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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-禁則地の破壊-
319/353

夫婦喧嘩

 凶星の申し子であるエンジと禁則地で過ごすようになって、早三か月が過ぎた。三か月って、短いのか長いのか、そこは、人それぞれ、感じ方が違いますよね。

 三か月って、意外と短いなー、とわたくしは思ったけど。

 わたくしはテーブルに、貴族の学校で得た下僕からの報告書を叩きつけて、椅子に座っていた。そんなわたくしの向かいに、エンジは汚れているだろう床に正座して、頭を下げていた。

「まさか、わたくしと運命的な出会いをした、と言ったのは、嘘だったとは」

「シーアと出会ってすぐ、別れた!!」

「わたくしは四人目かー」

 エンジ、なーんと、わたくしを口説いている時に、すでに三人の女性とお付き合いしていたのだ。

「辺境の貧民街の支配者となって、ナインを探していた、と言いながら、あちこちの辺境で女性とお付き合いしていたのですね」

「今は、縁も切れてる!!」

「子もいますね」

「………」

 どーうーしーてー、辺境の食糧庫で誕生した妖精憑きは浮気者になるのでしょうね!!

 伝説の皇族アーサーの父は、野良の妖精憑きなのだが、皇族アーシャと出会うまで、たくさんの女と関係を持ち、子、孫が一杯だったという。これ、伝説として面白おかしく語り継がれているけど、真実が混ざっているから!! 伝説は全て嘘なわけではない。

 本当に、野良の妖精憑きには、子、孫がいたのだ。

 エンジの生まれ育ちを聞いて、わたくしは疑った。エンジは辺境の食糧庫で発現した妖精憑きだ。伝説で面白おかしく語り継がれる野良の妖精憑きと同じ生まれなのだ。

 伝説を聞く分には面白いのだ。だけど、当事者はこれっぽっちも面白くない。逆に、エンジのことを疑ってしまう。

 だから、わたくしは、伯爵マッシュを通して、貴族の学校で下僕の誓いを立てた人たちに、エンジの過去を調べてもらったのだ。

 正直、期待していなかった。調べても、最近のことがわかるくらいだろうし、それだって、辺境の貧民街で調べられることなのだ。

 ところが、下僕の皆さん、とっても優秀だった。広報関係や旅商人をしている人たちがちらほらといたのだ。

 そして、その足で、伝手を使って、聞き込みをした結果が、わたくしがテーブルに叩きつけた報告書である。

 まさか、調べられるとは思ってもいなかったエンジは、言い訳も出来ない。いや、誤魔化そうとしたけど、わたくしはそれを許さなかった。

「わたくしは、浮気者だけは許しません」

「もう別れた!!」

「相手は、そう思ってもいませんよ。あなたと血の繋がりのある子は、あなたの子だと公言しています」

「子どもは、ほら、やることやったから、仕方ない。死んだ奴だっているから、そんなに多くない、し」

「伝説のように、子ども同士で争わせるつもりですか!!」

「シーアは子ども、産まないだろう!!」

「あなたの子が、わたくしにいうのでしょうね。お父さんを返して、と」

「そんなこと、俺様が言わせない」

「あなたの子だと名乗り上げている時点で、言っているようなものです!!」

 イライラする。どうして、こんなふうに失敗するかな。わたくしは、本当に男運がなさすぎる。

 わたくしはついつい、泣いてしまう。

「貴族の学校では散々、振られ、父が決めた婚約者にはわたくしの友に浮気され、果ては、浮気者の妖精憑きとお付き合いすることとなるなんて!!」

「だから、最後まで、抵抗したのか!!!」

「そういう問題じゃない!!」

 わたくしは報告書の束をエンジに投げつけてやる。

 三か月経っても、わたくしとエンジは清い交際を続けていた。わたくしは男運が悪い。だから、根気よく、報告書を待ったのだ。

 誤魔化すために、わたくしは、エンジと色々と見て回った。最初は、物珍しくて、禁則地を見て回ったり、こっそりと辺境を見回ったりしました。

 でも、観光とか、限りがある。エンジの妖精憑きの力を使ってなので、日帰りだから、実は醍醐味がないのだ。それでも我慢した。エンジ、経験値が高くて、本当に際どいところまで手を出してきたが、子が生まれる場所だけは、衣服の上からしか触れさせなかったのだ。

 そして、頑張って誤魔化して三か月、伯爵マッシュがぶっとい報告書をくれたのだ。読み進めて、わたくしは怒りしかなかった。

「四又してたこと黙ってたくせに!!」

「その時は、まだ、シーアを口説いてる最中だった。付き合っているわけじゃなかっただろう」

「口説いている最中で、三人の女と縁が切れてなかったじゃないですか。わたくしがダメな時の保険のように三人の女と付き合ってるなんて!!」

「だから、別れた!!!」

「その三人の女は、別れてない、と言ってます」

「別れたと言ったら別れたんだ!!」

「辺境の貧民街の支配者だって、やめていないし」

「………」

 三か月で、エンジはまだ、辺境の貧民街の支配者をやっていた。

「わたくしは、やめてとお願いした時、聞き入れてくれたじゃないですか!!」

「そうやって、俺様の力を弱体化させるようなこと言って、いつまで、女帝をやっているんだ」

「誤魔化さないでください。わたくしは、下手な柵で、エンジを盗られたくないだけです」

「俺様の一番はシーアだ!!」

「その柵に、エンジの過去の女たちが縋っているのですよ!!」

 そこも、伝説と同じだ。皇族アーサーの腹違い、ということで、野良の妖精憑きの子、孫たちは、気が大きくなって、色々と問題を起こしたのだ。そういう伝説だ。

 だから、伝説では、野良の妖精憑きは、関係を持った女、その子、孫を殺したことになっている。

 実際に、皇族アーサーの腹違いの子孫の名乗り上げはない。辺境の食糧庫でも、皇族アーサーの腹違いの子孫は出てこない。

 伝説で語られる辺境の食糧庫で発現した野良の妖精憑きの子は、皇族アーサーのみなのだ。

 同じようなことをエンジと過去、関係を持った女たちが起こしている。誰がエンジの子として相応しいか、なんて牽制しあっているのだろう。

 それは、エンジと関係を持った女たち同士でもだ。若さから、美貌から、関係の長さから、そういうもので、牽制しあっているのだ。

 そういう内容も事細かに、報告書に書かれていた。そんなこと聞きいていないのは、エンジのみだ。

「あなたは、わたくしが異性と話すことを嫌います。わたくしが兄と慕うナインでさえ、あなたはわたくしの側に置きたくない。なのに、あなたの過去は女がいっぱいです」

「勝手に言わせておけ。シーアはずっと、ここで暮らすんだ。俺様の寿命を奪い、俺様よりも長く生きる。俺様は、シーアの側で死ぬだけだ」

「その自信、どこから来ていますか? 必ず、わたくしがエンジよりも長生きするとは限らないでしょう」

「大丈夫だ。どう計算しても、俺様はシーアより先に死ぬ。だいたい、俺様は弟よりも年上なんだぞ。残った寿命は、弟よりも少ない」

「ナインとエンジの寿命が同じくらいだと言い切れません。寿命は、神さまが決めたものです。凶星の申し子と千年の才能の化け物が同じ寿命だとは限りません。それに、あなたの力は、悪行によって強くなります。きっと、寿命だって変化するでしょう」

「それは、俺様が生き残って欲しくないということか? 女帝として、凶星の申し子を殺したいということか!!」

「わたくしは、あなたが思っているよりも子どもです。そんなに、悟りきった生き方なんで出来ません」

「………すまん。どうにか、信じてもらえるように、努力する」

「では、まずは、女としっかり別れてください」

 もう、わたくしは泣いていない。にっこりと笑って、エンジに要求する。後から女の影なんて、許さない。

「わかった、すぐに、言い聞かせてくる。俺様の子とかいう奴も、どうにかする」

「どうにか出来るまで、わたくしは、実家に帰っています」

「どうしてえええーーーーーーーー!!!!」

 エンジはわたくしを力いっぱい抱きしめて叫ぶ。わたくしはエンジの足を踏んだり、胸を叩いたり、と抵抗する。

「当然でしょう!! わたくしの面倒を見ていて出来ない、なんて言い訳されるじゃないですか。身綺麗になってから、わたくしを迎えに来てください」

「そう言って、お前、俺様の弟の所に行くんだろう!! あいつは、シーアのこと、今も諦めていないんだぞ!!!」

「ナインは兄です。恋人にも、愛人にも、夫にもなりません」

「シーアが言ってるだけで、あいつはそうじゃないぞ!!」

「もう、離してください!!!」

 わたくしが心底、そう言えば、エンジは苦しそうに身をよじって、わたくしを離した。

「な、何を」

「妖精殺しの本領発揮でしょうね。感情が昂ると、何か起きるようです」

 わたくしの制御出来ない力が、妖精憑きであるエンジを苦しめた。生まれながらの妖精殺しは、何が出来るか、よくわからない。

「もう、禁則地の外に、迎えが来ています。王都の城で待っていますから、エンジはしっかり、身綺麗になってきてください。わたくしの下僕たちが見ていますよ」

「下僕って、まだ、他に男がいるのか!!」

「わたくしの下僕って、女性のほうが多いですよ」

 貴族の学校時代に、わたくしに下僕の誓いを立てた者たちをエンジといえども、全て、探し出すのは不可能だ。

 禁則地は、わたくしが出て行きたい、と願えば、快く、外に出してくれた。

 禁則地の外では、伯爵マッシュと文官ナックルが皇族用の馬車を停めて、待っていてくれた。

「では、初めての家出です」

「出戻りじゃなくて?」

「わたくしは、エンジがしっかりと身綺麗になるのを待っているだけです」

「………」

「さっさと走らせてください」

 色々と物言いたいマッシュとナックル。だけど、二人は黙って御者台に座って、馬に鞭打った。









 三か月経ったからといって、王都が変化するわけではない。何か変わっているわけでもないし、変化が見られるわけでもない。

 皇族の馬車なので、城門は簡単に通過してしまう。城から出る時は、とても大変だったというのにぃ。

「止まりなさい!!」

 なのに、馬車の前に、宰相と大臣たちが飛び出してきた。

 さすがに、妖精殺しの貴族という二つ名を持っている伯爵マッシュでも、国の重鎮を馬車で轢き殺すようなことはしない。一応、それなりの距離をとって、宰相と大臣たちが飛び出してくれたので、余裕で馬車が止まった。

「止めるなよ」

「轢き殺すつもりだったのか!!!」

 違った!! 文官ナックルが止めてくれただけだ。マッシュ、皇族の馬車で宰相と大臣たちを轢き殺そうとしてた!!!

 わたくしは、慌てて、馬車から下りて、宰相と大臣たちに駆け寄った。

「怪我はありませんか!!」

 見た目無事だけど、心配だ。まさか、マッシュ、人殺そうとするなんて。わたくしは、マッシュを睨み上げた。

「せっかく大義名分の皇族専用の馬車なのにぃ」

「そういう悪用はやめてください!!」

 マッシュに大義名分とか、与えちゃいけない。この男、油断していると、とんでもないことをしてくれる。

「皇族の馬車の行く手を遮ることは、貴族といえども許されないことだ。シーア嬢、乗れ」

「国の重鎮を轢き殺すなんて、大変なこととなりますよ!!」

「代わりはいくらだっている。ちょっとお迎えが予定より早まっただけだ」

「話し合いましょう」

 わたくしが宰相と大臣たちから離れないから、マッシュは不貞腐れた。子どもみたいな男だな。

 宰相と大臣たちは動くものか、と地面に膝をついていた。

「危ないですよ」

「我々を殺して進んでください!!」

「城には戻ってはいけません!!」

「筆頭魔法使いの屋敷に逃げてください!!」

 わたくしの懸念が現実となったことが、これでわかった。

「わたくしが生まれながらの妖精殺しだと、暴露されたのですね」

「あんまりだ!! シーア様のお陰で、戦争は勝てたというのに」

「シーア様の犠牲をもとに、帝国は平穏となったのに」

「なのに、口だけの皇族どもが、シーア様を捕らえろと、軍まで立ち上げています」

 皇族の権力を使ったのだ。

 皇族は、勝者でなければならない。だから、軍を立ち上げることが出来るのだ。そこに、宰相、大臣、貴族議員の許可は必要ない。

「辺境に軍を差し向けることとなっていたのですね」

「そうです!!」

 わたくしの居場所を筆頭魔法使いナインに命じて吐かせたのだ。でなければ、辺境に軍を差し向ける、なんて考えない。

「ナインは無事ですか?」

「筆頭魔法使い様は、屋敷で籠城しています」

 筆頭魔法使いの屋敷の支配は筆頭魔法使いナインだ。例え、皇帝といえども、あの屋敷の侵入は不可能だ。

「シーア嬢、大丈夫だ。僕が行く」

 伯爵マッシュは、わたくしの代わりに犠牲になるという。だけど、わたくしは頷くわけにはいかない。

「跡継ぎはいますか?」

「なくなってもいいだろう、妖精殺しの貴族なんて」

「妖精殺しの貴族は必要悪です。なくなってはいけません」

 跡継ぎがいないのだ。そんなこと、あってはいけないことだ。

 わたくしは、仕方がないので、歩いて進むことにした。

「シーア様!!」

「行ってはいけません!!」

「仕方ありません。ここで待つと、エンジに約束しました」

 エンジが女関係を清算し、辺境の貧民街の支配者をやめるまで、ここで待つと言ったのだ。場所の変更はしない。

「心配いりません。わたくし、しぶとい女ですから。父が亡くなった時だって、逃げました。世間知らずの皇族では、わたくしを捕まえられません」

「エッセン様が仕切っています」

「失格紋持ちのエッセンは、今ではただの年寄です。わたくしでもどうにかなります」

「シーア様だって、失格紋持ちではないですか!!」

「………」

 ちょっと形勢が悪いなー。城の奥にある皇族の居住区域では、味方という味方はいないな。腹黒エッセン相手に、わたくしはまだまだ若く、経験が足りないので、負けるだろう。

「筆頭魔法使いの屋敷で待っていると、エンジがすごく怒るし」

「そんなこと言っている場合ではないでしょう!!」

「筆頭魔法使い様であれば、シーア様を守り通せます!!」

「さあ、一緒に行きましょう」

「そうはいかん!!」

 少し、騒ぎ過ぎました。皇族が城の兵士を連れてやってきました。

 伯爵マッシュが素早く剣を抜き放って、わたくしの前に立ちます。

「大丈夫ですよ。皇帝は、元婚約者ですし、皇妃は、お友達? のような人ですから」

「皇帝と皇妃は、浮気でくっついたんだろう」

「仕方ありません。シオンが決めた婚約ですから、そこに、わたくしとメフノフの感情はありません」

 わたくしが邪魔者だったのだ。浮気だけど、仕方がない。

 わたくしは、マッシュの横をすり抜けて、城の兵士たちの後ろでふんぞりかえる皇族に向き合った。

「あら、女一人で、そんな遠くにいるなんて、情けない」

「黙れ!! お前のような、汚らわしい存在、皇族の血筋に、どう影響を及ぼすか、わかったものではない!!!」

「一理、ありますね」

 生まれながらの妖精殺しの実力は、わからない。皇族としては、妖精の守護があっても、それをすり抜けられるかもしれない、と警戒するのは、正しい。

 そういうことも、皇族エッセンの入れ知恵だろう。

 妖精の守護がない城の兵士たちは武器を抜き放って、わたくしを囲んだ。わたくしは、失格紋持ちなので、城の兵士でも、皇族であるわたくしを傷つけることが可能なのだ。

「はい、大人しく投降します」

「シーア様!!」

「そんなぁ!!!」

 わたくしは大人しく両手をあげ、それを見て、宰相と大臣たちは嘆いた。


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