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皇族姫  作者: 春香秋灯
魔法使いの皇族姫-外伝 堕転-
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魔狼

 僕の一族は、神からも妖精からも、物凄く強い加護を受け取っている。そのためか、時々、役目を持つ者が生まれるという。

 僕もまた、役目持ちだ。夢に見る妖精憑きを迎えに行く役目を持っている。この妖精憑きが、本当に厄介なのだ。ともかく、ある皇族に物凄い執着をしているため、寿命を過ぎても生き続けている化け物だ。化け物となって、帝国の最強最悪の魔法使いとして君臨している。

 仕方がない。妖精憑きは、ある皇族が迎えに来るのを待っているのだ。寿命が過ぎても、化け物になても、帝国を傾けても、ある皇族との約束を守って、待っているのだ。

 ある皇族と化け物の妖精憑きは、約束した。化け物の妖精憑きが、立派な跡継ぎとなる筆頭魔法使いを育てあげたら、ある皇族が迎えに行く、と。

 だけど、ある皇族は、約束を守れなかった。王国で一貴族となり、人を寄せ付けない妖精の領地と呼ばれる領地で、妖精に認められ、立派な領主にまでなった。

 しかし、人の時間と妖精憑きの時間は交わらない。ある皇族は、妖精憑きが筆頭魔法使いを育てるどころか、次代を見つける前に寿命を迎えたのだ。

 勿論、ある皇族は、子や孫、子孫に、必ず、化け物の妖精憑きを迎えに行くように、と遺言を残した。子も、孫も、子孫も、その遺言を守ろう、と帝国の動向を注視していた。

 しかし、筆頭魔法使いとなれるほどの才能持ちの妖精憑きというものは、そう簡単に生まれるわけがないのだ。

 遺言は言い伝えとなり、どんどんと世代交代をしていく間に、化け物の妖精憑きは、狂い、帝国を傾ける災いとなっていった。

 そうして、やっと立派な筆頭魔法使いが育った頃、王国も大変なこととなっていた。王国もまた、帝国のように、政治が乱れてしまっていたのだ。

 そんな時に生まれたのが僕だ。神様は、僕に、あの化け物の妖精憑きを神の身許に連れて来るように、役目を与えたのだ。

 役目を持つ者は、その前の代の役目持ちまでの記憶と知識を受けついている。初代の役目持ちは、なんと、化け物の妖精憑きの待ち人であるある皇族である。皆、ある皇族が持つ知識と記憶を元に、どんどんと知識と増やしていき、神からの役目を全うするのである。

 ただ、これまでの役目持ちと僕は違った。僕は、化け物の妖精憑きを迎えに行くために、ある皇族そのものにならなければならなかった。なにせ、化け物の妖精憑きが待っているのは、ある皇族だ。ある皇族の子孫ではない。だから、ある皇族の経験を夢という形で体験することとなったのだ。

 そうして、僕は物心ついた頃から、ある皇族の経験を夢見ていた。





 物心ついた頃には、当然のように魔法使いハルトが側にいた。それが普通だった。

「ほら、レン、今日は、この本を読もう」

 僕の家族の前では目隠しをしているハルトだが、僕の前では目隠しを外し、全ての人を魅了する容貌を晒していた。

 僕はずっと見ていたので、ハルトの容貌は普通だった。家族よりも近い存在であるハルトは、僕を膝に乗せて、子ども向けでない本を開いた。

「レンは、本当に素晴らしい。もう、このような本を読めるとは」

「ハルト、これ、昨日、読みました」

「おや、わかりましたか。さすが私のレン!」

 こうやって、時々、僕を試すハルト。僕がしっかりと気づくと、力いっぱい抱きしめてくれる。それがとても嬉しかった。

「ハルト、もうすぐ、弟か妹が生まれると聞きました」

「弟ですよ」

「生まれていないのに、わかるのですか?」

「私ほどの力ある魔法使いは、母親の腹に子が宿った時点で、男か女か、わかりますよ。レンのことは、遠く離れた所からでも、わかりましたよ」

「すごい!」

 よくわからない話だが、ハルトがすごい人だということはわかった。

「私の全ては、レンのものですよ」

「そうなんだ」

 今日も、そういうので、僕は意味もわからなず頷く。

 ハルトという人が、どういう立ち位置なのかは、物心ついた頃にはよくわからなかった。家族だと思っていた。

 僕の家族は、父、母、年の離れた兄、そしてハルト、そう思っていた。ハルトと接する時間が長すぎて、最初に覚えた言葉がハルトだった。仕方がない。ハルトは、一日置きに僕の側にべったりと過ごしていたのだ。

 赤子の頃からずっと、ハルトは一日置きに、僕の側で丸一日を過ごしていた。そうして、それなりの年齢になると、僕に皇族教育、体術、剣術を教えた。

 僕は本来、兄のスペアだ。僕より下の子どもを作る理由はなかった。しかし、僕は将来、皇族となることが決まっていたため、僕が五歳の頃に、もう一人の家族が増えることとなった。

 弟が増えることに、僕は嬉しい反面、不安もあった。

「ねえ、ハルト。僕の弟も、僕みたいに可愛がるんだよね?」

 僕はハルトが取られる心配をした。兄となるのだから、それは仕方がない、と理解はしている。だけど、ハルトのこの手放しの愛情を分け合うことは、思ったよりも、難しそうだった。

「いえ、私はレンのものですよ」

「でも、僕の弟だよ」

「関係ありません。私はレンだけが大事です。あなたの家族は、大事ではありません」

 優しい笑顔で言い切るハルト。

 僕の常識は、ハルトが植え付けたものだ。何せ、教育全てをハルトの手によってされていた。だから、家族というものは、見て、経験して学ぶしかなかった。

 そういうものなのだろうか? 五歳になって、僕は疑問を持った。

 兄レゼクは十以上離れた年上だ。兄弟といえども、年齢差がありすぎて、遊んだりしない。何より、レゼクは、僕から距離をとっていた。僕から近づいていっても、気づかないふりとをして、離れていってしまうのだ。

 一日置きに、僕は家族と過ごしてはいる。ハルト抜きでの家族は、どこかよそよそしい。だから、物心つく前から、ハルトを泣いて探すような子だった。だから、さらに家族とは距離間があった。それも、五歳でやらないように気を付けた。何かがおかしい、と知識が増えて、観察して、気づいたのだ。

 僕の教育は全て、ハルトが行っていた。手取り足取り、全てだ。

 だけど、兄レゼクの教育は、家庭教師や父、母だ。ハルトは一切、関わらない。

 学ぶ内容も違うことを僕は気づいていた。僕はハルトがいない日は、兄レゼクの側で素知らぬ顔をして、教育の内容を見たり聞いたりしていた。

 剣術と体術は父が行っていた。そこは、まあ、変わらないような気がする。しかし、知識の面は、違った。家庭教師が教えてる知識は、僕が受けている皇族教育とは、違っていた。

 素知らぬ顔をして、僕はレゼクが使う教科書を見たりしていた。たかが五歳に、貴族の、それなりの年齢が使う本を理解出来るとは、誰も思っていなかったのだろう。僕の教育の進捗を知る家族はいなかった。

 そして、僕は貴族の教育をレゼクの側でこっそりと受けたのだ。



 だいたい、僕が何かやらかす時は、ハルトがいない日だ。僕は普通に領地の森を歩いていると、親を失った子犬を見つけてしまった。可哀想に、親は他の獣に殺されていた。子犬は複数いたが、生き残ったのは一匹だけだ。

 動物の脅威がわからない。何せ、僕に何かする動物はいない。側に来るのは、危険でない動物だ。危険な動物は、見かけたことすらなかった。そういうものなのだ。

 子犬は怖い目にあったのだろう。とても怯えていた。僕は何も考えずに手を出すと、噛まれた。

 途端、子犬は何かに攻撃されたように吹き飛ばされた。

 動かなくなる子犬。僕は恐る恐ると近寄り、触ってみる。生きている。

 僕は噛まれて痛いけど、泣かない。ハルトには、痛みでは泣いていけない、と厳しくされた。転んで怪我をして泣いたりしようものなら、塩を塗られることもあった。本当に容赦がないんだ。

 まだ生きている子犬は抵抗すらしないので、僕はそのまま連れ帰った。

「今すぐ殺せ!!」

 父は叫んだ。まさか、そんな可哀想なことを言われるとは、思ってもいなかった。

「まだ、子犬ですよ。番犬になります」

「それは、魔狼だ。妖精を食い殺すぞ」

「それよりも、レンの腕が大変なことになっていますよ!?」

 母が僕の腕が真っ黒に腫れていることに声をあげる。

 そうして、その日はハルトが来ない日だというのに、ハルトは呼び出された。

 僕の怪我と子犬を交互に見るハルト。叱られるのではないか、と僕は怖くなった。子犬はまだ、意識を取り戻していなくて、僕が抱きかかえたままだ。

「まさか、魔狼の子を連れて帰るとは。怪我は、魔狼にやられたのですね。妖精の力では、治癒が難しいですね。痛いでしょう」

「痛いといったら、塩を塗るじゃないか」

 もっと痛い目にあうので、僕はそう言い返す。それを聞いた父と母は呆れたようにハルトを見た。

「痛いだけですんでいるのは、妖精の加護のお陰です。レンが我慢強いからではありませんよ。よくもまあ、とんでもないものを連れ帰ってきましたね」

「親犬が死んでいて、子犬も、この一匹しか生き残っていなかったから、つい」

「いいですか、自然界では、そういうものは、そのまま放置が鉄則です。連れ帰るなんて、人の傲慢ですよ。可哀想だけど、それは自然のことです。子犬といえども、魔狼です。そのままでも生き残ることだってあります。近くに親兄弟が死んでいたのなら、その亡骸を食べて生き残ったでしょうね」

「………」

 五歳児に、とんでもないことを教えるハルト。側で聞いていた両親は真っ青である。まさか、こんな教育を平然とされているとは、両親も知らなかったのだろう。

「それは言い過ぎではないか」

「こんな小さい子に、そこまで言わなくても」

「同じ過ちを犯さないためにも、教えているのですよ。レンは、妖精の加護が強いので、どのような危険な場所に行っても生き残れます。逆にいえば、危険な場所がわからないのですよ。あなたがたな、レンを自由にしすぎです」

 口出しすれば、逆に責められる両親。一日、僕がちょっと領地を散策しすぎてしまっただけで、大変なことになってしまった。

「ハルト、ごめんなさい! 僕がわかっていませんでした!!」

 ハルトが僕の目の前で怒ることなど、滅多にない。珍しいことだ。だから、僕は泣いて謝った。

 僕が泣くと、ハルトは黙り込んだ。怒っている空気が、そのままおさまる。そして、僕を子犬ごと抱き上げる。

「私は毎日、ここには来れません。だからといって、安全な場所に閉じ込めることは、レンのためにはならない。少しずつ、学んでいきなさい」

「ご、ごめんなさい」

「この魔狼は、レンが責任をもって育てなさい。何か、意味のある出会いでしょう」

「そんな恐ろしいものを育てさせるのか!?」

 ハルトのいうことに、父は驚いた。子犬といえども、魔狼だ。殺すのが常識なのだろう。

「普通なら殺せばいい。しかし、この魔狼は生きています。この事に、意味があります。特別製の首輪を与えます。それまで、檻に入れておいてください」

 ハルトは僕の腕から魔狼を奪い、父に放り投げた。それでも、魔狼は目を覚まさない。

 妖精を食い殺すという魔狼を受け取った父は、縁起でもない存在だから、走って、獣用の檻に魔狼を閉じ込めた。

 殺される心配がなくなったのが、良いのか悪いのか、よくわからないが、僕は大人しく、ハルトの腕に抱かれた。

 ハルトは僕の怪我している腕に口付けする。それを何度も繰り返していくと、痛みも、傷すらも綺麗になくなった。

「綺麗に治った。私がいる限り、レンの体には、傷なんて残させません」

「痛くなくなった。ありがとう、ハルト!! 大好き!!!」

 僕はいつもの通りに、ハルトに口付けする。それは、ハルトに教えられた家族としての口付けだ。

「人前ではやってはいけないと、教えたではないですか」

「家族の前ですよ」

「………」

 母が、もの言いたげにハルトを睨んでいる。何かが母にとっては、悪い事なのだろう。

 ハルトは、僕と二人だけの時は目隠しを外しているが、そうでない時は、目隠しをしたままだ。そんなハルトも、母のほうをじっと見ているように顔を向けている。

「もう痛くないので、降ろしてください。次は、自然の獣には手を出しません」

 僕はその場を誤魔化すように、方向を変える。だけど、ハルトは僕をぎゅっと強く抱きしめて離さない。

「はやく大きくなれば、連れて行けるというのに」

「大きくなったら、えっと、皇族? になるのですよね」

「そうです。あなたは、皇帝になります」

「そうなんだ」

 ハルトの中では決定事項だ。そう言われても、五歳児の僕には理解が追いつかない。まず、皇族とか皇帝とか、よくわかっていなかった。

「レンは、私の、たった一人の皇帝です」

「一人だけ?」

「そうです。レンだけです」

「そうか、一人だけなんだ」

 頭の中では、兄レゼクが父の跡を継ぐ程度の考えだった。父の跡継ぎは一人、兄レゼクだけである。僕はそうならない。

 ハルトの皇帝になるのは、誰かの跡継ぎなのだろう。そう僕は考えた。

「じゃあ、勉強とか、剣術とか、頑張らないといけないね」

 レゼクがやっていることを思い出していう。

「そこは心配いりません。あなたは、とても優秀です」

「そうかな?」

 比較対象がないので、僕は自信がなかった。

 そんな僕とハルトの会話を聞いていた母は、僕から視線を逸らし、目だったお腹を撫でた。




 魔狼はナツルと名づけて、僕が育てた。魔狼ナツルは警戒しまくっていた。首輪をつくえる時も、暴れたが、ハルトを前にすると、お腹を出して、服従のポーズをとり、大人しくつけられた。

「しっかり、世話をするのですよ」

 僕の中では、魔狼はそこら辺の犬である。噛まれたけど、犬だって噛むのだから、同じだ。ただ、妖精を食い殺す力があるというだけである。

 何より、首輪をつけられたナツルは、僕に襲い掛かろうものなら、即、罰が与えられるようで、見えない何かに吹き飛ばされた。そういうことを繰り返して、ナツルも学習して、僕に逆らわないようになった。

 何か制限をかけられているのか、ナツルは僕からある一定の距離を離れられないようになっていた。檻から出せば、逃げるのだが、僕が見える範囲から向こうには、何か見えない壁に阻まれて、逃げられないのだ。そして、お腹を空かせると、戻ってくる。それの繰り返しをしていると、ナツルは僕に従うようになってきた。

「ねえ、ハルト、ナツルの首輪って、何かしてる?」

「してますよ。レンに逆らったら罰を与えますし、逃げられないようにしています」

 実は、とんでもない制限をかけられていた。ナツルは僕に懐いたのではなく、首輪によって、しつけられたのだ。

「これは、世話をしている、とは違うような」

 僕はナツルの世話をするために、領地を見回って、どういうものか学んだのだが、全く、役に立っていなかった。世話といっても、お腹すかせてすり寄ってくるナツルにエサをあげているだけだ。ナツルに躾けをしたのは、首輪だ。

 魔狼ナツルは、ハルトが近づくと、すぐにお腹を出した。ハルトはナツルのお腹を撫でる。

「本来ならば、この魔狼は死んでいます」

「運よく、生き残っただけだよ」

「レンに怪我をさせておいて、生き残るわけがないでしょう」

「僕が殺せるわけがないよ。こいつ、物凄く素早かったんだから。それ以前に、傷つけるのは、怖いな」

 僕は体術と剣術は好きではなかった。傷つける行為が嫌いなんだ。きっと、武器を持っていたとしても、僕は魔狼を傷つけることすら出来なかっただろう。

「………何か、見逃しているような気がします」

 プルプルと震える魔狼を抱き上げるハルトは、目隠しを通して、じっと見つめる。

 子犬である魔狼ナツルは、何も答えられない。ただ、ハルトのことを恐怖し、怯え、震え続けた。


 そうして、魔狼ナツルはハルトに怯えながらも、僕には懐き、最後には、一緒に寝食をともにするようになった。ナツルは、僕には懐いているのだが、家族にはこれっぽっちも懐かなかった。兄レゼクが手を出そうものなら、噛もうとするのだ。

 縁起でもない存在である魔狼を従える僕は、領地でも、異様な存在に映ったのだろう。敬遠された。

 それでも、僕はナツルを手放すことはしなかった。最初こそ、ハルトに言われて、拾ってきた責任、としてエサやりをした。それも、大きくなって、懐いてくると、可愛くなった。

 でも、魔狼ナツルは、僕が八歳の頃に、短い生涯を閉じた。


 いつものように僕は眠っていた。魔狼ナツルは僕にぴったりとくっついていたのだ。それが、何かを感じたのか、ナツルが僕をかばうようにして唸りだした。

「ナツル、どうかしたか?」

 僕は反射的に隠した剣を握った。夜盗の類だろう、そう思った。

 ナツルが唸っていく先を見ると、とても美しい人が立っていた。美しいが、ハルトを見慣れている僕には、大した存在ではなかった。

「ハルトの友達ですか?」

 そう話しかけると、美しい人がゆっくりとした足取りで近づいてくる。身なりからして、武器だって持っていない。防具も身に着けていない、ただ布切れを体に纏っているだけだ。暗器を持っていても、ハルトに鍛え上げられた僕は、どうにか対処出来る自信があった。

 そうして見ていると、ナツルはその美しい人にとびかかったのだ。

 美しい人の手前で、ナツルは見えない何かに叩き落とされる。それでも、ナツルは何か抵抗していた。

 人ではない何かだ。僕は剣を抜き放ち、ナツルを助けるために、斬りかかった。

 見えない何かに弾かれた。床に転がる僕の目の前でナツルは一生懸命、唸り、抵抗するも、可哀想な悲鳴をあげて、動かなくなった。

 五歳の頃に見た、魔狼の死体と同じようになった。

 僕はナツルの死に涙が出た。

「ナツル、ナツル」

 呼んでも、返事がない。いつもだったら、甘えるように鼻を鳴らすような声を出してくれるのに。

 動けなくなった僕に、美しい人が手を伸ばしてくる。美しいけど、その存在に僕は恐怖を感じた。

「ハルト!!」

 思わず、僕はその場にいないハルトに助けを求めた。命の危険を感じたのが、これが初めてのことだった。

 途端、僕は抱き上げられた。見れば、ハルトが僕を腕に抱き上げ、美しい人と対峙していた。

「レンの妖精は、私だけだ」

 怒りに震える声でいうハルト。そうして、何かしたのだろう。美しい人は悔し気に顔を歪め、消えていった。

 しばらく、ハルトは僕をきつく抱きしめた。何も言わないハルトに、僕は震えて、大人しくしていた。

 だけど、視界の端に魔狼ナツルの死体を見て、現実に引き戻された。

「ハルト、ナツルが」

「レンを守って死んでしまいましたね」

「ナツルは、妖精を食い殺す魔狼だって」

「あれは、相当、高位の妖精です。いくら魔狼でも、勝てません」

「よう、せい? あれが?」

 僕は妖精憑きではないので、妖精は見えない。だけど、あの美しい人は視認出来た。

 ハルトと負けず劣らずの美貌だった美しい人。それが妖精だという。

 僕は、改めて、ハルトを見る。ハルトの目隠しを外してやる。そうすると、あの美しい人などに負けないほどの美貌があらわとなる。

「ハルトは、もしかして、妖精?」

「人です」

「でも、さっき、僕の妖精だって」

「比喩ですよ。そういう存在になりたい、そう思っているだけです」

「そうなんだ」

 ハルトという人に、疑問を持たないように、僕は育てられていた。だから、言われたことをそのまま素直に受け入れてしまう。そういうものなんだ、と。

 ハルトは僕をベッドに降ろすと、顔やら腕やら足やらをべたべたと触った。

「くすぐったいよ」

「怪我一つありませんね。良かった」

 そう言って、ハルトは力いっぱい、僕を抱きしめる。

「良くない。ナツルが死んだ」

 動くことがないナツルに、僕は泣いた。

「レンを守って死んだんです。魔狼にとっては、それが本望でしょう。誉めてあげてください」

「死んだら終わりだ。逃げればよかったんだ」

「レンのことが大好きだったんです。守ることこそ、ナツルにとっての幸福です。私と同じです」

「ハルトは逃げて。死んだらダメだ」

「大丈夫、私は強いですから、死にません」

 泣いているからか、ハルトは僕に口付けする。

「ナツルを殺した妖精は、私が殺してやります」

「殺し合いなんていけない。やめて!」

 ナツルは死んだ。だからといって、妖精を殺すことがよいわけではない。僕は、どちらも死んでほしくなかった。

「レンは優しいですね。わかりました、殺すのはやめてあげます」

「約束だよ!!」

「約束しますから、レンから口付けしてください」

 最近、僕からハルトに口付けしなくなった。母が何からもの言いたげに見てくるようになってきたので、避けたのだ。

 場所は僕の部屋だ。大した騒ぎになっていないので、誰もやってこない。僕は仕方なく、ハルトに口付けした。

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