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皇族姫  作者: 春香秋灯
妖精男爵の皇族姫-終劇-
44/353

お別れ

 何が起こったのか、わからない。真っ黒な妖精は最高位の妖精だという。それが、必死になってアランから逃れようとする。それをアランは必死になってつかんでいる。苦痛やら何やら、一杯だろう。それでも泣いて笑っているのだ。

 そうして、真っ黒な妖精は抵抗をやめて、アランの胸に腕を突き刺したまま、恭順するように頭を下げる。アランはその頭を撫でる。瞬間、真っ黒な妖精はアランの中に吸い込まれるように消えた。

 アランは支えを失ったように倒れた。それをリッセルが慌てて抱きとめる。

「アラン、どうして!? お前は、私の皇帝になると約束したじゃないか!!」

「………ライアン、妖精姫を、領地へ」

 アランはわたくしの身だけを案じている。

「アランも一緒に」

「リッセル、私ごと燃やせ。私を消し炭にしろ」

「ふざけるな!!」

 わたくしが言っても、アランは聞き入れない。リッセルだって、アランを助けたい。

 アランはリッセルに支えられたまま泣き笑う。

「あんなに、告白したのに、返事が貰えないんだ、リッセル」

「ラキス、アランを受け入れるんだ!! そうすれば、アランは、きっと」

 リッセルは縋るようにわたくしを見る。わたしくは慌ててアランに駆け寄る。アランの手を握る。

「アラン、アラン、一緒に行きましょう」

「リッセル、ほら、楽にしてくれ。大魔法使いの妖精を使え。はやく」

 アランは気づいていない。もう、聞こえてもいない。見えてもいない。手を握っても、握り返してもくれない。

 そうして、苦しい中、アランは息を引き取った。物凄く、苦しかったのだろう。表情が苦悶に歪んでいた。

 ライアンはわたくしの腕を引っ張った。

「ここにいたら、危ない。私は、このためだけに、連れて来られたんだ」

 ライアンは道案内ではない。わたくしを王国の男爵領に戻すために、連れてこられただけだ。

 リッセルはアランを抱きしめたまま動かない。だけど、広間のあちこちで火柱が立つ。それに巻き込まれて、多くの人が焼け死んでいった。その中に、妖精と契約したであろう男は、一瞬で消し炭となった。

 そうして、一瞬で、わたくしは、男爵領にある邸宅の前に立っていた。

 邸宅の前に、何故か、アランの母エリカが笑ってたっていた。

「大変でしたね。さあ、ラキス、中で休んでください」

「エリカ、アランがっ!」

「知っています。あの子は、頑張って生きました」

 穏やかに笑うエリカ。その姿に、わたくしは恐怖すら感じた。エリカは、息子が死んだというのに、悲しんでいない。

「アランが死んだのですよ!?」

「あの子は、生まれてすぐ死ぬ運命の子でした。それが、ここまで生きたのです。十分、生きました」

「………」

 エリカは、アランが若い内に死ぬことを知っていた。だから、とっくの昔に覚悟していたのだ。

 わたくしは泣いて座り込んだ。突然の別れだ。立っていられない。そんなわたくしをエリカは無理に立たせて、頬を叩いた。

「何故、アランの言葉を信じてあげなかったのですか。アランはずっと、あなたに愛を語っていました。信じてあげれば、きっと、生きていました」

「ご、ごめんなさいっ、ごめんなさい!」

 エリカはずっと、わたくしに言っていた。だけど、わたくしは、自信がなくて、信じられなかった。

 エリカはわたくしを抱きしめた。

「今度は、間違えないでくださいね」

 次なんてない、と頭の片隅では思っているけど、頷いた。





 エリカはわたくしが落ち着くように、と温めたミルクをくれた。だけど、わたくしはそれに手をつけない。

 いつもだったら、エリカは夫のロベルトの元に行くのに、動かない。そのまま無言でいると、部屋にロベルトがやってきた。

 相変わらず、目だけは厳重に布で隠されているが、普通に歩いていることに、わたくしは驚いた。

「歩けるのですか!?」

「もう、縛られる必要がなくなった。君の一族の寿命を盗る悪い妖精は、アランが神の身許に連れて行った。もう、悪い妖精を排除する必要がなくなった」

 ロベルトはエリカの隣りに座った。エリカは、ロベルトの目を隠す布を外した。

 見てわかる。アランはロベルトに似たのだ。皇族の誰か、ではなく、ロベルトだ。改めて、そう感じた。

「我が男爵家は、まれに、何か目的があって生み出される子がいる。僕は、呪われた伯爵一族の呪いを封じるために生み出された。もう、伯爵一族の呪いはポー殿下によって、存在しない。今、生き残っている伯爵一族は滅ぶだけだ。だから、もう、領地を封鎖する必要はなくなったんだ。だが、悪い妖精が領地に入ってきてしまうから、ずっと、封鎖していた」

「悪い妖精とは、わたくしの寿命を盗る妖精ですよね。ですが、わたくしに対してだけです。他の人たちにとっては、ただの妖精ですよね」

「アランは、その悪い妖精を命をかけて神の身許に運ぶ役割を持って生まれたんだ。僕もエリカも考えた。悪い妖精に接することがなければ、アランはずっと生き続けてくれる、と。アランがそういう役割を持って生まれた、とわかった五歳の頃から、この領地の防衛を強化したんだ。お陰で、私は屋敷から一歩も出られなくなった。だけど、アランはどうやってでも外に出て行ってしまう。

 僕は、恐ろしい父親だ、とアランからは聞いているだろう。僕は、アランには容赦がなかった。エリカが怯えるほどに、容赦がなかった。随分と、アランとは親子喧嘩もした。アランに言われた。”死ぬ子どもだったから、いいじゃなか”と。アランは、死を全く恐れていなかった。そう、神によって作られたのだろう。

 僕は、生きる可能性を高めるために、アランに色々と与えた。知識を与え、道具を与え、戦う術を与え、邸宅にいる妖精の子孫を与え、領地を守る妖精を与えた。だけど、アランはずっと死んで役目を全うすることばかり考えていた。

 アランは欲がない子だった。そんなあの子が、欲しいといったのが、君だ。アランは、君を欲しがった」

 涙がどんどんと溢れる。言葉も出ない。

「だから、国王にお願いして、婚約を打診してもらった。エリカはれっきとした皇族の血筋だ。万が一、苦情が出ても、アランならば、皇族の儀式は通るだろう、そう考えていた。ところが、帝国は無視した。何度も、何度も、何度も、国王は打診したんだ。

 アランは無駄なことだと知っていた。理由を聞いたら、外務大臣が国王からの書状を握りつぶしているという。僕の息子が、たった一つ欲しいといったものを、自尊心だけ高い男が握りつぶしていた事実に、怒りすら覚えた。だから、続けさせた。政治の上で、この行為は必ず、アランに味方するからだ」

 暗く笑うロベルト。アランのことを愛して、怒って、アランのために国王をも利用したのだ。アランのために、政治までねじ込ませた。

「アランの部屋は、どこにあるか知っているかい?」

「いえ、知りません」

「君が男爵領に来て、使っている部屋がそうだ。君が邸宅にいる時は、アランは外で寝ている。君は、アランの唯一の持ち物だ。あの部屋にある全ては、君のために揃えられた。アランの物は、実は、一つもない。服だって、誰かのお下がりだ。アランが君に出会う前まで、あの部屋には物なんてなかった。君に出会ってから、一つずつ、君を迎え入れるための物が増えていった。そうして、君を迎え入れて、アランはさらに欲を出してきた。

 アランはいつか、この世からいなくなると考えているから、学校の手続きをしなかった。外に出ると、アランはまた、悪い妖精を捕まえてしまう。だったら、領地に閉じ込めたほうがいい、そう僕も考えていた。僕はね、学校に通って危険な目にあうかもしれない君を見捨ててでも、アランを領地に囲いたかった。だけど、アランは本心では、学校に行きたがっていた。

 ポー殿下が度々、アランに学校へ行こうと、誘いに来ていた。アランは義兄のためには貴族になりたくない、なんて表向きの理由で追っ払っていた。だけど、ポー殿下がいなくなると、とても寂しそうに笑っていた。

 アランを閉じ込めて囲うことも、学校に行かせることも、どちらも正しいんだ。僕はアランを閉じ込めて囲うと決めていた。きっと、アランは君を囲う方を選ぶだろう、そう思っていた。なのに、アランは君を学校に通わせる手続きをした。

 エリカは大反対したが、僕はアランを学校に通わせる手続きを国王に無理矢理やらせた。期日は過ぎていたが、国王はやってくれた。それで喧嘩となったが、やはり、行きたかったのだろう。こっそりと喜んでいた。

 僕は、君に感謝している。君のお陰で、アランは欲しい物が出来て、望みを持って、人らしく生きてくれた。最後は、やはり、役目のために死んでしまったが、そこは仕方がない。僕もアランも、そういう存在だ」

「わたくしが、きちんと、アランの言葉を信じていれば」

「それは、結果でしかない。僕はね、結果よりも、経過が大事だと思っている。アランは結果、死んでしまったが、それまでの経過は、アランを幸せだったと感じただろう。僕たちも、本当なら生まれて死んでしまう子が、ここまで生きていただけで、幸福だ。生まれてすぐ死んでいたら、泣いているのは、きっと、僕とエリカだけだ。それも、ここまで生きてくれたことで、たくさんの人の記憶に残った。たくさんの人が泣いてくれる。それでいい」

 なのに、ロベルトは穏やかに笑っている。ずっと泣いているわたくしを見守っている。

 泣き止むことなど出来ないわたくしをそのままに、ロベルトはエリカに人を呼びに行かせた。エリカは、今にも泣きそうな顔をしているので、ロベルトを恨みがましく睨んで、それでも、言われた通り、部屋を出た。

 しばらくして、女帝エリシーズと皇族ライアンがやってきた。わたくしがボロボロと泣いている姿に、エリシーズは顔を歪める。アランが死んだことをライアンから聞いているのだろう。

 何か慰めの言葉をかけようとするエリシーズにロベルトが間に入る。

「エリシーズ、ラキスの処遇はどうする。ラキスは、今、帝国の貴族どもに操られた教会に身柄を要求されている」

「今のわたくしには、何もありません」

「アランが命をかけて、帝国のウジ虫どもを駆除した。筆頭魔法使いも表舞台に出した。王国に向かっている帝国の船は、アイリスが沈めた。クーデターはなかったことにしなさい」

「しかし、わたくしはただの人です! 妖精憑きではない!!」

 エリシーズにとって、妖精憑きでない事実は、かなりの心の傷となっていた。そのせいで、姉妹のエリカを随分と憎んでいた。

 エリカは、我関せず、とばかりにロベルトにべったりとくっついている。エリカにとって、帝国など価値がないのだ。その態度に、エリシーズは苛立ちすら感じる。

 ロベルトは仕方がない、とばかりに口を開く。

「王国の最強最悪の妖精憑きリリィは、ずっと、妖精憑きであれば幸せになれる、と信じていた。自らが妖精憑きでないばかりに、男爵が不幸になった、と思い込んでいたんだ。だが、男爵家では、逆だと考えられている。妖精憑きは決して幸せになれない。何故か。

 妖精憑きは人とは違う見方、価値観を持っている。人とは違うんだ。そのため、異質として排除されてしまう。リリィの娘エリィはそれはそれは美しい妖精憑きだ。なのに、王国で保護されるまで、その身の上は酷いものだった。人は、恐ろしい存在を排除しようとするんだ。人にとって恐ろしい存在とは、妖精憑きだ。

 君が、妖精憑きの女帝であったら、きっと、排除されていただろう。君は、ただの人だから、こうして、ここにいる」

「そう、なのです、か」

「男爵領は、迫害されるだろう妖精憑きのために作られた領地だ。だから、ここにいる限り、妖精憑きは満たされる。迫害だってされない。だけど、一歩、外に出れば、妖精憑きを排除しようと人は動く。エリカが満たされているのは、ここで暮らしているからだ。ここから出れば、エリカもまた、排除される。それは、皇族でも同じだ。皇族は、筆頭魔法使いを縛る契約紋の主であるため、妖精憑きを排除する必要がない絶対的主君だ。巨大な力に首輪をつけられているから、帝国民は安心するんだ。

 アランが短時間でクーデターをぶち壊した。だったら、表沙汰にされる前に、さっさと戻りなさい。エリカも少しだけ、手伝ってくれる」

「アランを連れ戻しに行くついでです。あの子は、死んでも男爵領です」

 エリカはそう言って、魔道具を動かす。瞬間、エリシーズとライアン、エリカは消えていなくなった。




 帝国でのクーデター成功は表沙汰にはされなかった。ものすごい早さで、皇族と新たに表に立った筆頭魔法使いによって、クーデターが鎮圧されてしまったからだ。クーデター最中に王国に向かっていた帝国の船は、突然の嵐に沈み、生存者はいなかったため、王国側にも、クーデターの情報は流れなかった。

 これまで、隠された筆頭魔法使いリッセルは、一度は皇位簒奪されてしまった女帝エリシーズを新たに選び、裏切った魔法使いたち全てを処刑した。クーデターに組みした貴族たちは全て、妖精の呪いの刑で、一族郎党、滅び去ることとなった。

 わたくしの身柄を要求した教会は、教会の建物二つを視認化した妖精によって壊され、それどころではなくなった。王国側の教会も、静かになった。

 そうして、どんどんと帝国が平和になっていく中、わたくしは王国で保護されていた。

 表向きは、貴族の学校に通っていることとなっている。だけど、わたくしは男爵領の邸宅に塞ぎこんでいた。

 妖精憑きではないから、お腹がすく。パリスやタバサが身の回りの世話をしてくれるので、体は綺麗で健康だ。

「もう、そんなこと、しなくていい」

 髪を丁寧に手入れするパリスとタバサを拒絶すると。

「若のご命令です。一年かけて、綺麗にして、帝国の皇族に綺麗になったラキス様を見せびらかすのが、若の望みです」

 パリスはもう、この世にいないアランの命令を忠実に守っていた。わたくしを内も外も綺麗にして、これまでわたくしを蔑ろにしていた帝国を驚かせてやる、そんなことを言っていた。

 でも、アランはもういない。今更、磨いたって、どうなるというのだろうか。だいたい、子爵であり筆頭魔法使いであるリッセルのように美しくなるとは思えない。同じ血族といえども、代を重ねているのだ。美しくなるとは限らない。

 わたくしは、ただ、されるがままにしていると、ポー殿下の面会を求められた。断る理由はない。だから、受け入れると、ポー殿下とセイラがいた。

 セイラがいることには驚いた。夏の長期休暇からずっと、セイラには会っていない。セイラはわたくしの身の上を恐れ、妖精憑きであるポーを恐れ、ポーを超える力を持つアランを恐れ、離れていくことを選んだ。

 それなのに、セイラは、わざわざ、恐怖を植え付けられた男爵領に来ている。見れば、セイラはやっぱり怖いようで、震えている。

「セイラ、無理をしてはいけません。ほら、馬車に乗っていていいですよ。もう、父親の命令なんて、無視すればいいのです。わたくしとポー殿下が、適当に口裏をあわせてあげます」

 てっきり、セイラはまた、リスキス公爵の命令で来ているものと思っていた。だって、怖がって、震えているのだもの。

「わたくし、何も、知らなかった」

 ところが、怖がっていたわけではない。セイラは、泣くのを我慢していただけだ。

 セイラは、アランのことを聞いてしまったのだ。きっと、アランの父ロベルトは、感情のはけ口として、国王陛下とリスキス公爵を利用したのだろう。そうすると、自然と、ポー殿下とセイラに情報は伝わってしまう。

 ポー殿下をよく見れば、泣きはらした顔をしている。そうか、ポー殿下にとって、アランは大事な大事なお友達なんだ。

「わたくしも、アランが死んでまで、わたくしを狙う妖精を排除しようとしているとは、知りませんでした。仕方がありません。ポー殿下は、知っていましたか?」

「何かある、とは感じていた。男爵家では、時々、そういう子が生まれる、とアランから聞いてはいたんだ。だけど、役割をずっと教えてもらえなかった。友達なのに、話してくれないなんて」

「婚約者のわたくしにも話してくれませんでした。酷い人です」

「妖精男爵になると思ってたんだ。よく、何かあったら妖精男爵に、なんていうから、てっきり、アランが跡を継ぐと思ってたのに、酷いよ!!」

「事が終わったら、結婚の申込をする、と言っていたのに、その前に死んでしまうなんて、酷いです」

「………連れて行ってくれれば良かったのに」

「………」

 ポー殿下の恨みは、置いていかれたことだ。

 よくよく考えれば、ポー殿下は学校にいた。すぐそこだ。シャデランに頼めば、ポー殿下はすぐ来て、助けてくれただろう。ポー殿下は、政治とか、駆け引きとか、そういうものを抜いて、アランと戦ってくれる。

 なのに、アランと戦ったのは、筆頭魔法使いという正体を表に出した子爵リッセルだ。リッセルもまた、ポー殿下と同じような立ち位置だけど、一歩、前に進んでしまっている。

 そのことも、ポー殿下は聞いているはずだ。他に友達がいて、その人が選ばれた事実に、ポー殿下は怒って、悔しくて、仕方がない。

「アランは、本当に人誑しですね。いつも、わたくしの周りばかり気にしてますが、本当は、アランこそ、気を付けなければいけないというのに」

「い、いや、そういうのじゃ」

「アランが、妻や恋人よりも友達を選ぶ男だったら、どうしますか。そう考えると、わたくしは、ポー殿下を側に置くアランが心配でなりませんでした」

「………」

「アランはきちんと、ポー殿下も選んでいますよ」

 ポー殿下は、まだまだ涙が枯れていないから、泣き出してしまった。

 人と話していると、感情の整理がついてきた。わたくしは少しだけ、落ち着いた。

「わざわざ、ポー殿下が来たということは、わたくしの身の振り方が決まったということですね」

 アランの死は表沙汰にされている。わたくしは、帝国と王国の友好のために、妖精男爵の養子であり、王国の中に発現した皇族であるアランの婚約者として、公国に来たことになっている。アランが死んだことで、わたくしは王国にいる理由がなくなったのだ。

 まだ、わたくしが王国にいるのは、帝国の中が落ち着いていないからだ。もうそろそろ、落ち着いて、やっと、わたくしの身柄をどうするか、帝国と王国で決めたはずだ。

 ポー殿下が泣いているので、代わりに、セイラが教えてくれた。

「帝国でも王国でも、ラキスとアランの婚約は熱愛の末、という話になっているの。だから、ラキスはまだ、婚約者の死を悼んでいるだろうから、ということで、しばらくは、男爵領にいることとなったわ。だけど、いつまでも皇族を理由もなく王国に置いてはおけないから、期限を決められたの。皇族では年に一度、皇族全てを集めて、会食をするそうね。その時に、ラキスは帝国に戻ることとなったわ」

 その旨が書かれているだろう書状を机に置かれた。きちんと、帝国の印がされているものだ。わたくしは、それを手にして、中身を確認する。

「来年の長期休暇辺りですね」

「学校、行くの?」

「アランは、学校、とても行きたがっていたそうです。だったら、わたくしは行かないといけません。アランがやりたくて、諦めたこと全て、わたくしがやります」

 泣きそうになるけど、わたくしは堪えた。これから、もう、アランは側で愛を語ってくれない。学校では本当に一人だ。

「また、一緒に昼食をとりましょう」

「そうですね。わたくしも、もうそろそろ、食堂のメニューを食べてみたいです」

 セイラはわたくしの隣りに座って、抱きしめてくれた。もう、セイラはわたくしのことを恐れなかった。





 一年なんてあっという間だ。気づいたら、制服は夏服になっていた。もう、王族専用の別邸ではなく、普通の寮で過ごしている。狭いけど、このくらいが丁度いい。

 その部屋をわたくしは引き払うこととなった。帝国に戻るのだ。感慨深く、振り返っていると、ドアをノックされる。許可をおろせば、セイラだ。

「せっかく、上級クラスにあがったのに、勿体ないわね」

「セイラのお陰で、成績がぐんと伸びました。でも、帝国でも貴族の学校に通います」

「………やめたほうがいい、と思う」

「どうしてですか? ここまで頑張ったのですから、学校を卒業したいです」

「でも、ほら、その、ラキス、一人じゃない」

 どうしても、アランの名を口に出来なくて、セイラは一生懸命、言葉を選んでいるが、話がおかしくなる。

「もう、わかっていないわね。あなた、妖精姫、と呼ばれているのよ!? 絶対に、帝国では大変なことになるって」

「アランがいつも、そう呼んでいたからですよね。皆さん、もう、嫌がらせのように、そう呼ぶから、アランを思い出してしまって、困ります」

 アランが亡くなってしばらくして、わたくしのことを”妖精姫”なんて呼ぶ貴族が出てきた。わたくしとしては、そう呼ばれたくない。

 だから、いつも、こう言ってやっている。


「わたくしを妖精姫と呼んでいいのは、アランだけです」


 アランは出会った頃からずっと、わたくしのことを妖精姫と呼んでいた。妖精姫は、アランだけのものだ。

 そこだけは譲らないわたくしを見て、セイラは苦笑する。

「アランのことは、忘れてとはいわない。だけど、もっと、周りを見たら?」

「アランより強くて、アランより頭がよくて、アランよりかっこいい男なんて、いませんよ」

「確かにそうだけど、そこは妥協よ。皇族は、血筋が大事なんでしょう。一年前、随分と減ったというじゃない」

 クーデター収束後、筆頭魔法使いリッセルの手によって、生き残りの皇族の中にも随分と裏切者がいたことが発覚した。皇族の処刑は、皇族の最強の鉾であるテリウスによって行われたという。

 そのため、皇族を増やす必要があった。生まれたからといって、皇族となるとは限らない。わたくしだって、誰かと閨事をしなければならない。

「その時は、その時です。まずは、リッセルに助けてもらいます」

 筆頭魔法使いリッセルは、同じ血族であるわたくしには甘い。帝国にいるのに、魔法具を使って王国に渡り、わたくしの様子を見に来ている。

「セイラ、一年間、ありがとうございました。あなたのことは、忘れません」

「わたくし、外交関係の職につくことにしました」

 てっきり、ここでお別れの握手で終わりだろう、とわたくしが思い込んでいたところに、セイラは手を叩いてくる。

「だから、帝国にはそれなりに行きます。手紙、書きますね」

「外務大臣は皇族がやっているというので、もう、手紙処分されることもないでしょうね」

 外務大臣は、表向きは怠け者の皇族ライアンがやっている。もう二度と、王国の大事な書状は処分されることはない。

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