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皇族姫  作者: 春香秋灯
影皇帝の皇族姫-貴族の中の皇族姫-
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影皇帝

 ハイムントがいなくなって翌日、わたくしが執事と二人で行動しているのに、叔父アブサムが気づいて、声をかけてきた。

「あの生意気な男は、とうとう、解雇したのか」

「ご家族に何かあったそうですよ。人として、お休みをあげるのは、普通です」

「ふん、二度と戻ってこなければいいがな」

「………」

 それについては同意できないので、わたくしは黙り込むしかない。

 ハイムントは何かと実地で問題解決の能力を見ようと、わたくしに投げ出してくる。でも、領地経営で色々と苦労していたわたくしには、その問題解決は片手間だ。むしろ、人の暴力のほうが恐ろしい。

 これまで、ハイムントがそれとなく守ってくれていたから、この叔父からちょっとした暴力だけで終わったが、ハイムントがいなくなって、どうなるかわからない。

 誤魔化せばよかった、なんて後悔するが、遅かった。アブサムは、ハイムントがいないとわかると、横柄な態度をとってくる。

「貴様のせいで、サラスティーナと侯爵家の婚約が破断となってしまった。どうしてくれる!?」

「むやみやたらと物を壊すように育てたアブサムのせいでしょう。きちんと物は大事、と今からでも教えたらどうですか」

「わざと壊したわけではないだろう!!」

「手切れ金がわりに、侯爵家に弁償してもらったのですよね。きちんと、お礼はしたのですか? 貴族同士の繋がりって、そういう小さいことが大事なんですよ」

「煩い!!」

 すぐに頭に血が上るアブサムは、わたくしの体を押した。場所が良かったので、尻もちつく程度ですんだが、痛いものは痛い。

「ラスティ様!? アブサム様、皇族になんてことをするのですか!!」

「皇族以前に姪だ。親のいない姪を親に代わってしつけてやっただけだ。私がやらなくて、誰がやる?」

「このことは、ハイムント様に報告しますからね!!」

「貴様も随分と生意気な口をきくようになったな」

「やめてください!!」

 高齢な執事に手をあげようとする。それには、わたくしは体で持って止める。そうすると、使用人たちが集まって、アブサムを止めてくれる。

 アブサムはわかっていない。侯爵家との縁談が消えたので、子爵付の使用人は侯爵家に戻ったのだ。だから、今いる使用人たちは、全て、皇族所有の使用人だ。

「たかが使用人の分際で、触るな!!」

「あなたが暴力を振るった執事は、皇族が雇った執事です。帝国の所有物ですよ!!」

「そんなこと、この子爵領では通じないんだよ!!」

 アブサムはニヤリと笑って叫ぶ。途端、窓を突き破って、怪しい男たちが屋敷に侵入してきた。

 もう、一瞬の出来事だった。侵入者たちは、わたくしだけを攫って逃げたのだ。子爵家には、戦える者は誰もいなかったので、本当にあっという間の出来事だった。

「や、離して!!」

「大人しくしろ」

 短剣を首につきつけられて、わたくしは黙り込むしなかった。武器を突き付けられたのは、これが初めてのことだった。

 そうして、わたくしは知らぬ集団に誘拐された。





 ずた袋のようなもの入れられ、随分と長いこと、あちこち動かされた。扱いも酷い。そこら辺の荷物と同じだ。

 そうして、随分と長いこと連れまわされ、わたくしは大人しく寝た。寝るしかない。どうせ、暴れたって、解放されない。

 それよりも、屋敷のことが心配だ。使用人たちは無事だろうか? アブサムとサラスティーナのことはどうだっていいけど、使用人たちに怪我一つないか、心配でならない。

 そうして、しばらく大人しくしていると、やっと、ずた袋から解放される。と言っても、わたくしの両手両足は縄で拘束されたままだ。

 そこは、薄暗い闇に覆われた建物の中だった。月の光りが上手に注がれているので、ちょっと目が慣れれば、人がいるかどうか程度はわかる。

 わたくしはずた袋から出され、芋虫のように汚れた床に転がる。

「下っ端どもはどうした」

 全身黒づくめの男が玉座のような椅子に座って、両側に立つ二人の男に聞く。

「ご命令通り、生きたまま、捕らえてあります」

「契約書も、この通り、回収しました」

「とんだことをしてくれたな。よりにもよって、皇族を誘拐するとはな」

 椅子に座っていた男は、立ち上がり、わたくしの側まで歩いてくる。

「本当に皇族なのですか?」

「とてもそうは見えませんが」

 後から来た男二人は、わたくしをしげしげと見下ろす。

「賢者ハガル様の妖精が付いている。やばい、父上に叱られる。せっかく、いい子だと誉められたばかりだというのに」

 この偉そうな男がわたくしの前で頭を抱えてしゃがみこむ。わたくしは、目の前にある男の顔を見て、息をのむ。

 男とか、女とかを越えた、物凄い美しい男だ。一目見て、心を奪われる美しさに、わたくしは呼吸を忘れてしまう。

 美しい男は、しばらく落ち込むも、わたくしがまだ拘束されたままなのに気づき、片手で縄をほどいてくれた。

「あの、ありがとう、ございます」

「いや、私の監督不行き届きでこうなってしまった。申し訳ない」

「あの、あなたは?」

 美しい男は、わたくしを起こして、両手両足の縄の痕がついたのを見て、悲し気な顔をする。

「私は、海側の貧民街を統治する組織のボスだ。一応、影皇帝と名乗っている。傷がついてしまったな。女性に傷をつけるなど、父上にまた叱られる」

「若、大丈夫ですよ。妖精の力で治せば」

「そうそう、治してしまえば、解決です」

「父上はそんな甘い方ではない!! とりあえず、治そう」

 そう言って、影皇帝がわたくしの両手両足に手をあてると、すっと痛みが消えた。見れば、縄の痕も綺麗になくなっていた。

「え、妖精憑きなの!?」

「違う。私は、妖精の力を借りれるだけだ。妖精憑きではない。さて、客人に茶と菓子を用意しろ。私は、父上に報告してくる」

「若、大丈夫ですよ」

「ちょっと優しく注意されるだけですから」

 影皇帝は、皇帝がつくくせに、父親を物凄く恐れているようだ。二人の男は影皇帝を力づけるのだが、影皇帝はふらふらと歩いていなくなる。

 それから、二人の男にテーブルを進められ、茶と菓子を出される。出された菓子に、わたくしは驚く。

「こちら、普通に売っているのですか?」

「いえ、若の父上が持ってきたものですよ。食べたことがありますか?」

「ええ、よく、食べています」

 わたくしが皇族になってからずっと、この菓子を食べていた。甘すぎない菓子をわたくしはとても気に入っていた。味も同じだ。

「あの、賢者ハガルとは、どういったお知り合いですか?」

 この甘さ控えめの菓子から、影皇帝と賢者ハガルが繋がっていることがわかった。

「そこのところは、若に聞いてください。我々からはどこまで話していいか、判断がつきません」

「我々は、影皇帝の下僕です。主の考えに従うのみです」

「そうですか。わかりました」

 危害を加えられる心配がない様子なので、わたくしは影皇帝を待つしかなかった。

 一目見て、心奪われる美しさを持つ影皇帝。皇帝というには、いささか、情けない姿を見てしまったが、きっと、本来は皇帝のような威厳のある人なのだろう。

 しばらくして、影皇帝が戻ってきた。もう、立ち直ったようだ。あの情けなさがない。

「見苦しい姿を見せてしまったな」

「いえ。わたくしも、芋虫みたいでしたから、お互い様です」

「皇族の姫君に、そう言ってもらえると、助かる。

 まずは、現状を説明しよう」

 そう言って、影皇帝は一枚の契約書を机の上に置く。そこには、まあ、簡単にいうと、わたくしを誘拐する依頼文が書かれていた。依頼主は、名前が書かれているが、偽名か代理人だろう。

「こちらを見てわかる通り、私の末端は、お前を皇族と知らず、契約を交わしてしまった。皇族は本来ならば、城にいるから、一貴族の邸宅にいるとは思ってもいなかったのだろうが、言い訳でしかない。私の不在時に結ばれた契約だとはいえ、契約は契約だ。私が責任をとろう」

「いえ、無事に帰してもらえれば、大丈夫ですよ。ここのことは、言いません」

「そういうわけにはいかなくなった。お前を誘拐したことで、帝国が動いた。今、この貧民街に帝国の騎士や魔法使いが向かっている」

「どうして!?」

 とんでもない大事に、わたくしは驚くしかない。たかが、一皇族といえども、元は一貴族だ。そこに、帝国が軍を動かすとは思ってもいなかった。せいぜい、民兵くらいだろう。

「お前の叔父が、帝国に訴えたそうだ。身代金まで要求があったという。その金額を支払ったというのに、戻ってこないという。帝国に告げ口したわけだ。仕事が早いな」

「………何か、知っているのですか?」

 影皇帝は、わたくしの知らない何かを知っているようだ。言葉の端々にそういうものが見え隠れする。

「貧民街の違法組織では、必ず、皇族に逆らわない契約を施すこととなっている。今回の契約では、その、皇族、という情報が隠されて結ばれた。結果、制約に引っかからなかったわけだ」

「そうですね。そういう契約ですね」

「仕事を持ちかけられる前に、まず、説明することとなっている。皇族関係の仕事は絶対に受けない、と。だから、ただのラスティとして、契約したのだろう。お前が皇族であるとは、誰も思っていなかったから、成功したわけだ。だが、その先の身代金の話まで進んでいない。お前が皇族であることを私が気づいて、その前に止めたからだ。

 なのに、身代金の話が皇帝まで届いている」

「………身代金を叔父が支払うはずがない。だって、払えませんもの」

 余剰金を使い切り、領地の税収も減った。わたくしのために身代金を払うなら、借金するしかないが、それは出来ない。だったら、帝国に支払ってもらうように話を持っていくはずだ。

「狂言誘拐ですね。どこまでも、最低な男ね」

 叔父は払っていない身代金を帝国から奪う気だ。ついでに、わたくしを誘拐した者たちを帝国の軍や魔法使いに抹殺させるのだろう。

 契約書は偽名か代理人だ。叔父の身元まではわからないようになっている。貧民の証言など、誰も信じない。

「わたくしが前に立ちます。正直に話します!」

「叔父の罪は暴けないぞ」

「まずは、無実の者たちを救うことです。この貧民街の住人は、悪い事をしていますが、わたくしを皇族と知らなかったことで起こってしまった事故です。貧民といっても、一帝国民です。そこは、差別してはいけません」

「………さすが、姫君」

 影皇帝は、わたくしの側に跪くと、わたくしの手をとり、口付けする。この美しい男にこんなことをされて、冷静でいられるはずがない。しかも、蕩けるような笑顔を向けてくるのだ。

「あ、あの、は、離れて、ください!」

「何故ですか? 私が嫌いですか?」

「それは、その、好きとか嫌い、以前に、知らない人、ですし」

「………確かに、そうですね」

 それでも、甘い笑みを向けてくる闇皇帝。

 そうしていると、建物の外が騒がしくなる。影皇帝は二人の男を引き連れ歩き出す。わたくしは、慌てて、後をついていく。

 最初は、影皇帝と二人の男だけだった。それが、建物の中の男も女も集まり、建物の外に出れば、帝国の騎士や兵士、魔法使いを覆い囲むほどの大人数となっていた。

「ラスティ、無事だったか!!」

 笑顔でいう叔父アブサム。よくもまあ、そんなことを言えるな。絶対にこの男を爵位返上にまで追い込んでやる。

「影皇帝、とうとう、皇族に手を出したな!」

 魔法使いが前に出て、影皇帝に指をつきつける。この二人、顔見知りなんだ。

 影皇帝はその美貌を最大限に利用するよに艶やかに笑う。

「私の不在時に起こってしまったことだ。だから、詫びだ」

 影皇帝が手を上げると、いくつかの樽が帝国軍の前に運び込まれる。そして、一斉に樽の中身をぶちまけた。

「ひっ!?」

 バラバラになった人だ。たぶん、樽一つに一人分なんだろう。わたくしを誘拐した時に襲ってきた人数と樽の数が同じだ。

 あまりの光景に、わたくしはよろける。それを影皇帝が後ろから支えた。

「あなたの目を塞ぐのを忘れていました」

 耳元で甘くささやかれると、気分の悪さも吹っ飛ぶ。それほどの威力を持っていた。

「ライオネル様には、後日、お詫びの品を持っていく」

「身代金はどうした!?」

「受け取っていないと言っていたぞ。それ以前に、私の仕事が早すぎて、身代金要求すらしていない、と」

「この死体の山で、どう証明するというのだ!? 生きた証人を出せ!!」

「生きていればいいのか」

 そう言って、影皇帝は先ほど、わたくしに見せた契約書を帝国軍に見せる。

「これは、妖精を使った契約だ。この契約で、契約違反なことがあった場合、妖精の復讐が起こることとなっている。まず、偽名を使うことは許されない。代理人もそうだ。そのことが先に明記されている。そして、皇族関係もまた、絶対に許されないことだ。それは、今回の契約には書かれていないが、私の末端が触れたため、ああなった」

 ぞっとする。皇族に手を出したために、この誘拐した者たちは、バラバラになったのだ。妖精を使った契約の恐ろしさに、わたくしは身を震わせる。

 影皇帝は、叔父に向かって嫣然と微笑む。帝国軍だけではない。叔父だって、影皇帝に一瞬で魅了される。それほどの美しさと美声だ。

「これを破ると、契約違反をした者に妖精が復讐することとなっている。そういう契約だ。さて、どうなるかな?」

 鮮やかな手つきで、影皇帝は契約書を真っ二つに破った。

「ぎゃーーーーーーーーー!!!!」

 途端、叔父が腕を抱えて苦しみだした。見れば、手の先から形がおかしくなっている。

「おやおや、妖精に復讐されたか。嘘はよくない、嘘は」

「アブサム殿、皇族の誘拐を依頼したのか!?」

「し、知らない!!」

 苦痛に悶絶しながらも否定するアブサム。しかし、魔法使いの目は誤魔化せない。なにせ、妖精憑きなのだから、アブサムが妖精に復讐されているのは、見えるのだろう。

「その男は、姫君の身内というが、本当か?」

 影皇帝は、さらに不穏な話を突き付ける。

「どう見ても、繋がっていないだろう。どうせ、貴族でよくある、不貞の子なんだろうな」

「黙れっ!? 貴様のような下賤の者に、何がわかるというんだ!!」

 騎士たちに拘束される叔父は影皇帝に噛みつく。痛みやら怒りやらで、自暴自棄になると、人とは、とんでもない力を発揮するものだ。

「私の父は偉大な方だ。私が妖精憑きの力欲しい、と願ったら、五歳の誕生日に妖精憑きの力を与えてくれた」

 そういうと、影皇帝の片目だけおかしな色に染まる。

「貴様の父親は、狂っているな。我が子に妖精の目を与えるなど」

 魔法使いは、影皇帝の目を見て、苦々しく吐き捨てる。

「あの、あなたは、妖精憑きではないって」

「片目を抉って、妖精の目という魔道具をつけたのだよ。才能がなければ、廃人となるという魔道具だ。父上は私に特別製の妖精の目を作って与えてくれた。これは、私のみが使える妖精の目だ。お陰で、嘘が暴ける。私の前では、どの妖精も嘘はつかない。皆、正直者だ。なにせ、この顔が気に入っているそうだ」

 誰もが魅了される美貌を指さす影皇帝。なるほど、妖精の美的感覚は、人と同じか。

「気の毒に、お前が娘と思っているそれも、お前とはかけらほども血が繋がっていないそうだ」

「う、嘘だ!!」

 しかし、そのことはちょっと疑っていたようだ。アブサムは抵抗する力を失った。

 どんどんとさらけ出される真実に、わたくしも呆然となる。叔父だと思っていた男は、実は叔父ではなかった。ついでに、従妹も従妹ではなかったという。

 子爵家の血筋をしっかり受け継いでいる者は、わたくしだけだった。

「姫君、疑うならば、賢者ハガル様に確かめてみるといい。ハガル様がいうことは、絶対だ。あの方には、妖精は嘘をつかない」

「あなたにも、妖精は嘘をつかないのですよね」

「私のような貧民よりも、賢者のいうことのほうが、確かだろう」

「いえ、信じます。あと、助けてくださって、ありがとうございました」

「姫君、私のように悪い男には気をつけなさい」

「皇族には絶対服従なんでしょう。だったら、わたくしだけは大丈夫です」

「………よく出来ました」

 穏やかに笑う影皇帝。その顔は、誰かに似ているような気がする。

「ラスティ様、さあ、城に行きましょう!」

 魔法使いがわたくしの手を引っ張った。わたくしはもう一度、あの美しい男を見ようと振り返れば、もう、どこにもいなくなっていた。





 城に行けば、全ての真実は賢者ハガルの元に証明された。

 誘拐を主導したのは、叔父アブサムだった。

 叔父アブサムは子爵家の者ではなかった。

 叔父アブサムの娘サラスティーナは、アブサムの娘ではなかった。

 その真実に、サラスティーナは恐ろしい顔でわたくしに掴みかかってきた。

「お前が嘘をつかせたのよ!? わたくしのこの美しさを妬んだのでしょう!!」

 もちろん、騎士たちがサラスティーナを捕らえるので、わたくしは無事だ。わたくしの足元に羽交い絞めされるサラスティーナは、美しい顔を醜く豹変させた。

「ちょっと前まで、わたくしたちの奴隷だったくせに!!」

「身の程を越えることをずっとしてきて、何を言っているのですか。領地を食いつぶして、借金までして、どこに貴族としての誇りがあるというのですか。でも、貴族でないのなら、仕方がありませんね。今日から、あなたは他人です。平民にもなれません。だって、あなたはどこの誰なのか、わかりませんから」

「わたくしが次期子爵よ!!」

「あなたは貧民です。爵位は返上し、きちんとした領主を皇帝陛下にお願いします。今度は、身の程をわきまえた領地経営が出来る方をお願いします」

「ラスティいいいいいいいいいーーーーーーー!!!」

 醜く歪んだ顔でわたくしの名を叫ぶサラスティーナ。それを見れば、誰もが百年の恋からも目が醒めるというものだ。

 実際、サラスティーナに味方となろうとやってきた貴族子息たちは、そそくさと逃げていった。次期子爵ではないし、貧民となることをわたくしが宣言してしまったので、誰もサラスティーナに手を差し伸べない。

 こうして、アブサムとサラスティーナは牢へと連れて行かれ、やっと、静かになった。残るのは、賢者ハガルとわたくしだ。

「ラスティ様、聞いていますよ。とても優秀だと」

「ハイムントからですか。もう、大袈裟です。ハイムントの真似をしているだけですよ」

「そのハイムントが、とうとう、男爵位の拝命を受け入れ、元子爵領の領主となることが決まりました」

「貴族となるのですか!? それでは、わたくしの教育係りは別の誰かですね」

「いえいえ、あなたの教育係りは続けていきます。ハイムントはとても優秀な男ですが、これまで、貴族位の拝命を断り続けていました。今回の拝命も、条件付きで受け入れたのですよ」

「そうなのですか」

 話しているとわかる。ハイムントはとても優秀だ。アブサムの横暴にも、ハイムントは斜め上であしらっていた。皇帝陛下としても、ハイムントを貴族にしたかったのだろう。

 どういう心変わりがあったのかわからないが、領地に戻ったらお祝いをしよう、なんて考えた。

「ラスティ様が城に入るまでは、随分と時間があります。ハイムントに領地経営について、色々と教えてやってください」

「いえいえ、教えてもらうのは、わたくしですよ」

 まだ、皇族教育は完全には終了していない。





 領地に戻れば、貴族となったハイムントが出迎えてくれた。

「僕がいない時に、大変なことになりましたね」

「皇族だから、助かりました。ほら、怪我もありません」

 ハイムントは、わたくしの手を握って、じっと手首を見てくる。何故か、動悸が激しくなる。

「ハ、ハイムント、男爵に、なったんですって、ね」

 わたくしは顔が真っ赤になるのは止められない上、声まで上ずってしまう。

 ハイムントは、わたくしの両腕に怪我がないことを満足げに笑って確認してから、やっと離してくれた。

「ラスティ様の教育係りとして、貴族でないことを随分と悪くいわれましたから、受けただけですよ。別に、貴族位には興味がない」

「でも、ハガルがいうには、随分と前から貴族位の話があっても、断っていたそうではないですか」

「………僕の母は、何代か前は貴族だったそうです。戦争で武勲を上げる実力の持ち主でした。それも、大魔法使いアラリーラによって、戦争が永遠になくなり、不必要な武力となりました。武力しかない一家門でしたから、貴族の政争に負けて、あっという間に平民に落ちたそうです。そういう武力のみの貴族や騎士、兵士はたくさんいたといいます。母の先祖は、そういう武力のみの者たちを受け入れる組織を作ったそうです。別に、貴族に返り咲きたいとは、母も思っていませんでした。ただ、そういう生き方しか出来ない者たちを受け入れる受け皿になりたい、と言っていました。

 ですが、もうそろそろ、違う生き方に切り替える時代となったのでしょう。だから、僕は貴族位を拝命しました」

 嫣然と微笑むハイムント。

 今更ながら、ハイムントの顔はどういったものだったか、わたくしは知らない。見ているようで見ていなかったのだ。

 だけど、今、この瞬間、ハイムントの顔がはっきりと見えた。

 それは、貧民街で見た影皇帝だ。

「私の皇族姫、何があっても、私がお守りいたします」

 呆然としているわたくしの前に跪き、影皇帝はわたくしの足から靴を脱がして、直接、口付けした。

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