皇族喜劇
面倒臭いこととなっていた。筆頭魔法使いハルトが、皇族アリエッティを狂わせようと、素顔を晒しているのだ。
わざわざ、僕の前で。
アリエッティは困ったように笑っている。見る角度によっては、勇ましい男だという彼女だが、僕にとっては、小娘でしかない。
「ハルト様、お戯れはおやめください」
僕は笑顔で注意するも、心の中では命じてやる。やめろ。
途端、ハルトは嬉しそうに笑い、いつもの目隠しをして、素顔を隠した。本当にタチが悪い男だ。
「ハルト、人狂いを起こさせるようなことはやめろ」
アリエッティも軽く注意する。アリエッティは、ハルトの素顔を見ても、これっぽっちも心を動かされない。
それはそうだ。アリエッティは僕にだけ、熱い視線を送ってくる。素顔は勇ましい男だが、その目は違う。ずっと見守っていたのだから、アリエッティの心の機微は顔を見ただけでわかる。
だから、僕は気づかないふりを続けている。間違っても、僕は人に好意を持ってはいけないのだ。
「私の皇族姫、あなたは、もっと、私の素顔に慣れてもらわないといけない。次の皇帝はあなただ」
「大丈夫だ。ハルトの素顔はもう見慣れた」
うんざりとした顔でいうアリエッティ。心がしっかりした子だから、見た目に左右されないのだろう。さすが、次期皇帝候補だ。
かくいう僕も、ハルトの素顔に惑わされることはないが。
口元だけを見ると、ハルトは喜んでいるようだ。目隠しの向こうは、一体、誰を見ているのやら、一見するとわからない。が、僕はわかる。しっかり僕を見ている。
表向きは、アリエッティのことを心の底から敬愛している素振りをしておいて、実際は、そうではない。僕が可愛がっている皇族姫を使って、僕を揺さぶっているのだ。
アリエッティは見た目で損をしている。だけど、本人は気にしていない。恵まれた体躯を生かして、将来の皇帝候補として、騎士たちに混じって体を鍛えた。お陰で、見た目はすっかり男子だ。
皇族は常に、筆頭魔法使いハルトの妖精に守られている。だから、暗殺されることはない。毒殺だって防がれる。戦場に出ても、攻撃を受ける前に、敵は妖精によって消し炭だ。だが、皇族同士の戦いでは、妖精は動かない。皇族にとっての敵は、皇族なのだ。
アリエッティは、将来、皇帝となるため、皇族間の戦いに勝てるように、と鍛えていた。今では、どの皇族もアリエッティには勝てない。それほどの実力だ。
しかし、僕にだけ、アリエッティは勝てない。
ハルトは、その事実を毎回、確かめては、嬉しそうに笑っている。ハルトは、僕が隠された皇族であることを知っている。何せ、ハルトは僕が母のお腹の中にいるころからずっと、僕を皇帝にしようと、画策していたのだ。
ハルトは、千年に一度生まれるという、化け物じみた才能を持つ妖精憑きだ。あまりにも力がありすぎるため、僕が母のお腹に宿った時に、僕の存在に気づいたという。ハルトにとって、唯一の皇帝が僕だ。これまで仕えていた皇帝は、ハルトの中では繋ぎでしかない。ハルトの真の皇帝は、僕一人だという。
ハルトのあまりの執着ぶりに、皇帝アンツェルンは従うしかなかった。力ある妖精憑きは、いくら、契約紋があるといえども、従えさせるのは不可能だと、過去の皇帝の日記から、悟っていたのだ。
そうしてアンツェルンは、ハルトに導かれるままに、武勇のみの子爵家に交渉し、生まれた子を秘密裡に皇族として教育したのだ。結果、アンツェルンの中では、僕は次の皇帝に相応しい実力を示したという。よくわからないけど。
が、大きな問題が発覚した。僕の生家、というか、一族は、妖精に寿命を盗られる短命の宿命だった。その事に気づいたのは、ハルトだ。僕が妖精に寿命を盗られそうになったからだ。勿論、ハルトはそれを防いだ。
ハルトは理由がわからないが、一族が妖精に命を狙われている事実に気づいた。理由がわからないので、ハルトは僕を守るだめだけに、子爵邸にとんでもない仕掛けを施し、帝国内であれば、一族が問題なく活動出来るようにしたのだ。
僕はそれなりの年齢になったら、貴族に発現した皇族として公表し、アンツェルンの幼い娘と婚約することとなっていた。しかし、僕の一族が妖精に命を狙われている事実に、僕は皇族としての公表すら、白紙にした。
その事に、ハルトは激怒した。
「私の皇帝はレンだけだ!! 他の皇帝など、認めない!!!」
僕に縋っていうハルト。素顔を晒し、僕を狂わせて、頷かせようとする。
「無駄だ。僕にそういうのは通じない、とわかっているだろう。僕には人の見た目の美醜はわからない」
生まれつき、人の顔立ちに何かを感じるものがなかった。人を判別する材料としか感じていないのだ。その僕に、ハルトの素顔は、ただの判別しやすい顔でしかない。
「だからこそ、あなたがいい!!」
「違う形で側にいる。だから、我慢しなさい」
この男をどうにか宥めないと、後で大変なことになる。仕方なく、僕はハルトを上手に言いくるめるしかなかった。
皇帝にはならないが、皇帝に近いどこかにはいる。その事に我慢するしかないハルトは、我慢はしたのだ、我慢は。
次の皇帝は、血の濃さから、アンツェルンの娘アリエッティだ。とても真面目で、皇位簒奪を防ぐために、わざわざ騎士たちに混じって修練する姿は、とても勇ましかった。だけど、女の部分も見られた。辛いだろうに、と僕は見守った。皇位簒奪をされないように、僕が影から支えよう、とさえ思った。見た目はよくわからないが、健気だと感じた。
その僕の気持ちに、ハルトは気づいた。だから、アリエッティを口説くような真似をしては、僕を苛立たせたのだ。本当に、タチが悪い。
だからというわけではない。ただ、偶然に、僕が妖精の子を買った時、ハルトは激怒した。
「私という魔法使いがいながら、浮気ですか!?」
「あれは妖精の子なんだろう?」
「浮気です!!」
「知らなかったんだ、妖精の子だとは。可哀想だから、助けただけだ」
「私というものがありながら」
「言い方!! 僕とお前は、一騎士見習いと筆頭魔法使いだ。落ち着きなさい」
「私の皇帝はあなただけだ。もう我慢しない。あなたを皇帝にしてやる!!」
「やめろ。次の皇帝はアリエッティだ。僕は、彼女を支える騎士となる。そういう話で決まっただろう。お前は、アリエッティを支えるんだ」
「だったら、あなたはアリエッティの愛人になればいい。そうすれば、彼女だって、大喜びだ」
「真面目な子だ。皇族としての役目を全うしようと、好きでもない男を婚約者にして、それを受け入れている。そういう子に、そんなことを言っては、心が壊れてしまう」
「あなたが皇族だと知れば、彼女は喜びますよ」
「妖精に命を狙われるような血筋を皇族にいれてはいけない」
「子を作らなければいい!!」
「お前のその言葉は信用していない。お前は、必ず、僕に子作りをさせて、子を持たせようとする。お前が欲しいのは、僕と、僕の血が流れる皇族だ。僕は、絶対に子孫を残さない」
ハルトは僕自身だけでなく、僕の血筋にまで執着していた。
僕の親兄弟に、ハルトはこれっぽっちも執着していない。僕だけだ。僕の子にも、執着するのだろう。その執念は恐ろしいものだ。
ハルトの大きな失敗は、僕に皇族教育をしたことだ。皇族教育のために、僕は皇族として、皇帝としての物の見方をしてしまう。
皇族教育をしていなければ、僕はハルトの言いなりだった。深く考えることなく、皇族との間に僕は子を為しただろう。が、皇族教育は、それを許さない。妖精に命を狙われるような血を皇族の血筋に混ぜる危険など犯せない。
妖精の子の面倒をみることとなってしまって、しばらくは、ハルトが不機嫌だった。
「どうにか、ハルトのご機嫌をとってくれ」
皇帝アンツェルンにまで言われてしまう。なんで僕ばっかり。
妖精の子の手がかからなくなった頃に、僕はハルトがいる筆頭魔法使いの屋敷に行った。そこでの出来事は、よほどのことがない限り、外に漏れることながい。使用人でさえ、皇帝の息がかかっており、妖精の契約により、きつく口外できないようにされている。だから、僕が皇族であることを使用人たちは知っている。
ついでに、僕がハルトの一番のお気に入りであることも。
僕が屋敷に行けば、使用人たちは大歓迎である。一番よい部屋に案内され、一番よい茶と菓子を出され、すぐにハルトが呼ばれる。
「レン!!」
子どものようにハルトは僕に抱きついてくる。外では絶対にしないことだ。
「もう、僕よりもずっと大人だというのに、離れなさい」
「外ではずっと我慢しているんだ。ここでは好きにしたい。ほら、皇帝の儀式の練習をやろう」
「やらない!!」
「アリエッティの時に失敗したら、大変だ」
「あれは、最後までやらなくていいんだ。知っているぞ」
「なんだ、知ってるのか」
アリエッティを使えば、僕が翻弄出来るなんて甘い考えは、すぐに吹き飛ばしてやる。本当にタチが悪いな、こいつは!!
「だいたい、お前にとって、僕との皇帝の儀式はご褒美でしかないだろう」
「私はレンに全て支配されたい」
「やめろ!!」
別に、ハルトは男色なわけではない。だからといって、女好きでもない。ただ、僕に対する執着が強すぎるのだ。どうにかして、僕を篭絡して、手に入れたい。その方法の一つとして、皇帝の儀式を使おうとしているだけだ。
皇帝の儀式とは、皇帝が筆頭魔法使いを従えているかどうかを確かめる儀式だ。皇帝は、筆頭魔法使いの閨の強要をし、それが可能かどうかで、力関係を見るのだ。僕は相当、血が強いので、ハルトに閨の強要は出来る。が、ハルトはそれを僕を縛り付ける手段と見ているので、強要にはならないのだ。
力いっぱい抱きついてくるハルト。僕は騎士として鍛えた腕力でハルトを離した。ハルトも鍛えているが、僕はそれ以上の実力だ。ハルトでも僕には勝てない。
「さすが私の皇帝だ。腕っぷしも立派だ」
「お前にだけは負けないからな」
「ほら、レンの好きな菓子だ。もっと食べてくれ」
わざわざ隣りに座り直して、ハルトは菓子を僕の口に持ってくる。仕方なく、食べる。今日は、ハルトのご機嫌とりだ。
「美味しいか?」
「ハルトの手作りだな。うまい」
「そうだ!! よくわかったな」
出てくる菓子は全て、お前の手作りだろうが。使用人たちが、そこら辺で買ってきたような菓子を僕に出すはずがない。過去、出して、恐ろしいことになったからな。
ちなみに、僕が普段食べている食事も全て、ハルト手作りだ。着ている服だってそうだ。支給される騎士の装備全てもそうだ。お前、どこまで僕を囲う気だ!!
「妖精の子も、もうそろそろ、魔法使いの館に移動していい頃合いだろう」
「妖精の子、じゃない。アリエッティがダルンと名づけた。名づけた時点で、アリエッティの妖精になった」
「そうだ、あの妖精は、アリエッティの妖精になった。これで、レンの妖精は私だけだ」
「お前はアリエッティの筆頭魔法使いだろうが!!」
「それは肩書きだろう。私はレンの妖精だ。一生、そうだ」
「僕が死んだ後はどうするんだ」
「………」
無言となる。僕に執着するのはいいが、その後のこと、これっぽっちも考えていない。
「せめて、次の筆頭魔法使いを育てなさい。ダルンはダメなのか?」
「妖精の子には、筆頭魔法使いの儀式は出来ない。あの契約紋をつけることで、何が起こるかわからない。実力はいいが、残念だ」
「そうか。ならば、筆頭魔法使いになれそうな次代が育つまで、ハルトが支えるんだ」
「レンが私の皇帝となってくれればいいのに」
「皇帝が妖精に命を狙われている、なんて洒落にならない」
「隠せばいい。帝国内にいれば、妖精はお前の一族の寿命を盗れない」
「戦争に行ったら、盗られるだろう」
戦争は、帝国の領土外だ。ハルトが作った魔法具や魔道具は、帝国領土内でしか発揮しない。外に出れば、途端、妖精に寿命を盗られるだろう。
「敵国なんぞ、私が領土ごと、消し炭にしてやる。今すぐやろう」
「無駄に、命を奪うな。それに、そういうものは、恨みを買う。どのような反撃を受けるかわからないぞ」
「だから、根絶やしだ。敵国全て、生き残らせない。レンが命じれば、私がやってやる」
「命じない。国の滅亡を決めるのは、神だ。神が滅亡させないのなら、敵国といえども、神の使いである妖精を使っての滅亡をしてはならない。それは、絶対だ」
「さすが、私の皇帝は、崇高だ」
角度を変えて僕を試し、喜んでいるハルト。
僕はもっと愚か者のフリをすればよかったんだ。だが、ずっとハルトとは腹を割って付き合っていた。だから、愚か者にはなれなかった。
ハルトは僕の肩に甘えるようにもたれかかってくる。
「もっと、人前でも、私の皇帝でいてくれればいいのに」
「あのな、皇帝と筆頭魔法使いは、こんなべたべたしない。これは、恋人同士がすることだ」
「世間一般はそうだな。しかし、私はこうしたい。ずっとずっと待っていた私の皇帝だ。お前が母親の腹に宿った瞬間、私は幸福を感じた。それまでは、ただ惰性で生きていただけだ。それも、レンが誕生して、全て幸福となった。こうして、側にいれることも幸福だ」
「お前も、妖精の子なのかもな。ダルンも似たようなことを僕に言ってたな」
失言だった。この後、ハルトの機嫌は急降下となった。
厄介な問題というと、だいたい、男女の色恋である。それを除けば、だいたいの問題は解決出来ると自負している。
皇族アリエッティの婚約者である皇族キハンは、ともかく残念皇族、ダメ皇族、空っぽ皇族と影で呼ばれている。仕方がない。本当に血筋だけなのだ。
アリエッティは市井の勉強も、と貴族の学校に通っている。それに付き合わされるように、キハンも通わされているのだ。皇族教育でも最下位を突っ走るキハンは、貴族の学校でも、最下位を突っ走り、悪い友達に悪い事を教えられて、と典型的な転落っぷりを発揮していた。
アリエッティは、真面目だ。皇族教育も終わり、皇位簒奪を防ぐための体術と剣術を鍛えるのに余念はなく、貴族の学校の成績も、素晴らしいときている。見た目が残念だ、と貴族間でも言われているらしいが、その見た目で女子の人気が高い。勇ましいし、腕っぷしもよいし、考え方もしっかりしているから、女子から慕われるのだ。
そうして、貴族の学校も、もうそろそろ卒業の年だよね、という頃に、キハンが一人の男爵令嬢に夢中となった。
キハン、女遊びは普通にしていた。世間知らずの皇族が、貴族の学校に行けば、自然と、悪い遊びに目覚めるものだ。キハンは貴族の娘に随分と手をつけていた。娘のほうも、あわよくば、なんて考える。それでも、妊娠させた、という話がないのだから、大した問題にはならなかった。
そのキハンが、男爵令嬢ジェシカに夢中になっている、という報告が皇帝アンツェルンのもとに上がったのだ。これまでとは違う様子に、アンツェルンも危機感を持った。
そして、僕が秘密裡に呼び出された。
「どうだろう、アリエッティとの婚約をもう一度、考えてほしい」
「断る」
もう、満面の笑みの筆頭魔法使いハルトを視界の端で見ながら、きっぱりという。
「このままでいくと、アリエッティが傷物扱いになってしまう」
「皇族同士の婚姻に、傷物というものは関係ない。だいたい、キハンとアリエッティの婚姻は、皇族の血を確かにするためのものだ。そこに、感情は必要ない」
「私の娘だぞ」
「皇帝に、親子はない。そういうのは、切り捨てなさい」
アンツェルンが泣き落としやら、怒りやらを僕にぶつけるが、僕は応じない。お前は皇帝なんだから、そこのところ、しっかりとしろ。
「さすが、レン。やはり、レンこそが皇帝となるべきだ」
「ならない!! だいたい、ハルト、こうなっているのに、わざと傍観していただろう」
「人の気持ちというものは、妖精憑きでもどうしようもないことだ」
「男爵令嬢の周りを洗い直しなさい。何も出ないならいいが、出てくるようなら、排除しなければならない」
「わかりました」
僕が命じれば、嬉しそうに笑って応じるハルト。もう、誰が皇帝か、わからなくなってくるな。
ハルトが出ていくのを見送ってから、僕は改めて、皇帝アンツェルンと向き合う。
「ハルトの前で、もう、その話を蒸し返してはいけない。ハルトは一生、僕を諦めない。上手に、ハルトを宥めなさい」
「アリエッティが真実を知った時、私は側にいない。支えるのは、あのキハンだぞ!?」
「種馬と見てやればいい。アリエッティも、その頃には、心構えもしっかりしている。僕も影ながら、支えよう」
「うまくいかないものだな。皇帝に相応しい男は、妖精に命を狙われ、伴侶として相応しくない男は、種馬だ」
「………」
アンツェルンは立派な皇帝である。しかし、アリエッティに対して、随分と愛情を持っている。皇帝となる時、家族に対する情を持たないように、心構えをしっかりとさせられるものだというのに。
僕が知らない何かがあるのだろう。アンツェルンは、アリエッティを随分と可愛がっている。別に、アンツェルンの子はアリエッティだけではない。他にもいるのだ。それなのに、アリエッティを贔屓しているのではないか、とすら見てしまうほど、可愛がっているのだ。そのせいで、アリエッティは兄弟姉妹間でも、随分と冷たく見られている。それも、皇族の中で一番確かな血筋である、という筆頭魔法使いハルトの証明により、黙らされている。
「男爵令嬢の周囲が、大したことがなければ、愛人にでもすればいい。そうでない時は、対処しないといけないだろう」
表向きでは、清廉潔白な顔をしている僕だが、僕が皇族である情報を隠すために、随分と人を殺めた。秘密を知る者は、皇帝、筆頭魔法使いハルト、僕の家族のみだ。それを除く皇族や貴族は、僕が殺した。
皇族であることを隠しているが、結局、僕は皇族として動いていた。
男爵令嬢の周囲は、灰色であった。微妙な結果だ。男爵令嬢は、皇族キハンに見染められて、周囲の男どもの整理をしていた。将来は、キハンと結婚して、同じ皇族となる、と宣言までしていた。勘違いも甚だしいが、そこは、仕方がない。貴族は皇族のことをよくわかっていない者が多い。男爵令嬢なんて下位なのだから、知らないのだろう。
キハンもな、皇族教育受けているくせに、男爵令嬢の勘違いをそのままにしている。もしかすると、なんて見ていれば、キハンも勘違いしていた事実が、公の場で発覚したのだ。
十年に一度、帝国中から貴族が集められる舞踏会で、キハンはやらかしてくれた。悪くもないアリエッティを蹴落とそうとして、婚約破棄まで突き付けたのだ。
証拠もない、この断罪劇は、後日、笑い種となった。
男爵令嬢ジェシカは嘘つき女とされ、皇族キハンは教育のやり直しである。それなのに、二人の逢瀬は続き、ジェシカは妊娠したという。
皇族との子は、皇族となるかもしれない。皇族の儀式は十年に一度しか行われない。それまでは、皇族かもしれないので、皇族として育てられる。皇族かもしれない子を産んだ母親も、城に囲われることとなる。他の男と子を作らせないようにして、皇族の価値を下げさせないためである。
男爵令嬢の妊娠が本当かどうか、その確認をする前に、まだ、諦めきれないハルトは、傷心のアリエッティを利用した。僕の正体を暴露したのだ。
過去、一度、持ちだされた婚約まで暴露した。
僕はもう、子を作らなくていい婚約までしていた。戦争が停戦となり、婚約者とは、学校卒業後に婚姻、という流れまで出来ていたところの暴露だ。
「どうか、私を支えてください!」
筆頭魔法使いの屋敷に秘密裡に呼び出されてみれば、僕はアリエッティと二人っきりにされた。ハルトの奴、後で覚えていろよ!!
お互い、腕っぷしは確かだ。しかし、相手は昔から見守って、可愛がっていた女だ。迫られてしまうと、抵抗が難しい。
「わかりました。騎士として、あなたの側で支えます」
ずっと、そう考えていた。
「夫として、支えてほしいのです」
「あなたの将来の夫は、キハン様です」
「あの男に触れられるなんて、ぞっとします! 同じ学校に行っていれば、どのように女に触れ、扱っているか、いやでも目にします。あんな男を夫にするなんて、絶対にイヤです!!」
「女の扱いが上手でしょうから、きっと、痛い目にはあいませんよ」
「そういう問題ではありません。役割だと、我慢出来ると思っていました。でも、側にいるものイヤなのです」
僕の胸で泣くアリエッティ。男として、キハンのことは本当に許せない。皇族とはいえ、婚約者のある身で、浮気をしているのだ。しかも、婚姻前に、妊娠問題まで起こした。
アリエッティとキハンは、貴族の学校の卒業後に婚姻が決定されている。どれほどキハンが問題を起こしても、この決定は覆されない。何せ、血筋がしっかりしているのだ。
僕の秘密を知る前までは、アリエッティは皇族として、我慢するつもりだったのだろう。それも、僕の秘密を知って、瓦解した。ハルトの奴、暴露するのが早すぎだ。後戻り出来ない頃合いで暴露しろ!!
「どうか、一度でいいのです。情けをください」
「アリエッティ、僕は、そういうものに興味がない」
正直な話をする。
「人の美醜にも、その体躯にも、僕は衝動を持てないんだ。だから、ハルトにも、何も感じない。子作りも無理なんだ」
「私が魅力のない女だからですか?」
「誰でもだ。男でも女でも、僕は衝動を持てない。ほら、離れ、て」
押し離したアリエッティの顔立ちが変わって、僕は息をのんだ。これは、まずい。
アリエッティの赤子の頃の顔立ちは、とても綺麗だった、と記憶している。ところが、五歳の頃のアリエッティは、男のような容姿となっていた。赤子から成長すると、顔立ちも変わるものだな、と思ったものだ。
それが、今のアリエッティは、赤子の頃の顔立ちを大人にしたような、美しいものになっている。一体、何が起こったのだろうか、と僕は呆然としてしまう。
だからといって、僕は衝動を起こすことはない。そういうの、本当にどこかに忘れてしまったのだろう。
「ハルトの悪戯か。もう、アリエッティの姿を変えたって、僕の衝動は動かないというのに」
「まさか、私の真の姿が見えるというのですか!?」
ここにきて、アリエッティが妖精憑きであること、自らの容姿に呪いをかけたことを僕は知ることとなる。
容姿の呪いは、婚姻すれば解けるという。そうすれば、公の場でも、アリエッティはその美しい姿を晒せる。しかし、婚姻前までは、真の姿を見れるのは、力の強い妖精憑きか、アリエッティに対して特別な想いを持つ者のみだという。
僕の衝動は動かない。だが、アリエッティが傷つき泣く姿に、僕は絆されてしまった。結果、僕はアリエッティの真の姿が見えるようになったのだ。
泣いて喜び、僕に抱きつくアリエッティ。こうなると、もう、誤魔化しがきかない。呪いのことを知らなったのだ。




