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皇族姫  作者: 春香秋灯
妖精男爵の皇族姫-人形劇-
46/353

過去に魅入られし申し子01

 私の生まれは最初から偽装だった。父親は表向きは皇帝ライオネルだが、実際は男爵ハイムントだ。母ラスティは、父ハイムントを愛していたという。しかし、貴族の中で発現した皇族であるラスティは、皇族と子をなさければならない。そこで、父ハイムントを可愛がっていた皇帝ライオネルが偽の父として名乗り出た。結果、ラスティは他の皇族と子をなさずに済んだ。流石に、皇帝が一度手をつけた女をただの皇族は手をつけるわけにはいかなかった。

 偽装はまだまだ続く。男爵ハイムントは元は貧民だ。皇帝ライオネルの覚えめでたく、平民となり、男爵となったという、異例の人だった。それは、表向きの話である。裏では、海の貧民街を支配する一族だ。影皇帝を名乗り、海の貧民街を生かさず殺さずという治世を敷いていた。その傍ら、才能の化け物と呼ばれる賢者ハガルの息子という立場を隠し、筆頭魔法使いを人工的に作る計画に参加したりもしていた。そのせいで、皇族にも顔を覚えられることとなったという。

 そんな父親の子として生まれた私は、残念ながら、皇族ではなかった。というわけで、私は死を隠された男爵領に下げ堕とされることとなったのだ。

 皇族として残った妹リタは、母の元で大事に育てられた。ここが、大事だ。大事に育てられたのだ。

 対する私は、男子だったから、それとも、あの才能の化け物の才能を受け継いでしまったからか、英才教育である。

 まず、私を育てたのは、賢者ハガルが作り出した戦闘妖精のサラムとガラムだ。ハガルの知識と体術と剣術とその他全てを習得した死なない下僕だ。下僕だけど、私には容赦がなかった。

「リッセル様、ほら、ウジ虫がいっぱいです」

「あそこにもいますよ!!」

「ふざけるなーーーー!!!」

 海の貧民街をわが物にしようという、残念な組織が出ると、私はサラムとガラムに連れられて、そこを潰しに行くのが修行の一環である。本当に、こいつら、私をなんだと思っているんだ。

 才能の化け物は本当に恐ろしい。相手はもう、非合法の塊だし、時には妖精憑きも使ってくるが、私には通じない。だって、私も妖精憑きだから。

 非合法には非合法。妖精憑きには妖精憑き。そうして相手を潰しては、後から採点である。これが、むちゃくちゃ厳しい。

「この首の切断がいまいちですね」

「ただの剣なんだから、仕方がないだろう!?」

「ほら、こうやります」

「潰れてるぞ」

「あっれー、おかしいなー」

 まあ、この戦闘妖精も酷いけどな。

 そういう後ろ暗いところを隠して、男爵邸のある部屋では、身綺麗にしている。

 男爵邸の一室は、城に繋がっている。賢者ハガルが、妖精の道を解明して、城とこの男爵邸を繋ぐという、私利私欲を発揮したのだ。お陰で、秒で城に行けてしまう。

 だけど、男爵邸から城に行くことはない。ドアを開ければすぐだが、私はあえて、そうしなかった。

 男爵邸は、大昔の魔法の遺物だ。色々と調べると、わけのわからない技術が詰め込まれていた。そのお陰で、あの部屋のドアが開くと、私に伝わるようになっていた。

 ドアが開くと、私はどこにいても、その部屋に行く。

 やってきたのは、皇族として城に残ったリタだ。すっかり、賢者ハガルのあの美しさを受け継いでしまったリタは、色々と皇族どもに言われていた。その中で、皇帝ライオネル、賢者ハガル、母ラスティから口をすっぱくするほど言われているのは。


「皇族スイーズには気をつけなさい」


 私は見たことはないが、かなり危険らしい。ちなみに、私も言われた。まあ、私は普段から、賢者ハガルから受け継いだ才能で、見た目を偽装しているから、問題ない。

 しかし、ただの人のリタは違う。リタはその美しいと言われる見た目を晒したままだ。その見た目は、賢者ハガルの美しかった頃に似ているという。

 女だからな、似ている、だけだ。私なんか、瓜二つだぞ。どんだけ、あのクソジジイの血筋は強いんだよ。母の血筋はどこにいったのやら。

 過去にも、そうだったらしい、賢者ハガルの血筋って、とことん、強いな。皇帝ライオネルも血筋なんだけど、さすがに薄まったか。見た目は皇族寄りである。

 リタの見た目があれなので、ライオネルもハガルもラスティも、物凄く口煩くなった。だから、最近は、よく、リタは一人で男爵邸にやってくるのだ。

「何が危険ですか。これっぽっちも危険はないですよ!! 聞きました。スイーズは、わたくしのこと、子か孫みたいに見ているって」

「スイーズにも子とか孫、いるだろう」

「そちらには、愛情が持てないそうです」

「そうなんだ」

 皇族も歪んでいるな。血の繋がった子や孫には愛情が持てず、ハガルに似ているリタに子や孫のような愛情を持つとはな。

 しかし、聞き方によっては、そうやって油断させてるんじゃないか? なんて勘ぐってしまう。

 リタは、というより、皇族は基本、世間知らずだ。皇帝ライオネルでさえ、最初の頃は貴族に騙された経験がある。そこをハガルが色々と連れまわして、今では立派な皇帝である。

 皇族スイーズもそうだ。ハガルの教育を受けて、今では暗部を率いている。もういい歳のおじいちゃんだが、その内面は真っ黒だ。

 リタは部屋のあちこちにある肖像画を見回る。その肖像画は全て、賢者ハガルが描いたものだ。愛する妻と愛する息子、ついでに孫だ。本当に、孫というか、私に対する扱いは酷いよな!! 肖像画なんてちょっとあるくらいだよ。

 その中で、やはり、目を惹くのは、父ハイムントが十歳の頃の肖像画である。この肖像画、二つある。一つは、まだあどけない顔立ちだ。子どもっぽさが残っている。もう一つは、とんでもない色香のあるものだ。どちらも十歳の頃の父だという。

「気持ち悪い」

 この二枚を見ると、リタはそう吐き捨てる。仕方がない、リタはそういう年頃だ。父ハイムントがこの十歳の頃に、何かあったのは、この二枚でわかる。

 リタは知らない。リタは皇族として育てられたし、ただの人だ。情報は、城の中で与えられるのみである。

 だけど、私は外からも、内からも、なんと妖精からまで情報を得ている。賢者ハガルの甘い所は、帝国中にいる妖精の口を上手に塞げなかったことである。一度、父で痛い目を見たというのに、私の代でも、妖精の口を塞がなかったのだ。結果、私は実の父の所業を知ることとなる。本当に最悪だな。

 リタは本能で気持ち悪いものを感じ取り、実の父を嫌悪していた。まあ、そういう年頃なんだよ、女の子ってのは、と戦闘妖精どもが言っていた。

「リタ、何かあったら、きちんというんだぞ。私で出来ることなら、何でもやってやる。そうだなー、皇族で殺してほしいのがいたら、殺してやるぞ」

「もう、ハガルみたいなこと言わないでください!!」

「仕方がない。そっちの血が強いし、妖精憑きだからな。ハガルがいうには、ただの人は弱いから、こうやって守ってやらないといけないらしい。それ以前に、お前は可愛い可愛い妹だ。守ってやりたい」

「わたくしも、貴族であれば良かったのに」

「そういうな。お前が貴族だと、母上は皇族の誰かと閨事だぞ。ありがとう、リタ。お前が皇族で良かった」

「………兄上が皇族であれば、完璧でしたよ」

「私はほら、ハガルの血が強すぎたんだよ。結果、妖精憑きだ。表には出せないけどな」

 どうしても、男爵領を受け継ぐ者が必要だった。ハガルは妖精憑きであることを隠し、私を男爵領に落としたのだ。そうして、この曰くある男爵領にある邸宅を私に支配させたのだ。いつか、この邸宅が役立つと予想していたのだろう。

 役には立っている。こうして、可愛い妹の逃げ場所である。私の意思一つで、ドアの開閉は操作出来る。リタが逃げてきたのだ。今、ドアは開かないようになっている。

「食事はどうする? 好きなもの、作ってやるぞ」

「あの、甘くないお菓子を持ちかえります。お母様が食べたいそうです」

「ハガルに作ってもらえばいいだろう」

「兄上が作ったものをわたくしが食べたいのです」

「わかったわかった」

 可愛い妹の願いだ。瞬間で叶えてやる。

 目の前でされたことに、リタは目をキラキラと輝かせて喜ぶ。こういう地味な魔法をリタは喜んだ。ほら、派手なのは、人が死ぬから、リタの前では出来ない。

 この頃は、こう、穏やかだった。



 リタが妊娠して、世界は一変した。



 妊娠したリタが、男爵領に逃げてきた。いきなりのことで、ドアの操作は出来るようにしたままだ。

「リタ、父親は誰ですか!?」

 珍しく、賢者ハガルの偽装が綺麗にとれていた。私と同じ美貌だけど、あれだ、鍛えていない体つきが男とも女ともいえない中性さで、人を狂わせる。

 リタは私にべったりとくっついて、かたく口を閉ざす。そうなると、ハガルは睨むように私を見てくる。えー、私が何かしたと疑われている?

「お祖父様、ほら、そんな迫らない。リタは身重? なんですから、落ち着きましょう」

「相手によっては、殺さねばなりません」

「そういうこというから、リタが言えないんでしょうが!!」

 本当に、リタに対してだけ、クソジジイの愛情は狂ってるな!?

 こうやって睨み合っていても、仕方のないことだ。リタを男爵領に一泊させることは出来ない。だって、城で不在なのがバレてしまったら、魔法のドアの存在がバレてしまう。そこは、隠し通さなければならない。

「まずは、お祖父様、城に戻って、仕事してきてください。きちんと、話をしますから。いいですね」

「………」

「リタに嫌いと言われたくないでしょう!!!」

「っ!?」

 こいつ、私のことはどうでもいいのに、リタは大事なんだ。嫌われる、なんて言われて、悔しそうな顔して、城に戻っていく。本当に私の扱いは酷いな。

 私は城に繋がるドアの開閉を出来ないようにして、リタを椅子に座らせる。

「体はどうだ? 気持ち悪いとか、そういうのはないのか?」

「相手の男が誰か、聞かないのですね」

「貧民を相手にしているとな、死をいっぱい見る。妊娠、バカにしていると、次の日には母体ごと死ぬのは普通だ」

「………」

 物凄く驚いて、リタは顔をあげる。ついで、恐怖に顔を真っ青にさせる。まさか、妊娠ごときで死ぬとは、想像すらしていなかったのだろう。

「お祖父様がいるんだ。死ぬことはないだろう」

「………スイーズの子です」

「………」

「聞こえませんでしたか? スイーズの子です!!」

「聞こえてたよ!!!! むしろ、記憶から削除しようとしたんだよ!!!!!」

 とんでもないことになったな!!!

 私は妊娠中でも飲める茶を出して、リタの向かいに座る。聞きたくなかったな、本当に。

「よりによって、スイーズか。ライオネルも、お祖父様も、母上でさえ、注意していただろう」

「スイーズは悪くありません!! わたくしが一方的に愛しただけです!!! ちょっと、皇族狂いを起こさせて、事に至っただけです」

「聞きたくなかった!!!」

 実の妹から、とんでもない告白だよ。これは、確かにハガルには言えないな。ハガルに伝わった後の行動が読めない、想像が出来ない。

 だって、スイーズから手を出したわけではない。リタから誘ったのだ。しかも、その美貌を使って、誘惑し、皇族狂いを起こさせたのだ。わざと!!

 私もリタもハガルも、互いの顔は見慣れている。産みの母ラスティもまあ、慣れている。だから、あまり気にしないが、普通の人はそうではない。

 リタが本気になれば、皇族同士の殺し合いだって起こせるのだ。実際、父ハイムントは同性である皇帝ライオネルが物凄く抵抗したというのに、その美貌で狂わせて、閨事まで及ばせたのだ。同性だって狂わせるのだ。異性なんてちょろい。

 不貞腐れたような顔をするリタ。私にとっては可愛いのだが、第三者にとっては、これも美しく魅惑的なんだろうな、こわっ。

「ちなみに、皇族狂いは一回か?」

「一回では子が出来ないと思いまして、一カ月ほど、頑張りました」

「聞きたくない!!」

 数こなして子をなしたのか!? それに付き合ったスイーズは大変だったな、なんて他人事に見てしまう。だって、子も孫もいて、きっとひ孫だっているだろう年寄りだと聞いた。そんな男に、この女は、無茶をさせるな!?

 リタがスイーズを愛するなど、誰も予想出来なかったが、見ていた私は納得してしまう。

 あれほど危険だ危険だ、と言い続けられたスイーズが、実は安全だと気づいてしまった時、反発してしまったのだろう。周りに散々、言い聞かされるように言われた言葉に、年頃の娘は、反発するものだ、と戦闘妖精が言っていた。結果、リタはスイーズを男として見てしまったのだ。

 リタは妖精憑きを除く才能をぶちこまれた娘である。皇族の教育もすぐに終わらせてしまった。外には出られないので、私のところで、貴族の勉強もさせた。領地経営とか、そういうのも出来るのだ。そんな娘に、そこらの皇族は勝てないのだ。

 これから、リタは茨の道を歩むこととなる、と誰もが思う。しかし、リタはその才覚で乗り越えてしまうだろう。

 私に出来ることは、賢者ハガルを上手に宥めるだけである。

 リタが落ち着いたところで、ハガルが入ってきた。ドアの前で待っていたな。本当にリタに対してだけ、愛情深いな!?

 事の次第を上手に説明してみれば、ハガルはなんともいえない表情となる。

「あなただって、そういう経験があるでしょう。若い頃、そういうこと、ありましたよね」

「何故、知ってる」

「いやいや、私だって現在進行形でそういう経験をしているから、言っただけです。そういう目で見ないで!?」

「………そうだな」

 百年以上前、最初に仕えた皇帝ラインハルトの時代のことをハガルは鮮明に覚えているのだろう。その記憶のせいで、父上と恐ろしい喧嘩までしたけどな。私は絶対にしない。面倒臭い。

 そうして、最大の難関と呼ばれる賢者ハガルを宥めれば、リタもスイーズも無事だった。リタの父親は表沙汰にされ、予想通り、スイーズの妻、子がリタをかなり責めたという。そこを守ったのは、負けてしまったスイーズだ。妙な言い訳もせず、スイーズはリタを守ってくれた、と後でライオネルに言われた。

 そうして、リタは母親になると、兄離れである。母もその頃には亡くなっていたので、あの部屋の秘密のドアは開くことはなかった。あのドア、男爵邸では見えるようになっているが、城側は偽装されていて、触っていてもわからないという。見たことないけど。




 色々とあった。皇帝ライオネルが皇位簒奪されたどさくさに、リタはスイーズの子によって殺された。女は本当に恐ろしいな。なんと、首を絞めたのだ。リタの娘は、リタが隠していたので無事だったが、それでも、気が触れたという。

 私は色々とやって子爵となって、リタの娘を個人的に支援した。使用人を一人、子爵から送ったり、色々と物を贈ったり、とやれることはやった。

 だけど、賢者ハガルが死に、皇帝ライオネルが死に、リタが死ぬと、私と姪の繋がりは薄くなる。手紙のやりとりもこまめにしていたが、姪のほうから途切れさせてきた。

 私自身も困ったことになった。ほら、寿命が化け物だから、死なない。いい歳なんだから跡継ぎを、なんて言われたが、寿命がすごいから、必要に思えない。祖父ハガルのような気狂いもないから、私は平和な領地運営をして、帝国を見守っていた。

 そうして、姪が気狂いで亡くなった。どうなっているのか、調べさせれば、姪にはラキスという一人娘が残っているという。

 かなり迷った。私はもう血筋的に遠い。表向きは、私は代替わりしていることとなっている。偽装して、私の子の代となっているのだ。紙切れ一枚で偽装出来る世の中だ、そこは簡単だ。

 表向きには血が遠い。だけど、結局、私はラキスも支援することにした。使用人を送り、贈り物を送り、手紙も送り、出来る限りのことをした。

 そんなことをしているある日、あの秘密の扉がある部屋に、人が動いた。

 何かの手違いで、ラキスが来たのか、と勘ぐった。いや、ドアが操作された感じではない。私は瞬間でその部屋に行けば、一人の少年が立っていた。年のころは、十歳くらいだろう。その少年は、曰くある二枚の肖像画の前に立って泣いていた。

 私がいるのを見て、少年は慌てて涙を拭った。

「貴様は、誰だ」

 私は影皇帝として、少年に対峙した。恐ろしい存在を表に出したのだ。

 ところが、少年は首を傾げている。

「そんな、虚勢をはらなくていい」

「何をっ!?」

「座りなさい」

 少年が椅子をさして命じる。途端、私は少年がさす椅子に座った。

 私は全身から物凄い汗が流れるのを感じた。まずいこととなった。


 この得体の知れない少年は、皇族だ。


 私は十歳の頃、あのクソジジイは、私に無理矢理、筆頭魔法使いの儀式を行ったのだ。背中にあの恐ろしい焼き鏝をあて、皇族に絶対服従の契約紋を焼き付けたのだ。

 その事実を知っているのは、賢者ハガルと皇帝ライオネルだ。何か書き物を残していなければ、この事実はもう、誰も知らないだろう。それに、私は皇帝ライオネル時代に、色々と便宜をはかってもらって、城にも、貴族の学校にすら、行かなくて良い特例を得ていた。皇帝ライオネルが亡くなった後も、その特例は生きている。新しい皇帝が撤回していないので、そのままだ。

 だから、私が契約紋を背中に持っていると知る者はいない。皇族にだって近づかないから、バレていないだろう。

 それなのに、この部屋に、とんでもない血筋の濃い皇族がいる。

 少年は、父が十歳の頃だといわれる肖像画を眺めていた。勝手に茶を作って、一つを私の前に置いた。

「まさか、子爵が妖精憑きだとは思わなかった」

「何が目的だ!?」

「私はただ、ラキスを手に入れたい。ラキスは随分と子爵から色々と贈り物をされているようだから、もしかして、下心があるものかと調べに来た。そうしたら、この部屋だ。この男が、お前の父親だな。随分と偽装されているが、その見た目も綺麗なんだろう。ラキスもそうだ。美しい娘だぞ」

「………」

「黙っていても無駄だ。私はな、支配した妖精の記憶を読みとめる。これのすごいところは、寿命が盗られた人の記憶も読み取れるというものだ。私が最初に読み取った記憶は、この男のものだ」

 そう言って、少年は、父の肖像画を指さした。

「この男は、物凄く痛い記憶だった。人生を絶望し、死を覚悟して、それでも、どうにか人の記憶に残ろうとして、悪あがきしている。

 私は本来、感情や意思はない。だが、この男の記憶は衝撃的すぎて、感情と意思が出来てしまったんだ」

「意味が、わからない」

 父親の知らない話だ。それを肖像画と変わらない年頃の少年が語るのだ。

 私は妖精憑きだ。目の前の少年が、見た目相応の年頃だとわかる。しかも、ただの人だ。妖精を支配云々、出来るようには見えない。

 どこか、色香まで持つ少年は、嫣然と私に笑いかける。

「私をこういうふうにしたのは、お前の父親だ。最初があまりにも衝撃的だから、お前の父親を真似ている。これが、お前の父親の若い頃だ」

「そんな、バカな、こと」

「まあ、その記憶も、途中で途切れているからな。その後はどうなったのかは、まだわからない。ハガルから、何か聞いていないのか?」

 賢者ハガルの名前を軽々しく出す少年。

 信じなければならない。今の時代は、皇族殺しアランだ。賢者ハガルは記憶にも記録にも埋もれた魔法使いだ。その名が出ることはありえない。

「全て、教えてほしい」

「その前に、まず、皇族ラキスを手に入れる協力をしてほしい。帝国の外務大臣が本当にクズでな、王国からの婚約の要請を全て握りつぶしやがった。ま、そこは政治的に王国が有利となるために、父上にも国王にも、休まず動いてもらおう」

「わかった。協力しよう。今から攫うか?」

「まだ、部屋の準備が出来ていない。何せ、貧乏男爵だ。一つ一つ、よいものを揃えて迎えたい」

「攫うのは決定か」

「いや、十年に一度、全ての貴族が城に集められるだろう。その時だ。どうせ、私の妖精姫は、大事にされていない」

「だったら、今すぐ」

「私は見た目通り、子どもだ。人外の力はあるが、所詮、子どもだ。だから、子爵のほうで、どうにか、ラキスを助けてほしい。出来るだけ、手厚く、だ。ついでに、子爵のほうで引き取りたい、と要請してやれ。そうすれば、妖精姫の価値を上げられる」

「わかりました」

 恐ろしい血の濃さもある。それ以上に、この子どもには、人としての大きさを感じた。

 時を見据える目と、忍耐。

 まだ若いというのに、時間をかけて、周りを囲い込み、その時を待っていた。

「そういえば、名乗っていなかったな。私はアラン。皇族殺しアランの孫だ」

「………はぁーーーー!!!」

「煩いな! それで、お前の名はなんだ? 悪いが、これまで支配した妖精から、お前の名前が出てこない」

「私は、リッセル。私がこの男の子だというのはわかっているのに、名が出てこないのはおかしいだろう!?」

「そこは、妖精に聞いた。だが、名前はあれだ、やはり、直接聞くのが礼儀だろう。じゃあ、リッセル、これからよろしくな」

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