追放
文官ナックルが話してくれた報告に、わたくしは呆れるばかりだった。
「何が文化的な国、ですか。やることが雑なんですよ。戦場で見た簡易的禁則地は、たぶん、元はほんの一部だったものなんでしょう。それが、あんな大量となったということは、敵国の領地は、物凄い勢いで禁則地が増えていっているのでしょうね」
「帝国側としては、禁則地が侵入出来ないように、封じの方法をとればいいと考えている。敵国は勝手に滅びればいい」
「そんなわけにはいかないでしょう。敵国側は、海を渡って、陸を渡って、他国に助けを求めるでしょう。そうなれば、あの穢れた禁則地が広がっていきますよ。帝国の敵国は、一つではありません。そうして、どんどんと穢れた禁則地が浸食していきます」
「そうすれば、敵国がいなくなる」
「戦争は、必要悪です。敵国がいるから、帝国内では内戦が起きません。永遠の平和なんて、ありえません」
「シーアは、戦争を肯定するのか!?」
「皇族にとって、戦争は必要なんです。帝国は弱肉強食です。皇族は勝者でないといけません。その力を示すためには、結局、戦争をするしかありません。だからって、帝国民を傷つけるわけにはいきませんから、敵国を犠牲にするのです」
「………」
「戦争のいい悪いの話は、やめましょう。無駄です。それよりも、今は、呪われた禁則地の勢力をどうするかです。何故、広がっているのか、敵国側はその理由を知っていましたか?」
この禁則地の移植、一年や二年で行ったわけではないだろう。戦争の準備だから、時間をかけたはずだ。
「戦争が終わってすぐ、という話だ。それまでは、増殖しても、少なくて、気づかなかったのだろう、と話していた」
「禁則地はもしかしたら、繋がっているのかもしれませんね。ナインの存在に、救いを見たのかもしれません」
わたくしは、増えていってる、というより、移動していると予想した。
「簡易的禁則地は、真っ先に妖精憑きであるナインとテンペストを襲ったと聞いています。禁則地は神が作り上げた領地です。その役割は本能のようなものでしょう。穢れをどうにかする手段を見つけたのならば、情報として伝達したはずです。禁則地は、帝国へ移動していると見ています。禁則地が実際にあった場所はどうなっているのか、そこの情報はありませんか?」
「そこまでは、何も」
「そんな余裕、敵国にはないでしょうね。だから、敵国は帝国に、わたくしを要求したのでしょう。どんな条件を出しましたか?」
「不可侵条約の期間を三百年と伸ばす」
「それくらい伸ばせば、わたくしのような存在が増やせると思ったのでしょうね。知識がないから、わかっていませんね。わたくしは、敵国に行けば、すぐに死んでしまうというのに」
「どういうことだ?」
「生まれながらの妖精殺しは、体が弱いそうです。生まれてもすぐ死んでしまいます。そうならないために、妖精憑きの寿命を奪って、生きながらえるんです」
「………ま、まさか」
「そんな………」
皇帝メフノフと皇妃ティッシーは最悪な想像をしたのだろう。言葉を失う。
妖精殺しというものを深く知らなかった皇族エッセンは目を見開いて驚いた。
「わたくしがこれまで生きていられたのは、ナインの寿命を奪っていたからです。そのことを知ったから、わたくしはナインから離れたんです」
「元気じゃないか」
「聞いたでしょう。辺境に発現した妖精憑きと暮らしている、と。その妖精憑きの寿命を奪って生きています。今は、夫婦喧嘩して、離れ離れですけどね。さて、わたくしは、妖精憑きなしで、どこまで生きていられるか」
「一年、二年は大丈夫だろう。それまでには、帝国に戻ってこれるようにする」
「一か月、妖精憑きを遠ざけた時は、なかなか辛かったですよ。きっと、妖精憑きを遠ざければ、わたくしは一か月も生きていられない」
「お祖父様、他の方法を!!」
皇帝メフノフは、皇族エッセンに縋った。皇族の中で一番の知者であるエッセンであれば、他の方法を思いつくと思ったのだ。
しかし、エッセンは首を横に振った。
「その短い寿命で、敵国を移動する禁則地を破壊しつくせるかどうかじゃな」
「破壊は簡単です。わたくしが行くだけで、壊れます。だから、わたくしの欠点は、条約を締結してから、敵国に教えてください。そうすれば、敵国側も、無駄なことはしないでしょう」
「わかった、そうしよう」
「では、ここからは、わたくしとエッセンの密談です。メフノフとティッシーは出て行ってください」
わたくしは、皇帝と皇妃の退場を促した。
「シーア、逃げましょう!!」
「そうだ!!」
「わたくしを探す妖精憑きが城に来たら、わたくしは敵国に行ったと伝言してください。さすがに、あの男も、わたくしの事は諦めるでしょう」
「シーア!!」
「皇帝と皇妃には、家族、友なんていません。帝国第一です。そう、シオンに教わりました」
亡き先帝シオンの教えは、非情だった。
皇帝メフノフはどうにか心に折り合いをつけて、わたくしを敵国へ追放する手続きに皇帝印をどんと押してくれた。
皇族代表として、エッセンが、追放令を地下牢でくつろいでいるわたくしに見せてくれた。
「うーわー、細かーいー!! あら、わたくし、敵国の地に行った途端、死者となるのですね。もう、帝国に足を踏み入れられないわ」
内容が、戦争で捕虜となった場合の契約そのままである。メフノフ、この内容でよくもまあ、皇帝印を使ったわね。
「ワシが作った」
「メフノフは、これがどういうことか、理解していますか?」
「まだ、皇帝としては、教育中じゃ。シーアが敵国に行ってから、真の意味を教えてやる」
「もう、孫に嫌われちゃいますよ」
「孫といっても、立派な大人じゃ。これくらい、きちんと飲み込むじゃろう。いつまでも、ワシだって生きているわけではない」
「でも、わたくしよりは長生きしますよ」
「最後に、ワシと勝負してくれ」
地下牢という場所に、盤上遊戯を持ち込む皇族エッセン。
「わたくし、これ、嫌いなんですけど」
「そう言って、お主は勝ち逃げしたな」
わたくし、皇族エッセンとの勝負はたった一回のみで、それ以降は、お断りしていた。
「だって、わたくしが勝っても、誰も喜んでくれませんでしたから」
盤上遊戯の大会に出たのは、誉められると思ったからだ。だけど、結果は、誰も喜ばず、敵意ばっかり向けられた。
この盤上遊戯の大会の前まで、皇族エッセンはわたくしに対して、それなりに好意的な目を向けていたのだ。それも、大会の後は、わたくしのことを敵のように見るようになった。だから、盤上遊戯が大嫌いになった。
なのに、エッセンは容赦なく、盤上遊戯をわたくしの前に置いて、駒を並べた。
この盤上遊戯、最初の駒の並べ方が決まっていない。戦争を想定しているので、最初の駒の置き方から、戦術となっているのだ。
「お主は、ここに駒を置かなかったな」
「無駄だとわかっていることです。エッセンは完璧な駒の配置をします。だったら、それを切り崩すほうが、楽でしょう」
「………」
駒を並べて、難しい顔をするエッセン。その戦術、実は、身を切らせるものだ。領地を先に取られてしまうので、不利となる。
「あの時は、油断した」
「だから、さすがに今回は、何も配置しない、というわけにはいきません」
子どもだった頃と今は違う。結局、わたくしは最後の対局ということで、駒を並べることにした。
ちなみに、この駒並べ、互いのものは見ないようにするのだ。見えるけど、見てはいけない。駒を並べた時点で、相手の駒の配置を見てるかどうか、一目でわかるけど。
「盤上遊戯は、シオンとはやったのか?」
「貴族の学校に通うようになってから、それなりにやりましたよ。ナインともやりました」
「それは、羨ましいのぉ。ワシは、どんなにお願いしても、ナインは相手にしてくれなかった」
「シオンにも、ナインにも、負けましたよ。わたくし、この最初の配置がダメなんです」
配置し終わると、皇族エッセンは、目を丸くした。
「なんじゃ、この滅茶苦茶な配置は!!」
「わたくし、守りが下手なんです」
駒の配置を見て、エッセンは脱力した。ほら、一目でわたくしが負けるとわかる配置だ。
「わざとか?」
「ここから、攻めていって、どうにかするのが、わたくしの戦略です。いい所までいくのですけどね。身を切らせる戦術だ、とシオンに叱られました」
わたくしの駒の配置は、守りが貧弱である。だから、すぐに攻め落とされる。だけど、後方から攻めていくのだ。そうして、混戦に持ち込む。
「シーアに戦争の指揮を持たせなくって良かった!!」
「メフノフは教科書通りに立派な指揮でしたね」
「教科書通りで十分じゃ!!」
エッセンは、それでも、わたくしとの勝負をつけたいので、盤上遊戯の駒を進めた。
国境沿いまで、皇族エッセンは不機嫌だった。たかが盤上遊戯に負けたからって、孫までいるいい大人が、大人げない。
国境沿いまでの移動は、馬である。しかも、必要最低限の付き添いだ。一応、わたくしは馬に乗れるけど、ほら、逃げるといけないから、と誰かの馬に同乗である。大変だー。
「あと一回!!」
「やっと国境だー!!!」
移動中、休憩する度にエッセンに盤上遊戯の再戦をせがまれたわたくしは、国境の向こうにいる敵国側の皆さんを見て喜んだ。もう、盤上遊戯なんかしない!! あんな頭痛くなる遊戯、大嫌いだ。
結局、盤上遊戯を嫌うわたくしにエッセンは勝てなかった。まあ、あれを敗北というには、色々と意見があるだろう。
馬での移動は疲れるし、気持ち悪いし、お尻は痛いし、と最悪です。まだまだ国境線まで距離があるというのに、わたくしはさっさと馬から下りて、歩いて進む。
「逃げるな!!」
「城育ちのわたくしに、そんな軍馬での移動、耐えられるわけがないでしょう!! 心配ならば、一緒に歩いてください」
「もう、すぐそこなんだから、我慢しろ!!」
「痛いっ!!」
追放されるような女だから、わたくしの扱いはひど過ぎる。力づくで馬に乗せようとするから、腕に青あざがつくほどの力で掴まれ、引っ張られた。
「やめんか!! 大事な取引材料じゃ!!!」
すぐに、皇族エッセンが助けてくれる。
「もうすぐ夜も更ける。引き渡しは明日でいいな」
時間稼ぎしてるだけだ!! エッセン、どうにか、わたくしともう一度、盤上遊戯をしたいのだ。
わたくしは慌てて、馬に飛び乗った。
「さっさと行きましょう!!」
「急ぐ必要はない。一日、休憩してからでいいじゃろう」
「敵国も、時間がないかもしれませんよ。ほら、行きましょう」
わたくしと同乗する男は、どうすればいいのか迷うが、わたくしが後ろから、馬を操作して、無理矢理、動かしてやる。
「止めないか!!」
「盤上遊戯なんて、大嫌い!!」
「………」
わたくしが半泣きで叫んでやれば、男は仕方なく、馬を国境沿いまで走らせてくれた。
敵国側は、小人数でのお出迎えである。わたくしたちは、馬を騎士や兵士たちに任せ、帝国側の国境沿いに並んだ。
「それでは、これから、条約のやり直しを行う」
そこからは、皇族エッセンと敵国の宰相とのやり取りとなった。
わたくしは、追放される身なので、この会談には関わらない。席はあるが、眠くなるような決まり切った話し合いなんて聞いていたくない。
逃げるわけがないのに、わたくしが歩くと、誰かがついてくる。わたくしは、国境線から、敵国を眺めた。もう、あの移植された禁則地の残骸すら見えない。
戦後の後始末は、魔法によってされたと聞いている。だから、敵国側の戦死者の遺体も全て、魔法使いによって掘り出され、敵国に引き渡したという。それでも、骨まで消し炭になってしまった戦死者もいて、全てを敵国に引き渡せたわけではない。
ただの荒地となった元戦場には、戦争の悲惨さは見られない。そういうものは、全て、魔法によって覆い隠されたからだ。
しばらく、国境線を沿うように歩いていると、一人の立派な身なりと男が話しかけてきた。
「あなたが、妖精殺しか」
「そういうあなたは、どこのどなたですか?」
「俺は、将軍バセンと申します」
一応、わたくしが皇族だと知っているようで、わざわざ、膝をついて名乗ってくれた。
「わたくしに、そんな礼儀はいりません。わたくし、追放される皇族ですから。むしろ、わたくしが、あなた方に頭を下げなければいけません」
「女帝となったほどの人だと聞いています」
「すぐに、帝位譲渡しちゃいましたけどね。わたくし、皇族の順位では最底辺なんです。それに、失格紋持ちなので、筆頭魔法使いの加護がありません。お願いですから、楽に殺してくださいね」
「………もっと、手に負えない女がくると思っていたが」
敵国の将軍バセンは驚いた。
「えー、わたくし、どんな女だと思われているのですか?」
「身内を処刑したと」
「はい、処刑しました」
「………」
確かに、その情報だけで、わたくしはとんでもない恐ろしい女だと思われるでしょう。処刑しましたし。
敵国の将軍バセンは、わたくしと距離をとりつつ、わたくしの頭のてっぺんから足のつま先まで、何度も見直しました。
「見えない」
「皇帝として命じただけですからね」
「女帝になるにしても、その、とても戦えるような」
「臨時の女帝になっただけです。空位は、政治的にも、防衛的にも、帝国を危険に晒しますから、わたくしの知らない所で、女帝にされたんです。わたくし、力はありませんが、頭はまあまあいいんです。でも、わたくしは皇帝には絶対になってはいけないので、すぐに、皇帝交代となったんですよ」
「皇帝とは、色々と大変だったでしょう。女性なんだから、と言われたでしょう」
「帝国では、過去に女帝が立ったことはそれなりにあります。ただ、わたくし、守りが下手なので、治世には向いていないのですよ。今回の条約で、三百年は不可侵となるのですから、わたくしのような皇族は、生かしておかないほうがいいでしょう」
「女性でしか思いつかないこともあるでしょう」
「うーん、わたくしは、物騒な女なんです」
敵国の将軍バセンは、わたくしのことを優しい女のように見ている感じだ。
わたくしの人となりなんて、見ただけでわかるわけではない。
「シーア、まだ、行くんじゃない!!」
話し合いが終わったのか、皇族エッセンがわたくしの腕をつかんで、帝国側に引っ張った。
「条約は締結しましたか?」
「したが、シーアの引き渡しは、明日じゃ」
「もう、今日でいいでしょう。あちらでお世話になるのですから、少しでも早く、仲良くなりたいです」
「そう言って、勝ち逃げするつもりか!!」
「だったら、エッセンも、わたくしの監視のために、同行してください」
「無理なことをいうな!!」
「エッセン、いつまで、皇帝を甘やかすのですか」
「………」
無言となる皇族エッセン。
敵国の将軍バセンは、わたくしとエッセンが難しい話をすると悟って、その場を離れてくれた。ついでに、わたくしの監視の者も離れていく。
「せっかく、メフノフから離れたんです。エッセンは、帝国から離れるべきです。わかっているでしょう。このままでは、メフノフはエッセンが死ぬまで、ダメな皇帝のままです。エッセンを失った時、メフノフはどうなりますか? だったら、まだ、エッセンの影響が少ない今、メフノフから離れるべきです」
「もう、メフノフの手助けはしない」
「盤上遊戯の勝負は、敵国でも出来ますよ。このままだと、わたくしが勝ち逃げです」
「………わかった」
「では、エッセンは、わたくしが他の男に浮気していないことの証人となってくださいね」
「絶対に負かしてやる」
こうして、皇族エッセンは、わたくしの道連れとなった。




