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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-気弱な魔法使い-
332/353

逃亡

 僕は、筆頭魔法使いの屋敷で籠城していた。この屋敷だけは、僕の支配下だ。皇族といえども、皇帝といえども、僕の許可なく、この屋敷に踏み入ることは出来ない。

 僕は、待っていた。隙が出来ればいい。城の地下牢に捕らえられたシーアを助け出し、筆頭魔法使いの屋敷にある、秘密の部屋に閉じ込めてしまえば、誰も、シーアに手が出せなくなる。

 完璧な人なんて存在しない。どれほど、皇族エッセンが城中の隠し通路を見張らせていたって、隙は出来る。

 僕の素顔を見せてやれば、皇帝メフノフのように、皆、僕の言いなりになる。

 だけど、シーアだけは、僕の言いなりになってくれないな。

 シーアのことを考えると、喜びに震える。シーアだけは、僕の思い通りにならない、可愛い人だ。

 今更、僕はシーアへの想いを自覚した。亡き先帝シオンは、僕の特別だと思っていた。そうじゃない。シーアこそ、僕が待ちに待った特別だ。

 妖精憑きの特別は、本能とか、関係ない。神が与えたものでもない。時間をかけて、育てあげた僕の感情だ。ただの人は、それを恋とか、愛とかいう。

 恋も愛も、理解出来なかった。皇族ネフティの狂愛を見せられて、気持ち悪いと思った。だから、欲しいとは思わなかった。

 実際に、シーアへの想いを募らせて、皇族ネフティの狂愛を理解することになるとは。

 僕は、ネフティのように愚か者ではない。時間をかけて、シーアを篭絡すればいい、と考えていた。どうせ、兄エンジは先に死ぬ。僕よりも年上で、シーアにどんどんと寿命を捧げている。エンジがシーアより先に死ぬのは、見てわかる。残ったシーアを言葉巧みに説得して、筆頭魔法使いの屋敷に連れて行けばいい。そう計画していた。

 だが、敵国は呪われた禁則地の破壊のために、妖精殺しであるシーアを要求した。たかが、三百年の不可侵条約を条件に、要求したのだ。

 普通だったら、帝国は断る。戦争、起きてもらっても、帝国は困らない。敵国の呪われた禁則地で、敵国が滅んだって、帝国はかまわないのだ。

 だが、皇族に発現してしまった妖精殺しをそのまま、生き残らせることは、皇族の威信を悪くする。血筋で増える妖精殺しは、妖精憑きを絶滅させてしまう存在だ。その血筋が皇族の中に混ざっていてはならないのだ。

 幸い、シーア自らが、シーアに連なる血筋全てを処刑した。残るのは、シーアのみだ。

 だから、皇族エッセンは、帝国のために、皇帝となったメフノフの今後のために、シーアを裏切った。

 シーアが生まれながらの妖精殺しだと知った帝国は、丁度いいと、敵国に追放することにしたのだ。

 僕だけは、反対した。だから、僕を排除するため、皇族の命令を使おうとするので、僕は筆頭魔法使いの屋敷に籠城したのだ。

 苛立った。思い通りにいかない。まるで、シーアを相手にしているようだ。

 まさか、ここまでシーアの企みだなんて、思いたくない。シーアは、死にたくない、と言っていた。エンジの寿命を全て使い切ってでも生きると言っていた。エンジを殺して生きると言っていた!!

 たった一人で過ごしていると、色々と考えてしまう。

「ナイン、やっぱり、いた」

「シーア!!」

 やっぱり、シーアは、大人しく城の地下牢になんか閉じ込められるような女じゃない。

 シーアだけは、筆頭魔法使いの屋敷に入れるようにしていた。

 シーア、少し、痩せたような気がする。抱きしめて、顔に触れて、と確かめた。

「こんなに弱ってしまって」

「浮気者のエンジは、今、後始末に奔走しています」

「だから、兄貴はやめろって、言っただろう!!」

「まさか、わたくしと出会った時に、三人の女性とお付き合いしているとは」

「最低だな、あいつ」

「あんな美男子ですから、一人くらいはいるかなー、と疑ってはいましたよ。三人は予想外でした」

「………」

 笑っていうシーアは、簡単にエンジを信じるような女ではなかった。

 シーアは、世間知らずだ、と笑っていっているが、そうではない。城の中で過ごして、様々な知識を取り入れ、誰よりも疑って生きていた。狂人と呼ばれながら、その悪名で油断させていただけだ。


 笑顔で相手を油断させた。

 良い所を誉めて、油断させた。

 自らを卑下して、油断させた。


 僕では、想像もつかない生き方だ。シーアへの想いを自覚して、シーアの憐れな生き方に気づいた。

「シーア、ここにいれば、安全だ。僕が生きている限り、シーアは元気でいられる」

「もう、わたくし、浮気はしませんよ。エンジを待ちます」

「わかったから、少し、休もう。ほら、こっちだ」

 シーアの手をとって、僕は秘密の部屋へと向かっていく。

 筆頭魔法使いは、家族を持てない。家族が弱点となってしまうからだ。それでも、強い執着を持ってしまうことがある。そういう時は、その強い執着を筆頭魔法使いの屋敷にある秘密の部屋に閉じ込めるのだ。

 秘密の部屋には、とんでもない魔法が施されている。あの部屋に入ると、出る意思がなくなる。そして、筆頭魔法使いの言いなりとなる。

 シーアを秘密の部屋に入れてしまえば、僕の言いなりだ。

「ナインったら、屋敷に閉じこもって、会いに来てくれないから、寂しかったです」

「ここを出たら、僕は皇族の言いなりだ。シーアを助けられなくなる」

「わたくしのことを子ども扱いして。城の外には、わたくしに忠誠を誓った下僕がいるのですよ。わたくしが本気になれば、内乱を起こせます」

「そんなことしなくていい。全て、俺様にまかせて、シーアは、ゆっくり休んでいろ。この部屋で、少し、待っていろ。食事を持っていく」

 平然と表情を作るのに、必死だった。この部屋の存在をシーアは知っている。だけど、筆頭魔法使いの屋敷のどこにあるのか、僕は教えていない。

 もしかしたら、亡き先帝シオンが、シーアに教えているかもしれない。もし、教えていたら、シーアはこの部屋に入らないだろう。

 シーアは、開け放ったドアの前で、僕を振り返った。まだ、部屋に入っていない。

「ナイン、はやく来てくださいね。わたくし、美味しい物が食べたいです。もう、固いパンや冷めたスープには飽きました」

「食べやすいものを持っていくよ」

「はい」

 やっと、シーアは、秘密の部屋に入った。

 これで、シーアはもう、外には出ない。この秘密の部屋の魔法は、僕といえども、解けない。一度入ったら、二度と、出ることはない。力づくで出しても、発狂するのだ。

 まさに、狂人となったシーアを敵国に引き渡せないだろう。

「シーア、もう、離さない」

 ドアの向こうにいるシーアを感じて、歓喜に震えた。








 シーアの策略に嵌って、僕は、一か月も無力化することとなった。

 シーアは、生まれながらの妖精殺しという体質に賭けたのだ。

 筆頭魔法使いの屋敷にある秘密の部屋の魔法は、妖精殺しに通じなかった。

 シーアは、まるで魔法にかかったような顔をして、僕にその身を差し出した。そして、僕が満足し、油断した所で、妖精を狂わせる香を使い、僕を無力化した。

 シーアは、秘密の部屋から出て、筆頭魔法使いの屋敷の使用者を僕から筆頭魔法使いの予備ラッセルに書き換えさせた。そうして、妖精を狂わせる香を焚き続け、僕の意識を夢うつつに閉じ込め、シーアは敵国へと追放された。

 妖精を狂わせる香の効果は永劫ではない。僕だって、抵抗力がつく。だから、一か月で、僕は意識を取り戻すこととなった。

 僕はすぐ、皇帝メフノフの元に行った。

「シーアはどこにいる!!」

「シーアは追放した」

 メフノフは、皇帝印を押されたシーアの追放令を僕に見せた。

 内容は、戦争に出征する者たちに施される妖精の契約とほぼ、同じだ。戦争で捕虜となった場合、死んだものと扱われる。つまり、捕虜となった者たちは、生きて、帝国に戻れないのだ。この契約の恐ろしい所は、その言葉通りとなるのだ。捕虜が無理矢理、帝国の地に足を踏み入れた途端、業火で焼け死ぬだ。

 シーアの追放令は、同じような内容だった。シーアは二度と、帝国に戻れない。万が一、生きて、帝国の領土に足を踏み入れれば、死ぬこととなる。

 とんでもない追放令に、僕はメフノフにつかみかかった。

「シーアを追放しないと、言ってくれたじゃないか!!」

「シーア、シーア、シーアと煩い!! お前は、皇帝である僕のものだ!!!」

 メフノフは乱暴に僕の腕を引っ張り、僕の体を机に抑え込んだ。

「どいつもこいつも、シーア、シーアと!! あの女、お祖父様を道連れに敵国に行ったんだ。僕のお祖父様なのに」

 ギリギリと歯ぎしりして怒るメフノフ。

「あのクソジジイを連れていったのか!!」

 僕は、皇族エッセンを道連れにしたことに、別の怒りを持った。

 シーアが敵国に引き渡されるきっかけを作ったのは、皇族エッセンだ。そんな奴を側に置いて、敵国に行ったという。

 裏切り者のエッセンは、用なしとなったシーアを殺すだろう。

「すぐに、シーアを呼び戻せ!!」

「あんな女、死ねばいい!!」

「シーアを呼び戻してくれるなら、もう一度、お前に抱かれてもいい」

「………」

 迷うメフノフ。シーアの追放を撤回させるために、僕はその身を差し出したが、それだけだ。その後、僕は筆頭魔法使いの屋敷で籠城した。

 メフノフを見上げれば、生唾を飲み込んで、机の上で大人しくしている僕を見下ろした。僕の見た目は偽装されたままなのを思い出し、僕は素顔を晒した。

 途端、メフノフは激しく僕に口づけする。かぶりつくように、深く、長く、何度も、口づけを落とした。

 僕は答えない。ただ、一方的に受けて、そして、頃合いを見て、メフノフの顔を両手で押し離した。

「シーアを呼び戻せ」

「もう遅い。シーアが帝国に戻れば、死ぬ」

「敵国の領土に、シーアのための屋敷を作って、そこに住まわせればいい。俺様がシーアの身の回りの面倒を全てやる」

「………」

「別に、天罰を受けてもいいんだ。俺様がこんなことで天罰を受けて、困るのは、お前たち皇族だろう。だったら、俺様のご機嫌とりをして、一夜の夢を貪れ」

「………わかった」

 こうして、皇帝メフノフは、また、僕の言いなりとなった。








 敵国の使者が来た時、皇族エッセンの亡骸とシーアからの手紙が運ばれてきた。

「シーアがいない!!」

 皇族エッセンの亡骸なんかどうだっていい。シーアがいないことに、僕は怒り狂った。

 皇帝メフノフは、祖父が亡くなって戻ってきたことに泣いていた。

「あの女、お祖父様を死なせるなんて」

「クソジジイが死んだことなんて、どうだっていい!! シーアがどうしていない!!!」

「煩い!!!」

 僕の言動に怒り狂った皇帝メフノフは、僕を殴った。

 皇族エッセンの亡骸を弔っているところだった。メフノフの家族と皇妃ティッシーもいた。

 メフノフの暴力に、皆、驚いた。メフノフ、人前では、落ち着いた姿を作っていたのだ。それが、僕の言動で剥がれた。

「メフノフ、落ち着いて!!」

 ティッシーが慌ててメフノフを抱きしめた。ティッシーは妊娠して、見るからにお腹が目立っていた。

 メフノフはどうにか落ち着いて、ティッシーを抱きしめて、その場を誤魔化した。

 僕は、我慢しない。皇帝メフノフの側を離れ、再び、筆頭魔法使いの屋敷に閉じこもった。

 だが、メフノフだけは、筆頭魔法使いの屋敷に入れるようにした。まだ、僕はシーアを諦めていない。メフノフは、シーアを取り戻すために必要な駒だ。

 メフノフは、筆頭魔法使いの屋敷に入れることに喜んだ。

「ナイン、シーアからの手紙だ」

 不貞腐れている僕を抱きしめて、たった一枚の紙を見せてくれた。

「続きは?」

 この手紙は、まだ、途中だ。

「ナインが僕のいう事をきけば、続きを渡そう」

「………わかった」

 結局、僕はシーアからの手紙欲しさに、皇帝メフノフに、僕の体を差し出した。







 そうして、やっと手に入れたシーアは、首だけとなっていた。

 死んで戻ってきたから、シーアの首は燃えなかった。それだけは、幸いだった。

 帝国に戻ってきたのは、シーアの首だけではない。シーアが僕に宛てた遺書もあった。

 シーアは、手紙も、遺書も、僕宛のみだった。







 わたくしの初恋ナイン


 わたくしが狂人からシーアになれたのは、ナインのお陰です。

 笑顔が上手になったのは、ナインのお陰です。

 わたくしは、ナインの幸福だけを祈っています。

 わたくしは、ナインからの見返りは望みません。

 ナインがわたくしの死を悲しんでくれたら嬉しい。

 でも、ナインを悲しませたくない。

 だから、わたくしが死んでも、悲しまないでほしい。

 わたくしは、ナインが笑ってくれるだけで嬉しい。

 ナインのために死ねて、良かった。

 ナインを苦しめた呪われた禁則地は滅ぼしました。

 もう、大丈夫です。

 わたくしは、神と妖精、聖域に、ナインの幸福を祈っています。








 シーアの首より下は、禁則地だったそこに埋められたという。禁則地の消滅より先、シーアが死んでしまったのだ。

 シーアは、禁則地で過ごして、色々と実験したという。そこでわかったことは、シーアの血肉が禁則地を消滅出来る、ということだった。

 シーアは、敵国にそのことを告げ、頼んだ。

「どうか、首だけは、帝国に返してください」

 敵国は、生まれながらの妖精殺しであるシーアを恐れた。

 シーアにもっとも近く、長く接した敵国の将軍バセンが、シーアがいかに無力な女かを訴え、シーアの願いは聞き入れられた。

 だが、シーアは寿命で死ぬより前に、敵国によって処刑されたという。

「わたくしがただ、ここにいるよりも、わたくしの血肉を埋めたほうが、はやく、禁則地も消滅します。わたくしを生きながらえさせても、無駄に時間がかかります。さっさと禁則地を消滅させましょう」

 これもまた、シーアから言い出したという。

「何か、望みはあるか?」

 さすがに、シーアのことが気の毒に思ったようで、敵国は、シーアの望みを訊ねた。

「そうですね、綺麗な花嫁衣裳を着て死にたいです。わたくしの夢は、花嫁となって、細やかな家庭を築くことでした。なのに、わたくし、結婚式すら出来ませんでした。わたくしの荷物に、母が着た花嫁衣裳があります。それを着せて、埋めてください」

 その希望通り、シーアは、花嫁衣裳で処刑されたという。

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