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皇族姫  作者: 春香秋灯
嫌われ者の皇族姫-禁則地の破壊-
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やり残し

 禁則地の外に行きたい、とわたくしがお願いすると、辺境の貧民街の支配者エンジは渋い顔をした。

「もう、この生活が飽きたか?」

「飽きただなんて、そんなこと言いません。ただ、せっかく城の外に出たので、色々と見たいだけです。そうなると、信じていましたから」

 皇族の儀式を受ける前まで、わたくしは、広い帝国を見て回るだろう、なんて思っていた。だって、皇族たちは皆、わたくしは皇族失格となると言っていたのだ。偽物だった家族だって、皇族失格となるとわたくしの目の前で断言したのだ。

 貴族の学校に通えば、王都の一部とはいえ、見て回れる。そういうものを見て、わたくしは、皇族失格となった時のことを想像した。


 貴族になっているかもしれない。

 商人になっているかもしれない。

 もしかしたら、平民で、僻地で農業をしているかもしれない。

 身分を与えられなくて、貧民となって、這いつくばって生きるかもしれない。


 外を見て、この可能性を想像して、こんなことを思った。


 貴族は足の引っ張りあいだから、きっと、すぐ落ちぶれちゃうな。

 商人は騙されちゃうだろうから、すぐ、借金まみれになっちゃうな。

 農業なんて、力仕事していたら、すぐ、病気になって死にそう。

 貧民だったら、楽に死にたいな。


 いい未来は思い描けなかった。皇族として生きていたから、城の外は大変だ、と貴族の学校に通って、学んだのだ。皇族って、身分は高いけど、実は役立たずなんだ。皇族失格となったら、絶望しかない。そういうのをわたくしは見て、聞いた。

 だけど、わたくしは皇族となって、でも、城に居られなくなったから、力の強い妖精憑きであるエンジに守られて、外で生きている。

 だったら、外をもっと見てみたい。

 わたくしはエンジの胸に飛び込んだ。

「今、とても幸せです。飽きるなんて、あり得ません」

「そうか」

 嬉しそうに笑うエンジ。わたくしの言動一つで不安になって、喜んで、と子どもみたい。

「あの妖精殺しの貴族の使いに会いに行くのかと思っていた」

「いるのですか!?」

「ああ、禁則地の外にずっといる。妖精殺しの貴族が立ち寄ることもある」

「マッシュったら、本気だったのですね」

 驚いた。まさか、伯爵マッシュが言った通りのことをするとは。

 伯爵マッシュとは、貴族の学校に通っている頃に知り合った貴族の一人だ。わたくしは、この男に、散々、嘘っぽいことを教えられて、実行したのだ。お陰で、貴族の学校では、いい笑い者となった。

 当時は伯爵子息だったマッシュは、わたくしに嘘っぽいことを教えたので、実は妖精殺しの貴族なんだよ、という打ち明け話をわたくしは信じていなかった。だって、妖精殺しの貴族って、帝国でも所在がわからない存在だ。そんな貴族が、貴族の学校で普通に過ごしているなんて、思わない。

 だけど、それは本当の話だった。わたくしは、女帝として、戦争で窮地に立たされてしまった帝国を救うため、妖精殺しの貴族を呼び寄せた。

 そして、妖精殺しの貴族として、伯爵となったマッシュがやってきたのだ。

 マッシュにも、目的があった。わたくしが生まれながらの妖精殺しであることを知って、わたくしを殺すために、マッシュはわたくしの元にやってきたのだ。

 マッシュの妖精殺しの力は、後天的に得たものだが、わたくしには生まれつきだ。しかも、わたくしのこの妖精殺しの力は、子孫に受け継がれるという。

 生まれつきの妖精殺しは、生まれた時から体が弱いので、寿命が短い。だけど、妖精憑きに好かれる体質を使って、無意識に、妖精憑きに寿命を捧げさせ、妖精殺しは生きるという。

 わたくしの血筋で、生まれながらの妖精殺しが増えていったら、妖精憑きはいなくなってしまう。そうなると、妖精憑きの力で成り立っている帝国は、大変なこととなるのだ。それを防ぐために、マッシュは、わたくしを殺そうとしているのだ。

 生まれながらの妖精殺しは、妖精憑きの側にいなければ、妖精憑きから奪った寿命を使い果たし、死ぬという。

 マッシュは、わたくしの緩やかな死を約束してくれた。わたくしも、その申し出を受け入れたのだ。

 だけど、筆頭魔法使いナインと辺境の貧民街の支配者エンジがそれを許さなかった。

 わたくしは、今、辺境の貧民街の支配者エンジの寿命を奪って生きながらえている。

 いつか、わたくしはエンジの寿命を使い果たすだろう。そうなったら、わたくしは、再び、妖精殺しの貴族であるマッシュに頼るつもりだ。マッシュも、わたくしをそのまま野放しにするつもりはなく、禁則地を見張ると宣言していた。

 まさか、本当に見張っているとは。エンジの寿命がどれほどのものかわからないが、気が短い。そんなに簡単にエンジの寿命が尽きるはずがないのに。

「マッシュは今、いますか?」

「あの男に会いに行くのか!!」

「お願いしたいことがあります。このまま、何も起こらなければ、わたくしが動く必要はありません」

「お前は、俺様の隣りで笑っていればいいんだ」

 エンジはわたくしの前で膝をつき、祈るようにわたくしの手をエンジの額に押し当てた。

「わたくし、嫌われていましたが、一応、皇族として恩恵を受けて育ちました。恩知らずに生きているわけにはいきません」

「もう、女帝じゃないんだ!!」

「そう、育てられました」

 あんなに皇族たちに嫌われていたというのに、亡き皇帝シオンは、わたくしに皇帝としての教育を施した。騙されていたのだけど、心構えとかは、根底に居座って、なかなか消えてくれない。

 わたくしは、エンジの視線をあわせるために、膝をついた。エンジは慌てて、わたくしを抱き上げて、椅子に座らせる。

「心配性なんです。帝国が平和であれば、わたくしもエンジのことだけを考えて生きていけます。わたくし、不器用なので、気になることがあると、そちらばかり気になってしまいます。きっと、大丈夫です」

「わかった。だったら、俺様がやろう。さあ、俺様に頼んでくれ」

「エンジは、わたくしの側にいてください。そうだ、いい機会だから、辺境の貧民街の支配者もやめてください」

「………わかった」

 色々と考えて、エンジは頷いてくれた。

 わたくしは、本当に酷い女だ。エンジは万年に一人生まれるかどうかの、神が帝国に与える試練と呼ばれる凶星の申し子だ。凶星の申し子は、悪事を働いて、力を強めるという。

 エンジが辺境の貧民街の支配者をやめるということは、凶星の申し子としての力を弱めるということだ。ただでさえ、エンジは、生まれながらの妖精殺しであるわたくしに寿命を捧げているので、どんどんと死に近づいていっている。それなのに、さらに、エンジの凶星の申し子としての力をわたくしは削ぐようなことを願ったのだ。

 エンジはそれがわかっていながら、わたくしのお願いを聞き入れてくれた。

 本当に、エンジが辺境の貧民街の支配者をやめたかどうか、わからない。だけど、わたくしは酷いお願いばかりしているので、エンジのことを信じた。







 禁則地から出て、人の手が入らない場所に、テントが建てられていた。その近くで、平民の恰好をした男が食事をとっていた。

「まあ、お久しぶりです」

「シーア様!!」

 見たことがある人だ。マッシュの紹介でちょっと小遣い稼ぎをしていた時に、それなりに仲良くなった人だ。

 わたくしだと気づいて、男は膝をついた。

「お食事のお邪魔をしてしまって、すみません。座ってください」

「シーア様もどうですか?」

「もう、食べてきました。マッシュを呼んでもらえますか?」

「伯爵様の元に行くのでしたら、すぐに馬車を呼びます」

「あなたがたは、わたくしとマッシュを何かとくっつけたがりますね」

 呆れるわたくしの後ろからエンジが抱きしめる。男は、エンジを睨み上げて、黙り込んだ。

 貴族の学校に通っている頃、マッシュの屋敷に遊びに行くと、マッシュの家臣たちが、何かとわたくしとマッシュの仲を取りもとうとした。たぶん、わたくしが生まれながらの妖精殺しだと知っているから、マッシュの家臣たちが、わたくしをマッシュにくっつけようとしていたのだろう。

 当時は、マッシュ、最低は男だったから、わたくしはお断りだったけど。マッシュの過去の女はいっぱいだ。ふと見ると、また違う女を連れているマッシュを見ることもあった。わたくしは、愛されたいので、マッシュだけはお断りだった。

 平民に扮した伯爵の家臣と凶星の申し子エンジがわたくしを間に睨みあっている。わたくしは、その視線をどうにか手を振ったりして、途切れさせた。

「もう、喧嘩しないでください。わたくしは、エンジが死ぬまで、一緒です」

「では、その男が死んだら、シーア様は伯爵様の元に来るのですね」

「その前に、俺様があの男を殺してやる」

 なんだか、話が変な方向へと流れていく。伯爵の家臣が隠し持った武器を取り出した。

「やめてください!! わたくしは、マッシュに頼み事をしたいだけです。マッシュを呼んでください」

「その男が死ねば、シーア様は、伯爵様の元に来るのですね?」

「そういう約束はしません。マッシュを呼んでください」

「………わかりました」

 物言いたげにエンジのことを伯爵の家臣は睨んでいるが、わたくしが簡単に頷かないとわかっているので、その場を離れていった。

「シーア、帰ろう。俺様が全て、やってやる」

「エンジでは出来ないことです」

「俺様は、千年の化け物と同じくらい、能力が高い。出来ないことのほうが少ない」

「その、少ない出来ないことです。マッシュと話す時は、離れてください。盗み聞きもしないでください」

「やっぱり、帰ろう」

「浮気ではありません。わたくしの頼み事、マッシュは聞き入れるしかありません。妖精殺しの一族とは、そういう存在なんです」

「どういうことだ?」

「神に役割を与えられた一族は、皇族だけではありません。他にも、いくつかの一族があります。その中の一つが、妖精殺しの一族です。あの一族は、本来、暗部としての役割が強いんです。妖精殺しと名乗っていますが、ようは、汚れ仕事専門の一族なんです」

 皇族が光りとすれば、妖精殺しの一族は闇だ。皇族が帝国を正しく導く役割を担っているとすれば、妖精殺しの一族は闇に紛れて非合法な方法で秩序を正す番人だ。

 妖精殺しの貴族は、もう、一族ではないが、その役割をきちんと担っている。表向きではただの伯爵家だが、裏では野良の妖精憑きを洗脳し、子飼いとする恐ろしい貴族だ。時には、手に負えない妖精憑きを殺すことを妖精殺しの貴族自らが行っているのだろう。

 エンジには理解出来ない関係だ。だけど、エンジもまた、神から役割を与えられている凶星の申し子だ。そのことを思い出したのか、エンジはわたくしを後ろから抱きしめたまま黙り込んだ。

 しばらくして、馬を駆けて、伯爵マッシュがやってきた。

「もう来たのですか!!」

「シーア嬢が呼んだんだ。魔道具を使って、飛んで来た」

 額に浮いた汗を拭って笑う伯爵マッシュ。よくよく見れば、全身が汗で濡れている。簡単に来たわけではない。

「急いてこなくてもいいのに」

「急ぎだと聞いたんだけど」

「呼んでほしい、とお願いしただけです。マッシュにお願いしたいことがあります。内緒のお願いです」

「君の下僕である僕が出来ることであればやろう」

「では、あっちで内緒話です」

 どうしても、エンジに聞かれたくない頼み事だ。なのに、エンジはわたくしから離れてくれない。

「エンジ、離してください」

「俺様が聞いて困るような頼み事をするな!!」

「聞いたら、エンジだって気になっちゃうでしょう。エンジに無茶をさせないための、内緒のお願いなんです」

 エンジは、わたくしの無理な頼み事を叶えようとする。わたくしの頼み事は、妖精憑きにとって危険だから、伯爵マッシュにお願いするのだ。

 いつまでも離してくれないエンジに、マッシュは妖精憑きが嫌う煙草に火をつけて、煙を吹きかけた。

「や、やめろぉ!!」

「もう、それ、わたくしだって苦手なのにぃ」

「生まれながらの妖精殺しのくせに、情けない」

 呆れる伯爵マッシュ。後天的に妖精殺しの体質を持つ伯爵マッシュにとって、この煙草の煙は大したものではないという。

 でも、妖精憑きにとって、伯爵マッシュが吸っている煙草は毒のようなものだという。これ、妖精を狂わせる香を元に作られた煙草なのだ。妖精憑きは、妖精寄りなので、妖精を狂わせる香の影響を受けやすい。そんな香を元に作られた煙草は、凶星の申し子であるエンジでさえ苦しめるのだ。

 妖精憑きの唯一の弱点といっていい煙草の煙によって、さすがのエンジの力も緩んだ。その隙に、わたくしは伯爵マッシュによってエンジの腕から引きはがされた。

「そこで、大人しくしていろ」

 さらに、エンジを苦しませるように、大量の香を地面に落として、火をつけたのだ。わたくしを取り返そうとするエンジは、この香の煙によって前後不覚となってしまう。

「あれで立っていられるとは、恐ろしい男だな」

「もしかして、野良の妖精憑きにとっては、苦痛なのですか?」

「香の煙を吸っただけで、前後不覚となる。僕の吐き出した煙草の煙なんか吸ったら、意識を飛ばすぞ」

 なんて恐ろしい攻撃手段を持ってるのだろう、この男は!! 伯爵マッシュは、笑顔で嫌がらせをするような男である。こんな男に、妖精憑きを苦しめる手段を与えるなんて、大変なことだ。

 伯爵マッシュは用意周到だ。一応、エンジが見える範囲にわたくしと一緒に移動して、盗み聞き防止の魔道具を発動させて、青空の下の密談となった。

「それで、調べてほしいということは、あの男の過去か?」

「それは、まあ、調べてほしいですね」

 筆頭魔法使いナインからは、少しだけ聞いている。女癖が悪い、と言っていた。辺境の食糧庫で誕生した妖精憑きは浮気者のようだ。

「帝国と敵国との密談を調べてもらえますか?」

「戦争が終わったんだ。敵国からはともかく、帝国からは、何も話すこともないだろう。戦勝国である帝国は取引に応じるはずがない」

「まだ、終わっていません。敵国には、あの呪われた禁則地が残っています」

 戦争が終わったから、と呑気に話しているが、敵国側はそうではないのだ。

 敵国は帝国との国境沿いに禁則地の一部を移植したのだ。信仰を捨てた敵国側の禁則地は呪われて、妖精がおかしくなっていたという。そんなものが戦場に置いて、敵国側は妖精除けで禁則地の攻撃を防備していたのだ。対する帝国側は、まさか、敵国側が教えを捨てたものを利用するなんて思ってもいなかったので、何もしなかった。

 そのため、呪われた禁則地は、千年の一人必ず化け物である筆頭魔法使いナインを襲って、妖精憑きの無力化した上、帝国側の兵が半分、呪われた禁則地に飲まれて、大変なこととなった。

 一時期、帝国は負けるのでは、という危機に陥ったのだ。それをわたくしが知らなかった妖精殺しの体質で、呪われた禁則地を破壊し、禁則地に奪われた帝国側の兵を取り戻した。そこから戦況を引き延ばし、回復した筆頭魔法使いナインの魔法の一撃で、帝国は勝利したのだ。

「敵国側の禁則地がどうなろうと、帝国には関係ない話だ。大体、あんなに呪われるほど禁則地を穢れさせたんだ。敵国が責任をとるのが筋だ」

「信仰を捨て、不必要となった禁則地が、今、敵国側にとって邪魔になっているでしょう。禁則地とは、そういうものなんです」

「あそこは、色々と恵まれた地だからな。だが、そういうものは、触らないに限る。だから、禁則地として、帝国は割り切っているだろう」

「その禁則地を破壊出来る力を帝国が持っています。何か、取引をするでしょう」

「取引って、帝国が応じるものじゃないだろう」

「応じます。だって、次の戦争で、同じことをされては、防げません」

 わたくしだったら、そうする。敵国側の呪われた禁則地を悪用されないために、破壊する。それが、皇帝だ。

「それを知って、シーア嬢は敵国に行くのか?」

「わたくしが行くわけないでしょう。行くのは、マッシュです」

「はあああああああーーーーーーーーー!!!!」

 とんでもない大きな声で叫ぶ伯爵マッシュ。

「どうして僕が行くことになるんだ!!」

「あなたの体質は、また、作ればいいですから。というわけで、あなたは、さっさと跡継ぎを決めて、次代を作って、敵国の呪われた禁則地を破壊してください」

「シーア嬢も道連れにしてやる」

「男らしく、女の代わりに行くところを見せてください」

「あんたの監視を外すわけにはいかないんだ。行くなら、シーア嬢も一緒だ」

「わたくし、浮気はしません」

「………もう、僕に乗り換えればいいだろう。あんな、香で動けなくなる奴、いざとなったら、役立たずだ」

「いつまでも、その手段に頼るのは、悪手ですよ。弱点はいつか克服されます」

「僕は腕っぷしも鍛えてるから、叩きのめしてやる」

 想像よりも太い腕を見せていう伯爵マッシュ。本当だ、筋肉すごーい。文官となった貴族の学校の先輩ナックルとは大違いだ。

 わたくしはついつい、マッシュの腕をつついてしまう。

「かったーい!!」

「ちょ、くすぐったいから、やめてぇ!!」

 伯爵マッシュ、意外とくすぐったがりであった。

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