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皇族姫  作者: 春香秋灯
敵国の皇族姫-追放された皇族姫の子孫-
351/353

襲撃

 痛みを覚悟した。一撃で簡単に死ねるとは思っていない。殺される、というのは、とても痛くて、簡単なことではない。

 ところが、わたくしに襲い掛かってきた者たちは、見えない何かに吹き飛ばされた。

「若、筆頭魔法使いの妖精が!!」

「皇族か。厄介だな。僕が出よう」

 そう言って、若い男が向かってきた。この男は、吹き飛ばされることなく、わたくしに手が届くところまでやってきた。

 今度こそ殺される!! そう覚悟を決めて、目を閉じた。

「僕の良心に手を出すとは」

 なのに、動けないはずの兄ネイドが、わたくしと襲ってきた男の間に入っていた。わたくしを抱きしめるようにして盾となり、背中に、剣を受けた。

「兄さま!!」

「妖精憑きだと聞いていたが、これで動けるとは」

 襲ってきた男は舌打ちして、さらに攻撃をしかけてくる。

 わたくしは、兄ネイドと一緒に動いた。このまま、座り込んでいたら、ネイドはわたくしを守るために傷つくばかりだ。

 天幕の柱をいくつか倒して逃げていけば、天幕が崩れた。

「ちぃ!!」

 そうすれば、わたくしを襲いにやってきた者たちは、崩れる天幕から逃げ出した。

 わたくしは、怪我をした兄ネイドを支えて、崩れた天幕から抜け出した。

「敵襲か!!」

 わたくしの天幕が崩れたことで、外では大騒ぎとなっていた。わたくしが使う天幕は、皇族用だという。皇族が襲われたということで、帝国側は臨戦態勢となっていた。休んでいた皇族たちも動き出した。

「なんだ、お前たちが襲われたのか」

 襲撃を受けたのがわたくしと兄ネイドだと知って、皇族ムシュラムは呆れた。

「国を裏切るから、そうなるんだ。おい、持ち場に戻れ」

「そういうわけにはいきません。妖精を狂わせる香が使われています」

 筆頭魔法使いメゾードがそれを許さなかった。

「すぐに、香の使用者を見つけ出してください。これは、由々しき事です」

「敵国の間者が使ったんだろう」

「敵国は、そういう文化を捨てたんです。これまでの戦争で使われたのは、せいぜい、妖精封じの魔道具程度ですよ。妖精を狂わせる香は、妖精殺しの貴族が使う道具です」

「そんな、おとぎ話を」

「妖精殺しは、神が作った一族です。こんな戦場に出てきたということは、何かあるのでしょう」

「狙われたのは、その捕虜だ!!」

「皇族です。皇族を狙うということは、帝国の敵です。敵をそのまま逃すなど、許してはならない!!」

 皇族ムシュラムがどれほど言っても、筆頭魔法使いメゾードが引き下がらない。

「メゾード、兄さまがわたくしを庇って、怪我をしたんです!!」

 わたくしは、怒りに震えるメゾードに訴えた。兄を救いたい一心だった。

「ナターシャ様に怪我はありませんか?」

「兄さまがわたくしを庇って怪我をしたんです!!」

「この程度の傷は、すぐに治ります」

「そんなこと言わないで、治療してください!! ど、毒を塗られていたら」

 最悪なことを想像すると、泣いてしまう。

 筆頭魔法使いメゾードは、指示をしてから、兄を抱きしめて動けないわたくしの元にやってきてくれた。

「妖精憑きに、毒は無意味………これは」

「兄さまが、ずっと、苦しがっているんです!!」

 兄ネイドは、真っ青になって、意識を失っていた。

「皇族をも殺す毒ですね」

「どういうことですか?」

「私のような力の強い妖精憑きでも、この毒の解毒には、時間がかかります」

「し、死ぬ、の?」

「私が力を尽くしましょう」

「た、助けてぇ」

 やっと、兄ネイドは、解放されたのだ。わたくしは筆頭魔法使いメゾードに泣いて祈った。

「しばらく、僕の側にいよう」

「で、でも、兄さまの側にぃ」

「狙われているのは君だ。君の側にいるほうが、危ない」

「う、ううううう」

 皇族エンリートに説得され、わたくしは兄ネイドから離れた。

 連れて行かれたのは、エンリートの天幕だ。わたくしは兄ネイドのことを思って、泣いていた。

 エンリートは、わたくしを椅子に座らせ、温かい飲み物を持たせてくれた。

「飲んで」

「メゾードは、魔法使いだから、兄さまを助けられますよね」

 魔法使いというと、奇跡も起こせそうな存在に思えた。

 戦場を業火で燃やし尽くすほどのことをした筆頭魔法使いメゾードだ。きっと、兄ネイドも助けられる、とわたくしは信じた。

「妖精憑きをも殺す毒だと聞いた」

「それは、猛毒なんですか?」

「世の中には、猛毒はいくらだってある。だけど、妖精憑きには効かない。妖精が守っているからだ。そんな妖精憑きをも殺す毒というと、想像つかない」

 皇族として、色々と学んでいる皇族エンリートは、その場限りのことは言わない。

「あつっ!!!」

 手に持った器が体の揺れで液体が零れたが、とても熱かった。

 兄ネイドは、いつも、わたくしに手渡す飲み物は、火傷しない、ちょうどいいものを手渡してくれた。だから、粗相しても、こうして、熱いと悲鳴をあげることはない。

 これが、普通のことだ。過剰といわれそうなほどの恩寵をわたくしは兄ネイドから受けていた。それは、いくらわたくしでも返せないものだ。

 わたくしは、ただ、泣いて祈るしかない。

「神さま、どうか、兄さまを助けてぇ」

「僕も、神と妖精、聖域にネイドの回復を祈ろう」

 皇族エンリートは、私の前に跪き、祈る仕草をした。







 わたくしたちを襲った者たちは、見つからなかった。

「本気で探したのですか!!」

 兄ネイドの治療途中、様子見に出た筆頭魔法使いメゾードが激怒する。

「きっちりと聞き取りした。その女が襲われた時に、持ち場を離れた、行先不明者は出ていない」

 皇族ムシュラムが投げやりに返した。その態度は、いい加減な捜査をした、と物語っているようなものだ。

「メゾード、無駄です」

 まだ、何か言おうつするメゾードをわたくしは止める。

「ナターシャ様、私に任せてください。あなたの命を脅かした者は捕縛してみせます」

「もう、この場から移動してしまっているでしょう。手引きした者がいるとしても、偽証されてしまえば、どこの誰かわかりません」

 元々、聞き取り調査自体、無駄なことだ。この犯人捜しは、わたくし側に不利に出来ている。

 まず、筆頭魔法使いメゾードが思ったように、わたくしを強襲したので、帝国側の者たちにとっては、たかが捕虜のために、と見方が低いので、いい加減な調査がされているだろう。

 そのため、調査に無駄に時間がかかった。外部からの侵入者であれば、もう、逃げてしまっているだろう。

 さらに、その襲撃者は妖精殺しの貴族だという。

「妖精に関して、力を発揮する者たちだと聞いています。メゾードが早くに動いていれば、足取りはとれたかもしれませんが、今では、その足取りの痕跡も消されてしまっているでしょう」

 妖精という万能な力を行使するメゾードだからこそ、妖精を封じられてしまっては、ただの人以下である。

「わたくしの責任です。メゾードに兄さまの治療を優先させてしまいました」

「そうだ!! 捕虜の分際で、メゾードを使うなど」

「私だって、主を選びたい。ナターシャ様ならば、喜んで従います。それが、失敗に繋がるといえども、ナターシャ様は許されます」

 筆頭魔法使いメゾードは、皇族たちの口を塞ぐように、わたくしの前に膝をつき、恭しくわたくしの靴を舐めた。

「や、止めてください!!」

「私の最上級の行為です。これをさせられるのは、私の皇帝のみです」

 筆頭魔法使いメゾードは、ちらりと皇族エンリートに視線を送る。エンリートは苦々しい表情を見せた。そのエンリートに嫉妬の目を向ける皇族ムシュラム。

「お前たちでは、私を跪かせ、頭を下げさせる程度。ですが、ナターシャ様は私に靴を舐めさせられます」

「こ、この、捕虜の分際で」

「皇族です。私を跪かせる者を捕虜と呼ぶな」

「この女は、元は捕虜だ!!」

「そうやって、生まれ育ち、立場でしか下げ落とせないなんて、情けない。皇帝になる、というのならば、実力で黙らせなさい。それすら出来ないのならば、二度と、皇帝になるなんて口にするな」

「っ!!」

 筆頭魔法使いメゾードから厳しく叱られ、皇族たちは黙り込んだ。

 メゾードは立ち上がると、私の手をとった。

「ネイドの解毒は終わりました。もう二度と、同じ毒で苦しむことはないでしょう」

「ありがとうございます」

 わたくしはメゾードの手を握って、感謝する。

「ナターシャ様、あなたが襲撃者の身柄を望むのであれば、私が見つけ出しますよ」

「………いえ、危険なことをしないでください」

「あなたは、やはり、皇帝の妻に相応しい人だ」

 わたくしの意図を読み取った筆頭魔法使いメゾードは口元に笑みを浮かべた。

 きっとメゾードは探し出せるだろう。妖精憑きと妖精殺しの特製を皇族エンリートから聞いたわたくしは、妖精殺しの捜索方法を思いついていた。

 だけど、妖精殺しをも殺す毒を保有している妖精殺しは危険だ。メゾードは、帝国を守護する大切な存在だ。万が一、メゾードに毒を使われた時、帝国は大変なこととなる。

 皇族はいくらだっている。だけど、筆頭魔法使いはただ一人だ。

 簡単な天秤で、わたくしは、メゾードに手を退かせた。この場で、下手に方法を口にすることもやめた。そんなことをすれば、メゾードは捜索に出ることとなる。

 この場で、妖精憑きというものを良く知っている皇族たちが思いつかないのだから、わたくしは沈黙した。

 メゾードの手に引かれて、わたくしは、兄ネイドが休む天幕に連れて行かれた。

 そこは、怪我人が収容されている天幕だ。重篤な者たちがほとんどだ。そこをわたくしはメゾードを従えて歩く。皆、わたくしに敵意を向けている。

 それはそうだ。わたくしは、戦争の理由に使われたのだ。帝国の者たちは、わたくしの顔を敵の旗頭として一度は見た。

 針のむしろを歩いていった先に、人だかりが出来ていた。

「何をしている!!」

 筆頭魔法使いメゾードが一喝すれば、その人だかりは天幕から走り出ていく。残ったのは、酷い状態となった兄ネイドだ。

「兄さま!!」

 何かされたのだろう。わたくしは、兄ネイドに駆け寄るも、どうすればいいのかわからず、ただ、腕を触れたり、足を撫でたりとした。

「僕の良心、年頃なんだから、男の素肌をそんなふうに触るんじゃない」

「だ、大丈夫、です、か?」

 弱弱しい笑顔に、わたくしは不安になった。力を感じない。

「あなたの素顔に気狂いを起こしたのでしょう。最初は、恨みをこめてでしょうが、この素顔は、人を狂わせます」

「わたくしもここにいます。わたくしが、兄さまを守ります」

「あなたは隔離です。風紀が乱れます」

「そ、そんなこと、は」

 正直、わたくし自身に男を惑わすものがあるとは思えない。

 生国にいた頃、近づいてくる男たちは皆、わたくしを見て落胆した。男たちは口を揃えていうのだ。

「あの兄とは大違いだな」

 怒りしかない。だけど、そのお陰で、わたくしは女と見られなかった。

 この場でも、わたくしは兄の素顔と見比べられ、落胆されるだろう。そう思った。

「あなたは、本来、とても綺麗な女性です。それをネイドが隠し通したのですよ。ですが、今、ネイドは無力化してしまっています。ネイドの魔法が切れてしまっていますが、あなたの素顔は晒されています。この場は、敵国を恨む者たちばかりです。逆に、危険です」

「そ、そうなのです、か?」

 初めて知ることだ。

 だいたい、兄ネイドが妖精憑きだということも知らなかった。生国では、魔法使い、妖精憑きというものは存在しない。だから、ネイドが妖精憑きだと言われても、いまいち、理解出来ない。

 兄ネイドを見てみれば、気まずそうに顔を背けている。

「兄さまは、わたくしを醜く見えるようにしていたのですか?」

「ちょっと可愛くだ。それでも、僕の良心は愛らしい。男どもは、見る目がないんだ。ナターシャは世界で一番、可愛らしく、愛らしい」

 いつもの優しい顔でわたくしに手を伸ばす兄ネイド。わたくしはネイドの手を握った。

「はい、そこまで。ネイドは回復に専念してください。今後は、私の妖精が周囲を守らせますから、近づいた者は、消し炭です!!」

 天幕中に響くようにいう筆頭魔法使いメゾード。それに、天幕にいる者たちは恐怖に震え、わたくしからも顔を背けた。

「僕の良心だ」

「回復したら、返してあげます。もう、戦後交渉は終わり、撤退するだけです。あなたが回復するまで、足止めするわけにはいかないのですよ。ナターシャ様と一緒に城に行くのであれば、さっさと回復しなさい」

「………わかった」

 兄ネイドは、悔しそうに顔を歪めた。手を引っ込め、深くベッドの潜り込んだ。

 珍しく弱っている兄ネイドの側にいたいわたくしは、どうにかしようと、悪あがきしてみた。

「わたくしが側にいると、やはり、邪魔ですか?」

「そうです」

「メゾード!!!」

「本当のことでしょう。それとも、ここで、全て、ナターシャ様にぶちまけてあげましょうか?」

「っ!!」

 わたくしは、容赦のない筆頭魔法使いメゾードの言葉に、兄ネイドの側にいることを諦めた。ネイドとメゾードは睨みあったが、結局、ネイドが負けて、再び、ベッドに潜り込んだ。

 筆頭魔法使いメゾードと一緒に天幕を出れば、皇族エンリートが待ち構えていた。

「ここからは、僕がエスコートしよう」

「ナターシャ様を口説き落としてください」

「しないから!!」

 顔を真っ赤にしながらも、皇族エンリートはわたくしの手を引いて、天幕の前に残るメゾードから離した。

「皇族自らがわたくしの監視だなんて、大変ですね」

「あなたを守っているんです。監視じゃない。さっさと故郷のことを忘れろ、というのは無理だとわかっているから、僕からは言わない。少しずつ、慣れていけばいい」

「大丈夫です、慣れていますから」

 常に流された生き方をしていたから、切り替えには慣れている。

「それに、わたくしが生まれ育った国も、帝国も、変わりません。ただ、敵か味方か、という違いですよ。村から出てずっと、流されるように生きていました。わたくしの個なんて邪魔だから、と言われていました。大人しく、人形のように座っていればいい。慣れています」

「そう、割り切れた生き方が出来るならいいけど、君は、そういう性格じゃないよね」

「やるしかないでしょう。そうしなければ、兄さまに迷惑がかかります」

 子爵の元で過ごしていた数年は、わたくしの個を上から押しつぶされる日々を送っていた。

 エンリートは、わたくしの頭を子どものように、乱暴に撫でた。

「な、何を」

「君はまだまだ若いんだから、もっと、明るく考えなさい。皇族となったことが、絶望みたいに思っているが、僕はそうじゃなかった。生家から離れて、やっと、息ができるようになった気がする。他人の視線を気にしなくていい生き方は、楽しいよ」

 暗い笑みを浮かべるエンリート。

「一貴族の子であった時は、ともかく、ひどい扱いだった。生みの母は拷問死したよ。だけど、僕は父親が貴族であるため、死なせるわけにはいかなかったからね」

「どうしてですか?」

 片親が貴族だから、と子どもを大切にするのは、生国ではありえないことだ。妾、側室は、実家が太くなければ、立場が低い。その低い立場は、その子にも影響する。

 妾や側室の子がひどい扱いを受け、死んだ話は、社交をすれば、自然と耳に入る。

 帝国ではそうではないという。

「成人するまでは、貴族の子は保護対象だ。これには、帝国なりの理由がある」

「成人したら?」

「継ぐ家がなければ、平民落ちだよ。そこは、母親が誰だろうと、変わらない。僕は、成人してすぐ、死んでいただろうね。僕の生家は、皆、僕が成人するのを待っていた」

「エンリートのご実家は、今、どうなっていますか?」

「もう、ないよ。甥姪もいたけど、一族郎党、筆頭魔法使いの怒りを買って、処刑された」

「………」

 それは、エンリートが望んでいたことなのか、どうか、わからない結果だ。エンリートは無表情で教えてくれた。

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