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皇族姫  作者: 春香秋灯
妖精男爵の皇族姫-終劇-
42/353

妖精の襲撃

 食事もそこそこに、領地を馬で見回ったり、とアランの案内で行われた。そうして、夜になると、アランはポー殿下とどこかに消えてしまう。

 わたくしの部屋には、セイラがいる。せっかくなので、一緒にお泊り会をすることとなった。

「こういうのは、初めてです」

「わたくしも、初めてです。お父様のことがなければ、楽しめるのですが」

 あれから、国王陛下とリスキス公爵は、アランの父ロベルトの部屋から出てこない。時々、アランが様子見に行き、エリカが入ったりしている。問題はなさそうな様子だ。

「お父様があんなふうになるなんて、初めてです」

「よほど、アランのお父様のことが好きなのね」

「公爵として、とても厳しい方なのよ。子どもにも厳しくて、ちょっとした失敗も許してくれないの」

「貴族ですもの、そういうものが普通です」

「国王陛下があんなふうなのも、驚きましたけど。国王陛下は第一王子だといっても、側室腹だったから、王太子にはならなかったのよ。それも、実力で勝ち取ったと言われているわ。その教育をしたのが、アランのお父様という話よ」

「ただの側近だと聞きましたが」

「第二王子が正室腹なのに、アランのお父様は側室腹の第一王子のお友達にされたのよ。そこには、リスキス公爵の思惑があったのではないか、と勘ぐられたの。でも、国王陛下は、アランのお父様がもし、第二王子のお友達となっていたら、きっと国王は第二王子になっていただろう、なんて話をしたそうよ。それほど、影響力が強い人なのね」

「アランも、お父様のことが大好きです。あんなに喜んでいるアランは初めて見ました」

「今日は、普通の姿を見れたわ。普通の人ですね」

「そうですね」

 つい昨日までは普通ではない姿だったけど、それをわたくしは言わない。それを言ってしまったら、藪蛇になる。

 そこからは、他愛無い話をして、もうそろそろ就寝しよう、という時、窓がノックされる。

 わたくしは、窓の側に近寄ろうとした。ところが、セイラが真っ青な顔をして、わたくしを引き止める。

「どうかしましたか?」

「ここ、三階よ!?」

「………妖精の悪戯、かしら」

 セイラに言われて、わたくしは動きを止める。妖精はわたくしの寿命を盗る存在だ。確かに危ない。

 だけど、また、窓をノックされる。窓の外は最初、真っ暗だった。そこに、アランの姿がうつる。

 わたくしは慌てて窓を開けた。

「屋根からすべって落ちた」

 アランは軽い身のこなしで中に入ってきた。

「何故、屋根なんかにいるのですか!?」

「ちょっと上りたかっただけだ。魔がさした」

 アランはどこか夢うつつのような顔をしている。触れてみれば、頬が冷たい。

「アラン、大丈夫ですか!? パリス!!」

 呼べば、パリスがすぐ部屋に入ってきて、アランを見る。

「若、また病気ですか。ベッドに縛りましょう」

「頼む」

 何が起こったのか、わからないまま、アランはパリスと一緒に部屋を出ていく。それと入れ替わりに、ポー殿下がわたくしの部屋を心配そうに覗き込んできた。

「このような時刻にすまない。アランがいなくなったが、ここにいたとは」

「屋根から落ちた、と言ってました」

「また、どんな夢を見てたのやら。驚いたよね、ラキス、セイラ」

「不審者が来たのかと思いました」

 セイラは違う意味で驚いていた。わたくしが警戒なく窓を開けてしまったので、セイラは違う意味で怖い思いをしたのだろう。

「時々、アランがいなくなっていることはあった。後から知ったんだが、支配した妖精の記憶に飲まれたんだと。口では簡単に言っているが、妖精は人の倍以上を生きる存在だ。記憶一つとっても、相当なものだ。それを全て受けるものを普通の人は持っていない。それをアランは上位妖精三体とそれに従う雑魚妖精の記憶まで見ているという。たぶん、それを眠っている間に受け入れて、夢遊病みたいに体が動いてしまうのかもな」

「そんなこと、知りませんでした」

 妖精狩りを楽しんでいるものと思っていた。ところが、それにはアランの身が危ないこととなっている。

「何度か、アランを止めたんだ。もう、やめたほうがいい、と。妖精に狙われる血族を男爵領に閉じ込めてしまえば安全だ、と言ったんだ。ここより強固な守りは、実際、存在しない。呪われた伯爵一族のように、飼い殺しにすればいい、と酷いことも言った」

 ポー殿下はわたくしをじっと見る。確かに、酷いことだ。それを受けるのは、わたくし自身だ。

「ラキスから、アランに言ってやってくれ。僕では無理なことも、ラキスなら聞き入れるだろう」

「………はい」

 わたくしの返事を聞いて、安心したのか、ポー殿下はアランの元に戻っていった。

 アランはわたくしに隠していることが多い。わたくしは初めて知った事実に、胸が痛くなる。

「ラキス、ほら」

「あ、ありがとうございます」

 知らず、わたくしは泣いていた。セイラはわたくしにハンカチをかしてくれた。





 国王陛下もリスキス公爵も、国の重鎮である。時間がとれるのはせいぜい一泊程度だった。ポー殿下とセイラを置いて、馬車に乗り込むところだった。それをロベルトが車椅子に乗って邸宅の外に見送りに出てきた。

 わたくしには何も聞こえないが、国王陛下とリスキス公爵にはロベルトの声が聞こえるようだ。ロベルトは穏やかに笑って、二人を見上げる。

 ところが、ロベルトだけでなく、アラン、エリカまで表情を曇らせる。

「パリス、ラキスを邸宅に入れなさい。死んでも守れ」

「あの、一体」

「守りが少し、緩くなったから、来た」

 男爵領から王都へと向かう先に、とんでもない数の黒い点が浮かぶ。それはどんどんと近づいてくる。

「妖精っ」

 小さな妖精がとんでもない数、こちらに向かって飛んでくる。

 普段は目に見えないそれが見えることは、幸運だと思われる。だけど、そうではない。あれら全てが、わたくしの寿命を狙ってきたのだ。

 エリカは車椅子に座るロベルトを邸宅の中へと運ぶ。

「手伝います!」

「妖精が運ぶから、大丈夫よ」

 そういうと、瞬きした瞬間、エリカも、車椅子に座っていたロベルトもいなくなった。

「僕も手伝おう」

「防衛を抜けた妖精を取り押さえてくれればいい。私は、高位の妖精を見つける」

 そこから、見えない戦いだ。わたくしはセイラと一緒に邸宅の、与えられた部屋から外を見ているしかない。

 妖精たちは、確かにわたくしに向かって飛んできている。それが、どんどんと数を減らしている。きっと、ロベルトの部屋は元の通りに戻っている。光り一つ通さない閉ざされた空間となっている。ロベルトの両目も気持ち悪い布で覆われているのだろう。そんなロベルトを慈愛のこもった笑みを浮かべたエリカが抱きしめている。そうして、あの部屋から、何かをしているのだ。

 邸宅を中心に輝きだす。その輝きは、外へと広がり、領地全体を覆うように輝いた。大地が豊穣を得たように金色となった。

 そんな中、アランは穏やかな笑みを浮かべて、一体の人の大きさの妖精を見上げていた。妖精は、何かに捕らえられているのだろう。必死にもがいて逃げようとしているのに、どんどんと浮力を失い、アランの前に落ちた。

 アランは誰もが魅了するような笑みを浮かべて、妖精の頭を乱暴につかんだ。その近くで、ポー殿下が何かしているようだ。小さい妖精たちがアランに攻撃するように向かっていくが、一定の距離までしか近づけない。

 そうして、しばらくすると、人の大きさの妖精は諦めたようにアランの前に跪いた。そして、小さな妖精たちは、どんどんと消えていく。

 大地の光りがおさまると、あの恐ろしい数の妖精が襲ってきたなんて思えないほど、平和な光景に戻っていた。

「もう、大丈夫ですよ」

 エリカがわざわざ、声をかけに来てくれた。いつもの笑顔だ。

「これで、高位妖精は六体ですね。残るはあと一体」

「あと、たったの一体ですか!?」

 わたくしは、先が見えない話のように思っていた。だけど、エリカは残りの高位妖精の数を知っていた。

「昨日、アランに私が支配した妖精を譲ったところ、妖精の支配系統樹が完成したと話していました」

「どういうことですか?」

「これまで、支配の数が過半数を越えていなかったため、系統樹が出来ていなかったそうです。私の支配下の高位妖精をアランが受け取ったことで、最高位妖精の支配系統樹をアランが乗っ取ったのですよ。そこで、高位妖精の数がわかりました。昨日は、防衛をわざと緩めたのですよ。そうすることで、相手の最高位妖精が、妖精の支配系統樹を取り返しに来ることはわかっていました。最高位妖精は残念ながら、逃しましたが、六体の上位妖精はアランが支配しました。これで、残るは手足を捥がれた最高位妖精一体だけです。良かったですね」

「だから、屋根に上ってしまったのですね」

「よくあることです。屋根から落ちたって、死にません。私が死なせませんし、ロベルトが守ります。でも、人はついつい、防衛で抵抗してしまいます。昨夜は、驚かせてしまいましたね」

 物凄く大変なことを事もなげに語るエリカ。

 聞いていたセイラは、実はわたくしの身の上を詳しくは知らない。妖精に狙われているような話だって、冗談半分と思っているのだろう。

 だけど、目の前で起こったことに、セイラは恐怖し、わたくしからもエリカからも距離をとる。

「セイラ、まだ、間に合います。帰ったほうがいい」

 急なことに、リスキス公爵の馬車は停まったままだ。わたくしは笑顔で提案する。

 セイラは荷物も持たず、邸宅を走り出て、リスキス公爵の馬車をノックする。中からリスキス公爵は出てきて、セイラと何か話している。口論となって、リスキス公爵はセイラの頬を叩いた。

 さすがに、それを見ているだけには出来ないわたくしは、邸宅から出た。

「セイラ、大丈夫ですか?」

「触らないでっ!!」

 駆け寄っただけだけど、セイラはわたくしから距離をとる。それはそうだ。わたくしは妖精に命を狙われているのだ。神の使いである妖精に狙われるなんて、とんでもないことをしていると思われる。セイラの反応は、普通だ。

「セイラっ!!」

「あなたに命じられて関わりを持ちました。でも、もう、無理です!! こんな化け物ばかりの中に、立っていられません!!!」

 恐怖を持って、セイラはわたくしだけでなく、アラン、ポー殿下を見る。

 アランとポー殿下は慣れているのだろう。特に気にしない。だけど、わたくしはそうではない。それに、話を聞いて、わたくしはつい、泣いてしまう。

「やはり、命令で、側にいたのですね」

 わたくし自身に魅力なんてない。皇族だとか、アランの婚約者だとか、そういう理由がなければ、こんなわたくしの側に、セイラのような素晴らしい女性が友としているはずがない。

 アランは無言で泣いているわたくしを抱きしめてくれる。

「公爵、娘を道具に扱うな。それは、可哀想なことだ」

「我々は、王国を背負う立場だ。私を持ってはならない」

「それの成れの果てが、女帝エリシーズと母上だ。あの二人に、父親が帝国のために、と公を押し付けた。可哀想に、エリシーズは押しつぶされそうになりながら、気丈に立っている。母上なんかは、真面目に公を全うしようと命までかけたところを父上に救われ、それが父上への依存という執着に歪んだ。

 国王がどうして、第一王子となったか、わかっているか? 第二王子では、重圧に耐えられなかったからだ。血筋的には、第二王子がなるべきだったが、それでは国を滅ぼすとわかっていた。

 皆、あなたのように強く、割り切れるわけではない。そんなあなたにも、国王にも、父上はたった一つの支えなんだろう。娘にも、そういうものが必要だというのに、あなたは与えなかった。その結果が、こうだ。今からでも、与えてやりなさい」

 アランがそう語っている間に、パリスがセイラの荷物を持ってきた。

 セイラはボロボロと泣きながら、だけど、荷物を受けとらない。全てが怖いのだ。だから、パリスは荷物を馬車に詰め込んだ。

「セイラ、今まで、ありがとうございました。女の子とこのようにお話する経験は初めてでした。もう、無理しなくていいですよ。セイラの世界に戻ってください」

 セイラは何一つ悪くない。だから、お礼を言った。

 偽りの関係だった。わたくしは弱虫だから、疑ってしまう。何度も疑って、きっと騙されているんだ、とセイラを見ていた。そこに、セイラは笑ってくれていた。時間があれば、昼食を誘ってくれたり、ちょっとお話したり、としてくれた。その全てがわたくしには初めてのことで、嬉しかった。

 セイラは何か言いたそうに口を開く。だけど、何も言わずに、馬車に乗った。

 もう、リスキス公爵はセイラに酷いことはしなかった。わたくしとアランに深く頭を下げて、馬車に乗り、出発した。





 ポー殿下は、しばらく、妖精男爵領に滞在した。その間に、アンティの様子を見ることとなった。アンティは、邸宅の地下牢に閉じ込められていた。

 アンティの姿は、普通に戻っていた。地下牢にわたくし、アラン、ポー殿下、そしてエリカが降りる。アンティはエリカを見て、物凄く怯えた。あの胸には、黒い何かは存在しない。それを見て、わたくしは安堵した。

「アンティ、元に戻ったのですね。良かったですね」

「お前のせいで!」

 鉄格子ごしに手を伸ばしてくるアンティから離すようにアランが抱きしめる。

「もう、反省が欠片ほどもありませんね」

「アタシは妖精憑きなんだ!! そんな、妖精に命を狙われるような女、きっと、相当最悪な所業をしてるんだよ!?」

「何を言っているのですか。ラキスの血筋には、恐ろしいほどの神の加護が溢れているというのに、見えないのですか? アラン、見えていますよね」

「もちろん、見えています。ポーも見えなかったということは、そこが境か。クソジジイも見えなかった。たぶん、妖精憑きが生まれ持つ格が関わっているのだろうな。何故、母上がそこまでも化け物じみた妖精憑きなのか、そこは、永遠の謎にしておきたい」

「わかったのですね」

 アランの話を聞いて、エリカはにっこりと笑っていう。

「ライアンに、今度、会った時に教えてやります」

「教えてくれてもいいのに」

「知らないほうがいいこともあります。父上に恐れられたくないでしょう」

「ロベルトは、真実を知って恐れるような男ではありませんよ」

「そうですね。今度、父上に相談して決めます」

 結局、アランはエリカに教えない。ロベルトが間に入ってしまうと、エリカはそれ以上、何も言わない。

「神の加護がそれほどあるというのに、妖精に寿命を盗られてしまうのは、矛盾を感じるな」

「妖精や神に、人の常識を求めてはならない。そういうものだ、と受け入れるのが正しい。そういう経験、ポーもしただろう」

「………そうだな」

 ポー殿下は王族であり、妖精憑きである。それなりの経験をしているだろう。

 先ほどだって、恐ろしい数の妖精が男爵領に押し寄せてきたのだ。それを普通に受け止められる人は普通ではない。

 セイラのことを思い出す。どんどんと普通ではないことに、セイラは恐怖した。その普通ではない出来事に、対処する力がないこともある。経験だ。

 わたくしは、帝国では普通ではない扱いをされていた。普通の経験がない。だから、こういう出来事も、経験がないので、受け入れてしまう。しかも、当事者だ。受け入れるしかない。

 だけど、きっと、他人事だ。だって、戦うのはアランだ。わたくしはただ、後ろで守られているだけだ。それよりも、妖精に操られて、だけど、迫害された過去のほうが辛かった。それに比べれば、今は全然、辛くない。むしろ、幸福だ。

 エリカを恐れるアンティ。どういう目にあったのかわからない。エリカはただ、笑っているだけだ。

「アンティは、これからどうなるのですか?」

 見た目は元に戻っている。帝国ではどうなったとしても、妖精憑きの肉体は神聖性が高いので、教会行きとなることもあるという。

 王国では、妖精憑きを見つける儀式自体、失われ、最近、やっと取り入れられたのだ。歴史の浅いため、アンティのような子をどうするか、決められないだろう。

「この妖精憑きの悪事を全て公表して、見せしめにするべきです」

 エリカは皇族のような答えを出す。

「母上、男爵領では、それが許されない」

 しかし、アランはそれを拒否する。男爵領では、アンティを悪う扱えない理由があるようだ。

 アランはわざわざ鉄格子の向こうに行く。アンティはアランを恐れて逃げるが、閉じられた空間なので、隅に追いやられる。怯えるアンティの顔をアランは無理矢理つかむ。

「アンティ、お前は見た目だけは、元に戻った。しかし、妖精の呪いというものは、簡単に取り除けないものなんだ。今でも、目に見えない妖精の呪いに縛られて生きている者たちがいる。このまま、野に放ったとしても、お前はさらに不幸になるだろう。それが、妖精の呪いだ」

「お前のせいで、そうなったのよ!! どうにかしなさいよ!!!」

「そう言うお前はどれだけの人に妖精をけしかけた? 神の使いと呼ばれる妖精を悪用したお前は、すっかり格を落とし、妖精も見捨てた」

「う、ううっ」

 妖精憑きの力が健在であれば、アランは今頃、傷だらけである。だけど、アンティがどれほど願ったりしても、アランは無傷だ。それが、答えだ。

 泣いているアンティを乱暴に離して、アランは外に出てきた。

「私は優しいだろう。かの最低最悪の魔法使いと呼ばれたハガルはな、密偵の両手両足を切り裂いて捕らえ、証言をとったという。ハガルに敵対した者は全て、五体無事ではなかった。帝国の敵は全て消し炭なのが口癖だ」

 想像したのだろう。アランがそういうということは、アランはアンティの両手両足を切り裂けるのだ。

「どうするのですか? 生かしておくにしても、エサがかかります。貧乏男爵なのですよ。こういう無駄飯食らいを抱えるほど、裕福ではないのですよ」

 エリカはアランがどうにかしようとするのを不満そうにいう。さすが、帝国の皇族の血筋である。わたくしよりも皇族だ。

「ここの使用人の下につけましょう。男爵領から逃げることは不可能だ。ラキスに近づいたら、今度こそ容赦なく、両手両足を切り裂いてやる」

 地下牢の鍵は開けられたままとなった。だけど、アンティは恐怖で動けない。動いたら、両手両足がなくなる、なんて勘違いしているのだろう。

 わたくしはアンティから距離をとる。アランはもう、アンティのことは興味がない。エリカもだ。さっさと二人は地下牢から出ていく。

 ポー殿下は、アンティのことを見下ろす。

「ごめん、ラキスは上に行ってもらっていいかな。間違いが起こったら、今度こそ、アンティは無事ではないから」

「そうですね」

 アランは確かに、そう言っていた。わたくしは仕方なく、ポー殿下を置いて、地下牢を出た。

 地下牢の出口にはアランが待っていた。もう、アンティにつける使用人が決まっているようで、一人の女性が立っていた。年頃が、わたくしたちに近い感じだ。

「さて、王族教育と皇族教育、どちらで動くかな?」

 アランは楽しそうに笑って、とんでもないことをいう。

「ポー殿下に、何をさせようとしているのですか!?」

「ポーはシャデランの跡を継いで、暗部の統括になることが決まっている。しかし、ポーはまだまだ甘いところがある。アンティは本来、ポーの手で処分しなければならない。妖精憑きの失敗は、決して、表に出してはいけないんだ」

「どうしてですか? エリカは、表沙汰にするべき、と話していましたよね」

「帝国ではそうだ。だが、王国ではまだ、そういう段階ではないんだ。本来は、成長途中の失敗作となった妖精憑きどもに現実を見せつける秘密裡の道具として使われるべきことだ。そうして、処分だ」

「帝国でも、魔法使いが公開処刑されることはあります」

「帝国では、妖精憑きは本来、帝国のものとなる。ところが、野良の妖精憑きというものは存在するんだ。帝国は広いからな、全ての妖精憑きを見つけられないことがある。そういう妖精憑きは、だいたい、貴族が隠し持つことがほとんどだ。そうして、放置しておくと、面白いことが起こる。貴族が隠し持つ妖精憑きがどんどんと弱体化していくんだ。結果、妖精憑きの格が落ちる。どうしてだと思う?」

「悪事を、働く、から?」

「そうだ。帝国の物だといわれる妖精憑きは、大なり小なり善行を働く。その善行で一番といわれるのが、聖域にたまった穢れの浄化だ。隠し持たれた妖精憑きは善行をしない。妖精は神の使いだ。それを生まれ持つ妖精憑きは、神の価値観に縛られる。善行をした働き者には褒美を与えられ、悪行ばかりする怠け者は格を落とされる。

 妖精憑きの善行の仕組みが表沙汰にされてしまうと、貴族に隠し持たれた妖精憑きだって、聖域の穢れの浄化をして、格を上げられてしまう。だったら、裏事情は一部の者だけが知って、あとは放置しておけばいい。そして、悪行ばかりの妖精憑きは格を落として処刑される、という見せしめに使われる」

「何故、それをアランは知っているのですか?」

「忘れたのか。我が家は愛に生きた皇女アリエッタの子孫だ。アリエッタは、焚書した本を偽物にすり替え、地下に隠した。その全てを私は読んでいる」

 すっかり忘れていた。アランは、何でも知っているように話すので、勘違いする。

「王国は、妖精憑きを育て始めたばかりだ。失敗作が出ることは、王国の傷となる。それに、信仰の上で、妖精憑きは尊ぶものだ。その信仰が崩されることは、教会も望まないことだ。そこは、お互い、大事な関係だ。帝国のようなことは、まだ出来ない」

「では、ポー殿下には何を望んでいるのですか? 男爵領で受け入れると、あなたは言いました」

「………」

 アランはただ、笑っているだけだ。

 しばらくして、憔悴した顔をしたポー殿下が出てきた。

 ポー殿下は、アンティの指導をする使用人がアランの隣りに立っているのを見て、苦笑する。

「酷いな、お前。僕には処分しろ、と言っておいて、逃げ道を準備するなんて」

「王族も皇族も変わらない。王国民も貴族も平民も妖精憑きも皆、王族の手足だ」

「アンティは連れて帰る。もう、男爵領では利用価値がないだろう」

「高位妖精の位置表示としての役割は終わった。用無しだ」

「本当に、酷いな、お前」

「道具を使えば、あの荷物は一瞬で持って行けるぞ」

 アランは魔道具をポーに差し出す。

 ポーは怒りで一瞬、顔を歪めた。それでも、表情を殺し、アランから道具を受け取った。

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