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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-気弱な魔法使い-
326/353

皇帝の恋の行く末

 皇帝シオンの様子が変わったような気がした。城の文官の元へ行く時、どこか、浮足立っているような気がした。

 僕は、皇帝の仕事全てに関わっているわけではない。僕には、筆頭魔法使いの仕事がある。離れることだってある。お互い、執務室があるので、そこでの作業は離れる。だから、シオンが執務室から城の文官たちが集まる部屋に行ってしまうことも普通だ。

 城の外だろうと、中だろうと、シオンが危険に晒されることはない。僕の妖精がシオンをしっかり守っているからだ。あまりべったりくっついていると、煩く言う輩がいる。特に、皇族ネフティが気持ち悪いので、僕は、シオンとは、距離をとるべき時はとるように気をつけた。もう、そこまで子どもじゃないし、それなりに長く一緒にいるから、僕も距離のとりかたを学んだ。

 用があるので、皇帝の執務室で待っていれば、皇帝シオンが笑顔で戻ってきた。

「い、いたんだ!!」

 僕が皇帝の執務室に座って待っているのを驚くシオン。

「ドアが開いたから、入っていいのかと思って」

「い、いや、いいんだ。ナインはいつだって、城の全てに入れるようにしている」

 皇帝は城では特別だ。城はただの建物ではない。邸宅型、というよりも、城塞型魔法具だ。皇帝となると、城塞型魔法具である城の主となる。皇帝の意思は絶対だ。皇帝の意思一つで、邪魔者は城から排除出来る。また、皇帝は、城のどこでも入れる。鍵がかけられても、皇帝は鍵なしで入れるのだ。

 だから、シオンは、皇帝の私室や執務室には、制限をかけている。例え、シオンの弟といえども、この二つは許可なく入れない。

 だから、皇族ネフティは、シオンの私室に入れないのだ。人を使って、ドアを開けても、見えない壁によって、ネフティだけ排除される光景を僕は幾度となく見た。それは、誰が見ても、見苦しい光景だった。

 普通に皇帝の執務室に入れたので、僕は大丈夫だと思ったんだけど、そうではなかったようだ。

「最近、シオンは嬉しそうだね。何かあったの?」

「優秀な文官が入ってきたんだ。お陰で、仕事がはかどっている」

「じゃあ、特別手当をあげないといけないね」

「そ、そうだね!! そうだ、明日は、茶菓子を持っていこう。今、王都で流行っている菓子をいくつか取り寄せておいてくれ」

「じゃあ、部屋に直接、配達してもらおう」

「いや、僕が持っていく」

「で、でも、皇帝自ら持っていくのは、さすがに」

「非力な女じゃないんだ。それくらい、軽いものだ」

「まあ、いいけど」

「付いて来るなよ!!」

 命じられた。別に、皇帝の仕事を手伝いたいなんて思わない。僕だって、それなりに忙しいし。

 興味があるが、僕はあえて、見逃した。

 次の日には、シオンに言われた通り、王都で流行っている菓子を数種類箱詰めして、それを皇帝の執務室に置いて、僕はそのまま筆頭魔法使いの執務室で仕事をしていた。

 珍しく、シオンの弟が筆頭魔法使いの執務室にやってきた。

「俺様の皇帝に何かあったか?」

 何もないのはわかっているが、シオンの弟が深刻な顔をしているので、心配になった。僕の妖精は特に動いていない。

「なあ、兄上、最近、おかしくないか?」

「ネフティが静かになったから、気が楽になったんだろう」

「………」

 本当のことを言ってやったのに、シオンの弟は、気まずいみたいな顔を背けた。

 ネフティの子どももそれなりに大きくなった。つまりは、ネフティも老いたのだ。シオンへの執着は持つものも、体力が衰えてきた。若い頃のように、執念深く、シオンを追いかけられなくなったのだ。

 シオンが全く、女に興味を示していない、と安心しているのもあるだろう。仕事でも、シオンは近くに女を寄せ付けなかった。その徹底ぶりには、僕も呆れさせた。本当に、ネフティは害悪でしかない。

 そういう事実を言ってやれば、シオンの弟は喜ぶかと思ったら、そうではなかった。

「前から気になったんだが、あんな女と夫婦となって、満足なのか? 肉体的に繋がったというのに、あの女はシオン、シオン、シオン、シオンと別の男を追いかけてばかりだ!!」

「煩い!! それでも、ネフティは俺の妻となって、子も産んでくれた!!!」

「それが気持ち悪い。いくら、お前がシオンの弟だからって、シオンじゃないだろう。どうせ、閨事でも、名前を呼ばれたことないだろう」

「っ!!」

 図星だ。あの女、本当に気持ち悪いな。

 シオンの弟は、確かにシオンに似ている。だけど、僕から言わせれば、シオンの劣化版だ。

 シオンが弟のことを見捨てられない理由は、シオンから聞いている。

 シオンと弟は見た目がよく似ていた。だけど、能力は雲泥の差がありすぎた。弟だって、それなりに能力は高い。シオンが天才、弟は秀才なだけだ。

 幼い頃から、弟は、常にシオンの弟、と呼ばれていた。この弟の名を呼ぶのは、シオンのみだったという。

 両親でさえ、弟のことはあまり、名前で呼ばなかったとか。

 別に、シオンの弟はいじめられていたわけではない。家族からも、きちんと愛情を注がれていた。

 ただ、シオンが輝き過ぎて、シオンの弟は、その光りに隠されてしまっただけだ。

 シオンもバカだ。弟の頼みだから、と皇族ネフティを生かしておくなんて。ネフティは、弟の劣等感を助長させる存在だ。

 それが、目の前にいるシオンの弟だ。

 ネフティと円満な家庭を持ちながら、ネフティは、この男の名前を呼ばない。きっと、閨事では、この男の見た目から、シオンと呼んでいるのだろう。

 想像するだけで、気持ち悪い。

 嫌悪が顔に出たのだろう。シオンの弟は僕の胸倉をつかんだ。

「お前こそ、シオンにその体を差し出して、気持ち悪い」

 皇帝の儀式のことを言っているのだろう。

 儀式の場に行ったが、あのバカでかいベッドの端と端で寝たんだけど。後で、物凄く安堵したな。

 そういう事実を知らない。ただ、皇帝の儀式は円満に終了した、と皇帝シオンが宣言したから、皆、信じたのだ。

 僕はシオンの弟の手を払って、ついでに、肩を押して、無様に倒してやった。

「皇帝の儀式はやらなきゃいけないことだ。俺様から言わせれば、お前とネフティの関係のほうが気持ち悪いよ。いつまで、ネフティの言いなりになってるんだ。シオンの様子が可笑しいとか、そんなこと、ネフティに報告して、バカじゃないか。黙ってればいいだろう」

「俺が黙っていても、ネフティにいう奴がいるんだ!!」

 皇族でも足の引っ張りあいがある。ネフティの足を引っ張るということは、シオンの弟の足を引っ張ることに繋がる。

 ネフティはシオン関係で、あちこち、恨まれているのだ。だから、今、その恨みを晴らすように、嫌がらせを受けているのだ。

「ネフティのは、自業自得だ。あんな女を制御出来ないで、シオンの足を引っ張って、弟だからと許されるお前も、ネフティと変わらない」

「………」

「もう、子どもだってそれなりに大きくなったんだ。あんな母親、子どもだって恥ずかしいだろう」

 実際、そうなんだろう。そういう光景を僕はシオンの側で見ている。シオンは、弟の子なので、甥姪として、特別に目を向けているから、まだ、皇族の中でそれなりの立場でいられるのだ。

「俺様だって仕事があるんだ。そんなバカげたことなら、さっさと出ていけ」

「わ、わかった」

 僕に痛いところばかり突かれて、シオンの弟は疲れた顔をして、部屋から出ていった。







 シオンの浮き沈みが続いた。突然、落ち込んだりした。

「もう、茶菓子は用意しなくていい」

 もう日課となっていた文官たちへの差し入れもなくした。

 それも、一年も経たないうちに、シオンはまた、王都の流行りの菓子を少な目にだが用意するように命じた。

 さすがに、これには、僕も何かあると気づいた。

「シオン、気になる女でもいるの?」

「そんなんじゃない!! ただ、また、文官として、仕事を手伝ってもらいたくて、お願いしてるんだが………」

 下手な言い訳をしているように聞こえる。だけど、シオン、それを本気で言っているのだ。

 女、という部分は否定されなかった。

「シオンの近くに、女の文官なんかいないよね」

 皇族ネフティの嫉妬の犠牲となった女の文官があまりにも出たため、シオンの周囲から、女の文官を排除されるようになった。

 なのに、シオンがわざわざ、女に声をかけているという。

 女の部分を否定しなかったため、シオンは顔を真っ赤にして、黙り込んだ。

「シオン、どういうこと?」

「仕方がなかったんだ!! 彼女は優秀だったし、仕事もはかどるから、男装して、仕事をさせてたんだ」

「つまり、身上書も偽造したわけだ」

「………そうだ」

「それで、その女は、また、文官となったの? だったら、同じことすればいいじゃないか」

「もう、男装はイヤだと言ってた。今は、城の使用人になって、仕事をしている」

「その仕事、シオンが斡旋したの?」

「違う!! 彼女の上司が、頼まれたから、と」

 よりによって、皇帝のお膝元で、不正が起きているとは。

 城で働く者たちは、きちんと身の上を調べられ、問題がない者だけが働いているのだ。そこに、性別を偽造され、権力で仕事を斡旋するなんて、そんな不正を皇帝が見逃したのだ。

「シオン、それは絶対にやってはいけないことだって、わかってるよね」

「ネフティさえいなければ、問題なかったことなんだ!!」

 本当にそうだよ。皇族ネフティ、大人しくなったといっても、過去の所業がひど過ぎて、どこまでも、シオンの足を引っ張っている、迷惑な女だ。

「どうにか、彼女を側に置きたいんだが」

「ネフティを処刑すれば、すぐだ」

「そんなこと、出来ない」

 どうしても、シオンは弟を見限れないのだ。

 シオンは見た目は若いが、それは、僕が肉体の年齢を若い頃に固定化しているからだ。皇帝は常に皇位簒奪の危険に晒されている。僕の皇帝はシオンだけだ。だから、皇位簒奪に対抗出来るように、僕はシオンの肉体を最高の頃に固定化していた。

 だから、皇族ネフティは、シオンのことが諦めきれなかった。いつまでも若く、輝いている頃のままの姿のシオンに、ネフティは執念を燃やしていた。

 普段なら、シオンも油断しなかっただろう。

 しかし、シオンは、とうとう、自覚のない恋に、隙が出来てしまった。








 シオンとその女の関係はどうなったのか、僕は知らない。人の恋路なんか興味がない。僕にとっては、シオンが僕の皇帝で、シオンの喜びは、僕の喜びだ。

 シオンは恋を自覚すると、とうとう、行動に出た。

「結婚するの?」

「次、会った時に、申し込む」

「まだ、申し込んでないのに、花嫁衣裳を作るのって、どうなんだろう」

 相手は皇族ではないというのに、特別な布地で、花嫁衣裳が作られた。そうか、これくらいの体格の女なんだな。

 僕は、シオンが思いを寄せる女のことは見ないようにした。だから、どんな姿の女か知らない。

 綺麗なのか、可愛らしいのか、凛々しいのか。

 だけど、シオンが寄せる思いは強い。花嫁衣裳を見て、笑みを浮かべるシオンに、僕は安堵する。シオンにも、そういう感情があったということが、嬉しかった。

「それで、いつ会うんだ?」

「また、城で仕事をするようになったら、報せてもらうこととなっている」

「………は?」

「どうせ、また、家族の借金で、ここに働きに来るだろう」

「その女の所に、行かないの?」

「ネフティに勘付かれると危ない」

「………」

 シオン、花嫁衣裳まで作っておいて、皇族ネフティのことを警戒するとは、おかしな話だ。

 だけど、一理ある。下手に調べたりしたら、シオンの弟から、ネフティへと情報が流れてしまう。

「もう、この部屋から出さない。万が一のことをするなら、ネフティを処刑しよう」

「今、処刑すればいいだろう」

「………」

 皇帝は家族なんていない、というのに、シオンはどうしても、弟のことを捨てられなかった。



 そう、シオンが待っている間に、皇族ネフティの出産の報告がシオンの弟からされた。



「妊娠していたなんて、知らなかった」

「やることはやっているから」

 嬉しそうに笑っていうシオンの弟。そうかー、子どもたちが結婚する年頃でも、そういうことをするんだなー。

「立派な兄姉がいるから、歳の離れた子も、育てるのは楽だろう。もう少し、仕事を減らして、子育てをしたらどうだ。ずっと、人任せだっただろう」

「いや、子育ては、通例通り、使用人にやらせればいい。もう、選任も済ませている」

 シオンの勧めを断るシオンの弟。

「そうだが、こんな遅くの出産だから、ネフティも不安定になるだろう」

「皇族は、食べるのに困るわけではない。大丈夫だ」

「僕としては、仕事を手伝ってもらうほうがいいけど。あまり無理しないように」

「わかったわかった」

 シオンの弟の思惑は不明だが、そのまま、現在の仕事量で、シオンの傍らに居続けることとなった。

 シオンの私室に行けば、僕はいつもの通り、素を出した。

「珍しいね、シオンが、家族を大事に、なんていうのは」

 シオンの弟はなかなか子だくさんだ。いくら、使用人がついているといっても、子育ては大変だろう。だけど、シオンは弟夫婦の子育てに口出ししなかった。弟が何か言えば、仕事だって調整しただろうが、何も言わないから、容赦なく、仕事を割り振ったのだ。

 それが、歳をとって出来た弟の子のために、シオンが弟の家庭を心配したのだ。

「僕も、少し、考えるようになったんだよ」

 シオンは、あの純白の花嫁衣裳を眺めながらいう。

 シオンの恋は、シオンを優しくした。家庭というものを想像するようになったのだ。

 だけど、一年経っても、シオンの想い人はやってこないようだ。シオンは、辛抱強く、想い人を待っているだけで、行動は起こさない。まだ、皇族ネフティのことを警戒していた。

 城の外で、何が出来るというのだろうか。城の中であれば、皇族はやりたい放題だ。ネフティの癇癪で、使用人たちは従うしかない。しかし、城の外、王都よりも遠い場所は、いくらネフティでも手が届かないだろう、と思った。

 だけど、僕は少し気になって、表に出ない者たちの動きを調べた。

 シオンだってバカじゃない。ネフティがそういう者たちを使っているかどうか、きちんと調べていたが、城の中で済むことだから、動かしていなかったのだ。

 城で働く女たちが暇をとる度に、シオンは警戒していたが、ネフティは何もしなかった。考えすぎだと、シオンも思ったのだ。

 だから、これは僕も考えすぎかと想いながらも、調べた。シオンが想いを寄せる女が城を去って随分と経っていた。


 ネフティではなく、シオンの弟が、表に出せない者たちを使っていた。


 ぞっとした。シオンの弟は、ネフティの願いを叶えるために、何かしたのだ。

 僕は、シオンに報告しようかどうか、迷った。シオンは、弟のことを大切にしていた。ネフティのことさえなければ、シオンと弟はいい兄弟だ。

 僕は、シオンに内緒で、ネフティの様子を伺った。どうせ、皇族は、契約紋により、僕の妖精に守られている。妖精はずっと皇族の側にいるのだから、僕が言えば、ネフティの周囲のことを包み隠さず報告してくれる。

 そして、僕は、ネフティが産んだという子が、シオンの子であることを知ることとなった。

 ネフティが産んだわけではない。貧乏貴族の娘が間違いでシオンの手がついて、妊娠出産したのだ。

 ネフティは、どうしても、シオンの子を欲しがった。だが、シオンの手がついた女は許せない。

 だから、母親とその家族を殺し、生まれたばかりの子を誘拐し、ネフティの子どもとして育てることにしたのだ。

 大丈夫だ、まがりなりにも、それなりの子を育てたネフティだ。

 そう思っていたが、そう簡単にはいかなかった。その赤ん坊、どんどんと弱っていったのだ。皇族の専属医でも、手に負えないということで、僕が赤ん坊を診ることとなった。

 なるべく、その赤ん坊に近づきたくなかった。この面倒事、まだ、シオンに報告していなかった。シオンは、手をつけた女を待っているのだ。殺されたなんて知ったら、どうなるか、想像も出来ない。

 それに、シオンの子は、ネフティの手の内だ。シオンの暴走で、シオンの子が殺されるかもしれない。それでは、シオンが可哀想だ。

 だから、僕は、知らぬ顔で、赤ん坊を診た。

 触れて、すぐに、僕は気づいた。この赤ん坊は、生まれながらの妖精殺しだ!!

 よりによって、シオンの子は、帝国を滅ぼす存在として誕生した。

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