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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-禁則地の破壊-
324/353

帰国

 禁則地はどんどんと枯れていき、崩れていった。そして、残るのは、わたくしが妖精にお願いして作られた屋敷のみである。

 亡くなった皇族エッセンの亡骸は、わたくしの要望により、敵国の将軍バセンと同じ出身地の者たちが、帝国へと運んでくれた。ついでに、わたくしが書いた手紙も運んでもらった。

 一人になると、敵国の将軍バセンの訪れが増えた。エッセンが生きていた頃は、週に一回程度であった。それも、わたくしが一人となると、二日か三日に一回、朝から晩まで、バセンが居座った。

 時には、バセンは婚約者を連れてきたりした。

「浮気をしているんじゃないか、と心配されてしまって」

「こぉんな綺麗なお嬢さんを婚約者にしているバセンが、わたくしみたいな平凡な女と浮気するわけがないでしょう。でも、浮気を疑われるということは、愛されている証拠ですよ。良かったですね、バセン」

「そうか」

 照れる敵国の将軍バセン。婚約者の前では、男って、腑抜けになるのね。今だったら、わたくしでも殺せるかも。

 羨ましいので、ちょっと物騒なことを考えてしまいますが、そんなことしませんよ。どうせ、失敗しますし。

 バセンの婚約者は、綺麗なお嬢さんです。わたくしよりも若いですね。それに比べて、バセンは将軍という役職から、かなり年上ということです。

「バセン、若い子が好きなんですね」

「違うから!! その、彼女は、知り合いの娘さんなんだが、昔から、色々とあってだな」

「将来はお嫁さんになってあげる、なんて言われて、子どものいう事だから、と適当に流していたら、その約束で迫られたのですね」

「なんでわかるんだ!!」

「大衆小説って、意外と現実的ですね」

 いっぱい、大衆小説を読んでいると、そんな話も出てきます。まさか、そのまんまの話が目の前にいるとは、驚きです。

「結婚式はいつですか?」

「入籍だけで済まそうかと」

 わたくしのことを気にして、そんなことをいうバセン。

「そんな可哀想ですよ!! 一生にたった一度の結婚式ですよ。まさか、バセンは二回目だから、しないのですか?」

「初めてだよ!!」

「だったら、結婚式、してあげないと。いいですか、結婚式というものは、花嫁がバセンのものだと知らしめる、大事な儀式なんですよ。それは、逆もそうです。書類のみですませてしまうと、こんな綺麗な花嫁、どこぞの男に口説かれますよ。書類のみで済ますから、余計な心配することとなっちゃうー」

「どうして、そう、あんたは人の神経逆なでするようなことをいうんだよ!!」

「わたくしは、良かれと思って言っているだけです。わたくしも、細やかながらも、結婚式をしたかったなー。花嫁さんを見送るばっかりで、わたくしは、見送られることはなかったなー」

「わかったわかった!!」

 所詮、将軍止まりのバセンでは、わたくしに口で勝てません。

 そんなわたくしとバセンのやり取り、バセンの婚約者はクスクスと笑って見ています。婚約者は、バセンのことを信じているのねー。羨ましい。

「そういうんだから、あんたも、俺たちの結婚式に来てくれるんだろうな」

「えー、どこでやるのですか? わたくし、禁則地から外のこと、これっぽっちも知りませんよ。それに、ここを離れて大丈夫かしら。バセン、叱られちゃいますよ」

「ここに戻してやる」

「それは、バセンに悪いです。そうだ、禁則地の近くで結婚式をしてください。こっそり、見に行きます」

「………シーアの旦那が、国境線で待ってる」

「誰ですか?」

 バセンの企みは、わたくしを帝国へ逃がすことだ。結婚式に参加する、という体をとって、帝国へわたくしを連れ出そうとしていた。

 皇族エッセンの亡骸を帝国へ引き渡した時、何かあったのだろう。

「シーアの旦那だという男が、連れて来てほしいと言ってた」

「誰ですか?」

「ほら、ここで亡くなったじいさんの孫だ」

「………少しは、成長したのですね」

 皇帝となったメフノフだ。とうとう、わたくしの息の根を止めるために、甘言を弄することを覚えたか。

 わたくしの夫がどこの誰なのか、敵国側は知らない。まず、結婚していることすら、敵国は知らないだろう。ほら、結婚云々は、どうだっていいから。禁則地を破壊する力に、結婚云々は関係ない。

「もう、ここも終わりだ。帝国に戻ってもいいだろう」

「まずは、あなたの上司と話してからですね」

「これは、俺たちが黙ってやることだ」

「それだと、バセンに迷惑がかかります。せっかく、新婚となるのですよ。将来のためにも、話は通しましょう。大丈夫ですよ、わたくしに任せてくれれば、堂々と結婚式に参加して、堂々と帝国に帰れますから」

「………不安だ」

「えー、大丈夫ですよー」

「怒らせそうで、不安だ」

「うーん、そうなるかもしれませんね。わたくし、帝国では、怒らせる天才と呼ばれてましたから」

「やっぱり止めよう!! それに、君とは話したがらないだろう」

「では、お手紙を書きますから、届けてください。待っててくださいね」

 わたくしは、敵国の将軍バセンの上司宛に手紙を書いた。

 バセンは、綺麗に封がされた手紙に、色々と不安を感じながらも、婚約者と一緒に帰っていった。



 手紙の返事は、一週間後に来た。

 バセンの結婚式の参加を特別に許可すること。

 これまでの功績を認め、わたくしの希望通りに帝国へと送り届けること。

 その二つの内容を敵国の将軍バセンが見て、安堵した。



 結婚式って、どこも同じ感じですね。バセンは将軍といえども、身分は低いようで、庶民的な結婚式となった。

 でも、バセンの結婚を祝う人たちは多い。

 バセン、本当に、禁則地の近くで結婚式を行ってくれた。禁則地周辺は、実は、危険ということから封鎖されている上、何もない更地となっている。そこに、色々と持ち込んでの結婚式となったのだ。

 バセンの結婚式、わたくしが参加するということで、軍まで動いたのだ。そのお陰で、何もない更地に、色々な物が持ち込まれたのだ。権力って、だいたいのことは可能にしてくれるね。

 庶民的な結婚式に、軍関係者が混ざって、ちょっと物々しい感じになった。ほら、軍関係者は、軍の正装で参加しているから。

 わたくしはというと、ほら、危険人物だから、ちょっと距離を置いて、椅子に座って、結婚式を眺めています。わたくしの周囲には、軍関係者が囲んでいるので、誰も近づいてきません。

 それでも、敵国の将軍バセンは結婚式の主役なので、新婦と一緒に、わたくしの元にやってきます。

「バセン、おめでとうございます。これで、あなたがたは公式でも立派な夫婦と認められましたね。こんな綺麗な女性が、あなたのような、独身で終わろうとしている男の元に嫁いでくれたのですから、浮気してはいけませんよ」

「そういうこと、こんな場所でいうなよ!!」

「過去の女いっぱいの男を夫に持ったわたくしだからいうんですよ!!」

 わたくしの夫でもある妖精憑きエンジの過去の女性遍歴は酷いから。

「シーア様のような女性を妻にして、浮気をするなんて」

 驚く新婦。ついでに、軍の皆さんも、わたくしの夫について、興味を示した。

「わたくしを口説いている時に、すでに三人の女性と付き合っていたんです。別れたといいましたが、あれは、捨てたといったほうが正しいですね」

「そんな酷い男と」

「後で知りました。皇族は世間知らずですから、こういうことが普通にあります。いい勉強となりました。バセンは、そういう心配はないですね。誠実な男ですから」

「はい」

 おう、新婦、笑顔で肯定したよ!! こんなに綺麗な女性だから、余所見される心配ないのでしょうね。

「結婚式に呼んでいただいて、ありがとうございます。いい思い出になりました」

「そうか」

「しばらくは、お休みするそうですね。ぜひぜひ、惚気話を期待していますね」

「しないから!!」

「ほら、主役はさっさと戻ってください。わたくしは、綺麗な新婦を遠くから眺めています」

「俺は!?」

「あなたは、新婦を綺麗にするための添え物ですよ」

「そんな!?」

 色々と叫んでいるけど、新婦に引きずられ、バセンは会場の中心へと戻って行った。

 結婚式の主役の挨拶が終わってから、バセンの上司が、わたくしの横に立った。

「あなたの提案を受け入れます」

「ありがとうございます。わたくしの帰国は、バセンのお休みが終わる頃にしてください。それだけあれば、十分でしょう」

「他に、要望はありますか?」

「手紙で書いた通りですよ。意外と、わたくし、長生きしました」

 妖精憑きから離れて、こんなに生きるとは思ってもいなかった。まさか、皇族エッセンをお見送りするなんて。

 わたくしは、物々しい集団の中心から、結婚式という眩しい光景は、眩しくて、目を瞬かせた。

「人生を賭けた盤上遊戯は、わたくしの勝ちです」

 最後まで、誰かの思い通りにならないこと、それが、わたくしの勝ちだ。

 皇帝メフノフの思い通りになってやるものか。お前は、エッセンという素晴らしい祖父を持った。最後まで、エッセンは孫であるメフノフのことを思っていた。だから、メフノフの思い通りにならない。

「泣いて喜んでくれるかな、ナイン」

 最後まで、筆頭魔法使いナインはわたくしに執着していた。わたくしが帰国したら、どんな顔をするだろうか。

 わたくしは、筆頭魔法使いナインの素顔を思い出した。







 屈辱の日々を送っていた。こんなことしたくはないが、シーアを取り戻すために、耐えた。

 シーアの策略により、筆頭魔法使いの屋敷で足止めをされた僕は、半月も無力化された。シーアを貴族の学校に行かせるべきではなかった。その貴族の学校で、シーアは貴族との繋がりを得た。その繋がりを利用して、シーアは新たな力を得て、千年に一人必ず誕生する化け物である僕を無力化したのだ。

 やっとシーアによる策略から抜け出した時には、シーアは帝国から追放されていた。よりによって、皇帝印を使った追放令だ。

 だが、どうにかシーアを取り戻すため、僕は皇帝メフノフに泣きついた。普段から隠していた素顔をメフノフに突き付け、泣き落としたのだ。

 真実の愛とやらで僕のシーアを捨て、皇妃としたティッシーへのメフノフの愛は、僕の素顔で簡単に瓦解した。

 それから、メフノフは僕に溺れた。

 皇帝の儀式どころか、メフノフの私室に僕を連れ込み、昼も夜も離さなかった。

 そこまで傾倒してしまったメフノフは、僕のシーアへの想いを許せなかった。

「あんな女のことは、忘れろ!!」

「シーアを俺様にくれるというから、従ってやってるんだ!!」

 僕はシーアのことになると抵抗した。契約紋が命令違反の天罰で痛くなっても、気にしなかった。この程度の痛み、亡き先帝シオンの暴力に比べれば、大したことはない。

「約束だ。シーアを寄越せ!!」

「皇帝印で、追放は絶対だ」

 よりによって、皇帝印を使っての追放をしたのだ。そのため、シーアは生きて帝国に戻ることは出来ない。

 万が一、生きて帝国の領土に足を踏み入れた途端、皇帝印の力により、シーアは死ぬこととなるのだ。

 皇帝印は、神による契約である。生きて戻れない、なんて書かれたら、帝国には死んで戻ることとなるのだ。それが、神による契約である。

「帝国に戻さなければいい。敵国との国境沿いに、シーアのための住まいを作ればいい。そこに、シーアを住まわせる。世話は全て、俺様がする」

 だが、契約には穴がある。帝国の領土に足を踏み入れなければ、シーアが死ぬことはない。

 どれほど、僕の身をメフノフが女のように蹂躙しても、シーアへの想いは変わらない。メフノフとは違う。

 僕が屈服しないから、メフノフは怒りで、また、僕をベッドに押し倒した。

「もう、今日の分は終わりだ。シーアの手紙の続きを寄越せ」

「………わかった」

 メフノフは怒りの形相となりながらも、僕の要求に従った。

 ただ、大人しくメフノフと閨事をしているわけではない。メフノフは、シーアが僕宛に寄越した手紙を隠し持っていた。僕がシーアが戻るまでは従わない、と言ってやれば、メフノフはシーアの手紙を一枚だけ、寄越した。

 それからずっと、僕はシーアの手紙欲しさに、メフノフに従っている。

 今日の分を受け取って、僕はついつい、顔が緩んだ。たかが手紙なのに、シーアの匂いを感じる。少し、右上がりのシーアの筆跡は愛らしい。

「シーア、はやく、会いたい」

 手紙ごときで、僕の空っぽとなった胸は満たされない。

「あんな女の、どこがいいんだか」

 僕がシーアに夢中だから、メフノフは嫉妬する。

「可愛らしい女だ」

「あんな気持ち悪い女がか」

「お前は、シーアのこと、何一つ知らない。ただ、その表面だけを見て、知った気になっているだけだ。それも、祖父を盗られて、嫉妬してるんだろう」

「煩い!!」

 痛いところを突かれて、メフノフは僕を殴った。

 よりによって顔だ。メフノフは慌てて、僕を抱きしめた。

「すまない!! か、顔が」

「痛いから、離れろ」

 瞬間で治るが、わざとそのままにして、僕はメフノフを押し離した。僕の顔に青あざが出来て、メフノフは罪悪感で震えて、それ以上、僕に近づかなかった。

 男なんだから、顔に傷が出来たって、名誉の勲章のようなものなのにな。僕は気にしない。先帝シオンだって、気にしない。

 だけど、シーアは気にした。

 普段は、素顔を偽装しているので、顔に傷があっても、誰も気にしない。僕の魔法は完璧だから、見破られることはない。

 しかし、生まれながらの妖精殺しであるシーアは、僕の素顔を見破れるのだ。

 僕は、仕方なく、顔の青あざを治した。いつ、シーアが戻ってくるかわからない。僕の素顔に傷があったら、シーアが悲しむ。



 そうして、身売りして、どうにか、シーアの帰国を取り付けた。



 もう、二度と行くことはないだろう、と思われた敵国との国境沿いに僕が行くことを皇帝メフノフは許可した。僕とシーアの再会を見たくないのか、メフノフは来なかった。

 僕はシーアが来るのを心待ちにしていた。敵国から、シーアを送り届ける、という書状の日付の時間帯よりも早く到着した。

 そして、書状の時間帯より少し遅れて、黒づくめの集団がやってきた。

 国境線を挟んで、僕は集団の代表らしき男と対峙した。

「俺は、将軍バセン。シーア様を引き渡しに来た」

「シーアはどこだ?」

 シーアは確かにいる。シーアを感じる。僕は黒づくめの集団からシーアを探した。

 だけど、何故か、シーアは目の前に立つ敵国の将軍バセンから感じる。

 敵国の将軍バセンは両手で持っていた箱を捧げるようにして、僕に差し出した。

 僕は震える手で、その箱を受け取った。それは、ずっしりと重いものだが、不快感はない。それどころか、それをずっと抱きしめていたい。

「確かに、シーア様を引き渡した」

「な、何?」

「それが、シーア様だ」

「そんなわけあるか!!」

「シーア様は死んだ」

「死ぬはずがない!!」

「最後は、起き上がることも出来なくなっていた」

「っ!!」

 僕は肝心なことを忘れていた。

 生まれながらの妖精殺しであるシーアは、妖精憑きから寿命を捧げられないと死んでしまう。

 シーアが追放された敵国には、妖精憑きなんて存在しない。

 シーアは、妖精憑きから捧げられた寿命を使いつくして、死んだ。







 皇族姫シーアは、恋多き女であった。

 ともかく、惚れっぽく、告白しては、振られていた。

 あまりにも節操がないシーアを心配した皇帝であった父シオンは、シーアと皇族メフノフを婚約させた。

 しかし、シーアの惚れっぽさを嫌ったメフノフは、シーアの友であった皇族ティッシーと真実の愛をシオンに訴えた。


 皇帝であった父シオンは、メフノフの訴えに怒り狂って、そのまま死んでしまった。


 こうして、皇帝という後ろ盾を失ったシーアは、メフノフとの婚約も解消された。

 過ぎ去った男のことは気にしない皇族姫シーアは、また、綺麗な男に一目惚れした。

 皇族姫シーアの告白に、綺麗な男は簡単に受け入れいた。


 しかし、この綺麗な男は貧民であった。


 貧民だと知っても、皇族姫シーアは気にしなかった。

 だが、貧民と結婚しようとするシーアを新しく皇帝となったメフノフは許さなかった。

 メフノフは、皇帝として、シーアに失格紋の儀式を行い、帝国から追放した。

 追放されたシーアは、夫と一緒に、敵国で暮らすこととなった。



 そして、たった一年で、シーアは貧民の夫に捨てられ、首だけとなって、帝国に戻ることとなった。

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