断罪喜劇
十年に一度、帝都では、帝国中に散らばる十歳以上の貴族を城に集めて、華やかな舞踏会を行う。表向きは、広すぎる帝国に散らばる貴族たちの顔見せである。
皇族とは、帝国一と呼ばれる最強の妖精憑きである筆頭魔法使いを従属出来る血筋のことだ。人外と言われる筆頭魔法使いは、皇族の血筋には逆らえない。
しかし、代を重ねるごとに、その血筋も薄まっていく。上手に世代交代をしていればいいが、そこは神様の領域である。突然、血筋が薄まってしまい、皇族から貴族、平民、運が悪いと貧民に落とされることがある。一度、落ちてしまうと、もう二度と、皇族に戻れない。
だが、時々、先祖が皇族だったという貴族、平民、貧民から、濃い皇族の血筋が発現することがあるという。その血筋は、濃すぎてしまった皇族の血筋を健全化するということで、尊ばれる。
そのような発現した皇族を保護するために、十年に一度、貴族を集めて、筆頭魔法使いに探させるのだ。
だったら、平民や貧民も集めれば、と言われそうだが、数多すぎるし、何より、帝国は広すぎる。平民や貧民を集めるのは不可能だ。それに、城の中でぬくぬくと生活していた元皇族が、平民や貧民に落とされて、無事、生き残ることは不可能だ。だったら、それなりに生き残る可能性がある貴族の中から発現した皇族を探すほうが有用というものである。
今回も、筆頭魔法使いが、人の目にも、さらには、下っ端魔法使いにも見えない、高位の妖精を会場に放って、隅から隅まで発現した皇族はいないかなー、なんて探している。
僕ダルンは、そんな筆頭魔法使いの一側仕えでしかないというのに、皇族よりも高い位置にいる筆頭魔法使いの側に座らされている。魔法使いからも、皇族からも、宰相や大臣からも、もう、じろじろと見られている。下界に戻らせてぇ。
「今回もなしか。詰らん」
筆頭魔法使いハルト様は、大きなあくびをする。目元だけは布で覆われて、視線の先はどこにいっているのやら、わからないが、寝ようとしているな。
ハルト様は千年に一人生まれるという、化け物じみた妖精憑きだ。見た目は物凄く美しく、見た者全てを魅了し、狂わせるという。そのため、ハルト様は常に両目を妖精封じの布で隠している。妖精封じの布で目を覆われてしまえば、普通の人、妖精憑きでも、世界は真っ暗であるが、ハルト様ほどの化け物は、布越しでも見えるという。むしろ、真っ暗闇の外でも、真昼ように見えるとか。本当に化け物だな、この人は。
「ハルト様、寝ないでくださいよ」
「大丈夫だ、妖精にはしっかりと指示してある」
「あれですよね、不審者全て、消し炭ですよね。ですが、この公の場では、それやっちゃダメって、皇帝陛下に注意されましたよね」
「事故だ事故」
「おいおい」
僕が必死になって起こして、注意してるってのに、聞いちゃいないよ、この化け物は!?
皇帝アンツェルン様を見てみれば、もう、諦めの境地、みたいな顔をしている。どうか、皇族相手に、不審者が来ませんように。もう、神に祈るしかない。
舞踏会なんて、食べて、飲んで、なんかよくわからない作法のダンスをして、ついでにお見合いなんかして、と賑やかである。
皇族は、筆頭魔法使いよりは下だけど、貴族たちよりは上の段で座っているのがほとんどだが、市井の勉強とか、貴族の学校の学友とかに会いに、わざわざ下りていく皇族はいる。何かあっても、筆頭魔法使いの妖精は、しっかりと皇族を守ってくれるが、不審者は、間違いなく消し炭だな。
そうして平和に終わりそうな所に、皇族のみが許される階段を上ってくる者がいる。
見れば、皇族キハン様だ。皇族としてはかなり濃い血筋である。それでも、皇族の中では二番目である。
キハン様は、可愛らしい貴族女性の肩を抱いて、階段を上ってくる。おいおい、貴族女性、通しちゃったのかよ、警備ども。
皇族の席まで上りきると、皇帝の席にも、筆頭魔法使いの席にも宰相や大臣たちの席にも近い所で座る皇族の前にキハン様は貴族女性とともに立った。
「アリエッティ、皇族でありながら、男爵令嬢だからと、この可愛いジェシカを学校で随分といじめていたというじゃないか!?」
「怖かったです、キハン様」
「ジェシカの持ち物を壊し、令嬢たちを操って外れ扱いし、教師にまで圧力をかけて、退学にさせようとは、皇族として、恥ずかしくないのか!?」
「アリエッティ様、どうか罪を認め、謝罪してください!!」
何か、変な劇が始まった。
皇族キハン様と男爵令嬢ジェシカが、血筋最強の皇族アリエッティ様に向かって、よくわかない言いがかりを始めた。
確かに、アリエッティ様とキハン様は、皇族でありながら、市井の勉強と貴族の学校に通っている。同じ学校に、男爵令嬢であるジェシカが通っていれば、それなりの接点があるだろう。
しかし、よくわからない事を言って、謝罪しろとは、男爵令嬢も無茶苦茶だな。皇族は、絶対に謝罪はしない。そう、皇族教育を受けているのだ。何せ、皇族は将来、皇帝となるかもしれないのだ。アリエッティ様は、現在、最強の皇族の血筋である。間違いなく、皇帝、じゃなくて、女帝になる。筆頭魔法使いハルト様も認めているのだ。そのような方が謝罪するはずがない。いや、絶対にさせない。
隣りでさっきまで寝ているようだったハルト様は、この茶番劇に、すっかり目を覚まされてしまった。やめてぇ、寝ていていいですよぉ!!!
妖精封じの布で両目を隠しているが、確実に怒っている。ハルト様、アリエッティ様のこと、大好きだから。
さて、茶番劇の渦中となってしまったアリエッティ様はというと、長い足を組んで、皇族キハン様と男爵令嬢ジェシカを見上げている。
「この場は、皇族のみに許される席だ。男爵令嬢は下りなさい」
「ひどいっ! 私は、キハン様の恋人よ!! 将来は、キハン様と結婚して、皇族になるのよ!!!」
「そうだ、ジェシカは、将来、俺と結婚して皇族となるのだ。ここに立つ資格を持っている」
「………」
アリエッティ様だけではない。その場にいる全ての皇族は、蔑むようにキハン様とジェシカを見る。どうしよう、キハン様、皇族教育、最初からやり直し決定だ。
皇族は血筋で決まる。万が一、男爵令嬢ジェシカが、貴族に発現した皇族であれば、まあ、許されるのだが。
「ハルト様、あの男爵令嬢、もしかして、皇族ですか?」
「これっぽっちも血が流れていない、一般人だ」
終わったな、ジェシカ。不敬罪だよ、不敬罪。
周りの視線など、まるで気にせず、二人の世界に入るキハン様とジェシカ。二人はひしっと抱き合い、そして、アリエッティ様を蔑むように見る。
「だいたい、俺様のような男に、貴様のような女かどうか怪しい者が婚約者など、ふさわしくない!!」
びしぃっと人差し指をつきつけるキハン様。僕の隣りでは、筆頭魔法使いハルト様が、どうやってキハン様を殺そうか、なんて呟いている。やめてください、本当に。あんなんでも、皇族の中で二番目に濃い血筋なんですから。大事な種馬です。
僕はどうにかハルト様を宥めつつ、ちらりとアリエッティ様を伺い見る。
アリエッティ様は、名前こそ、なかなか素晴らしい女性であるが、男顔前な体躯を持ち、恵まれた運動神経で騎士団の中に入っても負けない体術と剣術を振るい、さらに、皇族教育をしっかり身に着けて、父である皇帝アンツェルン様のお仕事の手伝いもしているという有能ぶりだ。
だが、残念なことに、その顔立ちと体躯は、第一印象は男である。しかも、かなり強面な男の顔立ちである。
十年に一度の舞踏会であるというのに、アリエッティ様は女性でありながら、服装は男性のものである。しかも、騎士団のものをそのまま着ている。もう、女捨ててるんだよな、この人。
皇族は、血筋大事なので、自然と、アリエッティ様とキハン様は婚約関係となる。きっと、この二人の間からは、それはそれは立派な皇族が生まれるでしょうね、うふふふ、なんて期待をこめたのだろう。
しかし、現実はこうである。キハン様、とうとう、公の場で、アリエッティ様を蹴落とそうなんてするのだ。
「よし、まずはあの女を消し炭にしよう」
「やめてぇ!!」
僕は持っている妖精を総動員して、ハルト様を止める。このためだけに、僕は側仕えとなったのだ。ハルト様を止めれる妖精憑きは、僕しかいないのだ。
いや、もう一人いる。
アリエッティ様は皇族でありながら、妖精憑きである。ハルト様ほどの力はないが、あれだ、ハルト様はアリエッティ様には絶対に逆らえない。ハルト様、大好きだから、アリエッティ様のこと。
僕とアルエッティ様の見えない妨害で、ハルト様は舌打ちし、態度最悪な座り方をする。僕ははやく、下界に落ちて、平穏に暮らしたいな。
「俺は、この場を持って、アリエッティとの婚約を破棄し、ジェシカと婚約する!!」
声高々と宣言するアホ皇族キハン様。
会場では、すでに、そういう流れを知っている貴族たちがいるのだろう。拍手があちこちであがる。貴族も、誰に味方するべきか、きちんと見極めないと、大変だよ。ちなみに、キハン様に味方した貴族どもは、筆頭魔法使いハルト様にしっかり名前と顔を覚えられた。この後、血祭りだな。
「アリエッティ、ジェシカは俺の婚約者となった。もう皇族だ! さあ、謝罪しろ!!」
「ハルト、その令嬢は、皇族か?」
アリエッティ様は、まず、順序を守って、筆頭魔法使いハルト様に確認する。ハルト様、アリエッティ様に声をかけられて、嬉しくて、側にいっちゃうよ。
「私の皇族姫、あれは、皇族ではありません」
「近い」
「いいではないですか。いずれは、皇帝の儀式をする仲です」
「やはり、お前たち、出来ていたか!!」
ちょっとアリエッティ様とハルト様が隣りあった程度で、残念皇族キハン様は、指を突き付けて、罪状を増やそうとする。
「私の皇族姫が望むなら、ぜひ」
筆頭魔法使いハルト様はノリノリだ。どさくさに紛れて、アリエッティ様を筆頭魔法使いの屋敷に閉じ込めよう、なんて画策しているよ。こわっ。
「二人とも、冗談がすぎる。私は皇族だ。血筋のための婚姻こそ、大切なお役目だ」
残念ながら、ハルト様の熱い想いは、アリエッティ様には届かない。冗談としか聞こえていないよ。ハルト様、しゅんとなってるよ。本当に、大好きだよね、アリエッティ様のことが!!
「キハン、皇族とは、ある血筋のことをさす。ある程度の血の濃さこそが重要だ。その令嬢には、皇族としての血の濃さがないと、ハルトは言っているぞ」
「ない! これっぽっちも、一滴も、ない!!」
「ひどいっ!! 私が男爵だからって、あんまりです!!」
わーと泣き出すジェシカ。いやいや、身分関係ないから。血筋だよ、血筋。ジェシカには、皇族の血、一滴も流れてないんだって。
「そのように、身分を振りかざして、俺の婚約者を泣かせるとは!?」
「いや、血筋はどうしようもないだろう。身分、関係ない」
「どうせ、私の母は平民だからと、蔑んでいるのでしょう!?」
「皇族が、身分で差別するなど」
「そこはまあ、一つの判断基準だな。血筋がいいからといって、人間性がいいとは限らないがな」
アリエッティ様は、残念なものでも見るように、皇族ルハン様を見る。あ、他の皇族の皆さまも、ルハン様を残念そうに見ている。ダメ皇族ルハン様だけは気づいていない。
「申し訳ございません、アリエッティ様。ただいま、この貴族令嬢を降ろします」
そこに、場にそぐわないほど、のんびりとした騎士がやってくる。
「貴様、私の婚約者に触るな!!」
「私の部下が、間違えて、貴族令嬢を通してしまいました。ルハン様、どうか、貴族令嬢をお放しください。このままでは、貴族令嬢が消し炭となります」
穏やかな笑顔で、皇族ルハンを宥める騎士。
「まさか、ハルトがジェシカを消し炭にするというのか? ジェシカは俺の婚約者だ。筆頭魔法使いは、皇族を守る側だろう」
「ルハン様、婚姻したとしても、貴族令嬢は皇族にはなれません。そこは、神が決めることです。人ごときが決めることではありませんよ」
「だが、俺の婚約者に」
「人ごときが、神の決め事に逆らうのですか? では、あなたの言葉で、犬は皇族になれますか?」
「皇族どころか、人にすらなれないだろうが!?」
「わかっているのですね。そう、生まれた時に、全て、決まっています。その貴族令嬢は、あなたと結婚しても、皇族にはなれません。皇族は、神が決めることです。お放しください」
「私とルハン様は、運命の赤い糸で結ばれています!」
「そこに、皇族であるかどうかは別の話です。運命の赤い糸も、人ごときが決めることではありません。そこは、神が決めることです」
「………」
皇帝よりも上、神という存在を出して、騎士は皇族ルハン様と男爵令嬢ジェシカを黙らせた。
「ルハン様、その令嬢と離れたくないというのであれば、一緒に下りてください」
「俺は皇族だぞ!!」
「運命の赤い糸で結ばれているのなら、一緒が良いでしょうが、ここは、彼女には危険な場所です。それとも、ルハン様は、恋人が一瞬で消し炭になるような危険な場所で、一緒にいたいというのですか? あなたは無事ですが、恋人は消し炭です。残念ながら、筆頭魔法使いハルト様には、我々、騎士は勝てません。身をもって守ろうにも、同じく消し炭となるだけです」
「お、下ります!」
恐ろしい場所だと、やっと気づいたジェシカは、皇族ルハンの腕を払うと、さっさと階段を下りていく。
騎士は一礼して、男爵令嬢の隣りに伴い、上手にエスコートして、消えていった。
舞踏会はちょっとした騒ぎを起こしてしまったが、無事、終了となった。
皇族ルハン様は、ちょっとした騒ぎを起こしてしまったので、皇帝陛下自らが、鞭打ちの刑をし、謹慎となった。
アリエッティ様とルハン様の婚約はそのままにされた。
舞踏会終了後、筆頭魔法使いの屋敷に戻ったハルト様は、それはそれは不機嫌だった。
「ちぃ! うまくすれば、アリエッティ様を手に入れられたかもしれないというのに、あの男、本当に使えないな!!」
ハルト様、わざと皇族ルハン様を泳がせたんですね。本当に、アリエッティ様のこと、大好きだよね!!
「それ以前に、次の皇帝はアリエッティ様に決定ではないですか。良かったですね、皇帝の儀式、アリエッティ様がお相手ですよ」
「そうだな」
とても嬉しそうに笑うハルト様。
皇帝の儀式とは、筆頭魔法使いが皇帝に逆らえないかどうかを調べるために、閨事を強要するのだ。
筆頭魔法使いは大昔は女性でもなれたのだが、この儀式に心が壊れたりするので、現在は、男性のみである。皇帝だって、基本、男性女性なれるのだが、帝国は弱肉強食の世界、強い者が皇帝である。女性の皇族では、簡単に皇位簒奪されてしまうので、女帝がなるのは、かなり珍しい。
アリエッティ様は、ほら、騎士団の中でも体術と剣術をふるえる実力の持ち主である。ついでに、妖精憑きだ。女帝となっても、皇位簒奪出来る者はいないだろう。
となると、皇帝の儀式は、間違いなく、アリエッティ様とハルト様である。
だが、皇帝側から筆頭魔法使いに閨事の強要である。ここ、強要、というところが大事だ。ハルト様にとって、強要、ではなく、ご褒美だ。この儀式自体、破綻してしまっている。
皇帝の儀式は、元々、男同士がやることが前提である。女帝が立つことなんて、そうそうない、という見解で作られたものだ。誰だって、男同士で閨事なんてやりたくない。僕もイヤだ。ハルト様だって、イヤだろうが、皇帝アンツェルン様とはやったのだ。詳しくは、怖くて聞けないけど。
そういう背景のある儀式のことを妄想でもしているのだろう。とっても嬉しそうである。ついでに、赤ワインをがぶ飲みだ。血の色みたいで、好きなんだって。こわっ!
「ダルン、久しぶりに、あの男に会ったな。変わらないな」
皇帝陛下と皇族アリエッティ様を除く全ての人のことはどうでもいいと思っているハルト様であるが、一人だけ、そうではない人がいる。
「元気そうで、何よりです」
騒ぎを収拾するために、わざわざやってきた騎士は、僕の大事な人である。
「まあ、あの男が皇族であれば、アリエッティ様との婚姻は許されるのだがな。残念だ」
アリエッティ様大好きなハルト様でさえ、あの騎士のことは一目置いている。
場を収拾した騎士の名はレン様。武勇轟く子爵家の次男である。
そして、皇族アリエッティ様の想い人である。
僕は今でこそ、筆頭魔法使いハルト様の側仕え魔法使いダルンと名乗っているが、元々は、名無しの貧民だ。
物心ついた頃には、親兄弟なんていなかった。自分が誰なのかわからず、さ迷っている所に、人売りに捕まり、売り払われるところだった。
人売りは、本当に酷くて、僕を殴る蹴る、と痛い目にあわせていた。僕はその頃、人売りが命令しても、何をすればいいのか、わからなかった。何せ、僕はどうやって生きていけばいいのか、それすらもわからず、ただ、さ迷っていただけだった。
人売りに捕まってから、物を食べることすらわからず、トイレもわからず、人が話す言葉もわからず、ともかく、ただ座っているだけの、糞尿まみれの汚いガキだ。だから、同じように売られていく人々にも嫌われていた。
殴られても、蹴られても、食事を抜かれても、僕はよくわからないままだ。そうして、人売りたちに酷い目にあっている所に、当時、騎士見習いだったレン様が通りかかった。
「こらこら、こんな小さい子に、酷いことをしてはいけないよ」
「こいつは、俺の商品だ!」
「商品ならば、大事にしないと」
「どうせ、誰も買わないさ、こんな役立たず!」
そう言って、僕を蹴ろうとする人売りをレン様が抜き身の剣で止めた。
「その商品は、これから、僕のものだ」
レン様は持っていた金全てが入った袋を震える人売りに手渡した。人売りは、金を握りしめて、逃げていった。
こうして、役立たずの僕は、レン様のものとなった。
レン様はそれはそれはお優しい方だ。糞尿まみれの僕を抱き上げて、連れ帰って、綺麗にしてくれた。そうして、色々と物ごとを一つずつ教えてくれた。
僕は一人で留守番なんか出来ないから、レン様は騎士団に事情を説明して、僕を連れて行っての騎士見習いとなった。
僕は、レン様を真似して、一つ一つ出来るようになり、言葉も覚えた。そうして、僕が留守番出来るようにまで、物事を理解した頃、皇族アリエッティ様と筆頭魔法使いハルト様に出会った。
「おや、珍しいですね。これは、妖精の子ですよ」
ハルト様は、僕を見て言った。
「妖精の子? 人ではないのか?」
ずっと一緒に過ごしているレン様にとっては、僕は普通の子どもだ。見た目だけだと、アリエッティ様でも、僕が妖精の子だとはわからなかった。
ハルト様は、僕をべたべたと触って、笑った。
「おや、妖精の子なのに、子孫を残せますよ。珍しい」
「意味がわからん」
「妖精は人との間に子を作れますが、妖精の子は、子孫を残せないといいます。その、子作りするためのものがないそうです。ですが、この子には、子作りのものがありますね」
「子どもの前で、そういう話をするな」
アリエッティ様が、僕の耳を塞いで注意する。聞いていても、意味がわからない内容だったので、当時は気にならなかった。
「この妖精の子、誰のものですか?」
「僕が人売りから買いました」
レン様が手をあげた。途端、アリエッティ様が顔を真っ赤にして、筆頭魔法使いハルト様の後ろに隠れた。
「人売りがあまりに殴る蹴るをするので、騎士見習いの一カ月分の給料で買いました」
「それはまた、なんともいえない額ですね。あなたの全財産ですか?」
「その時、持っていた全財産です。お陰で、生家に物凄く叱られました。しばらくは、生家に借金しましたよ」
「なるほど、では、大丈夫ですね。妖精や、妖精の子の売買は、気を付けないと、大変なこととなります。あなたの財産全てであれば、この子の人生全てを買ったようなものです。相変わらず、運がいいですね」
「そうだね、運が良かったね」
ハルト様は、レン様の運のことを言っているのだが、レン様は僕の運のことだと勘違いしていた。
ハルト様はあえて、レン様の勘違いを訂正しないで苦笑する。
ただ、聞いていただけのアリエッティ様は、ハルト様の後ろで、レン様を尊敬の眼差しで見つていた。
「どうでしょう、正規の値段で、この子を帝国で買いましょう。大金持ちになれますよ」
ハルト様は、筆頭魔法使いとして、当然、僕を買い取ろうとする。妖精や妖精の子の売買は、気を付けないと、大変なこととなる。だから、ハルト様は、僕を相当な金額で買い取ろうとしていた。
「では、アリエッティ様に差し上げます」
ところが、レン様は、僕をアリエッティ様の元へ連れていく。
「この子には、まだ、名前をつけていません。何せ、この子は、食べることも、トイレも、人の言葉も、何一つ、知らない子でした。子ども並にするだけで、精一杯でした。どうか、アリエッティ様の元で、立派な魔法使いとして、使ってやってください」
「イヤだ!」
僕はレン様に泣きついた。優しいレン様から離れるのがイヤだった。
「わかっている。今すぐじゃない。少しずつ、学ぼう。いいですよね、ハルト様」
「そうですね。今すぐ離すのは、難しいですね。すっかり、あなたの妖精になってしまっています。ですが、妖精関連は、全て、帝国の所有物です。通いでいいので、連れてきてください」
「だって。良かったな」
レン様から離れなくてよいことに、僕は喜んだ。
レン様は優しく僕を抱きしめて、ハルト様の後ろに隠れたままのアリエッティ様に笑いかける。
「アリエッティ様、どうか、この子の名前をつけてください。そうすれば、この子はあなたの妖精にもなります」
レン様は、なかなか、博識な方だ。名づけという方法で、僕とアリエッティ様を繋げようとしたのだ。
ハルト様はレン様の申し出には大賛成である。そのまま、アリエッティ様が名づけするのを待っていた。
「で、では、ダルン、と」
「良かったな。今日から、ダルンだ」
その日から、僕はダルンとなった。




