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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-妖精殺しの初恋-
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妖精殺し

 年に一度の文化祭は、色々と大変だった。ほら、皇族シーアに狂った皇帝と筆頭魔法使いが、堂々と貴族の学校にやってくるのだ。

 さすがに、皇帝と筆頭魔法使いとわかるような恰好ではないが。お忍びだが、シーアが一緒なのだから、貴族の学校に通う現役生徒にはすぐバレる。

「こんな体に悪いものは食べるな!!」

「美味しいのにぃ。ほら、シオンも食べてください」

「シオンは絶対にダメだ!!」

「シーアが買ってくれたものなんだ。食べないといけない。ほら、ナインも食べなさい」

「そ、そうだな」

 バカップルみたいだな。たまたま、見かけて、僕は呆れた。

 皇帝は、私事がない、非情な男だと言われている。昨日の友は今日の敵、とばかりに裏切ったら、一族郎党処刑である。やり直しなんてない。

 筆頭魔法使いは、皇帝狂いというほど、皇帝を囲っている。身に着ける衣服から、口にいれる食べ物まで、全て、筆頭魔法使いが手がけるという。皇帝の私室に許可なく唯一入れるのは、筆頭魔法使いのみだとか。

 そんな二人の間にいるのが、砂糖菓子みたいな女の子シーアだ。こうして人込みに紛れていると、普通の女の子だ。

 あれで、悪女の才能があるのだ。あの恐ろしい皇帝と、皇帝狂いの筆頭魔法使いを手玉にとっているのだ。シーアのこと、敵に回してはいけないな。

 ああやって見ていると、シーアが皇族失格となっても、城から追放されるとは思えない。絶対、皇帝と筆頭魔法使いが、手を尽くして、シーアを囲うだろう。むしろ、皇族失格になったから、と筆頭魔法使いが屋敷に閉じ込めるだろうな。筆頭魔法使いが強く執着するものを閉じ込める部屋がある。そこに閉じ込めてしまえば、シーアに手を出せる者はいなくなる。

 笑って、文化祭を巡っているシーアを見て、少し、気分がよくなった。それから、僕は、義父と義母を馬車乗り場に出迎えた。

「生徒会役員といっても、暇なのね」

 早速、義母から嫌味をいわれた。今日だけは、暇にしてもらったんだよ。生徒会役員といっても、人だ。付き合いだってあるし、家族の案内をする、という者だっている。そういう予定を照らし合わせて、仕事の割り振りをしているのだ。

 ちなみに、皇族シーアは、全日程、フリーだ。むしろ、皇帝と筆頭魔法使いのご機嫌取りしてくれ、と教師から、生徒会から、頭を下げたのだ。まさか、シーアの文化祭での生徒会の予定を皇帝から先に訊かれるとは。

 そういう裏事情は言わない。義父は、生徒会経験者だが、義母のために、黙っている。どこまでも、愛妻家ですね。

「義姉上は?」

 予定では、義兄の妻となった義姉も来るという話だった。義姉は、貴族の学校に久しぶりに見に行きたい、と義兄を通して、義母におねだりしていた。

「身重なのよ。こんな危ない所に連れて行けないわ」

 びっくりだ。僕だけでなく、義父だって驚いている。義父、知らなかったんだな。

「内緒にするなんて」

「昨夜、わかったんです。気分が悪いというから、医者に診せたら、妊娠していると言われました」

「そ、そうか」

 本当に、義父は義母に対してだけは、子どもみたいだな。話してもらえなかったと拗ねたりして、僕としては、見たくない姿だ。

「では、久しぶりに、二人っきりで、散策しよう」

 僕はお邪魔虫だ。だいたい、僕が案内なんて、今までなかった。義姉が一緒に来るというので、僕に義姉を押し付けようと、義父が画策したのだ。

「あーーーー!! マッシュ、いたーーー!!!」

 そこに、皇族シーアが大きな声をあげてやってきた。

「シーア嬢、今はまずい」

 義父がいる。僕はシーアをどうにか遠ざけようとしたが、無理だ。シーア、僕の腕をつかんで、引っ張るのだ。

「あの景品をとってください。マッシュ、得意そうです」

「シーア嬢、今、家族の案内をしているんだ」

「あら、そうなのですか。そんな雰囲気に見えませんでしたが」

 僕と義父、義母のやり取りを見て、シーアは良好ではない、と見たのだろう。だから、僕に声をかけたのだ。

「マッシュのご家族なのですね。いつもお世話になっております」

「あら、マッシュ、こちら、お付き合いしているお嬢さんかしら」

 外面用の顔をする義母。僕の側にいる女は、全て、付き合っていると決めつけるのはやめてほしいな。

 幸い、シーアが皇族だとか、妖精殺しだとか、そういうものは、見た目だけではわからない。

「あら、お付き合いしている女性は今はいない、とわたくしは聞いていますが」

 誤魔化す前に、シーアが僕の現状を答えてしまう。この女を黙らせたい。

「聞いているよ。次から次へと付き合う女が変わっているって」

「シーア、離れろ。こいつは危険だ」

 そして、お忍び中の皇帝と筆頭魔法使いが、過保護にも、僕からシーアを剥がした。よし、そのまま遠くへ離れてくれ。

「そんなこと、どうだっていいじゃありませんか。ほら、マッシュ、あそこの景品をとってください」

「そんなの、僕がとってあげるよ」

「俺様にまかせろ」

「二人は不正をするので、ダメです」

 皇帝と筆頭魔法使いだからな。どうしても、魔法とは切り離せない。

「シーア嬢、後で行くから」

「でも、あれ、最後の一つだってお店の方が言ってました。もうないって。なのに、わたくし、下手で、全然、当たらないんです」

 シーアなりに頑張ったが、ダメだったのだろう。頭はいいんだけど、運動神経は最悪だからな、この女。

「義父上、義母上、女性の頼みですので、ここで失礼します」

 僕は義父と義母から離れることを選んだ。この後は、皇帝と筆頭魔法使いから色々と言われるな。覚悟しよう。

「悪いが、学校の案内を頼んでいる。諦めてくれ」

 何か感じたのか、義父が邪魔する。義母まで驚いた。

 お忍びとはいえ、皇帝の顔、義父が知らないわけがない。屋敷には、皇帝の肖像画がある。皇帝が可愛がっているシーアが、貴族の学校に通っている皇族だと、義父は気づいたのだ。

「そうなのですか。それでは、仕方がありませんね」

「その、欲しいという景品は、金を出して買いなさい。貴族なんだから、そうするものだ」

「そんな簡単に手に入るものなら、いりません」

 義父がそれなりの額の金を差し出したが、シーアは笑顔で拒絶した。

「いやいや、もう、金で解決しろよ。あの額よりも出してるぞ」

「………」

 その景品のために、シーア、かなりの額をつぎ込んだのだ。シーアはすっと顔を背ける。かっこいいこと言ってるが、いいカモにされてるじゃないか。

「義父上、すぐに戻ってきますから、待っていてください。シーア嬢、僕がとってあげよう」

「いいのですか?」

「僕はシーア嬢の下僕だ。僕に出来ることであれば、何だって叶えてあげよう」

「絶対、とってくださいね」

 シーアは、また、僕の腕を引っ張って、景品のある店へと向かっていく。

 ふと、殺気がこもった視線を感じて、僕は振り返った。

 皇帝と筆頭魔法使いは、こう、嫉妬だな。あれは違う。

 義父が、僕のことを睨んでいた。何か、感じたのだろう。面倒なことにならなければいいけど。

 結局、シーアが苦戦していた景品を僕は一発で当てて、シーアに渡した。

「すっごーいー!! さすが、女をとっかえひっかえしている遊び人は、こういうのが得意ですね」

「シーア嬢が下手なだけだ」

「わたくし、体を使うことが、苦手で」

「君のパートナーとなった時は、大変だった。ダンスで散々、足を踏まれたな」

「生徒会役員はダンスが必須なんて、なくせばいいのにぃ」

 生徒会の最初の仕事である、生徒会主催の舞踏会で、僕はシーアのパートナーとなった。生徒会役員は、パートナー必須なのに、シーアのパートナーが見つからなかったのだ。誰も、皇族シーア、というよりも、皇帝と筆頭魔法使いを恐れて、パートナーを辞退したのである。結局、彼女持ちだった僕がパートナーとなって、皇帝と筆頭魔法使いの目を誤魔化したのだ。ほら、彼女持ちだから、シーアには興味はない、と皇帝と筆頭魔法使いは判断したのだ。

 だが、そこからが苦行である。生徒会役員は、決まった曲で、ダンスを披露するのだ。生徒会役員のみで、会場のど真ん中でダンスなので、イヤでも目立つ。

 そして、僕はシーアの足を必死で避ける、という無様な姿を晒すこととなったのだ。

「マッシュは、家族の前では、あんな感じなのね」

 景品を持って戻る途中、シーアは呟いた。

「僕は、ほら、隠し子だから」

「あの夫婦は、貴族の学校で大恋愛して、結婚したのに、隠し子がいるなんて」

「仕方がない。貴族としては、予備が必要なんだ。義母上は、義兄上を産んで、妊娠出来ない体となってしまったから」

「腹違いの兄の体は、健康になりましたか?」

「………妖精の万能薬といえども、全ての人に万能なわけではないんだよ」

「そうですよね。でなければ、あんなにいっぱい、妖精の万能薬を横流しをしているのに、足りないなんてこと、ありませんものね。勉強になります」

 ちょっとした雑談だ。シーアにとっては、大した話ではない。僕にとっては、複雑だけど。

「ありがとうございます。マッシュのお陰で、景品を手に入れました」

「一回か」

「経済を回すためには、必要なことです」

「………」

 どれだけ、あの景品のために、金を払ったんだ? 筆頭魔法使いだけでなく、皇帝まで、遠い目をした。







 皇族シーアは、平穏無事な日々を貴族の学校で送っていた。妖精殺しでありながら、健康に過ごしているのは、あのシーアに狂っている筆頭魔法使いのお陰だろう。シーアは、自らが妖精憑きを殺す存在だとは知らず、文化祭でも、筆頭魔法使いの腕をとって、はしゃいでいた。

 僕はというと、学生の身の上といえども、次期当主として、もうそろそろ、心を入れ替えないといけなくなった。もう少しで卒業だ。

 僕は、側近を連れて、屋敷の地下に行った。妖精殺しの貴族の持ち物である屋敷なので、地下にはとんでもない妖精封じがされている。妖精憑きは、地下にいくだけで、力を封じられるため、力の弱い妖精憑きは発狂してしまう。

 時には、神と妖精、聖域の契約でさえ、この地下には通じないことがあるという。試したことがないけど。

 地下には、牢だけでなく、拷問道具もある。貴族の屋敷の地下なんて、そんなのばっかりだ。

 地下牢の一つに、義父上が無様に倒れていた。

「義父上、生きていますか?」

「っ!!」

 憎悪を籠めて顔をあげる義父。生きてはいるな。

 僕の側近がわざわざ、義父が閉じ込められている地下牢の前に椅子を持ってきた。僕は、当然のように、椅子に座る。

「義父上も、もっと、義母上を大人しくさせていれば、裏切られることなんてなかったのに」

「あの、小娘に、狂いおって」

「妖精憑きから離せば、勝手に死にます。それなのに、暗殺を命じるなんて。筆頭魔法使いにあんなに大事にされているのですよ。失敗したら、我が家が終わりです」

 義父は、文化祭の後、皇族シーアを暗殺するように、命じたのだ。

 だが、義母を放置する義父に一族は誰も従わなかった。それどころか、僕に報告して、すぐ、義父と義母は捕縛されることとなったのだ。

「あの小娘に傾倒したお前がか!!」

「僕の愛は、苦しまない死ですよ。僕だけが出来ることだ」

 我が家であれば、シーアに苦しまない死を与えられる。

 僕はただ、シーアが解放されるのを待っているだけだ。どうせ、皇帝は先に死ぬ。見た目は若いが、実際は孫までいる年寄だ。筆頭魔法使いは、シーアに寿命を捧げ過ぎて、先に死にそうな気がする。

 僕はただ、待っていればいい。僕は事あるごとに、シーアに言っている。僕の元に来てくれれば、下僕として大事にする、と。あんなに言ったんだ。一人となったシーアは、僕の元に来るだろう。

「あんな小娘に、誑かされおって」

「きちんと、妖精殺しの貴族として、使命は全うします。義兄上も看取りますよ」

「………それだけか」

 義母のことがないことに、義父は気づく。僕が大事にするのは、義兄のみだ。

「義母上と義兄上は、領地に行きました。義母上は、義兄上が世話をしていますよ」

「貴様ぁああああーーーーーー!!!!」

 あんなに弱らせたというのに、まだ、叫ぶ力があるのか。

 食糧も、飲み水も最低限にして、妖精を狂わせる香を充満させ、として、義父を弱らせたというのに、まだ、抵抗しようとしている。

 妖精を狂わせる香は、毒だ。少量であれば、すぐに排出されるが、大量に吸入すると、体は毒に侵されてしまう。

 僕も義父も、同じ毒を受けて、妖精殺しの体質を後天的に作ったのだ。そのため、妖精殺しの貴族の寿命は短い。

 義父、最後のあがきだったのだろう。血反吐を吐いて、動かなくなった。

「マッシュ様、これで、邪魔者がいなくなりましたね」

 義父の死に、僕の側近は笑顔を見せた。

「何を言ってるんだ。義父上がいなくなると、色々と面倒なんだ。僕はまだ、貴族の学校に通っている最中だというのに。義父上には、まだ、生きていてもらおう。領地に病気療養中、と義父上宛の手紙には返信しておいてくれ」

 まだ、僕は貴族にはなれない。義父の葬儀は、僕が貴族の学校を卒業してから行うこととなった。

「これは、燃やして、灰はとっておけ。妖精殺しの燃えカスにも、使い道がある」

 死んだ後も、妖精殺しの貴族は、色々と利用価値があった。







 長期休暇に入ってすぐ、僕は領地にいる義兄の元を訪れた。

 皇族シーアは、定期的に妖精の万能薬を融通してくれたお陰で、義兄はまだ生きていた。どんな状態なのか、僕は知らない。義兄の妻である義姉がいるから、何かあったら、訴えるだろう。

 そんな軽い気持ちで、領地に行き、義兄の久しぶりの再会である。

「義兄上、あまり元気ではないですね」

 そりゃそうだ。妖精殺しなんだから、どんどんと体は悪くなっていく。

 僕は、ベッドで横になったままの義兄と再会することとなった。使用人たちが、義兄の世話をせっせとしてくれるお陰で、義兄は綺麗な病人だ。

「義姉上は、どうしていますか?」

 最後に会ったのは、妊娠しているかどうかわからない義姉だ。あの女、僕に言い寄ってきたんだよ。気持ち悪かったなー。

 無事に生まれました、という報告を聞いていない。僕に隠す必要なんてないことだ。

「あの女は、私の毒を受けて、頭がおかしくなったよ」

「妊娠は?」

「腹の中で死んでいた。母上も愚かだな。僕は妖精殺しの末期なんだ。僕から出るもの全て、毒だというのに」

 義母は、一族にいながら、妖精殺しというものをわかっていなかった。

 義兄は、体質が合わなかったので、すぐに、妖精殺しの末期となってしまったのだ。妖精殺しの末期は悲惨だ。ゆるやかに内臓が腐って、とんでもない苦痛を受ける。最後は気狂いとなって死ぬのだ。

 義兄は緩やかな苦痛の死を迎えることとなっていた。妖精殺しとなるために、毒も一緒に受けるのだ。その毒は蓄積され、じわじわと妖精殺しを苦しめ、弱らせていく。その毒も、妖精の魔法を防ぐのだ。

 苦痛を取り除く方法は、妖精の万能薬である。あれは、ただの痛み止めである。受けた毒は、排出されないし、除去も出来ない。

 僕は、ベッドの側に膝をついて、義兄の手を握った。

「義母上の世話、お疲れ様でした」

「あの女、一か月も持たなかった」

「義母上も、義父上の毒に侵されていましたからね」

 夫婦なんだ、やる事やっているので、義母にも義父からの毒が移る。義兄の妻である義姉と同じように、徐々に、義母も毒でおかしくなっていた。

 この領地に幽閉された頃には、義母も、発狂していた。

 義兄は、義母のことを恨んでいた。誰よりも、妖精殺しの貴族になりたかった義兄は、真実の愛とやらで、弱い体で誕生したことを恨んでいた。

 妖精殺しとなるための試練に脱落した時、義兄は義母を憎悪した。義母の前では良い息子を演じていたが、僕の前では、義母への恨み事を吐き捨てた。

 皇族シーアのお陰で、妖精の万能薬を手に入れ、義兄は苦痛から解放された。そして、幽閉された領地で真っ先にやったことは、実の母親を妖精を狂わせる香の材料にすることだ。

「マッシュ、私はやっと、香を作った。これで、私も、一人前の妖精殺しだ」

「立派です、義兄上」

 泣き笑いする義兄の手を僕は強く握った。

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