真実の愛の憧れ
皇族シーアは、宣言通り、さっさと二年生に飛び級してしまった。それでも、一年生の生徒会役員として、名は残すこととなった。
「来年からは、三年生だね」
「この調子でいけば、マッシュ先輩と同級生になれますね」
笑顔でいう皇族シーア。追いつかれるな。
だからといって、僕は飛び級するつもりはない。そんなことをしたら、義母の怒りを受けることとなってしまう。貴族の学校に通うことは、ある意味、時間稼ぎだ。卒業したら、僕は、本格的に、妖精殺しの貴族の活動をさせられるだろう。また、義母に恨まれる。
皇族シーアは、生き急いでいる感じがした。賄賂を貰っているのだが、やはり、気になった。
「そんなに急いで学校を卒業しなくてもいいだろう」
「普通に通っていると、皇族の儀式に間に合いません。せめて、貴族になる資格だけでも欲しいです」
どうやら、貴族の学校に通っている間に、皇族の儀式が行われるようだ。
皇族シーアは、皇族失格になると信じていた。皇族失格となった者たちの末路は悲惨だ。そうならないために、シーアは人脈を広げていった。
生徒会役員なんか、ほとんど、シーアに下僕の誓いをした。さすがに、僕の相方のナックルはしなかったが。おもに、ナックルが、シーアに振り回されていた。
一年生次席は、シーアのことを尊敬の目で見るようになった。もう、胃を壊すようなことはない。
「シーア様、これでいいですか?」
「もう、様づけはやめてください。貴族のお嬢さんと同じ、シーア嬢と呼んでください」
「気をつけます、シーア様」
「なかなか、浸透しませんね」
シーアは普通に扱ってもらいたがった。だが、入学早々、皇帝と筆頭魔法使いが学校に強襲するので、簡単には出来なかった。
皇帝と筆頭魔法使いが強襲したのは、入学して数日してからだという。
「皇族だからと、首席を名乗るなんて、恥ずかしいことですよ」
「実力を見せて、首席を名乗るべきです」
「それこそ、皇族というものですよ」
中級クラスの令嬢たちが、嫌味ったらしく、皇族シーアに苦言を申した。
食堂で、一年次席を道連れにして皇族シーアが食事をしている所だった。貴族の子息令嬢は、シーアを貶めようと、虎視眈々と様子を伺っていた。
最初の出たのが、伯爵令嬢たちである。伯爵令嬢を先頭に、シーアの苦言をいう。
シーアは、今時珍しい弁当をつついていた。一年次席の分もあるらしく、分け与えている所だった。
「あの、皆さんは、どちらのご令嬢でしょうか。上級クラスでは、見かけたことがないのですが。わかりました、上級生の上級クラスの方なのですね!!」
そんなわけがない。クラスがわかるように、制服には、バッジをつけることとなっている。伯爵令嬢たちがつけているバッジは、中級クラスのものだ。
「シーア様、この方たちは、中級クラスですよ。ほら、バッジが中級クラスのものです」
皇族シーアの面倒をみている一年生次席があえて、そのことを伝えた。
途端、伯爵令嬢たちは、顔を真っ赤にする。こんな人前で、恥をかかされたようなものだ。
「お前は、貧乏男爵のくせに」
「負け犬が煩い」
一年生次席を責める伯爵令嬢に、シーアは冷たく言い放つ。
「わたくしのことをいうのだから、首席か次席かと見ていれば、上級クラスですらない、負け犬ではないですか」
「そんなことを言って、皇族失格となったあなたは、貴族でも、平民でもない、わたくしたちよりも格下なんですよ!! この者だって、学校を卒業すれば、わたくしたちよりも格下です」
「そんな、あるかどうかの未来の話に賭けるなんて。明日には、あなたの実家が落ちぶれているかもしれませんよ。未来に確実はありません」
「そんなこと、絶対にありません。我が家は、皇族の覚えも目出度いので。その繋がりで、あなたのこともよく聞いています」
皇族シーアのことを下に見る伯爵令嬢。一緒にいる貴族令嬢たちも、後ろでクスクスと皇族シーアのことを笑う。
「そうなんですね」
皇族シーアは右に左に聞き流した。それよりも、目の前の食事を笑顔で食べるのに夢中だ。もう、伯爵令嬢たちのことなど見ていない。
皇族シーアの態度に、伯爵令嬢が怒って、シーアのお弁当を机から叩き落した。
「皇族のくせに、お弁当なんて、貧乏くさい」
「なんてことするのですか!! これは、ナインがわざわざ作ってくれたのに!!!」
「皇族であれば、ここにも、料理が運び込まれるものですよ。わたくしが知る皇族はそうです」
「ナインのお弁当はとても美味しいのですよ。皇族でも、滅多に食べられないのに、わたくしが貴族の学校に通うから、とナインが毎日作ってくれるのに!!!」
「弁当だなんて、冷めた料理を提供するような者、大した料理人ではないでしょう」
「そうですね、料理人ではありません」
「料理人にも、作ってもらえないなんて、使用人との取り換え子だという噂、本当なのですね。皇族でもないのに、皇族を名乗るなんて」
「これを作ったのは、筆頭魔法使いです」
「嘘をつかないで!!」
「嘘じゃありません!! 状態保存の魔法を施されると、お弁当の醍醐味がなくなるので、あえて、そのままにしてもらっているだけです。こういうことの楽しさを理解出来ないということは、あなたは、普段、こういう冷めた料理を食べているということですね」
「そんなはずないでしょう!! 我が家は、それなりの立場なのよ。常に、最高のものを食しています!!!」
「高級な食材が最高と思っているなんて、あなたも世間をわかっていませんね」
いつの間にか、料理談義に発展させる皇族シーア。シーアは、伯爵令嬢たちを哀れみをこめて見た。
「わたくし、お弁当交換を初めてしたのですが、庶民の味は癖になりますね。でも、それをしたことがナインにばれて、叱られました。力の強い妖精憑きは、ちょっとしたことで怒るから、大変です。あ、ナイン、これは、わたくしが悪くありませんよ」
そして、筆頭魔法使い様が貴族の学校の食堂に登場した。
筆頭魔法使いは一目でわかるのだ。まず、着ている服が違う。とても派手な色合いを使っているのだ。
筆頭魔法使いは、恐怖に震える伯爵令嬢の頭を鷲掴みした。
「俺様がシーアのために作った弁当を随分と卑下してくれたな。そんな口を叩けるんだ、貴様は、それなりの実力があるんだろうな」
「わ、わたくしの家は、皇族と繋がりがありますよ!!」
「俺様は、皇族より上だ。皇族が俺様に権威を振りかざしたら、皇帝に処刑されるぞ。その時は、貴様の一族も道連れだ」
「ひぃ」
「ほら、今回はわたくし、悪くない」
食堂は恐怖に包まれているというのに、シーアは頬を膨らませ、そっぽを向いて、おかしなことをいう。
「俺様の弁当がこんなになったんだぞ!!」
「お弁当交換していません。わたくしは無罪です」
「そういうことを言ってるんじゃない!!」
「足りない小娘が、皇族に言われた通り、踊っただけでしょう。さっさと、シオンに報告に行ってください。あ、魔法で時を戻しても、落ちたお弁当は食べませんからね。足りないので、食堂のものを食べます」
「そんなぁ」
途端、情けない顔で席を立つシーアの後をついていく筆頭魔法使い。
「今から作るから、ここに座ってろ」
「せっかく貴族の学校に通っているのですから、世俗にまみれた食事を堪能したいです。今日は惣菜パンにしましょう」
「お前、詳しいな!! あんなに大量に持たせてるというのに、食堂の食い物も食べてるのか!!!」
「若いので、すーぐ、お腹が空きます。庶民の味って、癖になりますね」
「やめろ!!」
「学校には来ないで、と言ったではないですか。今回は、仕方がありませんが、もう、来ないで」
「わ、悪かった!!」
とうとう、筆頭魔法使いが半泣きとなった。
こんなことが数度あって、貴族の子息令嬢は、皇族シーアの扱いを気をつけるようになった。
ちなみに、皇族シーアに悪態をついた貴族の子息令嬢は、数日後、学校からいなくなった。
「しっかし、皇帝陛下も、筆頭魔法使い様も、シーア嬢には甘いな」
僕はシーアの下僕となったので、態度はくだけた。
「マッシュ、もう少し、女性を丁重に扱ったほうがいいですよ」
シーアはもう、僕のことは呼び捨てだ。下僕となったから、と僕が無理矢理、そうさせた。世間知らずの皇族は簡単に騙される。
シーアと出会ってから、僕は女をとっかえひっかえするようにしていた。義母の目が厳しくなったからだ。
義兄が家庭持ちとなったが、だからといって、義兄が跡継ぎになったわけではない。妖精殺しの貴族になるには、義兄の体は弱すぎた。ちょっと特別な煙草の煙を吸うだけで、体調を崩した。あの跡継ぎのための私室にすら、入るだけで、倒れるのだ。
義母は野望の方向をかえた。義兄の子を跡継ぎにしようと、義兄の妻と頑張っていた。だから、僕が婚約者なんか持ってもらっては困るのだ。
婚約者になりたい女はそれなりにいる。一族のために、と言い出す女だっているんだ。だけど、義母が面倒なので、僕は、女好きの悪評をばら撒くことにした。
言い寄ってきた女と付き合っては捨て、を繰り返して、すっかり、貴族社会では、女にだらしない男、と言われるようになった。
「もう、こんなに女狂いだとは、知りませんでした」
「僕は、シーア嬢の下僕だから、いざとなったら、シーア嬢の味方だよ。妻だって捨てられる」
「わたくしを理由にして、そんなことしないでください!!」
「そういうけど、シーア嬢だって、気になる男に交際を申し込んでいるじゃないか」
「それは、まあ、仕方がありませんから」
皇族シーアが不毛なことをしている理由を僕は知っている。シーアが教えてくれたからだ。
「だから、皇族失格となったら、僕が面倒みてあげるよ」
「い、イヤですよ!! マッシュは、もう、たくさんの女性と浮名を流して、信じられません」
「恋人よりは、下僕のほうが、信頼がおけると思うけど」
「皇族失格となっても愛してくれる人がいいです」
砂糖菓子みたいなことをいうシーア。シーアは、皇族失格となった時のための保険として、恋人を作ろうとしていたのだ。
手あたり次第に、シーアが告白しているわけではない。きちんと、見極めて、誠実な男を選んでの告白である。
しかし、だいたい、そういう男には、恋人や婚約者がいるのだ。しかも、相思相愛ときている。
結果、シーアは影で恋多き女、なんて言われるようになった。
お互い様なんだが、僕とシーアは根本が違う。僕は、女遊びをしている。シーアは、真実の愛を探しているのだ。
シーアの行動を見ていると、義母と義父の過去が思い浮かんでしまう。
「聞きましたよ、マッシュの義理のご両親は、貴族の学校でお付き合いして、結婚した、熱烈な関係だとか」
「大反対されての結婚だけどね」
「素敵です!! 反対されても、愛を貫くなんて」
その結果、義兄は跡継ぎになれない体となったが。
義母と義父の結婚が反対されたのは、身分違いとか、そういうものではない。血が近すぎる、という理由からだ。その結果、役立たずな子を為した上、義母は二度と子が為せない体となった。
結果は、誰も幸せになっていない上、貴族の義務も果たしていない、と一族からは責められることとなった。
そんなこと知らない皇族シーアは、表面の結果を耳にして、羨ましがった。
「今でも、義理のご両親は、仲良しですか?」
「夫婦仲はいいですね」
いつも、義母がやらかして、義父が助けている。あんなに冷酷な義父も、義母には激甘だ。
「いいなー!! わたくしも、そんな人と結婚したいー!!!」
「シーア嬢には、皇帝が決めた婚約者がいるでしょう」
「婚約者というだけで、何もしない男です」
シーアは、さっさと、皇帝が決めた婚約者を切り捨てていた。
シーアなりに、努力したのだろう。そういう女だ。だが、相手はそうではない。もう、シーアは婚約者を切り捨てた。きっと、皇族失格となっても、助けてもらえない、とシーアは接して、悟ったのだろう。
「皇族失格となったら、僕が守ってあげますよ」
「もう、下僕はマッシュだけではありませんからね」
シーアのことを認める貴族の子息令嬢は、どんどんと、シーアという個人に、下僕の誓いを捧げた。あっという間に、シーアの下僕は増えていったのだ。
「僕が最初の下僕ですよ。僕を頼ってください」
「だったら、お付き合いする女性と真摯に向き合ってください」
「僕もまた、真実の愛を探しているのですよ」
シーアが好みそうな言葉で誤魔化した。
僕は、シーアが生まれながらの妖精殺しであることを隠した。義父に報告しなかった。
しかし、子飼いの妖精憑きが大量に死んだのだ。義父だって、勘付く。
「皇族に、妖精殺しが発現したこと、どうして黙っていた!!」
僕は殴られた。
「妖精の万能薬を貰うための繋がりです。殺すわけにはいきません」
「妖精殺しが発現したことは、帝国を揺るがすことだ。このままでは、妖精憑きが絶滅することとなる」
「皇族失格になると言われています。追放されたところを保護し、領地に隔離します」
「あんなに妖精憑きを死なせたのにか!! すぐに殺せ!!!」
「筆頭魔法使いが味方になっています。筆頭魔法使いには、我々の力は通じない」
こうなる時のために、僕はきちんと言い訳を考えていた。
「妖精殺しが、健康に過ごしています。しかし、魔法使いの不信な急死が出ていません。筆頭魔法使いが、あえて、妖精殺しの寿命を捧げて生かしているからです」
「妖精殺しの体質で、無意識に行われているのだろう」
「そうだとしても、危険です。聞いているでしょう。皇族のちょっとしたいざこざで、皇帝だけでなく、筆頭魔法使いまで、学校に来ました」
「お前は、その女に、下僕の誓いなんてしたそうだな」
ちょっと、僕はシーアと親しくなりすぎた。貴族の学校のことなのに、義父の耳に入ってしまった。
「妖精殺しと知らなかった時のことです。義兄上のことを憐れんで、シーア嬢が妖精の万能薬を秘密裡に融通してくれたので、そのお礼として、しただけです」
「やり過ぎだ」
「反省しています」
僕はしおらしく頭をさげた。後悔していないけど。表面ではしおらしくして、内心では舌を出していた。
「旦那様、しばらくは、息子のためにも、様子見をしてください」
義母は、義兄の体調を良くする妖精の万能薬のために、僕の味方をした。
普段は妖精殺しの貴族として、恐ろしい顔をしているのに、義母に対してだけは、甘い顔をする義父。
僕が義母に前もって、教えたのだ。義母は何かと煩いので、情報を流した。
たぶん、義父に妖精殺しの情報を流したのは、義母だろう。義父から僕を助けてやった、と恩を売るつもりだ。
「マッシュ、これからも、その顔で、皇族を誑かしなさい」
勘違いされてる。義母は、僕が皇族シーアを誑かして、妖精の万能薬を手に入れると勘違いしたのだ。
貴族社会で、僕の浮名が広がっているので、義母がそんな勘違いをしても、仕方がない。それに、僕は義父の隠し子だ。義父がどんなに説明しても、義母にとっては、義父を誑かした女の子だ。
「バカバカしい」
この僕の見た目に、シーアが簡単に落ちるわけがない。
皇帝を数度、見た。シーアに何事かあると、皇帝は学校にやってきて、シーアを助けた。皇帝は、目を瞠るほどの美男子だ。
常に、皇帝を間近に見ているシーアにとって、僕の顔など、有象無象だ。本来、僕はシーアに見向きもされない。
だから、僕は、シーアの視界に入るために、下僕になった。そうしないと、僕の側にシーアは来てくれない。
僕の企み通り、シーアは、何事かあると、僕の側にやってきて、色々と話て、質問して、とした。
僕は、シーアに、嘘ばかり教えた。
嘘ばっかり教えるのに、シーアは、僕のことをずっと信じてくれた。




