帝国へ
戦争は、帝国勝利で終わることとなった。明らかに、帝国に有利な戦争だ。
最初は、人同士のぶつかりあいだった。それも、帝国が筆頭魔法使いを出して、一変する。魔法というものは、防ぎようがない。あっという間に、筆頭魔法使いが出した業火によって、戦場は蹂躙されたのだ。
物語の上ではわたくしも知っていた。だけど、これほどのものだとは、誰もわかっていなかった。数百年という停戦が、魔法という存在を物語の中だけのものにしたのだろう。
両国ともに、捕虜が大量にした。
「帝国では、捕虜となった場合、死人の扱いとなる。だから、捕虜の交換は応じない」
「そんな!!」
戦後交渉の場に立った、捕虜となった帝国民の重臣たちは真っ青になった。その中には、皇族もいたのだ。
「そういう契約をしただろう」
「だからって、皇族である俺を見捨てるなんて」
「貴様が、私の皇帝に妖精の契約をやれというからだ。ここにいる皇族たちは、貴様のとばっちりを受けたんだ」
捕虜となった皇族はそれでも、どうにかしようと、話し合っていた。
「だったら、その女と交換だ!! そいつは、敵国の、旗頭だ」
「お前と彼女では価値が違う。帝国民全てよりも、彼女のほうが価値が高い」
どこかで聞いたようなことを吐き捨てる筆頭魔法使いメゾード。
「さっさと、そちらで処刑してくれ」
「それでは、捕虜の交換が成り立たないじゃないか!!」
帝国の捕虜となった者たちの中には、それなりの地位の者がいる。どうしても交換に応じてもらわなければならないのだ。
「私の皇帝の未来の妻である彼女の兄と交換しよう」
「き、貴様、裏切ったのか!!」
「これまで、我が国で手厚く保護してやったというのに」
「この恩知らずが!!」
途端、わたくしへと批難が集中する。わたくしは耳を塞ぎたいが我慢した。わたくしが流されてばかりだから、戦争なんて起こったのだ。
「僕の良心を悪くいうな」
「兄さま!!」
その場に、とうとう、兄ネイドが登場した。
わたくしは兄ネイドに駆け寄ろうとするも、皇帝?エンリートに捕まった。
「離してください!!」
「君は一応、捕虜だ。大人しくしなさい」
「でも、兄さまが」
「よく止めてくれた。礼をいう」
この場で、地位のない兄ネイドは、偉そうに椅子に座って、皇帝?エンリートを労った。
「帝国も、迎えに来ないなんて、待たせるから、戦争を起こしてやった」
「き、貴様」
「戦争をしたいとお前たちが言ったから、それに便乗しただけだ」
これまで、兄ネイドを跪かせていた者たちは、つかみかかろうと動き出した。
しかし、誰一人、動けない。
「まさか、敵国で、これほど力の強い妖精憑きが誕生するとは」
「貴様も、まあまあだな」
見えない何かが、兄ネイドと筆頭魔法使いメゾードの間で起こっているのだろう。珍しく、兄ネイドが驚いたような顔を見せた。どんなことでも動じないネイドにしては、珍しい。
「確かに、あなたは、彼女の兄ですね。ですが、皇族ではない」
「そう、僕は皇族ではない。それは、生まれた時からわかっていたことだ。そして、僕の良心は、僕の唯一だ。私はもう、守ってやれないから、貴様が代わりに守ってくれ」
「兄さま、一緒に居ます!! もう、身売りなんてさせません。もし、するなら、わたくしも身売りをします!!!」
「お前は帝国のお姫様だ。そんなことをしていけない。そう、教育した」
兄ネイドは、いつか、わたくしが帝国の皇族となるとわかっていて、どの貴族の元であっても、教育を求めたのだ。
「ねえ、約束しましたよね。兄さまをわたくしの元に連れて来てくれると」
「一応、目の前には来ました」
「だったら、わたくしを帰してください」
「皇族は、城の奥で過ごすものですよ」
「嘘つき!!」
わたくしは筆頭魔法使いメゾードを責めた。
「待て待て!! メゾードは出来ないが、僕たちでどうにかするから。ほら、捕虜と交換だ」
「僕は帝国には行けない」
「兄さま?」
せっかく、皇族エンリートが交渉に出たというのに、兄ネイドがそれを拒否する。
言い方が引っかかる。
「兄さま、わたくしのことが嫌いですか? いつまでも、わたくしのせいで、兄さまが不幸となったから、憎んでいるのですか?」
「僕の良心のためならば、僕は命だって捧げるよ。ナターシャの幸福が、僕の幸福だ」
「わたくしの幸福は、兄さまと一緒にずっと暮らすことです!! 皇族でなくていい。貴族でなくていい。ただ、二人だけで一緒に暮らしましょう」
ぼろぼろと泣いて、兄ネイドに訴える。だけど、ネイドは困ったように笑う。
「ナターシャは、僕の側では不幸になる」
「兄さまから離れたら、不幸です!!」
「村が出なければ、ずっと、一緒にいられたというのに」
「一緒にいましょう!! わたくしを帰してください!!!」
「それだけは無理だ」
どうしても、わたくしは国に帰してもらえない。それどころか、わたくしはどんどんと戦後交渉の場から離されてしまう。このままでは、交渉がまとまらないからだ。
「ナターシャ、元気で」
別れの言葉のようなことをいう兄ネイド。
それを聞いて、とうとう、わたくしの我慢の限界となった。
「離せ!!」
わたくしは、お淑やかとか、そういうものをかなぐり捨てた。わたくしを拘束する者たちを投げ飛ばし、蹴って、として、その場を逃れた。
「行かせない」
なのに、最後の最後で、一番、軟弱そうな皇族エンリートに捕まった。
「離せ!!!」
「うわ、とんだお転婆だ」
力いっぱい、皇族エンリートの腕の中で暴れてやる。もう、教育されたもの全て、捨ててやる。エンリートの腕を噛んだりした。
「いたたたた!!」
さすがに、エンリートの腕が緩んだ。
こんな、軟弱者ばかりの戦後交渉の場で、村で好き勝手育っていたわたくしは止められない。わたくしは、呆気なく、兄ネイドの胸に飛び込んだ。
「こら、そんなことはしていけない、と教えたじゃないか」
「そんなの、知らない!!」
「仕方のない子だ。君は、帝国に戻るべきなんだ」
「おい、こいつを捕縛しろ!!」
周囲では、大騒ぎだ。帝国にとって、わたくしは重要だとわかったのだ。どうにか戦後交渉を有利にしようと、わたくしの身柄を手に入れようとする。
だけど、誰も、動けない。叫ぶだけで、何も出来ない。
「お前たちは、妖精憑きを甘く見過ぎだ。妙な欲を持たなければ、まず、戦争だって起こすことすらなかったというのに」
「貴様、男娼の分際で!!」
「いい思いをしただろう。良かったな。下手くそなお前たちにあわせてやったんだ。僕はこれっぽっちも気持ちよくなかった」
動けない者たちを足蹴にする兄ネイド。
これまで、兄ネイドは彼らの奴隷だった。しかし、戦後交渉の場では、兄ネイドは誰よりも強い立場だった。
目に見えない力で、その場の勢力を全て封じ込めたのだ。
「その力では、敵国では生き辛かったでしょう。帝国はあなたを歓迎しますよ」
「僕は帝国には行けない」
「私の皇帝の未来の妻の身内です。私が守ります」
「………口でいっても、わからないか。では、試しに、そちらに行ってみよう」
とうとう、兄ネイドが重い腰をあげた。
「兄さま、わたくしは、どちらでもかまいません。帝国に行きたくないというのなら、村に戻りましょう」
「そうなったら、戦争を帝国から起こします。あなたは、私の皇帝の妻にします」
何故か、筆頭魔法使いメゾードが恐ろしいことをいう。
「わたくしに、そんな価値はありません」
「価値は、私が決めます」
「戦争なんて、そんなことしないでください」
「筆頭魔法使いは、見る目があるな。僕の良心を最後まで守るように」
「兄さま!!」
まるで、今生の別れのようなことをいう兄ネイド。
「やっぱり、やめましょう!!」
「僕たちの先祖である皇族は、和平のために輿入れした、と言われているだろう。あれは、嘘だ。本当は、追放されたんだ」
「っ!!」
わたくしが何かいう前に、兄ネイドは、帝国の領土に足を踏み入れた。
途端、兄ネイドは業火で燃えた。
「な、何?」
触れても、わたくしは熱くない。だけど、確かに、燃えている。兄ネイドの衣服が、髪が、どんどんと燃えていく。皮膚だって、焼けていく。
「だ、だめえええええーーーーーーーー!!!!」
わたくしは、兄ネイドに抱きついた。このまま、一緒に燃えてしまっても良かった。
一緒に死のう。今度こそ。
ところが、あれほどの業火が消えてなくなったのだ。
「兄さま!!」
だけど、一度は燃えたのだ。兄ネイドはわたくしの腕の中で崩れる。
「水だ!!」
「はいはい」
皇族エンリートに命じられた筆頭魔法使いメゾードが空に目を向ける。途端、とんでもない豪雨が降り注いだ。
もう、戦後交渉どころではなくなった。兄ネイドが燃えたことで、見えない力がなくいなったのだろう。自由となった者たちは、好き勝手に動き出した。
それは、両国の捕虜もだ。筆頭魔法使いの力がなくなったのか、勝手に捕虜は帰っていった。
「ぎゃああああーーーーーーーー!!!」
しかし、捕虜となった帝国民たちは、帝国の領地へと一歩、足を踏み入れた途端、業火に包まれ、あっという間に消し炭となっていた。それは、豪雨でも消えない、とんでもない炎だった。
約束通り、筆頭魔法使いメゾードは、兄ネイドを手厚く保護してくれた。一度は業火に包まれたが、兄ネイドは生きていた。
「妖精憑きですから、すぐ、治りますよ」
「兄さまを焼くなんて、約束が違います!!」
「私ではない」
「では、一体、誰が」
てっきり、筆頭魔法使いメゾードが、その場を誤魔化すために、兄ネイドを焼いたと思ったのだ。そうすれば、ネイドの抵抗もなくなるし、ネイドの見た目に魅入られた者たちも焼けただれたネイドに価値なしと判断するだろう。
そういう、人離れした考え方で、兄ネイドが燃えたと思った。
「我々は、戦争をする時、妖精の契約を行います。その契約には、捕虜となった場合は死んだものとする、というものがあります」
「言っていましたね」
帝国に戻ろうと悪あがきしていた皇族に、筆頭魔法使いメゾードが、そんなことを言っていた。
「妖精の契約、と呼んでいますが、これは、神との契約です。妖精を仲介として、神と契約していますから、絶対なんです。つまり、敵国の捕虜となった者たちは、帝国では死人です。だから、帝国に戻ろうとして、契約の力で、燃えました」
だから、捕虜となった帝国民は、一瞬で燃えて、消し炭となったのか。
帝国の恐ろしさに、わたくしは息を飲んだ。神との契約なんて、おとぎ話だ。
「あなたの先祖である皇族にも、同じ契約を施しました。この契約の恐ろしいところは、子々孫々、受け継がれるということです。だって、追放され、帝国では死人なんですから、子々孫々なんて帝国では存在しません。つまり、皇族の子孫は、帝国に足を踏み入れた途端、神の契約によって、消し炭です」
「でも、わたくしは無事です」
「あなたの兄は燃えました。本来であれば、消し炭となるはずでした。それを打ち破ったのは、あなたです」
「わたくし?」
「そう、あなたです。これほどのものを見たのは、生まれて初めてです。まさか、妖精の契約を吹き飛ばすとは。本当に、存在したのですね」
「何を言っているのですか?」
「あなたは、生まれながらの妖精殺しです」
「?」
わたくしがこれまで培った常識にない話だ。まず、妖精なんて存在しない。それが、わたくしの常識だ。
「生まれながらの妖精殺しには、妖精の良い魔法、悪い魔法は届きません。それどころか、妖精の契約だって打ち破ると言われています。まさか、それを目の前で起こるとは」
「わ、わからない」
気持ち悪いように、感動する筆頭魔法使いメゾード。わたくしの前に膝をついて、深く頭を下げる。
「よく、お戻りになりました。あなたこそ、正真正銘、帝国を追放された皇族の子孫です」
「追放って、悪いことをしたの? だったら、罪人の子孫でしょ」
「とても素晴らしい皇族でした。帝国を守るために、わざと追放されたんです。お陰で、今回の戦争は楽でした」
「………」
「妖精憑きを封じる手段を消滅させるために、わざと追放されました。そして、見事、敵国にある妖精封じの手段を消滅させました。その偉業の報告は、今も厳重に保管されています」
「あなたたち、騙した、の?」
「敵国からもぜひに、と求められました。敵国も、あれを滅ぼしたかったんですよ。その手段を持つ皇族を欲しがりました」
「………」
そして、わたくしの先祖だという皇族は、綺麗な伝説となった。
伝説とは、時の為政者の都合によって曲げられる。伝説の全てが本当なわけではない。
ベッドで治療を施されて眠り続ける兄ネイドを見た。ネイドは、全てを知っているようだった。最後に言っていた。本当は、追放された皇族の子孫だと。
わたくしには両親の記憶はない。母は、わたくしを産んで死んだと聞いている。父も、母の後を追うように亡くなったとか。
残ったのは、五歳の兄と乳飲み子のわたくしだ。
まだ物事がよくわかっていない五歳児であった兄は、両親から、真実を聞いたのだろうか。いや、わたくしたち兄妹を保護してくれた男爵が教えたのかもしれない。男爵が死んだのは、兄が十歳の頃、わたくしは五歳の頃だ。
十歳の兄は、立派な人だった。子爵が村を滅ぼなければ、兄は男爵家の立派な家令や執事になっていただろう。優秀だ、と皆、兄を誉めていた。
大人が全て誉めるほど優秀な兄ネイドは、先祖のことを知っていたのだろう。そして、その真実をネイドはわたくしに隠した。
「全て、教えてほしかった」
最後は一緒に死のうとまで思ったほど、わたくしは兄のことを愛している。苦楽を一緒に分かち合いたかった。
「これから、わたくしたち、どうなりますか?」
本来であれば、わたくしは捕虜だ。皇族だというが、帝国では敵だ。
「あなたがたの先祖のお陰で、帝国は勝利しました。あなたがたは、長い時を越えての功労者です。帝国として、あなたがたを歓迎します。ぜひ、私の皇帝の妻になってください」
「戯言を」
「あなたこそ、私の皇帝の妻に相応しい人だ。心配いりません。私の皇帝もまた、あなたとそう立場は変わりません」
「?」
「私の皇帝は、もとは貴族なんです」
「でも、帝国の者ですよ」
「本来、皇族は城の奥で過ごすものです。貴族とは違います。ですが、まれに、貴族の中に、皇族が誕生することがあります。私の皇帝は、貴族に発現した、最強の皇族です。皇族の血筋において、私の皇帝に勝てる皇族はいません」
「よく、わからない」
「これから、学んでいきましょう。あなたは、とても頭がいい人だ。すぐ、覚えますよ。まずは、敵国の常識は全て捨ててください。帝国では、役に立ちません」
「………はい」
もう、戻る場所はない。かといって、酷い火傷を負った兄をつれて逃げられないわたくしは、筆頭魔法使いメゾードの提案に、頷くしかなかった。




