子孫を仕えさせることすら許さないのだ。

 結果、僕はこれまでの役目持ちのように、魔法具や魔道具を使える妖精の子孫を連れて行けない。王国から帝国への移動は、足、馬、船である。だから、失敗が出来ないのだ。

 王国も帝国のように、どんどんと乱れていってる。王族の力が落ちてきているからだ。帝国では、筆頭魔法使いという最大の攻撃手を皇族が支配しているから、力で抑え込んでいるが、王国はそうではない。

 帝国と王国の成り立ちは同じだ。ただ、王国は、帝国のように、妖精憑きという存在を支配する側ではない。それが、王族の支配力を落としている。帝国でも王国でも、絶対的力が、支配力だ。王国には、絶対的力が足りない。

 そういう乱れた世の中でも、男爵領は平和だ。相変わらず、父は騙されているが、領地の恵みはそれを補って余りあるものだ。借金なんて、すぐに返せてします。だから、また、騙される。

 一度、騙されれば、二度目はないのだけどね。妖精がそれを許さない。

 僕は三階の端の部屋に行く。そこは、使用人も入ることがない部屋だ。

「ダルン、生きてる?」

 かなり失礼なことを言いながら、中に入る。中ではベッドに横になっている、見た目は随分と若い男がいる。髪は老人のように真っ白だ。あまり外に出ないので、肌は青白い。

「レン様」

 ダルンは慌てて体を起こす。

「こらこら、もう年寄りなんだから、無理しない」

「レン様がいるというのに、ここで横になるなんて失礼なことは出来ません。あなたに僕の子孫は仕えられない。僕だけでも、あなたにお仕えします」

「もう十分、やってくれた。ありがとう」

 僕は無理矢理、ダルンをベッドに押し込む。

 妖精の子ダルンは、まだ、生きていた。妖精の子だからか、妖精憑きハルト並の寿命を持っていた。だけど、ダルンの子や子孫は、普通の人の寿命だ。ダルンは、子、孫、子孫の死をたくさん見送った。

 そして、僕が生まれると、僕をレン様と呼び、体が動くうちは仕えてくれた。それも、寿命には勝てないので、今では、ベッドの上の住人だ。

 僕はダルンの食事の世話をする。もう、寿命が近いので、ダルンは食事すらとらなくなってきた。それも、僕が相手だと、大人しく口を開く。

「すみません。僕の寿命がもっと長ければ、一緒にハルト様をお迎えに行くのですが」

「そこは、仕方がない。きっと、まだ、ハルトを迎えに行く時ではないのだろう。そう、神が定めているんだ。ダルンは、ここで、過去を振り返っていればいい」

「申し訳ございません。せっかく、僕一人で出来るようにしてくれたというのに」

「懐かしいね、これ」

 僕は夢で見た経験を思い出し、笑ってしまう。レンを育てたのはハルトだが、ダルンを育てたのはレンだ。ダルンはそれなりに育っていたというのに、何も出来ない赤子のような存在だった。

「トイレもわからないから、騎士団では、苦情が出たよ」

「は、恥ずかしい!! もう、言わないで!!!」

「いつかは、出来るようになるんだ。ちょっとした苦労だ。それも、振り返れば、いい思い出だ」

「そういってもらえると、嬉しいです」

 嬉しそうに笑うダルン。過去に戻ったように、嬉しそうに僕から食事を受け取る。世話をされた思い出は、ダルンにとってよい思い出なんだろう。それをもう一度受けられる奇跡に、喜んでいる。

 きっと、僕は、ダルンを看取ることも役目なんだ。お陰で、ダルンは僕のことをずっと、

レン様、と呼んでいる。本名で呼ばれたことは、一度もない。

 家族で、一族で、ダルンから本名を呼ばれていないのは、僕だけだ。

 僕は笑ってはいるが、心の中では、辛かった。一度でいいから、ダルンに、僕の本名を呼ばせたかった。

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