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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-気弱な魔法使い-
330/353

転機

 貴族の学校に通うようになってから、シーアは解放されたように過ごした。ほとんど、城の外で過ごしているのだ。家族と皇族に関わること、ほとんどない。シーアは貴族の学校で生徒会に所属しているため、帰りが遅かった。

 それでも、週に一回の、婚約者となったメフノフとの茶会はきちんとこなしていた。

 メフノフは、毎回、不貞腐れて、シーアの話を聞き流しているだけだった。シーアは、それでも、ぺらぺらと楽しそうに、貴族の学校の出来事を話していた。

 一方通行ではあるが、シーアなりに努力していた。

 皇族エッセンは、皇帝シオンと協力関係となってから、何かと、皇帝の私室にいることが多くなった。貴族の学校に通っているシーアは、シオンの元へ行く時間は減っていったが、メフノフとの茶会の後は、決まって、シオンの元を訪れた。

「エッセンがいるのですか。では、今日は帰ります」

「ちょっと世間話しておるだけじゃ。ワシが帰る」

「あ、いえいえ、ぜひ、ここにいてください!!」

 エッセンが席を立ったのに、シーアが後ろから、エッセンの両肩をつかんで、無理矢理、椅子に戻した。

「エッセンなら、メフノフのこと、詳しいですよね」

「それは、まあ、メフノフは孫だからのぉ」

「色々と、教えてください」

 シーアはメモを取り出して、メフノフのことをエッセンに質問した。

 メフノフの誕生日から始まり、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな色、趣味、そういうものをシーアはエッセンに質問した。

 エッセンは、よほどメフノフのことを可愛がっているようで、質問の答え以上の話をぺらぺらと話した。そういうものをシーアは笑顔で頷きながら、メモをとった。

「そういうシーアは、どうなんじゃ? 好きな食べ物とか、そういうこと、ワシからメフノフに伝えてやるぞ」

「メフノフが知りたがったら、教えてください。わたくしの答え、今、書きますね」

 シーアが質問したもの全てのシーアの答えをメモに書いた。

「綺麗な字を書くのぉ」

「右上がりになっちゃうのですけどね。歩く時も、右に寄ってしまいます。色々と、右に寄る悪い癖があるのですが、どうしても直せなくて」

「そうなのか?」

「お母様が見苦しい、とよく注意します」

「ネフティのいうことは、気にしなくていい。あれは、字は綺麗じゃが、それだけだ」

「字は綺麗なんですね」

「綺麗な字を書くことにばかり集中して、皇族の教育はこれっぽっちも頭に入っておらん。だから、血筋だけの皇族、と影で言われるんじゃ」

「綺麗な文字は、才能ですよ」

 シーアは、人の良い所を誉める。そして、自らを悪く見ている。

 笑顔で偽物の母親を慕うシーアに、エッセンはこれ以上、何も言えなかった。

 シーアは、目的を達成すると、次は、僕の元にやってきた。

 僕は、シーアのための茶を準備しているところだった。

「今日は、甘いのがいいです」

「菓子が甘いものだから、茶は逆にしたほうが美味しい」

「貴族の学校では、両方、甘いものにする人もいました。真似したら、美味しかったです」

「貴族の学校に通うようになってから、舌もバカになってるぞ!!」

 どんどんと、悪い水の影響を受けるシーアは、人の神経を逆なでするようなことを言ったり、行動したりするようになった。

「見てください、最近の大衆小説です。男同士の恋愛なんてものがあるのですね」

「そんなものを見るな!!」

 僕はシーアの手から、恐ろしい大衆小説を取り上げた。

「あー、それ、借り物なんです!!」

「こんなものを見るんじゃない!! 頭が腐る!!!」

「でも、皇帝と筆頭魔法使いって、こんな関係でしょう」

「シーア!!!」

 聞き耳をたてていた皇帝シオンが間に入ってきた。

 僕が取り上げた本をシオンが受け取り、ペラペラとめくった。

「いつの世でも、こういうのが流行るんだな」

「シオンも知っているのですか?」

「僕も貴族の学校に通っていたからね。僕も、そういう目で見られたことがあるよ。僕が生徒会長をしていた時、副会長と付き合っている、なんて妄想が囁かれたね」

「それで、シオンとナインは、こんな関係なんですか?」

「違うから」

 せっかく、シオンは話を別の方向へと反らしたというのに、シーアには通じない。

 否定されても、シーアは笑顔である。信じていないな。

「皇帝ですもの、ナインと皇帝の儀式を行ったんですよね。貴族の学校の子たちには、皇帝と筆頭魔法使いはすごい美形ですよ、と話したら、いっぱい創作されてましたよ。読みました」

 もう、僕たちの手に負えないところまで、シーアは悪い水を飲み干していた。

「わたくしも、ナイン相手なら、皇帝の儀式、やりたいなー」

「それじゃあ、皇帝の儀式にならないだろう。男の俺様は役得でしかない」

「ナイン、上手ですか?」

「………」

 沈黙は悪手だとわかっているのだが、沈黙してしまう。だって、経験ないから。

「年頃の娘が、そんな下世話な話をするんじゃない!!」

 顔を真っ赤にして、皇帝シオンが叱る。さすがに皇族エッセンも、聞きたくない、と耳を手で塞いだ。

 こうやって、シーアは、シオンの私室では、とても楽しそうな顔を見せた。








 シーアとメフノフの婚約には、温度差があった。

 シーアは、メフノフに申し訳ない、という気持ちが強く、きちんと対応をしていた。婚約者として、節目に贈り物をして、メフノフに歩み寄るように、話題作りもするようにしてきた。

 メフノフは、諦めだ。メフノフは、シーアに劣等感を抱いていた。メフノフはずっと、優秀な皇族になるだろう、と大人も子どもも誉めていた。そこに、狂人と蔑まされたシーアが、皇族教育で、化け物じみた優秀さを見せただけでなく、貴族の学校でも常に首席の成績を出していた。盤上遊戯では、たった一回とはいえ、皇族エッセンに勝ったシーアに、メフノフは憎悪を抱いていた。それなのに、いつか起きる戦争の出征命令の解除のために、メフノフはシーアと婚約することとなった。

 シーアは知らない。メフノフは、シーアが皇族であることを知っている。シーアは、皇族失格となって、婚約解消になるだろう、と思っているが、メフノフはそうではない。

 メフノフは、皇族の儀式後も、シーアと婚約関係にあり、結婚することとなる、と諦めているのだ。

 だから、婚約して一年経っても、二年経っても、メフノフはシーアに対して何もしない。

 時々、抜き打ちのように、皇帝シオンが、メフノフとシーアの茶会にお邪魔することがある。

 シオンがいると、さすがにメフノフも姿勢をよくする。不貞腐れていると、シオンが容赦なく殴るから。

 僕は、いつもの通り、シオンの後ろに立って、待機である。

「もう、シオンったら、邪魔しないでくださいよ。なかなか、メフノフとお話出来ないのですよ」

「シーアは貴族の学校で忙しいからな。メフノフは、皇族教育、終わったとは聞いたが」

「はい、無事、終わりました」

「シーアは、貴族の学校に入学前に終わらせたな」

「あははは、付け焼刃だから、もう、忘れてしまっていますよ」

 シーアは遠い空を見て、乾いた笑いをする。メフノフが劣等感を刺激されて、表情を歪めたから、シーアが誤魔化した。

「わたくしなんて、最低限のことを覚えただけですから。皇族としては、不合格ですよ」

「僕も、そういう感じだったけどね。皇族として、きちんと押さえるところを押さえておけばいいよ」

「今は、貴族の学校で手一杯ですけどね。本当に、世間知らずで、大変ですよ」

「そんなふうに見えないけど。シーアは、皇族の教育は、よく理解している感じだったけど」

「いっぱい、読みましたから。ほら、わたくし、やる事が遅いから、同じ本を何度も、何十回も、読み返したんです。メフノフのほうが、賢いですよ。きちんと皇族同士でお付き合いしていて、あの成績です。わたくしは、バカみたいに同じことを繰り返しただけですよ。出来て、当然です」

 驚いたように見返すメフノフ。珍しく、シーアが疲れた顔を見せた。

「シーア!!」

 僕はシーアに駆け寄った。シーア、椅子に座っているというのに、ぐらりと右側に倒れた。

「あー、ごめんなさい、ちょっと、疲れたみたい」

 倒れたというのに、シーアは笑顔を顔に貼り付け、謝る。

「この茶会、無理しなくていいのに」

「こうしないと、メフノフとお話出来ないですから。わたくし、貴族の学校に行ってばかりで、城にほとんどいません。せっかく婚約したのですから、こういう繋がり、楽しみたいです」

「僕のほうが時間があるから、シーアに合わせるよ」

「えへへへ、大丈夫ですよ」

 真っ青な顔をしているくせに、シーアはメフノフに気を遣う。

 その日は、シーアは、シオンに抱き上げられて、家族の元に戻ることになった。








「メフノフとシーアの婚約、やめよう」

 シーアの負担が大きすぎる婚約だ。僕はシオンに逆らった。

 シオンは、僕のことをじーと見る。

「ナインは、シーアのこと、どう思ってる?」

「今は、妹? みたいな感じ」

「妹、ね。兄として、メフノフは婚約者としては不合格なんだな」

「兄とか、そういうのは関係ない。不合格だ。メフノフは、シーアに何もやってない。シーアだけ、色々と削ってやっているだけだ。メフノフにシーアは勿体ない」

「世間では、逆に見られているがな」

 狂人シーアとして見る者たちが多い。だから、メフノフが気の毒、と周囲はいうのだ。

 もう、狂人シーアではない。誰よりも努力し、綺麗な笑顔で、だけど、ちょっと人を苛立たせるようなことを言ってしまう、可愛らしい女の子だ。

「戦争の出征なんて、大したことがないだろう。僕の妖精が、皇族どもを守るんだ」

「妖精の契約を施された時、必ずとは言えないけどね」

 まれに、邪魔な皇族を消すために、妖精の契約を施して、戦争に出征されることがある。わざと、その皇族を敵国の捕虜にさせるのだ。

 妖精の契約では、捕虜となった場合は、死んだこととされる。だから、帝国では、敵国の捕虜となった帝国民は、絶対に引き取らない。それは、皇族でも同じだ。

 それでも、捕虜となった皇族は、帝国に戻ろうとやってくる。敵国だって、交渉の役に立たない捕虜は邪魔なだけだ。

 だけど、妖精の契約を施された皇族は、帝国の領地に足を踏み入れた途端、業火で焼け死ぬのだ。

 シーアのいうことはある意味、正しい。皇族であれば、筆頭魔法使いの妖精に守られているから、死ぬことはない。しかし、妖精の契約を騙されて施された皇族は、運が悪いと死ぬのだ。

 だから、皇族エッセンは、可愛い孫であるメフノフを戦場に立たせたくない。騙されて、妖精の契約を施され、捨てられるように敵国の捕虜になった時、メフノフは生きて帝国には戻って来れないのだ。

 エッセンは、皇帝シオンを警戒しているのだ。子どもの頃とはいえ、シーアを虐めた同じ子どもたちをシオンは決して許さない。

 エッセンは、シーアとメフノフの婚約を良好であるように、とメフノフに言い聞かせている。だが、何も知らないメフノフは、不貞腐れて、シーアを適当に扱うばかりだ。

「シーアばかり、損じゃないか」

「だから、シーアは、さっさとメフノフに見切りをつけるように、貴族の学校で、新しい出会いを探しているんだ」

「………」

 シーアは図太い。メフノフには、健気な婚約者をしているが、貴族の学校に行けば、これという男子に告白したりしていた。

「それは、まあ、シーアは、皇族失格になる、と信じてるから」

「皇族なのは、確かなんだよな」

「そこは、確かだ」

 シーアは十歳になってすぐ、皇族としての血筋が発現した。それは、筆頭魔法使いである僕だけがわかることだ。

 今、シーアには、僕の妖精が守護についている。ただの人には見えないから、わからないが、シーアには、僕が持つ中で、一番強い妖精を守護につかせていた。

 だけど、シーアは体調を崩した。

 疲れている、とシーアは言ったが、そうではない。病気だ。

 皇族は筆頭魔法使いの妖精が守っているので、病気にはならない。だけど、生まれながらの妖精殺しであるシーアには、良い魔法も悪い魔法も届かない。

 僕の妖精が防げるのは、攻撃のみだ。攻撃だって、魔法、物理、呪いとある。その全てを僕の妖精はシーアから守ってくれる。

 だけど、シーアが転んで怪我をする、といったシーア自身の失敗は、いくら妖精でも防げない。傷をつけるな、と僕は妖精に命じているが、不可能なんだ。

 それに、家族の元に戻れば、気分屋の皇族ネフティの暴力を受けることがある。

 皇帝シオンすら、シーアが服で隠れた場所に、それなりに傷を作っていることを知らない。

 僕はもう、中途半端なことはしない。シーアの傷は、寿命を捧げて、どんどんと治していった。そうして、僕は、どんどんと無駄に寿命を消費した。

 筆頭魔法使いとしては間違っている。だけど、僕はもう、後悔したくなかった。







 皇族ティッシーが、食事会の席順でシーアと隣り同士となってから、シーアに話しかけるようになった。

 シーアは貴族の学校に通っているから、とても忙しい。ティッシーも、皇族教育が終わっていないので、それなりに忙しい。時間が合わないのだが、ティッシーのほうが、シーアに合わせるようにしていた。

 だいたい、皇族メフノフとの茶会の日に、ティッシーはシーアに話しかけた。

「貴族の学校のことが知りたいの」

 ティッシーがそう言えば、シーアは笑顔で、自らの体験を面白おかしく話した。

 そういう光景をたまに見かけて、僕は、シーアが心配になって、皇帝シオンに相談した。

「ティッシーって、メフノフと幼馴染みだけど、そのこと、シーアは知ってるのか?」

「知らないだろうね」

「シーアに教えたほうがいいと思うんだけど」

「どうして?」

「どう見ても、ティッシーはシーアを利用してる。ティッシーは、メフノフのことが好きなんだろう」

「どうして、そう思う?」

「見ていればわかる」

 ティッシーがメフノフに向ける目には、情熱がある。

 シーアとメフノフが茶会の後、ちょっと歩いている所に、偶然を装ってティッシーは話しかけて、メフノフとティッシーだけで会話する光景も見た。

 シーアとメフノフは婚約関係なのは、皆、知っていることだ。食事会の場で、シオンが堂々と公表したのだ。それなのに、ティッシーはあえて、メフノフと仲良くして、シーアを邪魔者にしている。

「シーア、ごめんなさい。つい、メフノフと話し込んでしまって」

「わたくしの知らないメフノフのことが知れてよかったです。どんどん、二人で話してください」

 だが、シーア、これっぽっちも気にしていない。笑顔で、傍観者となるシーアに、メフノフは気持ち悪いものでも見るようにシーアを見た。ティッシーは、引きつった笑顔を顔に貼り付けて誤魔化しているが、シーアのこと、気持ち悪いと感じただろう。

 そうして、ティッシーとメフノフの距離は近づいていっている。城にいる時間が長いティッシーとの仲をメフノフが深めていくのは、時間の問題だ。だいたい、メフノフはシーアのことを嫌っている。

 何故か、シオンは僕のことを呆れたように見てきた。

「それで、どうして、気づかないのかな、この子は」

「ティッシーがメフノフのことを好きなことくらい、気づいてるよ!!」

「………」

 無言となるシオン。

「ねえ、シオン、はっきり言ってよ。僕は、何に気づいていないの?」

「ほら、たまには、僕の向かいに座って」

「………」

 不敬になるからやりたくないけど、そうしないと話してもらえないようなので、僕はシオンの向かいに座った。

「座ったよ」

「シーアのこと、どう思ってる?」

「妹みたいに思ってる」

「だからといって、メフノフの監視は過剰だ」

「シーアが健気に尽くしているというのに、メフノフは受けて当然という態度で、何もしない。シーアが可哀想だ」

「それは、僕も思う。僕の娘に、あんな態度をとるメフノフのこと、いつかは顔が変形するまで殴ってやる、と考えている」

「………」

 かなり殴っていると思うんだが。シオンは、メフノフの態度が気に食わないと、シーアが見ていないところで、容赦なく殴っているのだ。そのせいで、メフノフはシーアをさらに恨んでいるのだ。

 一度、メフノフは、シオンの暴力をシーアに訴えた。その後、シオンはとんでもない暴力をシオンから受けることとなり、口止めされたのだ。

 僕の監視なんて、可愛いものだ。シオンなんて、人を使っての監視だ。報告を受けて、メフノフを呼び出し、説教の上、折檻である。

「ともかく、ティッシーをどうにかしよう。このままでは、シーアは寝取られた、なんて言われることとなる」

「そうなったら、メフノフは戦争に出征だ。そうしたくないエッセンが言い聞かせるだろう」

「言い聞かせてない」

「もう、無意味な話はやめよう。ナインはシーアのこと、妹ように見てる、それでいいんだな?」

「そうだよ!!」

 しつこいな!! 僕は大きな声でそう言い切った。

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