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皇族姫  作者: 春香秋灯
魔法使いの皇族姫-外伝 堕転-
57/353

妖精に呪われた一族

 妖精に襲われてから数日して、屋敷が大騒ぎとなった。ハルトが、屋敷の中に何やら手をかけたのだ。

 人の営みを部分的に止めたりしながらも、何かやっているハルトに、父も母も逆らわない。ただ、見ているだけだ。

 だけど、我慢の限界となった人がいた。兄レゼクだ。

「いい加減にしろ!! レン、レン、レンと、何事かあるとレンだ!!! ここは、俺が受け継ぐんだぞ!?」

 レゼクは色々と我慢していた。僕は知らなかったのだが、レゼクにとって目に余ることがたくさんあったのだ。僕は受ける側だったから、知らなかったし、気づきもしなかった。

 だから、怒る兄に、僕は驚いた。

「ご、ごめんなさい」

 何かやってしまったのだろう。僕はわけもわからず、謝った。

 レゼクは憎しみやら何やら、色々なものをこめて、僕を睨んだ。僕はこれまで側で守ってくれた魔狼を失い、ハルトは屋敷に奥で何かやっているため、一人だ。兄の怒りを受けて、ただ、小さくなるしかなかった。

「お前は特別扱いだ。俺よりも、いいものを食べて、いい服を着て、いい教育を受けてる。俺が跡継ぎだってのにだ!? 弟? どこがだ? 兄弟らしいこと、何一つ、してない」

「レゼク、やめろ」

「やめない。一体、何者なんだ!? 本当に、弟なのかよ!!」

「レゼク!!」

「気持ち悪いんだよ。生まれる前から、あの男はお前にべったりだ。いきなりやってきて、妊娠したかどうかもわからない母さんに向かって、腹に子がいるなんて言い出して、それから一日置きに、ずっと、やって来た。ずっとだ。あいつが来てから、滅茶苦茶だ」

「お前が一人前になったら話すことだ。それまで、我慢しなさい」

「もうイヤだ。跡継ぎ、レンにすればいいだろう。俺は出ていく」

「煩いガキだな」

 騒ぎを聞きつけたハルトが屋敷から出てきて、剣呑な空気を纏って、レゼクの前に立つ。

 一見すると、ハルトは細身だし、頼りないように見える。しかし、レゼクを体術でも剣術でもやりこめるほど、ハルトは腕が立つ。

 僕はハルトに駆け寄りたいのを我慢した。ここで、ハルトに助けられたらいけない、そう感じた。そんな僕を見て、ハルトは口元を綻ばせる。

「レン、成長しましたね。嬉しいです。しかし、もう、隠し事はなしにしましょう。全て、話す時です。そこのガキ、頭が高い。私は筆頭魔法使いだ。今すぐ跪け」

「何を」

「本当だ。ハルト様は、筆頭魔法使いだ」

 父と母はハルトの前に跪く。それを呆然と見ていたレゼクは、自らの過ちに気づき、真っ青になりながら、跪く。

 僕も跪こうとしたら、ハルトが抱き上げてきた。

「ハルト!?」

「レンはいいのですよ。あなたは私の皇帝だ。あなたは跪かれる側です。ほら、これが正しい光景です」

 僕は目の前で跪く家族を見下ろすこととなる。それを普通に受け止めるハルト。

「レン、あなたは貴族に発現した皇族です。特別な存在です。あなたは、全ての帝国民に跪かれる尊い人です」

「意味が、わからない」

 教育がまだ、終わっていなかったのもある。僕が密かに兄の教育を盗むように受けていたから、混乱を起こしていた。

「いいですか、皇帝も、皇族も、筆頭魔法使いが選ぶのです。私が選ぶ者こそ皇帝です。レンは、大きくなったら、皇帝となるのですよ」

「皇帝、でも、今、皇帝は、城にいるよね」

「あれは仮の皇帝です。私はずっと待っていた。レンこそが皇帝です。レンを除く皇族は、皇帝にはなりません。私は、それを許しません」

「皇位簒奪、させるの? いやだよ!!」

 人を傷つけることが、どうしても出来なかった。だけど、僕が皇帝となるためには、今の皇帝を排除しなければならない。

 皇帝が寿命で死ぬか、それとも、実力行使で皇位簒奪するか。

 僕には、ハルトが皇位簒奪させようとしているように思えた。

「私が言えば、アンツェルンは皇位をレンに譲ります」

「アンツェルンは、どうなるの?」

「ただの皇族になるだけですよ。譲ったのですから、皇位簒奪の罰を受けることはありません。私は正しい形にするだけです。レンを皇帝にしたい。私の願いは絶対です」

「どうして、僕を皇帝にするの?」

「レンだけに仕えたい。レンの妖精になりたい。私は、ずっと、レンが生まれるのを待っていた。レンが生まれてやっと、私は生きている実感を得られた。レン、レン」

 愛の囁きのようだ。ハルトの執着は異常だ。それをずっと受け止めていた僕は、それは普通だ。

 だけど、すこし視線を外せば、普通ではない。家族と思っていた両親と兄は跪いている。家族なのに。

「僕の家族をこんなふうにされるのは、おかしい」

「皇族に家族はありません。皇族は帝国のために生きるのです。そこに家族の情を持ってはいけない。それは、鉄則です。そう、教えたでしょう」

「貴族の教育では、そうではない。貴族は血の繋がり、家と家との繋がりが大切だ。だから、婚姻で円満に繋がる方法がとられる」

「皇族には関係のない話だ。皇族に必要なのは、血筋です。その血筋を証明できるのは、筆頭魔法使いの儀式を行った私だけです。私に認められない者は、皇族ではなくなる。皇族でなくなった者は、身分がないも同然だ」

「僕は、貴族だ」

「まれに、貴族の中に混ざった皇族の血筋が色濃く出ることがある。それがレンだ。レン、あなたは特別なのです」

「だけど、生まれは貴族なんだ!!」

「私の見ていない所で、私のレンに、貴族の教育をしたのですか!?」

 ハルトの怒りは、家族へと向けられる。

「違う!! 僕が勝手に、兄上の教育を盗み見ていただけだ。誰も、貴族の教育を僕にしていない。僕がただ、将来、どのような教育を受けるのか知りたくて、兄上の教育を見ていたんだ」

「仕方のない方だ。いいでしょう。広い視野を持つことも大切なことです。それもまた、あなたを立派な皇帝にする礎です。ですが、今日からは違います。あなたはこの家の中では皇族です。彼らはもう、家族ではありません」

「いや、家族だ。僕はまだ、皇族としての立場をはっきりさせていない。まだ、僕を皇族として公表できないだろう」

 僕はハルトに逆らった。これ以上、ハルトに従ってはいけない、と本能的に気づいた。

 これまで学んだ皇族教育はまだ中途半端だ。それでも、僕はその知識だけでハルトに対抗した。

「十年に一度、貴族全てを集める舞踏会がある。その場で、僕を公表するつもりだったのだろう。あそこに参加するためには、まず、年齢が重要だ。十歳以上でないと参加できない。僕はまだ八歳だ。参加出来ないから、公表出来ない」

「いくらだって、方法はあります。私が皇帝と視察した所に発現を確認した、とすればいいだけですよ」

「ハルトのことだ。すでに、根回しだってしているのだろう。僕の公表は十四の舞踏会だと、皇帝と父上とで話し合って、決めたんじゃないか?」

「決めたが、早めてもいい。ここにいたって、あのガキがつけあがるだけだ。立場のわからない小僧の側に、あなたを置いておきたくない」

「僕の兄上のことを悪く言うな」

「皇族に親兄弟はありません。そういう情は捨てなさい」

「捨てない。ハルトも僕の家族だ。絶対に捨てない」

 家族にハルトを含めている事実を口にすると、ハルトは呆然と口を開いたまま固まる。

「私が、あなた、の、家族?」

「そうだ。ハルトは僕の家族だ。母であり、父であり、兄であり、その全てだ。家族を捨てるということは、ハルトも捨てなければならない。そんなこと、したくない!!」

 そう言って、僕はハルトに家族としての口付けをする。

「皇族になっても、僕は家族を捨てない。ハルトを捨てない」

「レン、レン、レン」

 ハルトは僕を抱きしめ、口付けして、と滅茶苦茶になった。受けるのは僕だけだ。しばらく、大変だった。


 しばらくして落ち着いたハルトは、僕の一族について話し出した。

「先日、レンが妖精に寿命を盗られそうになりました。そこのところは、魔狼によって防がれましたが、しばらくして、レンの弟の寿命が半分、盗られました」

 僕だけではない。父も、母も、兄も驚いて、声が出ない。まだ幼児である弟の寿命が半分盗られた事実は、恐怖でしかない。

 やっと色々と物事を理解し始めた弟は、何かと僕の扱いに難癖をつけるようになっていた。僕が普通に受けていたことが、実は普通でないことに、弟を見て知ったのだ。弟は、家族の手によって育てられていたが、僕はずっとハルトに育てられていたようなものだ。家族とハルトでは、与える物が違った。

 色々と、不満を訴えてくる弟だが、僕は可愛がった。その弟の寿命が妖精によって盗られたという。母は、話の途中だというのに、席を立ち、弟の元へと走っていく。

 ハルトは母のことなど気にしない。弟の寿命が半分になったことすら、ただの事実として語っているだけだ。

「なぜ、レンたちの寿命が」

「あなたの寿命も盗られていますよ」

 父も寿命を盗られている事実を告げるハルト。

「今まで、魔狼がこの家を守っていたのですよ。魔狼が妖精を食い殺していたのです。だから、寿命を盗られなかった。しかし、とうとう、高位の妖精がやってきて、魔狼を殺しました。魔狼がいなくなったので、妖精が跡継ぎのレゼクを除く一族の寿命を盗っています。将来的には、生き残るのは、レゼクのみでしょう」

「だから、父と弟が、急死したのか」

 父には、思い当たる事があった。僕の祖父は随分と昔に他界していた。父には弟がいたのだが、父が跡を継いでしばらくして、他界したという。残ったのは、父のみだ。

 父はハルトから告げられる事実に愕然となった。それを聞いていた兄レゼクは呆然となる。

「俺の寿命は?」

「あなたは跡継ぎです。たぶん、あなただけは生き残ります。そういう一族です。ですが、私はレンを守り抜きます。レンの守りが強固だとわかったら、貴様の寿命を妖精が盗るでしょう。結果、生き残るのはレンのみだ」

「そんな!?」

 ハルトの予想は断言に近い。ハルトは僕だけを守りぬく。今もそうなのだろう。だけど、僕の家族をハルトは守らない。何故か? 妖精の攻撃を僕の家族に向けさせて、時間稼ぎをしているのだ。

 そうして、僕だけを生き残らせようとしている。

 そうしようとしているのに、ハルトはわざわざ告げた。黙っていていい話だ。

「レンが私もふくめて家族だと言いました。だったら、仕方がありません。守ってあげます」

 拗ねたようにそっぽを向いて告げるハルト。僕は思わず、ハルトに抱きついた。

「ハルト、大好き!」

「私もです。あなたが悲しむようなことはしたくない。だから、この屋敷を魔道具や魔法具に改造していたのです。そこを物を知らない小僧が、妙なことを言い出して。レンは私の皇帝だ。貴族の跡継ぎになんかしない!! 大人しく、お前はこの屋敷の跡継ぎになれ!!!」

「………はい」

 怒りの方向が妙で、兄レゼクは呆然となりながらも、頷いた。

 ハルトは、僕が皇帝とならない事が許せないだけだった。レゼクの言いがかりなど、気にしていない。

 そうして、ハルトは屋敷を改造し、帝国内にいる限りは、僕の一族が妖精に寿命を盗られないようにした。

 だけど、一度盗られてしまった寿命は取り返せない。父と弟の残る寿命はどれほどなのかはわからないが、その事実は弟には伏せられた。




 僕は、ハルトが来ない日に、兄レゼクと話すようにした。

 屋敷の改造は終わり、様々な術が施された。一貴族でありながら、空間を歪められた地下まで作られたのだ。それも、僕の血筋に発動する魔道具だ。結果、僕の家族は全て、屋敷の使用者となった。

 そういう恩恵を受けてしまってから、兄レゼクは悟ったのだ。もう、僕のことを避けたりするのはやめてくれた。だから、僕がレゼクの私室に夜、行っても拒絶はされなかった。

「そういうのはいいから」

 レゼクが跪こうとするので、僕はすぐに止めた。

「しかし」

「兄弟なんだから、そういうのはやめよう。ここでは、そうしてほしい。僕たちは、もっと、話すべきなんだ。話して、兄弟でいたい。そういう情は、捨ててはいけない」

「あの時のお前は、皇族だったが、今のお前は、貴族だな。だけど、優しすぎるのは、帝国では、弱者になる」

「知ってる。だけど、それでいい。僕は弱者でいい。無理に強者でいる必要はない」

「その腕前では、嫌味になるぞ。お前、俺よりも腕っぷしがあるだろう。あの魔法使いに手ほどきされていて、俺に勝てないはずがない」

「傷つけるのは、苦手なんだ」

 僕はもう、嘘をつかない。正直に答える。

 兄レゼクの腕っぷしは確かに強い。同年代でも強い方だ。だが、技術が甘い。僕は技術のほうを徹底されているので、レゼクを技術のみで負かせてしまう。

 お互い、勝負はしていないが、レゼクは気づいていた。僕は、あえて、レゼクとの勝負を避け、隠していた。

 僕はレゼクに持ってきた飲み物を渡した。ハルトがよく持ってきてくれる果実水だ。どういう仕掛けかわからないが、瓶の中では、冷えた状態のままで保存されている。コップに注げば、冷えた果実水がいつでも飲めるという贅沢品である。これ、僕は普通に飲んでいるのだが、レゼクは初めてらしく、一口飲んで、感動していた。

「これ、高級品だろう!! しかも、瓶に状態保存の魔法が施されている!!!」

「そうなんだ。知らなかった」

「もっと飲ませろ」

「はいはい」

 食欲とか、そういうものの前には、色々と吹っ飛んでくれる。兄レゼクは上機嫌となる。

「人を傷つけられないって、まずくないか? 皇位簒奪は力づくだぞ」

「ハルトがいうには、皇位簒奪を防がせるための武力を僕に身に着けさせているだけだそうだ。傷つけなくても、防げばいい、だって」

「あの男、物凄く強いぞ。父さんだって負ける。あいつに勝てるなら、最強だな」

「なんで、僕なんだろう?」

 どうしても、その疑問に到達する。ハルトは僕にだけ執着している。血筋だったら、僕の家族だって執着されるだろう。だけど、ハルトは僕だけだ。

「お前は知らないだろうけど、あの男は、お前が母さんの腹に宿った瞬間に、乗り込んできたんだ。父さんがやたら頭を下げていた男がいたんだが、それが皇帝陛下だったんだろうな」

「言ってたね。知らなかった」

 兄が色々と吐き出した時に、そんなこと言っていた。その時は、聞き流すだけだったが、改めて聞くと、おかしな話だ。

「知っているか? 筆頭魔法使いは物凄い長生きなんだ。寿命が長くて、今は百五十近いって話だぞ」

「よく知ってるね」

「貴族の学校に行っていれば、いやでも聞くさ。新聞にも載るしな」

「新聞、読もう」

「まだいらないだろう。貴族の学校に行く年頃になってからにしろ。それ以前に、お前、小難しい勉強しすぎ。もっと気楽に物事を見ろ。まだ八歳だろう」

「その八歳に当たったのは兄上じゃないか」

「知らなかったんだから、仕方がない。知っていれば、もっと考えた。でも、隠すのは、仕方がないだろうな。ガキの頃に聞いたら、俺、話してただろうな。俺の弟、皇族なんだぜ、て」

「………」

「どうした?」

「僕が皇族だと知っている人て、誰だろう?」

「そんなにいないだろう。俺だって秘密にされてたんだぜ。そうそう、表に出す話じゃない」

「そうだよね」

 僕の疑問に答えられるのは、ハルトぐらいだろう。僕は飲みなれた果実水なので、残りは全て、レゼクに飲ませた。




 皇族教育は僕が十歳で終了となる。残るは体術と剣術である。

「レンは本当に優秀ですね。こんなに早く終わらせてしまうなんて」

「ついでに、貴族の教育もしてほしい。広い視野、必要なんだろう?」

「随分と知恵をつけましたね。ですが、必要ありません。あなたに必要なのは、皇帝の教育です」

 ハルトの決意は変わらない。ハルトは僕を皇帝にするために、皇帝の教育を施そうとした。

 どういったものなのかは、想像出来ない。皇帝になってから教育を受けたって遅いのだから、きっと、皇族教育を終了して、それなりの優秀な皇族だけが秘密裡に受けるのだろう。

 そんなことを話してみれば、ハルトは大喜びである。

「よくわかりましたね。レンは本当に優秀です。さすが、私の皇帝です。もう、いますぐ、皇帝になりましょう。アンツェルンは皇族に落とします」

「十歳の皇帝はどうあろうか。せめて、成人してからにしてほしいな」

「いいですよ。私にとっては、瞬き程度の未来です。待ちます」

 皇族公表の時期は決められているが、皇帝になるのは、どうにか先送りに出来た。ハルトの思い通りにしてたまるか。

 僕の児戯のような抵抗など、ハルトも気づいている。だから、嬉しそうに笑っている。

 相変わらず、僕と二人っきりの時は、目隠しを外すハルト。いつも見ている美貌だが、僕は相変わらず狂わない。見慣れているのもあるが、きっと、僕は何か抜けているのだろう。そう思う。

「しかし、レンは随分と市井のことにも詳しいですし、教えることというのも、そうありませんね」

「皇帝といったって、ほら、領主みたいなものだろう? 領主を大きくしたような、感じ?」

「そういう受け止め方でもいいですよ。ですが、皇帝は最強です。何せ、私を完全に支配出来る者のみがなれます」

「支配って、どこまで? 今の皇帝は、ハルトをどこまで支配出来るの?」

 皇族の儀式は皇族教育で知っている。筆頭魔法使いに命令して、色々とやらせるのだ。最初に跪かせる所から、それからどんどんと命令の種類が服従させるものへと展開していく。一応、最後は靴を舐めさせて、終了である。段階的に命令を実行させて、血の濃さを見るのだ。靴を舐めさせられれば、皇帝になれる。

 だけど、これ、筆頭魔法使いがイヤがることを命令するのだ。

 ハルトを見る。ハルト、僕が学んだ通りに命じたとして、それ、嫌がっているのかな? 靴だって、喜んで舐めそうな気がする。

 嫣然と微笑むハルトは、僕に寄りかかってきた。僕もそれなりに体躯が大きくなってきたので、ハルトは僕を抱き上げるとかいうことが出来なくなってきた。そうなると、甘えるように寄りかかってくるようになった。

「そうですね、閨事の強要が出来れば、皇帝として完璧ですね」

「え、今の皇帝、出来るの?」

「出来ませんよ。やってみましたが、口付けで終わりました。閨事の強要をするには、私の力が強すぎました」

「血筋が足りないのではなくて?」

「そういう妖精憑きが千年に一度、誕生するのですよ。力があまりにも強すぎるので、皇帝でも制御出来ません。私を支配出来るのは、レンだけですよ」

 そう言って、僕に触れるように口付けをしてくる。うわ、皇帝ですら、口付けで止まっているというのに、僕は当然のようにしているよ。家族の口付けだけど。

「じゃあ、僕が皇帝にならないといけないのか」

「そうですよ。私を支配出来るのは、レンだけです。レンになら、閨事だってしたい」

「それ、強制ではないよね!?」

「心も体もレンに支配されたい」

「強制はどこ!?」

「レンが皇帝になる日を楽しみにしています」

 この最強の妖精憑きは、どうやら、これまでの皇帝とは閨事をしていないようだ。

 そこまで力があるというのに、ハルトは大人しく筆頭魔法使いをしている。そこが不思議だ。

「レン、レン、せっかくなので、皇帝の儀式の練習をしましょう」

「え、閨事、勉強していない」

「教えてあげます」

「いやいや、まずは、本から」

「手とり足取り、教えてあげます」

「経験、ないよね?」

「途中まで教えてあげますよ」

「まずは本から」

 ここぞと迫ってくるハルトを僕は力づくで押し返す。いくら僕でも、男同士の閨事は御免こうむる。

「私と閨事したい男は大勢いますよ」

「僕はそういう衝動がないな。見慣れているし」

「レンはきっと、顔立ちや体躯にはそういう衝動が持てないのでしょう。だからこそ、私の素顔を見ても、狂わない」

「今更、種明かしやめて!!」

 本当に、酷いな、ハルトは。

 そうして、押し問答をしていると、僕は力づくでハルトに押し倒される。あれ、これ、皇帝の儀式の練習なら、逆にならないといけないよね。

「命じてください、閨事」

「逆だろう、普通」

「そうです。だから、そこからです」

「ねえ、僕が皇族だと知っている人って、どれくらいいる?」

「そんな、興が削がれるような質問、やめてください」

 本当に削がれたようで、ハルトは僕の上からどいてくれた。

 無事、僕は皇帝の儀式の練習から脱出するも、やっぱり、ハルトは僕に寄りかかってくる。

「誰だっていいではないですか。どうせ、十年に一度の舞踏会で、大々的に発表です。もうすぐですよ」

「その前に、軽い口が開いていたらどうする? どうせ、沈黙の契約だってしていないだろう」

「あれは、解除が面倒なので、やりません。今のところ、皇帝と、宰相、あと、大臣たちですよ。もしかして、あなたの家族に接近していますか?」

「それを知りたくて、聞いた。兄上辺りに接近しているようなら、要注意だな」

「すっかり、一人前ですね。もう少し、未熟な所を見ていたいのですが」

「せっかくだから、舞踏会まで隠し通したい。驚く顔を見たいな」

「レンのために、完璧にします。レンが望むこと全て、私が叶えてみせます」

 これでもか、と甘えて寄りかかってくるハルト。時々、様子見をする兄レゼクからは、まるで恋人同士みたいだな、なんて呆れたように言われていた。

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