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皇族姫  作者: 春香秋灯
敵国の皇族姫-追放された皇族姫の子孫-
350/353

生まれ育ち

 戦後交渉は、帝国が一方的に終わらせた。わたくしの生国は敗戦国だ。要求が通るはずがないのだ。

 ただ、帝国は、話し合いをした、という実績が欲しかっただけだ。

「敵国は、我が国を野蛮な国というから、仕方なく、ですよ」

 実際、わたくしは、帝国のことを野蛮な国、と教えられた。

 でも、帝国も生国も、何も変わらない。帝国の捕虜となって、色々と与えられたが、それは、生国とそう変わらないものだ。戦場での生活水準が変わらないということは、平時の営みも変わらないだろう。

 逆に、帝国は、わたくしの生国のことを悪く言わない。野蛮とか、そういうことは言わなかった。

「何故、帝国が、敵国と同じ土俵で争わないといけないのですか。敵国のことなんて、どうだっていい」

 筆頭魔法使いメゾードは笑顔で言い切った。まず、わたくしの生国のこと、帝国は気にしてもいない。意識すらしていない感じだ。

「どうして、貿易や、同盟を結んだりしないのですか? 帝国は不可侵を貫いている、と聞いています」

 開戦前に、色々と見聞きすることとなった。わたくしは、仲良く出来ればいいのに、と子どもみたいなことを思った。

 わたくしたち、皇族の子孫を友好の証として使おう、なんて話もあったのだ。同じ人同士が傷つけあわなくても、とわたくしはその提案が出た時、もろ手を上げた。

「あなたがたの先祖は、よく、わかっていますよ。帝国と敵国では、手を取り合うことは不可能です。まず、文化が違います。帝国では、神と妖精、聖域の信仰を重視しています。しかし、敵国では、その信仰を捨てました。ここから、すでに、分かり合えません」

「でも、話し合えば」

「敵国は、帝国のことを野蛮な国と言っています。格下だと見ているのですよ。話し合いというものは、同じ格同士でないと成立しません。格下と見ている帝国相手に、敵国は、滅茶苦茶なことを要求します。実際、そうなんです。戦後交渉でも、敗戦国となったくせに、まだ、野蛮な国だから、と滅茶苦茶な要求をしてきました。捕虜となったあなた方の身柄を要求する資格すらないというのに。そういう国だから、帝国は不可侵を要求するのですよ。自尊心だけバカ高い負け犬、帝国はいらないんですよ」

「………」

 まず、わたくしの生国と帝国では、話が通じない。わたくしが聞いているだけで、理解出来る話をわたくしの生国は理解出来ないのだ。

 わたくしが特殊なわけではない。わたくしは、兄ネイドに、教育を受けている。貴族としての教育だけでなく、ネイドは、別の教育をわたくしに施していた。それは、生国の教育に矛盾するものがあった。

 今ならわかる。兄ネイドは、もっと上の、支配者の視点での教育をわたくしにしていたのだ。

 様々な見方をしなければならない。そう、兄ネイドはわたくしに色々と問いかけてくれた。それが、今、生きた。

 全ての支配者が、その教育を受けられるわけではない。まず、そういう視点を持つことがない。兄ネイドの教育は、とても特殊で、高度な教育だ。

 だけど、生国と帝国は、根本の見方が違うのだろう。

 生国は、帝国を野蛮な国、と見ている。だから、帝国は生国が導いてやらないといけない、なんて上からの見ているのだ。

 逆に、帝国は、生国のことを何とも思っていない。どうだっていいのだ。話しかけられて、初めて、存在に気づく、その程度の認識だ。

 わたくしが言っていることは、弱者の綺麗事だ。そう、思い知らされた。

「ナターシャ様の言っていること、間違っていません。全ての人が、そう考えてくれればいい。だけど、支配者となる者たちのほとんどは、より強欲です。戦争とは、話が通じないから起きます。お互い、追い求めているものがありますからね。だから、帝国は力でわからせるだけです」

「わたくしの生国が悪いのですよね」

「いえ、勝者が正義です。戦争が起こる時は、良い悪いなんてありませんよ。帝国は、勝ったから正義となったにすぎません。それが戦争です。帝国が開戦を許すのは、正義であることを敵国にも自国にも、示すためです」

「………」

「もう、生まれ育った敵国のことなんて、忘れてください。あなたは、皇族です。あなたの兄のことも、帝国は帝国民として迎え入れます。煩くいう者たちがいましたら、私に告げ口してください。永遠に、黙らせます」

 気をつけよう。筆頭魔法使いメゾードは、わたくしに対してはとても優しいのだが、それ以外には怖いような気がする。

 でも、メゾードがいうこと、頷ける部分もあるし、気が楽になる。

「わたくし、皇族として、これから、頑張りますね」

「皇帝の妻になれば、楽ですよ」

「………」

 迂闊に頷かないように気をつけよう。わたくしは、筆頭魔法使いメゾードの話をしっかり聞こう、と心に決めた。聞き流して、頷いたら、大変なことになってしまう。







 わたくしの生国が先に、撤収の動きをしていた。帝国は、生国がきちんと撤退するまで、国境沿いの戦力を動かすことはなかった。

「はあ、消し炭にしたい」

「やめろ」

 気の短い筆頭魔法使いメゾードが物騒なことを呟くと、側にいる皇族エンリートが止めた。メゾードが一方的にエンリートにつかず離れずなのだが、エンリートはメゾードの大事な制御となっている。

 それは、わたくしと兄ネイドもだ。

「兄さま、もう、夜は勝手に出歩かないでくださいね!!」

「………」

「兄さま!!」

 兄ネイドは、わたくしが就寝した隙に、帝国側を歩き回って、いかがわしいことをしている、という報告を最近、皇族エンリートから受けた。なんと、エンリートもその誘いをされて、拒否したという。

 それからは、わたくしは、兄ネイドにぴったりとくっついて寝るようにしている。もう、年頃とか、そういうことを言ってられない。ネイドを止めないと、大変なこととなる。

「ここは女がいない。僕の良心に不埒なことをする男が出ないようにしているだけだ」

「それを兄さまがしなくていいんです!!」

「ついでに、いい手下を作っているだけだよ」

「やめてください!!」

 報告を受けた頃には、すでに皇族の半数が、兄ネイドの毒牙にかかっていたのだ。

 筆頭魔法使いメゾードに狂っているという皇族ムシュラムでさえ、兄ネイドの誘惑に引っかかったのだ。

「私が皇帝となった時は、そなたの妹を大事にしよう」

「浮気するような男が皇帝になれるわけがないだろう」

「私の本命はメゾードだ!!」

「私の皇帝はエンリートただ一人です」

 皇族ムシュラムは、筆頭魔法使いメゾードが欲しくて、皇帝を目指しているという。

「気持ち悪い男」

 兄ネイドに手を出すような男だ。皇族ムシュラムのことをわたくしは軽蔑する。メゾード一筋を貫いているなら、温かく見守ってあげられるが、兄ネイドに手を出すような男は最低だ。

「心配ない、そなたには、女としての魅力を感じない」

 そして、最低最悪なことをわたくしにいう皇族ムシュラム。わたくしは、ムシュラムに足を蹴ってやった。

「この、捕虜の分際で!!」

「あんたみたいな最低最悪な男、こっちだってお断りよ!!」

「貴様の兄だって最低だろう!! 見境なく男に抱かれてる」

「兄さまに手をつけたあなたが、それをいう資格はないわ。誘われたって、エンリートみたいに、断れば良かったのよ!!!」

「何故、断らなければならない? お前たちは捕虜だ。何をされたって、文句は言えない」

「それをしたら、私が許しません」

 わたくしと皇族ムシュラムの間に、筆頭魔法使いメゾードが入ってきた。ムシュラムは、慌てて手を引っ込める。

「僕の良心に手を出そうとは」

 さらに、ムシュラムの後ろでは、剣を抜き放った兄ネイドがムシュラムの首に切っ先を突きつけていた。

「僕の良心は貴様のような下等な男が手を出していい女ではない。手を出すならば、皇帝となれ。皇帝であれば、許してやろう」

「ぐぅ」

「僕の後ろを盗られるようでは、簡単に暗殺出来てしまうな。詰まらん」

 兄ネイドは、すぐに笑顔を浮かべて、わたくしの隣りにやってきた。

「兄さま、ごめんなさい。わたくし、黙っていられなくて」

 わたくしが余計なことを口にしたのが悪いのだ。わたくしは反省した。

「いえ、ナターシャ様は何を言ったって許されます」

「そうだ、僕の良心がいうことは、全て正しい」

 ところが、筆頭魔法使いメゾードと兄ネイドは、わたくしを簡単に許してしまう。

「ムシュラム、ナターシャ様を見習いなさい。きちんと相手を思いやり、あらゆる見方が出来る、そんな人は珍しい。ナターシャ様は、まさに、皇帝を支える女ですよ。ネイド、立派に育てましたね」

「僕の良心は、生まれながら、その素養を持っていたんだ。あの男は、生まれながらに、皇帝としての素養がないな」

「………」

 否定しない筆頭魔法使いメゾード!! 皇族ムシュラムは、顔を真っ赤にして怒ったが、結局、何も言い返すことも出来ず、その場を去っていった。

「だ、大丈夫かしら。わたくし、ムシュラムに謝ってきます。ムシュラムがいうこと、全て間違っているわけではありません。わたくしは、捕虜です」

 怒りと、その場の空気で、わたくしは好き放題、言ってしまったが、捕虜という立場は確かだ。わたくしは、帝国の者たちに好き放題されても、文句は言えない。

「そういうことは、言わせておけ。どうせ、いつまでも言い続ける」

 珍しく、皇族エンリートが笑い飛ばした。てっきり、謝罪の場を作ってくれるものと思っていたのだ。

「でも、わたくしは捕虜ですし」

「僕は、皇族だが、いつまで経っても、元貴族だ。貴族であった時も、まあ、扱いは悪かった。母親が貧民だったんだ。帝国では、片親が貴族であれば、貴族として育てなければならない。だけど、片親が貧民であるため、生家での僕の扱いは使用人よりも下だった。皇族となった時は、もっといい扱いを受けられる、と喜んだが、皇族の中に入れば、元貴族と罵られた。生まれ育ちを悪く言われるのは、ずっと続くんだ。それに気づいて、バカバカしくなった」

 皇族エンリートは、吹っ切れた顔を見せた。

「君は、皇族だ。だけど、元は敵国の捕虜だから、生涯、捕虜だと言われるだろう。だけど、そんなこと、もう、気にしなくていい。君のことを一人の人として見てくれる人が、ここにいる。メゾードに、君の兄、そして、僕だ」

「そ、そうです、が」

「君を見ていて、僕も吹っ切れた。君は、過去の僕だ。いつまでも、他人の評価なんかに振り回されて、バカバカしい。言いたい奴には言わせておけ。そういうしか出来ないんだ。ムシュラムを見てみろ。力づくでは君の兄に負け、口では君にも、メゾードにも負けた。だから、君のことを捕虜と呼ぶしかないんだ。男らしくない」

「そう、思えるまで、時間がかかりそうですね」

 まだ、わたくしは、皇族エンリートのように吹っ切れない。だって、少し前まで、わたくしは、帝国の敵国で旗頭にされていたのだ。









 とうとう、わたくしと兄ネイドが休む天幕には、見張りをつけられることとなった。

「絶対に夜歩きなんてさせないでください」

「風紀を乱すのは、やめていただきたい」

 筆頭魔法使いメゾードがわたくしの味方となってくれた。

「僕の良心がぴったりとくっついているのだから、夜歩きなんてしないよ」

「したじゃないですか!!!」

「僕も男だ。妹相手に間違いを起こすわけにはいかない」

「我慢してください!!」

「ナターシャは、もっと、自分の魅力を認識したほうがいいよ。君は、魅力的な女性だ。戦時中でも、君は狙われていたんだよ」

「大人しくしてくれないなら、嫌いになります」

「………」

 子どもみたいなことを言ってやるが、これが、一番、兄ネイドには効果的なのだ。ネイドは、どうしても、わたくしに嫌われたくないのだ。

 わたくしは兄ネイドから離れないように、さらに、見張りもつけて、と夜も万全にして、ネイドの夜歩きを防いだ。

「ほら、もっとくっついて」

「う、うん」

 でも、失敗したなー、と思ったりする。兄ネイド、男として、きちんと鍛えているのだ。異性だと思い知らされる。

「ほら、眠りなさい」

「兄さまは、眠らないみたいな言い方ですね」

「そうだね。村を出てからは、ずっと、ナターシャを守っていたから」

「………」

「僕の良心だから、気にしなくていいよ。当然のことなんだ」

「………わたくしがいなければ、と思ったこと、ありますか?」

 わたくしは、一番、恐れていた事を質問する。聞きたくても、我慢していた。

 もし、思ったことがある、なんて言われたら、もう、立っていられないからだ。

「思ったこと、ないな。むしろ、ナターシャに捨てられたら生きていられない、と思ったくらいだ」

「そんな、わたくしこそ、兄さまに捨てられたら、生きていられません!!」

 わたくしと兄ネイドの感じ方は違う。兄のは、可愛い妹に嫌われたくない、という甘いものだ。

「わたくしは、兄さまがいなかったら、この身は汚されていたでしょう。兄さまのお陰で、平民なのに、恵まれた暮らしをしていました。兄さまに嫌われたくない」

 わたくしのは、生き方に密接したものだ。

 兄ネイドのお陰で、不自由ない暮らしをしていた。ネイドが自らの身を差し出して、わたくしを守ったからだ。

 口では、一緒に落ちよう、と言ってはいた。だけど、それは、兄ネイドに捨てられたくないためだ。ネイドに捨てられたら、守られて生きてきたわたくしは、ぼろ雑巾のようにされるだろう。

「僕はね、ナターシャが生まれるまで、空虚な日常を送っていたんだ。両親は人並に僕のことを愛してくれたし、村人たちだって、僕を大事にしてくれた。だけど、詰まらなかった。そこに、ナターシャが誕生したんだ。両親は亡くなり、僕の家族はナターシャだけとなった」

 まだ、五歳の子どもだったという兄ネイド。村人たち、男爵家の協力で、赤ん坊のわたくしを育てた、と聞いている。

 五歳といえば、遊びたい盛りだ。兄ネイドは、それなのに、赤ん坊であるわたくしを抱えて生活していたのだ。可哀想な幼少期を想像した。

「ナターシャを育てるのは、楽しかった。笑ってくれると、嬉しかった。泣き止まなかったら、一晩中、抱いて、村を歩いた。一人だと、何も感じなかったけど、ナターシャと一緒だと、夜空が綺麗に感じた。歩くようになって、話すようになって、僕の後ろをついて回って、僕が見えなくなると、ナターシャは泣いて!! とても、充実していた。ナターシャは、僕に色々なものを与えてくれた」

「に、兄さまの、お陰ですぅ」

「ナターシャのお陰だよ。ナターシャのお陰で、僕は生きている。ナターシャがいなかったら、僕は空虚な毎日を続けていただろう。村が滅ぼされても、僕はただ、流されるままだった。ナターシャがいなかったら、あの村で死んでいた。生きる理由なんてなかった」

「兄さまのお陰で、わたくしは生きています」

「ナターシャが幸せなら、僕も幸せだ。だから、ナターシャ、帝国で幸せになるんだ。ナターシャの敵は全て、僕が排除する」

「皇帝の妻は、ちょっと」

「それぐらいの男こそ、ナターシャの夫に相応しい。僕の良心ナターシャ、僕が認めた男でないと、結婚は認めないからね」

「一生、兄さまと二人で生きていきます」

「嬉しいこと言ってくれるね」

「兄さまは、世界一の男です」

「………そうか」

 兄ネイドを越えるような男なんて、どこを探してもいない。

 わたくしは、兄ネイドの胸に顔を埋める。

「兄さま?」

 わたくしを抱き寄せる兄の腕の力が緩んだ。眠ったかと見上げてみれば、そうではない。

「帝国も、やる、な」

「兄さま!!」

「香だ。ナターシャ、逃げろ」

 兄ネイドを置いて逃げるわけがない。わたくしは、何か武器はないか、探した。

 元々、捕虜扱いだから、わたくしは刃物を持つことを許されなかった。だから、見張りをつけたのだ。

 なのに、見張りがいるはずの場所から、数人の覆面をした男たちが入ってきた。

「その男を殺されたくなかったら、大人しく、死んでもらおう」

 そう言って、動けないわたくしに斬りつけてきた。

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