冤罪喜劇
戦争が終わってしばらくは、静かなものだった。戦争といっても、その内容は表ざたとならない。何せ、敵は帝国とは違う戦い方をするのだ。生活様式も、文化も違う。結果、帝国では、敵国のことを帝国民のほとんどに認知させないようにして、戦争をするのだ。
まあ、筆頭魔法使い一人で敵国の戦力をほとんど蹂躙しました、なんて言えない。騎士も兵士も妖精の契約で、口にも書き物にすら残せないようにされている。魔法使い、というか、妖精付きは、帝国民のよい味方でないといけないのだ。
そうして、平和だな、なんて呟いているところで、皇族キハン様は、また、やらかしてくれたのだ。
男爵令嬢ジェシカを妊娠させてしまったという。
「とうとう、やったか」
嬉しそうに笑う筆頭魔法使いハルト様。こうなったら、皇族アリエッティ様とハルト様との婚約がなくなってくれるだろう、なんてハルト様、喜んじゃってるよ。本当に、ハルト様、アリエッティ様のこと、大好きだよね!!!
可哀想なのは、アリエッティ様だ。皇族なのに婚約者を寝取られた、なんて学校で言われてしまうのだ。見た目あれだけど、心は乙女だから、さぞや、傷ついているだろう、なんて様子見に騎士団の訓練場とか見に行ってしまう。
きちんと、ハルト様も一緒だよ。ハルト様も、アリエッティ様が心配なんだよ。ついでに、落ち込んでいるところを付け込もう、なんて考えているけどね!!
訓練の休憩中のようだ。騎士たちと談笑していた。
「レンも、もうそろそろ、結婚か」
「婚約者が学校を卒業するからな。僕も、独り身ではなくなるな」
「婚約者がいなかったら、ずっと独り身だよな。恋人一人いなかったもんな」
「僕みたいな情けない男には、恋人なんて出来ないよ」
「腕っぷしはすごいのにな」
「そうそう」
そうか、レン様、もうそろそろ、結婚か。
アリエッティ様はというと、話題が話題なので、離れた所で休憩している。でも、あれほど大きい声だ。聞こえちゃうよね。
そんな中をハルト様は突っ込んでいく。
「レン、アリエッティ様、皇帝陛下がお呼びです」
え、呼んでないよね? ハルト様の嘘だと僕は知っているが、あえて、黙っている。ハルト様が無表情なのが、怖い。
アリエッティ様は、父親なので、呼ばれても疑問すら感じていない。どうせ、皇族キハン様のことなんだろう、なんて考えていそうだ。
だが、レン様というより、その周りの騎士たちは、疑問を持つ。一騎士であるレン様に、皇帝陛下が名指しで呼ぶのは、ありえない話である。
レン様は、困ったように笑う。
「今すぐかな? この姿で御前に行くのは、失礼にあたるのだが」
「綺麗にしてあげよう」
ちょっとハルト様が魔法を使えば、レン様の着ている服は洗濯したてのものだ。体のほうも、綺麗になる。
「いや、服装が」
「急ぎだ」
「わかりました」
仕方なく、とレン様はハルト様の後をついていく。
アリエッティ様はというと、親子なので、そのままである。だけど、忍びないので、僕が魔法で身ぎれいにした。
そうして、皇帝陛下の執務室に連れて行かれた。あれ、僕、いないほうがいいような気がするけど、ハルト様が無言で威圧してくるので、入っちゃった。普段は、側仕えの僕は外で待機なんだけど。
「何か用か?」
皇帝陛下、いきなりアリエッティ様とレン様を連れて筆頭魔法使いがやってくるので、とても驚いている。ここで、ハルト様の嘘だと、アリエッティ様とレン様にばれてしまう。
「ハルト、一体、どういうことだ!?」
「キハン様もやらかしてしまいましたし、いっそのこと、アリエッティ様とレンを結婚させたらどうですか」
「何を言ってるんだ、ハルト!?」
アリエッティ様は顔を真っ赤にした。そうなるよね、アリエッティ様、レン様のこと大好きだから。隠しているけど。
皇帝アンツェルン様だって、アリエッティ様の気持ちには気づいている。親だからね。だけど、皇族の結婚て、色恋では許されないのだ。血筋なんだよ、血筋。
「その話は、随分、昔に破談となったが」
なんか、おかしな話の流れになってきた。僕とアリエッティ様はついついアンツェルン様とハルト様を交互に見て、ついでに、レン様を見てしまう。レン様、平然としているので、知っている話なんだ。
「父上、皇族と貴族の婚姻は、許されはしますが、将来的に、血が薄まってしまいます。それは、皇族の威信を下げることとなると」
「レンは、貴族に発現した皇族だ」
「え?」
初めて聞く話に、アリエッティ様は驚いて、レン様を見る。レン様はただ、穏やかに笑っているだけだ。
ここで、やっとハルト様が随分とレン様を気にしている理由がわかった。皇族であれば、レン様への見方が変わるというものだ。
レン様は優しい方ではあるが、優秀だ。言葉巧みに、どのような相手でも、上手に宥めてしまう。あのキハン様でさえ、レン様に上手に操作されてしまうのだ。
腕っぷしだってそうだ。皇族最強と言われるアリエッティ様でさえ、レン様には敵わない。アリエッティ様が妊娠等で動けなくても、レン様であれば、守り通せるだろう。
アリエッティ様とレン様の婚姻の障害といえば、血筋だ。それも、レン様が皇族であるならば、問題がなくなる。
僕にとっても、嬉しい話である。アリエッティ様とレン様が夫婦となれば、僕は安心して、お二人の妖精でいられる。お二人の子どもの妖精にもなりたい。
「その話はお断りしました。我が家の血筋を皇族に入れるわけにはいきません」
レン様は笑顔で拒絶する。それを聞いたアリエッティ様は泣きそうな顔を見せる。
「レン、私がどうにかします。いえ、私だけでない。ダルンがいます。ダルンは、あなたの妖精です」
「ダルンは、アリエッティ様の妖精です」
「レン!!」
「妖精に寿命を盗られるような一族ですよ。ろくな一族ではない」
「………」
レン様が泣きそうな顔でいう。
戦場で、レン様の治療に、妖精が邪魔した。理由はわからないが、妖精は、レン様の一族をどうにか死なそうとしているのだ。
「帝国から出なければ、あなたがたの一族は妖精から寿命を盗られることはありません。そういうふうに、私がしました」
「あなたは、化け物じみた妖精憑きだが、いつかは死ぬ。所詮、人だ。その防御だって、永遠ではない。何かの拍子に、魔道具も魔法具も壊れる。もう、ほっといてくれ」
「それでも、どうにかします!! 私の代では無理でも、未来で変わります!!」
「皇族の血筋に、未来にかけなければならないような、妖精に命を狙われる一族の血筋を混ぜる危険を侵させるのか!? 筆頭魔法使いであるなら、それは間違いだとわかっていることだろう!!」
「だったら、子を作らなければいい。あなたは優秀な皇族だ。このまま、野に放つわけにはいかない。あなたは皇位簒奪が出来てしまうほどの実力がある」
「そんなことしない!!」
「私は、あなたにこそ、私の皇帝になってほしい」
「断る!!」
恐ろしいほどの形相で、レン様は叫ぶように拒絶する。
これまで、穏やかな所しか見たことがなかった。内面もまた、穏やかなんだろう、と僕は思っていた。
だけど、実際はそうではない。穏やかな見た目で激しい内面を隠していたのだ。
「二人とも、やめなさい」
にらみ合うレン様とハルト様の間に入るのは、皇帝アンツェルン様だ。
「その話は、十年以上前に、決着がついた」
「私は納得していない!! 私の皇帝は、レンだ!!!」
「次の皇帝は、アリエッティだ。そう、決めた」
「勘違いするな。皇族も、皇帝も、選ぶのは筆頭魔法使いだ!! たかが血筋が濃い程度で、私を抑え込めると思うな!!! 本気になれば、皇族など、根絶やしに出来る」
「やめなさい、ハルト」
レン様が止めると、悔しそうに口元をゆがめ、ハルト様は黙り込んだ。
「僕は、父上ともしっかりと話し合った上で決めたことだ。私は貴族と結婚するが、子は作らない。相手の女性には、すでに恋人がいる。家門のための婚姻だ。わが一族の血筋を領地から外に出すつもりはない」
「だったら、皇帝となっても」
「皇帝となったら、子が必要だ。しかも、貴族に発現した皇族は、絶対に子を為さなければならない。そういう神からの役目を持っている。しかし、それを受け入れてしまえば、皇族が滅びることを神が望んでいると受け入れることとなってしまう。だったら、最初から、僕はただの一貴族であるほうがいい。真実は、隠し通すんだ。そのために、真実を知る者を僕の手で減らしたんだ」
レン様は、ただ、優しい男だと、皆、信じていた。だけど、そうではない。
帝国のためには、非情になれた。僕もアリエッティ様も知らない所で、レン様は手を穢していた。
「だからこそ、あなたは皇帝となるべきだ。私の皇帝は、あなただ」
「しつこい」
「ダルンだって、望んでいる。嬉しいだろう?」
「妖精の子を巻き込むな!!」
僕が答える前に、レン様が叫んだ。おかげで、そうです、とは言えなかった。
「私だって、本当に惜しいと思っている。レンこそ、皇帝であるべきだ。しかし、妖精に命を狙われている一族だ。その問題を解決出来ていない以上、諦めるしかない」
「私は諦めない」
目隠ししているから、どのような目でハルト様がレン様を見ているか、わからない。しかし、その口から吐き出される声は、とんでもない執念を感じた。
問題を起こす皇族といえば、キハン様だ。もう、この人、皇族でなくなればいいのに、なんて言いたくなるほど、問題を起こしてくれる。
ただ、今回の問題は、かなりまずいこととなった。
「この男が、私を強姦しました!! そのせいで、キハン様との子が流れてしまいました!!!」
キハン様の子を妊娠した男爵令嬢ジェシカが、レン様を訴えたのだ。
キハン様は、泣いて訴えるジェシカを抱きしめ、レン様を睨む。
「皇族のお手付きに、なんてことをするんだ!? しかも、まだお腹にいる、もしかしたら、皇族だったかもしれない子を流すようなことをするなど、処刑すべき行為だ!!!」
一方的に訴えるキハン様とジェシカ様。それに対して、レン様は無表情である。
いつも穏やかな顔をしているレン様が、無表情なのは、恐ろしい。レン様を知る者たちは、恐ろしいものを見てしまった、とばかりに距離をとる。
場所は、騎士たちの修練場である。たくさんの騎士たちの前での告発劇である。
一度、冤罪を起こしているので、ジェシカの言い分は真実とは言い難い。いや、レン様に限って、そんなことするはずがない。
レン様は人が良い。騙されるし、人を傷つけることが出来ない。暴力だってふるわない。捕縛は無傷だ。そんな人が、女に無体なことをするはずがない。
また冤罪か、なんて騎士たちの中でジェシカは嘲笑われている。
「この男よ、間違いないわ!! 痛かった。ものすごく、血が流れて」
泣きながら、必死に訴えるジェシカ。そんな彼女を無表情で見つめ返すレン様。
「何も言わないということは、罪を認めたということだろう」
キハン様はさらにレン様を罪人にしたてようとする。
レン様は、キハン様、ジェシカ、そして、遠くで真っ青になって成り行きを見ているアリエッティ様を見て、深く、溜息をつく。
「僕がやった」
「では、妖精の呪いの刑をしましょう」
それまで黙っていた筆頭魔法使いハルト様が口を挟んだ。
「万が一、レンが罪人であれば、呪いが発動し、レンの一族郎党が滅び去ります。しかし、レンが罪人でなければ、呪いは発動しない。今すぐ、行おう」
「必要ない」
嬉々としてやろうとするハルト様をレン様が拒絶する。強い口調に、ハルト様は動けない。
僕にはわからないが、レン様は相当、強い皇族としての血筋が発現したのだろう。ハルト様は、レン様に逆らえないのだ。
「レン様が、女性に手をあげるようなこと、するわけないじゃないですか!! 殴られて蹴られて酷い状態だった僕を全財産はたいて買ってしまうような方ですよ!?」
「魔が差したんだ。罪を認め、騎士団の罷免も受けよう。子爵家からの廃嫡はすでにされているから、子爵家は不問としてほしい」
「まずは、牢獄に入ってからだ。罪状は、これから決める。ほら、連れて行け!!」
キハン様の命令に、その場にいた騎士たちは動くしかない。
レン様は抵抗せず、無表情に連行されていく。それを見て、キハン様とジェシカは嘲笑った。
レン様はジェシカの訴えを全て認めてしまったので、有罪となった。
ジェシカのお腹の子が流れたという。実は、妊娠自体、確認していない。ジェシカが妊娠した、と大騒ぎして、それをキハン様が大々的に触れ回ったのだ。まず、ジェシカの腹にいた子が、キハン様の子かどうか、その確認をしよう、という段階での流産である。
この事をまず前提として、筆頭魔法使いハルト様は、皇族殺しの無罪を訴えた。
「私が確認する前に流産だと? いいか、腹にいれば、皇族かどうか、私にはわかる」
「流れてしまったんだ。仕方がないだろう!!」
「私が確認出来ていない事実に、どうして、その女の腹の子が、皇族だったと言える? 貴様とこれっぽっちも皇族の血が流れていない女の間に皇族が生まれる確率など、たかが知れている」
「妊娠したことは事実だ!!」
「その妊娠も、私は確認していないな。私は、見ただけでわかるぞ」
「流れてしまったんだ、仕方がないだろう!!」
「だったら、罪を証明しようがないな」
「私のジェシカが嘘をいったというのか!?」
「もう、流れたんだろう。嘘かもしれないな。すでに、一度、嘘をついている。アリエッティ様に酷いことをされた、と。実際は、この女の一人芝居だったよな」
一度、ジェシカは皇族相手に冤罪をかぶせた。その事実は、公の場でのことだ。帝国中に知れ渡っており、ジェシカのことは、大ウソつき女、と嘲笑われていた。
「私が妊娠したことは事実よ!!」
「私が見た限りでは、妊娠している様子はなかったがな。私ほどの妖精憑きとなるとな、妊娠した瞬間、わかる。一目でだ。さて、いつ頃、妊娠したのかな?」
「酷い! 嘘つき女だと、決めつけているのよ!!」
「ジェシカに謝れ、ハルト!!」
「私が謝るとしたら、皇帝だけだ。皇族にだって謝らない。わかっているか、私は、皇族より上だ」
「っ!?」
どれだけ訴えたとしても、ハルト様に残念皇族と男爵令嬢が勝てるはずがないのだ。
さて、罪人として、牢屋にいれられたレン様は、ただ、罪を認めている。
「どのようなことをしましたか?」
「令嬢がいった通りのことです」
「詳しく教えてください」
「彼女の名誉を守るため、詳しくは話せません」
「妖精の呪いの刑の執行をしましょう。有罪か無罪、はっきりします」
「拒否する」
筆頭魔法使い自らが尋問をするも、レン様は罪を認めるだけで、詳細を語らない。罪状がはっきりする刑罰を皇族の血筋で拒否をする。
ハルト様の本音を知ってしまった以上、僕だって、レン様を助けたい。キハン様とジェシカは絶対に嘘をついているに違いない。だが、嘘をついている、という証拠がない。
僕はこっそりと、レン様の牢屋に行って、説得を試みた。
「レン様、やっていない罪を被るのはやめてください!! 子爵家だって、悪く言われていますよ!!!」
「僕が戦争に行く時に、縁を切ってもらっている。逆に、縁を切ってよかった、と言われているさ」
「あなたがそんなことをするはずがない、という者だって大勢います。帝国民で、あなたに救われた者だって大勢だ。あなたは無罪だと、陳情が毎日、届けられています!!」
「魔が差したんだ。僕だって男だ。そういうことがある」
「子を作らないと言っていたではないですか!?」
「男は、そういう衝動に負けることがあるんだ。仕方がない」
「言い方を変えます。なぜ、罪を認めるのですか」
「………成長したな」
穏やかに笑うレン様。
「キハン様は、僕が皇族である話を盗み聞きしていた」
「そんなバカな。僕もハルト様も、盗み聞きされるなんて失敗」
「妖精憑きだから、わからなかったんだろうな。妖精というものは、万能すぎるから、蟻のような小さいものを見逃し、失敗する。僕は気づいていた。陛下とアリエッティは、話に夢中で、気づいていなかった。それは、ハルトとレンも同じだ。過信しすぎだ」
「………」
「ちょうどよかった。これで処刑されれば、貴族に発現した皇族の存在は闇に葬られる。それがいい」
「い、いやだ!! 僕は処刑なんてさせない!!!」
「お前はアリエッティの妖精だ。もう、僕のことは忘れなさい」
「いやだ!! あいつら、絶対に許さない。真実を表に出してやる!!!」
「可哀想なことをするな。僕が死ねば、全て、まるくおさまる」
「そういうのは、レン様だけだ!? レン様を信じる者たちは、まるくおさまらない!!!」
「それでも、生きていれば、忘れることだ。僕はただ、その一部でしかない。生きるということは、大変なんだ。それは、ダルンがよくわかっているだろう。右も左もわからなかった頃のダルンは、僕だって大変だった」
「なんで、あいつらは、レン様に罪をかぶせたんだ!?」
とても人がいい。優しくて、明らかに冤罪だという罪も笑って受け入れて、処刑までされようとする。
「僕も、皇族教育を受けたんだ」
皇族だという事実だって驚いた。だけど、皇族であることを拒絶したというのに、レン様は皇族教育を受けていた。
だから、そこら辺の皇族よりも、皇族の心構えがしっかりとしていたのだ。
「ダルンに出会う、うんと昔のことだ。僕はね、万が一の時の、皇族として教育を受けたんだ。ハルトがあまりにも僕に執着するものだから、仕方なくだ。僕が皇族教育を受ければ、ハルトも大人しくなった。うんと長生きしているというのに、ハルトの心は、子どもで止まってしまっているんだ。思い通りに事を進めないと、ものすごい癇癪を起こす。本当に、手がかかる妖精憑きなんだ」
「わかっているのなら、生きてください」
「僕の一族が妖精に狙われている理由がわからない。間違いなく、血筋で狙われているんだ。だったら、皇族にそんな血筋をいれてはいけない」
「子作り、しなければいいではないですか。皇族を隠して、アリエッティ様の側で騎士しましょう」
「欲が出てしまう。人は、いつ、どうなるか、わからない。もしかしたら、皇位簒奪をしてしまうかもしれない。そんなことが出来る者を側に置いてはいけない。皇帝とは、そういうものだ」
話せば話すほど、ハルト様の気持ちがわかる。この方は、皇帝になれる人だ。血の濃さではない。皇帝としての資質があるのだ。
牢屋なんて、妖精憑きにとっては意味がない。妖精封じされていたって、僕は妖精の子だ。簡単に、牢屋から、レン様を連れ出せてしまう。僕には、筆頭魔法使いの儀式が出来なかったので、皇族に逆らえる。
妖精としての部分が言っている。レン様を連れ出してしまえばいいんだ、と。僕は、レン様の妖精だ。レン様さえいれば、他はどうだっていいんだ。
レン様は、鉄格子ごしに、僕を抱きしめてきた。
「あんなに小さい子どもが、こんな立派に育って、とても嬉しい。君は、僕のたった一人の妖精だ。お願いだ。僕の代わりに、アリエッティを守ってくれ」
「………」
「あの子は、大事な大事な、僕の皇族姫なんだ。頼む」
レン様は、アリエッティ様を幼い頃よりずっと見守っていた。見ていればわかる。レン様はアリエッティ様のことをずっと大切に、一人の女性として接していた。
結局、レン様は国外追放となった。
レン様がどれほど罪を認めようとも、陳情の数がすごかった。騎士団からも、レン様がそのようなことをするはずがない、と陳情が出て、大変なこととなった。
むしろ、レン様が罪を認めたことに、何か弱味でも握られているのではないか、なんて声があがり、皇族キハン様と男爵令嬢ジェシカの周辺の捜査をするべきだ、という流れにまでなってきた。
もちろん、キハン様もジェシカも、周辺の捜査を拒否する。それを聞いて、絶対に何かある、なんて周辺は加熱していく。
その加熱は、貴族同士の足の引っ張り合いとなる。舞踏会で、キハン様とジェシカの味方をした貴族令嬢令息の周辺が物々しくなったのだ。筆頭魔法使いハルト様が動き出したのだ。家族にまで及びそうになり、貴族令嬢令息は、アリエッティ様を陥れるため、キハン様とジェシカに頼まれたこと、命令されたことを全て、白状したのだ。
キハン様もジェシカも否定するが、証言があまりにもぶれがない。何より、証拠まで持ち出した貴族令嬢令息まで出てきた。文章でのやり取りを保管していたのだ。
ここまで騒ぎが大きくなると、レン様は冤罪ではないか、という疑いが出てくる。
ここで動き出したのが皇帝アンツェルン様だ。このままでいくと、皇族の立場が低くなってしまう。きっと、レン様とも相談したのだろう。処刑をすれば、逆に皇族が冤罪の者の口を封じたんだ、なんて言われてしまうので、国外追放とするしかなかった。
決まれば、僕はレン様の元に行く。レン様は牢屋から出て、着の身着のまま、秘密裡に国外追放されるところだった。
「本当に、ハルトは容赦がないな」
僕にそんな愚痴をいうレン様。
「ハルト様、怒っていましたよ」
「知ってる。昨日も激怒していた。だから、命じてやった。しつこい奴だ」
「一緒に行きます」
「ダメだ。君はアリエッティの妖精だ」
「アリエッティ様からです」
僕はアリエッティ様からいただいた手紙をレン様に差し出す。
が、レン様は受け取らない。
「悪いが、拒否する。絶対に、君を僕の妖精にはしない」
「もう、どうして、あなたは、皇帝向きな資質なんですか!?」
手紙を通して、僕をレン様の妖精にしようと、アリエッティ様が画策したというのに、レン様にはばれて、言葉で強く拒絶されてしまう。これでは、僕はレン様の妖精にはなれない。
「だったら、私も一緒に行こう」
「いけません」
アリエッティ様がやってくるのもわかっていたのだろう。間髪いれず、レン様は拒否する。もう、どこまで皇帝の資質を発揮するんだ、この人は!!
「君は、女帝となって、帝国を支えなさい」
「私は、そこまで優秀ではない。レンが側にいて、導かれて、やっと皇帝並だ。私一人では、帝国は支えられない」
「そのために筆頭魔法使い、宰相、大臣がいます。彼らは優秀です。全て、一人でやろうとしてはいけない。皇帝が優秀すぎるのも、危険です。下の者の話にも耳を傾ける、よい聞き手となりなさい。あなたなら出来ます」
「時には、目が曇ることもあります。自信がない。だから、一緒に逃げます」
「そういうのをうまく操作するのが、ハルトだ。ハルトは君のことを愛している。立派な女帝にしてくれる」
「私は、皇帝の儀式、を、したくないっ」
アリエッティ様はレン様の胸に縋って泣き出した。そういう儀式、あるね。ハルト様が大喜びする儀式だ。
誰もが魅了されてしまうような美貌の持ち主であるハルト様だが、アリエッティ様には通じない。過去、何度もハルト様はアリエッティ様を狂わせようとしたのだ。だが、アリエッティ様はレン様に夢中すぎて、ハルト様の美貌、見えていなかった。
世の中は思った通りにはいかない。
「困った子だ。ここぞという時になると、僕のところに逃げてくる」
「頼れる人は、あなただけだ。皇族たちは皆、皇帝の娘である私を厳しくする」
「僕がこれから行くのは王国ですよ。一応、貴族ですが、領地は、とんでもない場所だといいます。なんでも、人を拒絶する妖精が支配する地だとか。とても恵まれた領地だというのに、人が住めないということで、領地とは名ばかりの所です。きっと、一生、貧乏です」
「連れて行ってください」
泣きはらした顔をあげて願うアリエッティ様。
「その顔をキハンに見せていれば、浮気だってされなかっただろうに」
「私の真の姿が見えるのは、あなたと父上、ハルトだけです」
僕は驚いた。男ではないか、としか見えない顔だったアリエッティ様が、恐ろしく美しい女性となっていた。
「キハンも愚かだ。結婚すれば、アリエッティの真の美貌を手に入れられたというのに」
「ど、どういうことですか!?」
まるで悪い呪いが解けたかのように美しくなるアリエッティ様に、僕はついつい、叫んでしまう。
「アリエッティが自らに呪いをかけたんですよ。婚姻によって解ける呪いを。キハンは、黙ってアリエッティを娶れば、この美貌を手に入れられた。バカな男だ。見た目なんて、骨になれば、皆同じだ。アリエッティは、昔からずっと、可愛らしい娘だ」
「レン様はアリエッティ様の真の姿を見れたのですか!?」
「見えていない。僕が皇族と知られた途端、アリエッティに口説かれたんだ。その情に絆されてしまったんだ。子作りが必要としない婚約者まで作ったというのに、君はそれでも諦めない。君も、ハルトも、しつこい」
「幼い頃より、お慕いしております」
「もうわかった。降参だ。どうせ、ハルトも了承済みだろう。ダルンも一緒に行こう。君を帝国に置いていくと、後から大変になる。きっと、こうなることが、僕の運命なんだ。滅ぶかもしれない血筋だ。王国に行って、絶えるかもしれない。そうなったら、ダルン、大人しく帝国に戻りなさい」
「その時は、そうします」
口ではそういうけど、心の中は違う。僕は、絶対にレン様の血筋を絶えさせない。妖精の子としての力を最大限、利用してやる。
何より、僕は子孫を為せる。だったら、もっともっと妖精の子を増やして、レン様の血筋を守り通してやる。
僕の真っ黒な考えなど表には出さず、ハルト様からいただいた魔法具や魔道具で、レン様とアリエッティ様を王国へと運んだ。
十年に一度の舞踏会で、皇族姫アリエッタは、婚約者に酷い裏切りをされました。
傷ついたアリエッタを慰めたのは、一人の貴族の若者でした。
アリエッタは貴族の若者のことを心から愛しました。
しかし、貴族の若者は悪い貴族に陥れられ、やってもいない罪を被せられました。
貴族の若者のことを信じる魔法使いは、助けようとしますが、拒否しました。
陥れられたということは、私にも、悪いところがあったんだ。
そう言って、貴族の若者は罪を受け入れ、国外追放されました。
貴族の若者を愛するアリエッタは、魔法使いと一緒に、貴族の若者の後をついていきました。
アリエッタは、海を渡り、王国で、貴族の若者を捕まえ、結婚しましたとさ。




