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皇族姫  作者: 春香秋灯
魔法使いの皇族姫
55/353

終劇

 皇族キハンは諦めの悪い男だ。男爵令嬢ジェシカを使って、僕が暴行を働いた、と訴えてきたのだ。

 まず、男爵令嬢ジェシカの妊娠だが、筆頭魔法使いハルトの確認がまだとれていないので、不明とされている。が、目の前にいるジェシカが妊娠していない事実は、ハルトの目で確認された。子が流れたかどうか、そこは、神にお任せである。

 明らかな冤罪である。僕をよく知る人、皇帝アンツェルンと筆頭魔法使いハルトは、僕にそういう衝動が欠片ほどもないことを知っている。だから、平気で、命をかけることとなる妖精の呪いの刑を僕にやらせようとするのだ。

 妖精の呪いの刑は、力ある妖精憑きが誕生した時に、見せしめとして使用される刑罰である。まず、罪状を決め、妖精の呪いをかける。もし、罪状通りの罪をおかしていれば、呪いを受けた者を含む一族郎党が滅びるのだ。しかし、罪状通りの罪をおかしていなければ、呪いは発動せず、無罪となる。

 絶対に無罪だ、とわかっているから、ハルトはこの刑罰をやって、皇族キハンと男爵令嬢ジェシカの立場を叩き落としたいのだ。

 別に、ハルトはキハンとジェシカのことを恨んでいるわけではない。どうだっていいのだ。ただ、僕に冤罪を被せた事実のみ許せないだけだ。これが、僕でなければ、ハルトは静観の構えである。ハルト、もっと他人を大事にしろ!!

 僕としては、アリエッティからも、帝国からも、距離をとるのに丁度いいので、罪を認めた。陳情やらなにやら、周囲が騒がしかったが、無視した。ハルトが頑張って、僕から証言をとろうとしたって無駄だ。ハルトは僕に勝てない。

 そうして、大人しく牢獄に入っていると、皇族キハンがやってきた。

「無様だな」

「盗み聞きがバレた時、命がないぞ」

 僕はもう、キハンを敬ったりしない。この男は、僕と皇帝、筆頭魔法使い、アリエッティの密談を盗み聞きしてしまったのだ。

 キハンは焦ったのだ。万が一、僕がアリエッティと婚姻となると、キハンの立場は急降下だ。アリエッティの婚約者であるから、小さな失敗も、ちょっとした犯罪も、間違いも、許されたのだ。それも、婚約者でなくなると、過去のものを持ちだされ、キハンの立場は悪くなる。

 そういうことを悪い貴族の子息や令嬢たちに囁かれたのだろう。キハン一人で考えられることではない。相談して、穴だらけの策を貰って、僕を陥れたのだ。

 僕が本気になれば、あんな穴だらけの策なんて、崩壊だ。僕が罪を認めたから、穴がふさがっただけだ。そのことも、キハンと、キハンの悪友たちも、気づいてすらいない

 だから、あえて、キハンでもわかる所を指摘してやる。

「気づかれたから、どうした。お前が処刑されれば、お前が皇族だという事実はなくなる」

「僕は、僕が皇族だと知る者たちを随分と殺した。そうして、秘密を知る者を皇帝、筆頭魔法使いに絞ったんだ。そこに、キハンが入ることは許されない」

「誰が許さないと?」

「ハルトだ。ハルトは、僕に随分と執着している。僕を皇帝にしたいんだ。今も、一生懸命、証拠を集めている。はやくしないと、冤罪だとバレるだけでなく、妊娠すらなかったことになるぞ」

「ジェシカは妊娠していた!!」

「誰が言った?」

「ジェシカだ。ジェシカが言ったんだ!!」

「好きなんだな、その女のこと」

「誰も俺のことなんぞ、見ていない。俺を見てくれるのは、ジェシカだけだ。ジェシカを嘘つき呼ばわりした奴らを許さない!! アリエッティを殺して、俺が皇帝となった暁には、ジェシカは皇妃だ」

「皇帝になれば、そういうのも可能だな。ならば、はやく火消しをしなさい。まず、僕をどうにかするべきだ。処刑するにしても、時間がかかる。だったら、国外追放に持っていけ」

「なんだ、死にたくないのか」

「バカか。僕が死ねば、ハルトが暴走する。ハルトはな、筆頭魔法使いだが、皇族では縛り付けられない妖精憑きだ。ああいうのはな、上手におだてて、従わせるしかない。僕を殺せば、間違いなく、帝国は崩壊するぞ。お前が皇帝となる前に、終わりだ。お前の可愛いジェシカなんか、一番最初の犠牲者だ。生まれてきたことを後悔するほど、恐ろしい目にあうだろうな」

「そんなこと、俺がさせるわけがないだろう!! たかが筆頭魔法使いごとき」

「ハルトは、皇族だって殺せる。ちょっと痛いのを我慢すればいいんだ。魔法でなくても、あの腕っぷしだ。お前ではハルトに勝てない」

 ハルトという妖精憑きをキハンはわかっていない。どれほど説明しても、意味のわからない自信で、どうにか出来るというのだ。ここまでバカだと、もう、放り出すしかない。

「わかった、国外追放しよう」

 そこに皇帝アンツェルンが混ざってきた。

 キハンはアンツェルンの登場に、がたがたと震える。アンツェルンは僕の味方だからだろう。

 アンツェルンは、キハンの胸倉をつかむと、服で見えないキハンの腹の部分を数発、殴る蹴るをして、ぽいっとキハンを捨てる。

 腹をおさえて悶絶するキハン。それを冷たく見下ろすアンツェルン。

「レンが隠された皇族だと知る貴族の名を全て吐け」

「い、言って、ない」

「お前一人で考えたことか? 相談したんだろう。ほら、吐け」

「………ジェシカに、話した」

 アンツェルンはキハンの腹をさらに蹴った。

「お前なんぞ、あの下らない断罪劇の後、さっさと殺しておけばよかった」

 確かに、と僕は心の中で同意する。僕が皇帝なら、キハンを殺していた。あそこまで皇族の立場を低くする出来事をしたのだ。そういうものは、僕自らが処刑だ。

 アンツェルンと目があう。アンツェルンは深いため息をついた。

「お前を表に出せれば、皇族もここまで低くなることはなかったろうな」

「そこはそれ、仕方ない。陳情が多いというのなら、処刑はせず、僕を国外追放してください。あと、僕が皇族だと知る者たちは全て、ハルトに始末させなさい。国外追放された僕が皇族だと知れ渡ると、後々、面倒なことになる」

「そこには、あの男爵令嬢も含むのか?」

「勿論」

「貴様!?」

 キハンは痛みで動けないながらも、僕に恨みの声を向ける。

 僕は呆れたようにキハンを見下ろす。

「秘密を知る者は少ないにこしたことはない。わかっているのか? 口封じには、お前も含まれている」

「俺は、皇族、だぞ?」

「それで? 僕は、僕の秘密を知る皇族も殺した。口が軽いお前は、生かす理由はない。アンツェルン、殺せ」

 僕が命じれば、皇帝アンツェルンは、無言で動けないキハンを殺した。

「死んだ時期は、僕の国外追放後にしよう」

「もっと、はやく殺しておけばよかった」

 アンツェルンは、キハンを殺したことよりも、殺すことが遅すぎたことに後悔して、泣いた。




 キハンの生死は上手に隠されている間に、僕の国外追放が決定した。追放先も決まり、その後も、帝国と王国で密談して、僕の追放先の身分まで決められた。なんと、男爵だ。そうか、貴族のままか。領地も貰えるというが、聞いたところ、領地とは名ばかりの、人が住めない、妖精が支配する地である。僕の生死を妖精にお任せするのだろう。

 帝国を出れば、僕は妖精に寿命を盗られる。どうせ、死ぬ運命だから、そこは気にしない。領地で眠るように死んで終わりでいい。

 そう、諦め半分のことを考えていると、筆頭魔法使いハルトがやってきた。

「私も行きます」

「お前の跡取りはいるのか? 筆頭魔法使い、お前一人だろう」

「そんなこと、どうだっていい。帝国など、滅びればいい」

「帝国には、僕の家族がいるんだ。そういうのはやめろ」

「だったら、一族ごと、王国に移住すればいいだろう!! 私がやってやろう。だから、一緒に連れてってくれ」

 妖精憑きに鍵なんて意味がない。鉄格子をあけて、ハルトは僕に甘えるように抱きついてくる。

「やめろ。そんなことしたって、お前を連れて行かない。せめて、立派な筆頭魔法使いを一人、育てろ。それが出来たら、迎えに行く」

「………」

「約束だ。だから、待ってろ」

「もう、仕方がないですね。才能ある妖精憑きを探して、筆頭魔法使いに育てます。だから、絶対に、迎えに来てくださいね。待ってます」

「待っている間に、いい皇帝がいたら、浮気していいぞ」

「私の皇帝はレンだけだ!! いいですか、あなたの妖精は私だけだ!!! 浮気は許しません」

「妖精の子は連れていく。置いておくには、厄介だからな」

「許しません!!」

「拾った責任だ。飼い主として、最後まで面倒みるのが大事なんだ、とお前が僕に教えたじゃないか」

 笑ってやる。幼い頃、僕が拾った子犬を連れ帰った時、ハルトがそう教えてくれた。

 妖精の子も同じだ。拾ったんだから、最後まで責任を持たないといけない。

 ハルトは頬を膨らませて恨みがましい、と僕を睨んでくる。

「確かに、そうですね。そう、あなたを育てましたね」

「ほら、皇帝の儀式の練習をしよう」

 幼い頃と同じように、僕はハルトに口付けする。ハルトは、幼い僕によく、口付けした。幼い僕は、それに答えた。僕にとって、ハルトは家族だ。家族の口付けをしているだけだ。

 今も、それは変わらない。僕にとって、ハルトは家族だ。皇族教育も、体術も、剣術も、全て、ハルトから学んだ。

 ハルトは僕の膝に座り、嫣然と微笑む。

「まずは、私の口の中を調べるところからです」

 今更、冗談とは言えなくなった。






 一年に一度、皇族全てが集まる食事会が催される。普段は、皇族も忙しいので、集まることがない。そういう場を設けて、お互いの顔見せをして、親睦を深めるのだ。

 そのような和やかな場となっている会場に僕が入ったのだが、なかなか、凄惨なこととなっていた。

 まず、集まった皇族のほとんどが、口から血を吐いて死んでいた。真っ赤な赤ワインが入ったグラスが散乱しているところから、赤ワインに毒でも盛られたのだろう。

 が、皇族って、毒ごときでは死なないよね。だって、皇族には筆頭魔法使いの妖精が守っている。妖精は毒だって水にかえてしまえる存在だ。赤ワインに毒が混ざっていたって、妖精の力の前には、ただの赤ワインに戻ってしまう。

 そんな中、毒殺に使われたであろう赤ワインのボトルを持つ少女が笑顔で席を立っていた。その傍らには、目隠しした男がいる。少女は、目隠しした男に甘えるように寄りかかる。

 ところが、目隠しした男が、少女を押しのけて、僕の元に駆け寄った。

「レン!!」

 僕を力いっぱい、抱きしめてきた。

「ちょっと、苦しいって」

「レン、待っていた。ずっと、ずっと、待っていた。遅いじゃないか!!」

「離れて離れて離れて!!」

「イヤだ、離さない。もう、離さない!!」

「わかったから、力、緩めて。ほら、手、繋ごう」

 目隠しした男を上手に宥めた。僕が手を繋いで、やっと、この男は離れてくれた。

「また、すごい事してくれたね、ハルト」

「私はちょっと、囁いてやっただけだ。やったのは、あの女だ」

 目隠しした男ハルトは、さっきまで側にいた少女を指さす。少女は、僕とハルトの密着ぐあいに、怒りで顔を歪める。

「ハルトから離れなさい!! ハルトはわたくしのものです!!!」

「やめておきなさい。これは、あなたの手におえるものではない。ハルトに言われて、何をやったんだ?」

「ハルトを解放するために、赤ワインに妖精の呪いをかけただけよ。罪をおかしていなければ、ただの赤ワインよ。でも、罪をおかしていれば、毒入りの赤ワイン。ここに集まる皇族のほとんどが、罪人だったから、死んだわ」

「君は、妖精憑きか。可哀想に。ハルトに出会わなければ、手を汚すこともなかっただろうに」

「ハルトを解放するためよ!! ハルトは皇族にいいようにされていたの。閨事を強要されて、昼も夜も弄ばれて!!!」

「ハルトのためか。悪政に苦しむ帝国民のためじゃないのが、笑えるな」

 僕は少女を嘲笑った。そんな僕に、少女は表情を強張らせる。自らが行った行為の理由が最低なことに、気づいてしまったのだろう。

「最初は、帝国民のために、どうにかしようとしたんだろう。そこで、ハルトに相談だ。ハルトの素顔に、狂ったんだな」

 僕がハルトの目隠しをとってやる。男女問わず狂わす美貌があらわとなる。生き残った皇族たちも、ハルトを見て、正気を失いそうになる。

「マリィ、なんてことを」

「お、お姉様、どうしよう」

 だが、目の前の惨劇に、少女マリィと、彼女の姉は正気を保った。マリィを抱きしめる姉。姉は縋るように僕を見てきた。

「気の毒だが、彼女はもうダメだ。妖精憑きとしての格を失った。もう、ただの人以下だ。平凡に生きていきなさい。さあ、行くぞ」

「待て!! 魔法使いは置いていけ。その男には、動いてもらわねばらならない!!!」

 マリィの姉がいう。僕はため息しか出ない。

「これを見ろ。人を全て狂わす容姿を。こんなもの、もう、野放しにしてはいけない。それ以前に、これは、もう、人ではない。妖精に近い化け物だ。人の手に余る」

「しかし!!」

「筆頭魔法使いがいるだろう。そちらに頼りなさい」

「そいつのせいで、父も母も狂った。私が処刑する!!」

「お姉様、ハルトを処刑するのは許さないわ!!」

 マリィの姉はハルトの素顔を見ても、正気を保っていた。ただ、妹には弱いようで、強く出られない様子だ。

「ハルトのことは忘れなさい。もう、寿命以上に生きている妖精憑きだ。こういうのは、災いしか呼ばない。だから、迎えに来たんだ。ほら、ハルト、僕と一緒に行こう」

「レン、レン、筆頭魔法使いも育てた。もう、離れない」

「ああ、頑張ったな。よく頑張った。だから、レンに会いに行こう」

「レン?」

「僕はレンではない。レンの記憶を持った子孫だ」

 ハルトが求めるレンは、随分と昔に亡くなって、今は土の下だ。もう、骨すらないだろう。

 ハルトは首を傾げる。僕はそのレンという男と瓜二つなのだろう。他にも、レンと同じところがあるのかもしれない。

「僕は、レンの子孫だ。レンは、あの妖精に支配された地で、妖精に認められ、領主になったんだよ。そのお陰で、レンの血筋は、妖精に寿命を盗られなくなったんだ」

「レンの、子孫」

「神と妖精の加護が強いからか、時々、僕みたいに、使命を持つ子どもが生まれるんだ。僕は、ハルトを迎えに行く使命を持っている。色々と、知っている。遅くなってごめん。もっと早く来たかったんだけど、帝国も王国も、大変なことになってて、船での行き来も難しかったんだ」

「魔法具は?」

「僕はただの人だ。ほら、魔法具だ。ハルト、帰ろう」

 ハルトは僕を抱きしめて、泣いた。





 力のありすぎる妖精憑きは、寿命以上を生きると、人ではなくなる。かといって、妖精になるわけではない。ただ、無為に生きる化け物だ。

 領地に到着すると、僕はハルトをレンの墓に連れて行った。

 もう、レンの骨すらも土になってしまっただろう墓を前に、ハルトは顔を綻ばせる。ただの石である墓石の横に座る。

「レンが言っていた。約束を守れなくてごめん、と」

「約束?」

「皇帝となって、一緒に帝国を平和にしよう、と約束したんだろう」

「レンが子どもの頃の話だな。約束ではない。夢物語りだ」

 約束ではなくても、ハルトは、レンがそういった事が嬉しいようで、墓石に寄りかかって笑う。

「それで、これからどうする? お前も皇帝になれる皇族だ。皇帝になるか?」

「そうなんだ。知らなかった」

 見た目が同じというだけではなかったようだ。まさか、血筋まで同じだとは、驚きだ。僕は笑うしかない。

 そんな僕の笑顔を見て、ハルトはまた喜ぶ。

「レン、もう、皇帝になれとは言わない。一緒にいよう」

 ハルトにとって、僕はレンだ。間違いだけど、僕はそれを訂正しない。それでいい。

「ハルトは、この墓守をしてくれ。この領地は、恵みはあるが、貧乏なんだ。領主はいい人すぎて、騙されて、借金ばっかりなんだ。だから、ここを世話できない」

「悪い奴なら、消し炭にしてやる」

「人が傷つくことを嫌う領主なんだ」

「そうか。では、私の出番はないな」

「だけど、墓を荒らす悪い奴らは、消し炭にしてかまわない。獣は、食料になるから、上手に殺してくれ」

「わかった!」

 役に立つことが出来て、ハルトは喜んだ。

 そうして、僕はハルトを置いて、墓から離れた。しばらく歩いて、振り返ると、ハルトの姿が墓から消えていた。

「連れて行ったか」

 こうして、帝国を滅茶苦茶にした美貌の妖精憑きは、やっと、天に召された。

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