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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-思い上がりの皇族-
336/353

貴族の学校

 シーアが貴族の学校に通うようになってから、シーア側の話題が増えた。

「貴族の婚約でも、なかなか面倒な習わしがあるのですね。節目節目で、婚約者に贈り物をするそうです」

「そうなんだ」

「誕生日、婚約記念、あとは、季節の挨拶代わりに、といっぱいあるそうです。こうやって、婚約者同士の交流の時でも、贈り物をするそうですよ」

「それは、シーアが僕に贈り物を強請っているということか」

「いえいえ、そういう話を聞いて、驚いているだけです。わたくし、本当に物を知らなくて」

 僕は、シーアに何一つ、贈り物をしなかった。

 シーアは、貴族の学校に通う前から、婚約を結んでからずっと、節目節目に、僕宛に贈り物をした。だけど、全て、箱に放り込んで、お礼も、お返しもしなかった。

「メフノフ、それはさすがに悪いわ」

「嫌々とはいえ、婚約者からの贈り物を受け取ったんだから、礼儀として」

「勝手にシーアがやっているだけだ」

 両親から注意されても、僕は無視した。その内、こういうことはバカらしい、とシーアも止めると思った。

 なのに、茶会で、強請るようなことを言われた。少しだけ、やったほうがいいのか、なんて思った。

「大衆小説が面白いですね。真実の愛で婚約破棄する、なんて滅茶苦茶なものがあるのですよ。貴族は家同士の繋がりが大事だから、婚約だって、家同士なのに、それを無視して真実の愛で婚約破棄しちゃうなんて、大衆小説は滅茶苦茶ですね」

「皇族は、婚約よりも、子作りが重要だからな。貴族とは違う」

「でも、真実の愛というものには、少し、惹かれますね。わたくしにも、そう言ってくれえる人はいるのかしら」

 婚約者を目の前にして、浮気したい、なんて遠まわしにいうシーア。それで、先ほどまでの贈り物をしよう、という気分はどこかに吹っ飛んだ。こいつには、何も与えなくていい。

「貴族の学校なんて、無駄なことする暇があるなら、城で皇族の仕事をしてろ」

「でも、わたくし、皇族失格になる、と家族からも言われていますし。万が一の保険ですよ、保険」

「………」

 お前は、立派な皇族だよ!! 声を大にして叫びたいが、僕は頑張って沈黙する。

 教えてもいいだろうに。時々、そう思うのだ。だが、皇帝シオンは口止めした。シーアにも言うな、と。

 今、シーアは無駄なことをしている。シーアは皇族失格となると考え、貴族になる準備をしているのだ。貴族の学校を卒業すれば、まず、貴族の資格は得られる。

 だが、シーアは皇族だ。貴族に降嫁することはない。

 苛立つ、生涯、目の前の女と過ごすのだ。皇帝シオンが死ねば、婚約だってなくなる、と思われるだろう。しかし、筆頭魔法使いナインがまだいる。あの男は、千年に一人必ず誕生する化け物だ。寿命はただの人の数倍だ。

 ナインは口ではシーアのことを妹のようにと言って可愛がっているが、僕を見る目には、殺気がこもっている。妹のように可愛がっているから、と見えなくもない。だけど、それ以上の情念をナインがシーアに抱いているのかもしれない。

 シーアがガチャガチャと茶器の音をたてる。それは、耳障りで、つい、僕は顔を顰めてしまう。

「ご、ごめんなさい。うーん、いっぱい練習しましたが、難しいですね」

「茶器の置き方が悪いんだ。こうする」

「してませんか?」

「右に寄っている感じがするな」

「やっぱり、そうなっていますか。ダンスも、重心が右に寄っている、と注意されます」

「ダンスって、どこで習ってるんだ?」

「貴族の学校ですよ。必須なんですって。女ですから、体術と剣術はありませんけど、やっぱり、体使うことは、必須なんですよね」

「………」

 皇族教育でも、一応、ダンスは行う。だけど、シーアはすぐに皇族教育を終わらせてしまったので、ダンスはやらなかった。皇族に必要なのは、血筋だ。体術剣術は、生き残るために必要だが、ダンスはそうではない。貴族相手に、皇族が気を遣う必要がないからだ。社交だって、皇族は持て成しを受ける側であって、持て成すことはない。だから、最低限のマナーを身に着けていればいい。

 つまり、茶器の音をたてない、とか、そういうことだ。

 週に一回の茶会をしているが、シーアのマナーは崩れる。いつもではないが、油断した時、シーアは失敗する。

 僕は、別に気にしない。シーアには、そういうものを期待していない。出来なくても、シーアなら仕方がない、と諦めている。

 だが、シーアは、失敗する度に、真っ青になる。出来なさすぎだな、とは思うが、それを口にしない。

「言ってくれれば、マナーも、ダンスも、僕が教えてやるのに」

 ついつい、余計なことを言ってしまう。言った後で、僕は後悔する。

「い、いえ、もう、十分、教えてもらって、これなんです。もう、どうしようもないので」

「教え方が悪いんだ。僕はよく、教えているから、教えるのは上手だ」

「教えることも出来るなんて、メフノフはすごいですね」

「誤魔化すな」

「………」

 よく、シーアに誤魔化されたから、どんどんと、僕は誤魔化されなくなった。

「茶会だって、シーアの都合で変えてもいいんだ。いつも、決まった曜日に決まった時間は、大変だろう」

「生徒会の役員って、名誉職のくせに、面倒事が多いですね。わたくし一人が抜けても、と思うのですが、相方が一人で抱えるのは、気の毒で。シオンに相談して、回数を減らすなりしてみます」

「僕から言っても、殴られるし」

「殴るのですか!!」

「そういう話は、シオンにはするなよ!!!」

 慌てて、僕はシーアに口止めした。僕がシオンの悪行をシーアに言ったなんて知られたら、また、シオンに殴られる。

 あの皇帝、姪のために、僕に手も口も出してくる。狂っているよ。

 皇帝だけではない。筆頭魔法使いナインまで、シーアのこととなると、狂ってくる。帝国で最強の二人がシーアの味方だ。

 だから、シーアは嫌われるのだ。

 婚約者という立場になってから、僕は皇帝と筆頭魔法使いに必要以上に関わるようになっていた。理不尽な目にあってばかりだ。

 なのに、原因といっていいシーアは、のほほんと目の前で茶を飲んでいる。貴族の学校は楽しそうだな、みたいな話をしてくれる。

 腹が立つ。城の中で、僕は、シーア狂いの皇帝と筆頭魔法使いの顔色を伺っているというのに。

「ほら、ダンスをやってみよう」

 だから、嫌がるシーアの手をとって、無理矢理、立たせた。

「まずは、基本のステップをしてみよう」

「きゅ、急に言われましても、切り替えを」

「頭で考えるな」

「考えないと、出来ないんです!!」

 珍しく、半泣きのシーア。落ち着いて、動じないシーアではない。

 シーアのペースが乱れたことに、僕は面白くなった。シーアが足元を見て、ステップを口で呪文のように唱える様を見て、楽しい。

 実際に、基本のステップを踏ませてみれば、確かに、重心がずれている。

「右側に寄っているな」

「話しかけないで!!」

 注意しているというのに、シーアはステップに集中している。

 額に物凄い汗を浮かべて、シーアは、一心不乱にステップを踏む。大した時間じゃない。一曲が終わるくらいだ。それで、シーアはすぐ、椅子に座り込んだ。

「もっと体力作りをしろ」

「そ、そうですね」

「しばらくは、茶会では、ダンスの練習をしよう」

「えー、そんなー」

「僕の婚約者なんだから、ダンスくらい出来るようになれ」

「ううう、体を使うことは、苦手なのにー」

 シーアは珍しく、机に突っ伏して、弱音を吐いた。




 この茶会の後、シーアは高熱を出して、しばらく、ベッドから起きられなくなった。





「やっぱり、皇族失格なのよ」

「皇族なら、病気にならないからな」

「メフノフも、偽物の婚約者にされて、気の毒に」

 シーアが体調を崩したことで、シーアが皇族失格だ、という噂話が真実味を帯びてきた。

 僕は、筆頭魔法使いナインを疑った。

「ナイン、シーアが病気って、どういうことだ!!」

 僕は人前で、ナインにつめ寄った。ナインは、シーアが皇族だと嘘をついていると思った。

 そう思う。だって、ナインは、シーアのことを大事にしている。あれほど大事にしているのだから、側に置くために、皇族だと嘘だってつくだろう。

 ナインは、気まずい、みたいな顔をして、僕をどこかの部屋に引っ張り込んだ。

「お前な、シーアが皇族だってこと、皇族の儀式まで秘密にしなきゃいけないだろう」

「その、皇族だと、ナインが嘘をついてるんだろう」

「シーアは皇族だ。ただ、シーアは、そこら辺の健康な皇族とは違うんだ。見ての通り、シーアは、家族に蔑まれているだろう。そのせいで、シーアは、当然のことが出来ないんだ。それで、疲れて、体調を崩したんだ。昨日の茶会で、何かやったのか?」

「………ダンスの練習を」

「もう、そういうことはするな。シーアのこと、ガキの頃から見てわかるだろう。普通じゃないんだ。歩くのだって、一人で食べられるようになるのだって、人の何倍、何十倍も時間がかかっている。今、まともに見えているが、それは、シーアが努力したからだ」

「だったら、貴族の学校になんか行かせるなよ。あそこでは、体使うことも授業でやると話していた」

「シーアは好きにさせてやろう、とシオンが決めたんだ。シーアがああやって、普通に過ごしているのは、奇跡なんだ。お前たちは、シーアのことを狂人と蔑んでいるが、そうなったのは、シーアのせいじゃない。シーアは、被害者だ」

「そう言って、僕に何も教えてくれないじゃないか!!」

 一方的に僕を責めるナインに、僕は逆らった。

 僕は、シーアの真実を何も知らない。シーアは、自らのことを何も話さない。当たり障りのない世間話をするシーア。そこに、シーアの中身はない。

「じゃあ、シーアのことを知って、お前は、最後まで、シーアのことを支えられるのか?」

「支えるしかないんだろう。そのために、僕を婚約者にしたんだ」

「別に、お前じゃなくったっていいんだ。あの時、エッセンの孫だから、お前を選んだだけだ。他の誰でも良かった」

「っ!!!」

 祖父である皇族エッセンの名が、嫌味に聞こえる日が来るとは。まるで、僕は、エッセンの付属品のようだ。

 僕は、神童、エッセンの自慢の孫と呼ばれた。誰もが、僕は皇族エッセンの優秀な跡継ぎになるだろう、と言った。

 それなのに、シーアの婚約者を決める時に、僕の能力は見向きもされなかった。シーアを一緒に虐めた仲間たちと僕は同列に見られていたのだ。

「シーアは正真正銘、皇族だ。まあ、順位は最底辺だけどな。シーアを虐めてた奴らの中には、その最底辺に届きもしない奴だっている。平然と、シーアを皇族失格、と笑っているが、そいつが皇族失格なんだよ」

「………」

「今、お前の隣りで笑っている奴らは、皇族の儀式を通過するまでは、皇族未満だ。笑っている場合じゃない。皇族失格となった時、初めて、絶望するんだ。皇族教育の成績なんて、意味がない。皇帝の気分一つで、皇族失格者は、死ぬんだ。その中で、お前は確実に高位の皇族だ。良かったな」

「………」

「ここを出たら、いつもの通りにしていろ。シーアが皇族だってことは、誰にも話すな。いいな」

 筆頭魔法使いナイン言われて、僕は、真の恐怖に知り、呆然となる。そんな僕の肩を押して、ナインは部屋から出した。

 部屋の外では、僕とナインとのやり取りを盗み聞きしようとしていた者たちがいた。僕たちが出てきたので、慌てているが、バレバレだ。

「いくら、ここが城の奥といえども、盗み聞きされるほど、俺様は落ちぶれていない」

 筆頭魔法使いナインは、いつもの調子で笑って、その場を離れて行った。

 すぐに、僕とナインが何を話していたか、知りたくて、僕に話しかけてきた。

「なあ、ナインと何話してたんだ?」

「やっぱり、シーアは、皇族失格だって?」

「シーア、誰とも似てないからなー」

「まともに見えるけど、やっぱり、狂人だし」

「さっさと、皇族失格となって、城から出て行ってほしいよな」

 まるで、自分たちは大丈夫、と笑っていう仲間たち。

 ナインは、言った。この中に、皇族失格者がいる、と。皆、血筋はしっかりしている。それでも、皇族失格者が出るのだ。皇族の血筋は、神の気まぐれ、と言われる。

「いつものことだよ。シーアが体調を崩したから、僕が悪い、と言われたんだ」

「皇族失格なんだから、シーアが悪いのになー」

「ナインも、シーアのことなんか気にしすぎだよな」

「いくら、皇帝の姪だからってな」

「公私混同しすぎだよな」

 僕がいう事を皆、信じた。部屋の中での会話、ナインの魔法で、完璧に防音されたのだ。

 とても、この中に皇族失格者がいるぞ、なんて言えない。僕は、笑顔で誤魔化した。








 ティッシーが、いつの間にか、シーアと仲良くしていた。年に一度の食事会の席で、ティッシーとシーアが隣り同士になったのがきっかけだという。

 ティッシーとシーアが仲良くなると、婚約者としての義務のような茶会に、ティッシーも混ざるようになった。

「女の子の流行りは、やっぱり、皇族から貴族へと流れていくのですね」

「そうなの?」

「少し前に、ティッシーから教えてもらった流行りなのですが、貴族は遅れて流行っていますよ。学校で話したら、驚かれました。こういうのは、高位貴族から、どんどんと下へと流行りが広がっていくそうです。知らなかった」

「わたくしも知らなかったわ」

「いい話題作りとなりました。ありがとうございます」

 ティッシーのお陰で、茶会の会話がはずんだが、女同士なので、僕は蚊帳の外だ。

「メフノフは、もう、皇族のお仕事の手伝いをしているのよね。すごいわね」

「さすが神童」

「もう、神童というな!!」

 恥ずかしい年頃だ。顔を真っ赤にして、耳を塞いだ。

「えー、神童、いいではないですか。メフノフは才能豊かですから、何やっても出来るのが当然ですからね」

「教えるのも、上手なのよ」

「自慢してました。教えるのも上手だって」

「わたくし、色々と教えてもらったわ」

「いいなー、わたくしも、色々と教えてもらって、異性と仲を深めたいけど、うまくいかないですね」

 最後、憂鬱な顔になるシーア。訊き方によっては、浮気宣言されているようだ。

 だが、深く、シーアの言動を探ったりしない。そんなことして、僕のほうが藪蛇だ。

 僕とティッシーは、隠れて逢瀬をしている。最初は、シーアとティッシーが仲良くなって、そのことで、色々と話して、と昔のように仲良くしていた。

 途中から、ティッシーが、昔からの想いを僕に告白した。それに、僕は絆された。

 ティッシーを逃げ道にしていたが、今では、ティッシーが本命だ。シーアは、大衆小説でいう、真実の愛を邪魔する悪女だ。

 だが、シーアは何も知らず、ティッシーのことを友達、僕のことは建前の婚約者として扱った。

 茶会にティッシーを混ぜるようになっても、シーアは気にしない。シーア、これっぽっちも僕のこと、男としては見てないな。ティッシーを茶会に呼んだのは、僕だというのに。

 シーアは、突然、ニヤニヤと笑いだして、本を一冊、机の上に置いた。

「貴族の学校の一部の女子の間で、これこそ名作、という大衆小説をいただきました」

「そんな、空想の話で、名作だなんて」

「男同士の恋愛です」

「………は?」

 ティッシー、間抜けな顔となった。まさか、婚約者の仲を深めるための茶会の場で、男同士の恋愛話が出てくるなんて、僕だって思わなかったよ。

「皇帝の儀式についてお話したら、もう、食いつかれましたよ。シオンとナインはすごい美男子ですよ、とわたくしが描いた姿絵を見せたら、もう、すごかったです」

 シーアが描いたという皇帝と筆頭魔法使いの姿絵は、なかなかのものだった。

「ナインって、こんな顔だったかしら」

 ただ、ナインは僕たちが知る素顔ではない。姿絵なのだが、男でも目が奪われるほどのものだ。

「普段のナインは、偽装しているのですよ。綺麗でしょう」

「シーアは、見たことがあるの?」

「はい。皇帝の儀式、ちょっとイヤだなー、とは思いましたが、シオンとナインなら、ありだと思いましたよ」

 僕もティッシーも、普段、見ているナインの顔がそうだと思い込んでいた。

 シーアが描いた姿絵を見て、今更、ナインの素顔がわからなくなった。見ているようで、見ていないのだ。そういう魔法をナインは自身に施しているのだろう。

 シーアは、姿を大事に、本に挟んだ。

「妄想ですが、こういうのもいいな、と思いました」

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