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皇族姫  作者: 春香秋灯
敵国の皇族姫-追放された皇族姫の子孫-
352/353

二度目の襲撃

「明日には、撤退となります。やっと、ナターシャ様を城に囲えます」

 満面、笑顔でいう筆頭魔法使いメゾード。言い方が、少し、引っかかるけど、生国から離れられると聞いて、わたくしは嬉しくなる。

「あの男のせいで、随分と遅くなったな」

「死ねば、それはそれで、役に立ったというのにな」

 皇族たちは、兄メゾードがケガをしたせいで、と遠まわしに責めてきた。わたくしは、つい、皇族たちを睨んだ。

「なんだ、捕虜の分際で、我々に盾突くのか」

「兄さまに手を出したくせに!!」

「捕虜なんだから、そう扱うのは当然だろう。本来であれば、貴様も、我々の慰み者になるはずだったんだ」

「そういうことをいうから、野蛮な国、なんていわれてしまうのよ!!」

「我々にとっては、敵国こそ、野蛮な国だがな」

「同じ土俵で争うんじゃない。野蛮といわれても、聞き流せばいいんだ」

 わたくしと敵視してくる皇族の間に皇族エンリートが割って入った。

「元貴族の分際で」

「そういうことをいうから、メゾードに認めてもらえないんだ」

「どこで、教育を間違えたのやら」

 エンリートの傍には筆頭魔法使いメゾードがいた。呆れたように、皇族たちを見返した。

「貴族出の皇族であるエンリート様のほうが、皇帝の資質があるということは、皇族教育を見直す段階になった、ということですね」

「私にだって、皇帝の教育を受けさせてくれれば」

「エンリート様は、それ以前に、しっかりと資質を見せてくれました。だいたい、エンリート様には、皇帝の教育は施していません」

「皇族教育だって、まだ、途中のこいつを皇帝に押すのか!?」

「皇族教育は終わっていますよ。終わったというと、面倒なこととなるので、教師たちを口止めしているだけです。戦争にも参加しましたし、皇帝となる資格は十分です」

 筆頭魔法使いメゾードは、皇族エンリートしか見ていない。同じ戦争に参加した皇族たちのことをメゾードは有象無象を見ている。

 有象無象扱いされて、皇族ムシュラムは我慢ならない。すぐに、エンリートに手を出す。

 エンリートも迎え撃とうと構えるが、そこに、兄ネイドが割り込んだ。

「僕のせいで、撤退が遅れたというが、お前たちが無駄に争っていては、さらに撤退が遅れるぞ。そういう子どもの喧嘩は、城に戻ってからしろ」

「なんだと!?」

「周囲を見てみろ。皇族同士の言い争いは、子どもの喧嘩のように見られているぞ。私としては、もっと、立派な姿を見せてほしいな。尊敬出来ない者どもを見ていると、殺したくなる」

「やってみろ!!」

「もう、やめたください!! わたくしが悪いかったです!!!」

 元は、わたくしが口答えしたことから始まった。わたくしは、面倒くさくなって、兄ネイドの腕をとって、皇族たちから離れた。

「わかっているじゃないか」

「移動の準備をしましょう。騎士たち、兵士たちは、家に帰りたいでしょう」

「貴様も、敵国に帰っていいぞ」

「帰る家はありません」

「生まれ育ちが卑しいと、帰る家すら失うのだな」

 もう、わたくしは口答えをやめた。これ以上、この男たちと話しても無駄だ。だって、同じことの繰り返しだ。先に進めない上、とても疲れる。

 わたくしがさっさと下がれば、皇族たちは満足して、さっさと撤退するために、指示を叫んだ。その指示も、もう終わったものばかりだ。

「さすが、ナターシャ様は、悟るのが早いですね」

「そういう人たちと接して、学びました。適当におだてておけば、事は円滑に進むものです」

「………」

 筆頭魔法使いメゾードは苦笑して、それ以上、何も言わなかった。会話を楽しんでいる場合ではない、とメゾードも気づいている。

 皇族や上位貴族の横槍で、撤退が遅れているのだ。兄ネイドの負傷は関係ない。ネイドの負傷なんて、毒さえ抜けてしまえば動かせるのだ。

 わたくしは、捕虜のようなもので、身に着ける物は筆頭魔法使いメゾードがどこからか出してきたものである。わたくしの私物なんてない。

 生国も酷い。撤退する時、わたくしの私物について、気を利かせた皇族エンリートが訊ねたというのに、無視だ。生国側を見れば、まだ、ちらほらと残っている。今後、国境線の監視する者たちと、帝国側が撤退したことを確認するための軍部の者たちだろう。万が一、帝国の気が変わって、侵略を始めたら、大変なこととなるからだ。

「バカみたい」

 わたくしは、生国の妄想を嘲笑った。だって、帝国は生国のことなんて、どうだっていい。戦争を仕掛けてくるから、帝国は強者だと証明するために、受けているだけだ。帝国は、生国のことなんていらないのだ。

 そういう話をわたくしは、皇族教育の入口として、皇族エンリートから聞いた。エンリートは、とても頭が良く、物の見方が平等だ。帝国のこと、皇族のこと、何も知らないわたくしをバカにすることなく、同じ目線に立つように導いてくれる。

 こんなふうにされたら、確かに、エンリートに絆されてしまいそうだ。

 村を出て、初めて、わたくしのことをただの人として見て、優しく接してくれた異性は、皇族エンリートが初めてだ。

 いかんいかん。このままでは、筆頭魔法使いメゾードの思い通りとなってしまう。わたくしは、生涯、独り身を貫くつもりだ。

 兄ネイドと二人で生きて、そして、死ねれば、それでいい。








 撤退の準備が終わっても、すぐ撤退というわけではない。終わったのが空も真っ暗となってからなので、一晩、野宿となった。国境線の監視塔は、皇族の宿泊施設となった。

「ナターシャ様は、ここでは唯一の女性ですので、個室です」

「なんだと!! こいつは捕虜だぞ!!!」

「はいはい、僕と一緒の部屋で休もうね」

「なんで貴族の貴様と」

「私も一緒ですよ」

「仕方がない」

 一番、口うるさい皇族ムシュラムは、皇族エンリートと筆頭魔法使いメゾードが二人がかりで黙らせた。

「久しぶりに、一緒に眠ろう」

「うん」

 そして、当然のように兄ネイドはわたくしと同じ部屋で就寝となった。言い出してもらってよかった。ネイドを一人にしてはいけない。また、どこかの男のベッドにネイドが行ってしまう。

 部屋割りはわたくし以外は、勝手にされた。部屋数は限られているのだから、同室に男が四人五人、休むこととなる。

 わたくしは、ネイドにぎゅっと抱きついた。

「まだまだ、子どもだな」

「朝まで一緒にいてね」

「………」

「兄さま、約束して」

「………わかったわかった」

 危ない危ない。こんな場所で兄ネイドを好き勝手させちゃいけない。いかがわしいことが、どこかの部屋で起きちゃうよ。








 深夜だと思う。窓から差し込む光は星の瞬きだけなので、部屋の中は真っ暗だ。気持ち悪さを感じて、わたくしは目を覚ました。

 目の前に、兄じゃない男が圧し掛かっていた。

「ひっ!!」

 悲鳴をあげるよりも先に、わたくしの口が塞がれた。どうにか暴れるが、わたくしの上に圧し掛かっているのは、男一人だが、わたくしの後ろにも誰かいて、体を使って、拘束された。

 前も後ろも、気持ち悪くて、わたくしの肌は粟立った。見なくてもわかる。鳥肌がたっている。

「ちっとも育ってないじゃないか」

 臭い息を吐き出しながら、嫌味をいう男。

「玩具の分際で、随分といい扱いを受けてるじゃないか」

 後ろで拘束する男は、わたくしの髪を乱暴につかんで引っ張った。

 わたくしはどうにか目を動かして、兄ネイドを探した。眠る時は、すぐ側にいた。

 暗闇に馴れてくると、真っ暗な部屋の中の様子が見えるようになった。

「ぐっ」

 動きが鈍くなった兄ネイドが、ベッドから離れた場所で倒れていた。どうにか動こうと這いずっているが、その動きは鈍い。

「ネイド、後で可愛がってやる」

 暗闇に馴れてくると、目の前の男が誰かわかった。

 元侯爵の息子キセルードだ。戦争を反対した侯爵は、兄ネイドの裏切りにより、爵位を落とすこととなったあげく、死んだと聞いている。キセルードは、爵位を受け継ぐ前に、強制的に戦地に送られたのだ。

 そう、兄ネイドが話していた。ネイドは、政略とはいえ、わたくしとキセルードの婚約を許せなかった。だから、ネイドは軍部の上層部を篭絡し、キセルードを強制出征させたのだ。

 ということは、後ろでわたくしを拘束している男は、子爵の子レゾナンスだろう。わたくしを玩具なんていう男は、レゾナンスしかいない。

 子爵家もまた、兄ネイドの怒りにより、立場を落とした。社交の場では、散々、醜聞を囁かれたという。兄ネイドが、わが身にされたことを暴露したのだ。子爵夫婦の爛れた私生活は、あっという間に国中に面白おかしく語られた。そのため、レゾナンスはどこに行っても色眼鏡で見られるようになったのだ。

 子爵家は、あらゆる事がうまくいかず、爵位を維持するだけでいっぱいいっぱいとなった。レゾナンスは戦争で功績をあげるために、戦争に出征したという話だ。

 よりによって、わたくしに因縁深い二人の男が手をとりあって、帝国に侵入したのだ。

 わたくしは、わたくしの口を塞ぐ臭い手を噛んでやる。

「このっ、痛いじゃないか!!」

 子爵の子レゾナンスは、ちょっとした痛みだというのに、わたくしの口から手を離してしまう。

「あなたたち、バカなことはやめて、さっさと国に帰りなさい!!」

「お前を連れて帰れば、褒賞が得られる」

「帝国でも、お前は嫌われているな。わざわざ、協力してくれた」

「だったら、さっさと連れて行けばいい」

 こんな気持ち悪いことをしている場合じゃないだろう。わたくしは呆れた。わたくしが目を覚ました時点で、失策だ。

「このまま、女としての喜びを知らないまま、死なせるのも可哀想だろう」

「お前は俺の玩具だ。俺には、お前の体を好き勝手する権利がある」

「………」

 生まれ育ちは立派だが、男二人は、バカだ。わたくしは、無駄な抵抗はやめた。時間稼ぎすればいい。

「だったら、好きにすればいい」

「やはり、興味があるんだな」

「娼夫の妹は、娼婦か」

 兄ネイドのことを悪く言われて、わたくしは怒りで頭に血が上るが、ぐっとこらえた。

 乱暴に服を脱がされながら、わたくしは隙を伺った。素肌が触れると、気持ち悪くて、抵抗しそうだ。

「や、やめ、ろぉ」

 とうとう、近くまでやってきた兄ネイドは、ベッドの横に膝たちし、手を伸ばした。

「兄さま、離れぇ」

 言っても、ネイドはわたくし体を弄ぶキセルードとレゾナンスに掴みかかった。

「お前のことは、後で可愛がってやる」

「兄妹、同時に可愛がってやるよ」

「ぼ、僕が、相手に、なろうぅ」

 兄ネイドは、その綺麗な素顔を上げて、嫣然と笑う。その姿に、キセルードも、レゾナンスも生唾を飲み込んだ。ネイドの美貌は、男女問わず、人を狂わせる。

「はやく、してください!!」

「静かにしろ!!」

 わざと声をあげてやれば、短気なレゾナンスがわたくしの頭を殴った。

 途端、ネイドが持つ空気が変わった。

「僕の良心、可愛いナターシャに、よくも」

 這いずるしかなかないネイドは、怒りに震えた。

 突然、突風により、窓という窓、ドアが開け放たれた。ドアの向こうでは、覆面で顔を隠した男たちがいた。

「せっかく協力してやったというのに」

 わたくしのことを殺そうと襲ってきた男の声が響いた。

 ゆらりと、兄ネイドは立ち上がった。

「僕が本気になれば、香の攻略は簡単なことだ」

「たかが妖精憑きが、妖精殺しに勝てると思っているのか?」

「たかが、妖精憑きならばな。僕は、そこらの妖精憑きとは違う。僕は、特別な妖精憑きだ」

 見えない風が、集団のほとんどを吹き飛ばした。建物の外にもいるようで、悲鳴が窓の向こうからあがった。

 残ったのは、たった一人だ。

「妖精殺しに、妖精の魔法は届かない」

「だが、ただの人の攻撃は通じる」

 すぐに、周囲は騒がしくなった。あれほどの怪しい人たちが四方八方に吹っ飛んで行ったのだ。気づかれないはずがない。

 真っ先にやってきたのは、皇族エンリートだ。ただ一人、立っている顔を隠した男に後ろから斬りかかった。

 顔を隠した男は、エンリートの攻撃をかろうじて受け止め、身軽に離れ、開け放たれた窓にもたれかかった。

「その女は、帝国のためにも、殺した方がいいぞ」

「そういうことは、堂々と顔を晒してからいうんだな」

「忠告はした。撤退する!!」

 顔を隠した男が、大きな声を張り上げると、あちこちで、とんでもない爆発音とともに、煙が立ち上った。

「くそっ!!」

「行くぞ!!」

「いやっ!!」

 わたくしの腕をつかんで、無理矢理、引きずっていくキセルードとレゾナンス。抵抗しても、わたくしの体を抱き上げられてしまったら、簡単に連れて行かれてしまう。

 ところが、キセルードとレゾナンスは、見えない何かによって、床に転がることとなる。

 わたくしは、宙に浮いて、兄ネイドの腕の中に抱きしめられた。

「僕の良心を汚い手で触るとは」

「兄さま、体のほうは、無事ですか?」

 這いずって移動していたのだ。怪我をしていると思って、兄ネイドの体に触れる。

「年頃の娘が、男の体を触るんじゃない」

「でも、怪我をしてるんじゃ」

「妖精を狂わせる香を使われたんだ。あれは、ただの人には無味無臭だが、妖精憑きにとっては前後不覚となる物だ。克服するのに、時間がかかった」

「怪我は、してないのですね。良かった」

「さてと、身の程知らずの男どもを尋問だ」

 ネイドは、床に倒れて動けないキセルードとレゾナンスを冷たく見下ろした。







 帝国民は捕虜となった場合、死んだ者扱いとなる。だから、捕虜交換はしないのだ。だが、生国の者たちが捕虜となった場合は、無条件で返すことにしている。

 この、捕虜の扱いを生国の高官たちは悪用したのだ。

 捕虜となった時、帝国の協力者が接触してきたのだ。捕虜となった者たちの名簿を操作したあげく、帝国の兵士の中に、数人の生国民を潜り込ませたのだ。

 そうして、捕虜返還を全て行われたと帝国側は思い込んだ。実際には、帝国の中に、数人の捕虜が、帝国の兵士の衣服を着て、残っていたのだ。

 帝国側の協力者は、妖精を狂わせる香を使って、妖精憑きである筆頭魔法使いメゾードと兄ネイドの動きを封じた。その間に、わたくしの身柄を生国に引き渡す手筈となっていた。

 だが、わたくしに恨みを持つキセルードとレゾナンスが勝手に暴走した。せっかくの機会を恨みを晴らすために、無駄に時間を費やしたのだ。

 捕縛されたキセルードとレゾナンスは、手酷い尋問を受けたのか、ぺらぺらと仲間を売り払った。

「妖精殺しの貴族が誰かまでは知らないとは、役立たずめ」

 だが、肝心の妖精殺しの貴族のことを誰も知らないという。協力者として手を組んだといっても、キセルードとレゾナンスは言われるままに動いただけだった。

 結局、妖精殺しの貴族の身柄を見つけ出せないまま、帝国は元戦場から撤退することとなった。

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