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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-思い上がりの皇族-
338/353

帰国

 シーアを捕縛するために、辺境の禁則地へ向ける兵を準備している間に、シーアから、城に戻ってきた。

 とんでもない話だ。城の文官が、皇族用の馬車を盗み出し、それで、シーアを辺境の禁則地から城まで運んだのだ。しかも、シーアが戻ってきた理由は、夫婦喧嘩だという。

「本当のことを言え」

 僕は、シーアの理由を信じていない。どうせ、それには裏があるんだ。

「わたくしの下僕から、わたくしを敵国に追放する話を聞きました。しーかーもー、敵国は呪われた禁則地を制御出来なくて、わたくしを使って破壊するために、帝国に助けを求めたとか。帝国としては、血筋で増える妖精殺しをどうにかしたいしー、敵国としては制御出来ない呪われた禁則地を破壊したいしー」

「それ以上、いうな!!」

 耳が痛くなるほど、情報がシーアに漏れすぎだ。辺境の禁則地にいたくせに、知り過ぎだ!!

 僕が無能だ、と言われているような気がする。

「それで、ナインは元気ですか?」

「筆頭魔法使いの屋敷に籠城している」

「そんなぁ。ナインに会えるのが、楽しみだったのにー。ナインの素顔を見てから、敵国に追放されたかったです」

「追放されるって、行くつもりか!!」

「敵国の禁則地を破壊しないと、また、ナインが苦しめられるではないですか。破壊してほしい、と敵国が言ってくれたんです。破壊しちゃいましょう」

「生きて戻って来れないぞ」

「破壊は一瞬ですから、うまくすれば、生きて戻れますね」

 そういう話だという。僕は見ていないから、知らないけど。

「妖精殺しの貴族とは繋がっていると聞いてる。そいつを敵国に行ってもらうように、交渉は出来ないのか?」

「わたくしを追放するほうが、皇帝としては正しいですよ」

「………ナインが許さない」

 僕はもう、ナインの言いなりだ。ナインが望むのなら、シーアの身柄を引き渡してやろうと決めていた。

 だが、シーアは、思い通りには動かない。

「もう、ナインったら、まだ、妖精殺しの体質に惑わされているのですね。千年の化け物のくせに、情けない」

「………シーアは、ナインの素顔を見たことがあるんだよな」

「昔は、毎日ように見ていましたよ」

 そうか、シーアは、ナインの素顔に耐性を持っているのだ。

 ナインは、シーアが物心つくころから、何かと人前で気にしていた。幼い頃から、シーアがナインの素顔を見ていたのなら、シーアには、ナインの素顔は通じない。

 だから、平然とナインを情けない、なんて言ってしまえるのだ。それが、シーアの美的感覚を狂わせたのだろう。誰を見ても、シーアは、普通を見えるのだ。逆に言えば、シーアが美男子と言えば、相当、すごい美形だろう。

 僕も、それなりに見える顔だと言われている。だが、シーアの目には、平凡に見えたのだろう。

 少し、僕は落ち込んだ。シーアの目に、僕は入っていないのは、仕方がなかった。

 僕が黙り込んでも、シーアは気にしない。少し、考えこんでいた。

「まずは、ナインをどうにかしないといけませんね」

「どうにかって、無理だろう。すでに、命令違反で、ナインは天罰一歩手前まで、背中を流血させた」

「妖精憑きは思い込みが激しいから」

「シーアでも、無理だろう」

「いえ、どうにか出来ます。一か月は、ナインを無力化することとなりますが、契約紋の違反にはなりませんから、皇族を守護する妖精に見捨てられることはないでしょう」

「わかった、教えてくれ」

「わたくしがやります。まずは、筆頭魔法使いの屋敷に行きます」

 方法は教えてもらえなかったが、僕は、シーアに従うしかなかった。

 僕は、今回も祖父である皇族エッセンに相談しなかった。どうせ、エッセンといえども、ナインの説得は出来ないのだ。

 何より、今、僕でさえ、筆頭魔法使いの屋敷に入れなかった。

 シーアは地下牢から出れば、隠し通路を迷いなく進んだ。筆頭魔法使いの屋敷へと続く先には、エッセンの命令を受けている皇族が待ち構えていて、出てきた僕に驚いた。

「シーアを逃がすのか!!」

「ナインの説得に行くだけです」

「そう言って、逃げるのだろう!!」

 人手を呼ぼうとする皇族を僕は止めた。

「シーアは追放されると知っていて、城に戻ってきたんだ。信じよう」

「皇帝なんだから、ナインをうまく言い聞かせろ!!」

「無理だから」

 僕はもう、ナインの言いなりだ。僕は遠い目で言い切った。

「まあ、失敗したら、助けてくださいね」

「出来るって、言い切ったじゃないか!!」

「試したことないからー」

 やはり、シーアの全てを信じてはいけない。この女、僕を振り回しやがって。

「ナイン対策で、色々と持ち込みましたから。エッセンもわかっていて、あえて、わたくしの手荷物を取り上げなかったのでしょうね」

 地下牢に閉じ込めたというのに、シーアは色々と持っていた。危険な武器の類だけは取り上げたのだが、そうでないものは、地下牢に閉じ込めたシーアに返したのだ。

「わかったわかった。どうせ、このままでは、ナインに裏切られるんだ。だったら、シーアのとんでもない思いつきで、ナインを制御してもらうしかない」

「さすが、エッセンの味方をする方ですね。話の理解が早くて助かります」

「戦争では、助けられたからな」

 エッセンの味方をするような皇族だ。戦争にも行くような、皇族としての心構えをしっかりした者だ。シーアのことも、それなりに認めていた。

「妖精殺しでなければ、見逃してやれたのにな」

「わたくし、ただ、平凡な願いを持つだけなのですけど、そう簡単にはいかないですね。ただ、結婚して、人並の家庭を築きたかったのにぃ」

「もっと大きな野望を持て」

「平凡な家庭って、実は、簡単に叶えられるものではないですよ」

 僕たちは、首を傾げるしかない。ただ、結婚して、家庭を築くのなんて、普通のことだ。

 だが、家族に恵まれなかったシーアにとって、それは、普通ではない。そのことに気づくのは、随分と先の話だ。

 どうにか、見逃してもらって、シーアは、筆頭魔法使いの屋敷に入って行った。

 心配で、僕は筆頭魔法使いの屋敷の側で待った。僕は中に入れないので、どんなことが起こっているのか、わからないし、見えない。

「また、シーアの口車に乗ったのか」

 そして、祖父である皇族エッセンに見つかった。

「僕では、ナインの言いなりだから」

 筆頭魔法使いナインを目の前にしたら、僕はシーアをそのまま、ナインに渡してしまうだろう。

「千年に一人、必ず誕生する化け物は、その見た目で、男も女も狂わせるという」

「………」

「ナインがまだ、保護されたばかりの頃は、その素顔に、随分と皇族は惑わされたものじゃよ。本来であれば、筆頭魔法使いは目隠しして過ごすのだが、ナインは、それを嫌い、見た目を偽装することで、どうにか、場を収めたんじゃ」

「お祖父様も、見たことがあるんだ」

「皇帝シオンだけは、平然としておったな」

 つまり、皇族エッセンでさえ、ナインの素顔に惑わされたのだ。

 それじゃあ、僕がナインの素顔に惑わされても、仕方がないな。僕の気分は、少し、軽くなった。

 僕が用心して、筆頭魔法使いの屋敷を見張っていると、明け方には、シーアは出てきた。

「筆頭魔法使い予備のラッセルに、筆頭魔法使いの屋敷の支配をさせてください」

「ナインは説得出来たのか?」

「気狂いまで起こしたナインに説得なんて不可能ですよ。言いなりになったふりをして、ナインを妖精を狂わせる香で前後不覚にしただけです。ナインには、まだ、香の抵抗力がついていないようなので、香を焚き続ければ、ナインは眠ったままになるでしょう」

「………大丈夫か?」

 シーアの足取りがおかしい。一晩、寝ていないのだろう」

 シーアは片目をおさえて、呼吸を整えようと、立ち止まった。すぐに動かすには、シーアは辛そうだ。

「少し、疲れました」

「きちんと休んだらどうだ。もう、地下牢に行く必要はない」

「わたくしが地下牢にいるのは、皆さんの安心のためです」

 頑なに、シーアは地下牢に拘るのは、僕たちのためだ。

 シーアはまた、隠し通路を使って、地下牢に戻っていった。









 シーアは、僕から、祖父である皇族エッセンを奪った。

 いきなり、頼りにしていたエッセンを失って、僕は呆然となった。僕はまだ、エッセンに頼り切っていた。

 だから、エッセンを抜きとなった僕は、皇帝としての采配が出来なかった。情けない姿を見せることになったが、エッセンの味方をしていた皇族たちは、長い目で僕を見守ってくれた。僕が出来なくても、どうにか手助けしてくれた。

 そして、筆頭魔法使いナインの問題は残った。僕は、ナインを前にすると、冷静ではなくなる。どうにか、ナインの言いなりにはならないようにしたが、制御出来ない感情に振り回されることとなった。

 皇妃となって僕を支えようとするティッシーは、僕がナインの言いなりとなっても、黙って見守ってくれた。ナインから離れれば、僕はまともだからだろう。

 それに、ナインの制御をシーアから指示されていたからだ。

 シーアの予想通り、ナインを眠らせるのは、たった一か月だけだった。妖精を狂わせる香に耐性がついたのだ。目を覚ましたナインは、すぐに、僕に縋りつき、シーアを取り戻そうとした。

「ナイン宛に、手紙を書きます。それで誤魔化してください」

「そんなことで、ナインが大人しくなるわけがないだろう!!」

「妖精憑きなんです。力が強ければ強くなるほど、ちっぽけなものでも強く執着します。たかが手紙とバカにしてはいけません。なるべく早く、戻るようにします」

「追放なんだから、戻って来れないだろう!!」

「帝国の領地に入らなければ、大丈夫ですよ」

 シーアは、生きて戻って来るつもりだった。


 最初に戻ってきたのは、死んだ皇族エッセンだった。


 まさか、死んで戻るなんて、思ってもいなかった。シーアがエッセンを殺したようなものだ。

「いつ死んでもおかしくなかったからなー」

「最後まで、面倒をかけたくない、と言っていた」

「少しは、面倒をみたかった」

 だが、僕の親族は皆、エッセンの死を受け入れていた。エッセンが死んで戻っても仕方ない、と納得していた。

 僕だけが、シーアを恨んだ。それだけ、僕はエッセンに孫として可愛がられたので、シーアに祖父を奪われた気がした。

「僕のお祖父様なのに!!」

 簡単に、割り切れなかった。もう、この頃から、僕はナインに引きずられるようにおかしくなっていた。


 そして、皇族エッセンの葬儀が終わってしばらくして、シーアが戻ってくるという書状が届いた。


 僕は喜ぶナインに、出迎えを許可した。僕は政務を理由に、行かなかった。シーアを見たら、とても、冷静でいられないからだ。絶対に、殺したくなる。

 そうして、僕はナインが喜んで戻ってくるのを城で待った。


 まさか、死んで戻ってくるなんて、僕は思ってもいなかった。


 シーアは生きて戻ってくる、と言っていた。なのに、戻ってきたのは、首だけとなったシーアだ。

 死んで戻ってきたので、首だけになったシーアは帝国の領地に入っても、無事だった。

「シーア、やっと僕の元に戻ってきた。もう、逃がさない」

 首だけとなったシーアを抱きしめる筆頭魔法使いナインはもう、狂っていた。

 おかしなことに、シーアの首は腐っていない。ただ、縮んでいるように見えた。

 狂人シーアが戻ってきたような気がした。

 筆頭魔法使いの屋敷に行けば、僕は普通に入れてもらえた。

「ナインはどこだ?」

「秘密の部屋です」

 使用人は、無表情に答えてくれた。筆頭魔法使いの屋敷で働く使用人は、全て、皇帝に絶対服従だ。筆頭魔法使いに何かあった時、真っ先に皇帝に報告するよう、契約を施されている。そうしないと、筆頭魔法使いの言いなりになってしまうからだ。

 筆頭魔法使いの屋敷には、筆頭魔法使いが強く執着する者を閉じ込めるための部屋がある。そこに閉じ込められた者は、筆頭魔法使いの言いなりだという。

 一度は、シーアは、その部屋に閉じ込められたとナインは言っていた。しかし、妖精殺しの体質には、妖精の魔法は通じない。シーアは、ナインの言いなりのふりをしていただけだ。

 そして、今度は、死んで、首だけとなって、シーアは、部屋に閉じ込められた。首だけとなっても、ナインは満足した。何度も逃げられて、逃げる手足をなくしたシーアに、狂ったナインは喜んだ。

 さすがに、この部屋には、簡単には入れない。筆頭魔法使いは簡単に許可しない。だから、部屋の前で待つしかなかった。

 外が薄暗くなった頃、ナインは部屋から出てきた。

「何か用か、皇帝陛下」

 もう、ナインは僕のことを名で呼ばない。シーアを敵国へ追放して、死なせたことをナインは許さない。

「生きて帰ってくる、とシーアは言ってたんだ。だから」

「エンジに盗られた」

 シーアが夫と選んだ男の名だ。敵国で、シーアの計算外のことが起こったのだろう。

「首だけでも、戻ってきてくれたから、満足しよう。心配するな。シーアが望んだ通り、死ぬまで、筆頭魔法使いとして、帝国を支えてやる」

「も、もう、僕とは」

「好きにすればいい。僕の心は、シーアのものだ」

 ドアの向こうに大事に隠されたシーアのことを思ってか、ナインは恍惚に笑う。

「もう、これで、シーアが苦しんで生きることはなくなった。シーアにとっては、これで良かっただろう」

「ごめん、ごめんなさい、僕は、結局、無力だ」

「シーアは、婚約中、どんな話をしていた?」

 突然、話題を変えるナイン。僕は、少し、呆然となったが、ナインが素顔を見せるから、一生懸命、思い出した。

「特には。世間話をするくらいだ。貴族の学校に通うようになってからは、城の外の話をよくしてくれた」

「それだけ?」

「僕からは、話をふられたら、返すくらいだ」

「お前は、本当に最低な男だな。だから、シーアの婚約者でありながら、表面の付き合いにしかならなかったわけだ」

「シオンが一方的に命じた婚約だぞ!! 上辺だけで何が悪い!!!」

「シーアは、お前に憧れていた。何の努力もしなくても、人並以上のことが出来て羨ましい、と」

「成績でも、盤上遊戯でも、僕はシーアに負けた。おまけに、皇帝としても、僕はシーアに負けた」

「中に入れ」

 何故か、ナインは、シーアの首を閉じ込める、大事な部屋に、僕を招き入れた。

 この部屋から物を持ち出さなければ、大したことにはならない。シーアの首を持ち出すような真似、僕はしない。だいたい、見るからに、気味の悪い首だ。

「腐りもしないなんて、何か処理でもされたのか?」

 つい、机の上に置かれたシーアの首を見てしまう。祖父である皇族エッセンの亡骸は、それなりに腐って、ウジ虫まで湧いていた。

「妖精殺しの体は、生まれつき、毒に侵されているんだ。だから、生まれてすぐ、死んでしまう」

「つい最近まで、生きてたじゃないか」

「だから、常に、妖精憑きの寿命を奪って、妖精殺しは生き続けるんだ。妖精憑きがいなければ、妖精殺しは自らの毒で死ぬ。毒で死んだ者は、こうやって、腐らないことがあるんだ。虫も毒を嫌って、近づきもしないという」

 だから、シーアの首は、腐ることも、ウジ虫が湧くこともなく、ナインの元に戻ってきたのだ。

 突然、ナインは、シーアの片目をえぐり取った。

「何を!!」

「これは、妖精の目と呼ばれる魔道具だ」

 シーアから離れたそれは、丸い何かになった。とても、シーアの目には見えなかった。

「シーアは、ネフティの暴力のせいで、僕のいい加減な治療で、狂人になったんだ。そして、いつまでも回復しないシーアに止めを刺すために、ネフティは、シーアの片目を抉って、妖精の目を装着したんだ」

「その、妖精の目って、何だ?」

「後天的に、妖精憑きの才能を与える魔道具だ」

「じゃあ、シーアは、妖精憑きになったのか」

「才能がなければ、廃人になる、とても危険な魔道具だ。ネフティは、それを知っていて、シーアに妖精の目を装着したんだ。シーアは才能がないと、ネフティは思ったんだ」

「でも、シーアは無事じゃないか」

「シーアは、才能があったかどうか、わからない。だが、妖精殺しのシーアには、この魔道具を発動させるのは、不可能なんだ」

 シーアの短い一生は、僕の想像を絶するほど、困難なものだった。

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